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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~Ⅶ章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

       第Ⅶ章

 補給部隊は各班に別れると、それぞれ自分の担当する物資の運搬をはじめた。ハンガーベイからあらゆる補給物資――食料、医薬品、被服、電子機器、武器、弾薬など――が運びだされ、軍用トレーラーの荷台に積みこまれる。まず目指すのはクウェート砂漠の真ん中にあるキャンプヴァージニアだった。メロはこの時、エドワード・ノックス中尉と班が別々になって心底ほっとしていた。何も奴の復讐や仕返しが怖かったというわけではない。もし仮にこれからも奴が何かと因縁をつけ(班が別とはいえ、国境を越えてイラク入りするまでは同じ部隊で行動をともにすることに変わりはない)、自分のことを個人攻撃する分にはまだなんとか対処の仕様はある。だが、ハンガーベイから物資を運びだすという作業をしている最中に、ノックスはまたしても自分の手下とともにメロのことを取り囲み、今日受けた屈辱と汚名を注ごうとした。もしその時、間にソーントン中尉が入って事を鎮静化しようとしなかったとすれば、今ごろメロは軍の規律に著しく反した角で、何か処罰を食らっていたかもしれなかった。
「一度クソまみれになって、もうおまえにもわかったはずだ」と、不穏な空気を察知し、フォークリフトから下りながらソーントンは言った。「第一、この金髪のかわい子ちゃんは、俺の部隊の大事な部下なんだからな。万が一これからおまえがこいつに傷ひとつでもつけてみろ。おまえが裏でこっそりやってる事業のことをマグダーモット少佐ではなくもっと上の軍の上層部にバラす。そうされたくなければ、こいつからは今後一切手を引くんだな」
 マクダーモット少佐とノックスがグルであることを、確たる証拠はまだなかったにしても、メロはふたりの話す雰囲気によってなんとなく察知していた。ウィスキーやワインなどの酒類の他、軍の規律に反するものを搬入しては賄賂を受けとり、そのことを上の人間も知っていながらある程度は見て見ぬふりをしているらしいということも。
 結局、ノックス以下、二十数名の取り巻きたちは、「金髪のかわい子ちゃんだとよ」だの、「ホモ野郎に用はねえ」だの、「ソーントンがそっちの趣味だったとは知らなかったぜ」だのと呟きながらぞろぞろと自分の持ち場に戻っていった。
「おまえ、俺の部隊に配属されて、本当に運がいいぜ。エリックは太い筋肉質の腕をメロの肩にまわしながら言った。「じゃなかったら今ごろ、間違いなく何をされてたかわからないからな……食事に麻薬を盛られて、ぐっすりおねんねしたところを、マクダーモット少佐にごちそうとして献上されていたかもしれん」
「……悪いが、全然笑えないぜ、ソーントン中尉」とメロは言った。
「第一、 麻薬なんてどこから仕入れてくるんだ?ウィスキーとか、酒ならまだ話はわか
る。仮に上官がある程度見過ごしていたとしてもな。だが麻薬ってのは……」
「おまえ、ここへくる前にニュースでイラク情勢について情報を仕入れてこなかったのか。前線じゃあフセイン政権の残党や市民がゲリラ化して、アメリカ兵は手こずりに手こずってる。中には絶望と恐怖のあまり、自殺する兵だっているくらいなんだぜ。麻薬っていったってまあ、例の白い粉とは限らない。モルヒネとか鎮静剤とかな、そうした薬剤の中に麻薬と似た成分を持つ薬も混ぜて運んでるってわけだ。見つかっても確かに処罰の対象にはならんだろう……だがそれくらいしなきゃ見張りに立てない兵が一部にいるってことは、数の上ではどうあれ、アメリカ軍はかなりやばいことになってるってことさ」
「…………………」
 クウェート砂漠の真ん中に設営されたキャンプ・ヴァージニアへは、午後の五時頃到着した。厳重な警備所を通過し、テントが幾つも立ち並ぶ荒野へ降り立った時、メロはやっと自分が地球の裏側ともいえる場所へきたことを実感した。テントの中には五十台もの野戦ベッドが並び、酸っぱくて黴臭いような匂いがする上、どこか空気も陰鬱だった。
 メロはソーントン中尉の指示で野戦ベッドを組み立てると、その脇に自分の荷物を置いた。夕食のために食堂へいくも、行列があまりに長く相当待つことが予想されたため、メロは仕方なく携帯用食料(MRE)を食べ、さらに味気ない思いでチョコ味の低血糖症の薬を齧った。
「おまえが時々食べてるそれ、一体なんだ?」
 メロの隣でやはり同じように携帯用食料を食べていたギャラガーが聞いた。MREというのは、食糧を入れたレトルトパックをビニール袋に入れ、水を注げば下に入っている黒い粉が化学作用を起こして湯になり、その場で食糧が温まるという仕組みになっているものだった。
「あー、これか……」と、メロは本物のチョコレートが食べたいあまり、ぼんやりした頭で言った。「低血糖症の薬なんだ。俺、普通の人間よりも血液内の糖の値が低いらしい。ようするに、糖尿病の患者と症状が逆で、ランゲルハンス島とかいうどっかの島からインシュリンが過剰に分泌されちまう体質らしい」
