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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(21)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(21)

 メロは、ワタリが製造したタイタロンを操縦して、アスキャの溶岩地帯の上へと着陸した。この乗り物は米軍のステルス戦闘機と同じく、レーダーに映らない型ではあるが、果たしてエデンのアンドロイドたちにまったく気づかれずに潜入を果たすなどということが、可能なのかどうか……だが、エデンに通じる入口がここしかない以上は、賭けてみるしかないと、メロはそう思う。
 アスキャは地形的に地球の中でもっとも月面に似ていると言われており、アメリカの最初の月探検家、アームストロング率いるアポロ11号の宇宙飛行士が訓練を行った場所としても有名なところである。あたりは一面溶岩の山で、木は一本も生えていない……ただ大小さまざまな石がゴロゴロと転がっているような、そんな荒涼とした景色だった。
「なあ、メロ兄ちゃん。ジュール・ヴェルヌの『地底探険』っていう小説、知ってるか?」
「ああ、知ってはいるが……今はそれどころじゃない。ちょっと黙っててくれ」
 アスキャのこのタイタロン着陸地点まで、操縦のモードは<オート>だった。だが、ここで一度手動に切り換えて、32桁のパスワードを入力しなければならないのだ。メロは自分の隣で計器パネルなどを物珍しそうに眺めるラファのことは構わず、LILITH2749561877……と、暗記したそのコード番号を順に入力していった。ちなみにこのリリスというのは――エデンの最下層にあるメイン・コンピューターの名称であり、これからメロたちが行うべきミッションは、別の階に存在するサブシステムからメインシステムへ侵入し、エデンそのものを乗っ取るというものであった。
「ただし」と、Lは何度も繰り返し、念を押すように、このチームのリーダーであるメロに言った。「くれぐれも無理はしないようにお願いします。何より、命の危険を感じたらその場からすぐに撤退することです……いかなる手段を用いてでも」
 そもそも、このコード番号自体、ワタリやロジャーがエデンにいた頃のものなのだ。この32桁の暗証番号が変更されていた場合、メロたちはそのミッションを行うことはおろか、エデンの地下入口へ到達することすら出来ない。
(これで、開いてくれよ……!)
 メロが祈りにも近い気持ちで最後の数字を入力し終えると、カチリ、という音とともに、タイタロンの全システムが一度停止した。あとはもう、モノレールにでも乗っている感覚というのに一番近かったかもしれない。後ろの座席に座っていたルー、ラス、エヴァ、ティグランの四人は、シートベルトを締めていたのでよかったが――ラファはいかにも落ち着かない様子であちこちタイタロンの内部を見てまわっていたために、ゴロゴロとあっという間に後ろの壁までぶち当たった。
「ラファ、つかまれ!」と、ティグランが念動力を使って救いの手をラファに差し伸ばす。それで彼はなんとかティグランの隣の、一応彼の指定席として定められた場所へもう一度戻ったというわけだ。
 これから差し控えている命懸けの任務のことがなければ、それはまるでウォータースライダーか、雪山を橇で滑り降りる時にも似た、爽快な気分を与える乗り心地ではあったが、メロが計器パネルの示す速度を見ると400kmを軽く越えていたこともあり、もし事故か何かが起きた場合のことを想定すると、やはりアンドロイド用の乗り物なのかという気がしないでもない。
 Lはこの時の感覚を、(まるで地獄への滑り台のようだ)と感じていたわけだが、メロはむしろ血沸き肉踊るといったように興奮していた。このままもっとスピードが上がってほしいというようにさえ最後には感じていたが、ルーとエヴァとラスにしてみればほとんどジェット・コースターに乗った時と同じく、叫びどおしだったといっていい。
「さて、と。やっと御到着か」
 カチリ、とまた室内が明るくなり、全システムが静かに作動を開始する。メロは用心のために拳銃とマシンガン、予備の弾倉(マガジン)、プラスチック爆弾などを、ティグランとラス、それに自分の三人で分けると、最後に「手順についてはわかってるな?」とこの隊を率いるリーダーとして全員に確認をとった。そしてタイタロンが到着した最終地点へと、自分がまず先に降りて安全を確認することにする。
