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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(10)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(10)

 アリス・リードに近づいてはならないという条件は、彼女の超能力がどんなものかを探りたいメロにとっては、かなりのところ計算外の出来事といえたかもしれないが――それでもメロは、(まだ打つ手はある)と考えていた。まず今日は、何も言わずにただアリスのことをバイクで送っていくしかないが、彼女と明日からは必要最低限口を聞かない間柄になったとしても……ルーク・フォスター及びジョシュア・サイズモアに対しては、接近して確認できる事柄が、まだいくつかありそうだった。
「ありがとう、メロ。送ってくれて……」
「ああ、べつに」
 素っ気なくそう答えて、バイクを発進させようとしたメロは、思いだしたように後ろを振り返る。
「そういえば、ルークって奴はそんなに悪い奴ってわけでもなさそうだな。それなのに、なんであんたはあいつが嫌なんだ?」
 どこか切なげな顔つきで、メロの背中を見送ろうとしていたアリスは、まったく思ってもみなかったことを言われ、さらに悲しげな表情になる。
「……なんで、そんなこと聞くの?」
「いや、べつに。普通に考えたらそうだろうと思っただけの話さ。あいつはスポーツ選手の花形で、あんたは学校きっての才媛……悪くないカップルだろ?」
 アリスは、ぎゅっとブックバンドに挟んだ教科書を抱きしめて、しばしの間うつむく。
「あ、あたし……あたしが好きなのは……」
 彼女の言葉があまりに小さかったため、メロはエンジンをふかすと、ドライブウェイ(私有道路)を通り抜けていこうとした。メロにしてみれば、彼らの所有する超能力が捜査の対象なのであって、超能力者同士の色恋沙汰には、まるで興味がなかったといえる。
「ま、待って……待ってメロ!!」
 たたたっと、アリスは庭のレンガを敷き詰めた道を、メロの後を追っていった。よくわからないけれど、もしここではっきりさせておかなかったら――彼は何かを勘違いしたまま行ってしまうと、そう思った。
「わたしが好きなのは……メロ、あなたなのっ!!」
 ざあっと、ふたりの間を風が通り抜けていく。庭の椰子の木が揺れて、葉擦れの音を立てたようだった。それで一瞬メロは自分が、何か聞き間違えたのだろうと思った。そのまま銅製のリーフ模様のアーチを通り抜け、アリスには何も言わず、バイクに乗ったまま通りにでる。
 アリスは、似たような色違いの家が並ぶ通りまで走ると、暮れなずむ空の下、メロが真っ直ぐにストリートを走っていく後ろ姿を、見送るしかなかった。
(聴こえたわよね、今の……まさか、バイクのエンジン音でよく聞こえなかったなんていうことは……)
「どうしよう、もう……」
 アリスは半ベソをかきながら、その場にぺたりとへたりこむ。彼女の人生史上、こんなに勇気を振りしぼったことは、生まれて初めてだった。そう、世界中の美術館へ忍びこんで、そっと絵をすり替えた時などより、今のほうがずっと勇気がいったような気がする。
 だが、何はともあれ、あとは<審判の時>を待てばいいとも言えた。キリスト教の終末論によれば、終わりの時に主がこの地上に降りたって、人々を裁くということだったけれど――そんないつくるかわからない「時」よりも、アリスには明日という日のほうがよほど怖かった。メロが自分と目を合わせようとしてくれなかったり、避けるような態度をとったとしたらと思っただけで……アリスは泣きたいような気持ちでいっぱいになる。
「ラス、エヴァ。お願い、わたしを助けて……」
 アリス・リードこと、ルースリア・リーデイルは、同じ孤児院の親友の名前を無意識のうちに口にした。まさか、リード家の庭に仕掛けられた盗聴器を通して、彼女のその呟きを聴いている者がいるとも知らずに……。



「青春ですね……」
