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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(16)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(16)

 ジェイムズ・クロンカイトはその時、ベルマーシュ刑務所の監房で、クラシック音楽を聴いていた。曲はクロード・ドビュッシーの、『亜麻色の髪の乙女』――この曲の中には、ドビュッシーの亜麻色の髪の女に対する、偏執的な思いが表れている。特に髪の毛ではなく、下の毛に対する思いが……大抵の人間にはわからぬだろうが、ある種の音楽的感性を備えた人間には、理解できることだ。
 クロンカイトはこの曲を「ルノワールの描いた裸婦のようだ」と評した、ピアニストのリヒテルの解釈を、まったく正しいと感じる。何故なら自分もまた、この曲を繰り返し聴くことによって――亜麻色の髪の女を殺した時の興奮を、何度も甦らせては、夜な夜なマスターベーションを繰り返しているからだ。
 ジェイムズ・クロンカイトはこれまでに、わかっているだけで五十五人もの人間を殺していると言われている。実際にはもっと人数が多いだろうが、とりあえず立件できたのが五十五人ということだ。その殺人事件が露見した当時、人々はその事件を『モンスター・ハウス殺人事件』などという、なんとも彼の気に入らない名称で呼んだ……それと同じように、彼はロンドン同時爆破事件の犯行声明文を新聞で読んだ時――その文章の幼稚さに、かなりのところがっかりと失望させられたものだ。
 確かに、貧富の格差であるとか、グローバリゼーションがどうとか、そのへんのことをいかにも怒れる爆弾魔風に演じるよう、指示したのはクロンカイト自身である。そしてそのためにイアン・カーライルがかつて起こした事件の犯行声明文を参考にするよう、伝えたはずなのに……操り人形はどうも、彼の思ったほどには賢くなかったようだ。

[大多数の人々は、自分の頭を使わずに指導者に思考してほしいと願っているという意見もあるかもしれない。これの中には真実が含まれている。人々は小さいことは自分で決定することを好む。しかし難しくて基本的な問題に関する決断をすることは、心理学な葛藤の認識を必要とする。そして人々は、心理的な葛藤をひどく嫌う。それゆえ、彼らは難しい決断に関しては他人に寄りかかる傾向がある。しかしそれはこれらの人々が自分たちの意見を反映させる余地のない決断を押しつけられたいという意味にはならない。大多数の人々は生まれつき指導者ではなく従属者であるが、指導者と直接接触を持ち、たとえ難しい決断に関してもある程度の意見を反映させることを好む。彼らもその程度には自治を必要とする。
 ここにリストされた兆候のいくつかは、かごに入れられた動物と似かよっている。これらの兆候がパワープロセスに関する剥脱からどのように起こるか説明すると、人間性の一般的な理解では、努力を要する目的の欠如は倦怠を招き、その倦怠が続くと鬱状態を招く。目的の達成が失敗すると、欲求不満と自信喪失を招く。欲求不満は怒りへ、そして怒りはしばしば配偶者や幼児虐待の形で攻撃性へと変わる。長期に渡るフラストレーションは鬱状態を招いて、ひいては罪悪感、不眠症、拒食症、悪感情などを引き起こす。鬱気味になっている人々は、解毒薬として快楽を追求する。飽くことのない快楽主義、過度のセックス、刺激としての変態性欲。倦怠も、同じように過度の快楽追求を招き、しばしばこの快楽追求が目的として使用される……]

 クロンカイトは、狭い監房の中のベッドで、引き続きドビュッシーのピアノ曲を聴きながら、イアン・カーライルについて書かれた本を読み耽る。上記の文章は、実際に彼がイギリスの新聞――『ザ・タイムズ』と『ザ・ガーディアン』に掲載するよう迫った犯行声明文の引用である。せめてこのくらいの文学的卓越性は見せて欲しかったと思うものの、ある意味では逆に、捜査を撹乱するのに成功したかもしれないと、そう思いもする。