「それって、大変な病気なのか?」やや太目のギャラガーは、すでに糖尿病予備軍といったように見受けられたが、彼はそもそもナントカ病という得体の知れない感じのする病名を聞いただけでも何かぞっとするものを覚えるのだった。それが長くてよくわからない名前であったりすると余計にそうだった。
「いや、他の人間より糖分を余計に摂取するよう努めていれば、何も問題はない。ただ俺はいつも、チョコレートで糖分を補ってきたから、ずっとそれが食えないとなると禁断症状が……」
「それは大変だな」と、バードは自分が人の二倍以上食物を過剰摂取することを自覚しているため、メロの苦悩に同情的だった。「今ちょっとそこらの兵士にチョコレートを持ってないかどうか聞いてきてやるよ。病気だって聞けば、きっとみんなただで分けてくれるだろ」
「すまないな……」
 メロはまるで、麻薬中毒患者がヤク切れになった時のように、虚ろな目をしていた。その彼の目の端に、ギャラガーがベッドの上で寝ている兵士たちを起こしてまでも、チョコがないかどうかと聞いている姿が映る。
(ファインズとソーントン中尉の他にまたもうひとり、借りができた……)
 そんなことを思いながら、メロがベッドの上でがっくりうなだれていると、やたらあたりをきょろきょろと見回しながら、テントに入ってくる準士官がひとりいた。メロが今日トイレでノックスの一味を締めた時、最後にモップを手渡した奴だったが、メロはすでに彼の名前も覚えておらず、その存在もすっかり忘れきっていた。
「旦那、これが今日の上納金です」
 ドナルド・フレッチャー三等准尉は、メロの目の前にざらざらと二十枚近くも板チョコレートを置くと、ふう、と溜息を着きながら額の汗を拭っている。
「売店がもう閉まってたので、よほど店から盗もうかと思ったほどでしたが、なんとかひとり一枚のノルマはこなしましたよ。ちなみにこれが献品に参加した人間の名前とそのリストです。みんな大将には弱味を握られているもんで、裏切るってわけにはいかんのですが、まあそこの微妙な事情を旦那には察していただいてですね……」
「いや、もうこんなものはどうでもいい」
 そう言ってメロは名前と階級の書かれた連署のような紙を破り捨てた。
「今日のことはもう、なかったこととして許してやるよ。どのみち俺はこんなに名前と顔を覚えられない……もしこれからイラク入りするまでの間にノックスと俺の間でまた喧嘩になった場合は、巻きこまれたくないと思った奴は“チョコレート”と一言いえ。そうすれば俺は、そいつには絶対に手をださない」
「わ、わかりました!」
 メロの寛大な温情に感動したのかどうか、ドナルド・フレッチャーはビシッとメロに対して敬礼をした。もちろん、自分よりも位が上の将校に逆らうということは――彼の今後の階級や給料に差し障りがあると気にしていたから、とも言えるのだけれど。
 事の成り行きを見守っていたバードは、フレッチャーがテントから出ていくと、二枚ほどチョコレートを回収した段階で、元いた自分のベッドのところまで真っ直ぐ戻ってきていた。
「すごいな、これ。全部今日中に食っちまうのか」
 ギャラガーがLがよくそうするように指をしゃぶっているのを見て、メロは彼にもお礼として何枚か分けてやることにした。
「好きなの持ってけよ。まあ、そんなに種類はないけどな。どうせ明日とか明後日の分なんていって取っておいても、昼間のうだるような暑さで全部とけちまうだろうし……」
「い、いいのか」
 バードは嬉しそうにメロからチョコレートを何枚か受けとると、早速とばかりぼりぼりとそれに齧りついている。メロも意外なところで同志を見つけたような思いで、ほろ苦のビターチョコレートにパキッと一口齧りついた。
 ソーントンとファインズが食堂から戻ってくると、彼らとギャラガーはまた、空母に乗っていた時と同じく、馬鹿話をしたりポーカーをしたりしていた。メロは打撲の痛みのせいもあって早めに就寝したが、夜中に一度だけ目を覚ましていた。誰かが携帯電話で何かを小声で話しており、闇の中でもそれが声の感じでソーントンであることがすぐにわかった。
「うん、俺のことは心配いらんさ。明日はバグダッド上空を飛行して爆撃を加える予定なんだ……そんなに泣くなよ、キャリー。またロスに戻ったら会いにいくからさ。ああ、わかった……じゃあな」
(例の嘘をついてるとかいうウェイトレスか)と、メロは身じろぎしながら思った。(でも彼の場合はたぶん、空軍とか陸軍とか、そんなことは問題じゃないんだろうな。本人は良心の呵責に苦しんでいるようなことを言っていたが……ファインズが助言していたとお
り、正直に告白さえすれば、すべてはうまくいくことだろう)
 だがメロはこの時、それが「その時まで彼が生きていれば」という条件付きであることを、知らなかったのだった。


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【2008/01/24 20:56 】
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