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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第20章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

          第20章

「メロが先ほど言っていたリロイ・デンジャーという青年、彼を使うことにしましょう」
 Lはメロとラケルがいる前では決してできない物騒な話の数々を終えると、モニターにひとりの青年兵士の履歴書を弾きだした。リロイ・デンジャー(18歳)、陸軍一等兵、出身地はブルックリンであり、最終学歴はブルックリンハイスクールだった。軍と結んだ契約は六年だが、不名誉除隊処分となってしまったのでは、もう大学へ進学するための奨学金は望めないだろう。
「彼なら、ライアンとの繋がりもわたしとの繋がりもまったくありませんから、アブグレイブ刑務所での虐待事件のことをマスコミにすっぱ抜いてもCIAが動くことはないでしょう。まあ、一兵士の義憤に駆られた行為といったところに落ち着くだろうと思います」
「でもさ」と、メロは七台あるモニターの前に腰かけてチョコレートをパキリと食べる。「俺、こいつとクウェートにいく間もその後もずっと一緒だったんだぜ。しかも刑務所では同室の相棒ってやつだったしな……CIAのスタンスフィールド長官にLが苦情を言われるってことにはならないのかよ?」
「その点は、知らぬ存ぜぬで通します」
 Lはパタタタ、と素早い動きでパソコンのキィを叩き、次にはリロイ・デンジャーの高校時代の成績表をモニターのひとつに映しだしている。
(まったく、情報社会ってやつはこえーよな)と、メロはそう思う。まあLの場合は全世界の警察や情報機関、役所などに直接アクセスできるほどの情報収集能力があるのだから、このくらい当然といえば当然だったかもしれないのだけれど。
「彼は高校時代、成績はほとんどオールAで、極めて模範的な優等生だったようですね……将来はジャーナリストを目指してハーバード大学のジャーナリスト科を希望しているようですが……この順番が逆になるというのもそう悪いことではないでしょう」
「つまり、どういうことだ?」
 メロはアブグレイブ刑務所の捕虜や囚人から受けとった例のメモ紙に適当に目を通しながら言った。全部の紙がほとんどよれよれで、中にはなかなか判別しがたい文字も多い……だがどれも、実に細かく紙を節約するように書かれており、胸を打たれるような内容のものばかりだった。中にはアラビア語で韻を踏んだ詩まで書いている囚人や、家族に宛てたメッセージを伝えてほしいと長い文章を書き綴っている者もいる。
「まずリロイ・デンジャー君が不名誉除隊処分になって本国へ戻ってきたら、メロが押収した証拠の品を、彼にホームページで発表してもらうんですよ。あとは軍隊での新兵訓練のことであるとか、イラクの任地で彼が何をどう思い感じたかといったことなどを書いてもらえばいいでしょう。それでピューリッツァー賞をもらえるかどうかというのは、彼の筆力次第といったところでしょうけどね」
「ま、悪くはないんじゃないか?あいつはどっちかっていうとたぶん、体を動かす体育会系っていうよりは、ニアと同じ頭脳派ってやつなんだろうしな」
「ニアで思いだしましたが」と、Lはリロイの経歴などの書かれた情報をモニターから消し、今度は全然別の人間の写真をそこへ映しだした。「ようやく、彼の身元が判明したんです。カイ・ハザード(十七歳)、2002年度の世界チェスチャンピオン。もしかしたら彼が例の催眠術師かもしれません」
「ああ、ニアの担当してるユーロ紙幣の原版を盗んだ<殺し屋ギルド>の幹部メンバーってやつか。それにしちゃ若いな」
「殺し屋ギルドのことは、わたしでさえ長い間その実態がよくつかめませんでしたが……これでヨーロッパ大陸で第二次世界大戦後に起きた謎の犯罪の解明が紐解かれる契機になるかもしれません。つまり、人を殺せるほどの強力な暗示をかけられる催眠術師なら、殺人を犯したあとに都合の悪い証言を行いそうな人間に暗示をかけて記憶力を狂わせることが十分可能だということです。そのやり方でどれだけの人間を殺し、またその周囲の人たちの人生をも狂わせてきたのか……わたし自身、とても強い興味のある事件です」
