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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(19)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(19)

 メロは、最初は快適なひとり暮らしをしていたコンドミニアムに、今は人の出入りが激しいのを見て――ほとほとうんざりしていた。
 カイ・ハザードが残した遺言を実行するために、セス・グランティスという青年がニアの元を訪れたことにより、メロが学校へ通う必要はなくなったわけだが……そのかわりに、ニア、ジェバンニ、リドナー、セス、ボー、ルース、エヴァ……といった人間が鬱陶しくも居つくことになってしまったのだ。
 ロベルスキーの逮捕後、ルースもボーもディグランも学校へは通っていないという。それはそうだろう、とメロは思う。何故なら自分も短い間普通の<スクール・ライフ>とやらを送ってみて、つくづく退屈で仕方なかったからだ。ある分野の才能に抜きんでている彼らにとっては、残りの短い寿命の間、学校の単位など取って過ごすより、その才能を伸ばすことだけに集中したほうが、どれだけ有意義か知れない。
 だがここで、メロはセスという青年から聞かされた、あるひとつの重要なことを思いだす。それは、このコンドミニアムの広いリビングに、セスとニア、そしてメロしかいない時に彼の口から語られたことだった。
「なんだって!?それじゃあラスは、自分が普通の超能力者以上に長生きするって知らないのか?」
 飾り暖炉を囲む革張りのソファの上で、メロは思わずそう叫んでいた。ニアとセスはその時そこでチェスをしていたのだが、もはやこの家を我が物顔に使用している彼らに、嫌味のひとつでも言ってやろうとメロが思った時のことだった。
「まあ、そうだね」と、投了(リザイン)のしるしにキングの駒を倒しながら、セスは言った。これで167勝168敗だったが、まあ一旦ニアに一勝させておこうと、彼はそう思った。
「僕と兄さんとラスは、明らかに他の能力者とは、超能力の発症の過程が違う。互いに早期幼児自閉症だったという共通点はあるにしても――僕たちのように、何か幼い時にショックな出来事があって超能力を発症した人間というのは、これまでにも何人か存在するんだ。まあ、長生きするっていっても40歳前後らしいけどね。そういうトラウマが引き金になって超能力に目覚めた人間っていうのは、ラスやボーみたいに強い攻撃的な力を持つ場合が多いから――あまり無理せず<力>を使わなければ、それに比例して寿命が延びる形になるらしいよ。今まで僕たち能力者の間でもっとも長生きしたのが、<未来予知>の力を持つナディア・ハイゼンベルクという六十歳の婆さんだ。彼女は僕がホームに引き取られてから、間もなくして死んだけど、ベルリンの壁が崩壊したのを、自分の予知が当たったと言って泣きながら喜んでいたっけ」
「つまり、あなたもまたその、<未来予知>の力によってわたしに会いにきたと言ってましたよね?つまりそれはどういうことですか?あなたはわたしがチェスに勝ったら教えると最初に言いましたが――正直いって今のところ、あなたとわたしの力は五分五分といったところです。いつまでもこんなイタチごっこのような真似をするのはやめて、肝心なところを聞かせてもらえませんか?」
「そうだね」と、大理石の暖炉の上、ミケランジェロの『聖家族』の絵がかかっているあたりを見ながら、セスは溜息を着く。「正確には、ニア、君やジェバンニのいた家のことは、カイが生きてる時から<予言>されてたのさ。家の色や形、さらに番地に至るまで当たってたよ……僕はね、モーヴに君んところへ行く日時まで決められてたんだ。そしたらそのあと、一体何が起きたと思う?」
 ここでメロとニアは、互いに顔を見合わせる。
「つまり、そのあとすぐにロベルスキー・リドナー・エヴァ・ロス市警の警官の順に来客があったというわけだ。ところで君たちは、これをただの偶然だと思うかね?」
