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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(7)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(7)

(やれやれ。また発信機を忘れてる……)
 今朝方、顔を見たければ自分のほうからリビングにきたらいい、そんなようなことをラケルが言っていたので、ダイヤの指輪にしこまれた発信機の示す先にLが来てみれば――ラケルはボーと買い物に行ったと、ニアにそう言われた。彼はいつも一番最後に起きてきて、誰もいないダイニング・キッチンで食事をすることが多かった。ちなみに、ラスとエヴァは洗濯室、ルーは自分の部屋で数学の研究、セスは仕事、メロも仕事、ティグランは外のコートでバスケの練習、ラファはどこで何をしているかわからない……ということだった。
「そういえば、ジェバンニとリドナーには帰ってもらうことにしました。帰ってもらうといっても、ウィンチェスターのウェセックス・ホテルに宿泊中ということですけどね……ふたりで軽くイチャついてる時に、ラスとエヴァがシーツ交換に入ってきたらしく――気まずい思いをしたそうなので、そのようにわたしが判断しました。それで良かったですか、L?」
「そうですね。年頃の子供が十人もいるような環境では、彼らも落ち着かないでしょうから……少し離れた場所で待機してもらっていたほうがいいかもしれません。というより、むしろそのほうがわたしとしても助かります」
「L、そろそろ話してもらえませんか?」オートミールをぐちゃぐちゃにかき混ぜながら、ニアはそう言った。彼は今、左手でジグソー・パズルを解きつつ、右手でだらしくなくオートミールを弄んでいるところだった。
「あなたが真に<敵>とみなしている者の正体を……聞いた話では、ジェバンニの妹がUFOにさらわれ、そして戻ってきたそうですね。Lはおそらく、彼があまりショックを受けなくてもいいように――本当のところは少しぼかして真実を伝えたのではありませんか?そしてあなたは、ただ無駄に超能力を持つ子供たちをこの城で遊ばせているのではないのだとわたしは思っていますから……そこにはビジネスとして成り立つ利害関係がある。そういうことですよね?」
「それはあまりに身も蓋もない言い方のような気もしますが……まあ、そういう見方も成り立つとは確かに思います。それは否定しませんが、わたしもジェバンニと同じで、変態オカルト・マニアなんですよ。だから彼らの持つ超能力に個人的に興味がある……それではいけませんか?」
 Lは、結婚指輪の入ったビロードのケースを元の場所――マントルピースの棚――へ戻すと、ニアの向かい側の席に「よいしょ」と腰かけている。彼のそんな様子を見て、(ラファがジジイと呼ぶのもわからなくはない……)とニアはそう思った。
「L、これまでわたしは、いつかあなたが時を見計って本当のことを話してくれるのを、ずっと待っていました。そして、これまでの色々な流れを鑑みるに、そろそろ時が熟しつつあるのではないかと、そう思っています。この気持ちはおそらく、メロも同じでしょう……リヴァイアサンや<K>についての話は、ジェバンニやリドナーと同じくある程度のところは前に聞きましたが、そんな組織を相手にLがどう戦うつもりなのか、その戦略について、まだ詳しいところを聞かせてもらっていません」
「そうでしたね……」
 Lは、朝食の残りもののブルーベリーマフィンを口にくわえながら、自分専用のティーカップを手にとり、そこにティーコゼのかかったポットの紅茶を入れている。ティーコゼというのはポットの温度を保つための保温用カバーなのだが、それでも紅茶はぬるかった。
