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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(21)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(21)

 アメリカ政府からの五百万ドルもの拠出金に加え、第二次世界大戦以降ヨーロッパの闇社会を支え続けた組織――<殺し屋ギルド>からの潤沢な資金流用で、フロリアン・シュナイダー博士はほくほく顔だった。いや、ウハウハ笑いが止まらないと、下品にそう言ったほうが、よりシュナイダー博士の今の心情を反映していたといえるかもしれない。
 彼のキャリアは、アメリカのコロンビア大学を卒業後、『オオカミ人間(変身人間)』についての研究論文を発表したことにはじまり――『フランケンシュタイン』が実際に誕生する可能性についての論文など、常に学界から総スカンを食ってばかりだった。それでもそんな彼が今何故CIAが影で出資している<超能力開発研究センター>の所長の地位に着いているのかといえば、そこにはそれなりの理由がある。
 まず、今ではオカルト信奉者の間で非常に評価が高いとされる『オオカミ人間論』にしても『フランケンシュタイン論』にしても――彼は実に科学的な見地から多角的に論じているのだ。彼がその後発表した『未確認飛行物体』についての研究論文にしてもそうだが、満月の夜に人間がオオカミに変身するなどまったく馬鹿げていると一笑にふすことのできないリアリティがシュナイダーの論文にはあった。まず、何故そのような民間伝承が存在するのかということにはじまり、実際にオオカミ人間が目撃された例についての検証、映画や小説、漫画などにおける描かれ方はどうなのか、さらには実際にオオカミに育てられたと言われる少女、アマラやカマラへの言及などなど……シュナイダー博士の論文は注意深く読んだとすれば、確かにそこからは学術的な一定の価値を見出すことができたに違いない。そして『フランケンシュタイン』は一般に人造人間の固有名詞のように扱われることが多いが、メアリー・シェリーの小説ではそれを造った科学者の名前がヴィクター・フランケンシュタインなのである……シュナイダー博士は論文の最初にそう指摘した上で、ゾンビ論及び人造人間がこれから開発されるであろう可能性について、実に多角的かつ科学的リアリズムに溢れた洞察を展開しているといえた。
 まず、ゾンビという存在がキリスト教徒の神を信じなかった者の行く末を暗示する、神経症的産物ではないことを彼は指摘し、さらに死んだ人間を自分の意のままにしたいという死体性愛者の心理に博士は言及している。つまり、人造人間というのはもし仮にこれから科学技術が発達して誕生した場合――人間の他者のことを意のままに支配したいという欲求を満たすための道具となるだろうと彼は論文の中で予見しているのだ。ヴィクター・フランケンシュタインは、生命の謎を解き明かし、自在に操ろうという野心にとりつかれた科学者だったが、その動機の裏にあるものはやはり<支配欲>であり、人間の神になりかわろうという愚かさの結果として生まれたのが、一般に世の人が『フランケンシュタイン』と呼ぶ怪物なのだとシュナイダーは論文の中で述べている。
 この『フランケンシュタインの心』と題されたフロリアン・シュナイダー博士の論文は、最後に「我々人間ひとりひとりの心に、今もこの哀しい怪物――フランケンシュタインは確かに住み続けているのだ」と、そう締め括られて終わっているのだが、正直この論文を書き記した1960年代、シュナイダーは自分が死ぬ頃までにはロボット工学が進歩・発達してその原型となる人工生命体をこの目で見ることが出来るだろうと信じていた。だが実際には、それから四十年ほどがすぎた今も、SF小説に登場するようなアンドロイドは、人間の手によって創造されてはいない。

 旧約聖書、エゼキエル書:第37章第1節~第10節
<主の御手がわたしの私の上にあり、主の霊によって私は連れだされ、谷間の真ん中に置かれた。そこには骨が満ちていた。
 主は私にその上をあちらこちらと行き巡らせた。なんと、その谷間には非常に多くの骨があり、ひどく干からびていた。
 主は私に仰せられた。「人の子よ。これらの骨は生き返ることができようか」私は答えた。「神、主よ。あなたがご存じです」