「……全然、人の気配がしないわね」エヴァがティグランに手を貸してもらいながら、しーんとしたしじまに耳をそばだてるように言った。
 最初から、いくつかの最悪のシミュレーションというものは計画として立ててはあった。そしてその中でもっとも可能性として高いように思われるのが――登録されていないタイタロンの複製機が入口のゲートを通過したということで、警戒警報が発令され、すぐこの場にアンドロイドたちが次から次へと押し寄せるというものだったのだが、エヴァの言うとおりあたりには人の気配――正確にはロボットの気配というべきか――というものがまるでなかった。
「なんにしても、向こうがこちらの侵入に気づいてないはずはないだろうな」と、ティグランが至極真っ当な意見を口にする。「だがまあ、向こうはその気になれば、赤ん坊の手をひねるのと同じ要領で、俺たちのことなんかどうにでも出来るわけだから……暇つぶしに人間が何をしようとするのか、様子見してるってことなのかもしれない」
「かもな」と、短くティグランに答え、円形をしたタイタロンの格納庫から、階段を上がってメロはエレベーターが並ぶ通路に出た。
 そこで、ラファ、ラス、ルー、エヴァ、ティグランが順に階段を上がってくるのを待ち、確かに円盤型ではあるが、デザインとしてはどこか先鋭的なフォルムを持つ、タイタロンと呼ばれる航空機が十数機待機している様を眺めやる。メロにも難しいことはよくわからないが、航空力学的に浮力や圧力といったものを計算した結果、このデザインがもっとも効率よく空を飛べるということで落ち着いたらしいのだが……これを果たして夜に見てUFOと見間違えるだろうかという気もする。確かに飛行中は黒一色の闇に溶けた機影でも、離着陸時に青い炎にも似たエネルギーを噴出するために、その瞬間を見た人間がUFOだと思うのは理解できる。だが、UFOと呼ばれるものの正体はやはり、そのほとんどが<エデン>がわざと飛ばした他のそれらしき物体を人間が見間違えることに端を発するものなのだろうと、メロはそう思った(またそれと、精神的な出来事として人がUFOに攫われたと思うことも別なのだろう、と)。
 A-10、B-20、C-30、D-40、E-50、F-60……磨き上げられた銀のような鋭い光沢を放つ、六つのエレベーターに書かれたアルファベットと数字を見て、メロは迷わずE-50と書かれた扉の電光ボタンを押した。ワタリから<エデン>内部の見取り図を渡された時、地下50階にあるサブシステムの場所をメロは彼から説明されていた。もちろん、今もエデンを支配する全システムがワタリやロジャーがいた頃とまったく同じである可能性はむしろ低い……だが、エデンを乗っとるというよりも、この場合鍵となるのはラファの電磁波を操れるという超能力だった。そこからメイン・コンピューターである<リリス>の内部をラファがシステム不能に陥らせてくれれば、あとのことはどうにでもなる公算が高い。何故なら、その後正規に地上と連絡を取り合うことさえ出来れば、アメリカ軍の精鋭たちがこの場に乗りこんでくるという手筈になっているからだ。
「この計画は、最初からラファが鍵でした」と、Lが自分とニアにだけそう打ち明けたことを、メロは思いだす。「ですから、彼が最初から「行きたくない」と言っていたとすれば……わたしは本当に自分ひとりでエデンへ行くつもりでいたんですよ。でも彼が、足の指に箸を挟んでラーメンを食べるということと引き換えに、この任務を了承してくれたので、思いきった手段に打ってでることにしたわけです。ただし、本当に無理せず、おのおのの命を最優先にして行動することを必ず誓ってください。また、誰かひとりの命の犠牲で任務を達成できそうだという場合にも――優先されるのは、メロ、あなたも含めた仲間全員の命だということを、絶対に忘れないでください」
「……ところでL、本当に足に箸を挟んでラーメンなんか食えるのか?」
 他のラファ・ラス・ルー・ティグラン・エヴァのことは別としても、メロは自分の命ひとつの犠牲で、エデンのメインコンピューター<リリス>を乗っとることが出来るなら、そうしてもいいと思っていた。だが、Lはそうした彼の性格というものもよくわかっていて、しつこいくらいその点については念を押していたのだ。
