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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(15)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(15)

「さて、みなさん。全員揃ってますか?」
 一渡り顔を見回して、Lは一応そう確認した。唯一モーヴは睡眠中なのでいなかったが、それ以外のメンバー――メロとニアはもちろんのこと、セス・ラス・ルー・エヴァ・ラファ・ティグランは全員顔を見せていた。
「それで、話というのは?」
 セスが珍しく、どこか緊張感のある声音でLにそう聞く。Lは大理石の柱と数百冊もの蔵書の収められた本棚をバックに椅子へ座り、そのまわりを囲むように皆がソファに座っていた。唯一ティグランだけが立っており、ラファは床のラグの上でニア所有のアイソボットというロボットで遊んでいる。
「単刀直入に言うとすれば、こういうことでしょうか。わたしにはリヴァイアサンという生まれながらにして因縁のある敵がいて、その組織を壊滅させるために、あなたたちの力を借りたいと思っている……けれどもまあ、これは<もしよかったら>とか<できれば>といったような言葉が最初にくる、極めて消極的なわたしからの提案です。セスが殺し屋ギルドの裏情報を教えてくれたお陰で、これまでわからなかった犯罪組織の裏の流れもわかりましたし、シチリア・マフィアやロシア・マフィア、チャイナ・マフィアのボスなど――言うなれば、殺し屋ギルドの最高級幹部の面を割ることも出来ました。加えて、薬物売買・マネーロンダリング・武器密輸など、大体のところその規模や動いているグループのネットワークも解明されています。これだけのことが情報としてわかっていれば、彼らはわたしやメロやニアの手のひらで踊る猿に例えてもいいくらいだと言えるでしょう……しかしながら、上には上がいると言うべきか、わたしもまたある人間の手のひらで踊らされている猿にすぎないかもしれないんです。そしてそのお釈迦さまのことを、罰当たりにもわたしはこれから殺したいと思っている……そのことに無償で協力してくれと言うのはやはり、無理があるというものでしょうね」
「どうも今ひとつ、話が見えないな」と、セスが早速口を挟む。ラケルが出かける前にお茶の用意をしていってくれたので、そのセットを一揃い彼はすべてニアの部屋へ持ちこんでいた。
「まずひとつ目、Lのいう<敵>っていう奴の正体が僕にはさっぱりわからない。これでも一応僕は、カイと一緒にギルドの裏のトップを務めてきたからね……いうなれば、正義の探偵としてICPOのトップに立つ<L>とは、今まで敵対関係にあったといっていいわけだ。その僕らが互いに情報を明かしあっているのに――その上にさらに<リヴァイアサン>なんていう組織があるとLはいう。正直、そんな組織の名前はギルドの間では一度も聞いたことがないし、僕はLが精神病にかかっていて、いもしない架空の敵とこれから戦おうとしているようにさえ思えるけど……そのへんのことをもう少し、詳しく説明してくれないかな」
「もちろん、いいですよ」Lは、彼が日本茶を飲む姿を見ながら、思わず笑いそうになる。おそらく、メロとニアも同じような気持ちだろうことが、はっきりとLにはわかる。ある意味で<リヴァイアサン>という組織の情報をまるで知らないというのは、セスにとって屈辱的なことなのだ。これまでは自分のほうが有り余る情報を提供する側だったのに、今はその立場が逆転してしまったのだから……。
