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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(5)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(5)

 イングランド北西部にあるマンチェスターに、テロ犯を収容するための刑務所がある。元は、IRAの実行犯を収容するための刑務所だったが、9.11.以降はアラブ系のテロリストがこの刑務所で取り調べを受けることが多くなったという。Lは、厳重な監視システムと何重にもロックされた扉を通り抜け、囚人との面会室で机ひとつを隔てて、イアン・カーライルと話をすることにした。もちろん、万が一の時のために看守がふたり、部屋の隅に立っている。
「MI6のお偉いさんが、一体今さら俺になんの用があるっていうんだ?」
 Lは珍しく着替えをし、濃紺のスーツにネクタイという格好をしていた。とはいえ、パイプ椅子にはいつもの座り方で、服装のほうも若干乱れた感じである。ホテルを出る時にラケルが、ネクタイが曲がってると言って直してくれたのだが――リムジンに乗っている間に、彼はまたそれをだらしなく緩めていた。
「面会時間も限られていることですし、単刀直入に話をしましょう。この刑務所ではTVを見る時間もありますし、もちろん新聞のほうも自由に閲覧が可能です……ですから、あなたももちろんロンドンで起きた同時爆破事件をご存じのことと思います。そしてその犯人と思しき人物から犯行声明文が送られてきたわけですが、わたし個人としてはこのやり口はあなたのものによく似ていると思いました」
「へえ~。そりゃ光栄なこった」と、カーライルは手錠のはまった手首を、どっかりと机に叩きつけている。身長が190センチあり、ブロンドの髪に端整な顔立ちをした彼は、捕まった当時、一種のセンセーションを世間に巻き起こした。今でも月に百通以上は彼宛てに女性のラブレターが届くらしい。
「それで、俺にどうしろってんだ?あんなヘナチョコ模倣犯、優秀なあんたらの力で一網打尽にすりゃあいいんじゃねえのか?」
「あなたの力を、出来ればお借りしたいと思ったんですよ」
 L――ここでは王竜(wang・long)という中国名を書類に記載している――は、抜かりなく相手の目をじっと見つめながら言った。こうした殺人犯と対面する時に一番重要なのは、常に相手との距離を<対等>に保つことだということを、Lはよく知っている。もちろん、誰か<盾>を使って自分がしたい質問をさせること、あるいは自分だけワンサイドミラーの影に隠れて訊問の様子を操作するのは極めて簡単なことである。だが、Lはこの時、爆弾魔と真っ向から直球勝負を挑んだ。特にイアン・カーライルのようないわゆる秩序型の殺人犯は、相手と対面した一瞬に、器の大きさを読みとるような鋭敏さを持ち合わせているのだ。その基準に合格すれば、取引次第で捜査に協力させるのはそう難しいことではない。
「でもさ、人に頼みごとをする時には、それなりの態度ってもんがあるんじゃねえの?たとえば、この邪魔くさい鎖を外してくれるとか……」
「いいでしょう。すみませんが、面会の間だけ、外してあげてください」
 二メールはあろうかという身長の、ガタイのいい看守のひとりが黙って頷き、カーライルの手錠の鍵を解く。
「ありがとうよ。それで、一体俺に何が聞きたいんだ?」
 カーライルにとって、<L>は確かに合格の基準に達していた。ぼさぼさの髪に、だらしのない服装……およそイギリス最高の情報機関に属する人間とは思えないところが何よりいい。これまで彼に興味を持った精神科医だのプロファイラーだのノンフィクション作家だのがやってきては、色々な質問をしていったが――どいつもこいつも面白くないような連中ばかりだったので、彼は矛盾した支離滅裂なことばかり口にしていたのだった。だが、こいつは本当に面白いと、カーライルはそう思った。こいつがどこまで自分から本音を引き出せるか、少し試してやろう、と……。
「まず、もしかしたら新聞等で目にしてすでにご存じかもしれませんが、こちらが同時爆破事件を計画した殺人犯の、犯行声明文です。この文章から何か、思うところや感じることはありませんか?ちなみに、その文章は1980年代に量産されたワードプロセッサで印刷された文字で、指紋等は検出されていません。また今では販売元で生産中止となっている商品なので、購入した人間を追跡するのも困難です」