「正直、あなたも聞いてのとおり、わたしには今の時点で確実な勝算というものがありません。もともと、<K>を総帥とするリヴァイアサンの本拠地――それがアイスランドにあるというのは、わかってはいたことです。ニアも知ってのとおり、アイスランドというのはそれほど大きな国ではありませんし、人口は約三十万人程度ですか。言ってみれば、<K>がその気になりさえすれば、なんとか裏からの統治が可能な規模だといえるでしょうね。彼の父親のローライト博士がアイスランドにコロニーを建設したのも、言ってみればそんなような事情も考えてのことだったでしょう……アイスランド政府とも、そのあたりのことは最初から話がついているのでしょうし、アイスランドは軍隊を持っていませんが、これは「いざとなったら」、リヴァイアサンという組織が後ろ盾としてついているということでもあるんです……アイスランド国内では電力供給の約80%が水力、約20%が地熱から得られているということですが、こうした技術を後押ししたのも<K>率いるリヴァイアサンなんですよ。化石燃料から水素エネルギーへの転換であるとか、燃料電池自動車であるとか、そういう知識を教えているのも彼らなんです。まあ、それでも随分<K>は出し惜しみをしているとは思いますけどね。自分ではすでに水と二酸化炭素さえあれば、無限にエネルギーを得られる科学技術を確立していながら――そうしたことについては地上の人間に何ひとつ、教えようとはしないんですから」
「L、もしかしたらわたしの聞き方が悪かったかもしれませんが」ニアは、300ピースの白パズルが完成すると、またそれをバラバラにして、最初からやり直している。「そもそも、その<リヴァイアサン>という組織を壊滅させるのがいいことなのかどうかが、わたしにはよくわかりません。確かに、ジェバンニの妹さんが経験したようことは犯罪行為だとわたしも思いますし、これ以上そうした不幸な出来ごとが起きないよう、その組織を壊滅させる……それでは動機として、あまりにも弱すぎると思うんです。Lが敵としている<K>という男にしても、進んだ科学技術を保持するためには、我々にはよくわからない『材料』が必要なんでしょうし――その『材料』が人体であるというのは、大きな問題ではありますが、向こうがある程度バランスというものを考えてそれらのことを行っているなら、黙認せざるをえないという部分もあるのではありませんか?」
 ニアは、Lの本心を聞くために、あえて思ってもみないことを口にした。仮に自分に血の繋がった妹なり弟なりがいたとして、ある日突然UFOにさらわれたとしたら、そんなことは断じて許せる行為ではないし、自分が人体実験の材料にされることなど、さらに論外だった。けれどニアは、Lがそうしたことも含めて自分の考えを読みとっているであろうことを予測して――彼からの答えを待っていたのだった。
「そうですね。<K>やリヴァイアサンという組織については、一概に善悪を論じたりするということが出来ません。たとえば、エリスはこれまでのエッカート博士が研究してきた資料、それに公に発表はしていなくてもこれまで自分が独自にしてきた研究を合わせて――なんとか超能力を持つ子供たちが延命することが可能な新薬を創れそうだと約束してくれました。ですが、リヴァイアサンには、さらにもっと優れたものを研究開発できる技術があるかもしれない……そのためには、アイスランドの地下組織へ乗りこみ、彼らのいるコロニーを乗っとる必要がある。もしわたしがセスに協力を求めるとすれば、そのような理由によって、ということになるでしょうね。しかしながら、第一の理由は私怨だと、そう言ったほうが正しいと思います」
「……………!!」
 ニアは、ワタリやロジャーが昔はそこにいたらしいということ以上に、Lとリヴァイアサンとの関わりを知らなかった。もちろん彼がひとりの探偵としてその謎を解き明かしたいと思っている……という以上の深い理由が存在しているであろうことは予測していた。だが、私怨とまで言われるとは、思っていなかった。
「私怨――ようするに、個人的な怨み、ということです。わたしは<K>と直接の面識はありませんが……いえ、あるといってもわたしが赤ん坊の頃の話ですから、記憶にないといったほうが正しいのかもしれません。なんにせよ、わたしが生まれたのはそのアイスランドのコロニーで、遺伝子工学の最高権威であったレオンハルト・ローライト博士がわたしの生みの親、ということになるんでしょうね。血の繋がりのない代理母として、ローライト博士は自分の妻のイヴを選んだわけですが、彼女はわたしを出産したことが原因で気が狂ったそうです。そしてローライト博士と妻のイヴが純粋に愛しあった結果として、わたしより十三年も先に生まれていたのが――<K>ことカイン・ローライトなんですよ。彼はわたしが生まれたことで母親が死んだと、今もそう思っているのかもしれません……ですが、その罪を<K>に問われる前に、わたしは彼のことを殺したいと思っている、まあそんなところでしょうか」
