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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(3)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(3)

「レスリー・マクティアナンは、99.999%の確率で、ジェバンニの妹さんであることが判明しました」
 ウィンチェスターの、百室近くも部屋がある城館の一室で、Lはそう言った。DNAの解析結果の記された紙を、右の親指と人差し指でつまみ、ピラリとジェバンニに対して渡す。
「やっぱり……ですが、一体何故こんなことが……」
 ジェバンニは鑑定書に目を落としながら、愕然とした。そこに記されたデータ的なことは一切頭に入ってこなかったが、それでも早くこの証拠を自分の両親にも見せてやりたくて仕方なかった。
「父さんや母さんにも、早く知らせないと……あの事件があってから、ふたりともすっかり老けこんでしまっていたんです。孫が生まれてくることも、とても楽しみにしていて……でも、レスリーが無事に生きていると知っただけで、どんなに喜ぶか……」
「それは、やめておいたほうがいいでしょうね」
無常な言葉とわかっていながら、Lはあえて無感情な声、そして無感情な顔つきで言った。
「これはまだわたしの推測の域をでないことではありますが――おそらくレスリーさんは、<K>の気まぐれで生きて地上に戻されたに過ぎません。スコットランドに住む御両親も昔かたぎの立派な方ですし、弟さんもエディンバラ大学で医学を専攻している優秀な学生さんのようです……彼らもまたレスリーさんを自分たちの娘であり、大切な姉であると認識している以上、彼女の第二の家族の幸福を壊す権利は、あなたにもあなたの御両親にもないのではないかと思います」
「そんな……ジェバンニはこれまで、妹の生存を信じて、あなたのためにも働いてきたんですよ?それなのに、そんな言い方って……」
 言葉もなくうつむいているジェバンニに代わって、リドナーはLに向かってそう言った。ふたりは今、外観が石造りの城館とはとても思えないアールヌーヴォー調の家具が揃った部屋で、Lと差し向かいになってソファに座っていた。チッペンデール様式のテーブルの上には、ケーキやシュークリームなどのスイーツが並び、Lはほとんど無神経といった仕種で、むしゃむしゃとそれを口許に運んでいる。
「つまり、リドナーの優秀なCIA局員の友人が調べてくれたとおり――レスリー・マクティアナンの経歴自体におかしなところはほとんど見当たらないんです。小さな頃、重症複合免疫不全症(SCID)という病気にかかり、遺伝子治療のために両親や弟とは長く離れて暮らしていますが、18歳の時に日常生活を送れるくらい回復し、二十歳の時にロンドンのモデルエージェンシーに声をかけられ、それ以来モデルとして活躍している……『自分のように絶望的な病気にかかっている小さな子供に、夢を与えたい』。先月、コスモポリタンのインタビューに答えた彼女の切り抜きがありますが、読みますか?」
「妹は、UFOにさらわれた後、一体何をされたんですか!?レスリーがさらわれて、今年で四年目になります……でも、今彼女の実際の年齢は本来の二十四歳ではなく、二十二歳ということになってるんですよ。いや、会った瞬間に僕だって思った。まるで、結婚式を挙げた時の若さと美しさそのままで妹が戻ってきたみたいだって……L、あなたはこのことについて色々詳しく知ってるんでしょう!?教えてください。<K>って一体誰なんですか!?」
「そうですね。<K>というのは……」と、高い位置からドボドボと紅茶をカップに注ぎながら、Lは言った。「一番簡単に説明するとすれば、『リヴァイアサン』と呼ばれる組織の総帥といったところですか。この『リヴァイアサン』という秘密結社には、世界中のそうそうたる面々が名前を連ねています。アメリカ政府を影で動かす実力者やら、ヨーロッパの由緒ある貴族の家系のスーパーセレブ、アラブの石油富豪にノーベル賞を受賞した科学者などなど……彼らはある時は永遠の生命や若さを保つために、またある時は交通事故で死んだ息子のクローン人間を作ってもらうために、さらには自分の子供を生まれながらの天才児として誕生させるために――この秘密結社と繋がっているんです」
