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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(18)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(18)

 ――話は、数時間前のことに遡る。
 セスがジェバンニに二階の一室へ案内してもらっていると、インターホンが鳴った。一瞬ドキリとするような表情をジェバンニがしたのを、セスは当然見逃さない……というより、すぐにピンときた。
 彼にしてみれば、ニアが何故ルースのいる家を張っているのかも、すでに承知の上のことだった。この特殊な<中流家庭>に訪ねてくる人間がいるとすれば、彼らの味方以外では相手の顔ぶれも限られるだろう。そしてジェバンニが一瞬見せた表情――それだけでも、セスには大体のことが把握できた。ルースの母親役のロベルスキーに、セスは直接の面識はない。だが、<殺し屋ギルド>の資料を見て、彼女がどういった人間なのかということはすでに知っていた。
 自分の直感が正しければ、おそらくジェバンニは今……ロベルスキーの色じかけの被害に合っているのだろうと、セスはそう思った。
 だが顔の表情には一切ださずに、「出なくていいんですか?もしかしたらセールスか何かかもしれませんが」と、セスはベッドに腰掛けながら言った。
「ええ……あ、いや、その。とにかくここで寛いでてください。あとで夕食が出来たらまた、お呼びしますから」
 ぼりぼりと頭をかきながら階段を下りていくジェバンニの後ろ姿を見て、セスは思わずくすりと笑った。裏の探偵世界のNO,2とも3とも言われるロジェ・ドヌーヴが、意外にも親しみやすい人間をそばに置いているのが不思議だった。おそらく、まあそれなりに仕事のほうも出来るには違いないが……。
 ジェバンニがドアを開けっぱなしにしていったので、玄関ホールの物音がセスにはすべて筒抜けだった。
「美味しいミンス・パイを作ったので、よかったらどうかと思って……ニアくんは何が好物なのかしら?教えてもらえれば、好みのものを是非作りたいのだけれど」
「あの、本当にお気遣いなく。僕ももう妻のいないやもめ生活には慣れてまして……ニアの奴は本当に偏食で、味の好みは僕にしかわからない微妙な匙加減があるんですよ。こちらのミンス・パイのほうは僕のほうで有難くご馳走になりたいと思います。でも本当に、気にしないでください」
「まあ、そんな……いけないわ。いくら自閉症とはいっても、出来るだけ外の人と触れあってコミュケーションを取ったりするのって大切よ。あなただって、時々は子供の世話から解放されて、息抜きくらいしたいでしょうし。なんだったら、ニアくんを時々わたしのうちに預けてくれてもいいのよ?わたしもルースも、自閉症の子にどんなふうに接したらいいか、よくわかってますもの」
(本当に、大した女狐だ)――玄関ホールの会話に耳を澄ませながら、セスは笑いを堪えるのが大変だった。彼女と<殺し屋ギルド>アメリカ支部のもうひとりの幹部……ミッシェル・ゴードンが住む家のそばに、重度の自閉症児が住んでいるという報告は、セスのほうにも上がってきている。フロリアン・シュナイダー博士は<超能力誘発剤>の被験者リストに、ニア・ジェバンニという少年のことも入れていたようだが、(まったく無能な連中だ)というのが、セスの正直な気持ちだった。
 まず第一に、十歳を越える少年を被験者にしても超能力が発症した例はこれまで一度もないにも関わらず――自分ならばまた何か新たな可能性を発見できるかもしれないと、シュナイダー博士は自惚れているのだ。さらに、ロベルスキーとゴードンはこれまで、<殺し屋ギルド>の高級幹部としてはなかなかの働きをしてきたとはいえるものの、そろそろどちらかの首をすげかえて、組織内の空気のよどみを外へ出したほうがいいだろうというのがセスの考えだった。
 そうなのだ……セスとカイのふたりはこれまで、<殺し屋ギルド>のトップに立つ人間として表の世界と裏の世界の「微調整」を行ってきた。Lやコイル、ドヌーヴといった探偵の顔を知る者がいないのと同じように――<殺し屋ギルド>の者たちもまた、自分たちにとって一番上に立つ人間が誰かを知っている者はひとりもいない。エッカート博士は、子供たちの中でも郡を抜いて賢い者を選び抜き、そのうちの何人かをこの任に当たらせることで、組織内の均衡を保とうとしたのだ。この場合大切なのは、超能力を持っているかいないかではなく、<超能力>を持った人間を効率よく駒として動かせられる上、『殺し屋ギルド』の内部事情に精通していることが求められる……また、彼らトップのやり方に疑問を持った人間に対しては<制裁処置>が容赦なく加えられることで、<殺し屋ギルド>という組織はこれまで悪の組織として成長を遂げてきたというわけだ。
