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探偵N・ヴェネチア編(前編)~ユーロスター連続殺人事件~(3)
   探偵N・ヴェネチア編(前編)~ユーロスター連続殺人事件~(3)

          Side:N

 ローマのカバリエリ・ヒルトン・ホテルに一泊した翌日――ニアとリドナー、そしてジェバンニは、19:18発のヴェネチア行きESスターに乗るべく、テルミニ駅の構内に立っていた。一日に48万人の利用客がいるというだけあって、人通りも多く、どの場所からなんという列車が出るのか、三人とも皆目見当がつかない。
 もちろん、ジェバンニが駅の案内人に聞いて、そのへんのことは事なきを得たのだが――ESスターの一等車輌に三人が並んで座った時、ニアは窓に映る自分の顔を、無表情に睨みつけていた。
 何しろ、あの<招待状>には、19:18発としか書かれてはいないのだ。そしてきのうの19:18のESスターはすべて満席――ぎりぎりまでキャンセルが出ないかどうか張ってはいたものの、結局空きは出なかった。そして今日の夕刻、6:00頃に突然、40席もの空きが出た。これはどう考えても偶然とは思えない……ニアはそう思っていた。駅員の話では、ある団体客が突然キャンセルしたとのことだったが、これはおそらく<操作>されたものと考えるべきだろう。
 もちろんすでに、ジェバンニとリドナーがそのへんのことを調べてあった。キャンセルしたのは、ミラノに本社のある証券会社だった。だが、その会社に所属する人間40名のひとりひとりを当たったところで――おそらく<殺し屋ギルド>との繋がりは一切出てこないだろう……それでも、もしその証券会社と<殺し屋ギルド>に繋がりがあったとすればずっと上層部のほうだ。上からの命令で40席分を予約、そして後にキャンセル……ジェバンニがコンピューターで予約日時と乗る予定だった全員の名簿を二アに見せたが、彼はそれを一瞥するに留めておいた。もちろん、データのほうは保存しておくよう、彼に言い渡しておく。
「その、ニア……申し訳ないのですが」と、リドナーがひとり用の座席に座るニアに、こっそりと耳打ちする。「出来れば席を、代わっていただけないでしょうか」
 ESスターの一等車の車内は、片方の窓際に一席、そしてもう片方にふたり用の座席があるという具合だった。つまり三人は、ニアがひとり用の席に、そしてジェバンニとリドナーがふたり用の座席に並んで座っていたわけだ。
 二アは、ジェバンニが窓際の席で鼻歌を歌いながらPCを操作している姿を見て、(そういうことですか)とすぐに合点がいった。
「わたしも、彼の隣は嫌ですね」
 そう小声で囁くように言ったあと、ニアはロボットを手にしたまま席から立ち上がり、オカルト好きの部下にこう声をかけた。
「すみませんがジェバンニ、席を代わってください。わたしは今後のことで少し、リドナーに話があるものですから」
 ジェバンニはすぐにノートパソコンを閉じると、別段機嫌を悪くしたふうでもなく、自分の上司の言うとおりにした。
「これでいいですか?」
 二アはそう言って窓際の席へ先に座った。そして通路側のリドナーが「助かります」と微妙な表情をして言ったのを見て、軽く肩を竦める――おそらく、もしあのまま席順が替えられなかった場合、列車が発車して20分後には、ジェバンニ特有のオカルト話がはじまり、リドナーは未確認飛行物体がどうの、イースター島のモアイ像がどうの、イギリスのミステリーサークルの正体がどうのといった話につきあわなければならなかっただろう……となると、この場合考えられうるベストな席順はこれ以外にないということになる。
 やがて19:18になり、ESスターが無事発車することになった。ニアは、列車の一定の速度を感じはじめると、多少まずい、と考えはじめていた。何故なら――いわゆる1/fの揺らぎに近い心地好さを自分が感じていることを、はっきり自覚してしまったからだ。
 1/fの揺らぎとは、規則正しい音と、ランダムで規則性がない音との中間の音で、人に快適感を与えると言われるものだ。例として上げられるのは、人の心拍の感覚、蝋燭の炎の揺れ、電車の音、木漏れ日、アルファ波、小川のせせらぐ音……などである。ニアは、このまま自分がヴェネチアまで行く間に――約4時間半ほどだが――非常に催眠術にかかりやすい状態になるであろうことがはっきりとわかっていた。かといって、今のこの状況の場合、それを防ぐ手立てはないように思われる。では、どうすべきか……。
 二アはまず、きのうヒルトンホテルで調べておいた、ESスターの座席表をもう一度チェックした。全部で11輌編成で、1~4車輌までが一等車、そして5号車が食堂車、6~11車輌までが8号車を除いて二等車である(8号車は一等席であり、また三等席や自由席といったものは存在しない)。途中、フィレンツェで停まる以外は、真っ直ぐヴェネチアへ最高速度300kmで走るわけだが――その間、この密室の棺桶とも言うべき車内は、車掌などの乗務員を合わせて、全員で約600名ほどである……果たして、この中の誰かが催眠術にかかっていて自分を殺そうとする、などという事態が起こりうるものだろうか?