「そんなことって……まさか、ありえるんですか。96年に、クローン羊のドリーが生まれた時には、とても騒がれましたが……そのドリーがほんの六歳で亡くなると、今度はクローン技術は危険だと言われ、人間への応用などはとんでもないという見方が一般的になったばかりじゃないですか。それなのに、すでに人間のクローンが誕生してるって、あなたはそう言うんですか!?」
「落ち着いてください、ジェバンニ」と、Lは青いバラの描かれた白磁のティーカップを、口許に運びながら言った。「ようするに、わたしが長年戦っている敵の正体はそういうことなんです。科学の進歩を止めることが誰にもできないように、わたしにも彼――<K>に勝てる見込みは現在のところほんの1%といったところです。しかしながら、原爆を製造した人間のことを必ずしも悪と呼べないように……<K>には<K>の存在意義があるのも確かなんです。たとえば、彼はあなたの妹のことは生かしておいた。このことはおそらく世界の『神』を気どる<K>の、ほんのちょっとした思いつきのようなものだったと考えられますが、以前にもレスリーさんのように美しい女性が一度はUFOにさらわれながらも、記憶のみ末梢されて戻ってきたということがあります。彼女はすぐに警察の行方不明者リストと照合されて、家族の元へ無事帰ってくることが出来たわけですが――今も断片的にしか記憶は戻らず、自分の両親のことも他人のようにしか感じられないといいます。もっとも、現在はすでに結婚されて、幸福な家庭を築かれているのが救いですが」
「じゃあ、レスリーだって、僕や父さんや母さん、家族に会う権利があるはずだっ!!それに、自分の生まれ育った場所や、かつての友人たちの顔を見たりすれば、何か思いだすかもしれないし……そうすれば、偽りの記憶は消え去って、本当の、元のレスリー・ジェバンニに戻れるはずだっ!!」
「今お話した女性と、レスリーさんとでは、事情が違います」と、Lは冷たく突き放すように言った。虚空のような黒い瞳が、ジェバンニのことを正面から見据えている。「彼女の場合は、記憶を失っただけで、記憶のすり替えまでは行われなかったんですよ。だから、運良くすぐに自分の家族の元へ戻ることができた……戻された場所もちょうど、さらわれた場所と同じでしたから、保護されるのも早かったんです。彼女に催眠術をかけて記憶を遡らせてみたところ、突然蒼白い光に包まれて、UFOのようなものに乗せられたと言っていましたが――この光というのはようするにホログラムです。その光があまりに立体的でオーロラのように美しいものですから、大抵の人間は一発でそれにやられてしまうんですね。どういうことかというと、どんなに頑固で超現実主義の、およそUFOや宇宙人の存在なぞ信じそうにない人でも……それを見て、UFOの機内で『汝、選ばれし者』などと言われた途端に、なんでも言うことを聞くようになってしまうということです。もしかしたら、何か特殊な催眠プログラムによって洗脳されている可能性もありますが、基本的に<K>は相手の自由意志を尊重するようにしているようですから、相手の忠誠度が低いように思った場合にはクローン人間とすり替えることにしているようです」
「そんな……じゃあ、可能性として、レスリーがクローン人間だということもありえるっていうことなんですか!?」
「あくまでも、その可能性はゼロではないとしか、わたしには言えませんが……近いうちに、レスリーさんにはかかりつけの精神科医によって催眠治療を受けてもらう予定でいます。やはり、人間の心というのはデリケートなものですからね……ちょうど、健康になってなんとか日常生活を営めるようになって以来、断片的な記憶のフラッシュ・バックが起きて、彼女は長く病院の精神科でカウンセリングを受けているんですよ。そうした複雑な心の過程があることを思えば、やはりレスリーさんはクローンでもなんでもない、ジェバンニの妹さんである可能性が高いわけです。これは、遺伝的に99.9%そうだというのと同じくらいの確率だとわたしは見ていますが、残りの0.1%についてはやはり、<わからない>と答えざるをえません」
「可哀想なレスリー……それじゃあ僕は一体、どうすれば……」
 ジェバンニは頭を抱えこんだ。元の記憶が戻ることが、自分の妹にとってもっとも最善な幸福へと続く道なのかどうかが、彼にはわからなかった。下手に記憶を揺さぶろうとすれば、余計に彼女を苦しめることになるかもわからない……だが、行方不明となってほとんど死んだように思われていた妹が生きていたのだ。どうしたって諦めきれない。けれど、レスリー自身の<本当の幸福>というものを考えた場合、ここは涙を飲んで耐えるしかないのだろうか?