「<リヴァイアサン>という組織の名前は、あなた方もおそらくは知っている、有名なホッブスの著作名からきているらしいです。まあ、簡単にまとめるとすれば『万人は万人に対して、狼である』から、人間各自の無限の欲望を制限するためには、絶対の主権者と人は契約を交わす必要がある……そんなところでしょうか。この場合、言うまでもなくこの絶対の主権者というのが<リヴァイアサン>であり、その組織を率いるK――カイン・ローライトという男ということなります。わたしはアイスランドの彼の父親が創設した<エデン>という地下組織で生まれたのですが、彼の父親のレオンハルト・ローライト博士は遺伝子工学の父と呼ばれた人であり、その彼の研究の最高傑作として生まれたのがこのわたし、ということになるでしょうか。リヴァイアサンという組織ではすでにアンドロイドやクローン人間をはじめ、この世の既存の科学を超えた絶対的な力が存在しています。今は<K>ひとりが総帥として部下のアンドロイドたちを従えている状態ですが、彼が自分の父親に対してクーデターを起こす前までは――数百人の科学者たちがそこには住んでいたんです。しかしながら、そこまでの最先端の科学技術を有した彼らでさえ、人口子宮によって人間を誕生させるということまでは出来なかった……わたしもまた、ローライト博士の妻を代理母として彼女の子宮の中で育まれたんです。つまり、わたしは優性遺伝子の掛け合わせによって生まれた存在なので、ローライト博士の妻であるイヴとも、また彼らの息子であるカイン・ローライトとも血の繋がりというものはないんですが、イヴはわたしを身ごもっている時、「悪魔の子が胎に宿っている」と信じるようになり、やがて発狂したと聞いています。レオンハルト博士はイヴのことをとても愛していたそうなんですが、頭がおかしくなった彼女の心情を思いやることはせず、無理にわたしを出産させたということでした……そしてそんなふうに、出産の道具としてしか最愛の母のことを扱わなかった父のことを、カインは殺害する計画を立てる。その前に気の狂った母親のこともまた、彼はその手で直接殺したそうですが、父親や他の人間のことは旧式ナンバーのアンドロイドを改造することで、次々に彼らを血祭りに上げていったらしいですね。
 もちろん、アンドロイドなどという存在を認めろというのは、今の地球上における科学技術の発達具合から考えても、到底無理なことです。セスが言ったとおり、これがわたしひとりの誇大妄想であったらどんなにいいかとさえわたしも思いますよ。精神病の兆候として、いもしない敵に狙われていると妄想したりするのは、よくあることらしいですからね……まあ、わたしが言った言葉を信じるのも信じないのもあなたたちの自由です。ただわたしは、このままいくと確実にカインに殺されなければならない――それも普通の人間のようにただ死ぬというのではなく、死んだ後にクローンとして復活させられる可能性すらある……今わたしが持っているいくつかのシナリオのうち、もっとも可能性が高いと思われるものは、わたしひとりがアイスランドの<K>の組織に乗りこみ、よくて彼と相打ち、悪ければわたしひとりが死ぬというものです。わたしはあなたたちに自分に対して同情してほしいとは思いませんし、むしろそうした感情を一切排除した上で、この世界の未来のことをよく考えてほしいと思っています。<リヴァイアサン>という組織を最初に創設したのは、<K>の父親、レオンハルト・ローライト博士ですが、彼がエデンという地下組織を創った最初の目的は――核戦争から地球を守る、というものだったそうです。つまり、核のボタンをどこかの国が押せば、たちまちこの世界の危ういバランスは崩れ去る……そんな時にさまよわざるをえない弱き民のため、救いの手を差しのべるための重要な保険、それがエデンの創設された最初の意義だったんですよ。ですが、進みすぎた科学というものは人の心を狂わせるものです。エデンという地下組織には人工太陽が存在しており、さながら地上と変わらぬ生活を送れるということらしいですが、やはりそれも<本物>ではありませんからね……カイン・ローライトがしたのと似たようなことは、おそらく彼が行わなかったとしても、数十年後には必ず起こってエデンの秩序崩壊をもたらしていたのではないかと、わたしはそう考えています」