「……そのこと、ラケルは知ってるんですか?」
「いえ、知りません」と、彼女の愛情のしるしともいえる、マフィンを頬張りながらLは言った。「彼女が知ってもどうにもならないことですし、教えるつもりもありませんでした。ですが、現在の状況において、わたしに揃えられそうな手札はすべて揃ったともいえる……<K>は自分の手下にヴェルディーユ親子を殺害させた時、わざと『You are a “L”oser』などというメッセージをわたし宛てに残しました。つまり、わたしの手札――超能力を持つ子供たちの資料が彼の手に渡った以上、わたしがどうあがこうと自分には勝ち目がないのだと思い知らせたかったのだと思います。でもむしろ、あのメッセージを見て……わたしは嬉しかったですよ。彼がそれくらいには、まだわたしに対して関心を持ち、わたしという存在を決して忘れていなかったということがね」
「……………」
 ヴェルディーユ親子には気の毒だとは思うが、彼女たちが亡くなったことにより、その後ニアとセス、そしてメロが仕事をしやすくなったというのは、紛れもない事実だった。<殺し屋ギルド>の実権がソニア・ヴェルディーユの手の中にあるままだったとしたら、セスは司令塔として動くことが出来なかっただろうし、悪の組織にありがちな分裂をきたしてギルドのこれまでの強固な繋がりは内部から崩壊していた可能性もある……だが今、いかに気が進まないにせよ、セスがギルドの統制をとってくれていることにより、裏のマフィアなどの情報はすべてニアとメロ側に筒抜けだった。とはいえ、麻薬撲滅、完全な武器密輸の禁止――といったような善なる目標に向けて彼らが動いているというわけではまったくない。<K>ではないが、そのあたりのことについては、本当にバランスが重要なのだ。ただ、メロとニアは自分たち――つまりはコイルとドヌーヴ――にあった事件依頼を解決するために、セスから情報網を一時的に拝借し、有効に使わせてもらっているにすぎない。
「つまり、簡単にいうとすればこういうことですよ」と、ニアからの返事が何もないのを見て、Lは言った。彼の顔には何故か、不遜な微笑みさえ、一瞬浮かんでいる。「<K>の組織、リヴァイアサンを壊滅させることは、わたしの個人的な怨みを晴らすことでしかない。そして実際のところ、それが善であるにせよ悪であるにせよ、リヴァイアサンという組織がこの世界になくなると困る人間がいるのも事実なんです。政府の要人で、今亡くなると世界が混乱をきたすという人物がいますが、そうした人間について、<K>は大抵の場合、スペアを<エデン>に保存しています。さらに、臓器移植の問題もありますね……実際、去年ノーベル賞を受けた科学者のひとりに、急性骨髄性白血病にかかった息子さんがいて、<K>は彼に救いの手を差し伸べたものと思われます。HLA(白血球の型)が一致するのは非血縁者では1/10万と言われるくらい低いそうですが、本人のスペアとなれば完全に100%一致しますからね。もちろん当然ただなどではなく、彼がしている研究の中に、<K>が心を惹かれるものがあったから、<K>は彼を助けたものと思われますが……こうしたことすべてが悪だとは、確かに言い切れませんし、今セスが影で管理している『殺し屋ギルド』という組織も、仮に壊滅させたところでまた、雨後の筍みたいに似たような分裂した組織が次から次へと生まれるだけでしょうね。それだったら、今の状態を彼に維持してもらって、必要に応じてコントロールを加えたほうが混乱を避けられるだけいいともいえる。わたしが言う私怨というのは、そうした合理的な思考法によって算出されたことではなくて、ただひたすら感情的な問題――ようするに個人的な怨みということですが、そんな一個人の我が儘によって世界の秩序を乱すのがいいのかどうかという問題が、確かにあると思います」
「……メロ、立ち聞きなどしていないで、そろそろ入ってきたらどうですか?」
 Lは、ニアがそう言っても、皿の上に角砂糖を積み上げるのに神経を集中させたままでいる。ダイニング・キッチンには、広い食堂に通じるドアがあって、その食堂はまた別の廊下に通じていたのであるが、そちら側から入ってきたとすれば、ドアの裏で立ち聞きするというのは十分可能なことだった。当然、いつからそこにメロがいたかというのは、Lはとっくに気づいていたことである。
