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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(13)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(13)

 ジョアン公妃のヨット転覆事故――それは、1997年のダイアナ王妃の交通事故と並ぶ悲劇として、世界に衝撃を与えた事件であり、Lにとっても極めて興味深い事件だった。ジョアン公妃はハリウッド女優からモナコ公国の公妃となった女性で、地中海をヨットでクルーズ中に事故死している。
 一説として自殺説も囁かれてはいるものの、座礁が原因の転覆事故として公式には片付けられている……だが、このヨットがいわくつきのアンナ・マグダレーナ号だったことから、噂に尾鰭がつき、ジョアン公妃は幽霊に取り憑かれて死亡したのだと言われたりもした。このアンナ・マグダレーナ号という名のヨットは、製造が1953年、フランス貴族のある富豪が自分の妻のためにと豪華な意匠をこらして造船業者に作らせたものだと言われている。ところがこのヨットの処女航海中に嵐にあって船は難破……夫妻は救助されるも、ド・ロエル侯爵の最愛の妻は間もなく他界した。ちなみに、ロエル侯爵は東洋の神秘的な<易>や<気功>、さらには中国武術にも精通しているという一風変わった人物だったが、対して彼女の細君は西洋占星術や交霊術といったものに相当はまりこんでいたらしい。以来、この船は彼女が呼びだした霊が一緒に乗りこんでいたのではないかとされ、呪われたヨットとして有名になる。ところが、物好きというのはどこの世界にもいるもので、この豪華な意匠のこらされたヨットを是非購入したいというイタリアのヨット狂いの海運王が現れる……彼は、ヨットの世界選手権で優勝したこともある人物で、当時の値段で10億という大金を積んでロエル侯爵から買い取ったらしい(ロエル侯爵が売値を高く設定したのは、妻との思い出を他人に渡したくなかったからのようだが、最後には彼の熱意に動かされる形となったらしい)。
 ところが、不幸というのは続くもので、彼もまた処女航海中に偶発的な事故により死亡している……そしてアンナ・マグダレーナ号は遺産としてこのイタリア人の富豪の姪に与えられたわけだが――それがのちにモナコ公妃となる、ジョアン・ゼーリだったというわけである。
 暗礁に乗り上げたという転覆事故そのものに特別不審な点はないとはいえ――ジョアン公妃には唯一、Lにとって強く関心を引かれる事柄があった。それはモナコ大公が後継ぎ欲しさから、彼女の不妊の胎を開くために、世界最高の科学技術をリヴァイアサンから受けた疑いがあるということだ。
 これはモナコ公国だけでなく、日本その他、あらゆる国の王室にとって、時に悩みの種となることなのだが――後継ぎに男子が必要であったり、あるいは女子の後継者を認めている場合にしろ、妻が不妊、あるいは夫が不妊症である場合に起きる問題というものが確かにある。リヴァイアサンというKの率いる組織は、かねてよりこうした問題に対して救いの手を各国に差し伸べており、その際にクローン人間としてのデータを、王室や公室に属する人間から得ているに違いなかった。ゆえに、ジョアン公妃のクローンも<エデン>に保存されているはずなのだが――モナコ大公はおそらく、生命倫理の観点から、事件を揉み消してまでジョアン公妃のクローンを迎え入れようとは思わなかったのだろう。
 だが、第35代アメリカ大統領、ジョン・F・ケネディの場合のように、その死がごまかしようのない場合以外、リヴァイアサンの所有しているこの科学の力を各国が借りていることは実は意外に多い。というより、そちらの超トップシークレットといっていい一般庶民が知りえない世界の上層部では、このクローンという<保険>については公然の秘密として扱われてさえいる。何故マスコミなどに露見しないかといえば、理由は至極簡単なことだった。もし誰かがそのような秘密を洩らしたところで、大半の人間は信憑性が薄いとして信じないであろうし、秘密の禁を破った国の人間は、その後彼らにとって神の組織にも等しいリヴァイアサンの恩恵を失うことにもなりかねないからである(もっと言うとすれば、彼らがその気にさえなれば、歴史を影で操り、一国の名をこの地上から永久に滅ぼすことさえ可能なのである)。
(ロエル侯爵……今回もまたヨットの転覆事故そのものには人為的に細工のされた可能性はありませんが、あなたが奥さんのために造ったあの船は、ワタリがオークションで競り落として、永遠に誰も乗らないようにしたいと言ってましたよ。処女航海のたびに、何故か事故に遭う船……その謎はわたしにも解けないままでしたが、今向こうの世界にいるあなたには、その謎がすでに解けているのかもしれませんね……)
 リュシアン・ド・ロエル侯爵は、以前ニアが南仏にある彼の城館を訪ねてから、約三か月後に死亡している。使用人たちの話では、彼が夜中にひとりで誰かと話していたらしいとのことで、その翌朝に侯爵が亡くなったことから――「おそらく奥さまが迎えにきたのではないでしょうか」とみなが口を揃えて言っていたという。
 アンナ・マグダレーナ号の転覆事件は、これからも時にTVや雑誌で取り上げられることもあるだろうが、こうした不思議な種類の謎については、流石のLにもお手上げだった。こうした神秘的な事柄に見せかけたトリックならば数え切れないほど解いてきたLも、これまでいくつか似たような<本物の>オカルト事件に遭遇したことは確かにある……いうなればそれは既存の科学を超えた現象であり、L自身はそこに救いにも似た何かを見出していた。
 何故ならばそれは、LにだけでなくKにもおそらくは説明できない事象であるからだ。この世界に本当に<神>がいるとするならば、そうした謎についても必ず説明できるはずである。ゆえに、いくらKがこの世の神を気取ったところで、それはただ偽の神にすぎないのだ。
(そしてあなたもおそらくは、この世界に存在するかもしれない真の神を求める心を持っている……このわたしのプロファイルが外れているとすれば、わたしにあるのは<死>以上の死のみということになるんでしょうね。さて、これからわたしは会議を開いて、あなたに会いにいくためのメンバーを探そうとしていますが、実際のところわたしは最初の予定通り、ひとりであなたに会いにいきたいと思っています……ただその前にラケルにすべてを打ち明けなければならないこと、それが今のわたしにとってもっともつらいことですが、それでもあなたには感謝しています。何より、彼女に手出しする前にわたしを<エデン>に招いてくださったんですから。もしあなたがラケルのことをどうにかしてからエデンにわたしを招待していたら――わたしはおそらく今頃、とても冷静な判断など下せなかったに違いありません)
 この点からみても、Kがどの程度今も自分を憎んでいるのかというのは、Lにも想像のつかないことではあった。ほとんど万能といっていいほどの科学力を所有し、その気になればあらゆる手段をもってこの世界からLを抹殺する力すら持つ彼にとって――Lはおそらくお釈迦さまいうところの、手のひらに乗った猿といったところだろう。
(でも、良かったです。あなたの手のひらの上で、永遠に遊ばされるようなことにならなくて……もっとも、あなたがわたしを殺害した上で、そのクローンを<L>として地上に戻した場合、やはりわたしは滑稽な猿として、あなたに踊らされ続けることになるのかもしれませんが……)
 この場合、Lにとってもっとも重要なのは、自分の<読みの誤差>とも呼ぶべきものだった。もし仮にKが、最終的にLのことをもっとも残酷な形で殺すべく、今待ち構えているのだとすれば……L自身にはまず勝ち目はない。しかしながら、彼がこれまで自分のことを野放しに泳がせておいた経緯から考えても――時が過ぎるとともに、母親を殺されたという逆恨みと憎しみの感情は弱まったと考えるのはやはり、楽観的に過ぎるだろうか?
