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L家の人々、第七話
 第Ⅶ章 竜崎家の家族会議

「それで、その賭けっていうのは一体なんなんですか?」
 Lは対策と方針が決定すると、行動に移すのが極めて敏速な人間だった。第一、この擬似家庭が――自分のことは抜きにしても――正常に機能していないのなら、これ以上続ける意味はないだろうと判断したのだ。
「ババアの奴、晩飯作るのも忘れてまだ寝てんのか?仕様がねえな。あいつ一度倒れると昏々と眠り続けるからな」
 メロは冷蔵庫からチョコレートを一枚とりだすと、まるで夕食のかわりにするように食べはじめた。自分にも少し分けてくれと言うようにLが手をさしだすけれど、メロは彼の手をぱちりと叩いて要求を拒否した。
「大体、もとはといえばLが悪いんだぜ?こんな狭い家にあの女と俺とニアのことを放りこんだりするから……結局暇になっていつものように競争することになったんだよ。『Lを継ぐ者がラケルのことも手に入れる』、それが今俺がニアとしてる賭けの内容だ。もちろん冗談半分で、だけどな。あのババアもそこそこ顔立ちは整ってるから、そのうち本当に母親ってやつになるだろうし、何も問題はねえよ」
「それで……ようするに昼間彼女が寝ている間にキスしたのも、冗談半分だったと……」
 Lが怒っているのか、それともそんなことは些細なことと思っているのかどうか、メロには計りかねた。とりあえず顔の表情からは何も読みとれなかったし、話がどの方向をさして進もうとしているのかが彼には皆目見当がつかなかった。ただ、昼間メロが義理の母にキスしたということに関しては、二アも面白くないものがあるらしく、二方向から挟まれたように、居心地の悪い思いを味わうことになった。
「べつに、そのことをラケルに言いつけようとは僕は思いませんけどね」と、ニアはパズルを組み立てながら言った。「自分が先に手をつけたからLの座が仮に僕のものになったとしてもラケルはメロのものというのでは困ると言っているだけです。一応誤解のないように言っておくと、べつに僕も彼女のことをどうこうしたいなんて考えているわけじゃありません。ただ余りにも暇なので、からかいやすい彼女を間に挟んでメロと遊んでいるという、それだけです」
(一応、それぞれ言い分は通っているが)とLは思った。(だがどちらかというとわたしの耳には、単なる照れ隠しに言い分けをしているというように聞こえる……ここはひとつ、彼女が起きてくる前に洗いざらい吐かせてやるか)
「じゃあもし仮に……ミス=ラベットの意志を100%無視して話を進めたとして、どちらか片方がLの座を継いだ場合――わたしの命令で、もうひとりにはラケルを与えると言ったとしたら、どうしますか?」
(そんな架空の話は無意味だ)とメロもニアも思ったらしく、互いに顔を見合わせている。
「Lの座とラケルっていうのは絶対にセットだ。そうじゃないと意味がない。俺とニアの間でもそう意見が一致してる。第一、あのババアの意志を無視して一生ずっと俺の飯だけ作って生きろって言うわけにもいかない。だから話は最初に戻るんだよ」
「そういうことです。僕たちにとってLの座というのは絶対で、ラケルというのはそれに付随するオプションみたいなものです。ようするにオマケなんです」
「そうだよ。ガキの間でなんかのゲームが流行るみたいに、今俺とニアの間ではラケルが流行ってるっていう、ただそれだけの話……」
 それでも、ラケルの寝室のドアが開いて、彼女が居間に姿を見せた時には、メロは一瞬ぎくりとした。彼ら三人が話をしているのは食堂でのことだったので、おそらく今の会話を彼女に聞かれてはいないだろう――そう思いはしても、これ以上まずい方向に話が流れないようにと、メロは口を閉ざすことにした。
「すみません、わたし……自分でも知らない間に眠りこけてしまったみたいで……晩ごはんの仕度がすっかり遅くなってしまいました。もしかしてL、こういう時にかぎって待ってたりしました?」
「いえ、大丈夫です。それよりミス=ラベット、晩ごはんは店屋物でも構いませんので、少々お時間を割いていただけますか?竜崎家の、最初で最後の家族会議のために……」
 Lはジーパンのポケットの中からマスクを一枚とりだすと、それに赤いマジックで×印を書き、ラケルに手渡しながらそう言った。
「家族会議、ですか?それにマスク……これは一体どうすれば?」
「まあとりあえず、いつものお母さん席に座って、そのマスクをして我々他の家族の話を聞いていてください。そのマスクは途中であなたが口をだしたくなるのを防止するためのものです。また、この話しあいが終われば、竜崎家はそのまま解散となりますので、どうかそのおつもりで聞いていてください」
(ようするに、日本で追っていた大きな事件が解決して、拠点を海外に移すっていうことなのかしら?)
