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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(28)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(28)

 意外に思われるかもしれないが、それに対して、ジェイムズ・クロンカイトが後世に名を残すほどの大悪党とは成り得なかったというのは、まったく不思議なことである。その後、彼はLが差し向けたマリー・クロンカイトという修道女と何度も面会を重ねるうち、遂には発狂し、精神医療病棟送りとなっていた。マリー・クロンカイトというのは、ジェイムズ・クロンカイトの実の姉であり、彼がクロス・ボウでもうひとり姉――ローズを撃つようそそのかした双子の片割れである。
 彼女は、ジェイムズに罪悪感を煽り立てるようなことを何度も言われているうちに、頭がおかしくなって遂には精神病院へ長く入院していたのだが、その後薬物治療などが功を奏し、退院後は修道女として神に仕える身となっていた。
「わたしは、いくらあなたにそそのかされたとはいえ、ローズを殺めてしまったことを、心から後悔しています。今もただ、そのことの赦しを神に求めているんです……けれど、それとは別に、ジェイムズ、あなたもやはり罪を悔い、神に赦しを求めるべきと思い、わたしは初めてここへやってきました。いえ、本当はもっと早くにここへ来るべきだったんでしょう。時が遅くなったこと、そのことについてもわたしは神に対して詫びねばなりません。ジェイムズ、あなたが起こしたあの事件について――わたしはひとつの考えを持っています。母さんはあなたのことを愛していたのに、あなたが自分は親に愛されなかったと感じて育ったこと、それがたくさんの女性の命を奪った、その原因なのだとわたしは思っています」
「あの女が、俺を愛していただって?」寝言は眠ってから神に言えと思いながら、クロンカイトは言った。刑務所の、特別面会室でのことだった。
「あの女は、浮気症で男好きの、どうしようもない女だったってことは、あんただって認めるはずだ。その上、亭主から自分が暴力をふるわれるのが嫌で、俺をその代わりの生贄にしたんだ……あんたらふたりも、そうすれば自分たちに害が及ばないってわかってて、至極協力的な態度だったよな?折檻されては、地下室に閉じこめられ、家族全員から虐待された俺がどんなに惨めだったか……忘れたとは絶対に言わせない」
「わたしはそのことについて、あなたに赦してほしいと言うことはできないと思ってるわ」マリー・クロンカイトは涙目になりながら言った。「でもそのかわり、あんたはあたしたちに仕返ししたじゃないの、ジム。あたしはあんたから、クロス・ボウでローズを撃てば彼女の容疑が晴れるって聞いて、その通りにしたわ……その結果は、あんたも知ってのとおりよ。だけど、ローズが妹の手にかかって死んで、さらにあたしもノイローゼになって精神病院送りになった。これでもまだ、あんたには罪の償いとして足りないっていうの!?」
「ああ、足りないね」と、クロンカイトはにべもなく言い返す。修道女となった姉の尼僧姿を見た時、正直彼は一瞬ドキッとしたが、今の発言で、彼女もまたただの人間であることがよくわかったからだ。「俺に暴力をふるったあの男は膵臓ガンで死んだが、そんなのは長年の酒飲み生活が祟ってのことに過ぎない……言ってみればまあ自業自得だな。一応は俺の産みの親のあの女も、子宮ガンで死んだ。俺に言わせればこれも自業自得さ。あっちの男、こっちの男と渡り歩いた揚句、アソコに腫瘍が出来て死ぬなんて、なんともあの女らしくて、葬式では思わず泣いちまったぜ」
「そのことだけどね、ジム」マリーは、厳しい顔つきになるのと同時に、机の上で祈るように手を組み合わせている。「あんた、母さんに自分の本当の父親について、聞いたことある?」
「いや」と、クロンカイトは言った。これは意外な切り口だったので、彼としても一瞬神妙な顔つきになる。「そういや、あんまり詳しく聞いたことはなかったな。べつに、本当の父親について知りたくなかったっていうんじゃない。どうせあの女にそんなことを聞いても、ろくな返事が返ってこないってわかってたからさ、あえて何も聞かなかったっていう、それだけのことだ」
