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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(24)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(24)

 地下鉄に乗り、ロンドン橋の近くで下りると、サザーク大聖堂の前を通って、ビュターンはロンドン橋を歩いていった。その、コンクリートで出来たなんの変哲もないように思える橋を、中央付近まで渡っていき、テムズ川の流れを眺めやる……(もう何も、思い残すことはない)と、ビュターンはそう思った。地下鉄に乗っている時も、突然ここで誰かが爆発事件を起こしたとしたら――どれだけ多くの人間に迷惑がかかるかを、彼は再認識していた。特に、小さな女の子が母親の裾を頼りなく掴まっている姿を見て、ビュターンはおそろしいような気持ちになる……何故前は、そんなふうに感じたり考えたりできなかったのか、まったく不思議なほどだった。ビュターンはラケルに子供が生まれて、その子供が女の子だったとしたら――彼女に似てさぞ美人に育つだろうと、そう想像した。そしてその子供がある日地下鉄に乗り、世の中に歪んだ怨みのある連中のテロに遭って死んでしまうのだ……いや、もし死ななくても、ひどい大怪我を負って一生車椅子が手放せない生活を送ることになったとしたら?
 そう考えて、ビュターンは本当に心底ぞっとした。ラケルのような女の子供は、幸せに育たなくてはならない……そしてそんなひどいことをしようする連中は、自分も含めて地獄しか行き場所はないだろう。
 その日のロンドンは、十二月にしては比較的あたたかく、風も凪いでいた。先ほど駅で、999に電話をし、ラケルの居場所については知らせておいたし、警察にもテロについて一方的に自白する言葉を吐き、そして切った。
(あとはもう、これが最後の仕上げってやつだ)
 ビュターンはラケルにずっとつけさせていたネックレスの小型爆弾を――少し前に飲みこんだばかりだった。右手には起爆装置のスイッチが握られている。あとは、橋の手すりを乗り越えて、その<向こう側>へ飛びこめばいいだけの話だった。
 彼は自分の人生については、これまでさんざん考え尽くしてきた。特に刑務所では、時間がたっぷりありあまっていて、そんなことしか考えるようなことはなかった。もし、自分が教会の前で発見されなかったら?実の両親にきちんと育てられていたら?あるいは彼の名づけ親となったガードーナー牧師が、あと一時間遅れて赤ん坊を見つけていたら?チアノーゼで死にかからなかったら、自分の脳は健常者のそれと同じだったろうか?そうするとアスペルガー症候群でもなく、普通の人々と、それこそ<普通に>コミュニケーションをとることができたのだろうか?そして孤児院で悪魔のような職員たちに虐待されなかったら?マイケル・アンダーソンの片目を抉ることもなかったのか?彼の目玉を抉ることがなければ、その後犯罪の世界に巻きこまれることもなく、TVの向こう側でおそろしい事件が起きるのを目にするたびに――「まったく、世の中には怖いことをする連中がいるもんだ」と首を何度も振るような人生を送っていたろうか?
 ……そのすべての答えは、<イエス>でもあり、<ノー>でもある。実の両親に虐待される可能性もあれば、結局のところ自分はアスペルガー症候群だったかもしれず、さらに近所にマイケルという悪ガキがいて、彼の目玉を抉っていたかもしれないし、すくすくと普通に健常者として育っても、運悪く――あるいは自ら進んで――犯罪の世界に手を染めていた可能性だってある。
(最終的な答えは、すべてのことは「わからない」の一言に尽きる)
 それがビュターンにとっての<真実>だった。ガードナー牧師が、自分が殺した人間の『血の苦しみ』のようなものはどこへいくのかという彼の問いに対して「わからない」と答えたのと同じように――ビュターンには何もかも、本当にわからないと思った。この地球という惑星で暮らす人間たちの<人生>と呼ばれるものは謎だらけだ。ビュターンもそのパズルのような謎解きに、自分なりに懸命に取り組んではみたつもりだった。でも、とうとう砂時計の砂は最後まで落ちきって、来るべき時が来た。タイムオーバー。せめて、もう少しこの奇妙なゲームを続ける時間が自分にあれば……いや、もう愚痴は言うまい。自分はすでにこの<人生>という名のゲームに負けたのだ。
 夕暮れ時のロンドン橋、宵闇の迫るロンドン橋、一番星が微かに瞬くロンドン橋……ビュターンは、自分の脳裏にラケルの姿を最後に思い描くと、一息に欄干を乗り越えて、その向こう側にある見えない世界へと旅立っていった。

