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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(27)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(27)

 ジェイムズ・クロンカイトは、新聞やTVで<爆弾魔逮捕の衝撃の瞬間>という報道を目にするたびに、心の中で踊り上がって喜んでいた。
(これは俺がやった!俺がやったんだ!!だが俺は捕まらない!!仮に容疑が俺に向けられたって、終身刑の人間に、どうやってこれ以上罪を償わせるっていうんだ?ええ?)
 クロンカイトがいかに他の受刑者に手をまわし、刑務所の職員に賄賂を贈ったところで――やはり彼の<自由>というものは制限されたものでしかない。だがこの時彼は、人類史上誰もなしえなかった快挙を成し遂げたような、そんな気持ちに酔い痴れていた。ティンバーレインもビュターンも他の連中も、クロンカイトにとってはただの捨て駒――都合のいい操り人形にしかすぎない。もし仮に自分の名前を出したとすれば、その時には、あらゆる手段を使って彼は制裁処置を行うつもりでいた。
 クロンカイトが今いるのは、ロンドンのベルマーシュ刑務所だったが、彼は他の刑務所の受刑者たちとも繋がりを持っている。つまり、どこの刑務所に誰が入れられようが――彼が「今度入った新入りをシャワー室でリンチにしてくれ」と一言命じれば、「おまえに恨みはないが……」と前置きして、クロンカイトの言うとおりにする犯罪者が実にたくさんいるのだ。ティンバーレインもよもや、自分を裏切ったりはすまい……クロンカイトはそう確信していた。ビュターンはクロンカイトにとって一番お気に入りのマリオネットだったが、彼もまたなんとも自分の期待にこたえてくれたと、彼はそう思っていた。
 クリスマスにロンドン橋とウォータールー橋、ウェストミンスター橋に爆弾を仕掛けるというテロ行為は、クロンカイトとしては正直、「出来ればやってくれたらいいな」くらいの気持ちだった。何より今度のほうが前よりリスクが高いので、ビュターンがもし断ってきたら、クロンカイトは彼を操る糸を切り解放してやろうと思っていたのだ。ところが、しぶるビュターンのことをティンバーレインがなんとか説得したと聞き――(この悪党め!)とクロンカイトはその時思った。内心、にやりと笑いながら……。
 クリスマスに、リストに上がっている三十三人の人間にプレゼントとして爆弾を贈るというのは、クロンカイトとしては絶対にやってもらいたいことだった。当然爆弾はビュターンに作らせるが、その運送係はティンバーレインである。おそらく、クロンカイトが察するに、ティンバーレインはこう考えたのだろうと思われた――クリスマスの日に自分が爆弾を三十三個郵送した場合、当然あまりに目立ちすぎる犯行となる……だが、同時にテムズ川に架かる橋が三つ爆破されたとしたら?自分の犯行に向けられる関心はより小さいものとなり、捕まる確率もビュターンよりは自分のほうが低くなるはずだと、そう計算したのだろう。
(まったく、あいつは俺という人間と同じく、救いようがないな……)
 刑務所の中では、ティンバーレインは義や情に厚い男として知られているが、それは残念ながら塀の中での話だった。塀の外では彼は、職に就くのもおぼつかない中年の駄目親父で、口で「家族が大事」というほどには、家庭もうまくいっているわけではない……そんなティンバーレインとしては、どうしても自分と同じ<仲間>が必要だったのである。三十三個の爆弾はどれもすべて、プレゼントの箱を開けた瞬間に爆発するようになっていた。それを不審物として直感し、警察に知らせることのできる人間は当然少ないだろう……差出人の名前や住所はいいかげんなものではあるが、見知らぬ誰かからクリスマスに素敵なプレゼントが送られてきたと誤解する人間のほうが多いに違いない。
(それをひとりで行える度胸が奴にはなかったってことだ……それに比べたらビュターンはティンバーレインの腰抜けに比べて、大した奴だったといえる……)
 ビュターンがロンドン橋から飛び下り自殺し、内臓を爆発させた映像は、その後あらゆる方面に波紋を投げかけていた。その映像があまりにショッキングなものであったため――ロンドン市内では、心臓発作を起こした老人が一名、また気分が悪くなって病院に運ばれたという女性が数名いた。TV局では、確かに「ショッキングな映像ですので、注意してご覧ください」といったようなテロップが流れていたようだが、そうした報道のあり方自体に疑問の声が市民から数多く寄せられもした。
 Lにとってもクロンカイトにとっても、もっとも意外だったのが――サミュエル・ビュターンという青年に対して寄せられた、多くの人の同情的な眼差しだった。彼がロンドン橋から飛び下り自殺し、そのショッキングな映像が一日に何十回も流されるうち、その青年がどこの誰でどんな生い立ちを持つ人間なのかということに注目が集まり……あまりにも気の毒なその生い立ちを知るなり、大抵の市民が口にだして「赦す」とまでは言わないまでも、何かそれに近い気持ちを持ったであろうことだけは確かだった。
 反して、ティンバーレインの供述はビュターンにすべての罪をなすりつけるものだったが、その真偽のほどについては疑わしいと感じる人間が世論として圧倒的多数だったというのも――Lにとってもクロンカイトにとっても意外なことだった。ビュターンは自分で自分のことを裁いたくらいに罪の意識が明白であり、また出所後まともになろうとしたが、再びティンバーレインが悪の道へと彼のことを引きずりこんだ……というのが、ロンドン市民、あるいはイギリスの国民の意見として圧倒的に多かったのである。