 アールグレイの紅茶に砂糖をぽちゃりといくつも入れ、そしてそれをズズーッとLは飲みほしている。その様子を見てルーとラスは「うぇっ!」といったような反応を見せ、互いに顔を見合わせる。さらにLは、これまたラケルの作ったパイやケーキに手を伸ばし、ぼろぼろとパイ皮のかけらをこぼしたりしながら、ムシャムシャと無造作にそれを食べるのだった。
「まあ、あなたは確かに相当の変人だと、それは確かに僕もそう思いはするが」と、全員の意見を代表するように、セスが腕組みをしたままで言う。「それは精神が病いにおかされているからではないと、一応そう信じることにしよう。何より、僕は前からほとんど確信していたからね――ソニア・ヴェルディーユと娘のカミーユの死に方は普通じゃなかった。そして壁のYou are a “L”oserの文字……僕があなたに事件についてどう思うかと訊いても、あなたは「わからない」としか答えなかった。それですぐに僕はこう思った――それは正確には「わからない」のではなく、「わかっているが答えたくない」ということなんだろうとね。そして今ほとんど確信したよ。ソニアとカミーユを殺したのは、おそらく人間の力を超えた何かの存在によるものなのだと……僕の推理が飛躍していなければ、冷酷無慈悲なアンドロイドにでも彼女たちは殺されたんだろう。違うかな?」
 自分でも馬鹿げていると思っているのか、セスの顔には自嘲するような皮肉げな笑みが漂っている。そして何を思ったのか、Lが彼のグリーンティに角砂糖を入れようとしているのを見て、セスはさっと素早くカップをテーブルからよけた。
「正解です」と、Lは自分にご褒美を与えるように、その角砂糖を口許へ運んでいる。「あなたたちの恩師であるミハイル・エッカート博士にはふたりの兄がいて、エデンでは航空学の権威としてとても有名な方たちだったそうです。そして末の弟であるエッカート博士のこともまた、ローライト博士はエデンに誘ったそうなんですけどね……彼は『この地上こそエデンだ』と言って、科学者にとってはこの上ない魅惑の誘いを断ったんだそうです。その後、このエッカート博士に育てられたあなたたちが、わたしと接触を持つことになったというのは――ある意味実に奇妙な運命の巡りあわせだとも言えるかもしれません。何故ならもしその時、ミハイル・エッカートが兄たちと一緒にエデンへ行っていたとしたら、彼はそこで超能力の研究を続け、わたしは今ごろその超能力者たちに苦しめられていたかもしれないわけですから……」
「あたしには、難しいことは何もわからないけど」と、ラスが初めて口を挟む。「それでも出来るなら、Lに協力したいと思う気持ちはあるわ。例の延命のための薬……それを創れるのは、今この地上でエリス博士ただひとりだけだと思うし、何よりもそのことがカイの遺志だったんだもの。その恩義に報いるためだったらあたしは、なんでもするわ。ただ、わたしの超能力がどの程度Lの役に立てるかは、極めて謎のような気もするけど……」
 カイの名前を聞いた途端、セスとメロがほとんど同時にラスのことを見る。彼女はその強い視線を感じて、思わず彼らから目を逸らした。カイが死んだのは決して、自分自身のためなどではなかったということをラスは知っている。カイは生きている間も死期が近くなってからも、自分以外の仲間とギルドという組織が<世界>に及ぼす影響についてしか、考えてはいなかったのだ。それなら自分もまた同じように――彼がもし今も生きていたらしたであろう決断を同じように下したいと、彼女はただそのことだけを思っていた。
「そうね。理屈の上では、セスの言うとおり、ギルドの情報が<L>の元に渡ったことと、延命の新薬は交換条件として五分五分なのかもしれないけど……わたしは物事をそんなふうに計算ずくで考えたりはしないもの。どちらかといえば、これはほとんど直感のようなものだけど――そのカインっていう人は間違っているような気がする。というより、彼自身が救われたがっているように思うのは、わたしの気のせいなのかしら?」