「でもこいつ、今俺と同じ十七歳なんだろ?」と、メロはどこか腑に落ちないように、金髪碧眼の、理知的な顔立ちをした青年の写真を仰ぎ見ている。「殺し屋ギルドってのは、わかってるだけで第二次世界大戦後から活動してるわけだから、こいつの前は誰がどういう方法で殺人を犯したりその後始末をしてたってことになるんだ?」
「これはまだ、今ある少ない情報を元にしたわたしの推測をでないことではあるんですが……おそらく彼らの間にはほぼ完璧ともいえる催眠メソッドのようなものがあり、それを代々伝承するような形がとられてきたと考えられます。このカイ・ハザードという青年が若いことから見ても、おそらく組織内で小さな頃から催眠術の特殊な訓練を受けてきたのでしょう。もし彼が去年、世界チェス大会へ出場していなかったとしたら、わたしも彼が何者なのか、わからずじまいだったでしょうね。彼の経歴等を調べてみましたが、それはわざわざチェス大会に出場するためだけに捏造されたものであることが判明しています。実際には彼は――わずか六歳の時にロンドンにある孤児院で死亡したことになっているんですよ。そして彼女も……」
 Lはまたパタタタ、と素早い手の動きでキィボードを打ち、カイ・ハザードという青年の隣のモニターに、ひとりの少女の姿を映しだしている。
「ラクロス・ラスティス。彼女はれっきとした超能力者であることが確認されています。マギー・マクブライド大佐の話では、指を鳴らすだけで、あらゆるものを発火できるということでした……メロ?どうしました?」
「……知ってるよ、この女」と、メロは驚きのあまり目を見張った。「バグダッドの土産物屋で会った女だ。間違いない」
「世間というのは、意外に狭いものですね」
 Lはこの時、<因縁>という言葉が一瞬脳裏に閃くのを感じたが、その彼の直感はおそらく正しいものだったのだろう。
「彼女もまた経歴等が皆目わからない人間です。わかっているのはただ、ルーマニアの首都で十歳まで過ごしたこと、その時家で起きた火災でシングルマザーの母親が死に、登記簿上は彼女もまた母親と一緒に死んだということになっているということだけです。そしてこのふたりを繋ぐ唯一の点が……彼らが自閉症患者だったということなんです。メロはサヴァン症候群というのを知ってますか?」
「ああ。確か、何年前の暦でも、日にちさえ指定すれば曜日をぴたりと当てられたりとか、何かひとつのことに対して特殊な記憶力を持っていたりする、あれのことだろ?」
「そうです。ただそれが超能力とどう関係あるのかということは、わたしにも皆目見当がつきません。エリス博士にも、医師としての立場からどういう可能性が考えられるかを調べてもらってるんですけどね……とりあえずわたしができることとして調査したのは」Lがまたパタタタ、とキィを叩くと、今度は世界地図上の各都市に3とか2とか5といった赤い数字の示されたものが現れる。「世界中のあらゆる孤児院で、わかっているだけでこれだけの自閉症の子供が消えていることが判明したんです。それは時には誘拐であり、きちんと里親に引き取られたあとに行方不明になっていたりとケースは様々なんですが……まあかなりの人数にのぼることだけは確かです。ただ、この奇妙な偶然にこれまでわたしを含めた誰ひとりとして気づかなかった。果たして<殺し屋ギルド>という組織は自閉症の子供たちを集めて一体何をしているのか……」
「ようするに、次の俺の仕事はこれってことだろ」と、メロはカイ・ハザードとラクロス・ラスティス両名の顔写真をプリントアウトしながら言った。「それにしても催眠術師に超能力者とはな。指を鳴らしただけで自然発火だって?それじゃあ、銃で脅したり殺したりってことはまず不可能ってことだよな。不意でもつかない限りは……早い話が人間殺人兵器ってことじゃないか。マクブライド大佐は一体どこで彼女のことを知ったんだ?」
「殺人兵器として、今回のイラク戦争で試験的に実用化が決定したようです。そしてこれがきのうのアメリカの新聞各紙の見出しです」