 ヨーロッパの通貨がユーロで統一される方向へ動くことになったも、この裏の世界の力とはまったく無縁ではない。カイはユーロ紙幣の原版を盗むことを提案し、また実行へ移しもしたが、実際には原版などなくてもすでに、<殺し屋ギルド>の組織では偽札製造の技術が完成しているのだ……百パーセント木綿からできた紙幣に、すかし模様を入れる方法、さらに刻印箔にホログラム、視覚的に色が変わる特殊インクなど、ヨーロッパ中央銀行(ECB)の許可がなければ決して手に入れられないものすべてが揃っている。
 もっと言わせてもらうなら、中央銀行の偽札対策はカイの目から見てもセスの目から見ても甘いものだった。むしろ原版が盗まれたことで、自分たちの安全管理対策を見直す機会が与えられたことを感謝したまえ……そう言いたいくらいだ。なんにせよ、ユーロ紙幣の原版にしても世界の美術館の名画のかけ替えにしても、こうしたことは探偵ドヌーヴや<L>といった探偵が「どこまでやれるのか」をテストするためのものでしかない。カイやセスにしてみればちょっとしたほんの<お遊び>に過ぎないのだ。
(さて、カイ。君が選んだあのニアとかいう坊やは、どこまで僕を楽しませてくれるかな……)
 メアリ・リードことブリジット・ロベルスキーが、半ば押しきる形で家の中へ上がりこむ会話を聞きながら――セスはそう思った。あのジェバンニという人の良さそうな部下にしても、ロベルスキーの色香や強引さに負けるようでは、ドヌーヴの部下として相応しくはないだろう……そしてそんな人間をもし側近としてニアが置いているのだとすれば、彼の度量も大したものではないと、セスにはそのように思われる。
 ロベルスキーとジェバンニの会話の流れとして、彼女は強引にジェバンニ家の夕食を作ることにしたようだった。玄関ホールからリビングに続くドアが開け放されているので、話は今もセスの耳に丸聞こえである……だが、流石に少し聞きとりにくい部分があるので、セスは階段の上段のほうへ腰かけて、キッチンにいるジェバンニとロベルスキーの会話に引き続き耳を澄ませることにした。
「ぶーん」と、ニアが自閉症児を装って、おそらくはおもちゃの飛行機か何かで遊んでいる声が聞こえる……セスは思わず吹きだしそうになったが(彼は笑い上戸だった)、なんとか必死にこらえる。
 そして「あの、あまりそう体をくっつけられると、その……」などと、ジェバンニがまごついている様子の会話が聞こえた時――ピンポーン、とまたインターホンが鳴った。
(やれやれ。今度は一体誰かな?)
 玄関ホールからは、二階へ続く階段の下数段しか見えない。セスはそのまま階段上部へ腰かけたまま、訪問者が誰なのかを探ることにしようと思った――もしかしたら、今度こそセールスの人間かもしれないが。
「……リド……じゃない、どうしたんだ、ダイアン!まさか、本当に来てくれるとは思ってもみなかった!」
(おや……?)と、セスはまた喉の奥から笑い声が飛びだしそうになるのを、必死でこらえる。彼が前に見た資料によれば――ダイアン・ヴェルナーというのが、ジェバンニという男が離婚した元妻だったというように記憶している。
「ああ、あなた。わたしがいけなかったの。他の男に浮気心を起こすなんて、本当に馬鹿だったわ……でも、熱が冷めて相手の男と別れたら、あなたとニアが今どうしてるか、とても気になって。新しい引っ越し先の住所を教えてくれてありがとう。わたしが今日ここへくるのにどんなに勇気がいったか、ステファン、あなたならわかってくれるわよね?」
 ステファン、とファーストネームで呼ばれて、ジェバンニは思わずどきりとする。もちろん、演技とわかってはいても……。
「わかっているさ、ダイアン。じゃあ、これからは僕たち、ずっと一緒にいられるんだね?」
 ジェバンニは髪を赤く染め、ブラウンのカラーコンタクトで変装したリドナーと抱きあった。ジェバンニはワタリ所有のコンドミニアムに、ただなんとなくリドナーの様子を見にいっていたというわけではなく、一応仕事の打ち合わせもきちんとしていたのだ。
 リドナーは今日、変装した上でここに戻ってくる予定だったのだが、セスに続いて向かいの家に住むリード夫人までやってきたため、その報告をニアにするのが遅れていた。だがまあ、ニアならば何も言わずとも空気を読んでくれるはず……その絶対の自信がジェバンニにはあった。
「なんだかお邪魔なようだから、失礼させていただくわね」
 ブロンドの髪の、清楚、と呼ぶにはあまりに短いスカートをはいたリード夫人に、リドナーは挨拶しようとする。音声を変換するためのマイクロチップは装備してあるし、二時間かけたメイクで元の自分とは別人になれている自信が、彼女にはあった。
「あら、こちらどなた……?」と、リドナーはハスキーな声で戸惑いがちに言う。「もしかしてステファン、あなたの新しい恋人なの!?」
「いいえ、違いますわ。わたしはただの近所の者なんですよ。ジェバンニさんが家事とか色々大変そうだから――お節介かもしれないんですけど、時々お手伝いさせていただこうと思って、寄らせていただいてるんです。でも、これからはその必要もなさそうですわね」
「まあ。わたしがいない間に、主人がすっかりお世話になって……」
 どうぞよろしく、というようにリドナーが手を伸ばしても、リード夫人は握手しようとしなかった。そしてそのまま玄関へ行きかけて、彼女はそこで振り返る。
「うまく変装はできても、殺意までは消せなかったわね!」