 エヴァの言葉に対して、答えられる者は誰もいなかったが、L自身はエヴァの直感を極めて鋭いと感じていた。<K>はむしろ、自分に倒されることで――<リヴァイアサン>という組織の総帥の座から降りたいと考えているのではないかと、Lは時々想像することがある。とはいえ、同時にKのプロファイリングは、その真逆――いつまでもその万能の神の座に着いていたい――でもあるのだ。そこでそのことを精神医学の権威であるロジャーに相談してみたところ、彼はこう言っていた。おそらくはその両方が正しいだろう、と。
「わたしのテレポート能力も、何かの役に立つかしら?」ルーが暫くの沈黙が流れたのちに、おずおずとそう申しでる。「わたしが単体で移動できる距離は5km四方といったところだけど……人数が増えた場合は当然、移動できる距離は短くなる。それに十人の人間を一度にテレポートさせるのは無理だし、その場合はせいぜい五~六人が限界っていったところだけど……それでよかったら、脱出する時にでも役に立てるんじゃないかって、そんな気がするの」
「ルーが行くんなら、俺も行くしかないな」と、大理石の柱のひとつにもたれかかりながら、ティグランが言う。「敵がもしアンドロイドのような人形だっていうんなら、むしろ俺にとっては好都合だ。人間相手にPKを使うのは流石に気が引けるが、結局そいつらのことは<物>だと思えばいいってことだろ?だったら思う存分、力を使ってやるよ」
「人間相手には気が引けるだって?その割におまえ、俺に対しては全然手加減しなかったんじゃないか?」
メロがパキリ、とチョコレートを食べながら容赦なくそう突っこむ。ルーは一瞬はらはらしたが、意外にも、メロとティグランの間には以前あったような険悪な空気はなくなっていた。
「おまえは唯一別だ。まあ、もしメロが困って「助けてくれ」って泣いて縋るなら、大いなる憐れみの心から救いの手を差しのべてはやるよ」
「……………」
 メロは面白くなさそうな顔をしてはいたが、それでも何も言わずにいた。ルーは彼のそんな様子を見て、思わず笑いそうになってしまう。
「なんだ?今のは笑うところじゃないだろう?」
「だって……なんだかおかしいんだもの。メロがティグランに助けてもらうところなんて、想像もつかないし」
「言えてる」
 ぷっ、とラスとエヴァもまた同時に笑ったが、メロとティグランには彼女たちが何故笑うのかがさっぱりわからない。それで一瞬互いに目を合わせそうになり――やはりムッとしたように、顔を背けあう。
 Lにとって、この事態はある意味、想定外のものだった。彼の予想ではまず最初にセスが新薬開発とギルドの情報網は五分の取引であるとして、協力する必要はまったくないと全員の代表として意見を述べ、他のみなもまたその意見に賛同するであろうと思っていたのだ。
第一、 Lはおそよこれまで、女性に好かれた試しがない。小さな頃に学校に通っていた時もそうだし、エリスが「生理的嫌悪を覚える」と自分に言っていたとおり、その反応がほとんど一般の女性の自分に下す評価基準なのだとこれまで思っていた。それなのに意外にも、ラスやエヴァやルーが真っ先に協力を申しでてくれたのを見て――その背後にはやはり、かなりのところラケルの存在が大きいと彼は思わずにいられなかった。
「ところで、最後にひとつ聞くけど、ラファのことも連れていくつもりなのか?」
 セスは腕を組んだまま、アイソボットをリモコンなしに動かしている問題児を、溜息混じりに見つめている。電磁波を操れる彼にとっては、ロボットだけでなくラジコンを動かす時にも、リモコンなどは一切必要なかった。ただ<念じる>だけで、それはラファの思ったとおりの方向へ自在に動いてくれる。
「……それは、ラファ自身に決めてほしいことだとわたしは思っています」Lは自分の後ろのラグに座っている彼のことを振り返り、そう言った。性格や性別や年齢といったことを別にして、ただ純粋に<能力>という点だけをとってみたとすれば――一番行動をともにして欲しいのは、Lにとってはこのラファエル・ガーランドという十歳の少年だったのである。