 クロンカイトは、自分の細胞分子たちに、過度に期待してはいなかった。彼らにはおそらく、自分のように完全犯罪をやってのけるような度胸もなければ、賢さもないだろう。だが、体の諸器官がそれぞれ重要な箇所を担うことによって、有機的な働きを見せるように――彼らにもそれぞれ自分に見合った役を与えてやりさえすれば、最大限に機能することが十分可能なのである。たとえば、自分が<中継者>役として選んだジャック・ティンバーレイン。彼は実に口が堅い。警察に捕まったところで、自分の名前もサミュエル・ビュターンのことも、そう簡単には何も喋らないだろう。殺人犯のティンバーレインには、可愛い娘がふたりいる……そのふたりの子供の教育資金のため、クロンカイトはティンバーレインが服役中、彼の口座に結構な金額を振り込んでやっていた。彼はこの恩は絶対に忘れないと言い、クロンカイトの両手をがっしり握りしめ、そして出所していった。
 他の細胞分子たちにも、クロンカイトは大体同様のことを行っている。たとえば、このベルマーシュ刑務所の受刑者のうち、六割はヤク中だったが、クロンカイトはラシュアル・ビッドやグレン・ハンフリーズ、ザック・イリウスといった<小物>については、すべて金と女と麻薬で釣っていた。特に麻薬については――面会室において、面会人と受刑者との間でのやりとりは、そう珍しいことはではない。女とキスしながら、看守の目を盗んで口移しにやりとりする、耳許に何か囁くふりをして、耳の穴に小さな袋入りのヘロインを入れるなんていうことは、ほとんど日常的に行われているといっていい。もちろん、刑務所の職員による身体検査は面会室に入る時、出る時両方にあるが、ヤクに狂った連中は死にもの狂いだから、とにかくうまく隠し通すのである――さらには、看守に金を渡してお目こぼしいただくということも、しょっちゅうあることだった。
 クロンカイトはタイヤ会社の社長であり、また事業家として年に数百万ポンドもの収入がある。今も新聞や雑誌などの情報を元に、息子ふたりに会社の経営についてや株式の売買について、色々アドヴァイスしている……果たして、この息子ふたりが、父親に事業家としての才覚があると認めていなかったら、刑務所に入れられて八年にもなる自分のことを、今も訪ねてくれていたかどうかと、クロンカイトは疑問に思う。妻に至っては夫の無実を信じて疑いもしなかったが、それはそうとでも思いこまなければ、とても世間に顔向け出来なかったせいだろうと、クロンカイトはそのように分析している。
 実際のところ、クロンカイトは妻のことも自分のふたりの息子のことも愛してはいなかった。今の妻と結婚したのは、彼女の父親がタイヤ会社の社長で金持ちだったからだ。そして彼はその家の中に義理の息子として入りこみ、どんどん事業を成功させていったというわけだ。
 クロンカイトは、酒飲みで暴力を振るう父親と、浮気症の母親に育てられ、さらには双子の姉に侮蔑されて成長した。父親は母親の浮気のことで彼女のことを殴ったが、母親は犠牲の生贄として一番末の子供を夫に差しだしたというわけだった。「殴るんなら、こいつにしなよ!だってこの子はあんたの血を分けた子供じゃないんだからね!」――そう言われた時、クロンカイトはまだ六つだったので、とてもショックだった。そのあと、父親に二時間ばかり殴られ通しだったが、痛みをほとんど感じた覚えがないのを、今も覚えているくらいだ。
 彼の生まれ育った貧乏一家クロンカイト家は、そのような素晴らしい家柄だった。母親は自分が殴られないために息子を犠牲にし、父親は仕事で面白くないことがあると、しばしば鞭で彼のことをぶった。双子の姉はふたりとも不細工で、それでいながらそんな自分たちもあんたよりはマシよ、と嘲笑う性根の悪さを持っているという始末だった(おそらく、母親の性格を譲り受けたに違いない)。
 クロンカイトはそんなお世辞にもあたたかいとは言えない家庭で育ったが、幸い、学校の成績は良かった。双子の姉は母親の美貌を受け継がなかったが、彼は母親に似てハンサムな青年として成長した。家ではいつも惨めな出来事が彼を待ち受けていたが、学校では彼はスターだった。そして自分がどんな惨めな家で育っているかということや、本当は貧乏であることを隠すために、彼がどれほどの努力をしたかというのは、まったく涙ぐましいほどである。だが、家の都合で大学へ行けないことになると、彼は荒れた。ちょうどその時、父親が膵臓ガンにかかって亡くなったので、おまえも働いて家にお金を入れてくれと母親に言われたためだった。
 この当時、彼の住んでいた家の近くの公園では――そこには、湖があって、たくさんの水鳥たちが憩っていた――何匹もの白鳥やマガモやカイツブリがクロスボウで撃たれて死ぬか、あるいは瀕死の重傷を負った。さらにIQ175の彼の脳裏には、もっと残酷なシナリオが生まれてもいた。可愛い白鳥や鴨が死んだのは、双子の姉のひとりが行った犯行であるかのように見せかけ、自分の罪を彼女になすりつけたのである。そして頭の悪い双子の妹のほうに入れ知恵し、姉がクロスボウで怪我をすれば容疑が晴れるだろうと囁いた。だが、結局その矢は双子の姉の心臓に当たって彼女は死ぬことになる……『双子の姉妹の危険な遊戯』、これが翌日新聞の片隅に掲載された記事だった。