 ラケルはそのことについて、ふたりの義理の息子たちがどう思っているのかを窺うために、目の前に座るメロとニアのことを交互に見たけれど、彼らは何故か視線を逸らすばかりだった。
「ふたりとも、これは次のLの座を継ぐのに、多少なりとも関係した質問になると思って、冗談半分にではなく真面目に答えてください。まずひとつ目、ラケル母さんの母親としての長所と短所を挙げてください。まずはメロからお願いします」
「……そうだな。長所はいつ俺が帰ってきても、何か飯作って食わしてくれること。短所のほうは俺をちゃんづけで呼ぶことだが、何回注意してもやめないから、もう諦めることにした」
「じゃあ、次はニアが答えてください」
(なんなのこれ?)と正直ラケルは内心困惑した。こんなものは家族会議などではまったくなく、ただ表立って吊るし上げられているような、そんなものではないか。
「そうですね……僕にとってラケルの長所は何よりその存在が邪魔にならないことです。空気のように大切だとでも言っておきましょうか。短所は僕が風呂に入っている時に「着替え置いておくわね」とか、「背中流してあげようか」って言ってくることです。はっきり言ってウザいです」
 Lが笑いをこらえるような顔の表情をしたので、ラケルは正直もう勘弁してほしいと思った。彼は一体これ以上自分の何を聞こうというのか、ラケルはだんだんに体の温度が上がっていくのを感じていた。
「まあ、メロとニアがラケル母さんのことを好いているらしいことは大体わかりました。でも結局のところミス=ラベットは赤の他人ですし……何年かして結婚しようと思えばできないこともない。つまり、本当に彼女と家族になりたいと思ったら他に方法はないわけですが、どうしますか?」
「俺は……これから十年くらいして、もしババアがその時もひとりもので生活苦に喘いでたら、結婚してやってもいいかなと思うよ。でもまあ、ひとりかふたりくらいちょうどいいのが現れて、そいつと結婚するんだろうな。正直そんな奴はブッ殺してやりたいが、まあ結局はババアの人生だ。ババアが自分で決めるしかない」
「僕は、ラケルが誰かと結婚してもしなくてもどっちでもいいです。でももし生活苦に喘いでメロと結婚するんなら、僕が引きとって生活の援助くらいはしてもいいです」
「だ、そうですよ?」
 Lがマスクをとってもいいという合図を手で示したので、ラケルは赤いばってんが大きく書かれたマスクを外した。恥かしさのあまり突っ伏すと、自然と涙がこぼれてきた。さっきLはこの家族会議が終わったら竜崎家は解散だと言った……ワイミーズハウスに戻ったら、自分はもう彼らの母親ではなく、ただの教員と生徒ということになる。ワイミーズハウスでは子供の世話をしたり授業を受け持ったりする教師は、特定の生徒とだけ親密にすることを禁じられている……だから、頭のいい彼らはそのことをよく承知した上で、自分とは必要最低限接触するのを断とうとしてくるだろう。ラケルは今のメロとニアの言葉を聞いて嬉しくもあったけれど、そのことを思うと逆に悲しくもあった。
「ババア、何泣いてんだよ。まさかこれで家族離散とか思ってんじゃねえだろうな。それだったら気にすることないぜ。たぶんLがなんとかしてくれる」
 メロの言葉を受けると、ラケルは顔を上げて縋るような眼差しでLのことを見つめた。彼はいつもの座り方でぼりぼりと膝の上をかくばかりで、彼女と目を合わせようとはしなかったけれど。
「まあ、なんにしても今は腹ごしらえが先ですね。ちょっと歩くことになりますが、寿司でも食べにいきますか?」
「寿司か。Lも気前がいいな。俺は日本食の中では一番それが好きだ。でもニアは生もの駄目なんだよな?」
「いいですよ、べつに……ここから歩いていける寿司屋といったらどうせ回転寿司でしょう。僕にも食べられるものはおそらく何かあると思います。それより歩くことのほうがわたしには面倒です」
「歩くったって、たったの七分くらいじゃん。もう何日かしたら日本にはいないんだから、最後に本場の回転寿司とやらを記念に食いにいこうぜ」