「あんたの実の父親っていう人はね、母さんが一等愛した人だったんだって。自分からではなく、向こうから捨てられたのは唯一その人だけだったって、母さん言ってたわ。だから、本当はあたしたちの父さんよりもその人のことを今も愛してるし、出来ることなら父さんやあたしたちを捨てて、あんたとその人の三人で暮らしたかったんだってよく言ってた。その話を聞かされた時の、あたしとローズの気持ちがどんなだったか、あんたにはわかる!?」
 突然激情とともにそんな言葉を投げつけられ、クロンカイトは驚いて目を見開いた。それはこれまでまったく彼が考えてもみなかった――頭のいい彼にもまったく思い浮かばなかった新事実だった。
 さらに、マリーは畳みかけるように続ける。まるで今もそのことで自分は傷ついているのだというように、瞳に涙を滲ませながら。
「だから、あんたとあたしたち双子の姉妹はわかりあえなかったのよ。あんたは自分よりもあたしたちのほうが愛されていると信じ、あたしとローズは、本当は母さんに一等愛されてるのはあんたなんだと思いこんでた。いい?ようするに母さんはね、独占欲が化け物みたいに強い女だったのよ。父さんは、母さんと酒なしでは生きられないような人だったし、精神的にはほとんど母さんに支配されてた。あたしやローズもそう。どうやったら母さんに愛されるか、いつも母さんの機嫌をとることばかり考えてたわ。そしてあんたもね……母さんに愛されたかった、本当はそうなんでしょう?でも、小さい頃とか十代の時には、わたしやローズにはそのことがわからなかったのよ。あんたは小さい時からとても自立していて、母さんの自由にはならないように見えた。成績も良くて、学校では人気者。だから、みそっかすのわたしたちのことは置いて、いつかはあの家を出て、ひとりでやっていくものだとばかり思ってたの。正直に告白するけどね、あたし、精神病院を出てからは生活保護を受けて暮らしてたけど、あんたが金持ちの令嬢と結婚したって風の噂に聞いてたから――あんたの住んでる家を突きとめて、その家の門の前まで行ったことがあるわ。でも、あんたの住んでる家があんまり立派なもんで、自分のしようとしてることが恥かしくなってね、結局呼び鈴は押さなかったのよ」
「なん……だって!?」と、クロンカイトもまたいつになく、感情を表に出して言った。彼はいつもはどこか柔和そのものといった顔つきをしているが、この時はそのような演技をすることなく“素”のままだった。「それは一体いつのことだ!?」
「母さんが死ぬ一年前のことよ。精神病院を出たあと、あたしも母さんのことは探そうとしたんだけど……結局行方がわからなくてね。死んだことを知ったのも、それから何年もしてからだった。その点、あんたはいいわ。死に目には会えなかったかもしれないけど、葬儀には出席できたんだから」
「……………」
 クロンカイトは、暫しの間呆然とした。言葉を失う、というのはまさにこのことだった。彼は知能が高く頭がいいだけに――この時、即座に<あること>に気づいてしまったのである。
「……嘘だろ。たったそれだけのことのために、俺は何人も……いや、何十人も女を殺したっていうのか!?」
 クロンカイトが突然発狂したように笑いだしたために――マリーも、見張り役の看守ふたりも、驚いた様子だった。彼はひとしきり笑ったあとで、また真顔に戻って言った。
「なあ、マリー。俺がなんでローズを殺して、あんたを生かしておいたかわかるか?それはさ、ローズとあんたを比べた場合――顔はふたりそろってお世辞にも可愛いとは言えなかったが――あんたが性格的にローズよりちょっとばかしマシだったからなんだぜ?ローズは、ブスのくせしてまったく高慢ちきだった。一度なんか、俺がいやらしい目で見たなんて母さんに言いつけやがってさ、俺はたったのそれだけで地下室に閉じこめられたってわけだ。他にも、あの女にはどこか、俺が罰を食らうたびに、嬉しがってるようなところがあったが、あんたは違った。可哀想っていうか、何も出来なくてすまないと思ってるっていう目で、あんたは時々俺のことを見てた。小さい時にはその<可哀想>って思われてるのが余計惨めに感じられたもんだったが――少し大きくなってからはさ、考え方が変わったんだよな。聖書にもあるだろ?『神は心を見る』って。あんたとローズは顔がそっくりっていう点で、神の条件にまったく当てはまると俺は思ったよ。片方は高慢ちきで間違いなく性格も悪いが、もう一方は優しくて大人しいって感じだったからな……まあ、この大人しいっていうのはあんたの場合、人の言うなりになりやすいっていう欠点とセットだったわけだが」