「いや……」と、メロが言いかけるのを、
「偶然でしょう」と、力強い口調でニアが遮る。そのことにカチンときているメロには構わず、ニアは続けた。
「あなたがわたしの仮住まいの家へ来たのは、そのモーヴという青年の<予言>どおりに行動したからであったとしても――リドナーは本当であれば、わたしとジェバンニのみがいる時を見計って戻ってくる予定だったんです。さらにエヴァのことにしてもそうでしょう?彼女はあの日、ベルギーから戻る予定ではまったくなかったのに、わたしたちのいる家を訪ねてやってきた……それも単にあなたをびっくりさせたかったという、それだけの理由でね。これが偶然ではなく、一体なんだというんですか?」
 メロは、整然と要点について説明するニアの横顔を見ながら、すぐにピンときた。ニア本人も本当は、それを<ただの偶然>などとは思っていないのだ。だが、相手に説明を求めるのに、それと反対のことをあえて言い、詳しいことを話させるようにもっていきたいのだろうと、そう思った。
「いいかい?この世界に偶然などというものは存在しない――というのは、僕が小さい頃に聞いたナディア婆さんの受け売りだけどね。つまり、簡単にわかりやすく、ジェバンニとリドナーのことを例に上げてみよう。彼らは我が儘な坊やのお守り役として、今の職務についているわけだが、ふたりにはいくつか共通点があるね。ふたりともアイビーリーグ卒でIQは普通の人間よりも30程度高い、加えてCIA、FBIの組織で若手のホープとして注目されていたという過去がある……そして互いに清廉潔白な性格が災いしてか、組織内では出世の望めない立場に立たされ、そこを<L>という人物に拾われたというわけだ。そうだね、この世界一の探偵と言われる<L>と仕事をしたことがあるというのも、ふたりの大きな共通点と言えるだろう。さて、ここで君たちに質問したい。彼らはここのところなんとなくいい雰囲気であるように僕の目には見えるが、ふたりがこのままゴールインする可能性は何%くらいだと思う?」
「さあな」何がどう関係あるのやら、そう思いつつ、メロはだらしなくソファにもたれたまま、パキリとチョコを齧る。「男と女のことなんか、先はわかんねえだろ。今日は仲が良かったかと思えば、明日には死ぬほど憎みあってるかもしれない……そういう人間の感情を数字で割り切るってのはナンセンスなんじゃないのか?」
「まあ、セスの言いたいことはなんとなくわかります。まず、ジェバンニ・ロボットとリドナー・ロボットをそれぞれ一体ずつ用意して――こんな言い方をするのは彼らに失礼かもしれませんが、まああくまでも仮に、ということです――それぞれにある一定の数値を入力すれば、ふたりが恋に落ちるパーセンテージは測定が可能になります。趣味は、ジェバンニがオカルトおたくなので、ちょっとどうかと思いますが、その他の点についてふたりは共通項が多いのも事実ですから……そういう人間ふたりが仕事とプライヴェートの区別がつかないような生活を共同でしていたとすれば、おのずと恋に落ちる値は高くなる、セス、あなたが言いたいのは大体、そういうことですか?」
「まあ、簡単に言うとすればそうだね。たとえばニア、先ほど君はエヴァがベルギーから戻るとは限らないという可能性について言及していたけど、それだってあの日あの時間を彼女が選んで来る可能性をゼロにはしないんだ。たくさんある可能性の選択肢の中で、エヴァがロスへ来てモーヴが彼女に「セスは例のカイが選んだ坊やに会いにいった」と教え、そして彼女があの日君の家を訪ねたのは……可能性として馬鹿みたいに低いことではない。たとえば、君たちのうちのどちらかが今日の夕方に心臓発作で死ぬ確率はいくつだ?病院で調べて心臓などどこも悪くない若い人間と、長年喫煙癖のある老人とでは――どちらがより死ぬ確率が高いか?そんなふうにして、ある程度のことは数字に置き換えて推測することが……運命を<計算>することが可能なんだよ」
「つまり、こういうことですか?あなたの仲間の、モーヴというその青年もナディア・ハイゼンベルクというお婆さんも、人間の<運命>を計算する超能力が備わっていると、あなたはそう言いたいわけですか?」