 ジーパンの両のポケットに手をつっこみ、Lが椅子を下りて歩いていくと、メロもニアもそれに続くようについていった。ラケルも戸棚から財布をだして慌てて家をでる。
(ひい、ふう、みい……四人分、足りるわよね。今日は樋口一葉さんも一枚あることだし……)
 Lのいつもどおりのジーパンと長Tシャツ姿を見ていると、ポケットにお金が入っているとは考えにくかった。ラケルはLがこんなに無防備に外出していいものなのか多少戸惑ったけれど、メロとニアが喧嘩するでもなくとりあえず普通に会話できているのを見て、まあいいかと三人のあとについていった。なんだか本当の家族みたいだな、と思いもした。

「ラケルさん、その金皿とってください」
 四人で店の真ん中あたりにある席につくと、Lが大きな中トロののった皿を指さした。カウンター席ではなくテーブル席なので、自然と内側の座席に座ったラケルとニアがLとメロの所望の品をとることになる。
「しかし、日本人ってのはすげえな。よくこんなもん開発したよ。ニア、次にトロまわってきたらとってくれ。生ものが駄目なおまえの分まで俺が食ってやるよ」
「……………」
 ニアは寿司ののった皿よりも回転する台のほうに興味深々といった様子で、じっとそちらのほうばかりを観察していた。それでも一応メロの好きな寿司ネタが回ってきた時には無言でとってやり、自分の食べられそうなもの――おもに玉子やフルーツ、お菓子類など――を時々食べたりもした。
 ラケルをのぞいた三人は食べることと回転する台に夢中で、特に会話らしいものはしなかったが、時々横を通りすぎる客が奇異の目でこちらを見るのがラケルはおかしくて仕方なかった。まあ無理もない。外人が座って寿司を食べているというだけでも物珍しいのだろうし、うちひとりは寿司を食べるのにあるまじき変な座り方、ひとりはパジャマ姿、もうひとりは黒いレザーの服を着ていて不良っぽかったりしたわけだから……。
 寿司屋に入って三十分もすると、ニアがLとメロ、ラケルの食べた寿司の皿を色別に並べはじめ、それは次第にタワーのようにみるみる積み上がっていった。
「ラケルさん、もう食べないんですか?」
 ラケルは十皿くらい食べたところでもうお腹がいっぱいだったけれど、Lとメロの食べる量はとにかく半端ではなかった。最後にはニアはテーブルの上に立ち上がりながら皿を積み上げていたのだけれど、客の何人かは聞こえよがしに「子供の躾がなってない」と言ったりした。「パジャマ姿のまま連れてくるだなんて、常識がない」とも……。
「やれやれ。日本人ってのは本当にみみっちい民族だな。一生コセイとやらを勉強してればいいんだ、このバーカ」
 メロはLとラケルのことをさして「若いお父さんとお母さんだから仕方ないのね」と言われた時に、大声でそう言った。そして今にも倒れそうなくらい積み上がった皿を数えに店員がやってきた時――Lもまた信じられないことを言いだした。
「もしこの皿が天井に届くまで寿司を食べたら、料金は全部ただということでどうでしょうか?それだったらまだ食べようと思うのですが……」
「えーっ!まだ食べるのかよ、L。信じられねえな」
 その若い男性の店員は(そんな厚かましい要求、信じられないのはこっちのほうだ)という顔をありありとしていたけれど、一応社会常識というものをきちんと認識しているのだろう、非常識な客に対して、引きつりつつもなんとかスマイルしていた。
「いえ、あの……そろそろ危険ですので、他のお客さまのこともお考えいただいてですね……」
「ようするにとっとと金払って出てけってことだよなあ。L、潔く諦めろよ。ババアも金、どうせあんまり持ってきてねえんだろ」
 図星をさされてラケルは、一瞬びくっと体を震わせた。財布の中のお金は一葉さんが一枚に野口英世が三枚……もし足りなかったら、近くのコンビにまで走っていってお金を下ろすしかない。
 ネームに松田と書かれたその店員は、そんなラケルの様子を見て一瞬無銭飲食を疑ったようだったけれど、幸いお金のほうは最後にLがカードで支払ってくれたので助かった。
