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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(20)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(20)

 ビュターンはその日、ほとんど一日中部屋に閉じこもって、考えごとを続けていた。実際のところ、彼にラケルの気持ちはすでに通じていた――彼女が自分で想像している以上に。
 ラケルが食事を作ってくれるというので、彼はメモ紙に書かれた食料品を買って帰ってくると、彼女の手錠を外し、ラケルがキッチンで夕食を作る姿を、ベッドに座ったままじっと見つめていた。献立はオムライスにコンソメのスープ、それとデザートにはブルーベリーパイがついてきた。
「さあ、召し上がれ」と言って、ラケルがテーブルの上に夕食の品をのせると、ビュターンはまるで、幻を見ているようだとさえ思った。確か昔、孤児院でそんな話を聞いたような覚えがある……魔法のテーブルクロスをさっと翻すと、ごちそうが次から次に出てくるというような話だ。
 その上、彼女が作ったものはどれもとても美味しくて――あまりにも美味しすぎて、ビュターンは途中で、食事を続けられなくなったほどだった。
「口に合わなかった?」
 そうラケルに聞かれて、とんでもない、というようにビュターンは何度も首を振る。そして、もごもごと仕事がある、と小さな声で言い、トレイに食べかけのオムライスとスープ、それにブルーベリーパイをのせたまま、すぐに隣の部屋へ閉じこもった。
 ビュターンはひとりきりになると、机の上にトレイを置くなり、がっつくようにラケルの作ったものを貪り食べた――それも泣きながら。そしてこんな行儀のいい姿はとてもラケルに見せられないと思い、その時に初めて気づいたのだ。彼女には、毎日こうした食事を当たり前のように作る相手がすでに存在しており、自分はその食卓から落ちるパン屑を、物欲しそうに見上げる犬のようなものなのだと。
 ビュターンはテーブルの下でいつも尻尾を振り、おこぼれが欲しいとねだるような目で見つめる、ベティのことを思いだす……自分も、実際には同じようなものなのではないか?
 そう思うと、ビュターンは自分のことを笑いたくなった。そうなのだ。愛情が欲しくてたまらなくて、ついには歪んで醜くなったモンスター、それが本当の自分の姿なのだと、ビュターンは冷静に自己評価を下す。
 今も、心から愛情のこもった食事をさせてもらい、化物のようにそれを全部貪り食べた……自分はそんな卑しい人間なのだ。そしてそんな人間は、決してラケルに相応しくない。
 ビュターンは突然、自分のことを神話の世界にでてくる怪物のように感じはじめていた。平和な村の人命を奪い、生贄として捧げられた娘の生き血をすするモンスター。そしてそうした神話的怪獣は大抵、最後には某国の王子の剣によって倒れることになるのだ。
(やれやれ。俺がこれまでやってきたことはすべて、そんなことだったとはな……)
 その瞬間、ビュターンは顔を覆って泣きながら、これまでに自分がしてきたことの罪を悟った。仮出所後に犯した罪のすべてを告白し、もう一度塀の中へ戻るべきなのか……いや、あそこには自分よりももっと恐ろしい化物たちが蠢いているのだ。それだけは決して出来ないと、ビュターンは思う。第一、そんなことをすればもう二度とクロンカイトの庇護は受けられないということでもある。刑務所で身の毛もよだつような――シャワー室でのリンチ、監房でのレイプといった――制裁処置や拷問を受けるくらいなら、その前に自ら死を選んだほうがマシだと、そう思う。
 彼が刑務所にいる時、顔に熱湯をかけられて二目と見られぬ顔になった受刑者がいたが、その男は小児性愛者で、そいつをリンチにかけたのはビュターンと同じように小さな頃、虐待された経験のある服役者だった。その時には(当然の報いだ)と思い、ビュターンは黙って静観していたのだが、今はもうそうした事件の加害者にも被害者にも、傍観者にもなりたくなかった。
 彼が今感じるのは、ラケルに自分を救ってほしいと思う、ただそのことだけだ。けれど、自分が今していることは……女神の救いにあずかるには相応しくないことばかりだった。それでビュターンは今度こそ、<悪>の世界から足を洗うべく、クロンカイトと自分の仲介役を請け負っている、ティンバーレインという男に会いにいった。ロンドンのイーストエンドにある、悪名高いバーのカウンターで会う約束をする。
