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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第Ⅰ章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

          第Ⅰ章

 2003年、7月、アメリカフロリダ州、マイアミ

 一年を通して温暖なマイアミの、高級リゾート地の一角に、キルシュ・ワイミーが所有している豪華な別荘がある。ギリシャ建築を思わせる壮麗な外観に、15LDKという広さを持つその邸宅は、ワイミー自身の家族が使用することももちろんあるが、今は誰も使っていなかったこともあって、Lがワタリに許可を取って現在の捜査本部に使用させてもらっていた。何故かといえば、フロリダ州にある刑務所に無期懲役の刑を食らって服役していたある連続殺人事件の犯人が脱獄したからで、Lは自分の手で監獄にぶちこんだその犯人の行方を現在追っているところだったからである。
「そうですね……アリゾナ州までグレイハウンドバスで移動し、メキシコとの州境からは列車に飛び乗ってアメリカ国外へ逃亡……その後パナマ・シティ空港でセスナ機をチャーターしたところまではわかっていますから、捕まるのは時間の問題でしょう。ICPOに偽造パスポートの身元を割ってもらったんですが、アカプルコにあるキンタレアルホテルに泊まった時のカードと名義の筆跡が完全に一致しています。まあ、一緒に逃げた仲間は利用するだけ利用しておいて全員殺してしまったわけですからね、誰がそうした逃亡に必要なパスポートやカードを用意したのかはまだわかりませんが……とりあえず、そんなことはギリヤード本人を捕まえさえすればわかることです。では、あとのことはFBIにお任せしますので、奴が逮捕されたらまた連絡してください」
 メイスン長官との通信を切ると、Lは今度はニアと連絡を取った。彼はLが直通で連絡を取りあうことのできる、数少ないうちのひとりである。
「ニア、待たせてすみません。例のUFOがアイルランド上空で消えたという話、ジェバンニがまとめたというファイルを大至急送ってください。それとユーロ紙幣偽造の件ですが、わたしはこれを……催眠術師の仕業ではないかと考えています」
『催眠術師、ですか』今パソコンのスクリーンにはイタリック体のNの装飾文字が浮かんでいるけれど、Lはニアがパリの捜査本部としている部屋で、どんな顔の表情をしているかが見なくてもわかるような気がしていた。「L、わたしにとって今一番重要なのはユーロ紙幣偽造事件……いえ、正確には本物とまったく同じ紙幣が印刷されて使用されているわけですから、偽造ですらないわけです。ユーロ警察は最初、ドヌーヴに紙幣偽造の犯人を捕まえるよう依頼してきたわけですが、事件を追っていくうちに、本物のユーロ紙幣を刷るための原版そのものが盗みだされたのだということがわかってきました。ユーロ警察が何故それを最初から言わずに黙っていたかといえば、事を大きく荒立てないために、ドヌーヴ自身がその真実に気づくよう仕向けたせいです。もしそのことにさえ気づかないような間抜けなら――ロジェ・ドヌーヴはもともと大した探偵ではないのだと彼らは見なすつもりだったのでしょう……L、こちらの本題に入りたいのはわたしも山々なんですが、その前にやはりひとつ聞いておきたいことがあります。あなたがわたしにリドナーとジェバンニという優秀なCIAとFBIの捜査官を補佐官として送ったのは、まさかUFOだの幽霊だのという超常現象を研究させるためではないでしょう?このことの目的は一体なんなんですか?このままではリドナーとジェバンニはまるで――『Xファイル』のスカリー捜査官とモルダー捜査官のようになってしまいます」
「そうでしたね、ニア」
 Lは自分が何故『L』なのかという、自身の根源的な問題に関わる、彼にとってもっとも重要なある<秘密結社>を昔から追っているのだったが、まだそのことをすべてニアに話すのは、時期尚早であるように思われた。ニアだけでなく、メロにもそのことについてはまだ詳しく語ってはいない。
「わたしが今言えるのは、最終的にすべての点は線で繋がるということくらいです。オカルト研究に関しては、わたしはジェバンニの活動を大変高く評価しています。彼はもともと宗教学やオカルト分野が専門の捜査官でしたからね……以前あったカルト宗教による大量殺戮事件、あの解決はわたしの力だけではとても無理でした。そしてリドナー情報分析官はニアと同じように超のつく現実主義者ですから、そうした非科学的な事件についても冷静な判断を下してくれるでしょう。何よりふたりとも現場経験が豊富ですから、必ずニアの役に立つだろうと思って特別に組織から一時的に離脱してもらうことにしたんですよ」