(確かにまったく不可能ではないが……カイ・ハザードも、よもやわたしが単身でこの高速列車に乗りこむとは思っていないだろう。それでも、キャンセル待ちをして後から乗りこんだ人間の中に探偵のドヌーヴがいるとなる……今のこの状況では、わたしが部下を数人しか連れていないのは向こうにも明らかだ。もしわたしが奴で、催眠術を使って人を操るとしたら……)
 ニアは、列車案内のパンフレットを見ながら、地図上の、フィレンツェのある場所を指さした。
(フィレンツェに到着するのが20:58分。ここで、多くの人間が降り、そしてまた多くの人間が乗車して入れ替わる……もしわたしがカイ・ハザードで催眠術を使って人を操れるとしたらどうするか……)
「すみませんがリドナー。早速仕事にとりかかってもらえますか?ジェバンニとふたりで、ユーロポール(ヨーロッパ警察)の身分証を見せ、車掌や乗務員に服を貸してもらってください。その上で、今現在このユーロスターの車内に不審な人物がいないかどうかをチェックし、また誰がフィレンツェで降りて、その後どのくらいの人間がフィレンツェからヴェネチアへ向かうのか、座席表や乗客名簿の資料などを貰ってきてください」
「わかりました」
 リドナーはすぐに立ち上がって車掌室のある車輌へ向かったが――車掌室はニアたちのいる一等席のすぐ隣である――ジェバンニは何か言いたそうな顔をして、立ち尽くしたままでいた。
「ジェバンニ、どうかしましたか?パソコンのほうは、そのままそこに置いていってください。これからLに報告がてら、メールで色々話をする予定なので」
「はい……その、ニア。先ほど思ったのですが、電車のこの一定の揺れのような、眠気を催す感覚――これは人間が催眠術にかかるのにちょうどいい条件が揃っているということなのではないでしょうか。なんとなく、そのことが心配で……」
「なるほど。わたしもまったく同じことを考えていました。ジェバンニとリドナーに乗務員として働いてもらうのは実は――その予防のためでもあるんですよ。忙しく立ち働いていれば、じっと座席に座っているよりは催眠術にかかりにくいと思うんです……まあ、カイ・ハザード本人がこの車輌のどこかにいる場合、そんなことをしても無意味でしょうけどね。とりあえず、わたしの考えではカイ・ハザード本人はこの列車のどこにもいないものと考えます。おそらく、彼の顔写真がこちらに渡っていることも彼の組織の人間は知っているでしょう。2002年度の世界チェスチャンピオン――その人間が怪しいと、ドヌーヴは一応形式的に、ユーロポールの上層部に報告する必要があった……まるで捜査が進んでいないというのであれば、オカルト探偵の名折れですからね。でも、その直後にあの<招待状>が届いたということは、すでにユーロポールの上層部内に、<殺し屋ギルド>の人間がいるということなんです。ちなみにここはイタリアですが、このイタリア・マフィアを牛耳るボスも、元は<殺し屋ギルド>の人間であり、そのマフィアと癒着のある人間が選挙で選ばれて大統領になってるんです……これは善も悪もない、そういう戦いなんですよ。どうかそのことを頭に入れて、捜査には当たってください」
「はい、わかりました」
 ニアは、ジェバンニからパソコンを受け取ると、早速Lへ一通のメールを送った。大体内容としては、以下のような文面である――今、ニア自身がジェバンニに言ったことに加えて、カイ・ハザードがこの車内にいないと自分が考える根拠について。つまり、相手は<面白いものを見せてやる>と言っているわけだから、ヴェネチア行きのこの4時間半の旅において、何か大きな事件を起こしてやると言っているに等しいわけだ。となると、もし仮にこのユーロスターETR500の車内にカイ・ハザードがいた場合、かなりまずいことになる。何故なら、もしローマ―フィレンツェ間で何か事件があった場合には、この車輌は一度フィレンツェ駅で停められて、鉄道警察の御厄介にならなければならない。そうなると顔も割れているカイ・ハザードは催眠術などいくら使おうとも誰かに捕まる公算が非常に高い。他に<攻撃系>の超能力を持つ仲間がいるにしても――そんな派手なことまでして逃げる可能性はまずないと言っていいだろう。つまり、残りの可能性として考えられるのは、催眠術の<遠隔操作>とも呼ぶべきものと、電車のハイジャック、あるいはフィレンツェ―ヴェネチア間で誰かが死ぬなり殺されるかなりする……ということだ。ニアの考える、カイ・ハザードの<見せたいもの>とは、そんなところだろうと見当をつけるが、それに対する<L>の考えを聞きたい、とニアはメールに書いて送った。

