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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(22)
探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(22)

(一体、何がどうなってる……)
 確か自分は、深さ60メートルはあろうかという、滝壷の中へ飛びこんだはずなのに――今Lがいる場所は、<エデン>へ来た時に感じたのとまったく同じ、原始の闇のようなところだった。しかも、おそらくは短い時間であろうとは思われるものの、自分は気を失っていたらしい。青緑色の大瀑布の中へ飛びこんだ瞬間までの記憶は確かにLにもある……だが、その大量の水の感触を感じようかという瞬間から、ブツリと記憶が途切れているのだ。
(このことのうちにも、必ず何かトリックがあるはずだ。もしや、あの花畑の花の匂い、あれは幻覚剤の一種で……)
 四方をまったく何も見えない闇に囲まれた状態――まさしく、一寸先は闇というのは、こうした状態のことを言うのであろう――でありながら、Lはパニックを起こすでもなく、冷静に思考し続けた。何故といって、これまで自分が<K>という男に味わわせられた、心の暗闇に比べれば、現実に視認できる闇というものは、Lにとってそう大したことではなかった。それに、探偵という職業柄、人間という生き物の心の闇というものに、これまで深く触れる機会が多かっただけに……Lは、現実の暗闇という空間を怖れたことは、これまでに一度もないのだ。むしろ、そこから生まれる人間の想像力といったものが、あらゆる恐怖や不安の源であるということも、よくわかっている。
「L、お気づきになられたのですね?」
 それでも流石に、暗視能力(インフラビジョン)を有する、ラファエルの両の瞳が赤く輝いているのが見えた時には――Lも一瞬動悸が早まったことを認めないわけにはいかない。そして次の瞬間、あたりが明るい光に包まれ、Lは眩しさのあまり、手をかざして白い光に目が慣れるのを数秒待った。
「ここは……!!」
 何度か瞬きを繰り返し、チカチカする目が周囲に慣れると、そこは大きな運動場のような場所だった。天井が円形のドーム型をした、まるで野球の球場にも似たような、だだっ広い空間である。そして、こんな場所にラファエルが自分を案内した目的を聞こうして、Lは思わず息を飲んだ。
「……………!!」
 目の前に、これまで自分が不倶戴天の敵として戦ってきた男――<K>ことカイン・ローライトが現れたからである。彼は何かエレベーターのような乗り物にのり、Lが花畑のある地下60階へ下り立った時と同じく、それは周囲の景色に溶けこむと、瞬時にして見えなくなった。
「初めまして、L。わたしが君の兄――カインだよ。血の繋がりはないと君は思っているかもしれないが、父は君の遺伝子の中に自分のものも混ぜているからね、そういう意味ではまあ、わたしの中にも君の中にも、同じ遺伝子が一部、存在しているというわけだよ」
「……………」
 Lは言葉もなく、目の前にいる男を見つめ返した。文字通り、穴が開くほど凝視していたといってもいい。もし彼があのまま普通通りに年齢を重ねていたとすれば――自分よりも十三歳年上の四十歳くらいであろうと想定し、その似顔絵をLはコンピューターで作製していたわけだが、目の前にいるやや長髪のブロンドに、アイスブルーの瞳をした男は、どう見てもLと同じ二十歳代後半くらいであろうと思われた。
「どうしたんだい?こうして、ある意味君の生きる目標であり目的であった<わたし>という存在が現れて、驚いているのかな?それとも、どうやって殺してやろうかと考え中とか?まあ、それも悪くはないかもしれないね……わたしが君をここへ招待したのも、言ってみればそのためだから」
 カインは傍らに控えるラファエル♯001に顎をしゃくりながら、「例のものを」と<彼>に対して命じた。
(ここまでのことは、彼にとっても計算通り……)
 Lは、たった今カインが自分に対して殺意を表明したのを聞いて、何故だか嬉しくなった。まるで、難解なパズルを解く時のようなぞくぞくする気持ちが、背筋を駆け抜けていくのを感じる。
(だがわたしも、ただでは決して殺られはしない)
Lはどこか不敵な笑みを浮かべると、これからこの場で何が行われるのかを知って、ますます嬉しくなった。そして<K>に対しても、彼が自分が敵とするに相応しいだけの技量を持つ人間であることを、認めざるをえない。
「受けとりたまえ、L!」
 そう言ってカインがLの足許に投げつけて寄こしたもの――それはエストックと呼ばれる真剣だった。日本のサムライにとっては、刀で<斬る>という攻撃手法が主流であったろうが、中世の騎士たちは剣によって相手を斬りつけるというよりも、このエストックのように先端の尖った武器類で鎧の隙間を貫き、突き刺すといった攻撃手法がより重要だったのである。何故なら、防具類の発達にともない、甲冑やチェインメイルといったもので身を固める敵に対しては、サムライの持つ刀での斬りつけ攻撃はあまり効果がないからである。
「フェンシングのルールについては知っているね?」
 白一色のフェンシング用の稽古着を着用しているカインが、まるで貴族の血でも引いたような、どこか居丈高な態度で、いつの間にか現れたフェンシング専用の演台に立っている。そうだ。彼をもし正統的な血筋を引く、エデンの生き残りにして後継者と目するならば、自分はせいぜいいって雑種といったところだと、Lはそう自覚せざるをえない。
「ええ、知っていますよ……」あたりの光景が瞬時にして魔法のように変わる装置にも、Lはもう慣れた。今自分はエレガントなフェンシング・ホールにいるように見えるが、これは表面をはいでしまえば、ただの何もない空間なのだ。おそらく、先ほどのナイアガラの滝に似た大瀑布も、似たようなトリックなのだろう。「フェンシングは、イギリス紳士にとってはたしなみのスポーツですからね。わたしも、小さな頃からワタリに随分鍛えられました。その他空手に柔道、テコンドーなど……あなたの手の者がある日、わたしを誘拐するのではないかと危惧して、ワタリは自分で自分の身を守れるようわたしを鍛錬しようとしたのだと思います。今では厳しい修行も、いい思い出ですよ」
「そうかな?ワタリはわたしやエデンやリヴァイアサンといった組織に対抗するために、ほんの十年ほどで多国籍企業をいくつも買収するようになっていたからねえ……どこかで人の恨みを買って、その者が愛しい息子に危害を加えはしまいかと、どちらかというとそちらを心配していたようにわたしは思うがね。何故といって、君も知ってのとおり、わたしが<その気>になりさえすれば――L、君を殺すこともワタリを亡き者にすることも、あまりに容易いことだから」
 自分の優位性を誇示するように、アイスブルーの冷たい瞳で、どこか軽蔑するような、見下した視線をカインはLに対して送る。ラファエルは、カインが着ているのと同じ胴着をLに手渡したが、「いりません」と言ってLは首を振った。
「何しろ、この剣はこのフェンシング・ホールと違って本物の真剣ですからね……そんなものを着たところで、負傷は免れません。むしろ、普段着なれないものを着たほうが、機動性が削がれます。ゆえに、わたしはこのままの格好で結構です」
「余裕だね、L」と、エストックを構え、どこか残忍な笑みをカインはその整った顔に浮かべた。「後悔しても、知らないよ……もっとも、後悔する以前に、君はその時死んでるかもしれないけどね」
 細長い演台の上にLが立つと、カインとLは“構え”(アン・ガルド)の姿勢をとり、ラファエルが試合開始の合図をするのを待ち、戦いはじめた。ふたりはゆっくりと動きはじめ、用心深く互いの力量を測る――そして、攻撃がはじまった。突き、受け流し、フェイント。カインの矢継ぎ早の攻撃により、Lは押され気味となり、とうとう相手の剣の切っ先が、Lの左腕を掠めてしまう。
「……………!!」
 一本とったことにより、カインはまた後ろへ下がったが、彼がその気になれば自分を殺せたことを思うと、Lの負けず嫌いな気持ちに火が点いた。
(今度こそ、必ず……!)