『わたしが聞いているのはそういうことではなくて』ニアははぐらかされまいとしながらも、何かを諦めるように溜息を着いている。『……とりあえず、そのことはもういいです。この怪しげなUFO写真やその画像解析といったものも、Lには極めて重要で、ただの道楽でないことくらいはわかっています。話を一旦元に戻しましょう。Lは先ほどユーロ紙幣の原版盗難に催眠術師が絡んでいるのではないかと言っていましたが、まずはその根拠を聞かせてください』
「EU中央銀行総裁の自殺ですよ」と、Lは自分の推理について、紅茶を飲みながらゆっくりと展開しはじめる。いつものように、椅子に両足を立てた姿勢のままで。「今回の件を秘密裏に知っている関係者はすべて――彼が責任をとって自殺したものと思っているでしょう。しかし、おかしいと思いませんか?二十階建てのビルから飛び降りる直前に、窓ガラスを拭いていた清掃夫が『お願いだ、助けてくれ。死にたくない』と彼が叫んでいるのを聞いている。さらには、一歩間違えば、ガラスを磨いていた清掃員たちを巻きこむところだったと報告書にはあります。また総裁が中空を落ちていくのを目のあたりにした彼ら清掃夫ふたりは――とても鮮明に落ちていく時の彼の顔を覚えていると証言しています。「あれはとても自殺するような人の顔じゃなかった。まるで何かに怯えているようだった」と……まあ、一般的に言えば、こう考えるのが普通だとは思いますよ。総裁はEU紙幣の原版盗難のことを思い悩んで自殺、飛び降りる直前に叫んだ言葉はすべて、精神錯乱状態に陥っていたそのせいだろうとね。ですがやっぱり、わたし的には何か腑に落ちません。第一、これはわたしとニアの間でその推理が一致していることですが――どう考えてもあの何重もの電子ロックのパスワードを教えたであろう内通者がいるはずなんです。しかも知っている人間は片手の指にも満たないんですから、犯人はおそらくそれを絶対に知っているだろう人間に狙いを絞って催眠術をかけたに違いないんです。自殺に見せかけて殺したのは、彼が邪魔になったから……ニアは非現実的で馬鹿らしい推理と思うでしょうが、わたしがそう考えるのにはいくつか裏付けがあります。第一に、EU銀行総裁ともあろう人間が、凶悪な犯人にパスワードを教えろと迫られたからといって、はいそうですかと答えると思いますか?わたしなら少なくとも――とりあえず嘘のナンバーでも教えておきますよ。何故ならそれが本当であると確かめるには、じかに現場でその番号をインプットするしかないわけですし、仮に正しい番号を答えたにしても、指紋の照合と網膜照合のセキュリティがあります。指紋は偽造が可能かもしれませんが、網膜のほうはやはり総裁以外に催眠術にかけられた人間がいると考えたほうがいいでしょうね」
『…………………』
 ありえないことではないにしても、あまりに突飛な推理を聞かされたニアは、しばしの間沈黙した。催眠術?そんな馬鹿な、という言葉で片付けるのは簡単であるとはいえ、何分相手はこの種のただの凡人が到底考えつかない図抜けた推理によって数多くの難事件を解決してきた<L>なのである。
『すみませんがL』と、ニアは先ほど着いたのとは別の種類の溜息――どこか敗北を感じさせるような――を着くと、気をとり直したように続けた。『今の貴重な意見を参考にしつつ、わたしももう一度よく最初から事件の見直しを行ってみたいと思います。紙幣のナンバーから犯人の割りだしをという捜査も進められてはいますが、今ユーロ紙幣が使えるのはフランス、ドイツ、イタリア、ルクセンブルクなど十二カ国に跨っていますから、なかなかそれも難しいようです。何か新たな発見が見つかり次第また連絡しますが、とりあえず今はジェバンニがまとめたUFOの報告書を送りますね。ではまた捜査の相談と協力のほう、よろしくお願いします』
 通信が切れたあと、未確認飛行物体についてのファイルが送られてくるのを待ちながらLは、(これさえなければ、わたしも直接ヨーロッパで捜査ができるのに)と内心臍を噛むような思いで、<極秘>(トップシークレット)と表紙に赤く印刷された資料を恨めしげに眺めやっていた。

<六月十日、家族でケネディ通りにあるレストランで食事をする。『ニューヨーク・ポスト』紙の記者がたまたま居合わせ、軽くインタビューのようなものに答えたが、その質問は実にくだらないものだった。「大統領は商品にバーコードがついている意味さえ知らないと言われていますが、そのことについてどう思いますか?」で、わたしは怒りをこらえながらもこう答えた。「バーコードの意味くらいわたしだって知っているさ」……ところが翌日新聞を見てみると、次のようなことが大統領の小話として載っていた。「バーコードというのはいわば、イラク戦争の比喩としてわたしは訊ねたつもりだったのに、それに対して大統領はその意味くらい知っている、兵士は数字上の概念でないことくらいは、とそう答えたのです」……ちくしょう、なんて汚い野郎だ。揚げ足をとるような真似しやがって!あんな奴に親切にも質問に答えた自分が馬鹿のように思える。妻のナンシーは「気にすることないわ、あなた」と言ってくれたが、わたしは気になる>