 リード家の、斜め向かいの家に越してきたばかりのニアは、まさか早速こんなに大きな収穫を得られるとは思っていなかった。くるくると巻き毛を指で絡め取りながら、ジェバンニが家の片付けをするのを、ただ黙って眺めやる。
「でも、本当に大丈夫なんですか、ニア」ダンボールの荷解きをしながら、いかにも不満げな顔をしてジェバンニが言う。
「何がですか?」
「何がって……決まってますよ。リドナーのことです」
 ああ、そのことですか、というように、ニアはリード家の偽母娘の会話を聞きながら、ジェバンニのほうに顔を向ける。家の中はまだ雑然としたままだったが、彼ならきっと一晩でこの二階建てのすべての部屋を片付けてくれるに違いない。
「仕方がないでしょう。例のリード家の偽物両親は、<殺し屋ギルド>のアメリカ・ロサンジェルス支部上級幹部なんですから。そして、あの母親役のメアリ・リードという偽名を使っている女は、元CIAのエージェントで、リドナーの同僚なんですよ。しかも、本当は自分が組織内の内通者であるにも関わらず、その罪をリドナーにすべて被せ、自分は平然としていたほどの女狐です。あなたもリドナーの汚名を晴らしたいなら、まずはこの家の中を片付けて、<殺し屋ギルド>ロサンジェルス支部のあの幹部ふたりを逮捕できるようにしてください」
 ――時間は数時間前のことに遡るが、ニアとジェバンニとリドナーが引っ越し業者のトラックと一緒に別の車でやってくると、リドナーはすぐにある人物の存在に気づいていた。斜め向かいの薄いピンク色の家に住む住人、そこの主婦らしき女性に、リドナーは見覚えがあった……というより、彼女の顔は忘れようにも忘れられなかったといっていい。
(あれは……!!)
 芝生の手入れをしていた女性のほうでも、リドナーの視線に気づいたのだろう、くるりとこちらを振り返っている――あら、新しいご家族が引っ越してきたのね、とでも言いたげな、至極善良そうな顔つきの、綺麗な女性だった。
「ニア、わたしは彼女に顔を見られるわけにはいきません」
 引っ越し業者のトラックの影に隠れて、小声でリドナーはニアに囁く。
「……どういうことですか?」
「どういうもこういうも」と、リドナーにしては珍しく、彼女は顔に怒りを滲ませている。「あの女が、わたしがCIAに居ずらくなった原因を作ったそもそもの元凶なんですから。しかも、番地を見たら、彼女……ブリジット・ロベルスキーが庭の手入れをしている家は、例の超能力少女が住んでいる家じゃないですか。これは間違いなく何かあるっていう、そういうことですよ」
「なるほど」引っ越し業者への指示は、ジェバンニに適当に任せて、ニアはにやりと笑う。「それでは、とりあえずあなたはこのままわたしたちが乗ってきた車で、メロのところにでも身を寄せてください。これはワタリからもらった電子ロックの合鍵です……それと暗証番号は37564(みな殺し)とメロがパスワードを入れたそうですから、このふたつがあればドアは開くでしょう。住所や場所がどのあたりかというのは、知っていますね?」
「はい……」やや腑に落ちない顔で、リドナーはニアから電子ロックの鍵を受けとる。「ですが、メロは我々にコンドミニアムを譲る気はないんでしょう?勝手にわたしひとりが入っていったとしたら、怒らないでしょうか?」
「それはわかりませんね。メロの留守中にわたしがいた場合には、不法侵入で彼はわたしを裁判所へ訴えることさえしかねませんが、リドナーひとりであればおそらく大丈夫でしょう。事情を話せば理解してくれるはずです……何しろあのコンドミニアムには、七つもゲストルームがあるんですから」
 それに引きかえ、というように、ニアはクリーム色の、どこか古ぼけた感じのする二階建ての家屋を眺めやる。だが、屋内はそう悪くなく、床やドアはマホガニー製だったし、天井はアーチ型で高く、暖炉は大理石で出来ていた。寝室が四つにリビング、そしてキッチンにバスルームがふたつあるという、三人家族が住むにはそう悪くはない家だったといえるだろう。
 だが、引っ越し業者が次々運んできた家具は、そう高級なものではまったくなく、ありがちなメーカーの量産品だった。いかにも<中流階層>であるかのごとく振るまうためには、まずこうした「形」から入ったほうがいいという、Lからの有難い助言を参考にした結果、ジェバンニが深夜のTVショッピングを見て選んだ品揃えである。