「領収証はワイミーズハウスでお願いします」
 何故Lがそんなことを言ったのかラケルにはわからなかったが、とにかくこれ以上余計な恥をかかなくてよかったと思った――べつにラケルは自分の息子のパジャマ姿や子供じみたふるまいを恥かしいとは全然思わなかったけれど、それでも最後に支払うべきものを支払えないとなると、「ほら見たことか」という視線にさらされるのではないかと、そのことが少しだけ怖かったのだ。

 家に戻ってくると、メロはニアと二階の自分たちの部屋へすぐに上がっていった。それはLがラケルにだけ話があると言ったためで、ラケルは食後のコーヒーを入れると、居間のソファに彼と向かいあって座った。
「さっきの話、どう思いました?」
 流石に食べすぎたのだろう、Lはげっぷをひとつしながらラケルにそう聞いた。
「さっきのって……お寿司屋さんでまわりのお客さんが言っていたことですか?」
「いえ、そうではなくて、食事にいく前にメロとニアがあなたについて話していたことです。あの子たちはその前に、『Lの地位とラケルはセット』だと言った……つまり、わたしの後を継いだ者があなたをも手に入れるということです。それが母親としてということなのか、恋人としてということなのかはわたしにもわからない。ようするに、アレですね……RPGゲームでラスボスを倒すための必須のキィアイテムとしてあなたのことを位置づけているんでしょう。率直に聞きますが、ラケルさんは彼らのことをどう思っています?」
「どうって……」TVゲームをあまりしたことのないラケルには、Lの言っている言葉の意味があまりよくわからなかった。「ふたりとも、とてもいい子たちです。わたしの自慢の息子だと思ってます」
「まあ、そうでしょうね……そう答えると思いました。じゃあ少し話を変えましょうか。先ほどわたしはメロとニアにあなたのことをどう思っているのかと聞きました……そこで次に、わたしがあなたのことをどう思っているのかをお話しましょう」
 ラケルは話の妙な流れ具合に、漠然と不安が募るのを感じた。彼が自分に対して恋愛感情のようなものを一切持っていないことはわかっている。それでも、彼はメロとニアと同じく鋭い真実のみを口にのせるタイプの人間だとわかっていた。それで、あまりにも本当のことをズバリと指摘されて心が傷つかないように、ラケルは無意識のうちにも防備していた。
「『あまりにもいい人間すぎてうさんくさい』……それがわたしがあなたに対して感じた第一印象です。ロジャーがわたしにラケルさんの経歴等の書かれた簡単な報告書をくれたのですが、その経歴を見るかぎりでも、わたしはあなたのことを軽い偽善者的傾向にある人間と判断しました。もちろんこれは最初になんとなくそう思ったという程度のことですけどね。もし仮にあなたがわたしの想像したとおりの人間だとすれば、メロやニアの相手は到底務まらないだろうと思いました。根を上げてすぐにイギリスへ帰るだろうと……でも結果は違いましたね。そこで聞きたいのですが、あなたは何故こんな擬似的母親なんていう損な役どころを引き受けようと思ったんですか?」
「わたしの経歴をごらんになったのなら、ご存じと思いますが……」と、ラケルは真実の手から逃れようとする者のように、Lから視線を逸らした。べつに何か心にやましいところがあるわけでもないのに、彼にじっと見つめられていると何か耐え難いものがあった。「わたしは三歳の時に進藤という日本人の家庭に引きとられました。義父は日本の大使館に勤める、とても真面目な人物で、義母は……いわゆる内助の功といったものを大切にする、理想的な女性でした。わたしのことを引きとったのも、崇高なキリスト教精神のようなものからだったのだと思います……表面的には極めて理想的で裕福な家庭で育ちながら、わたしは決して幸福ではありませんでした。むしろ彼らの『理想の娘』を演じようとするあまり疲れきり、どこか二重人格的にいびつにさえなっていったと思います。そうですね……義母はわたしに『絢』という日本人の名前を与えてくれたのですが、進藤絢とラケル・ラベットという人間のふたりがわたしの内側には存在していたんだと思います。常に優等生でいい子でいようとする絢と、本当の自分はそんなんじゃないと暴れだしたいような衝動を抱えているラケル……L、あなたがわたしのことを『いい人間すぎてうさんくさい』と感じたのはある意味とても当たっています。それはわたしが幼い頃から進藤家で植えつけられたものです」