 そう言いながら、ロベルスキーは小型の拳銃を胸元から取りだした。それは殺し屋特有の、無駄も隙もない動きだった。銃口はリドナーに向けられており、ロベルスキーはなんの迷いもなくその引き金を引いた。
「…………ジェバンニ!!」
 悲鳴に近い、ハスキーな女の叫び声が響く。咄嗟にリドナーの前にジェバンニが立ち塞がり、彼女のかわりに撃たれたのだ。
「くそっ!!」と、地に戻ったロベルスキーは、今度こそリドナーを殺すべく、彼女に向けて発砲しようとする――だが、突然体が動かなくなった。
「……………っ!!」
(まさか、これは……)
 その時、ロベルスキーの体の中で、唯一動かせるのは<眼>だけだった。彼女は金縛りにあったように動けないまま、階段から下りてくるひとりの青年の姿を認めた。いや、ありえない、と彼女は思う。組織のトップである人間のことは、ギルドの高級幹部である自分さえ名前も顔も知らないのだから……その人間が、今こんな場所にいるはずがないし、自分がいつも音声を変えた声で聞いている指示を――こんな年端もゆかぬ青年が出しているとは、到底思えないし信じられない。
「悪いことっていうのは、重なるものだねえ」
 セスはのんびりしたような声で言いながら、ロベルスキーの手から拳銃を取り上げる。
「君には失望させられたよ、ブリジット・ロベルスキー。残念だが、始末させてもらうしかないようだな」
 セスは自分が取り上げた銃を、リドナーの手に握らせた。このふたりの女の間にどんな確執があったのか、彼はもちろん知らない……だが、おおよそのところ見当はついた。ロベルスキーのいつもの常套手段のことを思えば、彼女は万死に値すると言わざるをえないことも承知している。
「……………」
「どうした?引き金を引かないのか?この僕の力はせいぜい持って十分か十五分ってとこだ。早く始末しないと逃げられると思うがな」
 リドナーが拳銃を握る手は、ジェバンニが肩に受けた銃弾の血で、赤く染まっていた……この時、リドナーの頭の中にはひとつの映像がフラッシュ・バックしていた。シエラレオネにある金山の天幕で、彼女の元婚約者、ヒュー・ブレットは死亡した。リドナーが駆けつけた時、拷問を受けた彼は虫の息だった……そして最後に、こう言ったのだ。一言、『すまない』と。
 その『すまない』という言葉が果たして、拷問でCIAの情報を洩らしてしまったことに対する「すまない」なのか、それとも恋人であった自分を裏切ったことに対する「すまない」なのかが、リドナーには今もわからなかった。ただ、今思うのは――ブリジット・ロベルスキーに対する復讐心により、自分は随分長く貴重な時間を無駄にしたということだった。こんなことは、早く終わらせなくてはならない。そしてロベルスキーという女がこの世に存在したこと自体、消してしまわなくては……。
「だ、駄目だ、リドナー……」
 リドナーがセスから差しだされた拳銃を握ろうとすると、ジェバンニは肩の傷口を押さえながら言った。
「もし君が彼女を殺しても、君の心は癒されないままだろう。方法が、間違ってるんだ……そんなことをしても、本当の意味では――君の心は決して晴れないと思う。それよりも……」
 ジェバンニは玄関ホールにある、コート掛けまでふらつくように歩いていき、そこにかかったジャケットの中から、手錠を取りだしている。
「逮捕して、警察に身柄を引き渡すんだ。こんな女……君が手を汚すまでもない女だったと、あとから裁判の様子を見ながら思ったほうが、どれほど得かわからない」
「………ジェバンニ……」
 リドナーはジェバンニから手錠を受けとると、フリーズした格好のままのロベルスキーに、手錠をかけた。そして後ろ手に手錠をかけた彼女のことをギリッと締め上げ、床の上へ思いきり叩きつける。
「終わったんですか?」
 リビングのドアのところで、様子を見ていた二アが、最後に締め括るようにそう言った。
「だから最初から、この作戦は危険だと言ったじゃないですか……まあ、リドナーの変装は上出来と思いますが、セスがいなければあなたは今ごろ死んでいました。それに、復讐心に駆られるあまり、危うく重要な被疑者を殺害するところでもあった……もしかしたらあなたには少し、休暇が必要なのかもしれませんね」
「ニア、わたしは……」
 確かに、タイミングが悪いといえば悪い話ではあった。最初の予定ではリドナーは、<ジェバンニとニアだけのいる家>へ戻ってくるつもりでいたからだ。まさか、セスという青年とロベルスキーがいるところへ鉢合わせることになるとは思ってもみなかった。ロスへ来てからというもの、ビバリーヒルズの小・中学校の転校生について調べるなど、地味な活動しかしていなかったリドナーにとって、いつも頭の中を占めるのはロベルスキーのことばかりだった。そして、自分もジェバンニやニアとともに向かいの家を見張るためには変装するしかないと思った。別人になりすます変装技術及び人格変換術については、ロベルスキー同様、リドナーもまたエキスパートであったからだ。
「なんにしても、済んでしまったことはとりあえず不問とします。とりあえず今は終わりよければすべて良し、ということにするとしましょうか……まずは救急車を呼ばなくてはいけませんね。ジェバンニの怪我の具合が心配です」