「俺は、Lになら一緒についていってもいいな」
 ガーガーとおもちゃとは思えないほど、複雑な動きをしてみせるロボットを動かしながら、ラファは答える。
「誤解してもらっちゃ困るけど、べつに俺は新薬がどうとかそんなこと、どうだっていいんだ。カイが生きてたらLに協力するだろうとか、そんなふうにも全然考えないしね――ただ、セスはギルドの仕事については全然手伝わせてくれないからつまんないし、正直、長生きできようができなかろうが、俺はどうだっていいんだよ。ただ退屈でとても暇だからLについていってもいいかなって思うっていう、それだけだ。でもまあ、もし俺がそれなりの働きをしたように思われた場合には、Lにひとつやってほしいことがある」
「……それは、なんですか?」
 ずっと黙って話を聞く側にまわっていたニアが、そう聞いた。もし自分がラファの立場なら、とてもではないが<退屈だから>というような理由で、リヴァイアサンの本拠地へ乗りこみたいとは考えないだろうと思いながら。
「足にフォークを挟んでスパゲッティを食えるんなら、フォークを箸にかえて、ラーメンを食うこともできるだろ?無事に帰ってきたら、是非それをやってみせてくれ」
「……そんなこと程度でいいんですか?」と、Lは思わず真顔で答えてしまう。ほんの少し、呆れ気味に。
「ああ。言っておくが、たとえLでも箸を使うのは難しいぞ。俺なんか、今も日本料理店じゃうまく使えないくらいだからな……それを足でやれたとしたら、ギネスものだろ?」
 対するラファも至って真面目な顔つきだった。それで、他のみんなは思わず、彼らの話の内容に相応しくないその反応がおかしくてたまらなくなってしまう。特にラスとエヴァとルーは声を合わせるように笑っていたが、その陽気な雰囲気を打ち破るように、セスが最後にこう言った。
「悪いけど、僕の考えはみんなとは別のものだ。僕はLにはついていかないし、他のみんなも命の危険をおかしてまで、得体の知れないその組織に乗りこんでいく必要はないと思う……僕はあえて、カイが生きていたらみんなの益になるためにどう行動したかとは考えないよ。ただ、みんなが何をどう考えて行動するかはそれぞれの自由だ。だからその意志を尊重して、みんな好きなようにしたらいい……ただ、それと同じ権限において、僕はその件についてLには協力しない。僕個人の意見は以上だ」
 セスはいつも必要以上に冷静なのでわかりにくいが、ニアの部屋を出ていく彼の背中には怒りの感情があると、誰もが気づいていた。言ってみれば、この会議はセスの予想していたとおりには進まなかったということだ。自分でも言っていたとおりセスは、この場合においては<カイだったらどうしたか>とは考えなかった――というより、幼い頃に戦争というものを経験したことにより、大義のために命を投げだすという行為に彼個人は極めて強い嫌悪感を覚えてしまうのである。それが仮に正しいことであるにせよ、間違っていることにせよ、いずれにしても何かそうしたことのために人間が集団的に命を投げだそうとすることに、ほとんど反射的といっていい嫌悪の情を彼は覚えてしまうのだ。
「セスには、あとでわたしから話をしておくわ」
 ミルクティーを一口飲み、そしてカップをソーサーに戻しながらエヴァが言った。彼女には読心術と呼べるほどの能力はないにしても、それでもセスのオーラが珍しくいつもの黄色――<中立>から青と赤、それに緑に分裂しているのを感じとっていた。そこから読みとれるものは怒りと苛立ちと一種嫉妬にも似た複雑な感情だっただろうか。
「それより、ラケルとボーがいない時を見計らってこうして話しあいの場を持ったということは、彼女はLと結婚していながら、実際のところ本当にはまだ何も知らないということなのかしら?」
 エヴァがまた鋭くそう指摘するのを聞いて、Lは思わずぼりぼりと頭をかく。