 そもそも、ビュターンは数学や量子力学といった方面には天才的といっていい才能があったが、反して読み書きが標準以下という障害を持っていたため、彼は普段から必要最低限以外何か<物を書く>ということを一切しなかった。つまり、このロンドンを騒がせた爆弾魔は、日記や自分の考えを述べた文章というものを、見事なまでに自分が死んだあとの世界に残していかなかったのである……そこで人々は、ある程度の確かな<事実>を元に、きっとこの気の毒なサミュエル・ビュターンという男はこの時こんなふうだったに違いない、こう思っていたに違いないと、好意的なまでに同情的な感情を寄せることになったというわけだ。
 このロンドンで起きた同時爆破事件についてはその後、十数冊にものぼる関連本が出版されている。その中で、ビュターンが元は<いい人間>として人々に記憶されることになったのは、ビュターンの生い立ちを詳細に調べて伝記を書き記したジャーナリスト――その彼の、Rという女性へのインタビュー記事だっただろうか。
「彼はとてもいい人でした。わたしを誘拐してきたのも、犬しか話相手がいなくて寂しかったからなんだと思います……確かにわたしが逃げないように、手錠をかけて拘束はしていました。でも、それ以外では、ブランド物の服を買ってきてくれたり、美味しい食事を必ず三食は作ってくれたり……出来る限り人権を配慮してくれたんです。警察の人は誰も信じてくれないような対応でしたが、彼は本当にわたしに何もしませんでした。むしろ、わたしが妊娠していると知ってからは、その子供が自分の子でもあるかのように、親切に労わってくれたんです」
 ラケルはそのインタビューを受けることに最初はまったく乗り気ではなかったけれど、少なくともサミュエル・ビュターンという人間がこの世界に生きて存在し、確かにその足跡を残したことの証明として――本当のことを話す義務が自分にはあると思っていた。それで、Lに相談したあと、顔写真は当然なし、名前もイニシャルだけでという約束で、そのジャーナリストのインタビューに電話で答えたのだった。
 実際、ラケルはあの後警察から取り調べを受けなければならなかったわけだが、「一か月も拘束・監禁されていて、プラトニックな関係だったとはまったく信じがたい」というような目で見られることに、ほとほとうんざりしていた。「本当は何かされたのだが、言いたくないのだろう」と遠まわしに何度も言われる度に、ラケルは本当のこと――「彼は確かに犯罪者かもしれませんが、わたしに対しては紳士でした」と負けずに繰り返し強調しなければならなかった。
 ビュターンは監禁中、ラケルにこう言っていたことがある。警察の厳しい取り調べを受ける過程で、何度も「おまえがマイケル・アンダーソンと孤児院の職員を殺したんだろう」と言われているうちに、もしかしたら本当はそうではないかと思ったことが何度もあった、と。だがふたりの死体のそばから見つかったのが九ミリの薬莢であったため、その拳銃は彼が普段所持しているものとは違ったために――やはり犯人は自分ではないと確信することが出来たのだという。
「まあ、今となっては、そんなことも俺にとってはどうでもいいことだがな。確かに俺は十四年の懲役刑を食らって七年で刑務所を出てきた……だが、法廷で正しい裁きがなされたかと言えば、まったく疑わしい限りだと思う。俺は今もマイケルについても腐った小児性愛者についても、あんな奴らは死んでよかったとしか思っていない。そして俺もまた、あんたを攫ったことで、あんたの恋人にとっては――殺しても殺したりない人間なんだろうって、そう思うよ」
 ラケルはその時、ビュターンに対して何も答えられなかった。またビュターンはこうも言っていた。刑務所に入っている殺人者には二種類いて、ひとつ目は、本当に魔が差した、あるいはやむをえない事情で人を殺し、心底後悔した上、悔いあらためている人間、ふたつ目は、ほとんど<プロ>といっていい殺しを生業としている連中で、後者に至ってはほとんど救いようがない、と。
「俺は、正直いって自分がどっちの側の人間なのかが、よくわからないんだ。マイケルと例の孤児院の職員については、全然後悔していない――だが、他に拷問したり殺したりした連中については、悪いと思っている人間が何人かいるんだ。その罰として懲役刑を十四年食らったっていうんなら、それはあまりに短すぎる……一生刑務所で暮らしたとしても短いだろう。むしろ死刑こそが相応しいとさえ思うんだが、この国には生憎、死刑制度っていうものがないんでね」
 ビュターンがそう言った時、ラケルは彼が自分の罪について自覚し、悔いあらためる気持ちが確かにあるのだと感じた。それで思わず涙が止まらなくなった。「何故あんたが泣く?」と、ビュターンは不思議そうな顔をしていたけれど、ラケルは顔を覆いながら「わからない」としか答えられなかった。
 ビュターンの胴体と足が切り離された遺体は、その後テムズ川から回収され、警察で検死解剖されていたが、ラケルはワイミーズ財団の名前を使ってワタリに引き取ってもらうことはできないかと、Lに頼んでいた。それでこの世界に生きている間、サミュエル・ビュターンと呼ばれた男は――今はワイミーズハウスの裏手にある墓地で、静かに眠っている。
 彼のお葬式には、ビュターンの名づけ親である牧師を探して来てもらった。ロイ・ガードナー牧師のいる病院では、つきそいの看護師をひとりつけるという条件で、快く承諾してくれた。その式に参列したのは、ラケルとLとワタリ、それに牧師とつきそいの看護師の女性だけだったけれど、ラケルは人が少ないほうが彼も喜ぶだろうと、そう感じていた。
 ガードナー牧師は埋葬式で、イザヤ書の五十三篇を暗誦したが、それがこの場合適切な聖句であったかどうかというのはわからない。イザヤ書の五十三篇は古来より、キリストに対する預言として知られ、特に受難週の時期に教会で読まれることがとても多い。ガードナー牧師も最初、ラケルが病院へお見舞いに行った時には詩篇の二十三篇なんてどうだろうかと話していたにも関わらず――実際の式ではイザヤ書の五十三篇を何も見ずに(というより、彼は目が見えないのだが)、すらすらと朗誦していたのだった。

