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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(6)
   探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(6)

 ウィンチェスターは、古い歴史のある小さな街で、アングロ・サクソン時代にはウェセックス王国の都としてロンドンと肩を並べるほど栄えた町だと言われている。中世の雰囲気が漂うこの町には、ウィンチェスター大聖堂やイギリス最古のパブリック・スクール、ウィンチェスター・カレッジなど歴史的建造物が数多く残されているが――今ラケルとボーが来ているのは、郊外にあるスーパーマーケットだった。
 そこで野菜や肉やパン、スイーツの材料などを買い、ラケルがボーにその重い荷物を持ってもらっていると、突然子供が脇を通りかかって「うわ、すげえデブ!!」、「ハンプティ・ダンプティみてえ!!」と言って走り去っていった……途端、彼が傷ついたようにしょんぼり暗い顔をするのを見て、ラケルは両手に持っていたエコ・バッグを「よいしょ」と、店の壁際によける。
「さあ、ボーくんの荷物も渡してちょうだい」
 ボーはただ、ラケルの言うとおりにした。そしてショーウィンドウに映る自分の大きな体と、その上に乗った容姿に恵まれているとはとても言い難い顔をじっと見つめる……(弟のセスはあんなに痩せてて格好いいのに、どうして僕はこんななんだろう)、そう思うとボーは悲しかった。ダイエットをしても三日と続いたことはないし、頭のほうもセスのように回転が速いわけでもなく、実際のところ普通の同年代の子供と比較しても、ボーの知能指数はやや低めだった。
「ボーくん、一緒に歌を歌いましょう」
「えっ!?ここで……でも、誰も聞いてくれないだろうし、ただ寒い思いをするだけだよ。それより早く車に戻ってあったまったほうがいいよ」
「いいから、早く。いつも歌ってくれるトゥーランドットの『誰も寝てはならぬ』でいいわ。それとも他の曲がいい?」
「うん……べつになんでもいいけど」
 ボーはラケルに促されるまま、まずは、プッチーニのオペラから『誰も寝てはならぬ』を歌った。このアリアは『トゥーランドット』の第三幕で、カラフによって歌われる。名の知れぬ王子(カラフ)の名前をもしトゥーランドット姫が夜明けまでに解き明かせなかったら――姫はカラフと結婚しなければならないわけだが、そこで冷酷な姫は自国の国民に対しカラフの名前を解き明かすまでは寝てはならないというお触れを出す。そして月に照らされた宮殿の庭で、そのお触れを聞いたカラフが歌うのが、この『誰も寝てはならぬ』である。


 Nessun dorma!
 Nessun dorma!
 Tu pure, o Principessa,
 nella tua fredda
 stanza guardi le stelle
 che tremano d’amore e di speranza…

 (誰も寝てはならぬ!
  誰も寝てはならぬ!
  姫、あなたでさえも
  冷たい部屋で
  愛と希望に打ち震える星々を見るのだ…)