「まあ、簡潔にまとめるとしたら、そういうことだね」セスは、テーブルの上に駒を並べ、何故自分が負けたのか、その敗因を遡って調べながら言った。「もっとも彼らは、頭の中でそんな複雑な計算をしたりなんかしないけど……ただ彼らにはそれが<見える>んだ。超感覚的な力によってね。僕はやたらと理屈っぽい君たちに、なるべくわかりやすいように説明したつもりだけど、モーヴの能力については大体、そんなところでいいんじゃないかな」
「あ~、ようするにそれ、アレだろ?『ラプラスの魔』ってやつだ」
メロがチョコを齧りながらそう言うと、(意外に馬鹿でもないらしい)というような顔をして、セスが彼のことを見つめる。
「つまり、ここにコインがひとつあるが」と、メロはごそごそポケットの中を探りながら言った。そして空中に弾いて投げ、手のひらへとそれを再び隠す。「このコインの裏と表がでる確率は、一般に50%ずつだと人は信じているが、実際にはコインをはじく時の物理的要因――手の角度とか、地面からの距離、コインを空中にはじき上げる時の力、その他もろもろ――をすべて計算すれば、表がでるか裏がでるかは、100%確実に言い当てられる。つまり、『コインの表と裏、どちらがでるかは偶然の結果』ではないということだ。人間の未来もまた、そうした計算をすべて行う能力が人間にないというだけで、運命は計測不能のでたらめな偶然が重なった結果ではないっていう、セスが言いたいのはようするに、そういうことだろ?」
「『ラプラスの魔』ですか……それならそうと、先にそう言ってもらったほうが話が早かったですね。ラプラスは18世紀・フランスの数学者で、彼は『確率の解析的理論』で次のように言っています。<もしもある瞬間におけるすべての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)すべて見えているだろう>……セス、あなたはモーヴがこの「知性」だと言いたいんですね?ですが、『ラプラスの魔』は19世紀のはじめにヴェルナー・ハイゼンベルクという物理学者によって否定されています。物質粒子が同時に複数の場所に存在するとしたら、どんな知性であろうと――たとえ全知の存在であったとしても――すべての粒子の正確な位置を知ることは不可能であると証明したんです。また、情報処理の速度というものを考えて、たとえ『ラプラスの魔』が全原子の状態を把握していたとしても、その1秒後の状態を予測するのに1秒以上かかったのでは、未来を知ったことにはならないとする決定論の論議もあるようですが」
「……おまえが言うと、話がますますややこしくなるな。まあ、言いたいことは大体わかる。ラプラスの『確率的分析的理論』と『確率の哲学的試論』については、アンダーウッドの奴が試験に出しやがったからな」
「ちなみに、そのテストではわたしが一番で……」
「俺が二番だって言いたいんだろ?みなまで言うな。たかが一点差で勝ったくせしやがって」
 ニアがさらに言葉を重ねようとすると、セスが突然吹きだし、そのあとはもう、彼は笑いの虫を腹にでも飼っているように、数分間笑いどおしだった。その様子を見て、メロもニアもいささか憮然とする。
「……君たちって、仲がいいんだね。その絆の間には、僕はとても入りこめそうにない」
「何言ってんだ、誰がこんな奴……」
「何言ってるんですか、誰がメロなんかと……」
 ほとんど同じ意味の言葉を言いかけて、メロとニアは再び顔を見合わせる。そんな様子のふたりを見て、セスはもう一度笑ったあと、説明を続けた。
「まあ、<未来予知>の詳しいことについては、モーヴと直接会った時にでも、彼から教えてもらうといいよ。なんにしても、世界中の美術館に現在かかっている本物そっくりの贋作を描いたのは彼だ。モーヴは小さい頃から絵が上手くて――特に模写することにかけては、彼は天才的だった。40秒以上ある対象物を見つめると、その細部をまったく同じようにキャンバスの上に描いてみせることが彼には可能だったんだよ。つまり、彼は40秒の間ある景色を見つめたとしたら、あとはその景色を一切見ずにまったく同じ風景を描ける能力があるんだ。まあ、盗んだ元の絵はすべて、万全の状態で保管してあるから、あとで君たちに返してあげよう。この件については、メロが盗まれた半分の絵を取り返し、もう半分をニア、君が取り返したっていうことにすればいいんじゃないの?」
