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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(11)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(11)

「いいかげん、ヘソを曲げてないで、みんなと仲良くしたらどうなんだ?」
 セスがボーと、物置部屋になっている部屋にツリーを運んでいると、そこの曇った窓からは、ティグランが一心にシュートを打つ姿が見えた。そこで彼は、兄のボーと中央広間のところで別れ、表玄関から外へ出ることにしたというわけである。
「なんだよ?カイにかわって兄貴面でもするつもりか?おまえらしくもないな……本当は、俺のことなんかどうでもいいくせに」
「まあ、そりゃあね」セスは足元に転がってきたボールを拾うと、それをゴールに向けて投げるが、見事に外した。「正直いって僕には、カイの代わりになれるほどの素養はない。それは確かだし、彼ほど親身になって君の相談にのれるような人間でもないからね……でもまあ、今の状況が気に入らないっていう点では、意見が一致していると言えるだろうな。僕は昔からラスのことがなんとなく嫌いだったけど、今回のことでまあ決定的に彼女のことはどうでもよくなったっていう、そんなところだ」
 ティグランがゴールから軽く7メートルは離れた位置から、スパッ!と華麗にゴールを決めるのに対し、セスはそれより遥かに近い位置からシュートしているにも関わらず――五本とも連続して外していた。
「おまえのは、シュートする時のフォームが悪いんだ。ようするに体の筋肉が硬いんだろうな……とりあえず、バスケの素養がないのは間違いないが、俺だってこれでも、セス――おまえに対して「悪い」と思う気持ちがないってわけじゃないんだぜ?俺はべつにラスに対してはどうとも思ってない。メロの奴がルーとくっついていたにしろ、ラスとくっついていたにしろ――結局のところ俺は、どっちでも腹が立ってたっていう、そういうことだ。そしてそういう感じ方しか出来ない自分にも腹が立つし、今は城のどこで誰と顔を合わせても面白くない気持ちが心の中にムラムラと燃え上がってくるような感じだな……それよりは町の片隅にあるコートで、全然知らない連中とチーム組んでバスケしたり、そいつらとパブで軽く飲んだりするほうが楽しいっていう、ただそれだけのことさ」
 ロサンジェルスでハイスクールに通っていた時もそうだったが、ティグランは特に男の友達に好かれていた。彼自身は口数も少なく、何か面白いようなことを言うわけでもまったくなかったが――彼が極めて真面目で真っ当な人間だというのは、出会った瞬間に誰もが感じることであり、浮ついたところのないその真っ直ぐな性格に、誰もが惹かれずにはいられないのだろう。そしてこれは実は、メロにもまったく同じことが言えたのだが――おそらくこのふたりは、出会い方さえ違っていれば、互いにもっとわかりあえていたのかもしれなかった。
「そうか」と、セスはまた一本シュートを決めようとして、ガゴッ!と大きく外した。そして自分の足元近くまで転がってきたボールを、ティグランが拾いあげ、見事な放物線を描いたボールはまたも、リングに綺麗に収まる――まるで、それが自然だ、と言わんばかりに。
「もちろん僕は、ルーの心がメロのものになったから、ティグランがヘソを曲げてるとか、そんなにふうには最初から思ってなかったよ。ただ、そうだな……ルーが可哀想だと思う気持ちはある。だから彼女が健気にもメロへの気持ちを抑え、彼やラスに気を使っているような素振りを見せると――彼らに自分のしたことをわからせてやりたいような気持ちになるんだ。てっきり僕は、ティグランも似たような気持ちかと思っていたが、そういうわけでもないのか?」