「すみませんが、L。ここまで話を聞いて、わたしにはいくつか不審に思われる点と、わからないことがあるので、質問してもよろしいでしょうか?」
 リドナーは、隣に座る自分の恋人の背中を、慰めるように何度か撫でた後でそう言った。彼女の顔つきは、私情といったものをまったく抜きにした、いつもの仕事をする時の表情に戻っている。
「どうぞ、なんでも聞いてください。と、言っても――<K>についてはわたし自身、よくわからないことが多いんですけどね。彼がどんな人間で、何を考えているのか、情報としてまったくないわけではありませんが、それでもやはりよくわかりません。それでよければ、わたしに答えられる範囲内で答えさせていただきたいと思いますが……」
「まず一点目」と、リドナーはすっかり冷めてしまった紅茶を、一口飲んでから続けた。「Lは先ほど、<K>には<K>の存在意義があると言っていましたが、わたしにはとてもそうは思えません。こんなふうに、ある日突然『気まぐれ』である家族の幸福を壊し、さらに混乱を招くやり方でその人間を元の場所へ戻したり……人道的にとても許せないことですし、言うまでもなく相手が誰であれこんなことをする人間は犯罪者以外の何者でもありません。それとLは原爆の製造者を必ずしも<悪>とは呼べないと言っていましたが、日本の広島や長崎で起きたようなことは、ひとりの人間としてとても許せないことだと思っています」
「わたしの言い方が悪かったようですね。誤解を招くような言い方をしてしまってすみません」と、Lはぼりぼりと頭をかいた。「ただ、わたしが言いたかったのは……原爆が作られる過程を遡ると、最初にそのことに着手した科学者たちには、悪意はなかったと言いたかったんです。もしも彼らに、広島や長崎でどんなことが起きるか最初からわかっていたとしたら、誰も研究を続けようとはしなかったでしょう。ただ、科学の力というのはもともとそういう性質を持っていると、わたしはそう言いたかっただけなんです。今も、クローン技術や遺伝子操作など、倫理的に難しい研究に携わっている科学者の中には、よくこう言う人がいます……『自分の研究が<善>か<悪>かということは興味がないし関係がない。ただ自分は己の学問としての研究を極みまで突き詰めたいだけだ』と。ですが、そうした科学者たちの手から研究の成果が離れた時に、原爆のような悲劇が起こるんじゃないでしょうか。<K>というのはようするに、そういう種類の人間なんですよ。わたしの目から見ても彼のしていることは犯罪以外の何ものでもありませんが、<K>自身がこの世のバランスのようなものを考えているのも本当のことです。たとえば、彼には全世界の戦争を今すぐやめさせるほどの力がある……そして理想の平和な世界をこの世に実現することも、<K>の力を持ってすれば可能なんです。では、何故彼はそれをしないのか?人間には<K>がそこまでしなくてはいけないほどの値打ちが見出せないからなのかどうか、そこのところはわたしにもよくわかりません。ただひとつだけわかっているのは、彼は基本的に人間の『自由意志』というものを尊重していて、自分の邪魔にならない限りは好きなようにさせておき、最悪、この世界で核戦争のようなものが起きた場合――自分が人類全体に救いの手を差し伸べる、救世主として乗りだすつもりでいるのだろうということくらいでしょうかね。まあこれも、過去のデータを元にした分析ですので、現在の<K>自身が何をどう考えているのかは、わたしにもさっぱりですが」
「Lが、<K>には<K>の存在意義があると言ったのは、そういう意味ですか……」
 そんな人間を相手に、Lは何をどうやって戦うつもりなのだろうと、リドナーは不安になる。たとえば、その<K>という男が本気になれば、明日にでも自分やジェバンニはクローン人間と入れ替えられ、L自身のことを殺害する可能性もゼロではないという、そういうことではないのか?