 ニアは、ここまで乗ってきた日本車の中古車――これも中産階級を演出するため――ニッサン・ブルーバードにリドナーのことを乗せると、自分は庭のアーチをくぐって、ポーチまでのびる煉瓦敷きの道を歩いていった。まずは、リドナーのことを貶めた女のいる家を張り、彼女が買物にでも出かけ次第、盗聴器を仕掛ける予定だった。引っ越してきた挨拶がてら、庭と窓のすぐ外くらいになら、自然な動作で難なく盗聴器をジェバンニが仕掛けてくれるだろう。
 幸い、このビバリーヒルズは十月でもまだまだ暑い日が続く。そうなれば窓を開け放す機会も当然多いし、そこから拾える音声も十分あるということになる……そんなわけで、ニアは今リード家の偽母娘の会話を聞きながら、ジェバンニと話をしていたのだった。
「あの家に住む母親役の女性は、CIAの元エージェントなんですよね?ということは、父親もそうなんですか?」
「いえ、父親役の男はもともと、<殺し屋ギルド>の幹部だったようです。リドナーは彼のことを追う過程で、偽の情報をロベルスキーから掴まされたということですよ。アフリカのダイヤや武器の密輸に関する事件だったそうですが、CIAはなかなか彼らの尻尾を掴むことが出来なかった……そこで、中に間違いなく内通者がいることが発覚したわけです。つまり、CIAの動きが先に読まれていることがあまりに多すぎたということですが、ロベルスキーはリドナーに自分のすべての罪を被せて逃亡をはかったらしいですね」
「……どういうことですか?」
 ダンボールの中の食器類を、キャビネットや食器戸棚へしまいこみながら、ジェバンニが聞く。
「彼女は、<殺し屋ギルド>に人質にとられるというふりをして、いかにも自分の命が危険にさらされているかのごとく装ったんです。そこでリドナーへの疑いがますます濃くなったわけですが、ロベルスキーの生死はいまだに不明のままということに、CIAの資料ではなっているようですね」
「そんな……CIAっていうのは、いってみれば世界最高の情報機関じゃないですか。それなのに、彼女の偽装を見破れなかったっていうんですか」
「それだけロベルスキーは抜け目がなくて計算高い上、賢かったということですよ。いいですか、あなたも庭先にいる彼女をちらと先ほど見たでしょうが、あの女性が人殺しの手先に見えますか?」
「いいえ」と、ジェバンニは片付け作業の手を止めながら言う。「綺麗な人だと思いましたし……その、こう言ってはなんですが、虫一匹殺せなさそうな、繊細な感じのする女性に見えました。リドナーの見間違いか、他人の空似なんじゃないかとさえ、僕は思いましたが……」
「そこですよ。彼女は自分に対する他人のその印象を常に利用するんです。リドナーも組織内では、ロベルスキーと親友といっていい間柄だったそうですからね……ジェバンニも用心しておくことです。あなたは特にあの手の女性に騙されやすそうですから」
「……………」
 ジェバンニはFBIの捜査官ではあったが、ややお人好しの傾向があったことは否めない。もちろん、殺人事件ということが絡めば、冷静に相手に対して疑いの目を向けはするが、その反動なのかどうか、日常生活ではかなりのところ対人関係ではボケているといっていい。たとえば、昔つきあっていた女性に高価なものをいくつも買わされた揚句、振られたりとか、そういったようなことだ。今も、庭の花に水をやっていたエプロン姿の女性が<殺し屋ギルド>の幹部だなどとは、とても信じられないと思っていた。
(柔らかい物腰の、感じの好い人のように見えたけどな……まあ、なんにしてもそのへんのことは、これから捜査が進めばおのずとわかるようになることだ。それよりも僕が今気になっているのは……)
「その、ニア……僕が言っている言葉の意味、わかってもらえなかったでしょうか?」
「なんのことです?」
 家の中でまでは母娘の演技をまったくしていないアリス・リードとメアリ・リードの会話を聞きながら、ニアはジェバンニに聞き返す。
『学校のほうはいつもどおり、何も問題ないわ』