「そうだな。俺はおまえのように理詰めで物を考えることも出来ないし、そうやって頭で考えたことをうまく口で説明できるほど器用じゃないからな……うまく言えないが、とにかく今は駄目だ。もう少し時間を置くか、あいつらとは少し離れて行動しないと……メロを殴るなりなんなりして、「おまえは最低な野郎だ!」って怒鳴りそうになる。本当は、あいつが悪いわけでもラスが悪いわけでもないんだろうが、自分やルーに対してあいつが居心地の悪い思いをさせているにも関わらず、少しも良心の呵責を感じてないようなあいつの顔を見ていると――「おまえも少しは苦しめ!」って、そう言いたくなって仕方ないんだ」
「……少し、向こうで話をしないか」
 セスは、結局のところ何本ボールを打っても、ゴールを決めることが出来ないまま、ティグランのことをバスケットコートの脇にあるベンチへ誘った。軽く二百エーカーはあるという庭は、今は多くの樹木などに冬囲いがしてあって殺風景ではあったが、ラケルが春や夏や秋頃にどんなに美しく花が咲き乱れるかを語っていたので――一度、モーヴがその予想図をキャンバスに描いてみせたということがある。彼女から花の種類などを細かく聞かされたモーヴは、夢の中でその庭を歩き、その時に見た光景どおりに描いたらしいが、まるで写真で描きとったようなその精確さに、ラケルは言葉もないほど驚いたようだった。
 どのみち、今のような生活はそう長続きはしない……そのことはセスにもわかりきっていることだった。<L>が自分たちの延命を可能とする『切り札』を握っている以上は、彼に協力する以外にないとセス自身も思っているとはいえ――代償は思った以上に高くつきそうだとの予感が、彼の内にはすでにあった。
「それで、おまえが俺に言いたいことってのはなんだ?まさかとは思うが、<延命>のための薬を手に入れるために、ラスとメロの仲を認め、ルーが可哀想でも黙って見てろ、なんて言うつもりじゃないだろうな?」
 ベンチの上から革のコートを取り上げると、ティグランはそれをトレーニングウェアの上から着た。対してセスは、グレイのロングコートのボタンを外し、それを脱ぎはじめている……ティグランに比べれば、たった少し運動量と言えたが、それでも内側には汗ばむくらいの熱が生じていた。
「僕は、ティグラン――おまえにはもう、何かを強制つもりはないよ。それでも、カイがいればもう少し話は別だったんだろうけどね。最初に言ったとおり、僕には彼の代わりは務まらないし、ティグランの気持ちを心からわかってやるということもできない。ただ、心情的には僕はおまえに近くて、したがってティグランの味方側の人間だということが、今言える唯一のことだ。十歳の時……僕と兄さんの後にラスが入ってきた時のこと、ティグランは覚えてるか?」
「まあ、なんとなくぼんやりとではあるけどな」と、ティグランは軽く肩を竦めている。正直いって、自閉症的な性向というものが、どこまで病気で、どこからが本人の性格によるものなのかが、ティグランには今もよくわからなかった。その頃すでにエッカート博士からは「大分よくなったね」と診断されてはいたものの――彼のひとつの物事に執着するという性格は、以後まったく治らなかったともいえたからだ。
「確かに、第一印象でなんとなく『綺麗な子だな』って思ったのは覚えてるよ。エヴァも可愛い子ではあったけど、病気のせいか、彼女には少し生気が足りないように感じていたし……何より、俺にとってはルーが一番の女神だったからな。新しい子がきたって聞いても、半分以上どうでもいい感じだった。でもラスには東欧人に独特の強い魅力があったっていうのは、はっきり覚えてるよ。うまく言えないが、あとは生命力というのか、何かそういう強いオーラを彼女には感じたから、カイもラスのそういうところが好きになったのかって、ぼんやり思ったっていうところかな」