「今はもう、なんだかそんなこともどうでもいい感じだな」と、メロは溜息混じりにチョコを齧る。「それよりもセス、俺はあんたに肝心なことを答えてもらってない。何故あんたとボーとラスは、他の超能力者よりも長生きできるんだ?そこのところを早く説明してもらいたいもんだな」
「つまり、僕と兄さんとラスは、幼い頃から<薬>の投与を受けてないからだよ。ただし、そのことについては兄さんとラスはまだ何も知らないんだ……何故かわかるかい?僕はともかくとしても、ラスやボーはもともと、精神的に弱い質だった。自分たちがみんなより長生きするなんて知ったら――罪悪感にどれほど苦しむかわからないくらいね。だから、彼らが<みんなと同じ>ように飲んでる薬は、免疫抑制剤なんがじゃなく、ただの偽薬(プラシーボ)ってわけだ。いずれ頃合を見計って、カイはそのことをラスやボーにも知らせるつもりだっただろうが……その前に死んでしまった。だから、今は僕が彼らにそのことをいつか伝えなくてはならない。まったく、損な役まわりを引き継いだもんだと、我ながら思うけどね」
「その、免疫抑制剤についてですが」何かを考えこむように黙りこんだメロにかわって、ニアがセスに言った。「あなたから前にサンプルをいただいて、エリス博士に調べてみてもらったところ、製造が可能だという返事をもらいました。もしかしたら、その薬の研究をさらに進めることで――パーキンソン病や多発性硬化症などの病気にも一定の効果が得られるかもしれないと、彼女は興奮したように話してましたが、そのことをエッカート博士やヴェルディーユ博士もご存じだったのではありませんか?」
「まあね」と、セスは立ち上がると、広いリビングの中央、キッチンとカウンターのある場所へ行き、そこにある冷蔵庫からどくだみ茶を取りだしている……あんなもののどこがいいやら、とニアは彼の味覚に疑問を感じるが、彼曰く「クセになる味」だということだった。
「<毒をもって毒を制す>とはよく言ったものだと思うよ。だがまあ、その薬が外部に出ることで、エッカート博士もヴェルディーユ博士も下手に脚光を浴びたくなんかなかったのさ。まあ、自分たちの研究のことがわからないように、別の人間にその功績をうまくコントロールする形で与えることは可能だっただろうけど……そうすることで、世界中で難病に苦しんでいる人々が救われることを思えば、彼らは人道的にもそうすべきだったのだとは思う。でも<秘密>っていうものは大体、そういうところから洩れてガン細胞みたいに広がっていくものだって彼らにはわかってたんだ。君が今名前をだしたエリス・ワイミー博士にしてもそうだろう。エイズの画期的な特効薬を彼女は開発したが、その功績を嫉んだ連中の取った行動を見てみたまえ。エッカート博士は自分の研究の成果を保持し続けるために、この世における栄光を一切捨てたんだ。じゃなければ今ごろ彼は、パーキンソン病を治す画期的な新薬を開発したってことで、歴史に名前を残していたことだろうね」
「ようするに、その薬はおそらく、リウマチや全身性エリテマトーデスなんかにも効く可能性があるってことか?」
 メロは、冷蔵庫を開けたついでに、セスからチョコレートを一枚取ってもらい、それを受けとりながら言った。