(You are a “L”oser……このメッセージを残すことで、『おまえは最初からわたしに負けている』と、あなたはそう言いたかったんでしょうね。事実、わたしはあなたに負けっぱなしだとも言えますが、おそらくこの地上で唯一、あなたが<神>らしくない無用の偏執的感情を持つ存在があるとすれば、このわたしひとりのはず……少なくともそれはわたしひとりの自惚れでないことが、これで証明されたとも言えるわけです)
 それとも、<L>を殺害することがKにとって一番の御馳走としてもっとも最後に残された唯一の楽しみとも呼ぶべきものなのだろうか?この世界に善と悪、そして光と闇が存在するように、Kには二面性があるというのが、L自身の結論であり、K個人に対するプロファイルだった。彼が地上に住まう人間のことを塵芥と見なし、自分がその生殺与奪の権限を所有していることを、Kが当たり前のように感じているのも事実なら、時に彼がそれこそお釈迦さまのように、一本の救いの糸をこの世に垂らしてよこすというのも本当のことだった。
 そして、Kが自分に対して一本のか細い希望の糸を垂らそうとするのか、それともそうした上で、あと一歩というところで、無惨にもその糸を悪魔のような微笑みとともに断ち切ろうとするのか――それがLにとっての運命の分かれ道だといえた。



 
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【2008/09/24 07:23 】
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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(12)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(12)

 Lがジョアン公妃のヨット転覆事故の件を追っている間、メロはロンドンの麻薬捜査網の見取り図を大体のところ完成させていた。いや、ロンドンだけではなく――世界中の主要都市の麻薬の流れに関する地図が、メロとニアの手によって完成しつつあったといってよかっただろう。もちろんこの地図の作成元となった情報は、<殺し屋ギルド>の影の総帥といっていい、セス・グランティスからもたらされたものであり、彼の協力がなければ、ここまでの細かな麻薬資金の流れというものは、<L>にさえもわからないままだったに違いない。
(まあ、唯一問題があったとすれば、だ)と、メロは考える。(あのセスって野郎からはいけ好かない匂いをプンプン感じるってことではあるが……まあ、仕方ない。世界の正義のためには、そのくらいの感情的犠牲はやむなしってところだろうからな)
 剥き出しの石壁に沿って置かれた簡易ベッド、それにアンティークなライティング・デスクの上にある一台のパソコン――メロの部屋にあるのは、たったのそれだけだった。この城の作り主は、建設途中で自殺したとかで、まるで牢屋のように打ち捨てられたような部屋がいくつもあるのだ。ラケルは、メロにもティグランにも、そんなに離れた場所じゃなく、もう少しリビングに近い部屋に住むよう何度も言ったが、「人が集まる場所からは遠く離れていたい」というのが、メロのほとんど生まれながらに持った性格だった。
(ティグランの奴は、俺と同意見ってわけでもないんだろうが、同じ階に住んでるんだよな……)
 スコットランドヤードと連携して、大きな麻薬取引の現場を押さえるという事件を解決したあと、メロは依頼がない限りは麻薬の<手入れ>といったものとは直接関係していなかった。世界中の麻薬流通の大きな流れがわかった以上は、あとは必要に応じて戦争やテロの資金とされている場合についてのみ、そこの摘発がもっとも最優先されると考えていたのである。またこの場合、<L>のようにアフリカや中東、南米の警察機関の人間を『盾』として使う必要があったわけだが、困ったことには、メロ自身は盾なしにまずは自分が動きたいと思う気持ちが強かった。
(ニアならば、やはり信頼できる人間をコンピューターで選出し、さらにロジャーの心理分析にかけた上で『盾』を選ぶんだろうが……俺はより<L>に近いだろうその手法よりも、自分自身で動くことのほうが性にあってるんだよな)
 メロ自身は決して、アドレナリン中毒者というわけではなかったが、それでも自分がまず現場へ赴き、そこの警察機関の人間と(自分の身分は明かさないまでも)命の危険をともにするほどの覚悟がなければ――やはりそれはどこか<嘘>ではないかという気がしていた。これは特に<L>が活動をはじめた初期の頃にICPOを筆頭に各国の警察機関から批判を浴びたことではあるが、それでも<L>が世界一の探偵であり続けられたのは、その卓越した捜査能力があったればこそだ。だがメロは、Lの出生に関わる秘密やリヴァイアサンという組織の存在を知った今となっては、こう思う。Lが『盾』とする人間と命の危険をともにするほどの覚悟で、いつも事件の解決に当たろうとする姿勢にはやはり<嘘>などなかったのだ、と。この世界を影で操っているといってもいいほどの巨大な組織――リヴァイアサンを倒しうるとすれば、<L>をおいて他にはいない以上、彼は常に万が一のことを考え、何があっても死ぬというわけにはいかなかったのだから……。