「なるほど。それで大体わかりましたよ。あなたはせっかく日本にいるのに、義理の御両親にはまだ一度も会いにいってませんよね?いこうと思えば、電車で一時間とかからないにも関わらず……そうした心の矛盾を抱えて育ったということは、当然ワイミーズハウスにいる子供たちの気持ちも自然とわかったでしょうね。偽善者などと失礼なことを言って申し訳なかったと思います。でも、あまりにも経歴が綺麗すぎて、表面的にそう思ったというだけのことですから」
 Lは小さな陶器の壺から角砂糖をいくつかとりだすと、コーヒーの中へぽちゃぽちゃと入れた。もうぬるくなっていると思われるが、彼は頓着せずに飲みほしている。
「べつに、なんとも思ってません。だから、わたしは……日本の家を離れ、イギリスの大学に単身留学していた時、生まれて初めて自分のことをとても自由だと感じたんです。わたしの本当の両親はウィンチェスターで雑貨店を営んでいたらしいのですが、そこで強盗の被害にあって亡くなったということを図書館の新聞の記事で知りました。その後ワイミーズハウスのほうにわたしが預けられたということも……」
「そのことは、わたしのほうでも調べました……」と、しばらく間をおいた後でLは言った。「両親とはべつの寝室で眠っていたあなただけが助かったんですよね?犯人はすぐに捕まりましたが、図書館で新聞の記事をあなたが調べている頃には――犯人は無事刑期を終えて釈放されていたでしょう。虚しいとは、感じませんでしたか?」
「よくわかりません。冷たい言い方をするようですが、自分の本当の親のことは全然記憶にないので、実感がわきませんでした。でも、初めてワイミーズハウスを訪れた時に、何故かわからないけれど、ここが自分の本当の故郷だと、そんなふうに感じたんです」
 Lは指先――正確には長くのびた爪の先――で、コツコツと白磁のコーヒーカップを叩いた。たくさん砂糖を入れすぎたせいで、底のほうに白い塊がどろりと残っている。
「話は元に戻りますが、ラケルさんは本当にうちの子たちのものになってくれるんでしょうか?Lの地位同様、まさかあなたのことを真っ二つに引き裂いて、メロとニアに与えるというわけにもいかない――あなたは、彼らがこの先本気であなたのことを奪いあうようになったらどうするつもりですか?正直、彼らがあんなにもあなたに心を開いたということは、わたしにとって賞賛に値することですが、こうなってみると余計に話がややこしくなっただけというように感じます。メロやニアがもう少し大きくなったら自分のことは昔お世話になったおばさんくらいにしか思わないだろう――なんていうのは、なしですよ?わたしはあなたよりも彼らとつきあいが長いので、よくわかっています。メロとニアは一度標的にしたものを絶対逃したりはしないんです」
「……………」
 ラケルは暫くの間、黙ったままでいた。なんて答えたらいいのかわからなかった。ラケルの中の人生の予定表によれば――自分は一生結婚などせず、ワイミーズハウスでの教員としての人生をまっとうし、裏の墓地にでも葬られる予定だった。彼らの言っていたとおり、十年後には生活苦に喘いでいる可能性もなくはないが、かといって「あの時そう言ったじゃない」なんて言うつもりはラケルには当然なかった……。
「あの、わたし……一生誰とも結婚しませんし、そのかわりメロちゃんとニアちゃんのいい母親のままでいたいと思います。あの子たちがこれから先施設をでても、いつでも戻ってこれるように……それじゃいけないんでしょうか?」