   『私たちの聞いたことを、だれが信じたか。
    主の御腕は、だれに現れたのか。
    彼は主の前に若枝のように芽生え、
    砂漠の地から出る根のように育った。
    彼には、私たちが見とれるような姿もなく、
    輝きもなく、
    私たちが慕うような見ばえもない。
    彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、
    悲しみの人で病いを知っていた。
    人が顔を背けるほどさげすまれ、
    私たちも彼を尊ばなかった。

    まことに、彼は私たちの病いを負い、
    私たちの痛みをになった。
    だが、私たちは思った。
    彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
    しかし、彼は、
    私たちの背きの罪にために刺し通され、
    私たちの咎のために砕かれた。
    彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、
    彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。
    私たちはみな、羊のようにさまよい、
    おのおの、自分勝手な道に向かって行った。
    しかし、主は、私たちのすべての咎を
    彼に負わせた。

    彼は痛めつけられた。
    彼は苦しんだが、口を開かない。
    ほふり場に引かれて行く子羊のように、
    毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、
    彼は口を開かない。
    しいたげと、裁きによって、彼は取り去られた。
    彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。
    彼がわたしの民の背きの罪のために打たれ、
    生ける者の地から絶たれたことを。
    彼の墓は悪者どもとともに設けられ、
    彼は富む者とともに葬られた。
    彼は暴虐を行わず、その口に欺きはなかったが。

    しかし、彼を砕いて、痛めることは
    主のみこころであった。
    もし彼が、自分のいのちを
    罪過のための生贄とするなら、
    彼は末長く、子孫を見ることができ、
    主のみこころは彼によって成し遂げられる。
    彼は、自分のいのちの
    激しい苦しみのあとを見て、満足する。
    わたしの正しいしもべは、
    その知識によって多くの人を義とし、
    彼らの咎を彼がになう。
    それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、
    彼は強者を分捕り物としてわかちとる。
    彼が自分のいのちを死に明け渡し、
    背いた人たちとともに数えられたからである。
    彼は多くの人の罪を負い、
    背いた人たちのためにとりなしをする』

 最後にガードナー牧師が「アーメン」と言い、ラケルもつきそいの看護師の女性も、彼にならうように「アーメン」と言った。そして、サミュエル・ビュターンの眠る柩の上には多くの花が投げ入れられ、こうして彼の肉体は埋葬されたのである。
 ――それから数年が経った頃になっても、サミュエル・ビュターンの墓の前には花が絶えたことがない。もちろん、ラケルは自分の両親と彼の墓の前には、機会あるごとに訪れてはいたが、ビュターンの場合はそれ以外にも彼の<信奉者>ともいえる人間が数多く、墓の前にきては献花していったのである。
 サミュエル・ビュターンの名前はイギリス中……いや、世界中で『切り裂きジャック』と並ぶほどに犯罪者として有名になり、彼は後世に<伝説>といえる何かを人々の心に残したのだった。



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【2008/08/20 18:42 】
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