 リドナーは、最初に<L>と接触した時、彼が何故そんなにも素性を隠すのかがわからなかった。いや、もちろん理屈としては理解していたが、それでも互いの間に『信頼関係』のようなものが芽生えた時、せめて非人間的なコンピューターボイスで話すのはやめてほしいと感じた記憶がある。だが、どんなに用心したとしても、そんな<神>にも等しい人間が相手なのでは……リドナーは、<L>という青年の深い孤独を初めて感じ、胸が締めつけられるように苦しくなった。
「他に、何か質問はありませんか?」
 対するLは、どこか飄々した態度で、ドーナツをひとつ口にくわえている。ぽろぽろと粉砂糖が藍色の絨毯の上に落ちるが、彼はそんなことにはまったく頓着せず、ムシャムシャと無造作に次から次へとドーナツを頬張っていた。
「それでは、二点目についてですが……」リドナーもまた、Lに合わせて、あくまでもビジネスライクな口調で言った。「ジェバンニの妹のレスリー個人の記憶の入れ替えについては、それなりに理屈で納得できる部分がありますが、彼女の今の家族については、まったく筋が通らないように思います。第一、そこまでまわりくどいことをして一体その<K>という男に、どんなメリットがあるんですか?レスリーは新婚旅行中にさらわれたわけですが、言ってみればこれから平凡な主婦として幸せになろうとしていた彼女をUFOと呼ばれる乗り物でさらい、その夫のことは血を抜いて遺体だけを捨てている……さらに彼女の記憶をすり替えた上で、偽の家族の元へ戻し――マクティアナン一家の記憶まで洗脳している。いえ、もしかしたら彼らもまたクローン人間なんでしょうか?だとしたら、元のマクティアナンさんたちは……」
「すでに、亡くなられている可能性が高いでしょうね」と、Lは溜息を着く。ぽちゃり、とシュガーポットから角砂糖をティーカップに落としながら。「ジョージ・マクティアナンとその妻のローズ・マクティアナン、そして息子のトム・マクティアナンは、クローン人間である可能性が高い……レスリーさんの場合を見てもわかるように、人間の精神というのは、とてもデリケートなものなんですよ。確かに記憶を一部分だけすり替えるのも、<K>の組織の科学力をもってすれば、可能ではあります……ですが、それでは今後、事態がややこしくなるかもわからない。たとえば、父親と母親とその息子のうちの誰かがある日突然、『うちには娘なんかいないはずなのに』とか、『あんたなんか僕の姉さんじゃない』と言わないとも限らないでしょう?それでは都合が悪いから、最初から完全に記憶処理のされたクローン人間を<家族ごと>すり替えたのだと思いますよ。親戚や友人、近所の人など、都合の悪いことをうまく処理するために、戸籍を変えたり遠い場所に引っ越させたり、彼らの手際はほとんど完璧ですね。マクティアナンさんたちは、誰かにレスリーのことを聞かれた場合、こう答えるでしょう……生まれつきの難病を持った娘のことを、人に知られたくなかった、医者からも到底長く生き延びられないと宣告されていた、とね。第一、マクティアナン夫妻には実際、生後間もなく死亡した女のお子さんがいるんです。ですから、その時期にローズさんは間違いなく妊娠していますし、それでもさらに残る微妙なところは――人間の記憶力など、そもそもそう大したことはないことを思えば、なんとか出来る範囲内ということになるでしょうね。そして、もっとも大きな疑問ですが、<K>はこれに似たようなことを、世界各地で行っています。何故こんなまだるっこしいやり方が必要なのか?それは一言でいうとすれば、すべては保険のため、といったところなんだと思います。たとえば、<K>自身がもっともおそれているのは、アイスランドにあるエデンと呼ばれる自分の地下コロニーを破壊されることですし、そこから離発着するUFO――彼らはタイタロンと呼んでいるらしいですが――の存在を世間一般に知られることなんですよ。そのためにはアメリカやヨーロッパ諸国の、特に国防関係の人間をクローンとすり替えて、情報を操作してもらうのが一番手っとり早い……UFOでさらったオリジナルのほうの国防長官が、必ずしもその次の日から国家の機密事項を操作しようとするとは限りませんからね。そうなると日頃からそのための根回しが必要ということになります。その点、元のオリジナルと記憶だけ入れ替えたクローン人間なら、彼らの思うがままに操作できるというわけですよ」
「そんなことが本当に、可能なんですか……?」信じがたい思いで、リドナーはLのことを見つめ返した。そしてジェバンニも、まだ何か腑に落ちないといった顔つきをしている。