 ニューヨークタイムズもワシントンポストもシカゴトリビューンもその他ほとんどすべての地方紙に至るまで、『イラクのファルージャ地区で奇跡的人命救助』と謳われた記事が第一面に掲載されている。焼け焦げた建物からアメリカ兵に救出された小さな女の子が泣き叫ぶ母親と抱きあっていたり、あるいは米兵とその家族がハグしあっていたりと写真のバリエーションこそ様々ではあったが、誰もそれが人為的に<作られた状況>であり、さらにその背後に超能力者などというにわかには信じがたい人物が存在するのだとは言い当てられなかっただろう。それこそ、同じ超能力者でもないかぎり。
「一応彼女はマクブライド大佐の指揮下で動いていたそうなんですが……べつにどうということもない、口数の少ない普通の少女だという話でしたね。ただし、身分としては傭兵のようなもので、ひとつの任務につき五百万ドルの金を軍の上層部に要求しているそうです。まあ、パトリオットミサイル一機の値段が二百万ドルですからね、そう考えれば良心的な値段といえるかもしれません」
「で、そのマクブライド大佐がLの側に着くことにしたのは、そもそもそのことが原因なんだろ?じゃあ、彼女がいつイラクを離れて、そのあとどこの国からどう移動するかも大佐を通じて俺たちにはわかるってことだ。俺はそのあと、彼女――ラクロス・ラスティスの足取りを追うってことでいいのか?」
「メロはいつも話が早くて助かります」Lはぬるくなった紅茶にどぼどぼと七つも角砂糖を入れ、銀のスプーンでかきまぜている。「でも、彼女はメロが考える以上に危険な人間ですから、尾行に気づかれたら最後だと思ってくれぐれも気をつけてください。それに彼女には間違いなく他に組織の仲間がいるはずですし、その人間がもし超能力者なら――さらに厄介なことになる可能性があります」
「そうだな。銃なんか向けてもむしろこっちが大怪我するだけだろうからな。指がふっ飛ぶくらいですめば、まだしも運がいいってところか。その上他の人間と彼女が接触した場合には、相手の能力は未知数……そもそも殺し屋ギルドとかいう連中には、頭目が十二人いるって噂なんだろ?一番上に立つのがピジョン・ブラッドとかいうコードネームを持つことを考えると、おそらくこれも相当血生臭い力だと考えてまず間違いない。しかもこいつが能力者として一番殺傷力の強いものを持っている可能性が高いんだろ?」
「ええ……」と、Lは考え深げに紅茶をすすっている。「もしこのラクロス・ラスティスという少女がピジョン・ブラッドなら、彼女の能力が攻撃力として一番殺傷力が高いということになるんでしょうが……考えにくいですね。それにまだまだわからない不確定材料が多すぎるんです。もし仮にわたしが謎の超能力集団の長だったとすると、自ら危険を冒してまで戦地で出稼ぎ行為など絶対にしません。間違いなく他の手下に命じて銀行強盗でもやらせますよ。第一、ユーロ紙幣の原版を彼らは盗難してるんですから、何故そこまでして今金が欲しいのか……」
「内部分裂、とか?超能力者VS超能力者なんて言っちまうと、今時三流の漫画雑誌でも流行らないようなネタだがな。とにかく奴らには莫大なほどの資金が必要になった。もしそれが内部抗争に端を発するものじゃないとすると、世界征服とか……あまりに突飛な話すぎて、自分でも話しながら笑っちまうが」
「いえ、考えられないことではありません。殺し屋ギルドという存在は第二次世界大戦後からあったことを思えば……もしかしたら彼らのボスが代がわりしつつも表舞台に登場してこなかったのは、それが原因だと考えられないでもないんです。殺し屋ギルドの初代統領はもしかしたら、たまたま何かの偶然の産物のようなもので、超能力を持っていたのかもしれません。その能力開発研究にナチスが関わっていた可能性もあるんですが、それはとりあえず横に置いておくにしても……第二次大戦後、ある極秘の機関が少しずつ超能力というものを研究してきた結果として、とうとうそれが表の世界にでてきてもいいほど、力が完成されたものになった。しかし超能力者なんて、TVにでてスプーンを曲げてるくらいならいいでしょうが、それが本当に本物ということになると……最終的には化物扱いされて魔女狩りのようなことさえ行われるとも限りません。そこで彼らにはこの世界を牛耳れるほどの莫大な資金がまず必要になったと考えれば……まあ、わたしも自分で言っていて、何やら三流のSF小説じみているとは思うんですけどね、今手元にある少ない情報からは、そんなことくらいしか頭に思い浮かばないんですよ」