 だが、二本目がはじまるとすぐ、カインは素早くフロワスマンをやってのけた。これは力で敵の剣をねじふせ、跳ね跳ばす攻撃である。これでカインはまたしても一本とった。
「どうした、L?あんまりわたしを失望させないでほしいな……それとも本当に、君の力量はこの程度のものなのか?」
「……………」
 Lは黙りこみ、そしてもう一度“構え”(アン・ガルド)の形をとった。それに合わせて、カインもまたLと同じように構えの姿勢をとる。再び試合がはじまるなり、カインは即座にLと剣を合わせ、アンヴロップマンを仕掛けてきた。これは完全な円を描いて、相手の剣を払う技だ。しかしLはそれを受け流し、この動きで生まれた攻撃のチャンスを逃さず、カインの剣を払って素早く突きを入れ、一本とった。
「これで、二対一です。もしわたしが勝った時には――褒賞として、何がいただけるんですか?」
「……………!!」
 カインは誰かに<負ける>ということを知らなかったのかどうか、次に試合がはじまるなり、Lに向かってむちゃくちゃに突いてきた。カインはLに対して叩きつけるように剣をぶつけ、荒々しく切りつけてくる。Lは受けの一手にまわり、演台の端へと追い詰められた。そこでひらりとそこから跳び下りるが、カインの猛攻は一向にやまず、Lは防戦を強いられた。Lがもし素早く体をまわしていなければ、串刺しにされていたであろう一場面もあった。
 カインはさらに攻撃の手を緩めず、Lに向かって鋭く切りつけてくる。だが、Lは巧みに受け流し、相手に接近して圧迫をかける“プレス”で、カインの刃を横にはらおうとした。そしてわずかな隙を見逃さず、攻撃に転じたが、これはかえってカインを刺激しただけだった。
 一分近くも激しい攻撃を続けたあと、カインは“バレストラ”――前に跳躍して突く――をやってのけた。しかし、この攻撃を予測したLが受け流して飛びのいたため、カインは中世の刀剣が展示されたケースにぶちあたることになる。だが、それは結局のところ幻であり、彼の体は何もない空間にぶつかったにすぎない。
「ラファエル!例のものを持ってこい!!」
「ですが、マスター……」
 カインが物凄い形相で睨みつけると、ラファエルは彼の言うとおり、鋭いサーベルをカインに手渡している。どうやら別の展示ケースの中には、偽物だけでなく、本物の剣も混ざっているらしい。すべてのものが幻ではないと気づいたLは、不可思議な思いに包まれるが、今はそれどころではなかった。
「!?」
 ラファエルは、何故かLに対しても抜き身のサーベルを放ってよこしたため、それでLは、エストックを投げ捨て、かわってサーベルを手にしてカインと戦った。本当に本物の真剣勝負――気が狂ったような目つきでカインが自分を睨みつける、その瞳の奥底に憎悪があるのを見てとったLは、手加減する余裕がなかった。それで、幻でない本当の壁際に追い詰められた時……L自身も必死で、その一撃を放った。すなわち、カインの心臓をサーベルの剣によって、刺し貫いたのである。

「あ……ああ……わたしは、なんていうことを……」
 Lは自分の体の上に崩れ落ちる、カイン・ローライトの体を抱きとめた。いくら必死であったとはいえ、殺られなければ殺られるという状態であったとはいえ――これは間違いなく<殺人>と呼ばれる行為だった。
 だが、Lが呆然と目を見開いていたのも束の間、彼はある異変に気づいた。カインの体から、一切血というものが流れでていないのである。いや、何か奇妙な白い体液のようなものが、自分の長Tシャツやジーンズを濡らしているだけだ。
(これはまさか……人工血液?)
「そこまで!!」
 パンパン、と手を打ち鳴らし、ラファエルが満面の笑顔を浮かべてLに近づいてくる。それはいかにも奇妙なことだった。<彼>にとっての創造主とも呼ぶべき存在が討たれて死んだのに――ラファエルはむしろそのことを喜んでいるかのようだった。
「L、あなたはマスターに会うための、第二の試験にも合格しました。これで本当に、マスターに会うことが出来ますよ」
(嘘つき……)
 Lはまだ腰が抜けたような状態のまま、だらりと壁に寄りかかったままでいた。この<エデン>という場所へ来て以来、すべてが虚飾に塗り固められているという気がした。だが、カイン・ローライトの心臓を貫いた時のあの生々しいリアルな感触……あれは間違いなく本物だった。今絶命して自分の腕の中にいる青年が、コピーの人造人間であるにせよなんにせよ、自分が彼を<殺した>ということに変わりはない。Lはそう思った。
 この場所がどういうカラクリによって作動しているのか、Lにはまだよくわからなかったが、それでも、いかにも伝統を重んじるといった雰囲気の、優雅なフェンシング・ホールがまたも別の景色に変わるのを見て――流石に彼もうんざりとした。
 何故なら、Lが目を上げたその先には、まるで高見の見物でも決めこむように、大きなガラス窓を通して見下ろすひとりの男がいたからである。そして彼を取り囲むように、まったく同じ顔をした絶世の美女が数人、Lに対して拍手を送っているのが見える。
(カイン……!!)