 主は私に仰せられた。「これらの骨に預言して言え。干からびた骨よ。主の言葉を聞け。
 神である主はこれらの骨にこう仰せられる。見よ。わたしがおまえたちの中に息を吹き入れるので、おまえたちは生き返る。
 わたしがおまえたちに筋をつけ、肉を生じさせ、皮膚でおおい、おまえたちの中に息を与え、おまえたちが生き返る時、おまえたちはわたしが主であることを知ろう」
 私は、命じられたように預言した。私が預言していると、音がした。なんと、大きなとどろき。すると、骨と骨が互いに繋がった。
 私が見ていると、なんと、その上に筋がつき、肉が生じ、皮膚がその上をすっかり覆った。しかし、その中に息はなかった。
 その時、主は仰せられた。「息に預言せよ。人の子よ。預言してその息に言え。神である主はこう仰せられる。息よ。四方から吹いてこい。この殺された者たちに吹きつけて、彼らを生き返らせよ」
 私が命じられたとおりに預言すると、息が彼らの中に入った。そして彼らは生き返り、自分の足で立ち上がった。非常に多くの集団であった>

 彼は科学者の端くれとして、『神』を信じるのにやぶさかではなかったが、やはり人間の限界として、聖書の中で神が「息」と呼んでいるもの――ヘブライ語でルーアッハ、息とも霊とも訳せる言語――これが最後の壁として立ちはだかるのではないかと考えていた。人口知能(AI)の技術がいくら発達しようとも、骨や筋肉や人工血液といった人間によく似せて造った材料すべてを用いたところで、果たしてそれがSF小説の如く『人間』と同等の存在となりうるのかどうか……その人類の「踏み越え」を神がもし本当にこの世界に存在するとしたら、許すのかどうか……シュナイダーは自分が生きている間にそのことを見届けられないことが非常に残念だと感じていた。そう――ついほんの三か月ほど前までは。
『未確認飛行物体』についての論文はまたもや学界の著名人から嘲笑の種として扱われたが、それというのもその中で彼が「自分もまたこのUFOに遭遇したことがある」などと述べているせいだった。そして彼は自分のライバルともいえる最先端をゆく科学者が「オオカミ男とフランケンシュタインと一緒に、よい空の旅を」と嘲ったことを思いだし、手に持っていたコーヒーの紙コップをぐしゃりと握り潰す。
(くそっ!今に見ていろ……)
 シュナイダーは今、サンタモニカにある自分の牙城ともいえる<超能力開発研究センター>にいたわけだが、そんな自分にもとうとう運が向いてきたと彼は思っていた。そう――彼はFBIの捜査に協力しているサイキック捜査官や、CIAのエージェントを養成するための、特殊機関の任に当たっている人間なのだ。といっても、センターの名前が<超能力開発研究センター>となっているのは、実際にはカムフラージュ的意味あいが強い。そんな馬鹿げた機関にアメリカが巨額の資金を拠出していることを知っている人間もまた少ないのだが、シュナイダーは実際にこれまで殺人事件や地震を予知したり、また第六感としか呼びようのない超感覚的捜査能力を有する者を何人も見てきた。ただ、そうした特殊能力が何故生まれるのか、どうすれば人工的に発生させられるのかといった、そのメカニズムの究明には当然至っていない。彼がしているのはそうした人間についての健康状態から家系に至るまでの詳細な情報を調査・研究することであり、またCIAのエージェント養成については、彼は特殊な催眠方法を彼らに施すことにより、その分野では確固とした地位を築いていたといってよい。つまり、ある人間を特殊な催眠状態に陥らせた上で、フランス語・ドイツ語・アラビア語・日本語・中国語……その他のテープを対象者に聴かせただけで、その者は次に目覚めた瞬間にそれらの言語を自在に操れるといった状態になる。その方法で、ある者は洗脳し別の記憶と元の記憶を入れ換えて、最強の刺客として各国に放つことも可能なわけだ……もっとも、このことは国の極秘事項なので、シュナイダーは論文としてまとめあげ、学界に発表するような真似はできないのだが。
 そんなわけで、彼はCIAの検閲を免れるような論文のみをこれまで発表してきたわけだが、今から約三か月ほど前――<神>からのこんな啓示がシュナイダーには与えられていた。ある夜、研究所の屋上で彼が太平洋の海を眺めていると、かつて昔見たことのあるUFOが、再びシュナイダーの元を訪れたのである!