 そこはビュターンがふたりの女を殺害すべく、拉致した通りに面しており、彼でなくてもこの界隈では夜にその種の事件が起きるのは珍しいことではない……ビュターンが約束の場所として選んだのは、おもにホモ連中がたむろすることで有名なバーだったが、ラケルという彼にとって神聖な女性を知った今、半裸で踊る娼婦の姿など見たくもないという思いから、彼はその場所を選んだのだった。
「爆弾作りは進んでいるか?」と、ラップミュージックの音の隙間から話しかけるように、ティンバーレインは言う。彼は二メートル近く身長があり、体格のほうもがっしりしていた。年齢は四十二歳で金髪に緑色の瞳をしている……まわりの人間からはおそらく、彼とビュターンはカップルのように見えているはずだった。
「クリスマス前までには完成するだろうが……前にも言ったとおり、俺はこの計画にはあまり乗り気じゃない。爆弾のほうをあんたに手渡したら、もうこんなこととは一切手を切りたいんだ」
「それは前にも聞いた。なんだっけ?好きな女が出来たんだっけ?」
「そうだ」
 ティンバーレインはバーテンダーにビター・ビールを半パイント注文している。
「なあ、ジャック。あんたにならわかるだろう。あんたには家庭もあれば子供もいる……クロンカイトはそのあたりのこともよくわかっていて、あんたには見つかってもそう大きな罪にならなそうなことをやらせてるんだ。クロンカイトとの間で、もう話はついてるんだろう?もし見つかった場合は計画の中身については何も知らなかったで通せばいいってことだよな……他の捕まった奴らも全員、イアン・カーライルの名前が出たら計画について知ってることを話していいってことになってる。だが、俺が捕まった場合は俺自身が主犯だってことで話を進めなきゃならない。正直、最初はクロンカイトに対して恩もあるし、またムショにぶちこまれたところでそれがどうしたって気持ちもあった。でも今は、もう二度とあんなところへは戻りたくないし、テロ犯として監房にぶちこまれたら少なくとも残りの人生半分はそこで暮らすことになるだろう……俺は地下鉄とバスのテロだけで、奴への恩は十分返したと思ってる。作った爆弾は渡してやるから、あとのことはあんたとクロンカイトの間で決めてくれ」
「もちろん、俺だっておまえの気持ちはよくわかってるさ」ティンバーレインはビュターンの肩に手をまわしながら言う。すると、カウンターの端で時々こちらを見ていた男が、酒の代金を置いていなくなった。ふたりの間に自分が割りこむ余地はないと、そう判断したのかもしれない。「仲介役をやるだけでも、俺だって本当は嫌なんだ……女房にも、今度刑務所へ入ることになったら離婚だって言われてるしな。俺の役割はおまえの担ってる仕事に比べたら、本当に微々たることだ。ただ、これだけは約束してやるよ。俺は捕まったとしても、おまえとクロンカイトの名前は絶対にださない。そして、俺もおまえもクロンカイトには返しつくせない恩がある……そのことはわかるな?」
「ああ、わかってるさ」
 ビュターンはスコッチに口をつけながら、結局自分は彼に説得されてしまうだろうと、そう感じていた。ティンバーレインは気のいい男で、ビュターンがいた棟でも中心的な役割を果たしていた人物だった。彼は監房で、弱い者がいじめられれば出来る範囲内で庇ってやり、さらに刑務所の職員にも尊敬される立場にあったような男だ……そんな男に順序立てて説得されれば、最終的にやりたくないことでもやらなければならないような気にさせられてしまうだろう。
「俺もおまえも、これまであまりいい人生を歩んでこなかった。幸い俺には唯一、家庭ってものが出来たから良かったが……おまえにも守りたいものが出来て、犯罪の世界から足を洗いたくなった気持ちはよくわかる。だが、一度<こっち側>へ来ちまった人間は、そう簡単なことでは抜けだせない。おまえが今『やめる』と言えば、クロンカイトは他の実行犯におまえがやったと告げ口できてしまう……いや、それを彼が実際にするかどうかはわからないにしても、おまえもこれから先一生、そんなふうに怯えて暮らすのは嫌だろう?クロンカイトにはおまえが抜けたがってることはすでに話してある。ちょっといい女を引っかけて頭に血がのぼってるらしいって言っておいた。そしたら喜んでたよ、結婚祝いには何か、いいものを贈ってやろうって。いいか、ビュターン。クロンカイトは本当にこれが最後だって言ってる。クリスマスにテロを起こしたあとは、また何かおまえに仕事を頼むことはない……はっきりとそう手紙に書いてたわけじゃないが、パディントン駅の事件は被害が小さかったからな。そのことが不満だったらしい。あと一度だけ、大きな事件を起こしてさえくれれば――もう二度とおまえに何かを依頼することはないって、そう言ってたよ」