「もともと、中華料理はあまり好きじゃないんですが……まあ、仕方ありません。わたしは足の指にペンを挟んで字を書けますから、同じ要領でラーメンを食べてみたいと思っています」
「まあ、スパゲッティをフォークで食べられるんですから、ラーメンもなんとかなるんじゃないですか?なんだったら、ワタリに足の指に箸を挟んで食べるロボットを開発してもらうとか……いくら十歳にしてIQが250だなどといっても、結局は子供ですからね。仮にLが足の指でラーメンを食べられなくても、その代わりになるようなものを与えたらいいんじゃないですか?」
「ニア、おまえがそのロボットを欲しいだけなんじゃないのか?」と、メロが軽く突っこむと、彼は『無敵ロボット、ロボたんQ!!』という超合金ロボットを、おもちゃ箱の中から取りだしている。
「これは、わたしが院へきた初めての誕生日に、ワタリがプレゼントしてくれたものです。これに比べたら、本物のアンドロイドもわたしには色褪せて見えるくらいなので、他のロボットなんていりませんよ」
 ――そうしたメロとニアのやりとりを、Lはラケル手製のお菓子を食べながら黙って聞いていたのだが、今にして思うとメロは、その会話の中に何か、今度のミッションの鍵になるものが含まれているような気がしていた。
 ワタリが開発した、エデンにいるであろうアンドロイドのプロトタイプを相手に、ラファは極めて微弱な力の使用のみで相手を停止させるほどの力を見せたが、より人間に近いタイプのアンドロイドであるガブリエル・ナンバーには彼の超能力は通じなかった。つまり、<彼女>たちは「より人間に近い」ゆえに、体のほうも人と同じく脆弱なのだ。こちらに対しては拳銃やマシンガンによって対処できるにしても、人殺しをした時と同じ罪悪感からは逃れられないだろうと、メロはそう覚悟している。
 そして、そんな思いをラスには味わわせたくないとも思っていた。彼女は傭兵のアンドレ・マジードという男に戦闘能力を叩きこまれていたが、もともと精神的には弱い。自分の超能力で人型アンドロイドに火傷を負わせるだけでも……そのことが心の内側にある、自分が火事を起こして母親の死体を焼いたというトラウマと結びつかないとも限らない。
 32、33、34――と、エレベーターが下降していく間、そこに美しい景色のホログラムが映っているのに目もくれず、メロはいつどこでこの小さな箱の乗り物が止まってもおかしくないと思い、身構えていた。そんな中でラファとルーのみ、そこに映しだされるサバンナの光景やキリンやライオン、シマウマなどのいる景色に見とれている。いかなる技術によるものなのか、エレベーターの外には本当にサバンナが広がっているとしか思えないほど、その風景はリアルなものとしか感じられない。
「おい、そろそろ目的の50階だ。注意しろ」
 パキリ、と最後に一口チョコレートを食べ、そして残りをポケットへしまいこみながら、メロはそう全員に注意を喚起した。鬼がでるか蛇がでるか……いずれにせよ、ラファの電磁波が通じる相手には彼の超能力で対処し、それ以外のアンドロイドには――銃か肉弾戦によって対処する以外にはない。
 ポーン、と、この場合やけに間が抜けて感じられるのびやかな音とともに、エレベーターは地下50階で停まった。まず最初にメロが外の様子を窺い、そして最初の廊下を曲がったところで全員に「来い」という合図を手で送る。
 タイタロンの格納庫(この場合地下0階)にあったエレベーターに書かれた数字――A-10、B-20、C-30、D-40、E-50、F-60……は、それぞれに下りられる階数の上限を示している。ちなみにLが乗ったエレベーターはF-60で、そのエレベーターのみ、この地下基地のもっとも最下層へ通じることが出来るよう設計されているというわけだ。そしてメロたちの乗りこんだのがE-50であり、ここのXブロック041区画に、彼らが目的とする<リリス>に通じるサブシステムコンピューターがあるはずだった。
 ワタリの話によれば、A-Zの各区画ごとに大学の研究所と同じような形で専門分野の科学者たちが詰めていたということだったが――ラファが「まるでバイオハザードみたいだね、メロ兄ちゃん」と言った言葉は、確かに的をえているようにメロは思った。あたりは不気味にシーンと静まり返っている上、通りすぎる研究所はすべてほとんど閉鎖状態にあったからだ。それに、どこか黴くさい上、のぞいた部屋のいくつかの中には、白衣を着たままの骸骨がそのまま放置されているのが見えた。