 自分のコピーが虚しく命を無駄にするのを見守っていたであろう男に対して、Lは厳しい憎悪の眼差しを向けた。それは先ほどまで、彼がカイン本人と信じて疑わなかった青年が、今際の際にLに対して向けた視線とまったく同じ種類のものだった。そしてLは思う。彼は本当に自分に対して憎しみをぶつけようとしていたのか、と。むしろその眼差しは、今自分を数メートル上の高みから見下ろしている、彼の本体に対するものだったのではないかと、何故だかそんな気がして仕方なかったのだ。


*********************************

 カインとLのフェンシングシーンは、『007 ダイ・アナザー・デイ』(レイモンド・ベンソン著、富永和子さん訳/竹書房文庫)よりいただきました。
 ジェイムズ・ボンド=L、グスタフ・グレイヴス=カインといった形になってます。
 詳しくは本の中の「第十章セント・ジェイムズの決闘」をお読みください。



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【2008/09/27 01:30 】
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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(21)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(21)

 メロは、ワタリが製造したタイタロンを操縦して、アスキャの溶岩地帯の上へと着陸した。この乗り物は米軍のステルス戦闘機と同じく、レーダーに映らない型ではあるが、果たしてエデンのアンドロイドたちにまったく気づかれずに潜入を果たすなどということが、可能なのかどうか……だが、エデンに通じる入口がここしかない以上は、賭けてみるしかないと、メロはそう思う。
 アスキャは地形的に地球の中でもっとも月面に似ていると言われており、アメリカの最初の月探検家、アームストロング率いるアポロ11号の宇宙飛行士が訓練を行った場所としても有名なところである。あたりは一面溶岩の山で、木は一本も生えていない……ただ大小さまざまな石がゴロゴロと転がっているような、そんな荒涼とした景色だった。
「なあ、メロ兄ちゃん。ジュール・ヴェルヌの『地底探険』っていう小説、知ってるか?」
「ああ、知ってはいるが……今はそれどころじゃない。ちょっと黙っててくれ」
 アスキャのこのタイタロン着陸地点まで、操縦のモードは<オート>だった。だが、ここで一度手動に切り換えて、32桁のパスワードを入力しなければならないのだ。メロは自分の隣で計器パネルなどを物珍しそうに眺めるラファのことは構わず、LILITH2749561877……と、暗記したそのコード番号を順に入力していった。ちなみにこのリリスというのは――エデンの最下層にあるメイン・コンピューターの名称であり、これからメロたちが行うべきミッションは、別の階に存在するサブシステムからメインシステムへ侵入し、エデンそのものを乗っ取るというものであった。
「ただし」と、Lは何度も繰り返し、念を押すように、このチームのリーダーであるメロに言った。「くれぐれも無理はしないようにお願いします。何より、命の危険を感じたらその場からすぐに撤退することです……いかなる手段を用いてでも」
 そもそも、このコード番号自体、ワタリやロジャーがエデンにいた頃のものなのだ。この32桁の暗証番号が変更されていた場合、メロたちはそのミッションを行うことはおろか、エデンの地下入口へ到達することすら出来ない。
(これで、開いてくれよ……!)
 メロが祈りにも近い気持ちで最後の数字を入力し終えると、カチリ、という音とともに、タイタロンの全システムが一度停止した。あとはもう、モノレールにでも乗っている感覚というのに一番近かったかもしれない。後ろの座席に座っていたルー、ラス、エヴァ、ティグランの四人は、シートベルトを締めていたのでよかったが――ラファはいかにも落ち着かない様子であちこちタイタロンの内部を見てまわっていたために、ゴロゴロとあっという間に後ろの壁までぶち当たった。
「ラファ、つかまれ!」と、ティグランが念動力を使って救いの手をラファに差し伸ばす。それで彼はなんとかティグランの隣の、一応彼の指定席として定められた場所へもう一度戻ったというわけだ。
 これから差し控えている命懸けの任務のことがなければ、それはまるでウォータースライダーか、雪山を橇で滑り降りる時にも似た、爽快な気分を与える乗り心地ではあったが、メロが計器パネルの示す速度を見ると400kmを軽く越えていたこともあり、もし事故か何かが起きた場合のことを想定すると、やはりアンドロイド用の乗り物なのかという気がしないでもない。
 Lはこの時の感覚を、(まるで地獄への滑り台のようだ)と感じていたわけだが、メロはむしろ血沸き肉踊るといったように興奮していた。このままもっとスピードが上がってほしいというようにさえ最後には感じていたが、ルーとエヴァとラスにしてみればほとんどジェット・コースターに乗った時と同じく、叫びどおしだったといっていい。
「さて、と。やっと御到着か」
 カチリ、とまた室内が明るくなり、全システムが静かに作動を開始する。メロは用心のために拳銃とマシンガン、予備の弾倉(マガジン)、プラスチック爆弾などを、ティグランとラス、それに自分の三人で分けると、最後に「手順についてはわかってるな?」とこの隊を率いるリーダーとして全員に確認をとった。そしてタイタロンが到着した最終地点へと、自分がまず先に降りて安全を確認することにする。
「……全然、人の気配がしないわね」エヴァがティグランに手を貸してもらいながら、しーんとしたしじまに耳をそばだてるように言った。
 最初から、いくつかの最悪のシミュレーションというものは計画として立ててはあった。そしてその中でもっとも可能性として高いように思われるのが――登録されていないタイタロンの複製機が入口のゲートを通過したということで、警戒警報が発令され、すぐこの場にアンドロイドたちが次から次へと押し寄せるというものだったのだが、エヴァの言うとおりあたりには人の気配――正確にはロボットの気配というべきか――というものがまるでなかった。
「なんにしても、向こうがこちらの侵入に気づいてないはずはないだろうな」と、ティグランが至極真っ当な意見を口にする。「だがまあ、向こうはその気になれば、赤ん坊の手をひねるのと同じ要領で、俺たちのことなんかどうにでも出来るわけだから……暇つぶしに人間が何をしようとするのか、様子見してるってことなのかもしれない」
「かもな」と、短くティグランに答え、円形をしたタイタロンの格納庫から、階段を上がってメロはエレベーターが並ぶ通路に出た。