 リドナーは、フェンディのバケットの中から携帯を取りだすと、911をコールしようと思った――と、その時、またピンポーンとインターホンが鳴る。
「今度は一体誰ですか?」
 軽く溜息を着きながら、ニアがカメラの映像を見ると、そこには先ほどTVで見た少女とよく似た面差しの、白ずくめの女性の姿があった。派手なレースのついた日傘を差し、UVカットの長手袋をはめている……ニアはセスに視線を投げ、「あなたが呼んだんですか?」と、カメラの映像を指差しながら言った。
「いや、呼んだわけではないけど、まさかこんなに早く来るとは思わなかった」セスはそう言うなり、リドナーから携帯を取りあげている。
「もう、救急車を呼ぶ必要はないよ。君たちは本当についてるね」
 ニアは、その白ずくめのUVカット対策を万全に施した少女――エヴァンジェリカ・エヴァーラスティンのことを、玄関のドアを開けて中へ通した。すると彼女は、<まるで目が見えてでもいるように>一目散にセスに向かって駆けていき、彼に抱きついている。
「久しぶりね、セス。元気だった?」
「まあね。エリザベート・コンクール、優勝おめでとう……さっき、録画の放送をTVで見たよ。これから一年間はピアノ・リサイタルをしないって本当かい?」
「ええ。表向きは名声に踊らされず、これからもピアノ技術の研鑚を積むためってことにしてあるけど……実は全然違うの。もちろんあなたはそんなこと、とっくに知ってるわよね。あら?誰か怪我をしている人がいるのかしら?」
 腰まである長いプラチナ・ブランドの髪を揺らめかせて、エヴァは真っ直ぐに――失神して倒れているロベルスキーのことを、彼女は大股に跨いだ――ジェバンニの元へ歩いていった。そして傷口を押さえる彼の手をそっとどかすと、そこに白い長手袋をはめた手をかざす。
「……………っ!!」
 ニアは――そしてリドナーも――驚きに目を見張るばかりだった。ほんの数分彼女が手をかざしたままでいると、カラン、と何か乾いた音がして、血のついた銃弾が床の上へ落ちたからだ。
「血はもう止まったし、あとはまあ、少し休んだほうがいいわね。傷を治したあとの体は、とても疲れやすくなっているはずだから」
「あ、ありがとう」
 突然痛みが消えたことに、ジェバンニ自身が一番驚いていた。シャツを脱ぎ、撃たれた傷痕を眺めてみると、うっすらと表皮の部分が赤くなっているだけだった。セスの能力については、ジェバンニはよく理解していなかったが――彼の目には、単にロベルスキーが自分の意志で動かないでいるようにしか見えなかった――今度は違った。
「あなたはもしかして、ヒーラーなんですか」
 オカルト・ジェバンニは思わずそう聞いていた。ヒーラーというのは、簡単に言うとすれば「癒し手」であり、祈りの力などによって対象者の病気や怪我を治す者のこととを指す。もっとも、様々な宗教にその存在は見られ、中にはかなり怪しげな者も多いのだが……確かにそうした能力を持つ人間というのは、歴史的に何人も確認されてはいるのである。
「さあ、わたしにはよくわからないけど」と、淡紅色の瞳をきらめかせながら、エヴァは言った。「人は一般にわたしが持つ能力のことを、<超能力>って呼ぶらしいわ」
「えっと、じゃああなたは、<サイキック・ヒーラー>ということですね?ヒーラーっていうのはようするに、シャーマン的な能力を持った人のことで……<サイキック・ヒーラー>っていうのは、自分の生体エネルギーを他者に与えることで相手の病いなどを癒すんですが、<スピリチュアル・ヒーラー>というのは、どちらかというと守護霊や霊的世界の助けを借りて相手の怪我などを癒す人のことで……あ、ちなみに生体エネルギーっていうのは、一般にオーラとかレイキなどと呼ばれているものなんです。つまり、自分が持っているオーラを大量に人に与えることによってですね……」
「ジェバンニ」と、ニアはやや険しい声で自分の部下の名を呼んだ。「初対面の人にわけのわからないオカルト話をするのは、失礼だと思います。それはそれとして、そちらのビッチ――失礼。ロベルスキーのこともどうにかしなくてはいけませんが、リドナーがもし彼女のことを痛めつけたいなら今のうちです。警察には、取り調べの過程で怪我をしたとでもなんとでもいえばいいことですから」
「ああ、彼女とは僕も少し話をしたいんだが、いいかな」
 セスは、リドナーに手を貸して、気を失っているロベルスキーのことを立たせると、リビングの椅子に座らせた。床に顔をぶつけた時の衝撃で、彼女の美しい顔には痣ができていたが、リドナーは出来ることなら彼女に、自分の恋人、ヒュー・ブレットが受けたのと同じ拷問を受けさせてやりたかった。指を一本一本へし折っていくことにはじまって、麻酔なしの歯の治療……そして臨死体験のできる薬物の投与や硫酸によって皮膚を溶解させる拷問などなど。この女がこれまでゴードンと組んで何人もの人間に行ってきたことを――仮に直接手を下さなくても――彼女も味わうべきだとリドナーは思った。
 警察はあてには出来ない……何故なら、ロベルスキーには司法取引という強力な武器があるので、FBIもCIAもこぞって彼女が握る情報を買おうとするだろう。そう考えるとやはり、<正当な裁き>として、ロベルスキーには死ぬよりつらい目に合ってもらわないことには、リドナーは気が済まなかった。