「まあ、そういうことになるね。自己免疫疾患っていうのはようするに、本来は細菌やウィルス・腫瘍などの自己と異なる異物を排除するための役割を持つ免疫系が、自分自身の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応・攻撃することで起きる症状のことなんだけど……僕たち超能力者っていうのは、ある程度まで無意識のうちにその症状をもコントロールしているらしい。だから、それまでまったくなんの兆候も見られなかったにも関わらず、ある日急激に病状が悪化した時には手遅れっていうかね、そうなったらもう自分の死期が近いとみんな悟るってわけ。ちなみに、カイの場合は――彼はね、自己免疫性溶血性貧血だった。つまりニア、君は本来ならば立っていられないほど症状の進んだ人間と戦って――そしてようやく勝ったというわけだ。まったく、誇るべき勝利だね」
 話がカイ・ハザードのことに及ぶと、セスの言葉がにわかに険しくなることに、ニアは気づいていた。だが、彼の死に対してニアに直接の責任はないにしても――他に責められるような人間もいないゆえに、セスは自分に軽く当たっているのだろうと、そうニアは感じていた。
「なんにしても、あなたたちのことはこれから、ワイミーズ製薬の極秘スタッフが治療チームを組んでその病気が起きるシステムの解明に当たります。RH-X257とあなた方が呼んでいる薬も、次期できるそうですから……そうなったら出来れば、一度あなたたち全員にロンドンへ来て検査を受けてほしいそうです。とりあえずそれが<L>からの伝言ですね」
「わかった。だがまあ、今すぐというのは流石に難しいな。ティグランの奴も今はヘソを曲げてるし、超能力者全員が一時に同じ行動を起こすというのは、僕たちの次の代の子供たちにそれだけ大きな負担をかけるということでもある……現在、ホームで超能力を所有しているのは僕を含めて9人……まあ、カミーユのことは除いて8人か。その全員が一時にいなくなったとすれば、シュナイダー博士やミドルトン博士は現在<薬>の投与を受けてはいるが、超能力を発症していない子供たちの研究に熱を上げることになるだろう。そのへんのことはこれからうまくカモフラージュしていかなければならないけど、さてどうしたもんだろうな」
 ――君たち、何かいい案はないか?というように、セスが肘掛に並んで座るメロとニアに視線を投げるが、ふたりは黙ったままでいる。結局、<L>自身の都合もあって――彼は今ロンドンの例の爆弾魔騒ぎで、そこを離れられなかった――暫くは様子を見る、ということで話は落ち着いた。<L>本人がロスへ来られるようになれば、事態もまた変わるからだ。メロもニアも詳しくは知らされていないが、ロンドンの爆弾魔事件以外にも、Lは色々と難事件を抱えていてなかなか手を離すことが出来ないらしい……メロもニアも自分たちに手伝えることであれば、仕事を回してほしいと彼に言ったが、「これはわたしの宿題みたいなものなので、あなたたちは今、大切な超能力者との接触を持ち続けてください。その件についてはふたりに一任します」と指示されたのみだった。
 なんというのだろう、Lの様子がいつもとは違う、ということにメロもニアもはっきり気づいていた。だが、彼がそれ以上詳しく話そうとしないことについて、何かを突っこんで聞くというわけにもいかなかったのだ。
 とりあえず、メロとニアはセスとこのまま協力関係を保ち、他の超能力者たちが出たり入ったりする環境の中で、他の通常の仕事も続けるということになり――メロは十二月上旬のその日、ダウンタウンにあるロサンゼルス警察にいた。チャイニーズ・マフィアとヒスパニック系のギャングの抗争で、麻薬のルートを掴んだ件についてだった。麻薬対策課のパトリック・アークエットと直接会って話をする必要があったのだが、彼は今連邦裁判所で事件の証人として証言している最中だという。
 メロにしてみれば、ちょうどロス警察のそばを通りかかったので寄っただけではあったのだが、アークエット警部には後で電話がほしいという伝言のみを残し、クリスマスの装飾で賑わう通りを彼はバイク走り抜けていった。