「いけなくはありませんが、あなたが結婚しないという根拠がわかりません。まあ、そうなったらそうなったで、彼らも諦めるだろう……ということなら、最初からそう言っておいたほうがいいですよ。当面は結婚するつもりはないけれど、いい人が現れたらするかもしれないと言ったほうがずっと正直です。嘘の約束をするよりはね」
「100%絶対とは言い切れなくても」と、ラケルは語気を強めて言った。「結婚しないということに関しては、かなりのところ自信があります。わたしは……たぶん、あなたが女性一般に興味がないように、93%くらい男の人に興味がありません。わたしもLにお聞きしますが、そうなるとあなたが結婚する可能性は大体何%くらいになりますか?」
「99.9%ありえないといっていいでしょう」と、Lはカップをソーサーに戻しながら言った。「それはわたしも自信があります。でも……今のあなたの話を聞いていて、少しその確信が揺らぎました。あなたがもし――わたしのものになってくれるなら、この問題が解決するかもしれないということを忘れていました」
「……?どういう意味ですか?」と、ラケルはありえない展開を想定して、顔の表情を曇らせた。
「わかりませんか?プロポーズしてるんです。メロとニアが言っていたように――物扱いするようで申し訳ありませんが――ラケルがもしLの地位とワンセットだというのなら、あなたはわたしのものだということです。もっともLの立場は人に譲れる性質のものですが、あなたのことをわたしは誰にも譲るつもりはありません。少しの間同じ屋根の下にいてわかったでしょうが、わたしの日常はあんなものです。厚かましいようですが、もしそれでもよければ結婚してください。色々と行動が制限されて不自由な部分もありますが、できるだけ便宜ははかります」
「……L、気は確かですか?」と、ラケルは目の前のどこか飄々とした人物に向かって、気が抜けたように言った。「愛してもいない人間と結婚してどうするんですか?それにわたし、あなたのせいでこの二十日間で四キロ痩せました。何故だかわかる?わたしだけが一方的に気を遣って、食事を作ったりその他色々――あんなふうにこれから先も扱われるのなら、死んだほうがまだましだと思います」
「だって、面白いじゃないですか」と、Lは悪びれた様子もなくそう言い切った――その目つきや顔つきは、何故かメロやニアにも共通する、ある種の<何か>だった。「わたしは本当に一秒くらい前まで、ラケルと結婚する気なんてありませんでした。でも、あなたがわたしと同じくらい異性というものに対して興味がないということに興味をそそられたんです。99.9%ありえない、残りの0.1%が埋まったんですよ?こんなに面白いことはこれから先絶対にないと思います」
「……………」
 こうした場合、もっとも妥当なのは「ちょっと考えてください」と言うことだが――それはラケルにもわかっているのだが――何故か逃げられないと彼女は感じていた。メロやニアが一度標的にしたものを決して逃がさないと彼が言ったように、L自身はそれ以上であるということが何故か感じられたからだった。
「まあ、急にこんなこと言われても困っちゃいますよね。返事は待ちますので、ゆっくり考えてから返答してください。そうですね……わたしが振られた場合は、メロやニアにもよく言って聞かせるとしましょう。Lの地位とワンセットになっているラケルにLは振られた――イコール、Lの後を継ぐ者はラケルを得られない……これなら彼らも納得するでしょう」
 もしかして、それが言いたくて……とラケルは思いもしたが、それならそれでなんだか癪に障った。なんだかとても卑怯でずるいやり方だ。直感的にそう思う。
「もし、仮にあなたがわたしに言っていることが」と、ラケルは椅子から立ち上がりかけたLに言った。「体のいい家政婦が欲しいということなら、わたしには無理だと思います。あなたは自分の存在が他者にどういう影響を与えるかを基本的にまるで考慮しないから……わたしはとても傷つくと思いますし、どうせなら愛のある結婚をしたいと思うから」