 そこで、ラファ、ラス、ルー、エヴァ、ティグランが順に階段を上がってくるのを待ち、確かに円盤型ではあるが、デザインとしてはどこか先鋭的なフォルムを持つ、タイタロンと呼ばれる航空機が十数機待機している様を眺めやる。メロにも難しいことはよくわからないが、航空力学的に浮力や圧力といったものを計算した結果、このデザインがもっとも効率よく空を飛べるということで落ち着いたらしいのだが……これを果たして夜に見てUFOと見間違えるだろうかという気もする。確かに飛行中は黒一色の闇に溶けた機影でも、離着陸時に青い炎にも似たエネルギーを噴出するために、その瞬間を見た人間がUFOだと思うのは理解できる。だが、UFOと呼ばれるものの正体はやはり、そのほとんどが<エデン>がわざと飛ばした他のそれらしき物体を人間が見間違えることに端を発するものなのだろうと、メロはそう思った(またそれと、精神的な出来事として人がUFOに攫われたと思うことも別なのだろう、と)。
 A-10、B-20、C-30、D-40、E-50、F-60……磨き上げられた銀のような鋭い光沢を放つ、六つのエレベーターに書かれたアルファベットと数字を見て、メロは迷わずE-50と書かれた扉の電光ボタンを押した。ワタリから<エデン>内部の見取り図を渡された時、地下50階にあるサブシステムの場所をメロは彼から説明されていた。もちろん、今もエデンを支配する全システムがワタリやロジャーがいた頃とまったく同じである可能性はむしろ低い……だが、エデンを乗っとるというよりも、この場合鍵となるのはラファの電磁波を操れるという超能力だった。そこからメイン・コンピューターである<リリス>の内部をラファがシステム不能に陥らせてくれれば、あとのことはどうにでもなる公算が高い。何故なら、その後正規に地上と連絡を取り合うことさえ出来れば、アメリカ軍の精鋭たちがこの場に乗りこんでくるという手筈になっているからだ。
「この計画は、最初からラファが鍵でした」と、Lが自分とニアにだけそう打ち明けたことを、メロは思いだす。「ですから、彼が最初から「行きたくない」と言っていたとすれば……わたしは本当に自分ひとりでエデンへ行くつもりでいたんですよ。でも彼が、足の指に箸を挟んでラーメンを食べるということと引き換えに、この任務を了承してくれたので、思いきった手段に打ってでることにしたわけです。ただし、本当に無理せず、おのおのの命を最優先にして行動することを必ず誓ってください。また、誰かひとりの命の犠牲で任務を達成できそうだという場合にも――優先されるのは、メロ、あなたも含めた仲間全員の命だということを、絶対に忘れないでください」
「……ところでL、本当に足に箸を挟んでラーメンなんか食えるのか?」
 他のラファ・ラス・ルー・ティグラン・エヴァのことは別としても、メロは自分の命ひとつの犠牲で、エデンのメインコンピューター<リリス>を乗っとることが出来るなら、そうしてもいいと思っていた。だが、Lはそうした彼の性格というものもよくわかっていて、しつこいくらいその点については念を押していたのだ。
「もともと、中華料理はあまり好きじゃないんですが……まあ、仕方ありません。わたしは足の指にペンを挟んで字を書けますから、同じ要領でラーメンを食べてみたいと思っています」
「まあ、スパゲッティをフォークで食べられるんですから、ラーメンもなんとかなるんじゃないですか?なんだったら、ワタリに足の指に箸を挟んで食べるロボットを開発してもらうとか……いくら十歳にしてIQが250だなどといっても、結局は子供ですからね。仮にLが足の指でラーメンを食べられなくても、その代わりになるようなものを与えたらいいんじゃないですか?」
「ニア、おまえがそのロボットを欲しいだけなんじゃないのか?」と、メロが軽く突っこむと、彼は『無敵ロボット、ロボたんQ!!』という超合金ロボットを、おもちゃ箱の中から取りだしている。
「これは、わたしが院へきた初めての誕生日に、ワタリがプレゼントしてくれたものです。これに比べたら、本物のアンドロイドもわたしには色褪せて見えるくらいなので、他のロボットなんていりませんよ」
 ――そうしたメロとニアのやりとりを、Lはラケル手製のお菓子を食べながら黙って聞いていたのだが、今にして思うとメロは、その会話の中に何か、今度のミッションの鍵になるものが含まれているような気がしていた。
 ワタリが開発した、エデンにいるであろうアンドロイドのプロトタイプを相手に、ラファは極めて微弱な力の使用のみで相手を停止させるほどの力を見せたが、より人間に近いタイプのアンドロイドであるガブリエル・ナンバーには彼の超能力は通じなかった。つまり、<彼女>たちは「より人間に近い」ゆえに、体のほうも人と同じく脆弱なのだ。こちらに対しては拳銃やマシンガンによって対処できるにしても、人殺しをした時と同じ罪悪感からは逃れられないだろうと、メロはそう覚悟している。
 そして、そんな思いをラスには味わわせたくないとも思っていた。彼女は傭兵のアンドレ・マジードという男に戦闘能力を叩きこまれていたが、もともと精神的には弱い。自分の超能力で人型アンドロイドに火傷を負わせるだけでも……そのことが心の内側にある、自分が火事を起こして母親の死体を焼いたというトラウマと結びつかないとも限らない。
 32、33、34――と、エレベーターが下降していく間、そこに美しい景色のホログラムが映っているのに目もくれず、メロはいつどこでこの小さな箱の乗り物が止まってもおかしくないと思い、身構えていた。そんな中でラファとルーのみ、そこに映しだされるサバンナの光景やキリンやライオン、シマウマなどのいる景色に見とれている。いかなる技術によるものなのか、エレベーターの外には本当にサバンナが広がっているとしか思えないほど、その風景はリアルなものとしか感じられない。
「おい、そろそろ目的の50階だ。注意しろ」
 パキリ、と最後に一口チョコレートを食べ、そして残りをポケットへしまいこみながら、メロはそう全員に注意を喚起した。鬼がでるか蛇がでるか……いずれにせよ、ラファの電磁波が通じる相手には彼の超能力で対処し、それ以外のアンドロイドには――銃か肉弾戦によって対処する以外にはない。
 ポーン、と、この場合やけに間が抜けて感じられるのびやかな音とともに、エレベーターは地下50階で停まった。まず最初にメロが外の様子を窺い、そして最初の廊下を曲がったところで全員に「来い」という合図を手で送る。
 タイタロンの格納庫(この場合地下0階)にあったエレベーターに書かれた数字――A-10、B-20、C-30、D-40、E-50、F-60……は、それぞれに下りられる階数の上限を示している。ちなみにLが乗ったエレベーターはF-60で、そのエレベーターのみ、この地下基地のもっとも最下層へ通じることが出来るよう設計されているというわけだ。そしてメロたちの乗りこんだのがE-50であり、ここのXブロック041区画に、彼らが目的とする<リリス>に通じるサブシステムコンピューターがあるはずだった。
 ワタリの話によれば、A-Zの各区画ごとに大学の研究所と同じような形で専門分野の科学者たちが詰めていたということだったが――ラファが「まるでバイオハザードみたいだね、メロ兄ちゃん」と言った言葉は、確かに的をえているようにメロは思った。あたりは不気味にシーンと静まり返っている上、通りすぎる研究所はすべてほとんど閉鎖状態にあったからだ。それに、どこか黴くさい上、のぞいた部屋のいくつかの中には、白衣を着たままの骸骨がそのまま放置されているのが見えた。