 ただし、今の戦況を見るかぎり、「チェックメイト」というわけには決していかないであろうこともわかりきっていることだった。いってみれば、ようやく<L>は駒の配置を終えて、<K>――Kingにこれから挑もうとしているようなものだ。そしてクイーンがニアなら、ルークは自分といったところだろうか……いや、クイーンという駒の万能性を考えるとすれば、メロは自分をそれに例えたくもあるのだが、自分が<L>のために彼に最後までついていく以上、その座は一旦ニアに譲っておくしかない。そしてナイトがセスといったところだろうか。
(このゲームにもし、勝ちうるとすれば、だ)と、メロはパソコンのモニターの前で、同時進行しているふたつの事件のファイルを開き、さらにその画面の片隅――そこに小さく開かれたファイルで、コンピューターとチェスゲームをしながら考える。(犠牲にする駒のひとつもなく勝てるゲームなどないということになるんだろうな……)
 ラスの元恋人、カイ・ハザードにはおそらく、そのことがよくわかっていたはずだと、メロはいまさらながらに思う。そして彼は確かに<必要最低限の犠牲>で、<必要最大限のもの>を自分やニアやLから引きだすことに成功したのだ。
(あんたのやり方は、確かに見事だった……その上、自分の遺体が解剖されることで、新薬開発に貢献できる可能性も見越していたんだろう。まったく、嫌になるほどあんたの手法はLに酷似しているな)
 上には上がいるとはよく言ったものだが、もし仮にこのカイ・ハザードというセスさえも自分より能力が<上>だと認める男が生きていたとしたら――純粋に能力的な意味だけでなく人間性も考慮した場合、彼がもっとも<Lを継ぐ者>に相応しかったのではないかと、メロは思う。口にだしては決して言いはしないが、おそらくニアもそのことは感じているだろう。そしてカイが選ばれたのは、<L>のような善の側の組織ではなく、<殺し屋ギルド>という悪の側の組織によってだった。だが、自分のように善悪の狭間で苦しむ人間を今後出さないためにも――彼は最後に善の側にいると思われる<L>に、ギルドという組織を委ねたいと願ったのではないだろうか?
 カイ・ハザードという青年の死が残した影響がいかに大きいものだったかは、単にラスのことだけではなく、他の超能力を持つ者たちのことを見てもよくわかることだった。セスのようにプライドの高い人間が、「彼は僕よりも遥かに<上>の人間だった」というあたりからしてそうだし、先ほど彼に近いうちに話し合いの場を持ちたいとニアが言った時にも――「そうだね。ラケルと兄さんがいない間というのは、僕にとっても好都合だ」とセスは言っていた。
「カイが死んだのは、言ってみれば新薬開発のためだからね。そのためには僕らにも、ある程度の協力と妥協が必要になってくるだろう。たとえば、僕たちが持っているこの能力を生かして、<L>が必要とする時に特別警察のような形で出動するとかね……でも、僕が思うに、Lが言いたいのはどうやらそういうことじゃなさそうだし、その程度のことでいいなら、とっくに取引材料のひとつとして口頭で僕に伝えているだろう。けどまあ、なんにしても僕の兄さんはそういうことに不向きだってことは先に言っておくよ。力だけとってみたとすれば、兄さんのボーはティグランの念動力よりも上をいくだろうけど、兄さんはあの力で人を殺したことがトラウマになってるからね。必要以上に超能力を使うことで、その部分の記憶を揺さぶられては困るんだ」
「なんだって?ボーは俺には、あの力で人を傷つけたことはないと言っていた気がするが……違うのか?」
 携帯電話でニアから部屋に呼びだされたセスは、Lが出ていった後のその場所で、数百冊もの蔵書を手にとりながら、その上の埃を息で払っている。
「まあ、何しろ戦争中のことだからね……あのセルビア人の兵士どもを兄さんが自分の力で殺さなかったとすれば、僕も兄さんも施設の他の子供たちも全員、死んでいたろうな。民族浄化っていうのは、ようするにそういうことだから。けど、兄さんが僕らを守るために力を使ったにせよ、それが人殺しであることにかわりはない。一度に何十人もの人間を一瞬にして殺したっていうのは、兄さんの精神が耐えられるようなことじゃなかったんだよ。だからカイは孤児院にきた兄さんのことを深い暗示にかけて、その部分の記憶をまず真っ先に抹消したんだ。抹消した、なんて言ってもね、その部分が空白になったことの反動というのか後遺症というのか、何かそうしたものが残るものなんだよ。だから兄さんは力を使ったあとは必ず重い罪悪感に苛まれることが多いし、力を使いすぎると過去の記憶が今後甦らないとも限らない――そういったわけで、君たちが<L>から何をどこまで計画として聞かされているか知らないが、兄さんのことはその計画から外して考えてくれないか」
「わかりました、セス・グランティス」と、ニアがガンダムのプラモデルに塗装をしながら答える。「そもそもLは、あなたたちが協力するもしないも、最終的な決定権はあなた方自身にあると考えているようですから……その結果いかんによって計画の立てなおしを行うことにするんじゃないかと思いますよ。基本的にはおそらく、あなた方のうちの誰の能力をも必要とないプランがLにはあるんだと思います。ですが、カイ・ハザードが決して目先の損得で自分の命を犠牲にしたわけではないように、あなたたちのうちの何人かはLについていくことを了承するだろうというのがわたしの見方ですが、どうでしょう?」
「どうでもいいけど、シンナーくさいから窓を開けてもいいかな?」
 セスはレースのカーテンのかかった瀟洒なフランス窓を開くと、そこで自分が手にした本――ホメロスのオデュッセイア――の埃を叩いて払っている。