(こんなことになったのも、おまえらの頭が悪いからさ)
 姉の葬儀が執り行われる間、彼は少しばかり涙を流したあとで、そう思った。もちろん泣いたのは演技である。そして双子の妹に対しては、徐々に精神病になるよう仕向けていき、とうとう彼の思ったとおり、姉は発狂した……母親はそんな娘の様子を見るのが、つらくてならなかったのだろう(何故かはわからないが、彼女は末の息子はぞんざいに扱ったのに、双子の姉妹のことはとても可愛がっていた)、他の男の元へ走り、こうしてクロンカイト一家は離散した。
 ジェイムズ・クロンカイトは苦労して大学を卒業すると、偶然会社関係のパーティで、今の妻――パトリシアと知りあいになる。そして熱烈に愛しあって一年後には結婚した……だが、クロンカイトはあくまでも金目当てだった。パトリシアはひとり娘で、もし結婚さえ出来れば父親のタイヤ会社を引き継げるのは自分だけだという自信があった。クロンカイトは大学で経営学の修士号を取得しており、彼女の父親の彼に対する信任は、とても厚いものだったのである。
 だが、パトリシアの父親が死んでいざ会社を継いでみると、クロンカイトは途端に虚しくなった。自分ほどの人間が、こんな小さな会社の椅子ひとつで満足していいわけがない……そう思った。そこで事業の拡張に乗りだすも、何か心が満たされない。その頃には息子もふたり生まれ、健康にすくすく成長していたが、この可愛い子供たちも彼の生きがいとまではならなかった。可愛がる振りや愛している振りは出来るが、クロンカイトの心の底にはどうしても溶けることのない、氷の湖があった。それは実の母親に、心の底から愛されなかったという悲しい水たまりが凍りついて出来た、彼の心の洞窟に存在するものである。
 そんな時、ちょうど母親が死んだとの知らせを受けて――クロンカイトは愕然とする。彼女が最後に暮らしていた男の話によれば、子宮ガンだったという。母親の葬儀に参列した時、彼は泣きに泣いた。もっともそれは、母親にもっと親孝行していれば良かったのにという種類のものではなく――自分がこの女を殺してやりたかったのにという、自己憐憫の涙である。
 クロンカイトの母親の髪は、亜麻色だった。そして彼が父親からひどい暴力を受けるたびに、ただ黙って見ていた双子の姉の髪の毛も亜麻色――母親の葬儀がすんだ後、彼は偶然街で、母親によく似た女性を見かけ、その後を尾けたことがある。実際に彼女を振り返らせて話しかけてみると、彼女は母親に全然似ていなかったのだが……結局クロンカイトは言葉巧みに女を騙し、車でセックスした後その女性を殺害した。
 この時は山中になんとか彼女を隠したが、問題はその後だった。クロンカイトはそれ以来快楽殺人に取り憑かれたようになり、週末になると亜麻色の髪の女――あるいは、どこか母親に面差しの似た女――を探しだしては、殺したくてたまらない衝動を抑えきれなくなる。
 そうして殺した女性が五十五人立件されたわけだが、彼自身は何人殺したかなど、十人を越える頃にはいちいち数えなくなっていた。ただ、彼が殺しを行う際に使用していた屋敷――そこに女性を連れこんでは、本当は自分の母親にしてやりたかったことを行った。腹から臓腑を抜き取って糞を詰める、ペンチで手や足の爪をすべて剥ぐ、乳房をナイフで削ぎ落とす……そういったことだ。そしてもはや身元のわからなくなった女性のそうした写真を撮影しては、ひとり悦に入った。彼も決して暇な人間ではないので、殺しを行えない時にはそうした<コレクション>を、ワインを飲みながら代わりに楽しむためだ。
 ロンドンのイーストエンドあたりから女性が攫われたくらいでは、警察はすぐにはそう騒がなかった。それにクロンカイトは<儀式>を行うために、実に慎重な人材選びをしてもいる。ただ髪の毛が亜麻色ならばいいというわけではないのだ……その中でも特に身元が割れにくく、淫売であるような女が選定された。あるいは、自分の子供を虐待している女なども彼のターゲットとして選ばれやすかったと言えるだろう。
 結局、そのロンドン郊外に建つ不気味な一軒家に、ひとつの目撃情報が警察に入ったというのが、『モンスター・ハウス連続殺人事件』が発覚する発端だった。偶然、その家の付近で車が故障した家族が――その一軒家に明かりが点いているのを見て、助けを求めたところ、女性の惨殺死体を発見するに至ったというわけだ。