 ――その衝撃的な映像は、その日の夕方のニュースで大々的に取り上げられ、世界中を駆け巡った。ロンドン橋から、内臓を飛びださせてテムズ川に落下する男の映像……偶然、観光客がホームビデオに収めたそのテープは、実に高額な値段でTV局の人間に売られることとなる。
 そしてきのうまでは無名だったこの男は何者かということに世間の注目が集まり、彼がサミュエル・ビュターンという名前で、自殺する直前に警察へテロ事件は自分がやったと自白したこと、さらにほとんど同時刻に警察の手が彼に伸びており、もはや逃れられないと思っての覚悟の自殺ではなかったかとの報道がなされた。
 当然、Lもそのサミュエル・ビュターンという気の毒な男の映像を、TVのニュースで見た。彼が自分の手がけている事件の犯人を、こうしたある意味<公式>の形で先に見ることになるのは、本当に久しぶりのことだった。もちろん、警察当局のほうからは随時次々と連絡が入ってはきている。レイはサミュエル・ビュターンが住居としているフラットの家宅捜索の途中で――当然、ここの他にどこか、隠れ家のような場所があるのではないかと勘付いていた。そして目ぼしい物証が何もないままに、携帯で再び<L>と連絡を取ろうと思ったまさにその時、目の前を救急車が通りずきていったのだ。何故その時、その救急車のあとへついていこうと思ったのか、レイ自身にもわからない。ただ、そこは刑事としての長年の勘で、何か捜査に関係することが付近で起きたのではないかと直感したためだった。
 ビュターンが呼んだ救急車は、今は誰も人が住んでいないはずの公営集合住宅の前へ停まり、救急隊員たちは急いで十階まで上っていった。その途中でレイは、警察の身分証を見せ、どういうことなのかと彼らに事情を聞く。
「連絡を受けた限りにおいては」と、ベテランの救急救命士は言った。「女性がこの建物の十階で倒れているから、助けて欲しいとのことでした」
 当然、レイは<L>にラケルという伴侶がいることなど知りもしないし、彼がテロ事件と同時に必死で捜索活動をしている行方不明の女性がいることもまったく聞いていなかった。だが、場所は廃墟といっていいくらいのボロ住宅なのである。一階には、紳士にとって読み上げるのが困難なスプレー書きや、見るのも恥かしい記号などが呪いの刻印のようにしるされているという、そんな場所だ。
 レイはテロ事件には直接関連しないにしても、何かの事件性があると思い、救急救命士の後についていった。そして息を切らして1001号室から順に部屋を見ていくと――1006号室に、電話で男が言ったとおり女性がひとり倒れていた。下腹部よりひどい出血があり、自分の力では起きることのできないその女性を、救命士ふたりは担架に乗せて運
んでいこうとする。だが、そのためには手首に繋がれた手錠が邪魔だった。
「大丈夫ですか!?自分のお名前は言えますか?」
 とりあえず意識があることはわかるものの、彼女は何も答えなかった。額からは脂汗が滲んでおり、蒼白な顔色をしている。
「ふたりとも、下がってください」
 レイは胸元のポケットから拳銃を取りだすと、一メートルはあろうかという鎖の部分を迷わず撃った。ラケルはその銃声に一瞬びくりと体を震わせる。
「こちらの捜査のほうは、わたしが警察本部と連絡を取って行いますので、早くその女性を病院へ運んでください」
「わかりました」
 レイの拳銃の腕前に感服しながら、救命士ふたりはラケルのことを担架に乗せて運んでいく。そしてレイは、どう考えても今の女性が監禁されていたらしいことを思い、早速部屋の捜索を開始した。もちろん手袋をはめ、証拠品には必要最低限しか触れないようにするが、警察本部へ連絡する前にまず――ある程度状況を把握しておかなければならない。
 レイは女性が監禁されていた隣の部屋へ足を踏み入れるなり、驚いた。爆弾を作る際に使用する化学薬品が、ラベルを貼られて並んでいる上、他に模造銃や改造銃、マシンガンなどが所狭しと並べられている。さらにソファベッドの下の棚には、爆弾を設計するための資料が次から次へと出てきたのである。
「驚いたな……」
 まだサミュエル・ビュターンとこの部屋を繋ぐ、確たる証拠品は何もないが、おそらくほぼ間違いはないだろう。ここは、奴が爆弾製造のために隠れ家としている場所なのだ。
(では、あの女性は……?何か都合の悪い証拠を見られて、監禁していたとでもいうのか?だが、警察に電話をしてきたのは男の声だったという。もしビュターンが自分で救急車を呼んだとしたら、少なくとも彼女を監禁していた罪が露見してしまうとわかっていたはず……だが、苦しむ姿を見るに忍びなくて、999に電話をかけたとでも言うのか?)