「まあ、少なくとも僕は、<L>についていくつもりはないよ。君のその遠まわしな言い方から察するに、何やら命の危険がつきまといそうだからね……それに僕自身は<殺し屋ギルド>の内部情報を君たちやLに与えることによって――例の新薬と十分見合うくらいの取引材料になっているはずだと思ってるからね。その点について譲歩するつもりはまったくないってこと、よく覚えておいてほしい」
 最後に、「この本借りてくけど、いいかな?」とセスは言い、ホメロスのオデュッセイアを手にして彼はニアの部屋を出ていった。
「メロ、寒いので、窓を閉めてもらえませんか?」
「……命令すんなっ!っていうか、自分の部屋の窓くらいおまえが自分で閉めろ!!」
 ――まあ、そのあとすぐにメロもまたプラモ作りに夢中になっているニアをひとり置き、バロック様式の部屋を出たわけだが、セスの言っていることは至極真っ当であり、やはり自分が彼の立場でもまったく同じことを言っただろうとメロは思った。
 そうなのだ。<殺し屋ギルド>の裏情報がほとんど手に入った状態の今、その見返りとして新薬を手に入れる資格がセスたち超能力者にはあるし、それ以上のことを求めるのは無理があるともいえただろう。そして自分がいかにLに協力すると言ったとはいえ、自分ひとりだけでは足手まといになる可能性があることを考慮したとすれば――やはり彼らのうちの何人かが自主的に協力してくれる必要があるとメロは考える。
(じゃなかったら、ある日突然Lの姿が消えて、二度と戻ってこないっていう可能性もあるからな……)
 最後に黒のビショップによってメイトとなり、メロがコンピューターに勝った時――コンコン、と部屋のドアがノックされた。木製の樫材で出来たドアが、どこかくぐもったような音を立てている。
「誰だ?」
「あたしだけど……ちょっといい?」
(ラスか)
 そう思ったメロは、チョコレートをパキリと齧りながら、ドアの鍵を開けた。特に深い意味はないが、部屋にいる時はいつも、彼は鍵をかけている。
「なんだ?何か用か?」
「用ってほどのことでもないけど」と、ラスは内心溜息を着く。そうなのだ――この城館へ来てからというもの、このセリフを一体何度聞いたことだろうとラスは思う。自分が誰かに話しかけるのも、誰かが自分に話しかけるのも、彼は基本的に<用がある>時のみなのだ。
「……相変わらず、陰気な部屋ね。二階にはもう少しましな部屋がいくつかあったと思うけど、なんでここがいいわけ?」
「べつに、深い意味はない」
(っていうか、そこで会話終わらせないでくれる!?)
 ラスはもう慣れたとはいえ、今でも時々メロとはもしかして相性が合わないのではないかと思うことがある。そして(カイだったらこんな時……)とか(カイだったらそんなこと言わないわ)と比べている自分に気づき、自己嫌悪に陥るということを繰り返していた。
「まあ、あたしがこんな話をしてもメロは『俺には関係ない』とかって言うんでしょうけど、一応話しておくわ」
 部屋に人数分のベッドが足りなかったため、ティグランとメロの部屋のみ、町の家具屋で購入したベッドが置かれていたのだが――「寝れればなんでもいい」というメロの趣向によって、この部屋には刑務所に置かれているような堅いパイプベッドが片隅を占めているのだった。
「この間の定期検診で、エリス博士に言われたのよ。いいバイオ皮膚があるから、手術を受けないかって」
「手術って……ようするに、火傷の痕をそれで治すってことか?」
「そういうこと」
 ギシリ、とベッドに腰かけ、ラスはアンティークな机の椅子に座るメロのことを軽く見上げる。
「まあ、俺にはなんとも言えないな。それはラスが決めることだし、おまえの好きなとおりにしたらいいだろ?」
「そう言うと思った」
 ラスは軽く溜息を着くのと同時に、ベッドから腰を上げる。今は冬で、長袖の衣類を着ていてもどうということはない――だが、真夏に半袖の服が着れるようになるというのは、彼女にとって確かに魅力的なことではあった。それでも、どこか心の隅のほうで思い切ることが出来ないのは……メロもカイも、自分のことをありのまま受け容れてくれたからだろうとラスは思う。そして、最初は二十歳前後で死ぬとこれまで思ってきたために――肉体が美しかろうが醜いままたろうが、とにかく今のあるがままで生きることにしようと決めたのだ。それなのにここへきて、延命の可能性について告げられ、この火傷を負った体とこれから先さらに何年もつきあっていくことになるかもしれないと言われたのである。ラスが今持っている心の迷いは、あって当然といえるものだった。
「じゃあ、仕事の邪魔したわね。それと、夕ごはんの支度できてるって、ラケルから伝言。今日はローストチキンのグレイヴィソース添えだから……あんた、それが好きなんでしょう?」
「ああ」
 パソコンの画面に見入りながら、パキリ、とチョコレートを齧る自分の恋人らしき男を、ラスは溜息を着きながら一瞥して、部屋を出ていこうとする。けれど、彼女がドアに手をかけた時、メロは最後にこう言った。
「俺は、ラスの体に火傷の痕があろうがなかろうが、基本的には関係ないと思ってるが……それでも、もしおまえにそれがなかったら、特に惹かれることはなかったかもしれないな」
「どういう意味?」と、ラスは一瞬振り返る。
「さあな。単になんとなくそんな気がしたってだけだ。まあ、気にしないでくれ」
「……………」
(あんたって男は、まったくもう!)
