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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第13章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

          第13章

「Lの目的はアブグレイブ刑務所の査察ということで間違いないというのは本当かね、ディキンスン少将」
 今回のイラク戦争において、総指揮権を委ねられているダニエル・アームストロング大将は、バグダッドの元大統領宮殿の司令室にて、ディキンスンの報告を受けているところだった。イラク戦争はワシントンではすでに政治的に終結した戦争となっていたが、イラクは実質的にいまだ戦地であり、軍事的な力を行使して行わなければならないことが山積している状態だった。アームストロングは将軍会議が終わったあと、ディキンスンひとりを自分の司令室へ呼びつけ、またしても増えた頭痛の種を前に、悪態をつきたいような気分だった。
「表向きには、釈放したい囚人がいるとの話でしたが、まず嘘とみていいでしょう。Lの密偵は刑務官を装いつつ、超小型の隠しカメラなどで虐待の証拠となるものを押さえ、中から適当にひとりの囚人を選んで亡命させるつもりなのではないでしょうか。将軍、この場合我々のとる道は三つしかありません。ひとつ目はメロというLの密偵を始末する、ふたつ目は彼の思ったとおりにさせ、真実をLに報告させる、三つ目は今から証拠をすべて隠蔽し、刑務官すべてに徹底した模範的な態度をとるよう指導するかのいずれかです」
「君にしては術策のバリエーションが少ないようだな」と、アームストロング将軍は笑う。先のミサイル攻撃はディキンスンの提案ではあったが、最終的に攻撃目標への発射許可を出したのは彼だった。
「して、ふたつ目の真実をLに報告させるという点だがね、それが彼にわかったとしたら、Lはどのような対応をすると思うかね?軍部もそれだけ追い詰められているのだと我々に同情し、イスラム教徒にはこれからも鞭だけを加え、飴など与える必要はまったくないと判断してくれそうかね?」
「それはありえないでしょう」ディキンスンもまたどこか自嘲的な笑みを頬に刻んだ。彼はこうしたアームストロング将軍の頭の軟らかさが好きだった。コンクリートブロックで殴りつけても気絶しないような石頭が自分の上官だったとしたら、今ごろ家でゴザでも編んでいたほうが遥かにマシだとそう思う。「第一、それであれば、密偵に短期間で特殊訓練を受けさせ、こんな地球の裏側まで彼を派遣する意味がまるでありません。Lはとにかく虐待の確かな証拠が欲しいのだと思います。問題は何故それがLにわかったのか、情報が誰から漏洩したのかということですが、彼以外にももし同じ事実を握る第三者が存在するのであれば、事が露見するのは時間の問題かもしれません。こうしたことについてのLの態度というのは終始一貫していますし、彼がCIAや我々と何か裏取引のようなものをして自身のこれまでの潔癖さを汚すようなことはないと思われます。いずれにせよ、もはやマスコミにわかった時の対応を審議しておくに越したことはありません」
「あと、もう少しなんだがな」と、アームストロング将軍は机の前から立ち上がり、星条旗のかかるその隣までいって、手を後ろに組んでいる。彼はもともと恰幅のいい人間だったが、ここイラクへきて五キロほど痩せていた。それが暑さのためなのか、両肩にかかる荷の重さからくる心労のためなのかはわからない。おそらくは、その両方のためだったろう。「せめて悪の象徴たるフセインが捕まるまで、時間稼ぎできないかね?いまだに問題の生物・化学兵器が発見されない以上、今回の戦争の正当性はますます危ういものとなっている。兵士の脱走や自殺、本国で休暇をとったまま戻らないといったことに対して、世論は極めて同情的だ。人は心のない鬼のように我々のことを断罪するかもしれないが、安全な場所にいて、エアコンの効いた部屋でシャーベットやアイスを食っているような連中に、とやかく言われたくはないものだ。とにかく捕虜には多少手荒い方法をとってもフセインの居場所を吐かせる方向でいけ。その結果Lとやらがマスコミに情報をリークしたとしても、フセインが捕まったあとでなら、わしはかまわん」