「なんだよ。何故俺だとわかった?」
「立ち聞きなどという真似をするのは、この城館ではあなたかセスくらいのものですからね……ですが、セスは今ギルドの幹部とパソコン越しに会議中のはずですから、となればあなたをおいて他にはいないということですよ」
「べつに、最初から立ち聞きしようと思ってたっていうわけじゃない。ただ、そっちの廊下のドアから入ってきたほうが、俺の部屋からは近いんでな……そしたら、おまえの声が聞こえてきたから、顔も見たくないと思って退散しようと思ったわけだ。だが、Lと話をしてるとなると事は別だと思ってな」
「まあ、聞いてのとおりですよ。それで、この件について、メロはどう思いますか?あなたの意見を聞かせてください」
 隅に<L>という文字の入った白パズルをニアが組み立てるのを見ながら、メロはLの隣の席に着いた。そしてLの真似をするように、チョコ・マフィンをひとつ取って食べている。
「俺の意見なんか聞いても仕方ないだろ。俺は、Lが個人的な怨みを晴らしたいから、そのリヴァイアサンとかいう組織を潰したいっていうんなら、喜んで最後までつきあうつもりでいるからな……たとえ仮に、それで死ぬことになったとしても、だ」
「あ、じゃあ、ラスのことはどうなるんですか?」と、Lはふざけたように、くりっと隣のメロのことを振り返っている。「せっかく大切な彼女が出来たのに……命を粗末にするのは、いけませんよ。じゃないと大事な人が悲しみますから」
「だったら、Lはどうなんだよ。そのアイスランドにあるっていう地下組織に乗りこんでいって、Lがもし死んだとしたら――ラケルは未亡人じゃねーか。それで、どっかの変な虫がやってきて、あんな身勝手な人のことは忘れて自分と幸せになりましょう、なんて言ったとしたら……Lは墓の下で喜べるのか」
「それはなんともキツイ突っこみですね。せめても、ラケルはわたしとの愛を守って一生未婚のままでいたとか、少しは優しく脚色してくれませんか?」
「ふたりとも、少しは真面目に話をしてください」ニアは、完成させたパズルをまたもバラバラにしながら言った。「なんにしても、次期にラケルとボーが買い物から戻ってくるでしょうから――ここでは話を続けられません。別の作戦室にでも移るとしましょう」
「作戦室って、ようするにおまえの部屋だろ?」
「メロ、べつにあなたの部屋でもわたしは全然構いませんが……」
 噂をすれば影、というのか、ここでラケルとボーが帰ってきた。正直いってLは、彼女がどこか危なっかしい運転で毎日買物へ出かけるのが心配で仕方なかったのだが――ボーが一緒にいるのを見て、少し安心してもいた。何故なら、対向車とぶつかりそうになったような場合、相手の車のほうがおそらくは、ボンネットのあたりがメチャクチャになり、ラケルや彼自身が怪我をするようなことはないであろうからだ。
「どうした、L?」
 ニアは、ラケルと顔を合わせる前にさっさと部屋を出ていっている。オートミールをまた残しているのを見て、何か小言を言われそうだと思ったからだ。そしてメロもまた、ニアに続くように食堂側のドアへ向かいかけたのだが……。
「いえ、先に行っててください。わたしは少しラケルと話があるので、それが終わったら行きますから」
「あっそ」と、メロは言い、パタン、とドアを閉めている。
「ふう~。毎日食料を買いこむのも、こうなると一種の労働だわね」
 ダイニング・キッチンの上にドサリ、とエコ・バッグをふたつ置きながら、ラケルは顔を上気させている。外の温度と城館の中の気温差のせいもあって、彼女はいかにも暑そうにカシミヤのコートを脱いでいた。
「あら、L。もしかして今まで、ここにニアちゃんがいたの?」
「ええ……ボーくんも買い物お疲れさまです。たぶん、あなたに貧しい国の子供の話をされたりするのが嫌で、さっさと逃げたものと思われますが」
「仕様がないわねえ。ニアちゃんが食べ残したものは、わたしが食べるからいいわ。それよりもL、何か用?」
「何か用っていうのは、ご挨拶ですね。あなたのほうが今朝、顔を見たかったらリビングに来いって言ったんじゃないですか……それと、抗議したいことがひとつあります」
「なあに?これからわたし、お昼ごはんにハンバーガーを作って、フライド・ポテトを揚げなくちゃいけないんだけど」