「ねえ、これってもしかして……」と、全員が内心思っていた言葉を、ラスが代表するように口にする。「二十数年前からずっと、このままの状態で放置され続けてるっていう、そういうことなんじゃないかしら?」
「そうかもしれない。だが、そうであれば俺たちにはなおのこと好都合だと言えるかもしれないな。このまま、サブシステムのコンピューターがある場所まで無事辿り着けたとすれば――今回のこのミッションは思った以上に容易く終わることになるが……向こうがそんなにあっさり事を行わせてくれるとも思えない。ここまで、監視カメラのようなものはひとつも見かけなかったが、壁や天井に目に見えない形で埋めこまれているという可能性もある。とにかく、油断だけはしないことだ」
「そうね」と、ラスとルーが思わず同時に答えてしまい、顔を見合わせる。ラスは軽く笑っただけだったが、ルーは恥かしさで顔が真っ赤になるのを感じた。メロは自分にではなく、ラスに話をしていたのに――その言葉に返事をしてしまうだなんて……。
 そんなふたりの様子を見て、しんがりとして一番後ろを歩いていたティグランは、またも複雑な気持ちになる。最初にLから今回のミッションについて説明を受けて以来、メロと彼は射撃場で銃の腕前を競ったり、また城館の地下にワタリが設置してくれたジムで体を鍛えたりしていたわけだが――その間大して言葉を交わしはしないとはいえ、無言の上での仲間意識に近い<何か>というのは、互いに共有していた。
 彼らふたりは体を動かすことを通して、一種<無>ともいえる精神状態に近づく瞬間をわかちあっていたともいえるが、それは軍隊における仲間意識によく似たものだったかもしれない。特にメロは一時期アメリカ軍に在籍していたことがあるのでよくわかるが、そこでは命が懸かっている以上、どんな「気に入らない奴」とも共同作業をする能力が求められる。そういう意味でティグランとメロは互いに適切な距離を置きつつ、それなりに仲間意識のようなものを持ちつつあったというわけだ。
 だがこの時……アメリカのロサンジェルスで高校へ通っていた時のことからはじまって、突如として、ティグランの中でメロに対する憎悪の炎が再び燃え上がった。彼にしてみれば、それは一種精神病かと思えるほどの、異常な執着的妄念だった。ティグランは自分でも、今目の前で起きていること――ルーがどこか決まり悪そうに顔を赤くしていること――が、そう大したことではないと、頭の中ではわかっていた。それにエヴァがカイにちょっとした心の行き違いのようなもので失恋したと聞いてからは特に、自分のルーに対する想いというのは、抑えられてしかるべきものだと、彼はそう考えていた。むしろ、自分がエヴァのように、心の内的動きを誰にも悟らせないほど大人であったなら……と、彼は恥じさえしていたのである。
 にも関わらず今、メロのことを殺してやりたいほどに憎いと感じる自分のことを、ティグランはどうにも抑え難くなっていたのだ。
「おまえのその能力、本当に便利だな」
 メロがラファのことを軽く抱え上げると、A~Zに至るまでの区画にそれぞれある、電子ロックを指先ひとつで彼は次々と解除していった。
「まあ、普段はこの電磁波の影響で、データが全部消えただのなんだので、セスからは邪険にされてるけどね」と、ラファはどこか得意気な顔になっている。「俺のこの能力があったら、使い方次第によっては預金通帳のゼロを9桁に増やしたりもできるんだぜ。その他、ほとんどどこにでも顔パス状態でコンピューターには侵入できるし、カイは俺が育て方次第でこの世界の征服者にもなれるって言ってたくらいなんだから」
「なるほどな」
 かつてあった、ユーロの原版盗難事件――あの時の5分とかからぬ犯行の手際のよさは、ある意味ラファが一番の功労者だったということだ。その他、監視カメラはボーが重力を加えてめちゃくちゃにし、脱出の際にはルーが瞬間移動の能力を使う……ルーは自分が一度行ったことのある場所にしか移動できないので、やはり電子ロックなどのキィを解くために、ラファのこの特殊能力が必要になってくる。
(だがまあ、このお子さまは育て方を一歩間違えると、とんでもないことになりそうだからな……Lが言ってたとおり、しばらくはラケルと一緒にいさせて母性の影響下に置いたほうがいいってことになるのかもしれない)