 ステルス戦闘機を思わせる、その黒一色の機影は、夜空の上で一度静止すると、青白い光を自分の上に投げかけていた――すると、よくSF映画であるのと同じように、すう、とシュナイダーの体を上部に浮遊させたのだ。こうして彼はUFOの中へ吸いこまれ、そこでこの世のものとは思えぬひとりの美女と対面することになる。
「ようこそ、フロリアン・シュナイダー博士。わたしの名前はガブリエル……『ある方』の使いで、あなたを第三の世界へ招待するために参りました」
「第三の世界……それはよもや発展途上国のことではありますまいな?」
 驚くべき境遇に身を置きながらも――いや、だからこそと言うべきか――シュナイダーにはまだ、冗談を言う力が残されていた。
 そんな彼の様子を見て、ガブリエルと名のった、その名のとおり天使のように美しい女性は、優雅に微笑んでみせる。
「いいえ、我々はずっと以前からこの地球を見つめ、真に価値ある人間のみを、わたしたちが<エデン>と呼ぶ本国へ招待するのです。しかしながら、あなたにも選択の余地はあります……もし、あなたが我々という存在と深く関わりあいになりたくなければ、今ここでわたしと出会った記憶、またタイタロンを目撃した記憶のみを消去して元の場所へ戻っていただくことになりますが、いかがでしょう?」
 タイタロンというのが、この乗り物の名前なのだろうか――そう思い、コクピットの中をあらためてシュナイダーは見まわす。よくわからない計器やパネルなどが美しい室内に備えつけられているが、一目見てこれは自分たち人類が現在所有している科学技術を越えたものだということが、シュナイダーにはわかる。
「ええ、是非……わたしはガブリエル、あなたの招待に応じたいと思います」
「では、出発しましょう」
 自分の足許のドアが閉まると、シュナイダーはガブリエルの隣でシートベルトを閉め、成層圏を突き抜けて宇宙へと飛び出した。最初、素晴らしい宇宙の世界にただ感嘆の声を上げるのみだったシュナイダーも、少ししてあるひとつの素朴な疑問を持った。自分たちの今の飛行は、アメリカの空軍かどこかに、レーダーでキャッチされているのではないかと思ったのだ。それにこの小型の飛行物体自体、闇一色といった黒さで目立たないにしても、かつて昔に自分が目撃したように、誰かから見られている可能性があるのではないかと、そう思った。
「そうですね。この機体はアメリカ自慢のステルス戦闘機と同じで、通常の飛行の場合、レーダーでは観測されません。しかしながら、成層圏を突き抜ける時にはNASAかどこかが我々の飛行の様子を観測していても不思議ではない……ですが、ご心配には及びません。わたしたちの上に立っている指導者は、そうした事実をもみ消せるほどの力を持ったお方なのです。ただし、1947年にあったロズウェルUFO事件は別ですけどね……あれは唯一我々の存在の一部が明らかになりそうになった、極めて危うい事件でした」
「やはり、そうだったのか!」
 シュナイダーは興奮のあまり、鼻息を荒くした。ロズウェル事件とは、1947年の7月、アメリカニューメキシコ州ロズウェルで、なんらかの物体が回収され――それが墜落したUFOの機体ではないかと噂された事件のことを指す。アメリカ空軍総司令部の発表した公式見解では、『極秘の調査気球』とされているが、UFO信奉者は今も、その機体には宇宙人が乗っており、UFOの残骸とともに宇宙人の体がアメリカの極秘機関のどこかに眠っているのではないかと噂し続けている。
