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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第18章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

          第18章

(特に今のところ、これといった妨害が入らないところを見ると、<リンクス>の奴は何を考えているんだろうな……メモ帖のほうは思った以上に多くの捕虜や囚人にいき渡っていた。あいつのこれまでのやり口からいくと、すでにそのことに気づいていたとしても不思議はない。さらにあのカマ中佐と結託しているであろうことを思えば、そろそろ俺が任務を終えてこの刑務所から出ていくだろうと勘づいているはず……なぜ何もしてこない?それともとりあえず泳がせておいて、刑務所の外へでたところで、身柄を拘束するという魂胆なのか?)
 メロはチョコレートを食べながら警備室の監視カメラを一瞬にしてすべて眺め、あまりにも事がすんなり運んだことに対して懐疑の念を覚えつつも、やはり最後の行動にでることにした。ハミード・ラヒーム・バドラーンのいる、ひどい匂いのたちこめる監獄まで出向いて鍵を開け、約束を果たしにきたことを彼に告げる。
 ハミードは半信半疑といった様子で自分を閉じこめる檻からでたが、その途端に全監房に警報のアラームが響き渡った。すぐにそれは警報装置の誤作動であることがわかったものの、メロは内心ひやりとした。
(俺が今日リロイと夜勤を交代したことは、直前になるまで誰にも話さなかった……それにハミードに<特赦>の令状がでるようにウィルソン中佐に話したというわけでもない。先に彼を外にだしてから、書類上の手続きをさせればいいだけの話だから、今この時点では何も問題はないはずだ)
 メロは自分の部下となった警備の兵士たちのことを、必要な人間には金で餌づけすることに成功していた。それに内部に腐敗した空気があることも、この場合はメロに有利に働いたといえる。第一、囚人のひとりをメロが外にだしたところで、何か問題が起きた場合には上官であるケール少尉本人が責任をとるはずなのだから、誰もメロに対して文句や注文をつけたりする者はいなかった。
 ところが、手錠に拘束された格好のハミードを連れてメロが警備室まで戻ってきた時――そこはもぬけの殻となっており、彼に従うべき兵士の姿はひとりもいなかった。
「ハーイ、金髪の坊や」
 M-16小銃を背中に突きつけられる格好となったメロは、とりあえず形だけ、両手を上げた。「お願いします、助けてください」とハミードがアラビア語で呟いているけれど、それをまったく聞こえないものとしてメロもメアリも会話を続ける。
「<リンクス>ってのは、やっぱりおまえか。さっきまで警備室にいたはずの兵士たちはどこへいった?奴らのうちのふたりは、俺が金で釣っておいたはずだが」
「坊やは詰めが甘いのよ。男っていうのは金と女の両方を同時に手に入れたいと考えるものだって、知らなかった?銀行口座に金が振りこまれたところで、そんなものは本国へ帰ってからでなきゃ、使いでがないじゃないの。それよりも目の前の誘惑物に手をだしたくなるのが人情ってものよ」
「なるほどな。リロイに近づいたのも同室である俺の動向を探るためってことか。あんたにかかれば大抵の男はまるで操り人形みたいになるのは、何故なんだろうな?俺にはあんたはただのあばずれ女にしか思えないが」
「口の聞き方には気をつけろって、マギーも言ってたでしょ」メアリは銃口をぐいとメロの背中に押しつけながら言った。「<彼>に感謝するのね。じゃなかったら今ごろ、あんたの命は本当にないわ。もしマギーがあんたのボスの側にではなく、ディキンスン少将のほうに忠誠を尽くすことに決めていたら、あたしもあんたの敵のままだった……でも<彼>がLの側につくと決めたから、今この場で殺されずにすむんだってこと、この先も忘れるんじゃないわよ」
「ちょっと待て。どうも話が見えないな」と、メロは手を下ろして考え深げに眉を曇らせる。「あんたの言う<彼>っていうのは誰だ?第一あんたはディキンスン少将の直属の部下なんだろう?この任務を失敗に終わらせるということは、将軍を裏切るっていうことだ。それでこの先どうやって軍部で生きのびる?」
「結婚退職よ」メアリは事もなげに言い放つ。「マギーが、今回の任務が終わったら結婚しようって言ってくれたの。だからあんたのことを殺す必要はないし、CIAからは足を洗うようにって説得されたのよ。第一、わたしもマギーも最初から組織としてのCIAなんてこれっぽっちも信用してなどいなかった。ただ裁判で勝つために、奴らと裏取引したっていうそれだけよ」
「何やら興味深い話だが、あんたに俺を殺す気がない以上、ここに長居は無用だとは思わないか?まずはここから出たあと、今後のことを話そう」