「へえ、なるほど……」カーライルは、Lが分析的な意見を平板な声で述べるのを聞いて、どうしたもんかなと一計を案じる。相手が得体の知れない面白い人物なのは確かだが、あまりに感情に乱れのない話し方が、なんとなく彼の癪に障った。捜査には適当に協力してやろうと思いはするが、それとは別に、この奇妙な男が怒ったところが見たいと、天の邪鬼な彼は考えていた。
「<無能な警察諸君へ>っていう出だしからして、なんとも幼稚な感じがするな。こんな奴が俺の模倣犯だとしたら、嬉しくて泣けてくるぜ……貧富の格差がどうとか、グローバリゼーションがどうとか言うのは、全部自分の本心を隠すための言い訳でしかない。俺はな、何より自分の欲望ってもんに忠実に生きてきたんだ。女とやりたい時にやって、金が欲しけりゃどんな犯罪にも手を染めた。そして爆弾を仕掛けたのは、それが最高にエキサイティングなことだったからだよ。精神科医は俺が狂ってるだの、気の毒な生い立ちがどうだとか裁判で話してくれたっけが、実際のところ俺はまったくの正気さ。何故あんな事件を起こしたのかと言えば――単に<爆弾を仕掛けたいから仕掛けた、人がパニックになって真実の姿を晒すところが見たかった>っていう、それだけのことにしか過ぎない。だが世間の連中ってのは、そのシンプルな事実、「人を殺したいから殺した」ってことについて、あれこれ理由をくっつけて、手前勝手に解釈し、納得したがるもんなんだよな……やれ、俺の心の闇がどうの、揚句の果てには悪魔にとり憑かれた犯行だの、まったくこの世の人間ってのにはうんざりするぜ」
「なるほど。では、この犯人が自分の模倣犯だなどというのは、あなたにとって極めて心外だということですね?」
 こうした殺人犯とやりとりする時は、それなりの心理的技術というものが必要になる。この場合、『あなたが仕掛けた爆弾で、7歳の子供が目の前で父親を失い、今も心に傷を負っているんですよ。あなたはそのことを反省しようともしないんですか』……などと言ってみたところではじまらない。ただ相手に話したいと思うことを話させ、心を開かせるということがもっとも優先されることである。
「心外っていうかなあ、それ以前に俺の模倣犯だっていうんであんたがここへ来たってことですでに、俺のプライドは幾分傷ついたぜ……この犯行声明文を読むかぎり、この犯人はケチな狡賢い卑怯者だってことがわかる。ようするに、コイツ自身の現実の生活がうまくいってやがらねえのさ。失業してるか惚れた女と別れたか、それともはたまたインポの童貞野郎なのかもしれねえが、とにかく個人的なフラストレーションを晴らすための犯行だってことだ。そんなチンケな野郎と俺の犯罪人としてのポリシーを一緒にされちゃたまんねえな」
「そうですか、わかりました。ところで、重要なのはここからなんですが……この犯人はこれからも爆弾を仕掛ける、楽しみに待っていろと最後に書き記しています。残念ながら、今回の犯行声明文からは次の犯行について何も読みとれることがありません。そこでひとつ聞きたいのですが、もしあなたがこの犯人だとしたら――次にどういう手段で犯行に及ぶか、想像してみていただけませんか?」
「なかなか、難しいことを言うねえ」と、首をコキコキ鳴らしながらカーライルは笑う。「もしそいつを聞きたけりゃ、それなりの取引ってもんがあるだろ?俺はここじゃあ、24時間監視カメラで見られる生活送ってんだ……せめて一日に三時間、いや一時間でもいい、監視カメラのないリラックスした時間が欲しいぜ。どうだ、それで手を打つ気はないか?」
 どうですか、というように、Lがカーライルの後ろにいる看守に目を向ける。だが、彼は生真面目に首を振るのみだった。
「それは絶対に駄目です。当刑務所の所長が、まず断固反対するでしょう。この男は、本当に抜け目がなくて狡賢いんですよ。それはもう、あなたの想像も及ばないくらいね。ちょっとした物をくすねたり、他の囚人仲間と取引して、爆弾を作るには至らないまでも、何かそれに似たことをしでかす可能性が極めて高いんです。だからこそ我々は、24時間監視カメラ付きで、こいつのことを見張ってるんですから」
「そうでしたか。わたしの口利きでどうにか出来ないかとも思いましたが、それでは無理ですね。では、申し訳ありませんか、無償であなたの善意によって、この捜査に協力していただけませんか?」