『そう……あなたは可愛いし、性格もいいから何も心配はしてなかったけど、サンタモニカの研究所で、近々軽い実験が行われるそうよ。軍の上層部の人間とギルドのあたしたち上級幹部の前でデモンストレーションしてもらうことになるらしいわ。ルース、あなたには気が進まないことだとはわかってるけど……』
(なるほど、そういうことですか)
 アリス・リードこと、本名はルースという名前らしい少女が二階へ上がっていくと、ニアは回転椅子からくるりと振り返る。
「わたしの前で、歯の間に物が挟まったような物言いはやめてもらえませんか、ジェバンニ?聞きたいことがあるなら、はっきりそう言えばいいじゃないですか」
「ですから、その……リドナーはこれからメロとひとつ屋根の下で暮らすということになるんでしょう?若い男女がその、なんていうか……」
「そんなことですか」くだらない、というようにニアは溜息を着く。「メロに限ってその心配はまったく必要ありません。その点だけは断言できますよ。まあ、仮にもしわたしがリドナーのことを自分の部下としてではなく、ひとりの女性として見ていたとすれば――メロは何をするかわからないでしょうが、<L>を介した仕事上の繋がりのある女性とメロが関係を持つなど、絶対にありえません……まあ、それ以前の問題としてもないと言っていいでしょうけどね」
「そうでしょうか。あの、僕、できればあとで様子見に行ってもいいですか?本当に、ちょっとだけでいいんですけど」
「好きにしてください。ただし、出かけるのはこの家の片付けが終わってからにしてくださいよ」
 携帯に電話がかかってくると、用心のためかどうか、ロベルスキーはリビングの窓をすべて閉めてしまった。さらに、宵闇が迫る時刻になるとカーテンも閉められたが、ニアはそのままリード家の監視を続けることにする。
 この家でのニアとジェバンニの役割は以下のとおりだった――ジェバンニは妻に不貞を働かれた上逃げられたやもめ男(職業はウェブ・デザイナー)で、ニアは重度の自閉症を患う気の毒な子供といったところ……本当はここに、リドナー演じる心優しい慈善活動が趣味の妻、という役割が加わる予定だったのだが、(まあいい)とニアは思う。
 ウェブ・デザイナーが仕事なら、ジェバンニがほとんど家から外へ出なくても、そう不審がられることはないし、自分にしてもサヴァン症候群でおそろしくうまく絵を描ける反面、人とコミュニケーションを普通に取ることが出来ないという設定だ……果たしてこれで、アリス・リードことルースという少女がどういう態度にでるかが、ニアは楽しみだった。
 世界中の美術館から絵を盗んで、美術鑑定家でもちょっとやそっとでは見抜けない贋作とかけかえたということは――考えられる可能性のひとつとして、次のようなことをLもニアも推測していた。つまり、超能力者のうちのひとりに、絵を描くのが極めてうまいサヴァンの自閉症児がいるのだろう。そして瞬間移動能力者が彼(あるいは彼女)のよく出来た贋作とすりかえている……元の本物は裏の世界で取引された可能性もなくはないが、むしろ個人的な満足のためにそのような犯行を行った可能性のほうが高いだろうと、Lもニアも推理していた。
(これでもし、わたしの自閉症という病気に向こうが興味を持ったとすれば、わたしは彼らに誘拐され、サンタモニカにあるという研究所へ連れていかれる可能性がある……もちろん、超能力誘発剤は幼い頃からの投与によらなければならないが、体のいい実験台としてちょうどいいと思われるかもわからない。十歳を過ぎた自閉症児でも、超能力を発症させるにはどうしたらいいかという被験者にする可能性はなくはないだろう。それと、あのルースという少女が、元自閉症児の自分の体験を語りに、わたしの元へ遊びにくるかもしれない……ある意味、そうなったとすればしめたものだが)
 とりあえず今は、とニアはキッチンの片付けをしているジェバンニを尻目に、メロと連絡を取りあうことにする。もちろん電話ではなく、穏便にメールで――リドナーが彼の元へ行くことになった経緯を上司として知らせなければならないし、アリス・リードや他の超能力者と疑われる生徒の美術の成績を調べてもらわなくてはならないと、そう思っていた。

<Dear Melo.