「それもそうね」と言って、メアリは銃を下ろし、彼らの英語による会話がまったくわからずに怯えているハミードに「ほら、いくわよ」とアラビア語でせっついた。
 外にはメアリが用意した軍用のジープが手配してあり、彼女が運転席に座ってハンドルを握った。検問所のほうもほとんど顔パス状態で通過し、うっすらと白みがかった太陽の昇る方向に向けてジープは砂漠の道を進んでいく。
「ほら、これがあんたの航空チケット。バドラーンのことは、あたしがうまく後のことを処理してあげるけど、あんたは人間としても男としてもまだまだ甘いわね。もしわたしがあんたなら――例の捕虜や囚人への聞きとり調査の紙を回収した時点で、バドラーンのことは置いていくわ。第一、そんなメモを配るというやり方もしない。カメラに証拠の映像がばっちり映ってる上に、事務室のコンピューターをハッキングすれば、写真を押収するのは簡単だったはずよ。あんた、知ってた?ウィルソン中佐の使用してるパソコンにはそれ専用のデータファイルがあるのよ。あの嗜虐趣味の変態男」
「はは。まさかとは思うけどあんた、情報を得るために、あのサディストの趣味につきあったことがあるとか言わないよな?」
「冗談でしょ」と、メアリはぞっとしたように片手でもう片方の腕を抱いている。
「まあ、なんにしても、捕虜や囚人の意識調査を行うことを考えたのは俺じゃないさ。Lが看守の兵士がどういう虐待行為を行っているかより、それを受けた人間がどう感じているかを知りたいって言ったから、ああいうまだるっこしいやり方をしたわけだ。結局のところは俺もあんたと同じだな。べつに上から受けた命令が正しいか間違っているかなんてどうでもいい。ただ自分に与えられた任務を果たすっていうそれだけだ」
「そういうことね」と、メアリは素っ気なく応じて肩を竦めている。「ひとつだけ聞いておくけど……あんたはなんで空母にいる時、あたしのことを抱かなかったわけ?一応念のために言っておくと、女としてのプライドがどうこうって話じゃないのよ。もしあんたがこの道のプロだとでもいうんなら――ああいう時は女から情報を引きだすのが常套手段ってものでしょ?」
「さあね。俺はあの時ふたつのことしか考えていなかった。ノックスの野郎と今後面倒なことになりたくないということと、それ以外にも直感的にあんたに手をだしたら後々まずいことになりそうだとしか思わなかった。第一、そうしておいて正解だったと思う。じゃなければ間違いなく今ごろ俺は死んでたよ。そうだろ?」
「…………………」
 思ったほど馬鹿ではないらしい、そうメアリは内心メロのことを評したが、最初からこういう種類の男と出会えていれば、自分の人生も全然違っていただろう……そう思うと、何か不思議だった。メアリはCIAから声がかかる前までは、海軍兵学校を卒業したばかりの一少尉であり、任務中にレイプされそうになるという事件が起きる度に、当時は泣き寝入りを強いられてきた。ところが実際にレイプされるという被害がでてはじめて、軍部はにわかに裁判で勝訴できるよう周到な根回しをしはじめたわけである。当然そんな裁判などは軍の恥であり大変なスキャンダルでもある――だが、メアリは今度こそはどんなに脅されようとも自分の意志を曲げるつもりはなかった。そしてそこへ折良く登場したのがCIAというわけだ。彼らはメアリが裁判で必ず勝てる一本の録音テープを入手していると言った。偶然、メアリがレイプされた部屋には軍部に紛れこんでいる諜報員が他の任務のために盗聴器を仕掛けていたというのだ。だがそのかわりに今後は、メアリ自身がCIAのエージェントとしての訓練を受け、彼らに情報を流す諜報員となることになったというわけだ。マギーの場合も話の流れは大体似たようなものだった。ただし彼女の場合は二度とも未遂に終わった上、陸軍内部に強大な権力を持つ父親を持ったお陰もあり、笑い者となって社会的に抹殺されたのは相手の男のほうだった。その時の裁判の記録を見ると、相手の陸軍大尉が過剰防衛ともいえる激しい抵抗にあい、頬骨と肋骨を損傷していることがわかる。だが彼女が裁判で勝てるように色々な根回しを行ったのは、軍部のCIA諜報部であった。こうした経緯から、マギーはディキンスン少将の元でCIAに協力するようになったというわけなのである。
「……聞かないのね、なんであたしがマギーと今のような関係になったのかとか、そういうこと」
「べつに、興味ないな」と、メロはポケットからチョコレートを取りだして食べている。「あんたらはまあ、女にしては大したものだということは、俺も認めないわけにはいかないし――あんたのいう例の<彼>は、そこらへんに転がってる男よりよっぽど男らしいよ。彼に比べれば、他の男なんてステーキについてくる添え物ほどにも価値がないとあんたが思うのも当然だ。まあ、結婚したらお幸せにってとこかな」
「ふうん。やっぱり面白いわね、あんた。結構男として見どころありってとこかもね」
「そうか?俺は今最初のあの時点でなんであんたがCIAのまわし者だと気づかなかったのか、後悔してる。それにアブグレイブ刑務所で顔を合わせた瞬間にあやしいと気づくべきだったのに、リロイも一緒だったせいもあって、すぐには思い当たらなかった……あんたの言うとおり、どうやら俺はまだまだ甘いらしい」