 カーライルは「ケッ」と、見るからに不機嫌顔をしている。ここで重要なのは、相手の算段に乗ることなくあくまで<対等>な姿勢を貫き通すということだ。上から支配するでもなく(時にはそれも有効ではあるが)、下から媚びへつらっておもねるでもなく……お互い、一対一の人間として平等なのだという態度を見せ、それで相手が臍を曲げて何も喋らなければ、ここは一旦引くしかない。
「そうですか、わかりました。手間を取らせて申し訳ありませんでしたが、これ以上何もお話していただけないというのなら、わたしはこれで失礼させていただきたいと思います……それでは」
 そう言って、Lが椅子からおり、看守に鍵のかかった鋼鉄製の扉を開けさせようとした時のことだった。
「おい、ちょっと待てよ。面会時間はまだ終わっちゃいないぜ」と、カーライルの口から思わず本音が洩れる。そして彼は、思わず焦って本心がでた自分に、舌打ちしたくなった。
「あー、俺とあんたは話しはじめてまだ、一時間にもならないだろ?取引材料ってのは、何もひとつじゃない……あんた、トマス・ハーディの『テス』って知ってるか?ここの刑務所にもあるんだけどよ、何故か最後の結末の数ページが切りとられてやがる――俺がこの刑務所に来てから最初に読んだ本がそれなんだが、最後に可愛いテスがどうなんのかってところで、結末がわからなくなってやがる。だからその本を差し入れてくれるんなら、あんたの言う捜査とやらに協力してやってもいいぜ」
「それは、どうもありがとうございます」
 意外にも相手が安い代償で捜査に協力してくれそうなのを見て、思わずLは笑いそうになった。ようするに彼は、とても退屈なのだ……相手が誰であるにせよ、面会時間の間は単調な刑務所生活から、一時的に抜けだすことができる。その時間をまだ味わいたいということなのだろうと、Lはそう見てとった。
「まずはさ、そのヘナチョコ爆弾魔が仕掛けた、爆弾の設計図を見せてみろ」
 Lは、カーライルが机の上に手を差しだしたのを見て、ブリーフケースの中から再びロンドン・テロ関連の資料を取りだした。そしてSASの爆発物処理班が提出した報告書をその中から選びだす。
「ふうん。過酸化アセトンねえ……ようするに、あんたがこのヘナチョコ犯人と俺を結びつけたのはこれが原因ってことか。この液体爆弾はちょっとした刺激を受けただけで、すぐにドカーン!だからな。誰かが紙袋に入った不審物を見つけた瞬間にドカーン!地下鉄の駅員が中身を確かめようとした瞬間にドカーン!……そんなわけで、ほとんどの場合確実になんらかの被害がでる。爆発物処理班だって、とにかく起爆させる以外に解除する方法はないだろう。ま、そういう意味においては俺の模倣犯と言えなくもないか」
「そうなんです。しかも、爆発物の構造を見ると、この犯人は相当に頭がいい人物であることがわかります。信管の代わりにおそらく、カメラ付き携帯電話のフラッシュを代用したのではないかとわたしは見ていますが……まあ、それはそれとして、犯行声明文のほうは極めて幼稚な文面です。このちぐはぐ感から、ロンドンの捜査当局はおそらく犯人は複数犯で爆発物を作成した人間と犯行声明文を書いた人間は別人であると推定しているんですが……あなたはどう思いますか?」
 MI6の、いわゆるエリートと呼ばれる人間に頼りにされて、カーライルはまんざらでもなかった。爆発物の図面を見ただけでも血が騒ぐのを感じる。
「まあ、俺にとっちゃあ爆弾作りってのは一種のマスターベーションみたいなもんだ」と、この時初めてカーライルは、弁護士にも精神科医にも、他の誰にもこれまで話さなかったことを口にした。「ひとりで部屋に篭もってシコシコシコシコ……ある意味では、芸術品を完成させる画家か彫刻家にも似てるかもしれないな。だが、こいつは実際に爆発して初めて、人にその存在を知られ、芸術品としての価値を発揮するんだ。まさしく芸術は爆発だ!と言ったところかな」
「……ここは、おそらく笑ったほうがいいんでしょうね」
 カーライルは、きょとんとしたようなLのその反応に、思わず大笑いする。後ろを振り返っていかつい看守の顔を見上げると、彼はいつもどおり、ブルドックのような渋面をしたままである。そのことがさらにカーライルの笑いを誘った。