 Lが軽く溜息を着いているのを見て、メロはなんとなくおかしくなった。Lほどの名探偵にもまだ解明できないことがこの世界にはあるのだと思うと、生きているというのはつくづく面白いことだとさえ、感じてしまう。
「とりあえずはまあ、俺はこのラクロス・ラスティスっていう女を追い、ニアはこっちのカイ・ハザードって男を追うってことになるんだろ?どっちが先に、この殺し屋ギルドなんていうふざけた名前の連中の正体を暴くことになるのか――競争だな」
 パキリ、とチョコレートの最後の一枚を食べ尽くすと、メロは胸の内ポケットに二枚の男と女の写真をしまいこんだ。Lの調べでは、殺し屋ギルドのメンバーとして顔と名前がわかっているのは残りふたり……ひとりはユダヤ系ポーランド人の富豪の男であり、いまひとりはアンドレ・マジードという名の、フランスの傭兵部隊に所属していたことのある男。つまり、これで十二人いるといわれている組織の頭のうち四名が判明したというわけだ。あとの八人の顔と名前と能力などを、果たして自分とニアのどちらが早く暴くことになるのか、それがどんな結果になるにせよ、メロは楽しみだと思った。
「さてと、チョコレートも食ったし、俺は今日はもう寝るよ。アブグレイブ刑務所の資料整理は、人権団体か国連に提出できるような形で明日全部まとめるから。リロイが最初にマスコミに告発することになるにしても、やっぱりそれだけじゃなく、あとから間違いのない精確な証拠ってのが必要になるだろうし」
「メロも、ニアみたいにジェバンニやリドナーのような使える人材が欲しいですか?もしなんだったら、その仕事は彼らに任せてもいいくらいだとも思いますが……特にジェバンニはそうした資料整理といったものが几帳面なほど得意なようですし」
「いや、これは乗りかかった船として、最後まで自分の力でやるさ」と、メロは眠そうにあくびをしながら言った。「それに俺はあいつみたいにいつも決まった部下と一緒にいるだなんて耐えられない。ひとりでいたほうがよっぽど気楽だよ」
「そうですか……ならいいんですが。とにかくメロはよくやってくれて、助かりました。これからもどうかよろしくお願いします」
「ん。そんじゃ、おやすみ」
 メロは伸びをしながら隣の居間となっている部屋へいき、マントルピースの上の、先ほど伏せたはずの自分の写真と目が合った。流石にもうチョコレートはお供えされていなかったものの、何やら自分が故人のように思えてきておかしくなる。
(ラケル、あんたはたぶんいい母親になるよ。べつに俺やニアでわざわざ練習しなくてもさ……)
 メロはフレームの中から自分の写真をとりだすと、びりびりに破いてそれを屑篭に捨てた。ラケルが眠っているであろう寝室の前を通りすぎ、他のゲストルームとなっている部屋へいく。メロはそこでベッドの上に横になると、久しぶりに感じるふかふかの枕や糊のきいたシーツの寝心地の好さに、吸いこまれるように眠りに落ちていった。
 いい意味でも悪い意味でも、メロにとっては一瞬前に起きたことはすべて過去だった。それは何もイラクへ行って帰ってきたことばかりをさすのではなく――彼にはそういう生き方しかできなかった。これから先も何か危険な任務を与えられ、命が危機に瀕する事態に何度遭遇することになったとしても、メロにとってはどんなこともすべて過ぎた瞬間に過去のことになってしまう。そして、目の前の先にある未来しか見ることはできない。彼自身、自分はおそらく長生きできないだろうと感じてはいるものの、それはそれでいいとしか思っていなかった。
 あとはその中でニアに負けないこと、Lの役に立てること、たまにラケルに会って彼女が幸せらしいのを確認すること、この広い世界でメロに大切なのはシンプルにその三つしかないのだった――とりあえず、今のところは。



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【2008/02/29 18:16 】
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