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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(19)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(19)

「きゅーん」
 どこか悲しげにベティが鳴いたのを聞いて、ラケルはぽんぽん、とベッドの上を軽く叩いた。途端に、彼女はラケルのところまで駆けだしてくる。
「なあに?怖い夢でも見たの?」
 それまで床の上で寝ていたベティは、何かにうなされるようにぐるるるる、と時々唸っていた。そして最後にきゅーんと切なく鳴いて、ハッ!と目を覚ましたというわけだ。今はもう、「夢?それは一体なんのこと?」というように、尻尾を振るばかりだったけれど。
「よしよし、いい子ね」
 ラケルはベティの頭や胴体をひとしきり撫でながら思う――もしこの可愛い存在がなかったら、自分は今のこの監禁状態に果たして耐えられたかどうかと。彼女がビュターンと自分の間の緩衝材としてうまく作用してくれたからこそ、犯罪者と被害者という対局の立場にありながら、意志の疎通が可能だったのではないかとさえ、今は思う。
 きのう、夜に出かけて戻って以来、ビュターンはどこか塞ぎこんでいるようで、少し様子がおかしかった。今も朝から部屋に閉じこもったきり、お昼を過ぎても出てこない……もちろん、彼が眠っているという可能性はある。ラケルは隣にある部屋を、ちらとしか見たことはないけれど、そこには改造銃やマシンガンなどが棚に所狭しと並べられていて――彼女はとてもおそろしい気持ちになった。ビュターンは怖い顔をして「見るな」と言い、すぐにドアを閉めていたが、その後しばらくしてから、ああした物は次の大きな仕事を終えたらすべて始末するつもりだとラケルに言った。
「何故、そんなことをわたしに言うの?」
 ラケルは、余計なことと知りつつそう聞いた。ビュターンは黙ったまま何も答えなかったが、言外にある事柄を、ラケルは実際にはよく理解していた。彼はこれからは善い人間になりたいのだと、時々彼女に洩らすことがあり、その裁定基準として自分のことを選んだらしいと、ラケルにはわかっていた。つまり、ラケルの目から見て善いことだけをし、悪いことにはこれからなるべく関わらないようにする、ということだ。ただ、今の自分にはまだそちらとの繋がりが色濃いので、最後に大きな仕事をしたあと、裏の世界とは手を切るということなのだろう……きのう夜に出かけたのはもしかしたら、その話しあいのこともあったのかもしれないと、ラケルは想像する。
 ビュターンは、容姿は別としても性格的にどこか、Lと似通っているところがあると、ラケルは思っていた。彼もまた自分の仕事である爆弾作りや改造銃の設計をしている時などは、ずっと部屋に閉じこまったまま出てこない。そして食事の時だけ姿を現しては――彼女と少し話をし、また仕事に戻っていく。ふたりの違いは、もしかしたら<正義>のために時間を費やすか、それとも<悪>のために時間を無駄に浪費するかの違いだけだったかもしれないが、究極的な善と悪の間にはある種の共通点があるのだろうかとさえ思い、ラケルは首を振る。
 ベッドの上に座ったまま、そこで長時間過ごすしかないという生活を長く送っていると、つい余計なことばかり考えてしまう……その点、ベティはとてもおりこうさんだった。彼女は大体、ビュターンが構ってくれないと二時間置きくらいに眠ったり起きたりというサイクルを繰り返している。二時間眠って二時間くらい起き、ラケルにじゃれついたりひとり遊びをしたあとで、また二時間眠る……大体その繰り返しなのだ。時々ラケルは、自分もベティと同じ犬だったとしたらどんなにいいかとさえ思う。
 けれど、ラケルは人間であるがゆえに――Lのことが恋しくなっては泣いたり、またビュターンが自分にあるひとつの選択を迫ったとしたらどう答えたらいいのかと、考えずにはいられない。それはつまり、彼がイギリス紳士らしく、彼女に膝を折って愛を乞うということだった。
 これからは堅気になって真面目に働くし、昔ながらの悪い連中とは一切手を切る、だから自分がまともな人間として更正するのに、力を貸して欲しいと言われたら……ラケルはどうしたらいいのか、本当にわからなかった。
 彼のことを拒めば、自分は今度こそ本当に殺されてしまうのだろうか?もちろん、その可能性はゼロとは言えない。だからといって、素直に首を縦に振るということも、ラケルには当然できなかった。ビュターンは、次の大きな仕事が終わったら、ここから引っ越すという。おそらく自分はその時に大きな選択を迫られるだろうと、ラケルはそう思っていた。
 人間関係というものには時々、生きるか死ぬかのところを通らないと相手に自分の想いが通じないことがある……そのことを、彼女はワイミーズハウスの教師生活で学習済みだった。自分に雪玉を投げた子供が、その後突然模範的な生徒に変わったように、血が流れたことで相手に自分の想いが通じれば、物事はそれ以前より飛躍的に良い方向へ流れる。けれど、悪いほうへ流れた場合には――下手をすれば、ラケルは死に、あの子供も重い十字架を背負うことになったかもわからない。それと同じで、この場合も生きるか死ぬかのところを通った瞬間に、自分の気持ちがビュターンに通じなければ……おそらくその先にあるのは悪い結末だろうと、ラケルは暗い見通ししか持てない。
(真剣勝負をする時に、嘘をつくのはいけないことだもの……)
 そしてラケルは、その大切な真剣勝負をする時に、嘘をついた人間のことを思いだして、微かに笑みが洩れる。Lが自分にプロポーズした時、嘘をついたことを彼女は知っている。本当はまだ愛と呼べるほどの強い感情なんてなかったくせに、彼は「愛していると言ってもあなたは信じないでしょう」などと言い、結婚してほしいというようなことを口にした。
(嘘つきは泥棒のはじまりと言うけれど)と、ラケルは思う。(確かにLは、そのことでわたしの心を盗んだんだわ……)
 ラケルはベッドの上に突っ伏すと、今度は途端に悲しくなる。これもまた一種のマタニティ・ブルーと呼ばれるものの範疇に入るのかどうか、彼女にはわからないけれど――ラケルは突然情緒不安のようなものに陥って声を殺して泣きだした。
 ビュターンを騙し、彼の更正に手を貸すと誓ったあとでここを出ることさえ出来れば、人探しの天才との異名も取る<L>が、おそらく自分を発見してくれる可能性は高い。自分の命のためだけでなく、お腹の子供のためにも、そのくらいの嘘をつくことは許されるはずだと、ラケルは思う。でも、実際には真実本当のこと――それを自分は口にしてしまうと、ラケルにはわかっていた。「わたしが愛している人は別の場所にいて、自分が帰ってくるのを待っているの。それがお腹の子供の父親なのよ」……あえて言うまでもないわかりきったことを彼女が口にした時、ビュターンがどうするのか、自分をどうするつもりなのかが、ラケルには本当にわからなかった。



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【2008/08/15 13:46 】
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