<六月十五日、カルロ・ラウレンティス枢機卿に会いにいく。彼は本当に素晴らしい人間だ。わたしは自分の大統領としての責任の重さ、その荷が勝ちすぎてもう耐えられそうもないことを、いつものように切々と彼に訴えかけた。第一、自分がはじめたわけでもない戦争の尻拭いを押しつけられているわたしに対して――世間はあまりに冷たすぎる。そもそもわたしが副大統領から大統領へ就任することができたのは、イラク戦争に関する汚職にわたしが一切関わりを持たなかったからなのに……一時は『ミスター・クリーン』とさえ呼ばれたこのわたしを何故マスコミは折りあるごとに叩こうとするのか?いまや、わたしが忙しい政務の合間を縫って唯一安らげるのは、ラウレンティス枢機卿にこうして心の悩みのすべてを子供のように打ち明けている時だけだ。彼は言った。「ともに祈りましょう。遠くイラクの地で命を賭して戦っている兵士のために、またその家族の心の平安のためにも……来週アーリントン墓地で行われる埋葬式にはわたしも出席しますし、そうすれば兵士の遺族の方々の悲しみも少しは慰められるかもしれません」――なんと有難い言葉だろう!ラウレンティス枢機卿はいまや、アメリカ中知らぬ者とてない人気者だ。また彼の言葉には力がある。何しろ、カトリックの司教や司祭が全員、もし彼のような人間だったら、プロテスタントは歴史に誕生していなかっただろうと評する神学者まであるほどなのだ。正直、わたしはああした葬儀の場に出席するのが怖い……誰もがすべての責任はわたしにあると責めているような気さえして、手足が震えそうになるほどだ。何故わたしは副大統領、引いては大統領になど選ばれてしまったのだろう?決戦投票のあの日、わたしは民主党のあのあばずれ女――ヒラリー・リンドレイが選出されることを期待し、また自らも彼女に投票したほどだというのに……ラウレンティス枢機卿はそうした気高い謙譲の心を神が高きから御覧になっておられて、わたしが副大統領、さらには大統領に選ばれたのだというが、わたしは少しもそんなふうには思えない。すべては運命の悪戯なのだ。第一、これまでアメリカの大統領の中に、神に選ばれたと言えるような人間がひとりでもいただろうか?いるとすればワシントンかリンカーン大統領くらいのものだったろうが、彼らとて結局は罪人のひとりであり……>

 Lは<極秘>(トップシークレット)と赤い朱肉で印の押されたファイルを閉じると、何故こんなものが自分の元に送りつけられてきたのかと訝った。その内容はすべて、現在の大統領であるジョージ・サイラスの日記帳とおぼしきもので、そこに何か彼に宛てて特別なメッセージ――ようするに暗号のようなもの――が隠されている可能性は極めて低かった。だが、この資料を送りつけてきた人間は、Lが今彼が数年前に捕らえた連続殺人犯の脱獄を知って捜査のためにアメリカ本国へいることを狙い、このようなものを送りつけてきたに違いないのだ。Lはイラク戦争のことでアメリカの捜査機関とは多少距離を置いていたので、ジョージ・サイラス大統領とは電話でさえ直接話したことはない。デイヴィッド・ホープ前大統領はイラク戦争開始直後、石油関係の利権に絡んだ汚職がリークされて辞任に追いこまれていた。実に第三十七代アメリカ大統領、リチャード・ニクソン以来の大統領辞任劇であった。
(まあ、日記を一通り読んでみたところ、ジョージ・サイラス大統領というのはどうも、小心で臆病ではあるが、そう悪くはない人間のようだ。アメリカという大国を治めるのに相応しい器を所有しているかどうかは別にしても、信仰心が厚く、イラク戦争については最初から反対していたということが、日記からも伝わってくる)
 だが、残念なことに、一般的なアメリカ市民のジョージ・サイラス大統領への見解というのは、彼が日記帳に書きこんだ自身の苦悩とは程遠い、かけ離れたものだった。彼はデイヴィッド・ホープ前大統領の時代、彼とともにイラク戦争を押し進めた張本人のひとりと見なされており、当然中東のイスラム教徒たちからも目の仇にされていた。日記をすべて読むと、彼が実に理想的な平和主義者であることがわかるが、実際には大統領のバックについている政治的権力者――各省庁の大臣や政治顧問など――の圧力によって、気の毒な彼は、似合いもしないのに一生懸命<強い大統領>を演じ、前大統領が<悪の枢軸>呼ばわりした国に対して虚勢を張る役を仰せつかっているのだった。
(この日記を読むと、現政権の内幕のようなものがすべて見えてくる……ようするにサイラス大統領は今の共和党陣営にとってはお飾りの大統領であり、体のいい傀儡にすぎないということだ。仮にもし彼が突然改心したかのように、イラクから兵を撤退させようとしても――バックについているタカ派顧問や宗教右派の連中が決してそれを許さないだろう。サイラス本人も日記の中で告白していることだが、このダモクレスの剣は彼が大統領を務める任期の間中、ずっとついてまわることになるわけだ……)