「おっもしれえなあ、あんた。あっはははは……こんな爽快な気分になったのは、俺としては本当に久しぶりだ。いいだろう、ひとつだけヒントになることを教えてやる。もちろん、俺の言うことなんざ、ただのイカれた爆弾魔の戯言と思ってくれていいが、俺が思うに――この爆弾を作った奴及び、犯行声明文を書いた奴は同一人物だ。性格のほうは……そうだな。暗くて粘着質で陰湿な野郎だ。一応断っておくと、これは何も俺がそういう人間だからそう思うってわけじゃないんだぜ。いわゆる人間を見る観察眼ってやつだ。こいつはおそらく、一度か二度、刑務所暮らしをしたことがあるんだろう。ムショにぶちこまれた理由が殺人かレイプか、それはわからない。だが、たまたま刑務所で同室になった人間か誰かが、爆発物のエキスパート、あるいはオタク野郎で、意外にも自分にその手の才能があることを発見しちまうわけだ。またはそいつが偶然ホモ野郎で、手とり足とり腰とり、自分の得意分野についてご教授くださったのかもしれん。まあ、そんなこんなでそいつは仮出所する……なんで仮出所かっていうとだな、例の犯行声明文を読んでそう思ったのさ。貧富の格差だのグローバリゼーションだのという御託を並べてるところからして――こいつは本当は根が小心なんだ。実際に会ったとしたらおそらく、冴えない容貌をしてることは間違いない。小さい頃にいじめっ子に物を取られて「やめろよお」なんて泣きべそをかいてたような、そんな奴だ。だから、刑務所の中でも特に問題を起こすでもなく、力のある奴に目をつけられないよう細心の注意を払っていたと思われる……だから、実際の刑期より早めに出所してるはずだ。
 さてさて、仮出所したまではいいものの、世間に吹く風はとても冷たかった。社会保険局から支給される生活保護費だけじゃあ、いつまでも将来に暗い見通ししかないだろう……社会の底辺で身を粉にして働いたところで、たかが知れてる収入しか得られない。まあ、そんな時に偶然、女と知りあうか、あるいは好きな女ができる。そのヘナチョコ野郎は女にあまり免疫がなくてな、ストーカーまがいのことしかできないんだ。あるいは、なんかの拍子に女とヤッちまうんだが、その女が心変わりするかなんかして……とにかくふたりの関係はジ・エンド。職場では理不尽な上司に小さなことでどやされ、遂には首を宣告される。こうして奴は、社会に復讐してやろうと、自分の唯一の得意分野――爆弾を作ることに手を伸ばした。まあ、そんなところなんじゃねえの?」
「素晴らしいプロファイリングです。ロンドン警視庁にいるプロファイラーも、そこまでは詳しく分析できなかった……本当に素晴らしい。あなたを犯罪人にしておくのは惜しいとさえ思います」
「なんだ、あんた。俺を馬鹿にしてんのか?」
 突然カーライルの顔色が険しくなったのを見て、Lは自分の反応が不快感を与えたのかもしれないと、軽く気まずさを覚えた。彼にしてみれば、本当に心からの賛辞の言葉だったのだけれど。
「まあ、いいけどよ……俺に言えるのはそんなところだな。次にこの犯人がどこに爆弾を仕掛けるかなんてのは、神のみぞ知るってところだ。ただ、この犯人がTVや新聞を見ながら一連の騒ぎを楽しんでるってことだけは言えるだろうな。この小心男にとっては、一種のヒーローになれる行為なわけだから、ほとぼりが覚めた頃におそらくまた、同じ興奮が欲しくなるだろうよ……後はあんたらがそれまでにどの程度犯人像ってものを絞れるかにかかってるわけだ」
「ありがとうございます、ミスター=カーライル」と、Lは立ち上がって相手に握手を求めた。そろそろ面会時間が終わる、二時間が来ようとしている。
「あなたの今のプロファイリングは本当に有意義かつ、素晴らしいものでした。一部はわたしの犯人像に重なる上、それ以上のものを補強してもくれた……トマス・ハーディの『テス』は、必ず近いうちにあなたの元へ届けさせます」
「そいつはどうも」
 カーライルは、Lの白くて細い、女性的な手と握手をしながら、奇妙な敗北感に近い何かを感じていた。いつもなら、彼と面会にきた人間は――これは、相手が女性でない場合に限るが――面会室を出る時、今にも癇癪玉を破裂させそうな形相で出ていくことが多い。だが、この目の下に隈のある東洋人は、自分から捜査にプラスとなることだけを引き出すのに成功したのだ……そのことが何か、天の邪鬼な彼の性格にさわった。
「最後にひとつ、俺からも個人的な質問をさせてもらっていいかな」と、カーライルはにやりと笑って言った。その手にはすでに、看守によって再び手錠がはめられている。
「わたしに答えられることであれば、なんでもどうぞ」