 ボーが驚くばかりの声量でそう歌いはじめると、スーパーから駐車場へ急ぐ客の中に、次々と足を止める人が出てきた。そして彼がオペラの名曲を続けて何曲か歌っているうちに、あたりには人垣といっていいほどの人が集まりはじめ、ボーに対して拍手喝采を送った。また最後にはコインがいくつも投げられることになったけれど、先ほどボーのことを「デブ」、「ハンプティ・ダンプティ」と呼んだ子供が戻ってきて――それを拾い集めるのを手伝ってくれたのだった。
「お兄ちゃん、すごいんだね」
「太ってるから、そんなに大きな声がでるの?」
 双子のようによく似た六歳くらいの子供にそう言われると、ボーは悪い気がしなかった。そこで、50ペンス硬貨を何枚かあげ、さらに先ほど買ったキャンディの袋詰をふたつ、彼らにあげることにしたというわけだ。
「このお金、どうしよう……僕、ただお歌を歌っただけなのに……」
「それはボーくんが稼いだお金なんだから、好きに使っていいんじゃないかしら?なんだったら、貯金してもいいと思うし」
「うん、そうだね」と、ボーは笑って言った。そしてまた大きな荷物をふたつ持って、ラケルと並び、リムジンの後部座席にそれらを運ぶ。これだけ色々なものを買いこんでも、明日にはまた結局スーパーへ来なくてはいけないわけだけれど――毎日、ボーはこのラケルとの買い物が楽しみで仕方なかった。それでもたったひとつ彼にとって心配なことは、自分のようなみっともないデブと並んで歩くことを、彼女が内心嫌だと感じていないかということだったりした。
「ねえ、ラケル」
 荷物を運んでくれたご褒美にと、ラケルは温かいフィッシュ・アンド・チップスをボーに手渡すところだった。毎日、買い物のたびにこっそりこうした食事を車の中でするのは、ふたりだけの秘密ということになっている。
「なあに、ボーくん」ラケルは白身魚のフライにタルタルソースをかけながら、そう聞き返した。
「その、僕のことが恥かしくない……?」
「恥かしいって、何が?」
 もぐもぐとリスのように口を動かしているラケルの顔を見ているうちに、ボーは思い切って聞く勇気が出てきた。
「だって、僕って太ってるから見映えも悪いし……かといってダイエットしても、セスみたいには格好良くならないと思うの。ラケルも、僕みたいのを横に連れて歩くより、セスとかティグランとか、他の人が振り返るような男の子のほうがきっといいよね?」
「そんなことないわ。第一、Lなんて滅多にわたしと一緒に外出なんてしてくれないし――ボーくんが毎日買い物を手伝ってくれることで、とても助かってるもの。セスもティグランもいい子だけど、男の子ってみんなどうしてああも「すぐ済ませたがる」のかしらねえ。セスくんなんて、わたしの買い物は効率的じゃないとまで言ってたわ。あまりにもあちこちうろうろしすぎるんですって。でもボーくんはわたしに合わせてのんびり一緒に歩いてくれるから、とても好きよ」
「……ほんと?」
「ええ、ほんとよ」と、ラケルはにっこり笑って言った。そして半分残ったフィッシュ・アンド・チップスをボーに手渡す。
「わたし、もう食べられないから、ボーくんにあげる」
「……ありがとう」
 時々こうしてラケルが一度口をつけたものをくれるのが――ボーはとても嬉しかった。何故ならそれは<心を許しているしるし>のように感じられることだったから……それに、ある意味でLおじさんはボーの希望の星でもあった。自分のような醜男と同類だというわけでは決してなく――それでも彼がどこか一種「異様だ」ということにおいては、他の子供たち全員の意見が一致していた。その上、仕事に集中しているにせよなんにせよ、ほとんど部屋から出てくることもなく、たまに中央広間に顔を見せたかと思えば「スイーツ……」とボソリと呟き、ラケルのエプロンを引っ張っているのだ。
 彼のその、指をしゃぶった猫背の、しかも毎日同じ格好でいる姿を見ていると――ボーはこう思うのだった。
(こんな変な人でも結婚できるんだから、もしかしたら僕だってなんとかなるかもしれない……)
 しかも、相手はブロンドの美人で、その上とても優しいのだ。ボーは自分の容姿のことを考えると、相手の女性のそれについてどうこう文句をつける気にはなれなかったけれど――それでも、太ってようと顔の形がどうだろうと、彼女くらい優しい人と結婚したいと望むようになった。
 そう……ラケルが怒るでもなく、Lの我が儘を黙って聞き入れている姿を見ていると、ボーの心には希望がわいた。一度セスが「何故あんな変態……いえ、変人と結婚したのか教えてください。そんなに切羽詰ってたんですか?」と、聞いたことがあったけれど、その答えを聞いてからはなおさらだった。
「うまく説明できないけど、一言でいうとすれば『Lがわたしを必要としてくれた』からじゃないかしら?他の人はわたしじゃなくてもよさそうだったけど、Lはわたしじゃないと駄目な気がしたの……それにあの人、最初にわたしのこと、偽善者だって言ったのよ。だからそうじゃないってことをわからせるために、結婚してやれって思ったの。でも今にしてみると、Lの策略にまんまとはまったのかもしれないわねえ」
 そう答えながら、くすくすと幸せそうに笑うラケルのことを見て、ボーは思った。いつか自分も、こんなふうに誰かを幸せにすることができるだろうか、と。そしてたくさんの子供に囲まれて、城のように大きなとは言わないまでも、どこか<自分の家>と言える場所で暮らすのだ。セスやモーヴやティグランには、こうした考えがまるでないことをボーは知っている。セスやモーヴには「子孫を残す」ということについて、拘りや執着といったものがまるでない。ティグランは、ルーのことをナイトのように一生守りたいと思っているけれど、彼女に自分の子供ができるということまでは、まるで想像してもみない様子だった……だから、この点についてボーは、これまで誰にも相談するということが出来なかったのである。
 ボーのささやかな小さな望み――それは、己の寿命が短く尽きたとしても、誰かがその自分の生命を継いでくれるということだった。そうすれば自分は決して孤独ではなく、『生きた証し』のようなものを唯一残せるのではないかと、そんなふうに思うのだ。



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【2008/09/22 21:06 】
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