 その時クロンカイトは、カメラのフィルムが切れて、車の中に取りに戻っているところだった。だが、表玄関に鍵がかかっていたために、窓をどんどんとその家族が叩いたことで、異変に気づき、そのまま車で逃走したのである。クロンカイトはその家族に顔を見られなかったことを、本当に心から深く神に感謝した。もっとも、その女性を殺害中に彼らがやってきた場合、クロンカイトは得意の演技力を総動員してその危地を脱したに違いないけれど……とにかく、暫くの間は様子を見なければいけない。
 結局、その好奇心旺盛な家族は裏口が開いていることに気づき、そこから七十人近い女性が生贄の血を捧げた、おそろしい家の中へ入っていったのだった。「もしかして、耳の遠いおじいさんかおばあさんがひとりで暮らしてるんじゃないかしら?」などと、呑気なことを話しながら……。
 この事件にLが関わることになるのは、ここから先の話である。女性の惨殺死体が発見されて、鑑識が屋敷中くまなく科学捜査の手を伸ばしたところ――少なくとも、五十以上の異なるDNAが存在することがわかった。そしてその中の多くが、イギリス国内で行方不明中の女性であることが判明したのである。
 当然、その屋敷の借主は誰なのか、ということに捜査の的が絞られたが、調べてみると十人以上の人間がそのおそろしい化物屋敷の借主であることがわかった。インターネットを通じて、『ある家を借りているだけで、五千ポンド支払います』という広告に応募した人間が、それだけいたということだ。当然、彼らは綿密に調べられたが、犯人との繋がりはこれといって見えてこなかった。彼らのうちに自分がどこのなんていう通りの家に部屋を借りているかということさえ知っている者がおらず、かといって他に個人情報が流された形跡があるというわけでもない……この一見、不可解で複雑そうに見えるパズルを解くのは、スコットランドヤードの警察官にも難しいように思われたのだが――この事件に興味を持ったLが、その時はまだロンドン警視庁で巡査部長だったレイ・ペンバーと接触を持ったことにより、事件は飛躍的な進展を見せることになる。
 まず、Lが注目したのは新聞各紙が『モンスターハウス』と報じた屋敷の中ではなく――外にあった。裏庭に比較的新しいタイヤ痕が残されており、それはハイグリップのスポーツタイヤであることがわかった。これだけでも、ひとつの仮説としてのストーリーがLの脳裏に出来上がる……つまり、この男は(Lのプロファイリングでは白人男性・ニ十代か三十代という青写真ができていた)高級スポーツカーに乗って女性を引っかけては、この屋敷に連れこみ、<お楽しみ>のあとで殺害していたのだろう。
 Lはレイにまず、そのロンドンにあるそのタイヤメーカーの本社に当たってくれと頼んだ。サーキットで競技用にも使用されているタイヤとなると、犯人は相当車に詳しいかスポーツカーに愛着のある人物だろうとLは推測していたが、残念ながらそのタイヤは一般に多く流通している物であったため――容疑者の特定というのは難しそうだった。それでもLは、そのタイヤを購入する客がよく乗る車のタイプや車種、購入していく顧客層にはどういった人間が多いのかということをレイに聞いてもらった。アシュビル・タイヤ商会の社長――ジェイムズ・クロンカイトは、レイに対してとても協力的で、感じの良い態度で捜査の参考になりそうなことはすべて話してくれたという。
 よもや、警察の人間がこんなに早く自分のところを訪れるとは……と、彼は内心冷や汗をかいたのだが、ペンバーが警察手帳を見せたあとで「ほんの参考程度までに」と前置きしたのを聞いて、ほっと胸を撫でおろしていた。そして頭の片隅でどうすれば捜査を撹乱できるだろうと考えたが、結局それではむしろ自分が怪しまれて首を絞める結果になるかもわからないと思い――協力できそうなことについてはすべて素直に話し、資料等についても渡せるものはすべて渡した。
 当然レイは、クロンカイトのことを疑いもしなかったし、彼の捜査に協力的な感じの良い態度についても好感を持った。Lにもそのように話したにも関わらず、Lはクロンカイトの経歴等を見て(どうもうさんくさいな)と最初に感じた。ここはもう、探偵の勘という奴である。刑事コロンボが目をつけたホシに、しつこく食い下がるのと同じように――Lもまたレイにコロンボと同様のことをさせた。