 Lはジョージ・サイラスに個人的に同情はしたものの、だからといって自分にはどうすることもできないと思ったし、何より、この日記帳を彼本人に送ってきた人間の真意がやはりよくつかめなかった。ファイルはワタリ宛てに世界五箇所の中継地を経てネットで届けられたもので、発信元を辿るのは不可能だった。唯一それがワシントンD.C.からのものであることはわかったものの、特定の個人を突き止めるには至らなかったのである。
(枢機卿、カルロ・ラウレンティスか……)
 Lは日記帳の中で何度も言及されているその人物について、まずは調べを進めてみることにしようと思った。サイラス大統領は自分の家族とラウレンティス枢機卿のことのみは良く書いているものの、それ以外に日記に個人名の言及されている人間についてはほとんど例外なく――その人物について悪口と愚痴しか書き記していなかったからである。つまりその日記帳の中で何か取っかかりになりそうな人間がいたとすれば、Lの勘ではラウレンティス枢機卿以外誰もいなかった。
(その前にまず、例のアイルランド上空で消えたというUFOの資料に目を通すことにするか)
 Lは優秀ではあるが、ある意味異色の才能を持つといってもいいステファン・ジェバンニ捜査官がまとめたUFOについてのファイルに目を通しはじめた。実は彼の妹はUFOに攫われたという経験を持っており、ニアではないけれど、ある意味『Xファイル』のモルダー捜査官と経歴上重なる部分を持っていた。ジェバンニの妹、レスリーはアイルランドの古城を新婚旅行で訪ねていた時に、夫とともに行方不明になっている。だが、目撃者の話によれば夫妻は何か光る円盤のようなものに連れ去られたという話だった。もっとも夫のほうは数日後に全身の血液を抜かれた形で発見されたのだが、今もそのことは三流のミステリー雑誌などで宇宙人の存在する根拠として、論証にとり上げられている。
 実際にはLは、このミステリーを解く鍵をすでに所有していた。ただ、ジェバンニには攫われた妹がどのような結末を辿ったかについては、何もわからないふりをして知らせてはいない……UFOとおぼしき飛行物体が人間を攫った場合、定説としては宇宙人に人体実験を受けるとまことしやかに囁かれているが、実際のところそれは、ある意味確かに当たっていることだった。何故なら人体実験を行っているのは宇宙人ではなく――生きた地球人であったからだ。この世界に現在ある最先端のテクノロジーの上をゆくシンクタンクがこの地上には存在しており、Lは彼らの人体実験や臓器売買といった裏の稼業を潰すために、ずっと以前から、探偵をはじめる初期の頃からずっと、その秘密結社とも呼ぶべき組織を追い続けていたのだった。
(確かにこれは間違いなく本物のようだな)
 Lはジェバンニの優秀な画像分析などの資料を見ながら、自分のUFO関連のファイルを収めたディスクに、それを確かな証拠品のひとつとしてデータに付け加えることにした。彼ら秘密結社は実に巧妙なやり口でその最先端の航空学を駆使した飛行物体を隠し続けている……たとえば、世界中に何か偽のそうした擬似飛行物体をうまく飛ばして回収することにより――UFOや宇宙人といった存在がいるかもしれない可能性、そちらのほうに一般の無知な人々の心を引きつけておいて、自身はその中に紛れて人体実験を行うためのサンプルを回収しているというわけだ。
 その組織はなかなか決定的な尻尾をLにつかませようとはしなかったが、今回どこから舞いこんだのかもわからない、見様によってはあまり価値もないともいえる米現役大統領の一冊の日記帳が――Lに彼らの尻尾のひとつをつかませるきっかけになろうとは、彼と敵対している秘密組織はもちろんのこと、彼自身にも、今はまだわからないことだった。

『くそっ!おまえら、俺のお義母さんに何をするんだっ!今度この人を傷つけてみろ、おまえら全員、絶対に殺してやるからなっ!』
『マ、マイケル……今なんて……わたしのこと、お母さんって、もしかして本当にそう呼んでくれたの?』

「どうでもいいけど、くだらねードラマだな」
 メロはTVのリモコンを手にすると、百局以上もあるケーブルTVのチャンネルを幾つか切り換えた。F1グランプリ、サッカーやアメフトの試合、水着姿の女性が浜辺で戯れている映像、コンドームのCM、昔流行った学園ドラマの再放送、TVショッピング、一般公募のクイズ番組などなど……そうした映像と情報の波の中で、メロが最終的に選んだのは、裁判の審理の実況中継だった。彼本人も忘れていたが、Lの指示でメロが捕まえ、ブタ箱入りと相成った強盗殺人犯の裁判がその日、執り行われることになっていたのだった。
「くだらないなんてひどい。せっかくいいところだったのに……」