「それで、ジム。あんたは最終的にあたしに何を言いたいの?」
 机越しに、正面からじっと見据えられ、クロンカイトはかつて姉と呼んだ女性の、新しい側面を見る。昔は母親に叱られるたびに、びくびくオドオドしていたような面影は、今目の前にいる女性からはまったく感じられない。
「ようするに、あんたも俺も被害者だってことを、俺は言いたいのさ。あんたが俺に正直に語ってくれたみたいに、俺もまたあんたに対して正直になろう……そうだな。マリー、あんたはきっと俺の立派なお屋敷までやって来た時に、インターホンを押して俺に会うべきだったんだ。その時は俺もまだ、女を何十人も殺すようなモンスターになってはいなかったからな……ちょうど、女房ともうまくいっていたし、息子もふたり生まれてさ、健康にすくすく育ってた。仕事のほうは、タイヤ会社の社長の椅子くらいでは我慢できんと思ってはいたが、それでもその時あんたが俺に会ってくれてたら――きっと俺は過去の負い目のこともあって、あんたに出来る限りのことはしてやってたろう。そしてその時に今言ったみたいなことを話してくれてたら、俺の心の底で氷の塊みたいなものが溶けていたかもしれない。だが、もうすべて遅すぎる。全部メチャクチャなんだ……あんたがその時呼び鈴を押すか押さないか迷っていて、結局押さなかったこと……それがその後の俺の人生のすべてを決めたんだ……」
 先ほどは気が狂ったように哄笑していたクロンカイトは、今度は子供のように泣きはじめている。そして、彼が机の上に伏せったまま声を張り上げて涙を流していると、面会時間が終了する時刻になった。
「ジム、きっとまた会いにくるわ」
 最後に修道女が振り返ってそう言った時、クロンカイトは首を振った。
「もうたくさんだよ。二度と、会いになんか来ないでくれ」
 ジェイムズ・クロンカイトは、実に聡明な男だった。彼の中ではもう、あれだけロンドン中を騒がせたテロ事件も何もかも、意味のないものとなっていた。後に残ったのは苦い後悔と悔悛の思いだけ……その上、母親の愛情を得られなかった憂さ晴らしに、何十人もの女を儀式めいた手のこんだやり方で殺した。それというのも、元を正せばそれだけ愛して欲しかったということだ。<真実>というものは、本当にわかるまでは気高く哲学的で理解が不能であるように思われるのに、一旦わかってしまえば実にシンプルで呆気ないものだった。クロンカイトは常にそうしたことを誰か他人に当てはめて考えるのが好きだったが、自分も例外に洩れず同じだったということを思い知るなり、愕然とただ絶望した。
 その後も、マリー・クロンカイトは何度も弟に会いにきた。最初の面会で、彼の中に何か悔いあらためと新生の光が見られるように思ったからだったが、クロンカイト自身は姉と面会を重ねるごとにどんどん痩せていき、頬もこけ、ほとんど別人のようになっていった。マリー自身にはもちろん、かつて発狂させられた仇を弟に返したいような思いはまったくなかったにも関わらず――神に赦しを求め、これからは本当に心を入れ替えると誓って欲しい、そのためには神父様に頼んで洗礼を受けさせていただきましょう……そういった光輝くばかりに正しい言葉の数々が、もしかしたら最終的にはクロンカイトの心を追い詰め、彼から理性を奪ったのかもしれなかった。
 ジェイムズ・クロンカイトはある日、独房の中で狂ったように壁に頭を打ちつけはじめ、失神するまでそうしたところを看守に見つかり(どうにも止めようがなかったらしい)、その後目が覚めた時には、もはやまったく別の人間のようだったという。その前にも一度、刑務所支給の剃刀で自殺をはかろうとしており、彼は精神鑑定を受けたのち、医療刑務所へ送致されることが決まった。
 この頃にはジャック・ティンバーレインも本当のことを洗いざらい警察当局に話しており、こうしてロンドン同時爆破事件はその幕を下ろすこととなる。



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【2008/08/21 14:26 】
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