 ニアやセス、リドナーやジェバンニと暮らしはじめて早一か月といったところだろうか……だがメロは、ビバリーヒルズのコンドミニアムにニアがいると思っただけで――この日も心が重かった。麻薬捜査のことで少しの間モーテルへ泊まると言ったのはつい先日のことだし、また同じ口実を使うというのも、なんだか奇妙な印象を持たれるかもしれない……いや、いっそのこと、俺はおまえが嫌いだから別のホテルで寝泊りすると宣言すればいいだけの話だろうか?けれど、いずれLが来てあのコンドミニアムでラケルも一緒に暮らすだろうことを思うと、それはそれでなんだか面白くないのだ。そもそも、最初にあのコンドミニアムを押さえたのは、自分のほうが先だったのだから。
(あーあ、あいつもフランスで事件が起きたとかなんとかで、ヨーロッパにでも戻ればいいものを……そもそもアメリカってのは、コイルの管轄だってのに。前までは冷蔵庫にチョコレートをぎっしり入れてても、文句を言う奴なんか誰もいなかったのに、今じゃあセスの野郎が居候のくせして色んなものを詰めてやがるし……ジェバンニとリドナーも、こそこそお互いの部屋を行ったり来たりしないで、どっか他に部屋でも借りろっていうんだ。まったく、あそこは元は俺の家だってのに、なんでこの俺が気を遣わなきゃならないんだ?クソ面白くもない……)
 正確には、もともとはワタリ所有のコンドミニアムだが、まあこの際そんなことはどうでもいいだろう。なんにしてもこの時、ニアと同じ家に長く住まなければならないストレスが、メロの中には蓄積されていた。それで、少しバイクで遠出をしてからビバリーヒルズへ戻ろうとメロが思っていた時――サンタモニカ・ブルーバードで、どこかで見たバイクの後ろ姿をちらと見かけたのだ。
(イタリア製のドゥカティ996S……まさか)
 信号機が変わるなり、メロは黒のバイクスーツを着た女性の後ろ姿を追っていった。ヘルメットはしているが、おそらく間違いない。いくつかギルドの仕事を片付けてから彼女はロス入りすると、セスから聞いていたが――ようやくここで会うことが出来たというわけだ。
 だがラスは、すぐ隣にハーレーが追い迫り、相手がメロだと気づくなり、さらに速度を上げていた。そしてメロのことを振り切るように狭い横道へ逸れようとしたが、彼もまた執拗にラスの後ろを追いかけて来たのだった。結局最後にはラスが降参する形となり、路地裏でバイクを一旦止めると、ヘルメットを取り、メロと向き合うことになる。
「あんた一体なに!?もしかしてストーカーか何かなわけ?」
 一目見るなり、ラスが怒っていることは明らかだったが、それが何故なのか、メロにはさっぱりわからなかった。
「そうなのかもな。あんたがいつロス入りするかと思って待ってたんだが……何故こんなに遅くなった?」
 理由はいくつかある……そのことを口にしようとして、やはりラスは黙ってしまう。だが、不思議と彼女はメロには嘘をつけないものを感じていた。それでとりあえずは一番無難な言葉を口にすることになる。
「あたし――海が嫌いなのよ。セスに何も聞いてないの?あの裏切り者に」
「べつに、セスは誰も裏切ってなんかいないだろ?そうだな、まああんたの一応の上司、ソニア・ヴェルディーユのことは裏切ったことになるんだろうが、彼女のことは信頼できないと、ラスも言ってだろ?そう考えたとすれば……」
「この大嘘つきの卑怯者!!ラスなんて馴れなれしく呼ばないでよっ!!あんたなんかもう、あたしは大っ嫌いなんだから!!」
 感情的になってそれだけ叫ぶと、ラスは踵を返して、またバイクに跨ろうとした。だが、そんな彼女の手をメロが強引に掴んで引きとめる。
「待てよ。何をそんなに怒ってる?俺があんたに何かしたか?」
「自分の胸に聞いてみなさいよっ!!」
 それだけ言うと、ラスはまたバイクにエンジンをかけて、走り去っていこうとした。メロもまたヘルメットを被り、再び彼女の後ろを追いかけていく……そしてラスがフォーシーズンズ・ホテルに最後に入っていくのを見届けると、メロは自分もまたそこへ宿泊することに決めたのだった。
 何故といって、メロにしてみればニアと顔を合わせたくないということと、これでまた新たに<仕事>が増えたということが重なったからだ。つまり、ティグランはサンタモニカの研究所近くの別荘にいるにも関わらず――ラスは何故離れた場所でホテル暮らしをしているのか、彼の中では腑に落ちなかった。
(海が嫌いだって?)