 ラスはメロの部屋を出ると、肌寒い廊下を通って中央階段へ向かおうとした。そしてコの字型になっているその正反対側の部屋へ、ティグランが向かおうとしているのと擦れ違いになり――彼女は思わず言葉を失う。
 自分が今、ほんの一瞬でも幸せだと感じたことに、罪の意識にも似た感情を覚えたからだった。実際のところ、覚悟していたこととはいえ、ラスが支払うことになった代償は決して小さなものだったとはいえない。針のむしろ、とまではもちろん言わないにしても、苦しみの伴う幸福、とでも言えばいいのだろうか……カイの時とは違って、メロとの関係というのは仲間全員に祝福されているとは当然いえない。そのことがラスは、時々つらくてたまらなくなることがあった。
 まず、第一にティグラン――彼はルーのことで自分を恨んでいる。いや、実際どうだったかは別にしても、少なくともラスはそう思いこんでいた。ロサンジェルスで合流して以来、彼とはほとんど口も聞いていなかったし、自分に対してだけでなく、誰に対しても同様の態度をティグランはとっていた。そしてルー……ラスがメロとのことを率直に打ち明けた時、彼女は「わたしたち、これからもずっと親友よね?」とそう言ってくれた。けれど、自分が話す前にエヴァが間を取りなしてくれたということもラスは知っていて――うまく説明はできないけれど、彼女たちと自分の間に、ある種の壁をラスは感じるようになっていた。
 セスは最初に「居心地の悪そうな君の顔を見て、楽しませてもらう」と宣言したとおりの態度をとっていたし、自分がリビングに顔を見せるとパッと人が誰もいなくなるということも時々あった。そして最後にそこに残ったのはセスとラスだけで「さてと、僕も仕事の続きをしよう」などと言って、彼は意地悪な眼差しをチラと自分に向けたりするのだ。
(これが、君の支払うべき代償なんだよ)
 ――ラスは彼にそう言われている気がしてならなかったが、こうしたことはおもに、ルーとラスがリビングで顔を合わせる時に起きることだった。まずルーが「勉強」を理由にいなくなるため、彼女のその気遣いを不憫に感じた誰か彼かがいなくなるといった空気になる。エヴァは誰に対しても、カイと同じく博愛精神で優しく接するといった感じの少女ではあったが――それでも心情的にはルーにより同情しているのだということが、ラスにはわかっていた。つけ加えていうとしたら、こうした事柄に関してメロはさっぱり相談相手にはならない。
 そんな中でラスにとって救いになる唯一の存在は、ラケルだった。彼女が自分たちについて、どこまでのことを詳しく知っているのか、ラス自身にもいまだにわからない。けれど、とりあえずリビングにラケルの存在さえあれば、ラスは安心だった。仮にセスがその場に居合わせても、彼女がなんとかしてくれるという絶対の信頼感をラスは持つことができるし、ラケルがいれば他の仲間たちも自然とその場に残っていることが多いのだ。
「前に、メロやニアと一緒に暮らしてたってほんと?」
 彼らが彼女に対する時の、ある種の気安い敬意とも呼ぶべきものにラスは気づいていた。さらには、セスさえも――彼女には尊敬に値するべきものがあると評価しているらしいのを見て、ラスは一度ラケルにそう聞いたことがある。
「ええ、ほんと。あの子たちは困ったちゃんだったけど、あなたたちは本当にみんないい子で助かるわ」
「その、どうやって仲良くなったの?ふたりとも、ある意味物凄い問題児だと思うんだけど……」
「さあ?よくわからないけど、真心をこめて接してれば、大抵の子は心を開いてくれるんじゃないかしら?」
「……………」
 ――とりあえずその時ラスは、(答えになってないような……)と思いはしたものの、今ではなんとなくその答えがわかるような気もする。彼女が中心にいる場所は、とても温かくて優しくて、いつまでもそこにいたいような居心地のよさがあるのだ。たとえて言うとすれば、母親の胎内のそれに似ているとでもいえただろうか。
 ラスは他の施設の仲間とは違い、一応十歳になるまでは母親に育てられたという経験がある。もしかしたらだからこそわかるのかもしれないが――ラケルの持っている雰囲気は<母性>そのものであり、ラスには何故彼女がLのような男性を選んで結婚したのかもわかるような気がしていた。
「あんな変態……いえ、変人と何故結婚したんですか?そんなに切羽詰ってたんですか?」とセスが冗談半分に聞いたことがあるけれど、対する彼女の答えは、彼が自分を必要としたから、というものだった。
(わたしは、メロに必要とされてる……?)
 それに、他のみんなにも……そう思うとラスは、時々胸が詰まったように苦しくなることがある。エヴァにはピアノが、ルーには数学があったけれど、自分にはそういう意味での取り得と呼べるものは何もない。部屋にひとりでいても憂鬱になるだけなので、出来るだけラケルのことを手伝ったり、彼女から裁縫や編み物を習ったりもしているけれど――包丁をうまく扱って料理できないのと同じく、そちらの天分もラスにはまるでないのだった。
 それでも唯一、ビーズでアクセサリーを作るやり方を覚えてからは、「わたしよりも上手いわ」とラケルに褒められるようになってはいたけれど……それで今は、ルーやエヴァに似合いそうな花の形の首飾りや真珠の指輪を作ったりしている。もちろん、そんなこと程度で「許してもらおう」とはラス自身思ってもいない。それでも――イラクのお土産としてスカーフをふたりにプレゼントした時みたいに、彼女たちが笑ってくれたらそれで十分だと、ラスはそう思っていた。



【2008/09/24 07:17 】
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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(11)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(11)

「いいかげん、ヘソを曲げてないで、みんなと仲良くしたらどうなんだ?」
 セスがボーと、物置部屋になっている部屋にツリーを運んでいると、そこの曇った窓からは、ティグランが一心にシュートを打つ姿が見えた。そこで彼は、兄のボーと中央広間のところで別れ、表玄関から外へ出ることにしたというわけである。
「なんだよ?カイにかわって兄貴面でもするつもりか?おまえらしくもないな……本当は、俺のことなんかどうでもいいくせに」