「こういう時、カイがいてくれると助かるんだけどねえ」と、セスは溜息を着きながら言う。「組織に関して、知られるとまずい情報を消してから警察にでもどこにでも売ることができるからさ。もしそうできたとすれば、僕もあなたに協力できるんだろうけど」
 リドナーのほうをちらと見てから、セスはエヴァと向き直った。
「僕はこれから、少し汚いお仕事をしなくちゃいけないから、エヴァ、君は学校を見学にでも行っておいで。ルーとボーとティグランが、たぶん今ごろ放課後を過ごしてるはずだから……君が行けばきっと喜ぶだろう」
「ええ……あなたがわたしにここへいてほしくないと言うのなら、そうするわ」と、エヴァは頷いた。「そしてこの子がカイの選んだ子なのね。白銀に、少しだけ紫のオーラが見える……たぶん、カイと同じで少しプライドが高いのね。いいわ、セス。わたし、この子になら協力してあげても」
「君ならきっと、そう言うと思ってたよ」
(本当に、目が見えないのか?)ニアはそう思いながら、エヴァが自分の髪や顔を撫でるのを、ただ黙って見ていた。ニアはもともと人から触られるのが嫌いだったが、彼女からは不思議と嫌な感触を受けなかった。むしろ、何か清らかな波動に近い何かを感じる……ジェバンニはシャーマンと言ったが、確かに彼女には<巫女的な能力の何か>が備わっているのだろうと、そんなふうに感じる。
「大丈夫なんですか、彼女?」
 ニアはエヴァがまるで目が見えているように、真っ直ぐ玄関へ向かい、外へ出ていってからセスにそう聞いた。
「大丈夫って、何が?」と、セスはとぼけたように首を傾げている。
「だって……目が見えないんでしょう?ここからビバヒル高までは歩いて五分くらいの距離ですが、盲人にはとても遠く感じられるはずです。それなのに、ひとりで……」
「ああ、<超能力>があるのが当たり前の暮らしをしてると、つい忘れちゃうんだけど――まあ、エヴァのことは心配いらないよ。彼女は確かに目は見えないけど、そのかわりに<超感覚的>なものの見方ができるんだ。どこにどんなものが置いてあって、そこにどんな人がいるか、目は見えなくてはエヴァにはきちんとわかっている。最初に見た瞬間に<直感像>が思い浮かぶんだ。もっともそれは、僕や君が感じてる世界とは次元が一段階上のものみたいだから――僕たちが普段<認知>している映像を越えた、別の世界といえるだろうけどね」
「なるほど。では、彼女が学校へ向かう五分の道のりの間に、引ったくりにあったり、通り魔に襲われたりする可能性は低いとみていいですね」
「まあ、そういうことになるかな?じゃあまあ、ここからはリドナーさんの好きにするといいよ……とりあえず僕は黙ってみてる。一応彼らのしてることには、僕らも無関係とは言いがたいから――多少は責任も感じるし」
「ニア、彼は一体……?」と、リドナーが言った時、ロベルスキーが目を覚まして、うなだれた顔を微かに上げた。左右対称といっていい、整った顔立ちが、痣の存在によって不様に崩れている。
「この、売女が!!」
 右や左に、リドナーが平手打ちを食らわせるのを、ジェバンニはまるで衝撃を受けたように立ち尽くして見ている……いつものどこか上品で、気品のあるリドナーからは到底信じられないほどのスラングが、次々と彼女の口を突いて出てくる。
「ハッ!!あんた、まだあんな男と自分の過去に拘ってんのね。っていうことはようするに、あのチンケな男があんたにとっては今も最高の男だってこと!?あんな男、ベッドのテクニックは最低だし、顔と頭がいいだけの、自己中野郎じゃないのっ。あんたはね、本当はあたしに感謝すべきなのよ……ヒューは自分よりも、ハル、あんたのほうが能力が上なんで――そのことが面白くないっていうのが、もともとあたしと寝た理由よ。そんなことも見抜けないで、何がCIAのエージェントよ。笑わせるんじゃないわよ。あたしには最初からわかってたわ――この男は同じ職場の恋人に、コンプレックスがあるんだってね。そこにつけこませてもらったのは確かだけど、あいつが誘惑に負けたのは、結局自分自身に問題があったからなんだって、頭のいいあんたになら、すぐわかると思ってたわ!」
「この……っ!」
 ヒュッ、と、もう一発殴ろうとしたリドナーのその手を、ジェバンニが止める。
「もう、そのくらいでいいだろう?この人の顔には痣もできたし、君が殴ったせいで口も切れている……このあと百回鞭を加えたところで、リドナーが冷静になれないのはわかるけど、そんなのは意味のないことだ。それとも、君は彼女が手足の骨でも折れば、ようやく満足できるのか?」
「……わからないでしょうね、あなたには」リドナーはジェバンニの手を振りほどきながら言った。「ブリジットはもともと同僚だったし、あたしの親友でもあったの。仕事がオフの時には、一緒にショッピングへ出かけたり、家の庭でバーベキュー・パーティをしたりしたわ……当然、恋の打ち明け話をして、夜明けまで盛り上がったこともある。CIAなんていうストレスの多い職場で、彼女はわたしが心を許せる数少ない友人のひとりだったの。わたし、ヒューのことなんかより、友達として彼女のことのほうがずっと好きだったわ……だから、わたしが一番許せないのは、そこなのよ!」