 メロは廊下の角へ来るたびに、ライフルを構えて自分がまずその先の安全を確認するのを怠らなかったが、それでもそんなことを何十回も繰り返すうち、流石に自分のしていることが無意味であるようにさえ思われてきた。最初、基地に潜入する前までは、てっきりスターウォーズ張りの超科学基地のような場所を想像していたにも関わらず――他の階はまだわからないにしても、思った以上に意外と<普通>の場所だというのがメロにとっても他の全員にとっても、一番の驚きだった。
 ただし、ここが現在地球に存在する科学技術によっては決して人の暮らせない、地下数千メートルもの地下であることを思えば、このような地下都市ともいえる場所が存在していること自体、確かに凄いことではあるだろう。さらに、ワタリが説明してくれたところによれば――一見なんの変哲もないように見える壁、この白い漆喰を塗り固めたようにしか見えない壁の内部、ここには無数のフィラメントを組み合わせて、さらにコーティングした中で、特殊な細菌が無数に生きているのだそうだ。そしてそれが外の土や岩の成分と結びつき、半ば同化することにより、空気の清浄化まではかることが可能なのだという。さらに、区画ごとの<壁>によって細菌の種類が異なり、あるものは有害な電磁波を遮断する役割を持つものさえあるということだった。
 つまり、見かけは確かによくある大学の研究所風でも、いつどこに何があるかわからないという点においては、油断は禁物であるといえた。一度、ネズミが一匹出没し、壁に内蔵されているらしいレーザーがそれを一瞬にして退治するのを見てからは、メロもまた一度緩みかけた気持ちを再び引き締め直していた。どうやらそれは、人には反応しないものらしかったが、何しろここは二十数年前の例のクーデターがあって以来、放置されているような場所なのである。コンピューターの誤作動のようなもので、レーザーによって攻撃され、片腕がなくなったような場合には――それを元通りにするということは、流石のエヴァにも不可能だっただろう。
「さて、ここがサブシステムに通じるドアっていうことになるのよね」
 扉に書かれたZ-041というアルファベットと数字を見、ラスがラファのことを電子ロックのキィパネルの位置まで持ち上げる。そして彼がまるで指先をコンピューターの端末のようにそこへ繋ぎ、さらに数秒が経過しただけで――あまりに呆気なく、その扉は開いた。
 さらにその奥に、まるで銀行のATM機械のようなシステムがあるのを見てからは、メロもラスもラファも、他の全員が、ある意味拍子抜けしていた。彼らの想像によれば、よくSF映画に出てくるような、巨大な人間の意思を持つ機械のようなものがそこにあるのではないかと思っていたのだ。それなのに、エデンの全システムを統制しているという<リリス>というメインコンピューターを支えるサブシステムが、銀行のATM機械とは……さらに、あまりにあっさりと今回のミッションを遂行できそうな予感もあって、彼らはその時、全員が全員、やや油断している精神状態だった。そう――唯一、ティグランをのぞいては。
「動くな!!」
 肩に背負っていたライフル、その銃口をティグランはラファに向けた。そして、次の瞬間にはなんの迷いも前触れもなく、エヴァのことを右手に持っていた銃で撃ったのである……彼女は肩を撃たれてうずくまったが、すぐに自分のヒーリング能力で、その部分を癒した。だが、もし心臓か眉間でも銃で射抜かれていたとすれば、当然力を使うことは叶わぬ状態となる。
 今の発砲は、ティグランにしてみれば、自分があくまでも<本気>だということをわからせるための、威嚇射撃のようなものだった。そう、彼の状態が以前とは「何か」が違うと、彼以外の全員にもわかっていた。明らかに目の色や顔つきが、前のティグランとは違ってしまっている。
「全員、手を上げて俺の言うとおりにしろ。マスターがあんたらをどうするつもりかは知らんが、運がよければ記憶だけ消されて地上に戻されるチャンスがあるかもしれん。とにかく、死にたくなければ、そこのリリスに通じるサブコンピューターから離れろ!磁気嵐なんぞ起こした時には……おまえら全員、ここから生きて出ていけると思うなよ」
「ティグラン、おまえ……」
 両手を上げた状態で、一歩近づこうとするメロに対して、ティグランはまた発砲した。ワルサーP99が火を吹き、メロの頬をかすめる。