「ですが、レスリーは本当にただの普通の娘だったんですよ?彼女も彼女の夫も、国防省とか何か、国家事業に関係するような仕事に携わっていたわけではありませんし……それなのに何故、僕の妹がこんな目に遭わなくちゃいけないんですか?」
 ぎゅっ、と膝の上でこぶしを握りしめるジェバンニの手が、やりきれないというように、震えている。そのことに気づいたLは、どこまで彼に<真実>を話したらいいだろうと、逡巡した。
「たとえば……そうですね。レスリーさんには現在、とても頭のいい弟さんがいます。お姉さんが小さい頃から重い病気だったために、将来は遺伝子治療の専門チームに入ることが夢なのだそうですが……仮にもし彼が将来的に、<K>の駒として使えそうな医学者に成長したとしたら、そこを彼は利用するつもりなんでしょうね。ようするに、そんなふうにして<K>は国防関係の人間だけでなく、あらゆる分野の科学研究所にも、自分の『伏兵』とも呼ぶべき者を配置させるべく、日頃からこの地上を見張っているわけです。ジェバンニの妹のレスリーさんについては……わたしはこう推測しています。もともとイギリスは、UFOの目撃例がとても多い。何故かといえば、アイスランドからとても近いですからね。先ごろ、英情報機関は、UFOについての興味深い見解を発表しました……そのうちのほとんどは見間違いによるものだという公式の調査書をわざわざ発表したんですよ。なんともご苦労なことですが、これも言ってみればまあ、<K>のやり口のひとつです。そして肝心のレスリーさんのことですが、<K>の組織は日頃から、本物のタイタロンではなく、いかにもUFOらしい物体を世界各地に飛ばしては回収しています……ようするに、これも情報の撹乱のためですが。そんなわけで、世界各地でよくUFO騒ぎが起きるんですよ。ですが、レスリーさんと夫のマイケルさんはおそらく――アイルランドの古城を夜に訪ねて、偶然見てしまったんでしょうね。彼らが隠したがっている本物のタイタロンを……そこで、目撃者がいることに気づいた彼らは、レスリーさんとマイケルさんを捕縛したのではないかというのが、わたしの推測です」
「そんな……じゃあ、ようするに妹は運が悪かったということですか」
「運が悪かったとも、良かったともいえません」Lは複雑な思いで、ティーカップの中身をスプーンでかき混ぜている。「レスリーさんについては、少々手のこんだやり方を<K>はしている……こういうことをするのは、特に<K>が気に入った人間だけです。彼らはまず、捕縛した人間の頭の中身を調べるそうですから――それで、<K>や彼の仲間が値打ちがあると判断した人間については、生きて地上に戻されるチャンスが与えられるようですよ。ただし、彼らの鑑識眼に叶わない者は、ゴミ屑同然に捨てられることになるんです。遺体が見つかるのがまずい人間については、骨ひとつ残らないよう処理する技術が彼らにはありますから……正直、そういう意味でレスリーさんのご主人となった方は、<K>にとってはまったく値打ちがないと判断されたのだろうと思います」
「……………」
 ジェバンニは黙りこんだ。正直、彼も彼の両親も、自動車工場で整備士をしているマイケル・コートニーという男があまり気に入らなかった。週末はクラブでDJをしているという彼は、女性にももてるようだったし(レスリーともそこで知り合った)、ようするによくいる軽薄そうな若者に見えたのだ。けれど、レスリーが妊娠していることがわかっていたので、結婚に強く反対することまでは両親にも兄であるジェバンニにも出来なかったのである。
「最後にもうひとつ聞いてもいいですか、L?」と、リドナーはまだ心の整理がついていないであろうジェバンニの心中を慮って、そう聞いた。本当はまだ、疑問に思うことのすべてに答えてもらってはいなかったが――その質問の中には、今のジェバンニが聞くには残酷なものも含まれていたために、リドナーはあえてこれを最後の質問にしようと思っていた。とりあえず、今の段階においては。
「ここまでのことを、我々に……それも顔と顔を合わせて話してしまってよかったのですか?今までに聞いたLの話でいくと、わたしやジェバンニもまた、ある日突然クローン人間とすり替えられる可能性があるのに……それ以前の問題としても、わたしはCIA、そしてジェバンニはFBIという組織と繋がりのある人間です。もし今聞いた話を、わたしや彼が元いた自分の組織に売ったとしたら……」
「こんな馬鹿げた話、一体誰が信じるんですか?」と、Lはくすりと笑った。その、微かに口角の上がった笑顔を見て、リドナーは彼が笑ったところを、初めて見たと思った。「せいぜい、精神病の初期症状を疑われて、病院へ行くよう勧められるのが関の山ですよ。それか、<リヴァイアサン>という組織の名前を実際に知っている上層部の人間が、あなたたちを消そうとするかのいずれかでしょう。わたしは自分の保身のためだけでなく、あなたたち自身の身の安全のためにも、今聞いたことは誰にも言わないことをお勧めしますけどね」