 バシッ!と、リドナーはロベルスキーの顔のかわりに、マホガニー製のテーブルの天板を叩いた。彼女の瞳の中には涙があった。だが、ジェバンニはリドナーのことをどう慰めていいかわからず、ただぼりぼりと自分の頭をかくことしか出来ない。いや、せめてニアとセスの目さえなければ、何か少しは気の利いたことを言って、彼女を抱きしめることができそうな気もするのだけれど……。
「さてと、女同士の修羅場は、こんなところでいいのかな?じゃあまあ、次は僕から少し、ロベルスキーにいくつか質問をしよう」
 セスがそう言うと、リドナーに対するのとは全然違う態度をロベルスキーが取ったのが、ニアにはわかった。手錠を後ろ手にかけられて椅子に座らされている彼女は、当然ほとんど身動きができない――だが、ロベルスキーは明らかに、自分より一回り以上年下の青年を怖れ、なんとか訊問を逃れようと身をよじっているのだった。
「質問その一。君は<殺し屋ギルド>に入ってから、実によくやってくれたと僕は思う……もともとは君は、とても優秀なCIAのエージェントだった。1990年代はおもに中東と南米が君の表舞台だった。でもまあ、冷戦終結後はね、中東にある支局にCIAはそんなに人員を割いたりしなかったんだ。そして9.11.を迎えて、そこでようやくもっとああしておけばとか、こうしておけばってバタバタしだしたのを見て――有能な君はこう思っただろうね。自分が地道に諜報活動を行った報告書に、上層部が耳を傾けて当時から手を打っておけば……いまのような泥沼的な局面を迎える前に、中東との関係はどうにかできたはずだって。まあ、君も知ってのとおり、知りあいなどほとんどいない外国で、君のようなハードケースオフィサーが地道に諜報活動した報告書を上層部がろくに検討もせず捨てるってことは、実際よくあることさ。そして南米コロンビア――君はここで、麻薬の流出ルートを探るうちに、<殺し屋ギルド>の支部がそこにあることを知る。ゴードンと知り合ったのはそこだ。彼は君がCIAのエージェントと知っても見逃し、その見返りとして……CIAの内部情報を自分に与えるよう指示したわけだ。君はおそらくそこで、内部で手柄の取りあいをしているCIAのクソ野郎どもには見切りをつけて、秩序ある悪の世界に魅せられたっていうことなんだろうね。違うかな?」
「イエス、サー」と、兵士が上官に使う言葉遣いで、ロベルスキーは大人しく言った。「CIAの諜報活動に命など賭けても無意味と思ったわたしは、むしろゴードンのやり方に惹かれました。彼は確かに冷酷で、情け容赦ありませんが、コロンビアで作られた麻薬はそのほとんどがアメリカに流れているんです……わたしはゲリラ活動を行っている者たちが、その麻薬をアメリカに売ることで資金を得ていることを当然知っていましたし、<殺し屋ギルド>という組織がその仲介にあたっていることも、情報として知っていました。ゲリラの兵士に捕えられ、わたしがゴードンの元まで連れていかれた時――「CIAは君の命を助けにこないが、君が我々の仲間になるのなら、君が危なくなった時にわたしは君を見捨てない」と言われたんです。CIAのエージェントは、身分や名前を偽って、長く異国の地で暮らして諜報活動を行うわけですが……いくら熱心に諜報活動をし、精密な報告書を書き上げたところで、手柄の奪いあいをしているような上層部の連中はその報告書を十分生かせないという現状がある。それはもう、明白なことでした。ですからわたしはむしろ、個人的に好意を持てる人物についていくことに決めたんです」
「なるほど。では質問その二。君は、ミッシェル・ゴードンという男のためなら――死ねるかね?」
「イエス、サー」と、ロベルスキーは静かに言った。「彼は裏切り者のことは容赦なく殺しますし、目的を達成する時にも手段を選ばない人間ですが、わたしは彼のためなら死ねますし、誰のことをも殺せます」
「じゃあ、CIAが非合法に君をどれだけ拷問しても、ギルドのことは外には洩れない……そうわたしは判断しよう。僕の顔を君に見られたことは計算外だが、僕もいつまでも今の役職に留まっているというわけではないんでね。まあ、いいだろう。だが、最後に個人的に興味がある、というわけではなく――そちらの君の元友達に納得してもらうために、ロベルスキー、君が何故そんなにゴードンに忠実なのかを教えてもらえるかな?」
「それは……彼がわたしを抱かないから、そして決して女として見ないからです」
 ロベルスキーは最後にそう答え、リドナーと正面から視線を交わした。その瞬間に、リドナーは心のどこかで惨めな敗北感を味わった……表面的にはロベルスキーは手錠に繋がれ、形勢が逆転したように見えるが、<善>とか<悪>といったようなこととは関係なく、自分は<信念>において彼女に負けたのだと、リドナーはそう思った。
 それに引き換え、恋人を寝取られたくらいでいつまでも騒いでいる、狭量な女……自分のことをそう考えると惨めだった。ブレットの仇を必ず討つと心に誓いながら生きてきた日々も虚しく思える。だがそれでもやはり、ロベルスキーがヒューにしたことは許せない。