「そうだな。エッカート博士もヴェルディーユ博士も、何も顔や容姿でさらってくる子供を決めていたわけでもないんだろうが――うちの孤児院には可愛い子が多かったよな」と、セスは笑って言った。「けどまあ、正直なところを言って、僕は最初からラスのことがあまり好きじゃなかったんだ。理由はもちろんいくつかある……まず第一に、彼女が無自覚になんの罪の意識もなく、エヴァからカイを横から取ったということだ。ティグランにとってはその時からすでにルーが女神だったんだから、他のことにまでそう考えがまわらなかったかもしれないけど……僕の目から見れば、カイとエヴァは相思相愛の仲だったんだよ。彼はエヴァに対して薔薇の花の香りや色についての講義を長々行ったり、フルーツの色とか、土の手触りとか、外を歩いてる通行人の格好についてとか、彼女に事細かく説明していてね。ただ相手のことを「好き」ってだけじゃ、とてもここまでは出来ないって僕は思った。だって、茶色という色の定義についてなんて、目の見えない人間にどう説明する?雪景色の美しさについて、空がどんなに広いかとか、星の輝く夜の素晴らしさについて――カイは色々な物語を織りまぜて彼女に聞かせるのがとてもうまかったんだよ。たとえば、オリオン座について説明する時には、エヴァの手をとってひとつひとつの星を指し示すようにしたりね……そして例のギリシャ神話を彼女に対して聞かせるといったような具合だった。でも、ラスが院にきたことによって、そのバランスが崩れたんだ。僕はそのあとも時々、よくこう思ったよ。彼女が孤児院にこなければ、今頃はエヴァとカイが恋人同士だったんだろうにってね。確かに、ラスはそんなこと<何も知らなかった>わけだから、彼女に罪はないのかもしれない。でも、今またまったく同じことが繰り返されてみると――昔の思い出が甦って、どうにもこう思うね。彼女はもっと良心の呵責に苦しむべきだし、仲間全員に対して申し訳ないという気持ちを持つべきだと、何かそんなふうに思えてならない」
「まあ、おまえは昔からエヴァびいきだったからな」と、ティグランも少しだけ微笑んだ。セスは滅多にここまで自分に本心というものを洩らすことはない。翻してみるとすれば、それだけ今の状況が彼にとっても気に入らないものだということがわかる。「だがまあ、結局のところその時と同じく、時間が経つのを待つしかないっていうことだろ?俺は今つくづく感じているが、嫌いな人間や嫌な思い出のある場所からはおそらく、距離を置くしかないんだ。そうだな……今のセスの話を聞いていて、俺はこうも思ったよ。俺のメロに対する気持ちっていうのは、ようするに逆恨みめいてるってことは、俺にも最初から薄々わかっていたことだ。あいつが俺たち仲間全員の間に亀裂を生じさせて、俺がいた居心地のいい場所を奪った、おそらくはそんなふうに感じる気持ちが強かったんだろう。だがまあ、人間ってのは難しいもんでな。そうとわかっていても、あいつの顔を見ると殴りたくてたまらないような気持ちになるんだ。これだけは本当に、俺にもどうしようもない」
「……ティグラン、もしおまえがここにいるのが嫌なら、アメリカに渡ってプロのバスケットボールチームのスカウトを受けるっていう手もあると僕は思ってる。そうだな……向こうのワイミーズ系列の病院で定期的に診察を受けて薬を処方してもらうことも出来るだろうし、エリス博士の新薬が開発されたら、すぐに僕の手でその薬をおまえに届けてやるよ。何があっても、それだけは絶対に約束する。けど、僕がティグランにここにいて欲しいって思ってる気持ちも本当なんだ。べつに、カイにかわって兄貴ぶろうっていうんじゃなくね。僕らは今までずっと家族同然に一緒にいるのが当たり前だったから……そのうちの誰かひとりが欠けるのも、僕は嫌なんだよ。でもまあ、それはもしかしたら互いの寿命がそう長くはないと認識した上での共同体意識だったのかもしれない。もし僕たちが新しい薬で大人になって長く生きられるというのなら、これからは遠く距離を置いて別の世界で羽ばたこうとする仲間のことを、祝福しなくちゃいけないのかもしれないな」
「……………」