「メロ!!」
 ほとんど同時に、ルーとラスが悲鳴に近い声を上げる。
「おっと、外したか。どうやらコイツは、おまえのことが憎くて憎くてたまらないらしいんでな……冥土の土産におまえのことだけでも殺してやろうかと思ったが、女にもてもてとあっちゃ、生かしておいてやったほうがいいのかな?」
「……おまえは、一体だれだ?ティグランはどうした?」
 頬の血を拭って睨み返すメロに対して、<ティグラン>は軽く肩を竦めてよこす。まるで、そんな奴は知らないとでも言いたげな仕種だった。
「頭の悪い馬鹿なおまえらのために、一応説明しておいてやるとするか。俺はいわゆるコンピューターでいうところの、人格変換プログラムだ。おまえらがまだアメリカのロサンジェルスにいた時……こいつはそこのルーって女に振られて落ちこんでたんだ。しかも、メロっていう恋仇の奴がいる家に、仲間の全員がしょっちゅう出入りしてるとあっちゃ、孤独を感じずにはいられまい?そこで、こいつひとりがサンタモニカの別荘にいた時に――ちょいと脳味噌をいじらせてもらったというわけさ。俺の名前は、正式にはメフィストフェレスだ。この人格変換プログラムの名称が『メフィストフェレス-プログラム』っていうんでな、マスターや<天使>たちにはメフィストって仮の名前で呼ばれてるのさ……こいつは、言ってみればエデンの連中の十八番のやり方でな、どこの組織にもひとりくらい、誰かに恨みの気持ちや裏切りの誘惑に負けそうな奴ってのは存在するもんだ。そいつの頭の中に、言ってみれば二重人格になるように<俺>というプログラムを組みこんでおく。すると、そいつの負の気持ちが少しでも頭をもたげた時に、俺はそこを<入口>にして外へ出てくるという、そんなわけだ。だがまあ、マスターは非常にお心の広いお方なもので――もし、このティグランって奴にしろ、他の誰にしろ、自分の憎しみやら恨みっていう感情に打ち勝つことが出来たとすれば、<俺>という存在はその時点で消滅することになってる。だがこいつは、いつまでも女々しくそこのルーって女に執着し、その恋仇であるメロって奴にも、しつこく嫉妬し続けてたってわけだ」
「……………!!」
全員がティグラン――いや、メフィスト――の説明に固唾を飲んで聞き入っていると、不意に先ほどまで何もなかった空間が、シュッ!という音とともに突然開いた。そこからひとりの、髪の長いブロンドの女性が現れる。<彼女>はガブリエル♯2026だった。
「よくやりました、メフィスト。そこの坊やが電磁波を操れるとわかって以来……ルシフェル・ナンバーは近づくことが出来ないと判断し、わたしたちはあなたにすべてを賭けることにしたんですよ。あなたはかつてより願っていたとおり、我々の仲間として復活することができます。もっとも、プログラムを組み換える過程で、それ以前の記憶のようなものはすべて、一度消去されるということになりますけどね」
 朗々とした歌うような女の声に、メロは無意識のうちにもどこか、逆らえないものを感じた。そうだ――確かワタリが言っていたが、<彼女>たちは、人間が催眠状態に陥りやすい、もっとも心地好い音声で話すよう、プログラムされているのだ。
「はい。身にあまる栄誉にあずかれて、わたしも嬉しゅう存じます」恭しく頭を垂れながら、メフィストが言う。「して、この者らの扱いは、いかがいたしましょう?」
「まず、そこの邪魔な坊やをおまえが殺しなさい。そうすれば、他の者のことはどうにでも出来ます」
「御意」と答えるなり、なんのためらいもなく、メフィストはワルサーP99を今度は、ラファに向けて発砲しようとした。そして、彼を庇うため、バッ!とメロがその間に入ろうとする。
「きゃああああっ!!」
 ルーはその光景が見ていられずに、思わず目を覆った。自分の幼馴染みが初恋の相手を殺す……そんな残酷な場面を、彼女は正視していることが出来なかった。そして次の瞬間にルーが目を開けた時、そこには頭から血を流す、彼女にとっても他の仲間にとってもかけがえのない者の死体が転がっていたのだった。



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【2008/09/27 01:06 】
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