「ええ……ラケルにはまだここまでのことは話していません。あなたたちも、長くこのことを隠しとおすのは難しいと思いますから、近いうちに必ずわたしの口から、彼女には本当のことをすべて話します。それまでは内密にしておいてほしいんですが……そういうことで、お願いできますか?」
「そうね。なんにしても、そろそろラケルとボーも帰ってくるでしょうし、今日の会議の続きはまた明日、ラケルたちが買い物へ出かけてからっていうことにしましょう。そのリヴァイアサンとかいう組織のことは、Lのほうで調べがついてるんでしょうし、あなたの頭の中には、わたしたちのうち何人が協力するか、誰が協力してくれるかで変わるプランがあるんでしょう?それなら、ここでもう話は決まったわけだから、明日はLの頭の中にあるその計画について、詳しく聞きたいわね。みんなもそれでいい?」
 ラスやルー、それにティグランが同時に頷くのを見て、Lはまた少し意外な感じがした。全員の意志をひとつにしてまとめる役割はこれまで、セスひとりが担っているものとばかり思っていたが――実際にはそうとばかりも言えないらしい。エヴァからは、大人しくて控え目な印象しかLはこれまで受けてこなかったが、もしかしたら彼女は自分が<女性>で<目が見えない>のを理由に、一歩引いたところにいたというだけで、もし大きな物事を任せたとしたら、リーダーシップをとってうまくやれるだけの才覚があるのかもしれない。何より、人の感情的なオーラが読めるというその能力は、全員をひとつにまとめる場合にも役立つだろう。
「みなさんのご協力、心より感謝します」
 まるで、街頭で募金を集める時のようなLの物言いに、ラスとルーがまたくすくすと笑いだす。Lの言葉にはいつも感情的な何かがこもっておらず、エネルギーを節約するようなその話し方に対して、彼女たちは笑いを禁じえないのだった。何故なら、彼がぼんやりのっそりした様子のまま、まるで食卓の砂糖をとってくださいとでも言うように――「あなたを愛しています」とラケルに告白したり、背中に花を隠し持って「結婚してください」などと言うさまを想像するのは、彼女たちにとっておかしくてたまらないことだったのだ。
 男尊女卑云々を論じるでもなく、ルーとラスとエヴァがワゴンにティーセットを乗せてニアの部屋を出ていくと、その後に続くように無言で、ティグランもまた黙ってそこを後にする。残ったLとメロとニアは互いに顔を見合わせ――それからアイソボットで遊ぶラファのことを一瞬振り返る。
「意外にも、簡単に話が進んで拍子抜けしたな」
「ええ……彼らはもともと知能も高いですし、超能力を持っているせいかどうか、勘も鋭い。ですから、いちいちどれほどの危険の伴う命懸けの任務になるかなどと、詳しく説明するほどのこともなかったんでしょうね。まあ、これからのことはLの計画をさらに詳しく聞いて、みんなで細かいところを詰めていく……そんなところになりますか?」
「もちろん、命の危険があることについては、何度も念を押す形で、彼らに言っておきたいと思っています。ですが、これでKに勝てる勝算が高くなったと同時に低くもなりました……いいところを言って五分と五分、あとは出たとこ勝負ということになると、そのへんについても、彼らには包み隠さず話さなければならないでしょうね」
「箸でラーメン、忘れるなよ!」
 アイソボットにバレリーナの踊りをさせたり、エアギターを弾かせたり、ニワトリの物真似をさせたり――さらに西部劇をやらせるのにも飽きると、ラファは最後に一言そういって、ニアの部屋から出ていった。
「ラファは、実は意外に将来大物になるかもしれませんね……」アイソボットをポイ、と手許に手渡され、ニアはそれをテーブルの上へ置く。そしてリモコンで操作しながら、色々と複雑な動きを彼にさせてみた。
「ああ。あの小憎らしいツラは、どっかの誰かさんにそっくりだからな」
 アチョー!と言ってアイソボットが蹴りの構えをメロにして見せるが、彼はくだらない物でも見るような目をして、チョコレートの最後のひとかけをポイと口の中へ放りこんでいる。
