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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第Ⅸ章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

       第Ⅸ章

 マギー・マクブライド大佐はその時、バグダッドにあるアメリカ軍の作戦統合本部――元はフセイン大統領の宮殿があった場所――にいた。彼女が午前中、敵ゲリラから攻撃を受けた兵の手当てをしていると、ディキンスン少将から連絡が入り、すぐに本部基地へ戻るようにとの通達がなされた。マクブライド大佐はIED(即製爆発物)によって負傷したアンダーソン二等軍曹とハンター一等兵のことを部下の衛生兵に任せると、一時ファルージャを離れて、ハンビーでバグダッドにある作戦統合本部へ向かうことにした。そこでマギーは<例の坊や>がとうとう今日にもイラク入りしそうだとの話をディキンスン少将より聞かされたというわけだ。
(そんなくだらないことのために自分はわざわざ呼び戻されたのか)と、猛烈に腹が立って仕方がない。スンニ派トライアングルと呼ばれるラマディやファルージャでは治安が悪く、これまでに何人もの彼女の戦友が命を落としたり負傷したりしている。今だって、ファルージャ市内をパトロール中にIEDに吹き飛ばされたふたりの下士官を衛生兵に任せてやってきたのだ。得体の知れない<L>などという人物の派遣した年端もゆかぬ坊やのために、医務官としての職務まで放棄しなくてはならないとは……これがもしディキンスン少将の命令でなければ、マギーは「お言葉ですが、上官殿」と控え目に抗議をこめた意見を述べていたに違いない。
「知ってのとおり、わたしは今忙しくて手が離せない」と、応接室でディキンスンは手短に言った。「かといってこれは大佐以外の誰かに任せられる仕事というわけでもない。そこで……マクブライド大佐には二、三日バグダッドに留まってもらい、例の坊やの相手をしてもらいたいんだ。わかってほしいんだが大佐、このことはわたしにとっても本意ではない。ファルージャの駐屯地に大佐がいないというだけでも、軍の士気は落ちるということをわたしはよく知っている。いざとなったら銃弾の摘出手術だけでなく、その他整形外科的な手当てや内科的な処置に至るまで――マクブライド大佐に任せておけば、必ず事態はうまくいく、良くなると上はマックイーン中佐から、下は一平卒に至るまで、みながそう信じているんだ。その女神といっていい存在の大佐を、彼らから取り上げるような酷いことはわたしもしたくない……何、君が坊やの相手をするのはほんの二、三日の間のことだけだ。どうかそこを理解してらもらいたい」
「わかりました、ディキンスン少将。して、<リンクス>はどうしました?」
 リンクス、というのはディキンスンの直属の部下で、言ってみれば陸軍の正規の特殊部隊とはまったく別の意味での、特殊工作員だった。ちなみにリンクスというのはあくまでも通称としてのコードネームである。
「例の坊やにさりげなく張りついて、逐一報告をもらっていたが……殺してもいいかどうかという打診があってね、流石にそれは困ると返事をしたわけだが、とりあえず威嚇だけはしておいたよ」
 革張りのソファに深々と腰かけるディキンスンからファイルを受けとり、マギーはその中から何枚かの衛星写真を取りだしている。
「これは……っ!将軍、何故こんなことをなさったのですか!」
 マギーは驚きのあまり、目を見張った。そこにはミサイル攻撃を受けて逃げまどう、四人の兵士の姿があった。マギーの中ではこんなことは決して許してはならないことだった。
「このうちのひとり……例の金髪の坊やは五百歩譲っていいとしましょう。でも他の三人はどうなんですか。彼らも<L>の部下だという証拠でも新たに上がったんですか?もしそうじゃないなら……」
「そうじゃないなら、なんだね?」
 マギーはディキンスンの冷たい青い瞳に射竦められて、沈黙した。
「残念だよ、マクブライド大佐。このことには大佐も賛成してくれるとばかり思っていたのに……今のわたしたちにとって、<L>の派遣した密偵などはただの小うるさい蝿にすぎん。これに懲りてさっさと退却願ったほうがお互いの利益のためだと、そうは思わんかね?」
「たかがその小うるさい蝿を追い払うためだけに、ミサイルまで発射したというのでは、それこそお笑い草ではありませんか」