 よくわからんな、とそう思いながらレイが、警察本部と連絡を取ろうとしていると――先に携帯電話が鳴った。<L>からだった。
『サミュエル・ビュターンの自宅の捜索は、進んでいますか?』
「ええ、まあ……」と、レイは戸惑い気味に答える。「その、奴が借りているフラットからは目ぼしいものは何も発見されませんでした。ですが偶然――例の爆弾魔の隠れ家と思しき場所を発見したんです。ここをビュターンが仮の住まいとしていた物証はまだ見つかりませんが、それも時間の問題でしょう。それと、この部屋には女性がひとり監禁されていて、先ほど、救急車で運ばれていきました。まだ身元は不明ですが……」
『……………』
「L、聞いていますか?」
『あ、はい』と、彼らしくもなく、少しとぼけたような、鈍い反応が返ってくる。『その女性は、どんな人でしたか?』
「そうですね。ブロンドの若い女性でしたよ。下腹部に出血があって、苦しそうな様子でした。誰が救急車を呼んだのかはまだわかりませんが、手錠で繋がれていたことから、尋常な事態でなかったことだけは確かです。まあ、そちらは救急病院のスタッフに任せておくにしても、わたしはこのままビュターンの自宅の捜索隊をこちらに差し向けようと思っています。そのための連絡を警察本部と取ろうとしていたら、L、あなたから電話がかかってきたというわけです」
『そうですか……ところで、その女性の身元がわかるようなものが、付近に落ちていませんか?たとえば、パッワークのバッグとか』
(パッチワークのバッグ?)
 やけに具体的なことを言うなと、レイは不思議に思いつつ、元きた部屋へ戻った。室内をもう一度眺めまわすと、確かに隅のほうに手作りと思しきパッチワークのバッグがある。
「すみません、L。ちょっと待ってください」
 レイは、携帯電話を肩と耳の間に挟んだままの格好で、バッグの中身を確認する。財布の中身を見るが、名前がわかるようなものは何もない。メモ帖、ボールペン、絹のハンカチ、催涙スプレー……他にもこれといって、身元がわかりそうなものがひとつもなかった。
「携帯電話は、充電が切れていてスイッチが入りません。L、その女性がどうかしたんですか?もしかして、行方不明者の中で、あなたに依頼がきている女性なんですか?」
『ええ、そうなんです』と、Lは即座に答える。所持品の中身を聞いた時点で、名前などどこにもなくても、彼にはそれがラケルのものであるとわかっていた。『すみませんが、その女性が運ばれた搬送先の病院の名前を教えていただけますか?』
「確か聖パウロ病院だと思う。はっきりしたことは、医師の診察結果を聞かなければわからないが……女性には特に外傷のようなものは見られなかった。その、言いにくいが、その出血というのも、わたしにはどういう種類のものかがよくわからない。ただ、服の外側から見るかぎりにおいて、監禁した男が暴力を振るっていたなら、顔に痣などが当然あっただろうし……Lのほうでその女性の名前がわかるなら、病院に直接問い合わせてみるといいだろう」
『ありがとうございます。助かりました』
 ブツリ、と電話が切れ、レイはやや違和感に似たものを感じる。いつもの<L>なら、テロ犯の隠れ家が見つかったとわかるなり――もっと突っこんだ質問を矢継ぎ早に投げかけてくるはずだった。
「まあ、それだけ信用されてるってことかな。それとも、あの女性の捜索が難航していて、これは彼にとっては<棚から牡丹餅>といったところだったのだろうか」
 レイは独り言を呟いてしまい、思わず苦笑する。ナオミからも時々注意されているのだ……「頭の中で思ってることを、ブツブツ口にするその癖、どうにかしたほうがいいわよ」と。彼女曰く、そういう男のことを『思考だだ洩れ男』というらしい。
「まあ、その分浮気したらすぐわかっちゃうわよね、レイは」
 そう言って笑う恋人のことを思いだし、彼はしばしの間幸せな気持ちになる。彼女は今ロンドンにあるフラットで、自分と一緒に暮らしているのだが――来月には日本へ、レイは彼女の両親に挨拶をしにいく予定だった。
「さて、そのためにもまずはこの事件を解決しないとな」
 またそう独り言を呟いてから、レイは警察本部の彼の上司と連絡を取る。そしてサミュエル・ビュターンの自宅捜索のための人員をそのまま、こちらの隠れ家と思しき場所へ移動させることにした。彼は警部補として指揮を取りつつ、その途中で上司から一連のテロ事件の主犯が自殺したらしいと聞いて――このあと強い衝撃を受けることになる。



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【2008/08/19 14:55 】
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