 メアリはバグダッド国際空港に向けてジープを走らせながら、くすりと笑った。自分のことを素直に甘いと認めることができるというのは、メアリに言わせれば器の大きい証拠だった。
「ところでそのリロイって坊やだけど、どうやら不名誉除隊処分が決定しそうよ」
「なんでまた?」と、メロは特別興味なさそうにチョコレートを食べ続けている。
「捕虜や囚人に対する虐待の件で、一暴れしたみたいね……確かあんたが非番の時のことだったと思うけど、同室の相棒のくせして何も聞いてないの?」
「ようするにまあ、あまりに潔癖すぎてもこの世は渡っていけないってことか」
「そういうことね」
 メアリとメロが英語で話す会話を訳もわからず後部席で聞いていたハミードだったが、バグダッド国際空港でメロと別れることがわかるなり、滂沱と涙を流した。「あなたはわたしの命の恩人です」とまで言われてしまうと、流石にメロとしても面映ゆい。
「あー、べつに俺、自分のためにあんたのことを利用したってだけのことだから。ようするにギブアンドテイクっていうかさ、あんたのお陰で俺も助かったってわけ……まあ、これから大変かもしれないけど、がんばって生きていってくれ、以上って感じかな」
「とりあえず誤認逮捕ってことで、軍から賠償金がでるように手続きはしておくけど……普通はここまでアフターフォローはしないのよ。ただ甘ちゃんのあんたに合わせて、今回はおまけしといてあげるわ。これがあたしにとって最後の任務でもあるしね」
「じゃあ、あとのことはよろしく頼む。あんたが味方になってくれて、本当に助かった」
 メロはアラーの神に感謝までしはじめているハミードに手を振り、メアリには軽く敬礼をした。ふたりと別れたあと、メアリから受けとった航空券を手にして、バグダッド国際空港へ迎えの飛行機がきている姿を探す……四月四日、第三歩兵師団がこの空港を占拠する前まで、ここは『サダム国際空港』と呼ばれていた。その時の戦闘でここではイラク人三百人あまりが死亡したという。
 空港には「イラクエアウェイズ」の航空機が何機か翼を失った鳥のように駐機していたが、メロはメアリから受けとった<航空チケット>を見ながら、ワタリが自家用ジェット機を待機させているであろう場所を探していた。途端、携帯電話が胸の内ポケットで震える。顔を上げて見ると、柔和な顔立ちのイギリス老紳士が、ジェット機のコックピットから手を振っているのがわかる。
「任務、ご苦労さまです」
 コックピットの後ろの座席へ荷物を放り投げると、メロはワタリの隣に腰掛けた。
「こっちこそ悪いな。こんな地球の裏側くんだりまで呼びつけちまってさ。正直、まさかこんなに早く迎えにきてくれるとは思わなかったぜ。第一、自分でヨルダン国境を越えるかなんとかして帰ろうと思ってたくらいだし」
「いえいえ、とんでもございません。このくらいのことはむしろ当然ですよ、メロが今回してくれた任務に比べれば……」
 ジェット機は滑走路に入り、速度を上げたあと、イラクの砂漠の大地を遠くあとにした。メロは眼下に広がる、イラク西部の果てしなく寂しい砂漠を目にしながら、柄にもなく少しばかり感傷のようなものに浸ってしまった。今回自分が請け負った任務はそう長期間に渡るものではないのに……あまりにも色々な経験を一度にしすぎたせいか、もう何年もこの地で暮らしていたかのように錯覚すら覚えてしまう。こうして上空から地上を眺めると、どこにも<国境>などないように見えるのに、そんなものがあるばかりに一体これまでどれほど多くの血が流されてきたのかと、そんなふうにさえ感じる。そして、今こんなふうに大地から遥か離れた平和な空の上からは、すべてがはっきりとしていて明瞭であるように感じられるのが不思議だった。何が正しくて何が間違っているのか、善とは何か、悪とは何なのか……そうした観念論としての善悪論や道義的な意味での正義や悪といった概念は、実際にはそこに生きる人々にとって、<局地的>な意味しか持たない。<全体>として正しいことが局地的には悪いことであったり、その逆も十分あり得ることを思えば、全体としての正義や善に参加することが、必ずしも正しいとはいえない。局地的に見た場合の<悪>が全体としては善の一部として益となりうるという考え方を、少なくともメロは容認することはできなかった。
(まあ、これはLの受け売りだけどな)と、メロはワタリが持ってきてくれたチョコレートを受けとると、早速銀紙を破いてパキリと食べている。
 メロにとっての自由の味――それは何よりもお気に入りのビターチョコレートの、ほろ苦い甘さであった。



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【2008/02/27 15:51 】
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