 ふたりはしばしの間睨みあったが、先に視線を外したのはディキンスンのほうだった。彼は忙しい身で、何より時間がなかった。本当ならすぐにもオペレーションルームのほうへ戻らなければならないのだ。
「とにかく、例の坊やのことは大佐に一任する。それとこのミサイルの件についてだがね、わたしは射手にわざと攻撃目標を外すように命じたんだよ。そこのところを勘違いしてもらっては困る」
(もしそれで仮に四人が全員死亡したとしても、構わなかったくせに)
 マギーはそう思いはしたものの、あえて口には出さなかった。作戦統合本部――元大統領宮殿の目立たない一隅に特別作戦本部という仮の名称の部屋をあてがわれ、そこで例の坊やと密会するよう指示された。会話の内容は必ずディキンスンにも聞こえるようにとの配慮から、室内に盗聴マイクが仕掛けられている。マギーはその部屋でひとり夜を過ごしながら、リンクス、あるいは金髪の可愛い坊や――通称メロとかいうらしい――のどちらかから、連絡が入るのを待っていた。
 もし二、三日中にメロとかいう坊やから何も連絡がなければ、自分のこの窓際族のような待遇は一週間でも二週間でも引き伸ばされることになるだろう。マギーは何よりそれが一番心配だった。ファルージャで司令官として指揮をとっているのはマックイーン中佐だ
が、階級は大佐であるマギーのほうが上である……つまり、軍の規律によって女性は戦闘行為に参加できないことになってはいるものの、マギーは今年の三月からずっと彼とふたりで作戦を決め、それを実行に移してきたのだ。本来、医務官というものは命令系統については弱い役割しか果たさないが、マックイーン中佐は陸軍の空挺学校で彼女と同期であり、マギーが女性とはいえ男性並みに――あるいは男性以上に戦えるということをよく知っていた。またマックイーンの部下たちもみな、マギーのこと上官して好いていた。愛してさえいたと言っても過言ではない。そしてそれと同一のことが、十二年前の湾岸戦争時にも起きていたことを、マギーは思いだす。
 湾岸戦争でも彼女は優秀な医務官として働いていた。味方のヘリコプターが敵の攻撃により撃墜され、存命中の兵士の怪我の手当てのために現場へ急行したところ――マギーはイラク軍の兵士に捕えられ捕虜となった。だが、敵の内部情報を得た上でそこから脱出し、突撃寸前の態勢を整えていた特殊部隊と合流、脱出した際にイラク兵を数十人殺したことにより、その武勲を称えられ女性で初めての名誉勲章を得たというわけである。さらには戦争終了後、難民となった何十万というクルド人の救援活動を行い、マスコミはこの女性将校のことをまるで女神か何かのように書き立てたのだった。人々は戦争中にあった美談というものを好むものだ。たちまちどの新聞の紙面にも週刊誌にも、マギー・マクブライド中尉がクルド人の子供を抱いて美しく微笑む姿が掲載され、彼女が本国へ戻るなりTV局やあらゆる種類の雑誌の取材が殺到したのだった。
 正直いってマギーは、一般市民のそうした熱狂ぶりに当惑を覚えていた。彼女にとってイラクという土地は戦地であり、クルド人に救援活動を行っている最中も自分の任務に集中するだけで手一杯で、本国で自分がどのように扱われ報道されているかについてなど、知る暇もなかった。確かに新聞社の記者に写真を撮られたり、コメントを求められて二言、三言返事をした記憶はある。だがマギーに言わせれば、メディアの連中が多少脚色を用いたことも事実だった。第一、単に自分が<女性だから>という理由によって特別扱いされたのでは、他の自分と同じようにクルド人に救援活動を行っていた部隊の将校たちはどうなるのか?そのひとりひとりが紛れもなく英雄ではないか……とはいえ、軍内部にマギーのことを妬むような狭量な人間は少なかった。むしろ彼女のお陰で自分たちの活動がアメリカ本国でよく知られることとなり、結果としてマギーが注目されたのは良いことだったとする向きが大半だった。
 しかしその後、イラクのこともクルド人のことも、すぐに多くの人々の間では注目に値しないニュースとして、その重要性は低いものになっていった。人心というものはそんなものだ。だがマギーはその後の軍人生活で、クルド人のことを忘れたことは一度もない。自分があの時妊婦からとり上げた赤ん坊はどうしたろうか、いつもそばにまとわりついていた子供たちも、きっと今ごろ大きくなったことだろう……そう思っただけで、胸に熱いものがこみ上げてくる。何故なら湾岸戦争後、アメリカはイラクに対して中途半端などっちつかずの曖昧な態度をとり続け、多くのシーア派イスラム教徒やクルド人たちを見殺しにしてきたからだ。もちろん歴史や戦争といったものに<もし>という仮定は禁物ではある。だが湾岸戦争時に大統領がもし、反政府勢力に約束したとおり、フセイン政権の転覆にまで手を貸していたのなら、その後報復措置として何万人ものクルド人やシーア派イスラム教徒が殺されることはなかっただろう。