 確かに、セスから聞いたサンタモニカの研究所は、太平洋を見渡せる場所に位置しているが、単にそれだけの理由でわざわざ離れた場所にホテルを取ったりするものだろうか?
 その点がメロには疑問だった。そしてメロはLと同じく、自分が疑問に思うことは徹底的に究明しなくては気が済まないのだ。それにラスが自分に言った言葉も、彼にはまったく理解できなかった。「自分の胸に聞いてみなさいよっ!!」と言われても、メロは自分の心にやましいところなど何もないゆえに――ますます理解が不能だった。
 ラスのあとをこっそり尾行し、彼女が8階にあるプレミアスタジオという部屋をとっていることがわかると、メロもまたすぐその隣に部屋をとった。世界中のブランドショップが集まっているロデオドライブの街並みや、ロサンゼルスのスカイライン、ハリウッドヒルズの眺めなど、窓から見える景色は絶好のロケーションといってよかっただろう。その他、室内はクラシックなヨーロッパ風で、流石は世界でも指折りの名ホテルだけのことはある……メロはそんなふうに思った。
 だが、それと同時にメロにとっては、部屋に備えつけの42型のプラズマテレビも、イタリア製大理石の広いバスルームも、なんの意味もなさなかった。第一、すぐ隣の部屋に自分にとって欲しいと思える女がいるのに、キングサイズのベッドがでかでかと置いてあるのは、虚しいことこの上ないといっていい……メロはパリのリュクサンブール公園近くのアパルトマンにいた時とは違い、今はラスの様子を盗聴できないのが残念だと思った。
『あんた、もしかしてストーカーか何かなわけ!?』
 そう言ったラスの言葉を思いだし、メロは苦笑する。盗聴していたことがバレて、前に変態呼ばわりもされた……まあ、そんなことはどうでもいいにしても、やはり自分にとって彼女は特別な存在だと、メロはそう感じていた。
 正直いって、メロはラスがヘルメットをとった瞬間に――自分が彼女に対して何も感じないことを期待していた。そして向こうも、まるでこの間の夜は何もなかったという冷静な態度をとってくれたら……それで万事解決といったところだったろう。もしそうなら、自分はこれからラスに対してもルースに対しても中立的な立場でいることが出来、さらにはもう二度と同じ失敗は繰り返さないという絶対の自信が彼の中にはあったからだ。
 メロがラスに感じている感情というのは――直感的にはカタストロフ的なものだった。もちろん、何故そんなふうに感じるのかというのは、メロ自身にも説明がつかない。だからこそ気になる、とでもいえばいいのだろうか。カタストロフというのは、一般的に破綻、という意味で使われる場合が多いようだが、同時に大団円、ようするにハッピーエンドという意味もある……つまり、人間というのはそのどちらに転がるかわからない存在ということだ。恋もまたしかり、というように思えないところが、メロにとっては理解の範疇を越えていることではあるのだが。
 なんにせよメロは、自分のいる柔らかな色調の、重厚で豪華な雰囲気の家具が並ぶ部屋を出ると、ラスのいる部屋の前で彼女のことを張ることにした。パリにいた時とは違い、今度は隠れたりこそこそするような必要は一切ない。ただ、その行為自体はやはり、気になる女性のまわりをウロウロする男のそれと共通していただろうが、彼の場合はとてもストレートだった。
 そう――気になるけれど、声をかける勇気がないので相手の女性のまわりをうろつくような男とは、メロは根本的に違っていた。単にメロはラスのいる部屋の前で彼女のことを待ち、少しの間話をしようと思っただけなのだ。そしてすべてのことは、その時にはっきりするだろう。



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【2008/09/19 06:12 】
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