 ラケルはハンカチを片手に涙ぐんでいるところだったが、メロは何も聞こえなかったというふりをして、チョコレートをパキッと一齧りした。ドラマの内容は、終わりのほうから見たメロにも大体のところ察しのつく単純なものだった。ある父子家庭の家に父親の再婚相手の女性がやってくるが、年ごろの息子は父親の目の届かないところではこの義母に対して反抗的だった。ところが、家に強盗が押し入り、母親が義理の息子を庇って犯人のナイフで腕を傷つけられる……で、先ほどの感動的な科白が彼の口から発せられ、血の繋がらぬ母子の間に初めて、親子らしい情愛が交わされつつあったというわけだ。
「あんな大昔にやったドラマ見て泣くような奴、はっきり言って今時いないぜ。それよりさ、今日の昼飯なに?」
「うーんとね。ハンバーガーとフライドチキンにしようと思ってるんだけど、他にフルーツサラダも作ったから、それもきちんと食べてね。じゃないと栄養が偏っちゃうでしょ?」
「ああ、わかった」
 ラケルはTVの前のソファから立ち上がると、どこかいそいそとエプロンをしてキッチンへ向かっている。その後ろ姿を見ながらメロは、
(相変わらず、すげえ単純)
 とそう思う。いくらくだらないメロドラマとはいえ、最初から見ていたものをクライマックスの場面で中断されたりしたら、怒るのが普通だろう。メロにはラケルのそうした思考回路が時々あまりにも単純すぎて理解できなくなることがあった。仮に十分前に何か怒っている事柄があったとしても、それが料理などのある特定の話題になると、すぐに彼女の頭の中では何かが切り替わるのらしかった。
(まあ、こう言ってはなんだが、ようするに犬、なんだよな)
 メロはラケルがLと結婚すると聞かされた時、彼に一度その理由を問いただしたことがある。何故といって、自分とニアの間の子供じみたおもちゃの取りあいをやめさせるために、一時的な仮の処置をLがとったと考えられなくもなかったからだ。
「そうですね……言ってみればまあ、これも環境保護活動の一環ではないかとわたしは考えています。天然記念物はなるべく早めに保護しておかないと、絶滅する危険性が高いですからね」
(アニマルレッドデータブック扱いかよ……)
 と、その時メロは思いはしたものの、結局それですべてが丸く収まって良かったのかもしれないとも思う。おもちゃというものは一度自分の手に入って飽きるまで弄んでしまえば、最後にはおもちゃ箱の隅のほうで見向きもされなくなってしまうものだ。その点でメロは自分の性格からいって、彼女とずっと一緒にいて飽きないという確信は持てなかった。かといって、一生衣装ケースにしまいこまれた人形のように、ラケルがニアのそばにいるというのも何か気に入らない。その点、Lなら――(まあ、いいだろう)という許容と寛容の気持ちが生まれるのが彼自身にも不思議だった。とはいえ、メロはいまだにLについてひとつだけ疑問に感じていることがある。それはもし彼がある日突然ラケルに飽きたとしたら、彼女の処遇をどう扱うつもりなのだろうということだった。
 今回起きたマフメッド・ギリヤードの脱獄逃亡劇のように――Lは自分が関係した事件のアフターフォローには責任を持って対処に当たりはするが、基本的には犯人が捕まって刑務所送りにさえなってしまえば、彼は自分がどんなに熱中していた捜査にも途端に興味を失ってしまう。つまり、知的な人間にはよくあることだが、一度自分の脳内にインジェクトされた情報に、彼はまったく興味を持たなくなるという性向があるということだった。それで、次なる別の情報をインジェクトするために、他の捜査対象を探すというわけだ。
(もしLがラケルに飽きたとしたら)と、チョコレートをぺろりとなめながらメロは思う。(一生そうと気づかせないようにしながら騙し続けるか、それとも多額の慰謝料を支払って遠いところに隔離するかのいずれかという気がするな)
 メロの目から見るかぎりラケルとLの関係というのは、男女の愛などという卑俗なものにはあまり見えなかった。どちらかといえば、通常の人間より頭がいい分、感情面に欠損があるように見受けられる彼にとっては――Lの気持ちがラケルが彼を理解するよりもよくわかる気がしていた。<結婚>というのはようするに、ある種の体験しなければわからない未知の領域の出来ごとである。その未知の領域について、もしLが「大体わかったので、もういいです」と判断したらどうなるのか、メロはある意味興味を持ってふたりの様子を観察していたともいえる。
 キッチンのほうからは牛肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきていたが、メロはラケルが「るんるるるる~♪」などと鼻歌を歌いながら料理する後ろ姿が、なんとはなし少しだけ気の毒になった。Lとラケルがアメリカへきて、長期滞在の兆しを見せはじめてからというもの、メロはこのふたりとマイアミのワタリ所有の別荘で暮らしていたのだったが、通常の目で見たとすれば、彼らふたりの夫婦生活はまだ新婚であるにも関わらず破綻しているようにしか見えなかった。一応、物質としての体は同じ家に暮らしているのに、精神的には別居しているとでもいうのだろうか。Lは捜査本部としている部屋に昼も夜も閉じこもりきりとなっており、ラケルとは寝室も別にしている。そして時折甘いものを求める妖怪のように二階の部屋から下りてきては――冷蔵庫にとりつくのだった。