 Lもまた、鋼鉄製の扉の前で振り返る。頭の中はすでに、ロンドン・テロ事件のこれからの対策についていっぱいだったのだが。
「あんた、左手の薬指に指輪してないよな?っていうことは、独身なわけ?」
「………………」
 一瞬、カーライルが何を言いたいのか、Lにはその意図が掴めなかった。そこで、思わず自分の左手の薬指をじって見つめてしまう。
「いや、まああんたたちって仕事が仕事だもんな。それに、結婚してても指輪をしない主義の男もいるし……でもまあ、もし良かったら教えてくれ」
「……してますね、結婚」と、Lはしていないと言うべきかと迷いつつ、そう答えた。
「ふうん。じゃあ、テスの本の間にあんたのカミさんの写真を挟んで、持ってきてくれ。マスをかくのに使わせてもらうから」
 カーライルは最後にそんな捨て科白を残して、自動で開く鉄格子の向こうへ消えた。気狂いじみた哄笑が牢獄へ続く廊下にこだましている。
(最後の最後で、失敗しました……)
 Lはマンチェスター刑務所を出て、ロンドンへ戻る途中、ワタリの運転するリムジンの後部席――そこでいつものように両足を立ててまま、考えごとを続けた。確かに、カーライルに直接会ったというのはLの中で正しい選択だった。彼は並の捜査官が面接したところで、おそらくそうやすやすと本心を見せたりはしなかっただろう。何より、カーライルのプロファイリングはLの中でとても助けになるものだった。イギリスに死刑制度はないが、こういう時、たとえ悪人といえども生かしておけば世の中の役に立つものだと、Lはそう思う。
(しかし、わたしから一方的に情報を引きだされたように感じたことが、彼にとっては面白くなかったのかもしれない。わたしもあの時、結婚しているなどと言わず、していないと答えれば良かったものを……本当に失敗しました)
「どうしました、L。例の終身刑の爆弾魔から情報を引きだすのが大変だったのですか?」
「いや、そっちのほうはうまくいったんだが、思わず見栄を張ったというのかなんというのか……」
「ほっほっほっ。それはLにしては珍しいことですな」バックミラーをちらと眺めながら、ワタリが微笑む。「それで、一体どんな見栄をお張りになったのですか」
「ん……」と、Lはただぼんやり、車窓の景色に目をやる。それ以上はワタリも、何も聞いてこない。そういう呼吸感というのは、お互いの間でわかりきっていることだった。
 ロンドンの市街を走行中、信号が赤で車が停まった時、Lは某宝石店のショーウィンドウで、白いドレスを着たマネキンを見た。首にはダイヤのネックレス、ブーケを持った手には2カラットはありそうな指輪……Lが以前、ラケルに指輪が欲しいかどうかと聞いた時――彼女が即座に「いらない」と言った時のことを彼は思いだす。
「だって、お菓子を作るのに邪魔になるし、どうせLは指輪なんてしないでしょ。だったら、わたしだけしてても意味ないし」
 ラケルは素っ気なくそう言った。もともと、何か特定の物に対して執着のない人であることは知っている。でも、女心というのは複雑なものらしいので、彼女が心の底で本当は欲しいと思ってないとも限らない。
「……ワタリは、スーザンにプロポーズした時、どうだったんですか?彼女は家事をしている間も、いつでもずっと、プラチナの指輪をしていたのを覚えています。そういう物はやっぱり、形だけでも必要なものでしょうか?」
「そうですねえ。わたしは晩婚でしたから」と、ワタリは目を細めて笑う。まさかLとこんな話をする日が来ようとは、思ってもみなかった。「お若い女性は誰でも、幸福の象徴として指輪やアクセサリーを欲しがるというのが一般論ではありますが、ラケルさんのことはラケルさんにお聞きになったほうがよろしいのでは?」
「ありがとう、ワタリ。参考になった」
 ホテルの車寄せにリムジンが到着すると、Lは最後にそう言って、車を降りた。そしてワタリはそのまま、自分が経営する会社のひとつ――ワイミーズ・インベストメント・コーポレーション(WIC)へ向かう。実際の経営権はすでにもう、ワイミーズハウス出身の信頼できる人間に譲っているが、それでもワイミーズ財団の会長として、時々顔を出さねばならない行事があったのである。



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【2008/05/22 11:06 】
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