「……わかりました」
 複雑な顔をして、互いの顔を見合うと、リドナーとジェバンニはLがお菓子を貪り食べているのを尻目に、応接室となっているその部屋から出た。今はもう、真夜中の三時だった。ちょうど午前零時頃に「DNAの鑑定結果が出ました」とLから連絡が入り、いてもたってもいられなかったジェバンニは、すぐにウィンチェスターのホテルからリドナーとともに駆けつけたというわけだ。
「泊まっていってもいいって言われたけど、どうする?」
 重厚な樫材の扉を閉めると、そこはひんやりとした、剥きだしの石壁の廊下だった。応接室は、白い漆喰で塗られていたが、一歩部屋から外に出ると、ここが古い城館だということを、ふたりは思いだす。そして、まずはなんでもいいから暖かい部屋へ移動しようということになり、左右に大理石やブロンズのトルソ像が並ぶ廊下を、居住区の中心となっているリビングに向けて歩くことにした。
 あたりはとてもしんとしていて、なんとも不気味な感じで――いかにも幽霊が出没しそうな雰囲気だった。リドナーは思わず、ジェバンニの腕に自分のそれを絡めていたが、ジェバンニも大体似たようなことを思っていたらしく、微かに苦笑いのようなものを浮かべて、懐中電灯の光をあたりに向けている。
「やれやれ。なんだか本当に中世にタイムスリップしたような気分だな。例の超能力を持つ子供たちは全員、自分の好きな部屋を選んで暮らしてるっていうけど――少なくとも僕は、すぐ隣の部屋に誰かいないと、こんな広い城では眠る気になれないよ」
「あ、もしかしてあなたって、幽霊話とかそういうの、弱い口?」
「まあね。そのわりにオカルト話は好きなんだ。怖いものみたさの心理っていうのかなあ。ようするに、そういうことなんだと思うけど……」
 ジェバンニがそう言った瞬間、大理石のトルソ像から、ちらりと何かが闇の中で蠢いているように見えた。一瞬、目の錯覚かとふたりは思ったが、顔を見合わせると、互いに言いたいことが言葉にしなくてもわかる。
「……ねえ、今の見た?」と、小声でリドナー。
「ああ、見たよ」と、同じくジェバンニ。
 次の瞬間――ふたりの前には、黒のローブに白い仮面をつけた人間が突如として現れていた。そしてその手にはギラリと光る包丁が握られている。
「キャーーーーーっッ!!」
 リドナーの叫び声は、まるでお化け屋敷でのように、廊下の奥へと吸いこまれていった。叫び声を聞きつけたLが、すぐに部屋から出てきたが、それでも廊下を走って一分は時間が経過していただろう。
「ラファエル!またそんな悪ふざけをして……」相手の顔が見えなくても、こんなことをしそうな人間が誰か、Lにはわかっているようだった。
 それでも、ラファエルと呼ばれた子供は、仮面をとろうとはしない。そして包丁を振りかざして、Lに襲いかかる真似をしたのだが、足払いを食らわせられて、石の廊下にズデッ!と転がっている。
「いてててて。何するんだよ、このクソジジイ!!児童虐待で裁判所に訴えてやるぞ!」
「何言ってるんですか。あなたが裁判所に訴えても、わたしは間違いなく勝ちますよ……それより、こんな真夜中に遊んでないで、早く寝たらどうなんですか」
「ふん。DVDできのう『スクリーム』見たからさ、ちょっと真似して驚かしてやろうと思っただけじゃんか。第一、こんな夜中にこの人たちこそ、何コソコソしてんのさ」
 ジェバンニとリドナーは顔を見合わせると、強張った顔がみるみる緩んで、笑いたくなるのを感じた。相手は身長、ほんの140センチ足らずの、小さな子供だったというのに――衣服が闇に溶けこんでいたせいもあって、自分たちはそれを本物の殺人鬼だと、一瞬思いこんでしまっていたのだ。
「いいから、早くこっちに来なさい!」
 Lはパジャマの襟のあたりをむんずと掴むと、ラファエルを引きずるようにして、廊下の闇に消えていった。明かりがなくても彼はまったく平気なんだろうかと思い、ジェバンニとリドナーはまた、互いに顔を見合わせる。そして、手を握りしめあいながらそのまま歩いていくと、城館の中央広間に辿り着く前に、空いているちょうどいい部屋を見つけたので――その夜はそこで一緒に眠ることにしたのだった。



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【2008/09/20 02:46 】
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