「あの事件が起きた時、わたしはロズウェルにいたんだよ。まだ小さな頃の時だったけど……あの夜のことは決して忘れられない。そして、今日また同じ物体を目にして直感したんだ。とうとうその真実を知る瞬間がやってきたのだとね……」
「あれはただのタイタロンの故障なんですよ」ガブリエルは操縦桿を握り、元きた道――美しく青き地球へと戻りながら言った。「そして乗っていた我々の仲間、ルシフェル♯5017も墜落の衝撃で故障しましたが、その後空軍基地から引きとって元のとおり修復しました。ルシフェル・ナンバーはわたしたちガブリエル・ナンバーとは違い、もっとも古い型なので、構造が一番原始的なんです」
「じゃあ、君たちは……」驚愕のあまり、シュナイダーにはもはや言葉もない。
「そうです。あなたの推測どおり、わたしは人間ではなくアンドロイドなのです」
(信じられない)――元の自分がいたサンタモニカの研究所へ戻ってくるまで、シュナイダーはすぐ隣に座る美しい女のことをじっと見つめてばかりいた。こんなに美しい存在を誕生させた者がもしどこかにいるのなら……その者こそ<神>だと、彼はそう思った。
 最後にシュナイダーは、『不老長寿の薬』なるものを天使のように美しいアンドロイドから渡され、さらに驚愕する。見た目はなんの変哲もない白い錠剤なのだが、毎日飲めば細胞が若返って長生きが可能なのだという。
「で、ですが、何故わたしのように取るに足らない存在が選ばれたのでしょう?」
 もはやシュナイダーは畏敬の念にさえ打たれていた。この宇宙のどこかに<神>に等しい知的生命体が存在し、その使いとして今目の前にガブリエルと名のる天使が自分に使わされたのだとしか、彼には思えない。
「<あの方>のご意志はわたしにもわかりません。ただわたしたちアンドロイドは、彼の言われたとおりに事を行うだけですから――ただ、<あの方>は人間に対してとても疑り深いのですよ。あなたのこともこれから<あの方>は自分に対する忠実度を計られることでしょう……あなたが我々の住むエデンへ来られるまで、あともう一歩といったところ。<あの方>の言われたとおりにあなたが事を行うなら、あの方は必ずやあなたの働きに目を留めてくださるはずです」
「わかりました。すべて、<あの方>の御心のままに……」
 ガブリエルが『洗脳プログラム』を用いたことを知らないシュナイダーは、本当に自分が短い宇宙旅行をしたものだと信じこんでいた。もちろん彼自身、科学者の端くれとして、自分がもしや精神病で、実際には体験しなかったことを体験したように感じているだけではないかと、そう何度も疑いそうにはなった。UFOを目撃したり、また宇宙人に体を解剖されたと信じている者の中には、統合失調症などの重い精神病にかかっている者が少なくないからだ。たとえば、彼自身も論文の中で述べたとおり――実際本当にUFOを目撃したのではなく、それは脳の中で<UFOを体験した>という場合がある。この場合は、その証言者は嘘をついているわけではなく、UFOを見て光に包まれる体験を<脳の中で経験した>という意味では真実を語っているということになるだろう。
 シュナイダーはその点について自分自身を精神分析してみたが、やはり自分が経験したことが幻だったとはとても思えないし、何よりも物的な目に見える証拠――長く生きることが出来ると天使が言った<薬>の存在がある。その中のひとつを彼は不敬にも調べてみたわけだが、中からは未知の化学物質が検出され、それがなんなのかをさらに研究しようとするのは、流石に彼にもためらわれることだった。