(そして今度の戦争だ)と、マギーはきっちりと結い上げた黒髪をほどき、頭を振った。今は夜中の十二時近くである。例の坊やからも<リンクス>からもまだ連絡はない。
 マギーはファルージャ地区の衛星写真を眺め、市街戦のための戦略を練りはじめていたが、この状態ではいつ戦線に戻ることができるかわからないと思った。マギーは今、軍内部で女性兵士の輝ける星とでも呼ぶべき存在だったので(それも彼女に言わせればお笑い草なのだが)、そうしたイメージ・シンボルとしての彼女に軍の上層部は汚れ役を与えたいとはまったく思っていなかった。つまり、医務官としてであれマクブライド大佐が<あの悪名高きファルージャにいる>ということは、軍の広報官にとってあまり喜ばしいことではないということだ。今後さらに、何かマスコミが大きく注目するような大事が起きた場合、彼女はおそらく身を引くことを上から言い渡されるだろう。最後には「あなたの立派なお父上がどんなに嘆かれるか……」という泣き落としまで入るに違いないが、マギーは自分の指揮する部隊に仮にどんな不祥事が起きたとしても、責任をすべて引き受けるつもりでいた。きのうは尊敬していても、明日は軽蔑しているかもしれないメディアや一般大衆に媚びへつらって、一体何になるというのか。
(父ならば、話せばわかってくれる)
 確かに、マギーが女性として初の名誉勲章を授与されたことの裏には、間違いなく陸軍中将として先ごろ退役した父親の存在があった。ディキンスン少将をはじめ、陸軍の上層部の現在の多くの将官たちが、彼女の父親の親しい友人ないしは元部下で占められている。また陸軍内部には彼女の父親に随分世話になったというたくさんの将校たちの存在もあり、それがマギーのことを他の女性将校とは間違いなく別の存在としていたのだった。
(<L>か……)と、マギーは自分の父親のことを思いだすのと同時に、先日初めてモニター越しに会話をしたLという人物のことを何故か思いだした。彼は年齢も不明なら、顔も名前も人種すらも不明という謎の人物で、その正体はCIAですらいまだ解きあかせていないという。けれどもマギーは<L>という人間に対して、自分の父親が持っているのと同じ、ある種の犯すべからざる謹厳な正しさともいうべき、何か一種独特の神聖なものさえ持つ人物だと感じていた。CIAは彼が色々な事件に首を突っこむだけでなく、いくつもの難事件を解く鍵をこれまで数多く握ってきたとの経緯から、彼には頭が上がらないと聞いている。今度のことも、一体何が目的なのかはわからないが、<L>が正しいことにしか興味はないということが我々にはわかっている、だが時にその<正しいこと>が我々には余計であり、邪魔なことなのだ……マギーはCIAのスタンスフィールド長官からそのような話を率直に聞かされたことがあるのを思いだして、微かに笑った。
(あんな年端もゆかぬような可愛い坊やを寄こしてどうするつもりなのかと思ったけれど、連絡ひとつ寄こさぬところを見ると、内部に敵がいることくらいは悟ったということか。大体、この<リンクス>からの報告書を見てもわかる……勤務後すぐにノックス中尉と問題を起こし、翌日には中尉と彼に従う取り巻きを征伐。こんな目立つことをするようでは、密偵としては失格どころか話にすらならないといえる。にも関わらず、<L>がこの者を選んだのにはそれ相応の理由があるはずだ……Lは正しいことにしか興味はない、か。わたしももしかしたら彼のこの<正しさ>に賭けてみるべきなのかもしれない)
 マギーは、ディキンスン少将のことを数多くの実戦経験と功績のある、有能な上司として尊敬してはいたが、人間としては腹に一物ある人物として、心からの信頼感を持ったことは一度もなかった。彼は今も何か極秘の作戦の指揮をとっており、それをどうも<L>には絶対に知られたくないらしい……Lの部下がもし仮にその作戦――<ファイアー・スターター作戦>と呼ばれているらしいが――の全貌を知るに至ったとしても、Lと呼ばれる人物がそれをマスコミにすっぱ抜いたり、敵陣営に情報を漏洩したりすることなどありえないのに、何故そんなにも隠したがる上、自分にすらその内容を教えてもらえないのか?