 まず、クロンカイトが持っているという自宅に七台あるスポーツカーについて訊ねさせ、車の乗り分け方、車種、また使用しているタイヤについて、サイズやメーカーなども詳しく聞いてもらった。当然、相手に揺さぶりをかけるためである。もし彼がまるきりの白であるなら、まったく動揺せずすべてのことについて包み隠さず話すであろうと踏んでのことだ。
 Lはレイに盗聴器をつけてもらっていたので、彼らの会話はすべて丸聞こえだった。Lにしてもクロンカイトが100%黒だなどと思っていたわけでまったくなく、確率としては実際、最初の疑いは3%程度のものだったのだが――レイとのこの時の会話で、いくつか不審に感じることがあり、さらに容疑は10%以上に跳ね上がる。中でもLがもっとも注目したのは、彼が所有している黒のポルシェだった。他の六台の車については、流暢にペラペラ喋りまくるのに、その車については決して多くを語ろうとしない。そこで、Lはレイの携帯に電話をかけ、大胆にも黒のポルシェについてもっと相手に詳しく話しをさせるよう、その場で指示した。
「その、七台目のお車については、まだあまりお話していただいてないようですが……?」
「ええ、車っていうのはまあ、わたしにとってみれば女性と同じようなものでして、もっとも大切な女についてはあまり多くを語りたくなというのが本音ですよ。あなたも、おそらくそのようなご経験をお持ちのことと思いますが?」
 この発言がLの中では決定的なものとなった。すでに、クロンカイトにはレイ以外の刑事をふたりほど、常時それとわかる形で張りつかせてある……つまり、これからタイヤをガレージで取り替えるにせよ、何がしかの形で処分しようとするにせよ――そんなことをすればただ怪しまれるだけだということだ。
 さらにLは、レイにクロンカイトから任意で指紋を取らせてほしいと頼むよう命じた。実際には現場からは犯人の指紋と断定できるものは採取されなかったが、これもLにしてみればクロンカイトに揺さぶりをかけるためだった。クロンカイトは用心深くプラスティックのゴム手袋をはめて、外科医よろしく<殺人儀式>のすべてを執り行ったため――自分ではどこにも指紋を残していないという自負があったが、それでも万が一のことを考え、レイの依頼を拒否した。今の段階では、令状をとらないことには、本人の指紋を採取するのは違法ということになる……だが、この時のクロンカイトの反応で、Lはますます彼のことを(怪しい)と感じるに至った。
 そこで、ここからが『探偵L』の本領発揮ともいうべきところで――早速Lはエグい捜査手法を開始する。Lの強みはなんといっても、警察に捜査の助言はしても、実際にはかなりのところ非合法に裏の手を使って動けるということだ。もしクロンカイトが犯人だとすれば、自宅に殺害した女性の何がしかの<コレクション>があるはずだった。いや、自宅に限らないにせよ、必ずどこかにそうした物が残っている可能性が濃厚だった。何故ならば、連続殺人犯というのは、殺した人間の体の一部や所持品、あるいは記念品になるものを持っているというのが定石だからである。相手が頭のいい人間なら、そうした証拠品はすべて処分するはずと普通の人は考えるかもしれない――だがそうではなく、病的な殺人鬼というものは、相手を殺した時の興奮をその後繰り返し思い出すために、被害者の髪の一部なり身に着けていたアクセサリーなりを必ず保存・所持しているものなのである。さらには、そのブレスレットやネックレスを自分のつきあっている女性や配偶者に身に着けさせることもある……結果として、クロンカイトは妻のパトリシアにプレゼントしたダイヤのネックレスが決め手となり、逮捕されるということになる。彼は妻に殺した女性のアクセサリーを身に着けさせることで、性的に興奮し、今ではそれがなければ妻と愛しあえないようにさえなっていたのだった。
 Lはクロンカイト家の留守を狙って、ウエディという建築物侵入のエキスパート――もっとはっきり言えば泥棒――に、クロンカイトの自宅をそれとわからぬよう捜索させ、証拠となる写真を何枚も撮らせた。さらに、隠し金庫のひとつからは、彼がこの世でもっとも大切にしている例の<コレクション・ブック>まで出てきた。クロンカイトとしても自分に容疑が向けられた時点で捨てたかったもののひとつではあったが、この<芸術品>は何にも代えがたい値打ちを持っていたために――そう決断できなかったのである。だが、これはあくまでも違法捜査であるため、その持ち物自体は写真に収めるに留め、この場ではLは押収しなかった。彼がもっとも欲しかったのは、間違いなくクロンカイトが犯人であるという動かぬ証拠であった……そこで、今度は<合法的>に彼を犯人として逮捕するために動き――最終的にクロンカイトは、自分の妻に贈った被害者のアクセサリーが元となってLの<盾>、レイ・ペンバーに手錠をかけられることとなる。
