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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(1)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(1)

          序章

「ねえ、ママン。カイが死んだってほんと?」
 ブロンドの長い髪の少女は、お気に入りのドールハウスを組み立てながらそう聞いた。その建物はロココ様式の貴族の館で、少女は美麗なロココ様式の家具を室内へ飾り、ミニチュア人形をあちこちの部屋へ配して遊んでいる――少女自身もまた、繊細で美しい顔立ちをしており、まるでフランス人形のような、という形容がぴったりする可愛らしい容貌をしていた。
 年の頃はまだ十四歳くらいだったろうか。ちょうどその頃の娘しか有しえない、ロリータ特有の色気といったものを漂わせた少女で、それでいてあどけなく、なんの邪気もない気品さえ彼女からは感じられた……服装もまた、前時代的なドレスを身に纏っており、そのシルクの白いワンピースにはフリルと本物の真珠がふんだんにあしらわれていたが、彼女はそうしたことにはまったく頓着していないようだった。
「あのお馬鹿なカイ・ハザードなら、確かに死んだわよ」と、娘の美しいブロンドの巻き毛を櫛で梳かしながら、彼女の母親――ソニア・ヴェルディーユは形の良い唇の口角を曲げる。「まったく、とんだ無駄死にね。あの子には死ぬ前にもう少し色々、役に立ってもらおうと思ってたんだけど……」
「そんな言い方ってないわ、ママン」カミーユはドールハウスの玄関前にいた番犬を一匹、ぽいと屑籠に捨てる。その玄関の前には対でダルメシアンのミニチュアが飾ってあったが、まるで番犬は一匹いれば十分と、彼女は考え直したようだった。
「カイは生きている間、本当に良くやってくれたのじゃないの……ボーもラスも、カイがいたお陰で、自分が持つ力の罪悪感に苦しまなくてすんだのよ。何より、カイの催眠術の暗示によってね」
「ほんと、あの子たちは役立たずよ」さも馬鹿にしたように、ソニア・ヴェルディーユは鼻を鳴らす。彼女は今三十八歳で、その美貌にもまだ翳りは見えなかった。娘のカミーユの豊かなブロンドの髪は母親譲りといってよく、ソニアは高く結い上げたその髪を、怒りによって思わずほどいている――冷たいアイス・ブルーの瞳が、暖炉の炎を映して、赤く輝く。
「あなたみたいに、一発で人を殺せるような力も持っていなければ、いちいち副作用だのなんだの、発作で苦しんだり……カミーユちゃん、あなたにはそういうことは一度もなかったわね。あと、ルーやモーヴやティグランにもないけど、ボーとラスにはほんとに困ったものよ……それでも、ラスはそこそこ力を使えるようになってきたみたいね。ボーはまだ、力のコントロールがうまくいかないけど、例のユーロ紙幣の原版を盗んだ時は、なかなかいい働きをしたようだし。もっとも、あんなことは全部、カイがみんなを騙して行ったことではあるけれど」
 まったく、馬鹿なことをしでかしてくれて、と言うように、ソニアは一度肩を怒らせてから、また力を抜いた。部屋の隅の柱時計に目をやると、夜の九時――そろそろわたしのお姫さまが眠る時間だわと、彼女はそう思った。
「さあ、カミーユちゃん。そろそろ眠る時間よ。お洋服を着替えて、ベッドでおねんねしましょう。ママがとっておきの素敵な物語を聞かせてあげますからね」
「そうね、ママ。ミニチュアの人形たちも全員、それぞれベッドで寝かせてあげたわ……今日はわたしも少し仕事をしたから、なんだかとても眠いの。それというのもカイがいないせいね。彼がするべき仕事を、これからはわたしがしなくちゃいけないのかしら?」
「まったくもう、本当にね」と、ソニアは部屋の隅に立っているメイドに、軽く目配せをする。すると、それまで人形のように微動だにしなかった彼女が、突然機敏に動きだした。この母娘の機嫌を損ねるとどんなことになるかというのは、この屋敷ではつとに有名で、特にお嬢さまの機嫌を損ねた日には――その場で死をもって償わなければならない場合さえあるのだ。
「あら、手が震えてるわね、マリサ。どうしたの?」
 マリサ、と呼ばれたメイドは、大きな姿見の鏡の前で、カミーユがパジャマに着替えるのを手伝っていた――驚いたことに、この娘はこの年になるまで、一度も自分で着替えというものをしたことがない――そして、不意に鏡の中で、普段は氷のように冷たく青い少女の瞳が、赤く輝いているのを見てしまったのだ。マリサは一瞬びくりと震え、それから何も見なかったという振りを、なんとかしようとした。
「なんでもありません、お嬢さま」と、マリサは伏せ目がちに呟く。彼女はタイの孤児院で拾われたきた娘で、小さな頃は自閉症だった。だが、<薬>の投与を受け続けても超能力を発症しなかったので、今はこうして小間使いとして働いているのだった。
「なんだか、とっても気に入らないわ……あなたのわたしを見る、その目……」