「ねえ、これってもしかして……」と、全員が内心思っていた言葉を、ラスが代表するように口にする。「二十数年前からずっと、このままの状態で放置され続けてるっていう、そういうことなんじゃないかしら?」
「そうかもしれない。だが、そうであれば俺たちにはなおのこと好都合だと言えるかもしれないな。このまま、サブシステムのコンピューターがある場所まで無事辿り着けたとすれば――今回のこのミッションは思った以上に容易く終わることになるが……向こうがそんなにあっさり事を行わせてくれるとも思えない。ここまで、監視カメラのようなものはひとつも見かけなかったが、壁や天井に目に見えない形で埋めこまれているという可能性もある。とにかく、油断だけはしないことだ」
「そうね」と、ラスとルーが思わず同時に答えてしまい、顔を見合わせる。ラスは軽く笑っただけだったが、ルーは恥かしさで顔が真っ赤になるのを感じた。メロは自分にではなく、ラスに話をしていたのに――その言葉に返事をしてしまうだなんて……。
 そんなふたりの様子を見て、しんがりとして一番後ろを歩いていたティグランは、またも複雑な気持ちになる。最初にLから今回のミッションについて説明を受けて以来、メロと彼は射撃場で銃の腕前を競ったり、また城館の地下にワタリが設置してくれたジムで体を鍛えたりしていたわけだが――その間大して言葉を交わしはしないとはいえ、無言の上での仲間意識に近い<何か>というのは、互いに共有していた。
 彼らふたりは体を動かすことを通して、一種<無>ともいえる精神状態に近づく瞬間をわかちあっていたともいえるが、それは軍隊における仲間意識によく似たものだったかもしれない。特にメロは一時期アメリカ軍に在籍していたことがあるのでよくわかるが、そこでは命が懸かっている以上、どんな「気に入らない奴」とも共同作業をする能力が求められる。そういう意味でティグランとメロは互いに適切な距離を置きつつ、それなりに仲間意識のようなものを持ちつつあったというわけだ。
 だがこの時……アメリカのロサンジェルスで高校へ通っていた時のことからはじまって、突如として、ティグランの中でメロに対する憎悪の炎が再び燃え上がった。彼にしてみれば、それは一種精神病かと思えるほどの、異常な執着的妄念だった。ティグランは自分でも、今目の前で起きていること――ルーがどこか決まり悪そうに顔を赤くしていること――が、そう大したことではないと、頭の中ではわかっていた。それにエヴァがカイにちょっとした心の行き違いのようなもので失恋したと聞いてからは特に、自分のルーに対する想いというのは、抑えられてしかるべきものだと、彼はそう考えていた。むしろ、自分がエヴァのように、心の内的動きを誰にも悟らせないほど大人であったなら……と、彼は恥じさえしていたのである。
 にも関わらず今、メロのことを殺してやりたいほどに憎いと感じる自分のことを、ティグランはどうにも抑え難くなっていたのだ。
「おまえのその能力、本当に便利だな」
 メロがラファのことを軽く抱え上げると、A~Zに至るまでの区画にそれぞれある、電子ロックを指先ひとつで彼は次々と解除していった。
「まあ、普段はこの電磁波の影響で、データが全部消えただのなんだので、セスからは邪険にされてるけどね」と、ラファはどこか得意気な顔になっている。「俺のこの能力があったら、使い方次第によっては預金通帳のゼロを9桁に増やしたりもできるんだぜ。その他、ほとんどどこにでも顔パス状態でコンピューターには侵入できるし、カイは俺が育て方次第でこの世界の征服者にもなれるって言ってたくらいなんだから」
「なるほどな」
 かつてあった、ユーロの原版盗難事件――あの時の5分とかからぬ犯行の手際のよさは、ある意味ラファが一番の功労者だったということだ。その他、監視カメラはボーが重力を加えてめちゃくちゃにし、脱出の際にはルーが瞬間移動の能力を使う……ルーは自分が一度行ったことのある場所にしか移動できないので、やはり電子ロックなどのキィを解くために、ラファのこの特殊能力が必要になってくる。
(だがまあ、このお子さまは育て方を一歩間違えると、とんでもないことになりそうだからな……Lが言ってたとおり、しばらくはラケルと一緒にいさせて母性の影響下に置いたほうがいいってことになるのかもしれない)
 メロは廊下の角へ来るたびに、ライフルを構えて自分がまずその先の安全を確認するのを怠らなかったが、それでもそんなことを何十回も繰り返すうち、流石に自分のしていることが無意味であるようにさえ思われてきた。最初、基地に潜入する前までは、てっきりスターウォーズ張りの超科学基地のような場所を想像していたにも関わらず――他の階はまだわからないにしても、思った以上に意外と<普通>の場所だというのがメロにとっても他の全員にとっても、一番の驚きだった。
 ただし、ここが現在地球に存在する科学技術によっては決して人の暮らせない、地下数千メートルもの地下であることを思えば、このような地下都市ともいえる場所が存在していること自体、確かに凄いことではあるだろう。さらに、ワタリが説明してくれたところによれば――一見なんの変哲もないように見える壁、この白い漆喰を塗り固めたようにしか見えない壁の内部、ここには無数のフィラメントを組み合わせて、さらにコーティングした中で、特殊な細菌が無数に生きているのだそうだ。そしてそれが外の土や岩の成分と結びつき、半ば同化することにより、空気の清浄化まではかることが可能なのだという。さらに、区画ごとの<壁>によって細菌の種類が異なり、あるものは有害な電磁波を遮断する役割を持つものさえあるということだった。
 つまり、見かけは確かによくある大学の研究所風でも、いつどこに何があるかわからないという点においては、油断は禁物であるといえた。一度、ネズミが一匹出没し、壁に内蔵されているらしいレーザーがそれを一瞬にして退治するのを見てからは、メロもまた一度緩みかけた気持ちを再び引き締め直していた。どうやらそれは、人には反応しないものらしかったが、何しろここは二十数年前の例のクーデターがあって以来、放置されているような場所なのである。コンピューターの誤作動のようなもので、レーザーによって攻撃され、片腕がなくなったような場合には――それを元通りにするということは、流石のエヴァにも不可能だっただろう。
「さて、ここがサブシステムに通じるドアっていうことになるのよね」
 扉に書かれたZ-041というアルファベットと数字を見、ラスがラファのことを電子ロックのキィパネルの位置まで持ち上げる。そして彼がまるで指先をコンピューターの端末のようにそこへ繋ぎ、さらに数秒が経過しただけで――あまりに呆気なく、その扉は開いた。
 さらにその奥に、まるで銀行のATM機械のようなシステムがあるのを見てからは、メロもラスもラファも、他の全員が、ある意味拍子抜けしていた。彼らの想像によれば、よくSF映画に出てくるような、巨大な人間の意思を持つ機械のようなものがそこにあるのではないかと思っていたのだ。それなのに、エデンの全システムを統制しているという<リリス>というメインコンピューターを支えるサブシステムが、銀行のATM機械とは……さらに、あまりにあっさりと今回のミッションを遂行できそうな予感もあって、彼らはその時、全員が全員、やや油断している精神状態だった。そう――唯一、ティグランをのぞいては。