「罠だっ!!これは何かの陰謀だっ!!」
 自分が逮捕された時、見苦しくもそう叫んだことを思いだし、クロンカイトはチッ、と舌打ちする。終身刑となり、もはや刑務所から出られないと決まった今、彼はとても退屈だった。もちろん法廷では、生まれながらの――というか、母親譲りの――演技力を総動員して、無実の罪に問われる気の毒な男を演じ続けてはいた。だが最終的に上訴が却下された時、彼はその裁定を下した判事と陪審員の全員に復讐することを誓っていた。
 つまり、それがロンドン同時爆破事件を彼が起こそうと思った最たる理由なのである……計画は狭い監房の闇の中で、少しずつ着実に練られていった。彼はこれまでに一度も脱走者を出したことがないというここ、ベルマーシュ刑務所で、自分の<操り人形>となるマリオネットを探しては、その同房の友ともいうべき人間に何気なく恩を売り続けた……何よりもクロンカイトには人の上に立つ者としてのカリスマ性があった。実際には彼のような女性ばかりを狙ったレイプ・殺人犯は、受刑者たちの間でリンチにかけられる確率が極めて高い。だが、彼は自分を取り囲む多くの人間を巧みに騙し、信じさせ、言うなりにさせることに成功したのである。
 そしてクロンカイトが<操り人形>として選んだ人間の中で、一番のお気に入りがサミュエル・ビュターンという男だった。まず、彼が逮捕された経緯を新聞で知るなり、クロンカイトは自分の弁護士に連絡してビュターンという男を助けてやってくれないかと頼んだ。この時点ではまだ、ビュターンが自分のいる刑務所にやってくるかどうかはわからなかった。だが、もしどこかで巡り会った場合――彼は確実に自分の忠実な犬になるだろうとクロンカイトは確信していた。そして、実際にふたりはその後出会い、ビュターンはクロンカイトの忠実なる僕にして弟子となったわけだ。
 クロンカイトは彼に機械的なものを組み立てる手の器用さや、数学や物理学の分野における卓越した才能があるのを見て、爆発物を作らせるにはこの男しかいないとその時から見込んでいた。そこで自分の教えられる限りのことはすべて教えたといっていい……さらに、クロンカイトは刑務所内におけるすべての脅威からビュターンのことを守り、精神的な助言を与え、すべてのことにおいて便宜をはかってやった。
 ビュターンはクロンカイトがしてくれたことについて、今も恩義に感じているし、ロンドン同時爆破事件のことについても、またすぐ刑務所に戻され、長い刑期を勤めねばならないかもしれないのに、首を縦に振った。彼はまた他の<操り人形>たちと同じく、『何故それをせねばならぬのか』といったようなことも一切聞かなかった。ただ、もう自分の飼い主に従う犬のように、半ば盲目的にマインド・コントロールされたような状態で、クロンカイトの言うなりになった。
(さて、これで<L>とやらがどう出るのか……)と、クロンカイトはドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』をもう一度かけながら、変態的に舌なめずりする。
 クロンカイトが<L>と呼ばれる極秘捜査機関の人間が自分を逮捕したらしいと知ったのは、取り調べを受ける過程で、警察の人間が口を滑らせたことによってだった。「おまえも、<L>に目をつけられるとは、運の悪い男だな」、「おい、よせ。彼の名前はだすな」……そうしたやりとりが一度あったのを思いだし、クロンカイトはその後<L>という人物について刑務所内で集められる情報をすべて集めた。その結果、<L>というのはスコットランドヤードだけでなく、世界中の警察機関、引いてはICPOの影のトップとまで目される人間らしいということがわかってきたのである。クロンカイトは今回の一件にも必ず<L>が絡んでくるに違いないと、そう睨んでいた。そしてそのことがロンドン同時爆破事件の、彼にとって真の狙いとも言うべきものだったのである。



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【2008/07/14 20:47 】
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