 マギーは逡巡したが、やはりもう一度<L>とコンタクトをとってみる必要があると感じた。もちろん部屋には盗聴器が仕掛けられている。だがそれなら、パソコンでメールを一通送ればいいだけの話だった。

<わたしの上司が、あなたの部下を昨日ミサイル攻撃しました。しかしご安心ください。ミハエル・ケール少尉は現在も存命中であり、目下のところは行方不明となっているだけです。彼も単身あなたに送りこまれたほどの部下なのですから、必ずや何か策を立て、わたしの前に姿を現すなりなんなりするでしょう。信じてもらえるかどうかはわかりませんが、わたしはあなた方の敵でもなければ味方というわけでもありません。ただ、ディキンスン少将があなたの部下をミサイル攻撃したというのはいきすぎた行為ですし、わたし自身将軍に対して不審の気持ちを持っています。L、あなたがもし噂どおりの高い志を持つ人物であり、あなたの部下が何か崇高な目的を持ってイラクへ潜入したとでもいうのならば、わたしはあなたに協力したいと思っています。その目的が最終的に、軍部の益になるのなら、という注釈付きではありますが……。では、あなたの可愛い部下からの連絡があるのを、バグダッドの元大統領宮殿にてお待ちしています>

 送信ボタンをクリックしたのちも、マギーはこれでよかったのだろうかと迷っていた。だがやはり、彼女にとってあのミサイル攻撃は決定的なものだった。同軍の部下の貴重な命を危険に晒してまでも、ディキンスン将軍は<ファイアー・スターター作戦>と呼ばれる計画を守りたかったということなのか、それとも……。
(どちらにせよ、あそこまでナーバスになる必要はあるまい)
 マギーは一般の兵だけでなく、彼らを束ねる立場の将官ですら、過剰防衛の心理に囚われてしまっているのかと、苦笑したくなるほどだった。開戦直後、イラク市民に<解放>の手を差し伸べたはずのアメリカは、すぐあとで<自爆攻撃>という形での報復を受けた。フセインとその側近を捜索していく過程では、偽情報と撹乱工作が町中に溢れていく。誰を敵として排除し、誰を味方として<解放>すればいいのか。フセインの圧政からイラク国民を「解放にきた」はずの米軍が、むしろ逆に一般市民の誰もが敵に見えるという疑心暗鬼に囚われてしまっているというのは、皮肉としか言いようがない……そもそもアラブ文化における<降伏>というのは、西欧世界におけるそれとは概念が違うものだという。彼らにとっての<降伏>とは、自分たちの力が弱いと認め、敵の意に屈服するという意味ではなく、作戦上の<後退>にも似た概念だという話だった。西欧世界では、降伏を恥辱であると考え、決死的な抗戦を繰り広げることこそが勇気であり美徳とされるが、アラブ圏においては力がなくなれば便宜的に降伏し、後に状況が好転してから再び相手に戦いを挑むというのが賢明で戦略的な対応ということになるらしかった。
 とはいっても、やはり米軍に侵略・占領されたとイラク国民が考え、それを恥辱であり屈辱であると思うのも当たり前の話ではある。昼間は米軍に対して手を振ったりというような好意的に見える民間人が、夜には銃を手にしてゲリラ戦に参加していることなど、そう珍しい話ではない。問題なのは、それが「フセイン政権の残党」なのか、いわゆる「イスラム過激派」なのか、「外国から流入した国際テロ組織」なのか、はたまた普通の「一般市民」であるのか、見分けがつかないことなのだ。アメリカ兵たちは日々、自分がいつどこで標的にされるかわからないという緊張感に耐えながらイラクの街角に立っている。中にはそうした緊張感に耐えられず、ヒステリー状態を起こす者さえいる。そして予防防衛的にふと通りがかった本当に普通の民間人を撃ち殺してしまう……当然、無関係な民間人を射殺してしまったことにより、米軍はさらなる報復のターゲットとなる。こうした疑心暗鬼の悪循環からアメリカは一体いつ抜けだせるのだろうか?