<なかなかいい読みだと思います。
 その方向で推理を進めてみてください……それと、カイ・ハザードの『見せたいもの』という物言いには、『自分の能力を見せつけたい』という意味もこめられている可能性があります。おそらく二アがいる車内で起きる事件は、我々が考える範疇を越えた、突拍子もないものと予想されます。それだけにどうか、くれぐれも気をつけてください。

 L >

 メールの言葉数が少ないということは、それだけニアの推理とLの推理の予想が重なり合っているということを意味している。だが、ニアはそのノートパソコンの画面を見ながら溜息を着いた。万一、自分が敵の手に落ちないとも限らないので、今書いた自分の文章もLからのメールも削除し、履歴等辿られないようすべてのデータを消去しておく必要がある。今回の事件で自分は常に後手後手に回っているということを、ニアは自覚していた――カイ・ハザード本人を挙げられる可能性は何%くらいかと、もしLに聞かれたとすれば、ニアは素直に15%くらいだと答えただろう。
(だが、やるべきことをすべてやっておくことによって、最悪のシナリオを回避できる可能性はそれだけ上がるということだ……)
 ニアがそう考え、次の一手を打つべく指人形セットを窓際に並べていると――ひとりは写真を見て作ったカイ・ハザード、もうひとりは同じくラクロス・ラスティスだった――茶色の女性乗務員服を着たリドナーが、車内販売の車を押してやってくるところだった。
「なかなか似合ってますね、リドナー」
 そう声をかけると、リドナーは「ありがとうございます」と、一礼していた。そしてスナックや飲み物の積まれたワゴンの中から、サンドイッチとコーヒー牛乳を取り出している。
「少しは、何か食べておいたほうがいいと思います。いやいやながらでも胃に入れておけば、それが結局エネルギーになるわけですから……」
「そうですね。リドナーは美人ですから、変に馴々しいイタリア男には、くれぐれも注意してください。前にも言ったと思いますが、催眠術師の中には目を見ただけで暗示にかけられる者、また声のトーンや手の仕種などによって催眠に陥れる者などがいます。なんにせよ、しつこく繰り返し話しかけてくるような人間には、注意してください……向こうには、我々の面は割れていないでしょうが、キャンセル待ちをして座席を獲得したことにより、ほとんど確定されたも同然ですから」
「そうですね。気をつけたいと思います」
 リドナーがいなくなると、今度は車掌とふたり組みになって、ジェバンニが検札を始めたのが見えた。茶色の乗務員服を着て、同色のネクタイを締めたジェバンニは、なかなか様になっているように思える。
「これが乗客のリストです」
 二アのすぐ隣までくると、ジェバンニは小声でそう言って、一冊のファイルを置いていった。きのうの段階ですでに、ある程度の段取りはふたりに説明してあった――リドナーとジェバンニは、この車輌に乗りこんだ可能性のある、凶悪な犯罪者を追っているという設定だ。そのための車内捜査に協力して欲しい……おそらくそれだけでこのユーロスターの全車輌を預かる車掌は納得したに違いない。ジェバンニとリドナーが持つ身分証は本物なので、仮に当局に問い合わせてもらったところで、何も差し障りはないのだから。
 二アは、一等車から二等車までの名簿に目を通しながら、特別そこからわかることはないようだと判断した。そこに並ぶ多くの名前がイタリア人の姓であり、イタリア人に特有の名前だった。国籍がイタリアではない人間のチェックと、フィレンツェで降りる乗客のチェックはもちろん行ったが――それより、フィレンツェからこのユーロスターが7輌編成になることのほうに、ニアはより注目した。つまり、現在8車輌目から後ろの四車輌がフィレンツェ駅で切り離されるのだ。またそのあとの車内は、あちこちに人の隙間が出来るということもわかった……さて、このことをどう捉えるべきなのか?