「それであれば、将軍」と、今度は酷薄な笑みをディキンスンは顔に浮かべて言った。マギー・マクブライド大佐が彼のことを信用できないと思うのはこういう瞬間だったが、アームストロング将軍はこの時、彼のこの言葉こそを待っていた。「<リンクス>にLの密偵であるメロとやらを殺らせましょう。リンクスにはすでに、アブグレイブ刑務所で刑務官の仕事に就かせています。そこでメロとかいう坊やは証拠の写真を撮るなりなんなりするでしょうが、最終的に彼をも捕虜の死体と一緒に運びだすという算段をとれば……結果としてLは何も手だしができず、ただ有能な部下を愚かにも死なせてしまったとの後悔だけが彼には残ることになるでしょう」
「うむ。やむをえまい。これも軍とそこに所属する兵士を守るためだからな」
 会話の流れが最終的にこうなるであろうことを、ふたりはよくわかっていた。だが大切なのは最初にいくつか提案があり、その中で最善の策を選びとるというプロセスがあることなのだ。例えば、最低でも十人以上の兵士が死ぬ可能性がある作戦と、三十人以上の兵士を失う作戦とでは、誰もが前者の術策を選びとろうとするだろう。無血の戦争などというと聞こえがいいが、結局のところ犠牲者がひとりでた段階で、残りの踏み越えというものは存外に容易いものになる。ひとりの兵士の死を無駄にしないために、後続の兵士が続いていき、その連鎖反応としての<戦死>は上から見下ろす者の目には単なる数量計算に近いものとなっていく……もっとも、アームストロング将軍もディキンスン少将もかつてあった戦争において、陸軍の前線で何度も命を危険に晒したことのある強者であり、そういう意味で彼らは決してアメリカ兵の命をひとりたりとも無駄にするつもりはない。兵卒のひとりに至るまで、その人生や本国に残してきた家族のことをまるで我が事のように想像力を働かせることもできる。しかしながら、それが他の<敵>の命の話となると、そちらについてはもう完全に冷徹なまでに単なる数量計算として命を扱う準備ができているのだった。簡単に言うとすればそれは、十人のイスラム教徒の命よりもひとりの米兵の命を救うことのほうが大切であるということであり、軍に一時的にネズミが混ざった場合においては、ネズミの持つ黴菌が他の兵たちに感染しないためという簡単な理屈により、呆気なく排除してしまえるのである。
 こうしてメロは、まるでコレラやアメーバ赤痢でも媒介するような雑種分子として扱われることになり、暗殺者の手で隠密に殺害せよとの命が、正式に上で決定された。確かに彼はフセインが保有していたと言われる生物・化学兵器よりもある意味厄介ではあった。炭素菌、ボツリヌス毒素、ブルセラ菌、ツラレミア菌などを爆弾として投下されるのもおそろしいが、<外>からのものは防毒マスクなどで防ぐことが可能かもしれない。だが極めて原始的ともいえる病いにかかって<内>からじわじわと責め苛まれるくらいなら、いっそのこと潔く銃弾でも浴びたほうがまだしもましだったろう。アームストロング将軍やディキンスン少将にとって、この場合Lやメロというのはそのような存在に他ならなかった。
 そして<消毒作業>をたったひとりの人間に行うことで軍の機密を守れるならば、それはしかるべき犠牲であり、蚊に血を吸われるのを防ぐためにぴしゃりと自分の肌を打っても誰も罪悪感など抱きはしないというわけだった。

「へーっくしょん!」
 メロは窓を開け放したまま束の間寝入っていたが、西の方角に陽が沈み、あたりが寒くなってきたことにより目を覚ましていた。昼間は信じられないほど暑いにも関わらず、夜にはゾクゾクするほど寒くなるという砂漠の気候は、間違いなくメロの体の奥にある感覚機能をどこか狂わせていた。
(俺、そういえばなんか忘れているような……)