「動くな!!」
 肩に背負っていたライフル、その銃口をティグランはラファに向けた。そして、次の瞬間にはなんの迷いも前触れもなく、エヴァのことを右手に持っていた銃で撃ったのである……彼女は肩を撃たれてうずくまったが、すぐに自分のヒーリング能力で、その部分を癒した。だが、もし心臓か眉間でも銃で射抜かれていたとすれば、当然力を使うことは叶わぬ状態となる。
 今の発砲は、ティグランにしてみれば、自分があくまでも<本気>だということをわからせるための、威嚇射撃のようなものだった。そう、彼の状態が以前とは「何か」が違うと、彼以外の全員にもわかっていた。明らかに目の色や顔つきが、前のティグランとは違ってしまっている。
「全員、手を上げて俺の言うとおりにしろ。マスターがあんたらをどうするつもりかは知らんが、運がよければ記憶だけ消されて地上に戻されるチャンスがあるかもしれん。とにかく、死にたくなければ、そこのリリスに通じるサブコンピューターから離れろ!磁気嵐なんぞ起こした時には……おまえら全員、ここから生きて出ていけると思うなよ」
「ティグラン、おまえ……」
 両手を上げた状態で、一歩近づこうとするメロに対して、ティグランはまた発砲した。ワルサーP99が火を吹き、メロの頬をかすめる。
「メロ!!」
 ほとんど同時に、ルーとラスが悲鳴に近い声を上げる。
「おっと、外したか。どうやらコイツは、おまえのことが憎くて憎くてたまらないらしいんでな……冥土の土産におまえのことだけでも殺してやろうかと思ったが、女にもてもてとあっちゃ、生かしておいてやったほうがいいのかな?」
「……おまえは、一体だれだ?ティグランはどうした?」
 頬の血を拭って睨み返すメロに対して、<ティグラン>は軽く肩を竦めてよこす。まるで、そんな奴は知らないとでも言いたげな仕種だった。
「頭の悪い馬鹿なおまえらのために、一応説明しておいてやるとするか。俺はいわゆるコンピューターでいうところの、人格変換プログラムだ。おまえらがまだアメリカのロサンジェルスにいた時……こいつはそこのルーって女に振られて落ちこんでたんだ。しかも、メロっていう恋仇の奴がいる家に、仲間の全員がしょっちゅう出入りしてるとあっちゃ、孤独を感じずにはいられまい?そこで、こいつひとりがサンタモニカの別荘にいた時に――ちょいと脳味噌をいじらせてもらったというわけさ。俺の名前は、正式にはメフィストフェレスだ。この人格変換プログラムの名称が『メフィストフェレス-プログラム』っていうんでな、マスターや<天使>たちにはメフィストって仮の名前で呼ばれてるのさ……こいつは、言ってみればエデンの連中の十八番のやり方でな、どこの組織にもひとりくらい、誰かに恨みの気持ちや裏切りの誘惑に負けそうな奴ってのは存在するもんだ。そいつの頭の中に、言ってみれば二重人格になるように<俺>というプログラムを組みこんでおく。すると、そいつの負の気持ちが少しでも頭をもたげた時に、俺はそこを<入口>にして外へ出てくるという、そんなわけだ。だがまあ、マスターは非常にお心の広いお方なもので――もし、このティグランって奴にしろ、他の誰にしろ、自分の憎しみやら恨みっていう感情に打ち勝つことが出来たとすれば、<俺>という存在はその時点で消滅することになってる。だがこいつは、いつまでも女々しくそこのルーって女に執着し、その恋仇であるメロって奴にも、しつこく嫉妬し続けてたってわけだ」
「……………!!」
全員がティグラン――いや、メフィスト――の説明に固唾を飲んで聞き入っていると、不意に先ほどまで何もなかった空間が、シュッ!という音とともに突然開いた。そこからひとりの、髪の長いブロンドの女性が現れる。<彼女>はガブリエル♯2026だった。
「よくやりました、メフィスト。そこの坊やが電磁波を操れるとわかって以来……ルシフェル・ナンバーは近づくことが出来ないと判断し、わたしたちはあなたにすべてを賭けることにしたんですよ。あなたはかつてより願っていたとおり、我々の仲間として復活することができます。もっとも、プログラムを組み換える過程で、それ以前の記憶のようなものはすべて、一度消去されるということになりますけどね」
 朗々とした歌うような女の声に、メロは無意識のうちにもどこか、逆らえないものを感じた。そうだ――確かワタリが言っていたが、<彼女>たちは、人間が催眠状態に陥りやすい、もっとも心地好い音声で話すよう、プログラムされているのだ。
「はい。身にあまる栄誉にあずかれて、わたしも嬉しゅう存じます」恭しく頭を垂れながら、メフィストが言う。「して、この者らの扱いは、いかがいたしましょう?」
「まず、そこの邪魔な坊やをおまえが殺しなさい。そうすれば、他の者のことはどうにでも出来ます」
「御意」と答えるなり、なんのためらいもなく、メフィストはワルサーP99を今度は、ラファに向けて発砲しようとした。そして、彼を庇うため、バッ!とメロがその間に入ろうとする。
「きゃああああっ!!」
 ルーはその光景が見ていられずに、思わず目を覆った。自分の幼馴染みが初恋の相手を殺す……そんな残酷な場面を、彼女は正視していることが出来なかった。そして次の瞬間にルーが目を開けた時、そこには頭から血を流す、彼女にとっても他の仲間にとってもかけがえのない者の死体が転がっていたのだった。



【2008/09/27 01:06 】
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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(20)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(20)

「まるで、地獄にでも真っ直ぐ通じているように、真っ暗ですね」
 アイスランド西部にある、スナイフェルスネス半島にLを迎えにきたアンドロイドは、ラファエル・ナンバーだった。そして<彼>はその機内の中で、「わたしはラファエル♯001です」と名乗ったあと、巨大カルデラ、アスキャにある巧妙に隠された入口から<エデン>へ通じる地下へとLのことを案内しはじめたのだった。
 まずは、タイタロンが数十機待機した状態の格納庫で降り、それからまるで表面が磨き上げられたジュラルミンのように銀色をしたエレベーターに案内されたLは、そのエレベーターの中が意外にもさして普段自分が使っているものと変化がないのに驚いた。そして、ラファエル♯001が、最深部を示す地下60のボタンを押すのを見て――頭の中でエデンの見取り図を開く。言ってみれば、地上六十階建ての横に広い建物が、地下に存在しているといえばもっともわかりやすかったかもしれない。そして昔と今ではその各階がどう変わったかというのはLにもワタリにもロジャーにも想像できないことではあったが、<K>がクーデターを企てる前までは、そこで数百人にのぼる科学者たちが共同生活を行い、おのおのの研究分野に意欲を燃やしていたのである。