「まあ、そりゃあね」セスは足元に転がってきたボールを拾うと、それをゴールに向けて投げるが、見事に外した。「正直いって僕には、カイの代わりになれるほどの素養はない。それは確かだし、彼ほど親身になって君の相談にのれるような人間でもないからね……でもまあ、今の状況が気に入らないっていう点では、意見が一致していると言えるだろうな。僕は昔からラスのことがなんとなく嫌いだったけど、今回のことでまあ決定的に彼女のことはどうでもよくなったっていう、そんなところだ」
 ティグランがゴールから軽く7メートルは離れた位置から、スパッ!と華麗にゴールを決めるのに対し、セスはそれより遥かに近い位置からシュートしているにも関わらず――五本とも連続して外していた。
「おまえのは、シュートする時のフォームが悪いんだ。ようするに体の筋肉が硬いんだろうな……とりあえず、バスケの素養がないのは間違いないが、俺だってこれでも、セス――おまえに対して「悪い」と思う気持ちがないってわけじゃないんだぜ?俺はべつにラスに対してはどうとも思ってない。メロの奴がルーとくっついていたにしろ、ラスとくっついていたにしろ――結局のところ俺は、どっちでも腹が立ってたっていう、そういうことだ。そしてそういう感じ方しか出来ない自分にも腹が立つし、今は城のどこで誰と顔を合わせても面白くない気持ちが心の中にムラムラと燃え上がってくるような感じだな……それよりは町の片隅にあるコートで、全然知らない連中とチーム組んでバスケしたり、そいつらとパブで軽く飲んだりするほうが楽しいっていう、ただそれだけのことさ」
 ロサンジェルスでハイスクールに通っていた時もそうだったが、ティグランは特に男の友達に好かれていた。彼自身は口数も少なく、何か面白いようなことを言うわけでもまったくなかったが――彼が極めて真面目で真っ当な人間だというのは、出会った瞬間に誰もが感じることであり、浮ついたところのないその真っ直ぐな性格に、誰もが惹かれずにはいられないのだろう。そしてこれは実は、メロにもまったく同じことが言えたのだが――おそらくこのふたりは、出会い方さえ違っていれば、互いにもっとわかりあえていたのかもしれなかった。
「そうか」と、セスはまた一本シュートを決めようとして、ガゴッ!と大きく外した。そして自分の足元近くまで転がってきたボールを、ティグランが拾いあげ、見事な放物線を描いたボールはまたも、リングに綺麗に収まる――まるで、それが自然だ、と言わんばかりに。
「もちろん僕は、ルーの心がメロのものになったから、ティグランがヘソを曲げてるとか、そんなにふうには最初から思ってなかったよ。ただ、そうだな……ルーが可哀想だと思う気持ちはある。だから彼女が健気にもメロへの気持ちを抑え、彼やラスに気を使っているような素振りを見せると――彼らに自分のしたことをわからせてやりたいような気持ちになるんだ。てっきり僕は、ティグランも似たような気持ちかと思っていたが、そういうわけでもないのか?」
「そうだな。俺はおまえのように理詰めで物を考えることも出来ないし、そうやって頭で考えたことをうまく口で説明できるほど器用じゃないからな……うまく言えないが、とにかく今は駄目だ。もう少し時間を置くか、あいつらとは少し離れて行動しないと……メロを殴るなりなんなりして、「おまえは最低な野郎だ!」って怒鳴りそうになる。本当は、あいつが悪いわけでもラスが悪いわけでもないんだろうが、自分やルーに対してあいつが居心地の悪い思いをさせているにも関わらず、少しも良心の呵責を感じてないようなあいつの顔を見ていると――「おまえも少しは苦しめ!」って、そう言いたくなって仕方ないんだ」
「……少し、向こうで話をしないか」
 セスは、結局のところ何本ボールを打っても、ゴールを決めることが出来ないまま、ティグランのことをバスケットコートの脇にあるベンチへ誘った。軽く二百エーカーはあるという庭は、今は多くの樹木などに冬囲いがしてあって殺風景ではあったが、ラケルが春や夏や秋頃にどんなに美しく花が咲き乱れるかを語っていたので――一度、モーヴがその予想図をキャンバスに描いてみせたということがある。彼女から花の種類などを細かく聞かされたモーヴは、夢の中でその庭を歩き、その時に見た光景どおりに描いたらしいが、まるで写真で描きとったようなその精確さに、ラケルは言葉もないほど驚いたようだった。
 どのみち、今のような生活はそう長続きはしない……そのことはセスにもわかりきっていることだった。<L>が自分たちの延命を可能とする『切り札』を握っている以上は、彼に協力する以外にないとセス自身も思っているとはいえ――代償は思った以上に高くつきそうだとの予感が、彼の内にはすでにあった。
「それで、おまえが俺に言いたいことってのはなんだ?まさかとは思うが、<延命>のための薬を手に入れるために、ラスとメロの仲を認め、ルーが可哀想でも黙って見てろ、なんて言うつもりじゃないだろうな?」
 ベンチの上から革のコートを取り上げると、ティグランはそれをトレーニングウェアの上から着た。対してセスは、グレイのロングコートのボタンを外し、それを脱ぎはじめている……ティグランに比べれば、たった少し運動量と言えたが、それでも内側には汗ばむくらいの熱が生じていた。
「僕は、ティグラン――おまえにはもう、何かを強制つもりはないよ。それでも、カイがいればもう少し話は別だったんだろうけどね。最初に言ったとおり、僕には彼の代わりは務まらないし、ティグランの気持ちを心からわかってやるということもできない。ただ、心情的には僕はおまえに近くて、したがってティグランの味方側の人間だということが、今言える唯一のことだ。十歳の時……僕と兄さんの後にラスが入ってきた時のこと、ティグランは覚えてるか?」
「まあ、なんとなくぼんやりとではあるけどな」と、ティグランは軽く肩を竦めている。正直いって、自閉症的な性向というものが、どこまで病気で、どこからが本人の性格によるものなのかが、ティグランには今もよくわからなかった。その頃すでにエッカート博士からは「大分よくなったね」と診断されてはいたものの――彼のひとつの物事に執着するという性格は、以後まったく治らなかったともいえたからだ。