「あなたたちは彼に……原子力発電所の設計図がある場所を聞こうとして拷問した。それで、彼はそれを喋ったの?そしてそんなもの、一体あなたたちはどうしようとしていたの?」
「さあね。わたしも知らないわ。わたしたちはただ、理由も知らされずに言われたとおりに動くだけよ。ヒューの管轄のひとつがその時、アゼルバイジャンだったから――ようするにバクーの油田や天然ガスの関係だったんじゃないかしらね。原発からプルトニウムを盗んでパイプラインを放射能で汚す……そうすれば、どこかの国が得するってことよ。もっと言うなら、アゼルバイジャンのバクー、グルジアのトビリシ、トルコのジェイハンを結ぶBTCラインが完成すると、非常に都合が悪いと考えた人間がいるってことね。ゴードンは<殺し屋ギルド>のロシア・モスクワ支部の人間から何かを相談されたらしいけど、結局ブレットが何も喋らずに死んだから、その計画はお流れになったみたいよ」
「セス、あなたはこのことを?」と、ニアは彼に聞いた。流石にずっと立ちっぱなしで疲れてきたので、ロベルスキーの斜め向かいにある椅子を引き、そこに腰かけることにする。
「初耳だけど、そんなようなことはギルドじゃ日常茶飯事だから」セスはなんでもないことのように、肩を竦めている。「君が我々の組織をどう考えているか知らないけど、僕は――というか、僕たちはこれまで、あくまでも全体的な組織の見取り図を見て指示を出していたに過ぎないんだ。まあ、ようするにバランスだね。要所要所で必要な指令は出すにしても、普段のギルドの活動には一切関与していない。ただ、彼らが困った時に超能力者の力を適材適所に配置するっていうそれだけのことだ。もしかしたら君にはわからないかもしれないけど、このことには絶大な効力がある……困った時には必ず組織のどこかに救世主が現れて救ってくれる、それが<殺し屋ギルド>の各支部を繋ぐ絆であり、実際にその『奇跡』を見た人間は組織への忠誠を新たにするというわけだ……そんなふうにしてこれまでギルドって組織は歴史の影で暗躍してきたんだよ」
「なるほど。わたしの中でも大分不明だったピースが埋まってきたように思います。<殺し屋ギルド>の下っ端の人間――あるいはマフィアの大物が捕まった時にも、彼らは自分たちよりも『上』の人間について、共通して曖昧なことを言っています。ギルドの伝説として、十二人の人間がトップにいるというのは、あくまでも概数ですね?つまり、交渉係や資金窓口係の他に、組織には常に十人前後の超能力を使える者たちが存在した……それを彼らが伝説として信じているのが不思議でしたが、パイロキネシスやテレキネシス、瞬間移動……そうした力を一度でも目の当たりにした人間であれば、その時のことをいつまでも覚えていて部下たちに語り続けるでしょうからね。そしていざとなったら自分たちのバックには頼れる<超能力者>が存在するということは――組織の指揮を高めると同時に、逆に裏切ればその制裁が自分の上に下るこということでもあるわけですから、ギルドの秘密保持にも大いに役立ちます。ところでセス、あなたはロベルスキーやゴードンの上司なわけですが、このまま彼女のことを警察へ引き渡して本当に構いませんか?」
「そうだな。まあ僕が君に協力するということになった以上、やむをえまいよ。僕としては出来れば、ゴードンを逮捕してもらって、ロベルスキーのほうをアメリカ支部のトップとして残したかったんだが……いずれにせよ、カイが死んだ今、僕はもうギルドの運営にはあまり興味がなくてね。今のまま、ソニアが実権を握り続けるなら、いずれ<殺し屋ギルド>という組織は分断され、悪が悪を食いあうような状態になるだろうが――カイとふたりで相談しながら事を決めるのがゲームみたいに楽しかった僕としては、彼亡き今、正直いって何がどうなろうが知ったことじゃないって心境なんだ」
「そんな……では、あなたさまはわたしたち組織に忠誠を尽くした人間を見捨てるっていうんですか!?」と、ロベルスキーが目を剥いて言う。彼女がギルドに入って以来、『上』の指令は絶対であり、その計画に誤りがあったことなど、ただの一度もなかったからだ。
「悪いけど、まあそういうことになるね。むしろ生かしておいてもらえるだけでも、君はラッキーだ……いや、アンラッキーとも言えるかな?僕は最後にゴードンに、君を絶対助けないよう指令を出すつもりでいるからね。ロベルスキー、これまで本当にご苦労だった。君は今、CIAにもFBIにも一切情報を洩らさないつもりでいるんだろうが――何より、ゴードンのために――むしろ、すべてとは言わなくても、多少ゲロって刑を軽くすることをお勧めするよ。何故なら数年が数十年か、いずれにせよ君の出所後、ギルドに君の座るべき椅子はない……まあ、そういうことだ」
「そんな……っ!!」