 ランチのための材料は残して、ボーは残りの食料を業務用の大きな冷蔵庫に仕まいこんでいる。どこに何を置けばいいかは、大体のところ決まっているので、空いたスペースに野菜なら野菜、肉なら肉、フルーツならフルーツといったように整理整頓して入れていく。
「これですよ」と、ラケルに自分に対する親愛の情が今朝ほど見られないことにがっかりしながら、Lはマントルピースの上にある、ビロードのケース――そこからダイヤの指輪を取りだしている。
「出かける時には、あれほど必ずしてくださいと言ったのに……何かあったらどうするんですか」
「大丈夫よ。だって買い物にはいつも、ボーくんが一緒に来てくれるんだもの。わたしの身に何か危害が及ぶようなことがあれば、ボーくんがやっつけてくれると思うし」
「……………」
 ねっ!とラケルに相槌を求められると、ボーはどこかはにかんだような表情を浮かべて、微笑んでいる。Lはそれでも諦めず、彼女の左手をとると、その薬指にぐいぐいと指輪を押しこんだ。
「だめよ、L。これからハンバーグを作るのに油が飛んだりするといけないから……わたし、料理する時には必ず指輪は外すことにしてるの」
「いいじゃないですか。これからは料理する時も指輪をしてください。じゃないとラケルの場合、出かける時にも忘れるんでしょう?」
「でも、大きなダイヤがわたしに向かってこう言ってる気がするの。『わたしを外さないと磨耗するよ……』って。そのあとずっと頭の中からマモウっていう単語が離れていかないんだもの」
「そうですか……」
 Lはどこかしょんぼりとして、ラケルの指から指輪を外し、マントルピースの上にもう一度戻した。そしてジーンズのポケットに両手を突っこみ、猫背な姿勢をもっと猫背にするように、リビングから出ていく。
「あ、L。今日の午後のお茶は、スコーンを焼く予定だから、あとで持っていくわね」
「ええ。出来ればあなたが直接持ってきてください」
 Lは<直接>という言葉に特に力をこめてそう言った。すると、ボーは一瞬何かを悟ったような顔をして、ラケルのほうを見た。そうだったのか……!と、今さらながらに彼は気づく。いつもラケルは「Lのスイーツはわたしが持っていくわ」というようなことを言ったけれど――それを自分が善意から邪魔していたのだ。<空気が読めない>ということについて、ボーはまたひとつ新たに学習したような気持ちになった。
「ねえ、ラケル。これからは僕、絶対にふたりのこと、邪魔しないね。こんなことにも気づかないなんて……本当に僕は大馬鹿だと思う」
「えっ、なんのこと、ボーくん?」
ボーが何を言わんとしてるのか、ラケルには本当にわからなかった。
「だから、その……Lおじさんは僕じゃなく、ラケルに食事を運んでもらいたかったんだよ。僕、てっきり自分がそうするのがいいことなんだとばっかり思ってたけど、そうじゃなかったんだ。物分かりの悪い子で、ごめんね」
 ボーがどことなくしょんぼりと俯くのを見て、ラケルは胸が締めつけられる思いがした。彼はとても素直ないい子なのに……コンプレックスが強いあまりに、時々物凄く卑屈になってしまうようなところがあるのだ。そのボーのコンプレックスを解消するには、彼の特技――歌を歌うこと――を伸ばしてあげるのが一番だとラケルは思っていたが、やはり仲間内で褒められるだけでなく、<外の世界>と触れあうことが必要なのだとそう感じた。
「ボーくんは物分かりのいい、わたしにとってはとても大切な子よ。だって、毎日重いものを運んでくれるし、薪だってボーくんが寒いお外から嫌がるでもなく持ってきてくれるから、みんながここであっかかくして過ごせるのよ?ボーくんは世界一いい子だって、わたしはそう思ってるわ」
「ほんとに?」
 本当よ、とラケルは言うと、ボーのことをそっと抱きしめた。ボーは身長が165センチで、体重のほうは百キロ以上あったわけだが――ラケルは見た目の点から彼がダイエットすべきとは全然思っていなかった。ただ、健康面から見た場合において、もう少し食事を節制したほうがいいとは思っていたけれど……あまり長く生きられないのなら、今のうちに好きなものを好きなだけ食べさせてあげたいとも思い、彼女の心は揺れるのだった。
(ボーくんは世界一いい子よ)