 石炭のように黒い、死んだような瞳に青白い不健康そうな顔、どこか華奢な感じさえする猫背の体……ラケルはこの妖怪がキッチンや居間へ姿を現すたびに、何やら時々怒りつつも、甲斐甲斐しく世話をしているのだった。
 その様子を見るたびに、メロは思う。まるで、長く不在にしていた飼い主が戻ってきた時の犬のような反応を彼女がいちいち示しているので、まあ、これはこれでもしかしたらいいのか、と。
「……なあ、ラケル。今幸せか?」
 ダイニングキッチンのテーブルの前に腰かけながら、メロは狐色に揚げられたフライドチキンやポテトに齧りつきながら、おもむろにそう聞いた。
「え?なあに?フライパンのじうじういう音で、よく聞こえないんだけど」
「いや、なんでもないよ」
 メロ自身、美味しい食事を前にして、それ以外のことが一時的にどうでもよくなり、Lが甘いもの以外のものを食べる時と同様、とりあえず目の前のエネルギーを摂取するのに専念することにした。といっても彼の場合はLとは違い、味覚中枢はチョコレートといった甘いもの以外の食物にも正常な反応をきちんと示している。メロがいつもチョコレートを齧ってばかりいるのは彼が幼い時から低血糖症だったためで、Lのは味覚中枢に異常があると思われるものの、医者に言わせればとりあえずそれは病気ではないとのことだった。
 メロは確かに、ラケルのことをLに比べて犬並みの知能しか持たないと判断してはいたものの、それでも彼女にはやはり心のどこかで感謝にも似た気持ちを持っていた。何故なら普通の犬は逆立ちできたとしても料理など絶対できないだろうし、何より犬というのは飼い主である家族に対して忠実で、余計なことも言わずに無邪気に優しくしてくれるものだからだ。
(まあ、本人が自分のことを犬だと思ってないか、犬だと気づきさえしなければ、幸せなのかもしれないな)
 そんなふうに思いながらメロは、ラケルがいつものように「野菜とフルーツも食べなきゃダメ!」などと叱るのを適当にあしらって、やはり肉ばかり食べていたのだった。

『大丈夫……夫なら今、サンディエゴに出張中だから。あんな堅物のことは放っておいて、わたしたちは体がバラバラになりそうなほどの素敵なセックスを楽しみましょうよ』
『いけない、奥さん、こんなこと……僕はあなたを愛しているけれど、叔父さんには本当によくしてもらっているし……ああっ!』

 新妻とその夫の甥が背徳行為に及ぼうとしていたまさにその時、カリフォルニアに出張中であったはずの旦那が帰宅し、妻の浮気現場を目撃してしまう。そしてその瞬間、♪チャララーンとどこか悲劇的な音楽が流れて、画面は日常にありがちなドラマから、ゴキブリの殺虫剤のコマーシャルへと変わった。
「……なんですか、これ」
 Lは極秘扱いの資料を幾つか手にして捜査本部を置いている二階から下りてきたのだったけれど、ラケルがあまりにもくだらないメロドラマを見ているのに気づいて、思わず彼女の隣にいつもの格好で座を占めた。
 テーブルの上には、チェリーパイや干し葡萄入りチーズケーキ、ココア風パンケーキ、アップルプディングのレモンソースがけ、苺ジャム入りクッキーやチョコレートブラウニーなどが並んでいる。Lがお腹をすかせた時のためにと、ラケルが常時用意している甘いものの数々だった。
 Lの手が迷うように幾つかの皿の上をさまよっているのに気づくと、ラケルはなんとなく嬉しくなって、キッチンへ紅茶を入れにいこうとした。けれどもLはおもむろに彼女の手をつかんでもう一度ソファに座らせている。マイアミは一年を通して温暖な気候で知られるが、真夏である今日の温度は三十度――にも関わらず、Lの手は何故かひやりと冷たかった。
「あなたが飲みかけのこれでいいです。それよりも、ドラマの続きを一緒に見ましょう」
 ラケルが紅茶を飲んでいた白磁のティーカップの残りに、Lはポットの冷えた紅茶をつぎたして飲んだ。くるみ入りチョコレートブラウニー、チェリーパイ、チーズケーキにパウンドケーキと、彼は一切れずつ順に味わうようにじっくりそれを食べていった。そして至福のひとときを味わいつつ、気の毒な年嵩の亭主が、自分の娘ほども年の離れた新妻の処遇をどうするのかをブラウン管越しに見守った。とりあえずラケルも、彼と一緒にドラマの続きを見守ることにする。

『俺が今までおまえに、金や生活のことで不自由させたことがあるか!?それなのにおまえは……おまえはっ……よりにもよって俺の一番可愛がっている甥に手をだすとはなっ!この淫売の牝犬めっ!この期に及んでまだ何か言えることがあるなら言ってみろ!聞いてやる!』
(ここでバシッバシッ!と効果音付きで亭主が妻を殴る。甥は間に入って止めようとするものの、逆上した叔父に壁に叩きつけられ、すぐに失神した)