「イタリアの詩人、ダンテ・アリギエーリをご存じですか?」
 Lが冬のアイスランドで、いつもの長Tシャツにジーンズといった薄着で自分のことを待っていたのを見て――ラファエルは多少驚いていた。一応彼のことはデータとして様々なことを知っているラファエルではあったが、それでもLが「凍え死ぬところでした」と言ってタイタロンの機内へ上がってきた時も、またタイタロンの格納庫からエレベーターまで歩く時に彼が極端な猫背・ガニ股であるのを見た時も……(こんな人間は見たことがない)と思っていた。ラファエルの頭の中のデータでは、<L>は世界一の探偵として、これまで3500以上もの事件を解決に導いた、ICPOの影のトップということになっている。そのような人間が、氷点下の中で鼻水を垂らしながら自分を待っていたり、不意にこちらが予測もしない質問をしたりするのは、彼にとって実に奇妙なことだったといえる。
「わたしの頭脳のアカシック・ライブラリーには、古今東西、あらゆる国の物語が収納されています」と、ラファエルはLの質問に答える。「もしよろしければ、ダンテの『神曲』に関するあらすじなどもお話できますが……L、あなたがわたしに聞きたいのはそのようなことなのでしょうか?」
「いえ、まあご存じだったらそれでいいです。ただ、これ強化ガラスってわけでもないんでしょうが、エレベーターの外の景色が真っ暗だなどというのは、なんとも居心地の悪い感じのするものですね。タイタロンが地中に下りる時にも感じたことですが、まるで原始の闇そのものに触れているかのようです。それでわたしは、詩人のダンテがウェリギリウスに案内されて、地獄へ下りていく時のことを思いだしたというわけですよ」
「なるほど……わたしたちアンドロイドには、インフラビジョン(暗視能力)が内蔵されていますから、赤外線を感知して見ることが出来るんですよ。ゆえに、我々が本当に本物の闇を感じるとすれば、それは全機能を停止した時ということになるかもしれません。もしかしたらそれがあなたの言う原始の闇に近い状態ですか?」
 黒いボディスーツに包まれた、長身の若い金髪の男を見上げながら、Lはなんともいえない不思議な気持ちになる。ワタリがプロトタイプ(試作品)として、エデンにいるのと同じアンドロイドを造ったのを見た以外では、<彼>――ラファエル♯001が、Lにとって初めて出会った本物のアンドロイドだった。そして、これまでLがリヴァイアサンに関する事件を追う中で、確認できたアンドロイドのナンバーは、ガブリエル・ナンバーとルシフェル・ナンバーのみである。となれば、他にミカエル・ナンバーなるものも存在するのだろうかと思い、Lはラファエルにそう聞いてみた。
「そうですね……これからご案内しますよ」
 顎に手をやり、一瞬目を閉じたあとでそう答えるラファエルを、Lは奇妙なものでも見たように、訝しげに眺めやる。ラファエルは今、確かに<笑った>のだ。そのどこからどう見ても人間としか思えない仕種や、計算されつくした「人間らしさ」といったものに、Lは心の中で警鐘にも似た違和感を覚える。だがこうしたことは結局、自分が最初から<彼>をアンドロイドとして見ているから生じることであって、そうと知らなければどうとも思わないことだったに違いない……そう考えると、Lはますます彼らアンドロイドと呼ばれる知的生命体について、不可思議な物思いに捕われた。それは今、実際に<彼>を目の前にして言葉を交わしてみたからこそ、生じる思いでもあった。たとえばそう――人間は一般に死ねば天国へ行くとか地獄へ行くとか生まれ変わるとか、あるいは無の世界へ行くなどと言われているが、彼らアンドロイドにも人間の心に似た何かがあるのなら、その思惟といったものは最終的にどこへ行き着くのか、といったようなことだ。
 もっとも、ラファエルはLがそのようなことを考えているなどとはまったく思わず、赤ん坊のように指をくわえてじっと自分のことを見上げるLのことを、彼は彼で逆に不思議に思っていたのだが……そして、ラファエルはLの出生について思いだし、その指をくわえる癖について、こう結論を導きだしていた。生後、強制的に母親から離されたそのせいで、彼にはある種の後遺症が残ったのではあるまいかと。いってみれば母親の乳房のかわりに自分の指を齧っているのだ。ラファエルはそのように考えて一度納得すると、Lの猫背についてもガニ股歩きについても、そう気にしなくなった。彼の指をくわえる仕種と同じく、それらのことについても何か理由があるものとして想像することができたからである。

 地下六十階――ポーン、と奇妙に明るい音とともにドアが開くと、Lはそこで信じられないような光景を目にした。まるでここは天国かと思われるほどの、一面の花畑……そして、自分が今出てきたばかりのエレベーターを振り返ると、そこには何もなかった。いや、何もないのではなく、そこもまた薔薇や見たこともないような花々で埋めつくされており、単なるホログラムかと思いきや、そこにあるはずであろう壁にぶつかるでもない。
「?」
 Lは、狐につままれたような思いに駆られて、先をゆくラファエルのことを振り返った。見ると彼は、民族衣装を着た何人もの子供たちに囲まれている。
「彼女たちが、あなたのお訊ねになったミカエル・ナンバーですよ。わたしたちは、ここアイスランドの土地の地熱を利用して、豊かな農作物や花などの植物を育てているんです。もっともわたしたちはアンドロイドですが、ミカエル・ナンバーの子供たちはより人間に近く、食物を摂取することも可能なんです……そして彼女たちは永久に歳をとることもなく、子供のままで成長が止まっています。言うなればここは天国の象徴のような場所なんですよ」
「……………」
 ルシフェル・ナンバーは男性タイプ、そしてガブリエル・ナンバーは女性タイプであるとLにもわかっている。そして今目の前にいるラファエルも男性タイプであるのを見て――果たしてミカエル・ナンバーとはどのような存在なのだろうと思っていたが、まさか永久に歳をとらない子供であるとは、Lも想像していなかった。
 このことから、カイン・ローライトについてある種の精神分析が出来そうな気もしたが、Lはそのことについてまで思考がまわらなかった。名前のとおり天使としか思えない可愛い子供たちが自分を取り囲み、「一緒に遊ぼう」だの「お花あげる」だのと言われてしまっては、彼女たちにどう対応したらいいのか、まったくわからない。それでただ、彼女たちが自分の頭や首に花冠や花の首飾りをのせるのに身を任せていたが、もしかしたらこれもKの心理作戦なのではあるまいかとの疑いが頭をもたげ、Lはやりきれない気持ちになる。
 そうなのだ……自分が三日以内に戻らなかった場合、またその間に明らかに異常な変化がヴァトナ氷河近郊で見られた場合、ニアに衛星ミサイルでこの基地の頭上を攻撃するよう、Lは命令してきてある。もちろん、その衛星ミサイルによっては、地下深くに位置するエデンにまでダメージが及ぶことはない。それでも、火山の爆発を誘導することにより、溶岩流がここまで及ぶ可能性は高いのだ。いや、マグマ溜まりの直撃を受けるといったほうがより正しいかもしれない。
(もしそうなった場合、この子たちは……)