 何故といって天使・ガブリエルは<あの方>が疑り深く、自分のあの方に対する忠実度をはかると言っていたからだ。自分は今きっと神に試されているのだとシュナイダーは感じていた。もしかしたら地球人類にとって未知なるこの薬に含まれる成分は、地球上に存在しない物質によって構成されている可能性すらある……だが、その成分を調べて学界にセンセーショナルな発表をしたとすれば――自分はある朝、何ものかに殺されるか、心臓発作か何かによって死ぬことになるのではないかと、シュナイダーは漠然とした恐怖を感じるのだった。
 さらに、三か月前のその夜、天使・ガブリエルは最後に、こんな予言を彼に言い残していた。
「近いうちにオスカー・ミドルトンという免疫学で名前を知られた男があなたとコンタクトを取ろうとするでしょう。彼は我々の仲間ですから、これからのことは彼とよく相談して決めてください。それでは、次期にまた時がきたら連絡します」
 そして天使の言った予言は成就し、ミドルトン博士はドイツにある研究所からシュナイダーの元へとやってきた。彼も例の<薬>を服用している仲間で、『エデン』へはオスカーもまだ招かれてはいないが、おそらくは超能力者の能力を見張り続けることが<あの方>の御意志に叶うことなのだろうと、彼はそう思っているようだった。
 また、ミドルトンは次に会った時、超能力を持つ子供たちをシュナイダーに紹介し、共同でこの一大事業に当たろうじゃないかと彼に言った。ミドルトンはおもに超能力者が延命するための<薬>を開発し、シュナイダーは超能力者たちの超能力の可能性について研究する……アメリカ政府はこの事業に莫大な資金を投資することを内々に確約しているし、<殺し屋ギルド>というヨーロッパの闇組織から流れてくる巨額の資金もある。我々にとってこれ以上の素晴らしい環境が果たしてあるものだろうか、というわけだ。
 しかし、その時シュナイダーはミドルトンに、あるひとつの素朴な疑問を口にした。我々が服用している薬の秘密を突きとめて、この細胞が若返るという薬が超能力者たちを長生きさせはしないものだろうかと、そう聞いたのだ。だが、ミドルトンは残念そうに首を振るのみだった。
「<あの方>はそのようなことは望んでおられないのだよ。わたしは確かに免疫学の権威として、あの子たちが長生きできるようにあらゆる可能性を検討してはいる……だが、わたしたちの<薬>のことは、これからも誰に対しても秘密を厳守しなくては。たとえば、わたしはこのことをソ二アにさえも言ってはいない。そうなれば彼女が目の色を変えて、わたしの<薬>を奪って娘に飲ませようとするに違いないからだ」
 ――ここでひとつ、シュナイダーは口にこそ出せはしないものの、オスカー・ミドルトンという男に対して、強い疑念を抱いた。表面的には彼は、美しく聡明な恋人ソ二ア・ヴェルディーユを愛し、またその娘のことも可愛がっているように見えるが、実際にはそうではなく、単に自分の研究のために彼女たちを利用しているのではないかということだった。それでいて、細胞が若返るという例の<薬>については研究することを自分に禁じている……これはシュナイダーの目から見た場合、明らかにおかしな矛盾だった。彼ほどの科学者が、自分が毎日服用する薬について、その成分を調べようともしないなどということは、まずありえない。とすれば彼は、薬の成分についてもはや知っていると考えてまず間違いはないだろう。