 しばらくの間、セスとティグランの間には沈黙のとばりが降りた。お互いに、相手が自分の心の中で思っていた以上に<わかっている>ことを再確認したのだ。そうなればもう、特に言葉で説明しなければならない事柄は何もなかった。ティグランにしても、今までほどの居心地の悪さを城館内で感じる必要はないはずだった。もともと、この城に住む人間は全員、徹底して個人主義なのだ。唯一ラケルという女性は違ったかもしれないが、彼女にしても必要以上に干渉しようとしてきたことは一度もない。そう思うと、自分の不機嫌のせいで感じの悪い態度をとったことを、ティグランは恥かしくさえ思った。
「それにしても、でかい城だよな」
 ティグランは白い息を吐きながら言った。イギリスの冬は、陽が落ちるのが早く、四時にはもうあたりはすっかり暗くなる。円錐形のスレートぶき屋根がいくつも連なる城館のてっぺんには、十字架を模した飾りがいくつも見られたが、その白い石壁と灰色がかった青い屋根を見ているうち、ここを自分の家と思うのも悪くはないかと、ティグランはそんな気がしてきた。
「なんでも、19世紀頃に新しく台頭してきた資産階級の人間の酔狂で造られた城らしいよ。しかしながら、投機に失敗したとかで、この城のどこかの一室で城主は首を吊って死んだらしい……どうもLが仕事部屋にしてる場所がそれらしいんだが、本人は幽霊という存在については極めて懐疑的らしいな」
「まあ、<L>自身が幽霊みたいな顔してるからな……ところで、セスはLについてはどう思ってるんだ?俺はいまだにあいつは替え玉で、本当の<L>は別の場所にいるんじゃないかっていう気がして仕方ないんだが」
「僕もそう思わなくはないけどね」と、セスは微苦笑している。「本人であるにしろ、替え玉であるにせよ、彼が『切り札』を握っている以上は、ある程度のところ、聞き従うより他はない。見かけはともかくとしても、頭が切れるっていうことは確かだし、ニアの奴が唯一尊敬している人間という点から見ても、おそらくは本人だろう。彼が新薬開発の代償として僕らに何を求めるのかは、今のところ定かじゃないけどね……それほど悪くない取引ならばいいと、僕は願っているよ」
「そうか……」
 また体が冷えてきたので、セスがグレイのコートを着ようとしていると、そのポケットから携帯電話が鳴った。二度コールが鳴ったことで、それがメールであることが彼にもわかる。
「ごはんだってさ」と、携帯の画面を見せながらセスが言った時、ティグランの革コートのポケットからも、着信音が鳴り響く。
「出ないのか?」
「いや、出なくてもわかるからいい。どうせ同じようにメシだって言いたいだけだろうからな……なんだ?おまえの場合はメールだけなのか?俺の場合はやたら長く着信音がしたあとで、電話に出ないとメールが送られてくるんだがな」
「ああ、僕は鬱陶しいからメールにしてくれって最初から言ってあるんだよ。それに、いくら食事の時間だからって、時間通りにとらなきゃいけないっていうルールがあるわけじゃないからね。ティグランも、その前後にメロが食卓につくことが多いってことを考えれば――これまでどおり、少し時間を外してリビングのほうにはいくといい。ティグランもわかってるとは思うけど、ラケルは時間通りに全員が食事をしなきゃいけないとか、そんなふうにはこれっぽっちも思ってない人だからね」
「ああ、そうだな」
 城館のあちこちに明かりが灯りはじめたのを見て、セスもティグランも、何か懐かしいような、物寂しい気持ちに襲われた。夕闇の背後には藍色の夜の静けさが忍びよってきており、やがてあたりは夜が支配する暗黒の時刻となる。ティグランは、もしかしたら下手をすれば自分はそちら側の感情に飲みこまれていたかもしれないと思い、ぞっと身震いした。そしてセスは――白々と輪郭を確かにしつつある月を見て、カイのように仲間の心を照らす太陽にはなれない自分のことを思っていた。



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【2008/09/24 07:10 】
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