 十月のドイツの夜は、冬の足音を感じさせる時季だけに寒い。カミーユの部屋にもすでに、暖炉で火が焚かれていた。彼女はマリサが自分のパジャマのボタンをすべて留め終えるのを待つと、<鏡の中>のマリサの黒い瞳をじっと見つめる……。
「あ、ああ、ああああっ!!お嬢さま、どうかご勘弁を……っ!!」
 マリサは、自分の体が勝手に暖炉へ向かっていくのを見て、ありったけの力を振り絞ってそう叫んだ。だがカミーユはカイ・ハザードとは違い、一度かけた暗示を解く方法を知らなかった。いや、もし知っていたとしても、いつもどおりそのままぐっすり眠っていたに違いない。
 マリサは、火かき棒で暖炉の中をかき混ぜると、熱くなったその先を自分の口の中へ突っこみ、ついには白目を剥いて、その場に昏倒した。
「あら、またなの、カミーユ。いけない子ね……」
『シルバニア・ファミリー』の絵本を取りにいっていたソニアは、子供部屋へ戻ってくるなり、軽く肩を竦めている。そしてマリサを別の部屋へ運んで手当てさせるために、他のメイドを呼んだ。すると、彼女と同じ目に会いたくない召使いが素早く数人現れて、何も言わずにマリサのことを運んでいく。
「なんだか、肉が焦げたような嫌な匂いがするわね」
 ソニアはそう言うと、空気の入れ換えのためにフランス窓を少し開けることにした。それから娘が眠る天蓋つきのベッドまで行き――そこに自分の可愛い天使が眠る姿を認める。
「まあ、本当におねむだったのね、わたしの可愛い子……」
 羽根枕に頭を沈め、すやすやと眠っている娘の姿を見て、ソニアはその額に祝福のキスをする。
「きっと、神さまにちゃんとお祈りして眠ったに違いないわね」
 ソニアはカミーユのために読もうと思っていた本を枕元へ置き、そっと部屋を出ていく。さて、ここからは母親としてではなく、ひとりの女としての時間だと、彼女は思った。このごろソニアは、研究所の職員のひとりと、特に親しくしていた――彼の名前はオスカー・ミドルトン。元は高名な免疫学の教授で、長年フランスの免疫学研究所で働いていたところを、彼女が博士の論文を読んで引き抜いたのだった。
 超能力を持つ子供たちが長生き出来ない原因は、基本的には自己免疫疾患であると、そう彼女の父親もエッカート博士も結論づけていた……つまり、超能力を使うと体内の免疫系統が、本来正常な細胞や組織にまで過剰に反応・攻撃を加えてしまい、最終的にそのことに耐えきれなくなった臓器が損傷を受け、死に至るのである。そのための<薬>として、特別な免疫抑制剤を子供たちは能力発症後に服用しているわけだが――この薬、RH-X257は、まだ完成されたものとしては程遠い。おそらくこれから数十年、いや数年かけてこの<薬>の研究に世界中の科学者たちが心血を注げば……ソニアの娘のカミーユは、今の19.23歳という超能力者たちの平均年齢を遥かに上回れるかもしれないのだ。
「あなたには期待してるのよ、ミドルトン博士」
 ソニアはそう呟いて、ゴシック様式の屋敷から、巨大な植物庭園へとでる。今は十月だが、そこはドーム状の温室となっていて年中美しい花が咲き乱れていた。中には、アフリカやメキシコ、インドネシアや南米原産の多種多様な草花が大切に保存・管理されている――これらの植物から、さらに効果的な免疫抑制剤の成分となるものが発見されるのではないかと、研究者たちが探しているためだった。
 そしてソニアはこの時、大理石の噴水の前で四十半ばの、ブロンドの髪に青い瞳の男と出会うなり熱烈な抱擁とキスを交わした。白衣から微かに化学薬品の匂いを漂わせるその男性は、彼女が人生の中でもっとも愛した男に生き写しだった。
(これもきっと、何かの運命に違いないわ……)
 うっとりととろけるような甘い感情に支配された彼女は、天使が水瓶を傾ける噴水の前で、少しの間ミドルトン博士と話をする。そして研究所に附属した、彼のプライヴェート・ルームへと互いに肩を抱きあいながら向かった。
 ソニアの初恋の男性は、彼女の実の兄にして、カミーユの父親でもある男だったが、彼は最終的に近親相姦という罪に怖れをなして彼女から離れていった――だが、オスカーは違う。彼とはいくらどんなに愛しあっても誰からも咎められることはないのだ。その上、これで彼がもし超能力を持つ子供たちの延命剤を完成させてくれたら、娘のカミーユだって彼を父親として慕ってくれるに違いない。
(そう、これはきっと運命なのよ……)
 ソニアはカミーユを出産して以来、ずっと封じこめてきた欲望が解放されていくのを感じながら、オスカーの腕の中でそう思う。だが、このオスカー・ミドルトン博士が実は、<K>ことカイン・ローライトが送りこんできたクローン人間であるということを、彼女はまったく知らなかった。



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【2008/08/27 18:22 】
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