 それからティンバーレインは、クロンカイトが小さな頃に経験した、クリスマスの話をビュターンに語って聞かせた。両親と双子の姉が、クリスマスに彼だけ地下室へ監禁して、ご馳走を食べさせてくれなかったこと、その時暗がりで震えながら、幼い自分がどんな気持ちでいたかということについてなど……ビュターンはクロンカイトが自分と同じように恵まれない環境で育ったということをもちろん知っていた。そしてビュターン自身にとっても今の季節――十二月というのは、毎年気分の滅入る月でもある。何故なら、彼が教会の前に捨てられたのが十二月のクリスマス前のことであり、さらにマイケル・アンダーソンの目玉を抉ってやったのも十二月、その後逮捕されて刑務所送りになったのも、ちょうど今くらいの時期だったからだ。
 クロンカイトは実によくわかっている――そうビュターンは感じていた。もし自分が今回のテロ事件実行を渋るようなら、もう一度クロンカイト自身の惨めな過去とビュターン自身のそれを重ね合わせるような話をしろと、ティンバーレインはそう指示されているに違いなかった。
「わかったよ」と、最後まで話を聞かず、ビュターンは遮るようにそう答える。本当に、これで終わりにできるのなら、という絶望的な気持ちとともに。「だが、本当にこれが最後の仕事だ。俺が今一緒にいる女は……そういうことについて、まるで免疫がないような女なんだ。俺が人を殺したことも刑務所に入ってたことも知っているが、実は一連のテロの主犯だなんて知ったら、家から出ていってしまうだろうから」
 拉致・監禁については伏せたまま、ビュターンはそう言った。ティンバーレインは、いかにもほっとしたような顔をしている。それはそうだろうと、ビュターンは思う。刑務所のクロンカイトと自分の間を行ったり来たりしているだけで、彼の懐には女房も知らない金が入ってくるのだから……。
「それで、具体的な計画書は?」とビュターンは彼に聞く。
 ティンバーレインは鞄の中から大きな茶封筒を取りだすと、ビュターンに手渡した。ビュターンはそれを受け取るなり、「また連絡する」と言ってすぐに店を出る……当然、酒代はティンバーレインの奢りだ。もしそんなことに彼がケチをつけたとすれば、この仕事からは下りさせてもらうと、ビュターンは即刻言ったことだろう。
(まったく、世の中は不公平だ)と、ハムステッドまでの帰り道、彼はそう思った。この十二月という季節が、ビュターンは昔から好きではなかった。一応、教会に捨てられた日が自分の誕生日ということにはなっていたが――本当の意味で愛する人間に自分の誕生を祝ってもらったことなど一度もない。その上、街はクリスマス・ムード一色で、モミの木に豆電球が瞬いているのを見るたびに、ビュターンは意味もなくその飾りつけをすべてむしりとってやりたいような衝動に駆られたものだ。
『クリスマスなんかクソくらえだ!イエス・キリストもクソくらえ!』
 そう孤児院で叫んだ時、施設の心優しい職員たちは、彼を独房に閉じこめた。だから、幼い頃に受けた恨みをいつまでも忘れずクロンカイトが覚えている気持ちは、ビュターンにもよくわかる。けれど今年は……。
(俺にも、一緒にクリスマスを祝ってくれる女がいるんだ)
 ビュターンは暗澹たる気持ちで、自分が隠れ家としているフラットへ戻り、その後はラケルに食事を与える以外、ずっと部屋に閉じこもりきりで考えごとを続けた。茶封筒の中の計画書は、クロンカイトが二週に一度会う弁護士からティンバーレインが受け取ったものだ。こちらから連絡する場合も、ビュターンからティンバーレイン、クロンカイトの弁護士……という順で、細かい計画の打ち合わせを行っている。もっとも、クロンカイトの弁護士は書類の中身については何も知らないのだが、<守秘義務>という事柄について彼が実に忠実な人間であるということは、ビュターンもよく知っていた。
 それでもなお、ティンバーレインがクロンカイトに会いにいくのは、謎めいた暗号のような会話で、物事がうまくいっていることや、その他小さなことについて意思の疎通をあらためて確認するためだった。他に、警察当局が目をつけた場合のことを考え、何人か元服役者をクロンカイトに会いにいくよう仕向けるのも、ティンバーレインの重要な役目のひとつだったといえる。