 その言葉を聞いて、ボーもまたおずおずとラケルの体に手を伸ばし、彼女のことを抱きしめた。ボーはラケルのうなじのあたりから、青りんごのようないい匂いがするのを嗅いで、少しの間陶然とする……だからこの時、ボーは空気が読めない以前に全然気づかなかった。自分にとってはとても嬉しい言葉が、別の人間にとっては凶器のような刃にもなりうるのだということに。
『ボーくんは世界一いい子よ』
 朝ごはんを食べていないラファエルは、そろそろお腹がすいたと思い、ダイニング・キッチンへやってきた。いつもは城中をあちらこちらとラケルが探しまわってくれるのに、今日はそれがなかったのである……それだけでも彼にとっては十分面白くないことだった。しかもその上――彼女が自分以外の子供に「世界一」などと言っているのを聞いてしまったのである。十歳のラファエルの概念では、世界一が許されていいのはひとりだけ、つまり自分以外の人間がその地位を奪ってしまったということだった。
(俺はずっと、ラケルが探しに来てくれるのを待ってたのに……)
 実は今朝、買い物へ出かける前にラケルは、ほとんど毎日の習慣としてラファのことを城中探して歩こうとしたのだが――廊下を歩いているとセスとすれ違いになり、彼にこう言われたのだ。「甘やかすとつけあがるから、ラファのことは自分から出てくるまで放っておいたほうがいい」と。そこでラケルは、Lからも似たようなことを言われていたのを思いだし、ラファを探して歩くのはこの日、やめていたのである。
 ところが、そのことが逆に裏目にでようとは、彼女は思ってもみなかった。
「きゃっ!!痛……っ」
 太腿のあたりに鋭い痛みを感じて、ラケルは後ろを振り返った。ボーもぼうっとしていた頭が、それで一気に覚める。
「こら、ラファエル!!」
 凶器のフォークを手に持ったまま、逃げだすラファのことを、ボーは廊下まで追いかけていった。だが、すばしっこい彼は、リビングを出たところにある中央ホール――その大理石の上に赤いカーペットの敷かれた階段をのぼり、二階までボーが上がってきたところで、一気に手すりを滑り下りていった。そして、親柱のところまでくると、身軽にそこから飛びおり、廊下を走って逃げていく。
「やーい!!捕まえられるもんなら、捕まえみろ、このデブ!!」
 ボーもまた急いで階段を下り、ラファエルの後を追っていこうとしたが、その時にはもう彼がどこの廊下をどう走っていったのか、あるいは適当な部屋に隠れたのかが、まるでわからなかった。それで仕方なく、彼を追跡するのを諦め、リビングへ戻ることにしたのである。
「ラケル、大丈夫?まったくもう、ラファの奴ときたら……次に見つけたら、うんと懲らしめてやらなくちゃ!!」
「いいのよ、ボーくん」
 ラケルは戸棚の中から救急箱を取りだすと、絆創膏で太腿の後ろ側に出来た傷へそれを張った。ちょっとだけ血が流れたとはいえ、そう大したことはない。
「ラファは十歳で、他の子たちとは少し年が離れてるから……ちょうど話相手になるような同じ年の子がいなくて寂しいんだと思うの。悪いことをしようとするのもたぶん、その反動だと思うのよ。だから、次にラファのことを見つけたら、なんでもない顔して、叱ったりしないでほしいの」
「うん……まあ、ラケルがそう言うんなら、僕はいいけど……」
「じゃあ、ハンバーガー用のパンを用意して、焼いたお肉に買ってきたばかりの新鮮な野菜を挟めましょう。これからハンバーグを焼いてポテトを揚げるから、ボーくんはレタスをちぎってくれる?」
「うん!!」
 ボーはまず綺麗に手を洗うと、レタスをボールに入れ、それを水洗いし、大きくちぎっていった。そして次に包丁でトマトを輪切りにするのも、彼がつい最近ラケルに教えてもらったことだった。
<ベッテルハイム孤児院>にいた時、ボーたち超能力を持つ子供たちは、ただの一度として料理というものをしたことがない。そうしたことは薬の投与によって超能力は発症しなかったものの、自閉症という障害のみ治った子たちのすべき仕事だった。けれど今、ボーはもっと前からこうしたことを覚えていたら良かったのにと、心からそう思う。そうすれば、今以上にもっとラケルの仕事を減らして、楽をさせてあげることが出来たのに、あまり力になれない自分を残念だと彼は思っていた。



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【2008/09/22 21:09 】
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