『……わかったわよ。言ってやるわよ!あんたなんか、ただ単にあたしのことを都合のいい牝犬としてこの家に囲ってるだけなのよ!金や生活で不自由させなかったですって!?よく言うわよ!そのかわり精神的な苦痛を嫌というほど味わわせたのは、一体どこのどいつなのよっ!』

 ――結局、最後にこのふたりは離婚した。
『確かに一度は深く愛しあったふたり……でも今は互いにひとり、孤独に人生という名の旅を続けるしかないのだ。いつか、もう一度信頼できる相手と巡りあう、その日まで……Fin.』
 イチョウの葉が虚しく秋風に吹かれるラストシーンのところで、ラケルはチャンネルを変えようとした。ところがLの手が伸びて、またも彼女の手をつかむ。そしてリモコンを一旦とりあげたのだった。
「どうなんでしょう、ラケル。今のドラマを見て、あなたはどう思いますか?」
 パンケーキに蜂蜜と生クリームをたっぷりサンドしながら、Lは彼女にそう聞いた。
「さあ……べつにこんなの、ただのドラマだし。奥さんや旦那さんがどうこういうより、むしろ甥っ子のほうが気の毒っていうか。Lは途中から見たからわからないかもしれないけど、あの甥御さんにとってはあの奥さんが初恋の人だったのよ」
「そうですか。じゃあ、あの甥御さんと奥さんが最後にくっつかなくても、ドラマの展開としては特に不満はないということでいいんですね?」
 蜂蜜をかけすぎたあまり、LのTシャツにはだらだらとそれが垂れていたけれど、ラケルはとりあえず見ないふりをした。彼が甘いものを捕食中は何かを注意しても無駄だった。食事終了後に口の端についている生クリームをかわりにぬぐったり、強制的に服を脱がせて着替えさせるしかない。
「うーん。どうなのかしら?あの奥さんにとってあの甥はただの夫の甥であって、たまたま身近にいて誘惑しやすかっただけみたいだし……ねえ、L。これってそんなに真剣に考えなきゃいけないほど、奥の深いドラマだったかしら?」
「そうですね。ただ単にわたしが気になったのは、あなたの欲求不満度です。あの手の退屈なドラマは大抵、夫との生活に不満を持つ主婦層に向けて受けを狙って作られていますから……あなたがもしあの奥さんに共感を覚えて愛人と家出したかったとすれば、精神的にストレスを抱えていることになるわけです」
「ふうん。いちいちそんなに難しく考えなくてもいいような気もするけど……あ、L。そのチョコレートブラウニー、メロちゃんに半分残しておいてね。あの子、ケーキはチョコレート以外他に食べないから」
「わかりました。ところでメロは今どこに?」
 Lは大好きなさくらんぼの砂糖漬けを七つも八つも頬張りながら、そういえば自分は彼に用があって下へ降りてきたのだということを突然思いだした。例の大統領の秘密の日記帳についてと、それからもうひとつ――メロの意見を聞きたい事件が起きたからだった。
 先ほどFBIのメイスン長官から電話があり、脱獄した終身刑の囚人、マフメッド・ギリヤードが自らセスナ機を爆破させて自殺したとの報を受けた。到着予定地はキューバのグアンタナモ地区だったらしい。空軍の戦闘機に追尾され、もう逃げられないと悟った彼は、最後に自分が脱獄した理由や経緯といったものを説明してから、セスナ機を爆破。メイスン長官から聞いた話によれば、彼は9.11.事件以降、監房内での組織立ったいじめの標的にされていたとのことだった。つまり、獄舎におけるあまりのいじめの凄惨さに耐えかねてアラブ系の仲間たちと一か八かの脱獄計画を練り、実行へ移すまでに至ったのだという。しかし、一度外に出てシャバの空気を吸った途端、グアンタナモにいる自分たちの同胞ともいえるアラブ人たちを解放しようというギリヤードの崇高な理念についてくる囚人たちはひとりもいなくなる。そこで彼は仲間を全員撃ち殺し、単独でその無謀な計画を続行したわけだったが、最後にはカリブ海の上で自身の乗るセスナ機を爆破・炎上させるという結末を迎えることになった。
「メロちゃんなら、ガールフレンドとデートみたいよ?」
「本当ですか?」
 Lはどこか疑り深いような眼差しをラケルに注いだ。彼の勘によれば、メロがデートなどというのは、ラケルの勘違いである可能性が高い。おそらくは以前に担当した事件絡みか何かで、誰かと折衝しているか……あるいは情報収集のために、マイアミの麻薬王の下っ端とでもどこかで待ち合わせの約束をしていたのかもしれない。
「あら、本当よ。その女の子にビーチで水着のショーをやってるところだから見にきてって誘われてたみたい。で、電話を切ったあとにすぐ出かけたってわけ」
「そうですか」
 Lは特に何か感慨を抱くわけでもなく、単にメロが仕事で出掛けただけだろうとしか思わなかった。おそらくは以前にメロが助けたあの有名ファッションブランドの後継者、ケイト・ミュアにでも呼びだされたに違いない。