 原爆の悲劇にも似た惨状が頭の片隅をよぎり、Lはこれから自分がしようと思っていることに、確信が持てなくなってくる。何より、美しく可愛い子供たちの顔が――彼女たちは全員、おかっぱ髪でまったく同じ容姿をしていた――ラケルのそれと重なってしまう。彼女に面差しが似ているというのではなく、そのブロンドの髪や澄みきったような青い瞳が、ラケルのことを連想させずにはいられないのだ。
「Lお兄さんはこれからマスターにお会いしなくてはいけないから、君たちは別のところで遊びなさい」
 ラファエルが、花まみれになっているLに手を差し伸べると、Lは彼の手をとって体を起こした。薔薇の芳香と、白詰草に似た強い香りがいつまでも鼻に残って消えないが、ここの野原や花畑は明らかに奇妙だった。何故といって、虫の気配がまったくせず、薔薇の花はひとつ残らず、棘というものがなかったからだ。
「どうかしましたか?」
 相変わらず、狐につままれたようにぼんやりしているLに向かって、ラファエルはそう聞いた。
「いえ、ここにあるものはすべて、おそらく遺伝子が組み換えてられているんだろうなと思っただけです。虫がつかないよう、棘が生えないように……そして、薔薇以外の花は、地上では見たことのないものばかりだとも思いました」
「ええ、あなたのおっしゃるとおりです。ミカエル・ナンバーは我々の中でもっとも人間に近いアンドロイドですから、薔薇の棘によって手が傷ついたりしては大変ですからね。薔薇はマスターがとても好きな花なので残しましたが、他の花は地上にあるものに色々手を加えて作りだした新種ばかりです。マスターがエデンの主になる前まで、ここにいた植物学者がこれらの花や植物を管理していたそうですが……彼らも今は土地の肥やしになることが出来て、本望でしょう」
「……………」
 Lは溜息とともに、まったく同じ顔つき・体つきをした子供たちが、隊列のようなものを組んで虹のある方角へ向かう後ろ姿を眺めやった。ここには太陽らしきものはどこにも見当たらないのに、地上と変わらぬ輝く青い空があり、そして光があった。あの虹もおそらくは一種の視覚エフェクトのようなものに違いないと思うのに――Lは自分で覚悟していた以上に混乱していることに気づいて、軽く眩暈に似たものすら覚えた。
「大丈夫ですか?ここへ初めてきた人は大抵、あなたと似たような反応を示します。ですがまあ、次期に慣れると思いますよ……もっとも、マスターがこれからあなたをどうなさるおつもりなのか、わたしにもわからないことなので、なんとも言えなくはありますけどね」
「ここへは、わたしのようにK――まあ、あなたの言うマスターですか。カイン・ローライトに<招待>されて来た人間が他にも何人かいるんですね?」
 Lはハワイのレイレイにも似た、花の首飾りを外し、そして白い花の冠も頭から外して野原に投げ捨てた。そこには澄みきった美しい小川が流れていて、手ですくって飲んでみたいと思うほどの清らかさだったが、Lはよくある民間伝承――精霊の国の食物や飲み物を食べたり飲んだりしたが最後、生きてそこから戻れないとの――を思いだし、軽く頭を振る。そういえば、夢で虹の向こう側へ行ったものはそのまま死者の国へいくという話も聞いたことがあると、Lは思った。ラファエルの後についていきながら、彼から聞いた話によれば、ミカエル・ナンバーのアンドロイドたちは、定まった時間花びらを摘むなどの仕事をしたのち、空に虹が見えると自分たちの居住区へ戻って食事や休憩をとったりするのだという。そして一年365日、飽きもせずにまったく同じことを繰り返すのだと……。
「そのことに、何か意味があるんですか?」
 聞いても仕方のないことと思いながらも、やはりLはそう質問せずにはいられなかった。
「さあ。わたしにはマスターのお考えになられることは、そもそもわからないのです。ただわたしたちは彼の言うとおりに事を行うという、それだけの存在ですから。マスターは時々、あなたのように自分が気に入った人間や特別と思われた者をエデンへ招待しますが、その選択基準などについても、わたしにはまったくわかりません。ただ、相手が優秀な学者であったり、美しい女性であったりした場合には――ある程度目的が想像できなくもないという、それだけです。L、あなたについてわたしは、マスターから色々な話を聞いていますが、実際にお会いしてみると印象がまるで違っていました。やはり人間という生き物は、奥が深くて面白いものですね」
「そうですか。わたしも本当に本物のアンドロイドに会うのはあなたが初めてですが、正直いって今、とても戸惑っています。先ほどあなたがわたしに手を差し伸べてくれた時……その手はとても温かかった。もし最初からそうと知っていなければ、わたしはあなたのことを人間と信じて疑いもしなかったでしょう。それとも、こんな言葉はラファエル、あなたたちアンドロイドにとっては失礼に当たる言葉なのでしょうか?」
「いえ、最高の褒め言葉ですよ。ありがとうございます」
 それが<彼>にとっての癖なのかどうか、ラファエルはまた顎にちょっと手をやり、そして目を閉じたあとで笑った。エレベーター内での時とは違い、今度は花がこぼれそうなほど、という形容がいかにも相応しい、満面の笑顔だった。
 その後、川にかかる橋を越え、さらに山奥というよりも秘境といったほうが相応しい渓谷に差し掛かった時――流石にLも、それがホログラムである、ということに気づいた。果たして、一体どこまでが現実の地下世界で、どこからがホログラムの景色に切り換わったのか、その境目について、Lにもこの時まったくわからなかった。だが今、ナイアガラ並みの大瀑布にかかる天然の細い岩石の上をラファエルが歩いていくのを見て――彼にはおそらくその素材が実は鋼鉄製の橋か何かであるとわかっているのだろうという気がした。それでLも臆することなく、ポケットに手を突っこんだまま、無表情にラファエルの後へついていく。清涼な水しぶきの冷たさに似た感覚を体が訴えても、実際にはLの着ている長Tシャツもジーパンも少しも濡れてはいない……ようするに、そういうことなのだとLは納得する。
「さて、こちらがマスターのいる部屋に通じるドアになりますが、見た目はまあ、滝壷の奥といったような感じに、あなたの目には見えているでしょうね。ここへ落ちたが最後、死ぬとしか思えないかもしれませんが、もしあなたに勇気があるなら、わたしの後についてきてください」
「………!!」
 Lに質問する隙さえ与えぬ素早さで、ラファエルはオリンピックのダイビング選手よろしく、美しいフォームでおそろしい水量の流れる瀑布の中へ消えていった。これが一体どういうトリックなのか、Lにもまったくわからない。だがまさか、自分を自殺させるための罠でもあるまいと思い、Lもまたラファエルに続いて、深さ六十メートルはあろうかという、滝壷の中へ飛びこんでいった――彼の場合はダイビング選手のような華麗なフォームというわけではなく、ただ池に飛びこむカエルのような姿勢で、そこへ飛びこんでいったのである。



【2008/09/27 00:59 】
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