 フロリアン・シュナイダーは、この時になって初めてオスカー・ミドルトンを信用するのは危険なのではないかと、そう思った。そして、彼が面倒を見ることになった超能力を持つ子供たちのことを調べる過程で――彼らがあまりに傷つきやすく、同時に超能力と呼ばれる特殊な力を持っている以外は、どこから見ても普通の子供たちであることを知るにつけ、シュナイダーはどうにかして彼らを守ってやりたいような気持ちにもなっていた。
 サンタモニカにある研究センターで彼はその夜も、奇妙な感情の板挟みにあっていた。ソ二アの父親のトマシュ・ヴェルディーユ博士も、またホームの創設者ミハエル・エッカート博士も可哀想な子供たちのことをただ優しく見守り続けたのだ。そうした正しく清い<見守り>の力というのは、これからも彼らに必要なものだろうと、彼はそう思う。自分にも別れた妻との間にふたりの子供がいるだけに、シュナイダーは自分の子供がもし自閉症で超能力を発症するかわりに短命を宣告されたらと想像すると――いかに強いジレンマに自分は陥るだろうかと、そう思った。
 そう考えたとすれば、ソニアの常軌を逸したような娘に対する執着ぶりも理解はできる。一目会った瞬間から、この親子は異常だと彼は感じていたが、それもそのはずと言うべきか、美しい花盛りの娘のカミーユは、母親がその兄と近親相姦して生まれた子供だった。おそらく彼女自身、そのことをミドルトンにもシュナイダーにも知られたくはなかっただろう。だが遺伝子的な観点から超能力といったものを検証する場合に、どうしても彼女の父親のデータというものが必要になってくる。それでカミーユの父親がソ二アの実の兄であるということがわかったわけだ。
 現在、サンタモニカのこのセンターには、選び抜かれた通勤のスタッフの他に、離れの建物にミドルトン博士、ヴェルディーユ母娘、それにシュナイダー本人が住んでいる。そして超能力を持つ子供たちは、海辺にある別荘で共同生活を送っているというわけだ。だが、最後にロスへやってきたラクロス・ラスティスという少女は、恐怖遺伝子の発症によって「海が怖い」のだという。それならばということで、太平洋から少しばかり離れた場所にあるホテルで暮らさせることにしたわけだが――どちらにせよ、長く親しんだこのサンタモニカの研究所とは、シュナイダーは年内におさらばする予定だった。
 アメリカ政府からの巨額な資金投入が決まった今、築年数が三十年以上にもなる古い建物にわざわざいる必要はない。近く、シュナイダーはミドルトン博士やヴェルディーユ親子、それに超能力を持つ子供たちとともに、新しくロスのパサデナに建設された研究施設へ移る予定でいた。そう……おそらくはクリスマスには向こうの建物でそのことをみんなで祝えるに違いない。
 シュナイダーはその夜、子供たちのパーソナル・データに目を通しながら、ひとりひとりの健康状態をチェックして自分の部屋で眠ろうと思っていた。何しろ、彼らが長生きできない理由の自己免疫疾患というのは、彼ら自身の持つ超能力によってある程度進行や症状といったものが抑えられるので、その日その日の一番新しい状態を元に免疫抑制剤の量を加減しなくてはならないのだ……そしてシュナイダーがその処方箋を書いて眠ろうと思った時、真っ暗な部屋のパソコンのスクリーンに、かつて見た夢のような美女の顔が映っていたのだった。
「あ、あなたさまは……」
 自分のすぐ背後に、気配もなく立っている天使の姿を見て、シュナイダーは驚きの声を上げる。
「どこから入ってきたのかって、そう聞きたそうな顔だな」
 顔は一緒だが、髪型や言葉遣い、そして雰囲気――そうしたものが明らかに<彼女>は前と違っていた。もしかしたら天使というものは、みな同じ顔で、同じように美しいのだろうか?