 Lはマガジンラックにあった地元紙を手にとってぱらぱらめくり、そこに『ミュアミュア、ブランドとして初の水着ショーをマイアミで開催』との記事を見つけ、これに間違いないと見当をつけた。
「やっぱりメロちゃんもお年頃っていうか、そういう時期だものね。今度もし女の子を連れてきて紹介なんてされたらどうしたらいいかしら?ねえ、Lはどう思う?」
「まあ、余計な心配だと思いますけどね、わたしは。それよりラケル、ビーチで思いだしましたが、うちにはせっかくプールがあるんですし、つまらない昼ドラを見るのに飽きたら時々泳いだらどうですか?」
「…………………」
 ラケルから返ってきたのは何故か、気まずいような沈黙だった。LはケーブルTVのチャンネルをザッピングするのをやめると、彼女のほうを振り返った。どよーんと落ちこんだような、重苦しいオーラが漂ってきているのがわかる。
「どうしたんですか、ラケル」特に深い意図もなく、ただ何気にLはそう聞いた。
「……泳げないの、わたし」ラケルはソファの腕木のところに、のの字を何度も書いている。「でも、そんなこと言ったらまた馬鹿にされるかと思って、黙ってたの。泳げない、カナヅチ、駄目なわたし……」
 泳げないくらいなんですか、とは何故か、Lには言えなかった。よくわからないのだけれど、ラケルにはどうも水泳とかプールということに関して、彼女にしかわからないトラウマのようなものがあるらしい。
「べつに、馬鹿にしたりしませんよ。なんだったらメロに今度、泳ぎを教えてもらったらどうですか?わたしがつきあってもいいですが、何分今は仕事が立てこんでいるので……」
「いいわよね、Lは」と、ラケルは彼女らしくもなく、唇の端に卑屈な笑みさえ浮かべている。「運動神経だっていいし、頭もわたしみたいに豆腐にぶつかって怪我するような感じじゃないし……それにわたし、この間の芝刈りで懲りたから、なるべく外にでないようにしてるの。紫外線A波とB波によってメラニン色素が定着しちゃったりしたら、Lより肌が色黒くなっちゃうし……」
「紫外線A波とB波ですか……」
 Lはラケルの言っている言葉の意味がよく理解できなかった。ただ彼にわかっているのは、ここに越してきてすぐに、ラケルが広い庭の芝刈りをした時――業者の人間に頼んでやらせればいいとLは言ったのに、どうせ暇な自分がと言って彼女は聞かなかった――ー日中外にでていたせいで、すっかり日に焼けたということだった。その日、メロは最初は渋りつつも途中からはすっかりノリノリになって芝刈り機を動かしていた。ラケルは彼のあとについてゴミ袋数十個分もの雑草を片付けていたのだけれど、夕暮れ時がすぎた時、彼女はあることにハッと気づいたのだった。Lはもちろんのこと、同じように一日中芝刈り作業をしていたメロよりも、自分の腕や足がすっかり色黒くなり、帽子をきちんと被っていたにも関わらず、顔も何やらまだら模様に日に焼けているということに……つまりラケルは生まれて初めて、自分がどうやらメラニン色素の定着しやすい体質らしいことに気づいたのだった。その後もラケルはしょっちゅうLの不健康なほどの青白い肌と自分のそれを見比べながら、SPFがどうこう言っては、日焼け止めクリームをしっかり塗って買物へ出かけていたのだった。
「あなたが今何をどう思っているのか、わたしにはさっぱり理解不能ですが」と、Lはなおもぶつぶつと後ろ向きに何か呟いているラケルに言った。「わたしは何故か昔から日に焼けないんです。もし嘘だと思うなら、今度暇ができた時にでも、わたしを一日天日干しにしてみるといいと思います。面白いくらい本当に、日に焼けませんから」
「…………………」
 ラケルはどこか恨みがましい目つきでLの白い肌に目を凝らし、ついで自分の腕のそれに目を落として、悲しくなった。今TVではたまたま、下着モデルのような筋肉ムキムキ男がビーチで恋人らしい女性にサンオイルを塗りこんでいる映像が映っているところだった。けれどもこの逆バージョンとして――もしラケルがLをマイアミのビーチへ連れていって、一生懸命彼にサンオイルなど塗りこんでも、彼はまったく日に焼けなかったに違いない。ということはやはり、かくなる上は美白効果の高い化粧品にでも頼るしかないのだろうか?
「……べつに、なんかもういいや。この間も日焼けをとるための美白マスクしてたら、メロちゃんにジェイソンと間違えられたし……まあ、泡立て機でケーキのクリーム作ってたわたしも悪いんだけど……」
(というより、ただの嫌がらせだったのでは……)とLは思ったが、とりあえず何も言わず、黙っておいた。コンプレックスというものは往々にして――他人の目から見れば大したことではないのに、本人の目には顕微鏡で拡大したように大きく見えるものらしかったからである。




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【2008/01/15 03:24 】
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