 クロンカイトが今回考えた『クリスマス・キャロル』ならぬ『クリスマス・テロル』――まったく笑えない――の計画は、以下のようなものだった。それはテムズ川にかかるロンドン橋、ウォータールー橋、ウェストミンスター橋などに爆発物を仕掛けろというもので、(まったく、馬鹿げた話だ)と、ビュターンは眩暈さえ覚える。警察だって当然馬鹿ではない……その証拠に、自分以外のテロ実行犯は全員逮捕された。特に十一月三十日のパディントン駅爆破事件の犯人確保には、警察は一週間と時間がかからなかった。何故ならやり口が前とほぼ似通っており、犯人の割りだしにそう時間がかからなかったせいだろう。
(やれやれ。クリスマスには地下鉄やバスは、すべてロンドンでは運休になるからな。どうするのかと思えば、もっと馬鹿げた計画を持ちだしてきやがって……)
 それでも、もしまだ警察が愚かにもアラブ系のテロ組織を追っていたとしたら――実行へ踏みきるのにビュターンの中でも今ほどためらいはなかったかもしれない。
(だが、今度こそ自分は絶対に捕まる)というのが、ビュターンの正直な気持ちだった。それじゃなくても、昔から自分の誕生月であるこの十二月は、ろくなことの起きない月なのだから……。
 これはもう一度、ティンバーレインと連絡を取って、計画の変更を迫るしかないと、ビュターンはそう思った。ロンドン橋とウォタールー橋とウェストミンスター橋を同時にだなんていうのは、土台馬鹿げた話だということを、ティンバーレインにもクロンカイトにもよくよくわからせてやらなければならない。それで説得できれば良し、説得できなければ、せめてどこかひとつの橋に爆弾を仕掛けることだと、そう言うしかないだろう。それでもまだ不満なら、自分は今度の仕事から下りさせてもらう、と……。
 計画書と一緒に入っていた手紙を読むと、クロンカイトはどうも、パディントン駅爆破事件で死者が出なかったのは、ビュターンが爆薬の量の計算を間違えたからではないかと、そう思いこんでいる節があるようだった。べつに咎めるでもなく、間違いは誰にもあることだが、次こそはわたしの期待を裏切らないでくれ、といったような口調でさり気なく注意を促している。
(冗談じゃない。こちとら全部あんたの言うとおりにしたんだぜ。もし間違ってたとしたら、そもそもあんたの計算自体が間違ってたのさ)
 ビュターンはクロンカイトの計画書に添えられた短いメッセージを読み終わるなり、その部分をビリビリと破く。これはまったく良くない兆候である……思えば、マイケル・アンダーソンの時もそうだった。マイケルもビュターンが片目を潰してしまったという贖罪の気持ちから、なんでも言うなりになっているうちに、(こいつはなんでも言うことを聞く、自分の分身だ)と思ってしまった節がある。つまり、一種の同一化現象とでもいうのだろうか。向こうはビュターンのことを思いどおりに動かせると思いこんでいるので、予想に反してその反対の出来事が起きると、その怒りや腹立ちも通常より度を越したものになりがちなのだ。
(ここらで少し、クロンカイトにもわからせてやる必要があるかもしれないな)
 ビュターンはそう思い、ティンバーレインと話をすべく携帯に手を伸ばして――そしてやめた。もちろん、部屋の隅で小声で話せば、ラケルには何も聞こえないだろう。それでも、聖母マリアの銅像の前で悪事についての話はできないような、そんな気持ちにビュターンはなっていた。奴に電話をかけるとしたら、外に出て買物をする時にでもしようと思い直す。
 本当は、ビュターンは今自分が思い悩んでいる出来事を、ラケルにすべて懺悔したいような気持ちにさえなっていた。そして彼女が「そんな悪いことはとてもいけないことだから、昔の良くない仲間の人とは縁を切って」と言ってくれたら――まるで神の啓示でも受けたように、自分は改心する勇気を持てるだろうと、彼はそんなふうに思う。
 だが、流石にそこまでのことを話す勇気はビュターンにもない。むしろそのことで、ある種の怯えが彼女の瞳の中に宿ったらと考えるだけでもたまらないのだ。そこでビュターンは、自分が懺悔すべき対象として――昔ながらの<神>と呼ばれる存在の元へ、足を向けることにした。



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【2008/08/15 14:04 】
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