 人間は寒すぎても風邪をひくが、暑すぎても似た症状を呈するものだということを、メロはイラクへきて初めて知った。摂氏四十度の世界では、あまりの暑さのために頭がぼうっとしてまるで熱があるかのようだったし、その他くしゃみや鼻水がでるなど、まるで環境に慣れるために体が一時的に反乱でも起こしているかのようだった。
(ま、チョコレートを一枚食えば治るさ)
 そう思ってチョコに齧りついた時、メロは自分が何を忘れていたかを思いだした。彼にとってチョコレートは、記憶の活性化にも不可欠なものだったらしい。
(きのうLに連絡しようと思ったら、携帯が繋がらないんだもんな。イラクは電波状況が悪いのかどうか知らないが、これで繋がらなかったら、何か別の通信手段を考えないと……)
「ああ、もしもし、L?」やたら雑音が入りはするものの、かろうじて交信は可能だった。
『メロですか?』と、何か本当に地球の裏側から宇宙人が話しているような声が聞こえてくる。『連絡がとれなくて心配してたんです。そちらの状況はどうですか?』
「まあまあ予定通り、うまくいってるほうだとは思うが、早ければ明日か明後日にでもアブグレイブ刑務所に移ることができそうだ。ただし、今日マクブライド大佐と話した感触では、軍の連中も何か薄々勘づいているのかもしれないとは思った。もしなかなか刑務所のほうへ刑務官として回してもらえないようなら――先に隠蔽工作が行われる可能性があるかもしれないが、どうする?」
『そうですね……その場合は申し訳ありませんがメロ、一度こちらへ帰ってきてください。せっかくここまでしてもらっておきながら本当に申し訳ないのですが、メロに頼みたい仕事は他にも色々ありますし、何よりミサイル攻撃されたというのがわたしは引っ掛かります……先日マクブライド大佐から連絡が入って……』
 ここでザーザーと砂嵐のような雑音が入ったあと、突然ブツリと通話が途絶えた。
「ったく、使えねえなあ。最新機器」
 そんなふうに思いながらメロは、ベッドの上に携帯ほ放り投げる。イラクには<ソラヤ>という衛星携帯電話があり、そちらは電波状態がいいらしいのだが、メロはフセイン政権時代には携帯電話の内容はすべて傍受されていたという話を聞いていたので、一応用心のためにアメリカから持ってきた携帯しか使わないことにしていたのだった。
(まあ、どのみち)と彼は思う。(Lがもし仮に危険だからもう帰ってこいと言ったにしても、俺は戻る気はない。明日か明後日向こうへ連絡を入れて、少し待ってくれと言われるようなら、考えなければならないだろうが……すぐに赴任許可がでるようなら、必ずこの目で見て物事を確かめてからでない限り、俺はイラクから出ていく気はない。もしアブグレイブ刑務所で<模範指導>のようなものが行われたにしても、囚人から話を聞いて事の真偽を確かめるのは十分可能だ)
 そしてメロは、通話が途切れる直前にLがマクブライド大佐から連絡があったと言っていたことを思いだし、Lがすでに例のミサイル攻撃のことも知っていたということは、やはり彼女は道義的に<正しい>側の人間なのではないかと感じていた。自分に対するすげない態度はようするに、正規の軍にどこからか得体の知れない野良犬が混ざってきたことに対する嫌悪感の表れだったのかもしれない。だとしたら、彼女がせめても礼儀を尽くして口を慎めと言った気持ちがメロにはわからないでもなかった。
(まあ、明日電話する時にはお行儀良くして、言葉遣いには気をつけるさ)
 チョコレートを一枚食べ終わり、糖分を体内に補給するとメロは、外のレバノン料理をだす店へと軽く食事をしにいくことにした。何しろクウェートに上陸してからこっち、ろくなものを食べていなかった。MREの美味しい食事のことを思いだしてみただけでも、反射的に眉根が寄る。とにかくまともな物を食べれる時にはしっかり栄養分を補給しておくことだとメロは思い、ディナール紙幣をポケットの中に何枚か突っこんだのだった。



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【2008/02/21 13:05 】
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