「確かに、第一印象でなんとなく『綺麗な子だな』って思ったのは覚えてるよ。エヴァも可愛い子ではあったけど、病気のせいか、彼女には少し生気が足りないように感じていたし……何より、俺にとってはルーが一番の女神だったからな。新しい子がきたって聞いても、半分以上どうでもいい感じだった。でもラスには東欧人に独特の強い魅力があったっていうのは、はっきり覚えてるよ。うまく言えないが、あとは生命力というのか、何かそういう強いオーラを彼女には感じたから、カイもラスのそういうところが好きになったのかって、ぼんやり思ったっていうところかな」
「そうだな。エッカート博士もヴェルディーユ博士も、何も顔や容姿でさらってくる子供を決めていたわけでもないんだろうが――うちの孤児院には可愛い子が多かったよな」と、セスは笑って言った。「けどまあ、正直なところを言って、僕は最初からラスのことがあまり好きじゃなかったんだ。理由はもちろんいくつかある……まず第一に、彼女が無自覚になんの罪の意識もなく、エヴァからカイを横から取ったということだ。ティグランにとってはその時からすでにルーが女神だったんだから、他のことにまでそう考えがまわらなかったかもしれないけど……僕の目から見れば、カイとエヴァは相思相愛の仲だったんだよ。彼はエヴァに対して薔薇の花の香りや色についての講義を長々行ったり、フルーツの色とか、土の手触りとか、外を歩いてる通行人の格好についてとか、彼女に事細かく説明していてね。ただ相手のことを「好き」ってだけじゃ、とてもここまでは出来ないって僕は思った。だって、茶色という色の定義についてなんて、目の見えない人間にどう説明する?雪景色の美しさについて、空がどんなに広いかとか、星の輝く夜の素晴らしさについて――カイは色々な物語を織りまぜて彼女に聞かせるのがとてもうまかったんだよ。たとえば、オリオン座について説明する時には、エヴァの手をとってひとつひとつの星を指し示すようにしたりね……そして例のギリシャ神話を彼女に対して聞かせるといったような具合だった。でも、ラスが院にきたことによって、そのバランスが崩れたんだ。僕はそのあとも時々、よくこう思ったよ。彼女が孤児院にこなければ、今頃はエヴァとカイが恋人同士だったんだろうにってね。確かに、ラスはそんなこと<何も知らなかった>わけだから、彼女に罪はないのかもしれない。でも、今またまったく同じことが繰り返されてみると――昔の思い出が甦って、どうにもこう思うね。彼女はもっと良心の呵責に苦しむべきだし、仲間全員に対して申し訳ないという気持ちを持つべきだと、何かそんなふうに思えてならない」
「まあ、おまえは昔からエヴァびいきだったからな」と、ティグランも少しだけ微笑んだ。セスは滅多にここまで自分に本心というものを洩らすことはない。翻してみるとすれば、それだけ今の状況が彼にとっても気に入らないものだということがわかる。「だがまあ、結局のところその時と同じく、時間が経つのを待つしかないっていうことだろ?俺は今つくづく感じているが、嫌いな人間や嫌な思い出のある場所からはおそらく、距離を置くしかないんだ。そうだな……今のセスの話を聞いていて、俺はこうも思ったよ。俺のメロに対する気持ちっていうのは、ようするに逆恨みめいてるってことは、俺にも最初から薄々わかっていたことだ。あいつが俺たち仲間全員の間に亀裂を生じさせて、俺がいた居心地のいい場所を奪った、おそらくはそんなふうに感じる気持ちが強かったんだろう。だがまあ、人間ってのは難しいもんでな。そうとわかっていても、あいつの顔を見ると殴りたくてたまらないような気持ちになるんだ。これだけは本当に、俺にもどうしようもない」
「……ティグラン、もしおまえがここにいるのが嫌なら、アメリカに渡ってプロのバスケットボールチームのスカウトを受けるっていう手もあると僕は思ってる。そうだな……向こうのワイミーズ系列の病院で定期的に診察を受けて薬を処方してもらうことも出来るだろうし、エリス博士の新薬が開発されたら、すぐに僕の手でその薬をおまえに届けてやるよ。何があっても、それだけは絶対に約束する。けど、僕がティグランにここにいて欲しいって思ってる気持ちも本当なんだ。べつに、カイにかわって兄貴ぶろうっていうんじゃなくね。僕らは今までずっと家族同然に一緒にいるのが当たり前だったから……そのうちの誰かひとりが欠けるのも、僕は嫌なんだよ。でもまあ、それはもしかしたら互いの寿命がそう長くはないと認識した上での共同体意識だったのかもしれない。もし僕たちが新しい薬で大人になって長く生きられるというのなら、これからは遠く距離を置いて別の世界で羽ばたこうとする仲間のことを、祝福しなくちゃいけないのかもしれないな」
「……………」
 しばらくの間、セスとティグランの間には沈黙のとばりが降りた。お互いに、相手が自分の心の中で思っていた以上に<わかっている>ことを再確認したのだ。そうなればもう、特に言葉で説明しなければならない事柄は何もなかった。ティグランにしても、今までほどの居心地の悪さを城館内で感じる必要はないはずだった。もともと、この城に住む人間は全員、徹底して個人主義なのだ。唯一ラケルという女性は違ったかもしれないが、彼女にしても必要以上に干渉しようとしてきたことは一度もない。そう思うと、自分の不機嫌のせいで感じの悪い態度をとったことを、ティグランは恥かしくさえ思った。
「それにしても、でかい城だよな」
 ティグランは白い息を吐きながら言った。イギリスの冬は、陽が落ちるのが早く、四時にはもうあたりはすっかり暗くなる。円錐形のスレートぶき屋根がいくつも連なる城館のてっぺんには、十字架を模した飾りがいくつも見られたが、その白い石壁と灰色がかった青い屋根を見ているうち、ここを自分の家と思うのも悪くはないかと、ティグランはそんな気がしてきた。
「なんでも、19世紀頃に新しく台頭してきた資産階級の人間の酔狂で造られた城らしいよ。しかしながら、投機に失敗したとかで、この城のどこかの一室で城主は首を吊って死んだらしい……どうもLが仕事部屋にしてる場所がそれらしいんだが、本人は幽霊という存在については極めて懐疑的らしいな」
「まあ、<L>自身が幽霊みたいな顔してるからな……ところで、セスはLについてはどう思ってるんだ?俺はいまだにあいつは替え玉で、本当の<L>は別の場所にいるんじゃないかっていう気がして仕方ないんだが」
「僕もそう思わなくはないけどね」と、セスは微苦笑している。「本人であるにしろ、替え玉であるにせよ、彼が『切り札』を握っている以上は、ある程度のところ、聞き従うより他はない。見かけはともかくとしても、頭が切れるっていうことは確かだし、ニアの奴が唯一尊敬している人間という点から見ても、おそらくは本人だろう。彼が新薬開発の代償として僕らに何を求めるのかは、今のところ定かじゃないけどね……それほど悪くない取引ならばいいと、僕は願っているよ」