「この間あんたが会ったのは、ガブリエル・ナンバーのアンドロイドだったけど、わたしはね……ルシフェル・ナンバーなんだよ。ルシフェル・ナンバーについてはシュナイダー博士、あんたも知ってるのかな?」
「あ、ああ」と、生唾を飲みこみながらシュナイダーはどうにか答える。「ガブリエルに聞いた話では、ロズウェル事件の時、墜落したUFO……いや、タイタロンに乗っていたのがルシフェル♯5017だったとか……」
「そうだよ。わたしがそのルシフェル♯5017さ。そしてあんたがくだらぬ話をしてくれたお陰で、創造主(マスター)があんたを殺すのに、わざわざわたしのことを指名したというわけだ。どうだ?これで死ぬ前にひとつ、墓場への土産話ができたんじゃないか?」
「こ、殺すって、そんな……」
 にわかに、自分が壮大なペテンにかかっているのではないかと、そうシュナイダーには思われてならなかった。この間会ったガブリエルも今目の前にいるルシフェルと名のる美女も、実は同一人物で――自分は何かの催眠プログラムで宇宙旅行をしたように思いこまされたのではないだろうか?さらに、<彼女>が自分を殺すとしたら、考えられる理由はただひとつ……。
「ま、待ってくれっ!最後に教えてくれっ!」肌にぴったりとした黒のボディスーツを<彼女>が着ているせいで、やはり前に会った美女と今目の前に存在している者は、別人なのだとシュナイダーは思った。ガブリエルもまた同じように黒のボディスーツを着用していたが、<彼女>には女らしい胸の膨らみが顕著だったのに対して――<彼女>、いや<彼>にはそれがなかった。体つきもどちらかといえば、中性的というより、やや男のそれに近いようにも思われる……そしてガブリエルの髪が長いブロンドだったのに対して、<彼>の髪はとても短い金髪だった。
「せめて、自分が最後に死ぬ理由を知っておきたいっ!何故なんだ!?この間は夢のような世界へ招待すると言い、さらに不老長寿の薬までくれたじゃないか……あの薬は本当はなんなんだ!?あの中には我々人類が知らない未知の化学物質が含まれていたっ。そんなものを一度は与えておきながら殺す理由について、最後に教えてくれっ!」
「確かにもっともな質問ではあるが……」
<彼>――ルシフェル♯5017は、透明なスコープに浮かび上がった数字を読みとると、今回自分に与えられたミッションを遂行するのに、時間があと残り少ないことを知った。
「悪いが、時間がない。自分が死ぬ理由については、あの世とやらで調べるのがいいだろう」
「ひっ!」
 よれよれの白衣を着たシュナイダーは、なんとか時間を稼いで警備システムを作動させようとしたのだが――その警報を鳴らすための赤いボタンを押したにも関わらず、なんの手応えも感じられないのを知った。
「まったく、馬鹿だねえ。人間ってやつは」
 後ろ手に何度もボタンを押すシュナイダーの手をとると、ルシフェルはなんの良心の呵責もなく、彼の腕をへし折った。
「あがっ……ぐわあああっ!!」
「警報装置なんぞ、とっくに我々の仲間が切ってあるさ。おそらく警備室の人間は、今ごろ寝てるか死んでるかの、どっちかだろうよ」
 ルシフェルがさらにシュナイダーの腹のあたりに蹴りを入れると、彼は内臓破裂を起こした。それもそうだろう、何しろ<彼>は人間ではなく――白い人工皮膚の下に眠っているのは、特殊な金属で出来た骨や関節だったのだから。
 最後にとどめとして、シュナイダーの心臓を手で一息に貫くと、そこに付着した血液を<彼>はぺろりと舐める仕種をした。肉食の動物と同じく、<彼>は人間の血の匂いが好きだった。何故そのように創造主(マスター)が自分のことをプログラミングしたのかはわからないが、マスターの話では、それが人間の本能にもっとも近いものなのだということだった。
 ルシフェル♯5017は、マスターから命じられた必要な情報をすべてスキャニングすると、それらの資料及びシュナイダーの死体を始末するために高性能爆薬をセットし――他の同じルシフェル・ナンバーのいる棟へ向かった。廊下を歩きながら、中庭にある大理石の噴水に月光が降り注いでいるのを見て、<彼>はその光景をとても美しいと感じる……そう、彼は確かにアンドロイドではあったが、それでも夜空を見上げて月を美しいと感じる<心>に近い何かがあったのである。



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【2008/09/19 06:28 】
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