(やはり、わたしがカイ・ハザードであるならば、事を起こすとすればフィレンツェ―ヴェネチア間だ。仮にもし電車のハイジャックということを考えるとすれば……)
 二アは、ラクロス・ラスティスの後ろ姿をメロの指人形に追わせると、自分はカイ・ハザードの指人形を左の人差し指にはめた。そして残りの4本指に、彼の部下と思しき顔のわからぬ<?>と書かれた黒い指人形をはめる。果たして自分なら、その部下にこの密閉された車内で何をさせるか……。
 電車のハイジャックというのは、飛行機やバスと違って分が悪いと一般に認識されている。何故なら、電車という乗り物がレールの上を走る以上、行き着く先が極めて限定されてしまうからだ。しかし、探偵のロジェ・ドヌーヴが自ら投降し、射殺されるならば、それ以外の人員を全員助けようと犯人が呼びかけたとすればどうだろう?その設定でいくとすれば、ニアは自ら名乗りでる以外ないということになる……。
 だが、果たしてカイ・ハザードの目的は単に探偵のロジェ・ドヌーヴの殺害だけなのだろうか?もしそうだとすれば、今ここにニアが座っている時点で、突然誰かがサイレンサー付きの銃を胸元から取りだし、イタリアのマフィアよろしく射殺すればいいだけのことである。
(例の<招待状>には、ヴェネチアまで辿り着いたら『もっと面白いものを見せてやる』と書いてあった……ということは、それまで奴はわたしのことを生かしておくということに……)
 さらに二アがいくつか仮説を立てていると、一通り車内を点検してまわったらしいジェバンニとリドナーが戻ってきた。流石に制服姿のふたりとそのまま話をしていたのでは目立ちすぎる……そう思ったニアは、三車輌目にあるコンパートメントの座席にふたりと移動した。
 一応、座席は一般席とコンパートメントの両方とってあった。最初に一等車の一般席にニアがいたのは、車内の雰囲気をそれとなく知るためだった。そしてコンパートメントのほうはプライバシーを守れる反面、個室であるため、いつ何が起きてもおかしくないというリスクがより高かったせいでもある。
「特に、不審な人物というのは見当たらなかったように思います」
「そうね。せいぜい言ってしつこくナンパしようとした男が三人いたっていうことくらいかしら」
 肩を竦めて溜息を着いているリドナーに向かって、ニアは自分の指人形をはめた人差し指を曲げてみせる。
「それは、どんな男でしたか?」
「三人とも、ちょい悪風の典型的なイタリア男といった雰囲気でした。ひとりがナポリ出身で、後のふたりがミラノ出身だという話でしたが……」
「なるほど。現代のカサノヴァといった感じのする男というわけですか。ところで、座席の番号などはわかりますか?」
「8号車のNo,63、64、65に座っている男でしたが……」
「それでは、おそらくフィレンツェで降りますね。可能性はゼロではないにせよ、その男たちはただのナンパ目的でリドナーに声をかけてきたと判断して良いでしょう」
 ニアの淡々とした物言いに、思わずジェバンニがプッと笑い声を洩らしている。
「ジェバンニ、一体何がおかしいんですか?」
「い、いえ、なんでも……」
 どこなくムッとした顔をした二アに、ジェバンニはそう答える。彼の上司の年齢は現在、彼と一回り以上下の16歳――つまり、一般的に言えば、異性に興味を持って彼自身こそが女の子をナンパしてなんらおかしくない年齢なのだ。それなのに、ただ淡々と美人はナンパされやすいだのと状況を分析し、年頃の女の子にはまったく興味がないといった様子の彼が――ジェバンニはおかしくて仕方なかった。
「そのー、ニアはどんな女性がタイプなんですか?こんな探偵なんていう仕事をしてずっと引きこもってばかりいたら……特に出会いのようなものもないでしょうし、そうなると一生結婚もしないつもりなんですか?」
「それはまた随分プライヴェートな質問ですね」と、ニアは、また自分の指人形をはめた人差し指を曲げている。「わたしは結婚とか、そんな安っぽいことに興味はないんです……もっとも、わたし以上に忙しくて女性に縁遠かった人が結婚したので、この先自分の人生がどうなるのかなんて、予測はできませんが」
「そうですねえ」と、リドナーが相槌を打っている。「本当に、人生なんてわからないですから……ジェバンニも、人のことより自分の心配をしたら?」
「えっと、それは……」
 ジェバンニは思わず口ごもった。自分にもし運命の人がいたとすれば――それは他でもない目の前にいるあなたです……とは、今のこの状況では、口が裂けても言えないジェバンニなのだった。



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【2008/04/08 18:33 】
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