 あなたにとっては、普通の高校の授業など退屈そのものでしょうね。まあ、なんにしても捜査活動ご苦労さまです。
 早速用件のほうですが、わたしの部下のハル・リドナーが、メロのコンドミニアムへ身を寄せることになりました……鍵のほうはワタリから貰っていたんです。万が一の時のために、念のため。
 詳しい事情のほうはリドナーの口から直接聞いてほしいと思いますが、今わたしがメールしているのは例の超能力者の件のことで、です。メロもLから話を聞いているでしょうが、美術館の連続盗難事件は、おそらく彼らの仲間におそろしく贋作を描くのが上手い絵描きがいるのだろうと我々は睨んでいます。サヴァン症候群の子供の中には、プロ級に絵を描く才能のある者がいますからね……その線を洗うために、現在、メロの通う高校で超能力者である疑いのある者の美術の成績を調べてほしいんです。前にいた学校の記録などはすべて詐称ですから、当てにできません……そこで、メロの目で直に見定めてほしいんです。
 それでは、そういうことでリドナーのこと、よろしくお願いします。

                                              かしこ >

「なーにが、かしこだ、ニアの奴!」
 即行でニアからのメールをパソコンのデータから削除して、メロはどさり、と寝椅子の上で足を組む。
「まあ、大体事情は聞いてよくわかったが、あんたはそれでいいのか?なんだったら、どこか別の場所にホテルでもとったほうがいいっていうんなら、金くらい渡してやってもいいが」
「それは困ります」と、リドナーはやや戸惑ったような顔になる。「ブリジット・ロベルスキーのことは、何があってもわたしのこの手で逮捕したい……そのためには、わたしはあなたであれニアのためであれ、どちらにせよいかなる協力をも惜しみません。お茶くみでもなんでもしますから、ここに置いてください。お願いします」
「……………」
(やれやれ、面倒くさいな)と思いつつ、メロはチョコレートをパキリと齧る。せっかく気ままな独り暮らしだったのに、余計な同居人がひとり増えるとは。
「事情が事情であることを思えば、仕方ないのかもしれないが」彼女にとってのロベルスキーは、自分にとってのニアのようなものだろうと思い、メロは溜息を着く。「ただし、絶対に俺の邪魔はするな。それがここであんたが暮らすための条件だ……俺はあいつみたいに助手なんて必要ないし、動く時には出来る限りひとりで動く。茶なんかあんたが飲みたい時に適当に淹れて、ひとりで飲めばいいんだ……俺には関係ない。メシも勝手にひとりで好きな時に食えばいいし、あんたが変に気を使って俺にまで何か食わせようとか、余計なことさえ考えなければ、それでいいんだ。空いてる部屋はたくさんあるから、好きな場所を使え。じゃあ、あとはご自由に」
 メロは冷蔵庫に隙間なくびっしりと詰まっているチョコレートの箱のひとつをとると、地下にある特別室へ向かう。ニアが美術の成績云々と命令するように言っているのは気に入らないが、確かに気になる点ではある……Lにもう一度話を聞いておくかと、メロはそう思っていた。
「その、好きなようにって言われても」リドナーは困ったようにメロに問いかける。「何か少しはあるでしょう?たとえば情報分析とか、そうした……」
「いや、ないね」メロは後ろを振り返りもせずに答える。「俺があんたがここにいて一番気に入らないのは、俺がああしただのこう言っただの、ニアに情報を流しそうなことだ。二人三脚で仲良く事件を解決しろってか?馬鹿ばかしい。俺は俺のやり方でやるから、あんたはあんたのやり方でやれ。他のことでは絶対に俺に干渉するな――わかったか?」
 最後に、思わずぞくりとするような視線で睨まれ、リドナーは動けなくなる。相手はたかだか十七歳の、自分より一回りも年下の青年なのに……。
「わかりました」