 ロベルスキーががっくりとうなだれているのを見て、リドナーは初めてこれで、<正しい刑が執行された>のだと感じた。何故なら、かつて彼女がリドナーの「生きがい」や「愛する者」を奪ったように、たった今目の前で同じことが成されたのを見たからだ。そうなのだ――実質的に、ヒューよりもリドナー本人よりも、CIAのアナリストとしてロベルスキーは能力が抜きんでていた。彼女がCIAを裏切ったのも、結局は自分の能力を活かしきれない現状に不満を覚えたことが原因だったことを思えば……もはや刑務所に服役中も服役後も、ロベルスキーの心にはなんの希望も見えないだろう。かつて、自分がヒューを失った時と同じように、そこには闇以外の色は見えないに違いない。そして彼女がミッシェル・ゴードンという重犯罪人を愛しているのだとすれば、その彼との絆も、これで絶たれることになるのだ。何故といって、ロベルスキー自身がゴードンに忠実であるように、ゴードン自身もまた『上』の指令には絶対に聞き従うであろうからだ。
「まあ、なんにしてもロス市警にはメロ――わたしの仲間から出来れば連絡をとってほしいんですよ。彼はこれまで何十件もの事件を通して、当局にコネクションがあるのでね……すみませんがリドナー、そんなわけで学校にメロのことを迎えにいってもらえませんか?」
「それは構いませんが……」きついウェーブのかかった赤毛を、後ろ手に縛りながらリドナーは笑った。「これで彼も学校に通うなんていう退屈事から救われるというわけですね」
 ジェバンニは、リドナーが微笑んでいる顔を見てほっとした。そう、彼女には復讐に燃える赤黒い心などよりも、笑顔のほうがよほど似合うと、ジェバンニはそう思っていた。一時はどうなることかと思ったけれど、彼女が引き金を引いてロベルスキーが死ぬということが、復讐の幕引きにならなくて本当によかったとそう思う。
「じゃあ、肩の傷も治ったことだし、僕も一緒にいきますよ」
 ジェバンニがそう言った時――またもピンポーン、とインターホンの鳴る音がした。ロベルスキー以外、全員が顔を見合わせる……「今度は一体誰だ?」と、その目は互いに語っていた。
「こちらから呼ぶまでもなく、ロス市警の方がおいでくださったようですね」ニアはカメラの映像を見ながら言った。ジェバンニが通りを見ると、警察車輌が二台、そこに止まっているのが見える。
「まあ、銃声で近所の人がたぶん、通報したんでしょうが……ついでですから、軽く事情を説明してロベルスキーの身柄を引き渡しましょう。リドナー、最後に彼女に何か言いたいことはありますか?」
「いえ、何も……」と、リドナーは首を振った。「ただ、拳銃の引き金を引いて、簡単に復讐心を満足させなくて良かった、そう思っているだけです。わたしが本当に見たかったのは、彼女が死ぬより苦しいどろ沼を這いずりまわることでしたから……これからおそらくそうなるであろうと想像しただけで、自分の過去を断ち切れるような気がします」
 その言葉を受けて、ロベルスキーはリドナーと正面から瞳と瞳を見合わせた――一瞬、火花が散りそうなほどの見えない電流が、ふたりの間を流れたように感じる。
「ひとつだけ、最後にあんたに言っておくわ」ジェバンニが玄関で警官と話をしている間に、ロベルスキーは立ち上がりながら言った。「嘘だと思ってくれていいけど……あたしはあんたのことが好きだった。もしそれが<仕事>じゃなかったとしたら――ヒューと寝たりもしなかったでしょうね。リドナー、あんたもCIAで似たような仕事を何度もしてきてるからわかるでしょうけど……あたしがあんたとショッピングしたり食事をしたりした、その時間のすべてが嘘だったってわけじゃないのよ。わたしもあんたと色々な時間を共有できて心から楽しいと思ったことは何度もあったわ。あんたがもしあたしを殺したいほど憎んでいても、あたしはあんたを嫌いってわけじゃない。まあ、これからもせいぜいお仕事がんばってって、そう言いたいわ」
「そうね。わたしもCIAの元同僚から、これからあなたがどういう処遇を受けることになるのか、逐一報告してもらって高見の見物をさせていただくとするわ」
 ブリジット・ロベルスキーとハル・リドナー、ふたりの因縁はここで鎖の輪が法の鉄槌で破壊されることにより、幕を閉じることになった。ロベルスキーはその後、いくつもの第一級殺人罪で起訴されるも、その件についてはこれから数十年もの間、裁判所で審議が重ねられることになる……もっとも、ロベルスキーの身柄はCIAとの取引により、刑務所の外の自由な牢獄――ラングレーCIA本部の地下へ置かれることになるのだが。そして彼女は長くそこで過ごし、限定された自由を得るかわりとしての労働力を提供することになったというわけだ。すなわち、ロベルスキーがもっとも嫌ったCIA上層部の犬として、優秀な分析官として働きつつ、飼い殺しにされることなったのである……彼らが必要な情報を得る際の<切り札>として。
 だが、そんなロベルスキーをある日、不幸が見舞う。ヴァージニア州の刑務所で、ある朝彼女は心臓発作を起こして死亡することになるのだ。もっともそれは、一般にマスコミ向けに公開された情報であって、彼女は自殺したのだとも、昔の仲間が彼女をCIAの地下から救ったのだとも、あるいは情報を引きだすための拷問の最中に死亡したのだとも言われおり、今も事の真相のほうははっきりしていない。



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【2008/09/19 06:05 】
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