 アメリカ軍は<自由と民主化>をイラクに<輸出>しにきたはずなのに、逆にイラクで自分をとり囲む者すべてが敵に見えるという暗い袋小路に足を踏み入れてしまったのだ。そもそも、米軍が支配の拠点にしているのがフセインの大統領宮殿であるというのも、マギーの目には皮肉なものにしか映らない。イラク人にとっては単に「圧政の支配者」が「占領軍」にとって代わっただけだと見えても仕方がないだろう。だがそうした<上>のやり方をたかが<大佐>のマギーが批判することなどは許されないし、石油の利権などをがっちり握ったその手を離してから国際社会に助けてくれと訴えたほうが説得力がありますよ、などと遠く離れたワシントンにいる政府連中に意見するというわけにもいかない。
(わたしはただ、自分が今できる最善のことをなすだけだ)
マギーはファルージャ地区の衛星写真に目を留めて、そうした最新鋭・最先端の科学技術を駆使しても、自軍の死者の数を食い止めることのできない皮肉さというものを思う。衛星写真は路地裏まではっきりとわかるほどの精度を持っており、どの部隊に危急に支援兵力が必要になったとしても、すぐに兵員を補充できるようあらゆるシミュレーションが繰り返されてきた。それなのに……。
 マギーが自分が失った戦友のことを思い、「後悔とは、神でも癒せぬ病い」というある詩人の言葉を思いだしていると、不意に携帯電話が鳴った。<L>か金髪の坊やか、<リンクス>か、と思い補充器にさしてあった携帯をとる。相手は非通知設定の人物ではなく、<リンクス>だった。
「ああ。ちょうどおまえからの連絡を待っていたところだ……いや、例の坊やからの連絡はまだない……ミサイル攻撃に弱腰になって逃げたはずはあるまい。おまえのいる部隊ともう一度合流するほど馬鹿とも思えんしな……とにかく、ディキンスン少将の読みでは、必ずわたしと連絡をとるはずだということだ。軍の助けを借りないことには目的を達することができないと判断したからこそ、わざわざ軍隊なんていう長くいて楽しいところへやってきたんだろうしな……そうか。明日にはバグダッドへおまえも来るのか。それなら、久しぶりに一杯やりたいな。上物のウォッカと葉巻でも用意しておくよ……ああ、それじゃあな」
 電話を切ったあと、マギーは何故だか愉快な気持ちになってくすりと笑った。ディキンスン将軍の話では、<リンクス>は大層金髪の坊やにご執心だとのことだった。もし<L>とやらの人物の目的が軍にとって極めて不利益なものであった場合、自分の手で必ずとどめを刺してやると息巻いていたらしい。
(いつもの冷静さを失うとは、あいつらしくもないな)
 マギーは胸ポケットから煙草をとりだすと、一本吸いはじめた。明日の夜、<リンクス>がくるということは――盗聴器のない部屋でふたりだけで楽しめると思った。もっとも折悪くお楽しみの最中に金髪の坊やから連絡が入って邪魔をされる、という可能性がないとはいえない。だがいずれにしても、お互いに会うのはイラク戦争がはじまって以来のことだった。そう思えば、顔を見られるだけでもマギーには十分満足だといえた。


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【2008/01/24 21:11 】
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