 リドナーは、ニアに対するのと同じ敬語で身構えたままだった。メロは「わかればいい」というように、そのままチョコレートの箱を手にして地下へと階段を下りていく。リドナーは彼のそんな後ろ姿を見送りながら、(これがメロ……)と思った。
(てっきり、ニアと同じ小憎らしいまでに理屈っぽい少年なのかと思っていたけれど、全然正反対のタイプ……いや、それともある意味では似ているだろうか……)
 リドナーは真剣にそう考えてから、思わずくすりと笑ってしまう。やはり、ニアとメロにはある種の共通点があると、彼女はそう思った。だからこそ、あんなにも反発しあうのだろうと思うと――なんだか微笑ましいものさえ感じてしまう。
(まあ、本人たちは心外でしょうけど、少なくとも目つきの悪いところは似てるわね。それに、全体的に持っている雰囲気も一緒だし、違うといえば、敬語かそうじゃないかっていうところくらいかしら……)
 もっとも、これはあくまでも第一印象にすぎないことではあるけれど、とリドナーはそう思いながら、まずはバスルームでシャワーを浴びることにした。今日は特にこれといって何も仕事らしいことはしていなかったが――昼間にかいた汗で体がベタついているような気がして気持ちが悪かった。
 このあと、リドナーがお風呂上がりにバスローブ姿で部屋を歩いていると、チャイムが鳴った。カメラを見てみると相手はジェバンニで、彼女は迷わず玄関のドアを開ける。
「ど、どうしたんですか、その格好……!!」
 どこか衝撃を受けたように顔を赤らめているジェバンニに対して、リドナーは冷静そのものだった。
「どうしたも何も……あなたこそどうしたのよ?何か仕事の言付けでもあって、ここへ来たの?」
「えーと、僕はその……」と、ジェバンニは口篭もる。「リドナーが居心地の悪い思いをしていないかと思い、様子を見に……」
「あら、わたしならとても快適に過ごしてるから、何も心配ないわよ。あのメロって子とも、気が合いそうだし」
(だから、それが心配なんだ!!)
「……………」
 言葉をなくしたように黙りこくるジェバンニに、リドナーは軽く溜息を着く。リドナーの基準では、彼はまだまだ合格ラインには程遠かった。
「なんだったら、上がっていく?メロは地下にある通信室に閉じこもってるから、実質的には誰もいないようなものだし……まあ、無理にとは言わないけど」
「いいですよ、もう」
 何故か拗ねたように、ジェバンニはくるりと踵を返している。その後ろ姿を見ても、当然リドナーは追いかけようとは思わない。彼の気持ちにまったく気づかないというわけではないけれど――彼女が欲しいのはもっと強引な腕だった。ジェバンニのように「もし良ければ……」とか「嫌じゃなかったら……」とか、雰囲気としていちいち遠慮がちなのではまるで駄目だった。なんとなく察してほしいというのではなく、もう一歩有無を言わさぬ強引さをジェバンニが持っていたとしたら……。
(わたしも考えるんだけどな)
 そう思いながらリドナーは、シビックに乗るジェバンニの後ろ姿を見送り、ワインセラーにあったワインを物色したあと、その一本を失敬してゲストルームに引きこもった。
 ロベルスキーは変装の名人であると同時に、変装を見破るのを得意ともしている……だが、まさかかつての同僚が死んだ疑いの強い自分の元へやってくるとは思いもしないはずだ。相手のその心理の裏をついて、あの女に目にもの見せてやるためにはどうしたらいいだろうか?
 その夜、リドナーはブリジット・ロベルスキーに対する憎しみと復讐心を胸に、眠りに落ちていった。何故なら彼女は、リドナーのかつての恋人を寝取っただけでは物足りず、さんざん利用したあとで見殺しにしたような女なのだから……。



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【2008/09/18 04:26 】
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