「さてと、そんじゃあまあ、後はL次第ってことだ。これから毎日ラケルとボーのいない間だけ作戦会議をするってのも、無理があるだろうからな……Lも早めにラケルには話したほうがいいんじゃないか?」
「ええ……」
 アップルパイの最後の一切れをもぐもぐ頬張りながら、Lもまた考える。まず最初にメロとニアに自分の出生について話し、今また同じ話を繰り返したことで――少し勇気がでたような気が、Lはしていた。そうでなければ、ラケルにはとても<真実>を話す勇気が持てないままだっただろう。あるいは「わたしは死ぬかもしれませんが、お元気で」といったような奇妙なことを口走ってしまいそうだった。彼女が自分を深く愛していることがわかっているだけに……実は愛人がいるというわけでもないのに、それ以上のひどい裏切りをこれから犯しそうな気のすることが、Lには不安だった。そう、小さな子供ように怯え、不安で心細いと感じる自分が心の奥底にいることを、Lは自分自身でよく自覚している。そしてその部分をラケルに隠しとおすことが出来るのかどうか――何よりもLは、そのことが一番怖かった。
(あなたの愛する者が、もっともあなたを脅かす……)
 Lは昔、小説か何かでそういった一説を読んだ覚えがあるが、その一説がどの書物からのものであったかが、何故か思いだせない。彼の頭の中には、ニアと同じく、後ろの本棚の内容がすべて収められていたにも関わらず。
 ただ、Lにわかっているのは次のようなことだった。<K>はLにとっては不倶戴天の敵であり、ラケルは何があっても彼を裏切ることのない味方であるにも関わらず……Kにひどいやり方で殺されることよりも、ある意味ラケルの心が自分から離れていくことのほうが、Lにとってはより脅威なのだ。
(愛しているからこそ失うのが怖い……いや、愛しているからこそ死ぬのが怖い。もしあなたのことを知らなければ、わたしはこんな感情を覚えることもなかったのかもしれませんが……)
 もちろん、Lにはわかっている。すべてを打ち明けたら、彼女はこれまで以上に溢れるほどの愛情を示し、また自分に同情してあたたかい涙を頬に流すだろうことが。それは彼にとっても99.9%疑いようのない反応だった。それでももし――そうした反応の後に、拒絶されたとしたら?0.1%あるその僅かな可能性が、Lの心に酸のような染みを残す。今度こそ、あなたにはついていけないと言われたとしたら……。
「……L?」
 膝を抱えている彼の手が微かに震えていることに気づいて、ニアはリモコンの操作を止めた。アイソボットは「シャキーン!」というポーズを決めたまま、止まっている。
「いえ、なんでもありません。ラケルには近いうちに必ず話しますから、また明日、同じ時間にここで話しあいましょう」
「?」
 メロとニアには、ラケルが本当のことを知ろうが知るまいが、彼女のLに対する態度は変わらないだろうことが、わかりきっている。にも関わらず当のL本人が本当は怯えているということを知ったとしたら――彼らも「愛する人間のいることが不幸の種であり、不安の源である」というふうに思っただろうか?愛しているからこそおそろしい、愛する者こそが実はもっとも怖い存在なのだと知ることが、幸せなのか不幸なのか……Lはわからないと思った。そしてラケルが彼という存在のすべてをわかった上で再び受け容れてくれたにしても――まるで戦役のために妻を故郷へ残す夫のように、自分は死を覚悟してエデンへ乗りこまなければならないと思うと……Lはいっそのことラケルが自分のことを突き放して、荒野のようなひどい場所に置き去りにしてくれたらとさえ、時に願う瞬間があるのだった。



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【2008/09/25 06:50 】
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