「愛がないなんて誰も言ってませんよ?」と、Lはもう一度すとん、と肱掛椅子に座っていた。「嘘くさいと思うから、口にだしては言わないだけです。第一、わたしがあなたを愛しているので結婚してくださいと仮に言ったとして、あなたは信用しないでしょう?短い間ですが、同じ屋根の下にいて、わたしたちはお互いの手札をもうほとんど見せあったといっていい間柄だと思います。わたしはラケルの第一印象を、『いい人間すぎてうさんくさい』と言いましたが、そういうのはね、一度一緒に暮らしてしまうと、すぐにボロがでるものなんです。わたしは最初のうちほとんど家にいませんでしたが、何もわたしが見張ってなくても、メロとニアがすぐに見破るだろうと思ってました。でもそうはならなかった……それがわたしの第一の敗因ですね。じゃあまあ、そういうことで」
 自分の言いたいことだけ言ってしまうと、Lはさっさと自分の部屋に閉じこもりきりになってしまった。ラケルはこてん、とソファの上へ真横に倒れ、内心(負けた……)と思った。『あなたと結婚することは99.9%以上ありえません』と即座に答えられなかったこと――それがラケルの敗因だったのかもしれない。

 ――その後、Lとラケルは結婚した……いや、結婚したなどと言っても、結婚式どころか入籍すらしていない状況ではあったのだけれど、本人の意志確認の元においては結婚したということになっていた。メロとニアは特別そのことについて不満はないらしく、メロ曰く『他の男にとられるよりは、Lのほうがまだましだし、納得できる』、ニア曰く『メロに同じ』ということらしかった。
そしてその後、メロはエラルド=コイルと名乗る探偵としてアメリカへ渡り、ニアは探偵ドヌーヴの称号を継いで、フランスはパリに本拠を置くことが決まった。ふたりはLの指揮下の元、捜査で協力しあうこともあり、裏の世界のトップシークレットとして、Lは三人いるということになっていた。
 ラケルは結婚して五年後に第一子を出産し、その子は男の子でシオンという名前をつけられた。残念ながら彼女は自分の子供が七歳になるかならないかで亡くなるが、Lの子のシオン――ワイミーズハウス内における通称はエス――は、十歳になった現在、施設内でも卓越した能力を見せており、真にLを継ぐ者としての頭角を徐々に現しつつあるようだった。
                                                                 終わり



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【2007/10/09 16:12 】
L家の人々 | コメント(1) | トラックバック(0)
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コメント
 3/9に拍手コメントくださった方、本当にありがとうございます!!e-415うちは見てのとおり、ほとんどコメント入らないので、拍手コメントに実はたった今気づきましたv-356
 あの、本当にすごくすごく嬉しかったです~v-406(←嬉泣☆)ありがとうございます!!
 あの、実はこれ書いた時点では『ロシア編』とか書く予定なかったので(汗)、「ラケルって長生きしないんだ……」っていう終わり方になってますv-356でも、結局物語の最後までラケルは生きてるので、あとのことは読んでくださった方のご想像にお任せしたいと思ってたり……あの、ここまで読むだけでも結構長いのに、本当にありがとうございます!!m(_ _)m
 現在、『探偵N』を更新中なんですけど、拍手コメント読ませていただいて、「よっしゃ、がんばろう~!!」ってあらためて思いました。本当にすごく嬉しかったです~!!
 ありがとうございました!!e-415
【2008/04/06 18:37】
| URL | 村上 まゆみ #VWFaYlLU[ 編集] |
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