「そうか……」
 また体が冷えてきたので、セスがグレイのコートを着ようとしていると、そのポケットから携帯電話が鳴った。二度コールが鳴ったことで、それがメールであることが彼にもわかる。
「ごはんだってさ」と、携帯の画面を見せながらセスが言った時、ティグランの革コートのポケットからも、着信音が鳴り響く。
「出ないのか?」
「いや、出なくてもわかるからいい。どうせ同じようにメシだって言いたいだけだろうからな……なんだ?おまえの場合はメールだけなのか?俺の場合はやたら長く着信音がしたあとで、電話に出ないとメールが送られてくるんだがな」
「ああ、僕は鬱陶しいからメールにしてくれって最初から言ってあるんだよ。それに、いくら食事の時間だからって、時間通りにとらなきゃいけないっていうルールがあるわけじゃないからね。ティグランも、その前後にメロが食卓につくことが多いってことを考えれば――これまでどおり、少し時間を外してリビングのほうにはいくといい。ティグランもわかってるとは思うけど、ラケルは時間通りに全員が食事をしなきゃいけないとか、そんなふうにはこれっぽっちも思ってない人だからね」
「ああ、そうだな」
 城館のあちこちに明かりが灯りはじめたのを見て、セスもティグランも、何か懐かしいような、物寂しい気持ちに襲われた。夕闇の背後には藍色の夜の静けさが忍びよってきており、やがてあたりは夜が支配する暗黒の時刻となる。ティグランは、もしかしたら下手をすれば自分はそちら側の感情に飲みこまれていたかもしれないと思い、ぞっと身震いした。そしてセスは――白々と輪郭を確かにしつつある月を見て、カイのように仲間の心を照らす太陽にはなれない自分のことを思っていた。



【2008/09/24 07:10 】
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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(10)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(10)

 セスはその日、パソコンのモニター越しに<殺し屋ギルド>の幹部会議に出席し――当然、そこに彼の姿は現れず、ただ砂嵐のような画面の上に<X>と表示されているだけだった――夕方には、朝にラケルと約束したとおり、モミの木のツリーを片付けた。兄のボーは快く手伝うことに応じてくれたが、炉辺のラグに寝転がっておもちゃ遊びをしているニアは、一向手伝おうとする様子がない。それでセスは彼にこう言った。
「おい、そこのお子様。このトナカイの人形だの、ロボットだのゲーム機だの、飾りつけしたのほとんど君じゃなかったか?少しは一緒に外すの手伝え」
「……わかりました」
 こんなことなら、自分の部屋にいるべきだったとニアは思ったが、確かにクリスマス気分の盛り上がる(?)その飾りつけをしたのは自分だったために――仕方なしに体を起こすと、部屋の隅に置いてあるスツールを持ってきて、順番にツリーの飾りを外しはじめた。
「それじゃあ、モミの樹のほうは僕と兄さんで一旦別の部屋に運ぶから、そのガラクタは君のほうで処分してくれたまえ」
「……………」
 とりあえずこの場合、言ってることとやっていることはセスのほうが正しいため、ニアは文句を言うことが出来ないのだが――彼は普段話をしている時にも、若干上から目線で人にものを言うようなところがある。
 メロもまた自分と同じように感じており、「虫の好かない野郎だ」とセスのことを評していたが、ニアも珍しくメロとまったく同意見なのだった。
 星やモールや電球などをニアが袋の中にしまいこんでいると、そこにエヴァが現れて、ベルやヒイラギの輪飾りなどを片付けるのを手伝ってくれる。彼女がまるで<目が見えている>ように手際よく箱の中に色々片付けているのを見ると、ニアはいつも感じるのと同じ不思議な気持ちになった。
 エヴァの場合、治癒能力の他にもっとも優れているのが<空間把握>能力なのだと、セスに教えてもらったことがあるが――ようするに、10メートル先にコンクリートの壁があった場合、その距離や硬さ、手触りや色などを彼女は「予感」するのだという。そして自分のそうした一種の「予知」が正しいかどうかを確認するために、そこまで近づいていき、その壁に触れ、「やっぱり思ったとおりだった」と感じるというわけらしい……彼女に自分のオーラには白銀に紫が混じっていると言われた時にも、目が見えないのに何故色を感じることが出来るのか、ニアには不思議だったわけだが――驚いたことに彼女には、120色ある色鉛筆の色すべてを当てるということまで出来たのである。
「セスとあなたは、何か特別な関係なんですか?」
 ニアは、<殺し屋ギルド>の裏情報を流してもらっている手前、セスに大きく出れないところがあるのだが、何かひとつ彼の弱味でも握れはしまいかと思い、エヴァにそう聞いていみた。
「そんなに、彼のことが嫌い?」
クリスマスカラーの、赤と緑の箱に飾りつけの道具すべてをしまい終わると、その蓋を閉めながら彼女は笑っている。こういう時にも、すべてお見通しなのだとニアは感じたが、不思議と居心地の悪い感じのしないところが、エヴァのいいところでもあった。
「……嫌い、ではありませんが、好きとも言えないでしょうね。まあ、せいぜいいって対等な話をすることの出来る好敵手といったところでしょうか」
「ふうん。そう……でもひとつ、いいこと教えてあげましょうか?セスってああ見えて、意外にあなたのこと気に入ってるっていうか、友達として結構好きみたいよ?」
「それは、初耳ですね……」
 その時、ボーがリビングへ戻ってきたため、ニアとエヴァの会話はそこで終わりになる。ニアはまた、炉辺のラグに寝そべっておもちゃ遊びをはじめ、昼間Lとメロの三人で話しあったことについて、再び思案を巡らせた。
「実は、招待状がきたんですよ」と、Lはいつものどこか飄々とした態度で言った。
 ニアのバロック様式の部屋には、大理石の支柱が三本立った後ろに本棚があり、そこには数百冊もの蔵書が壁を埋めるような形で並んでいたが、彼自身はそこから本をとって読み返したということは一度もない――何故なら、ニアの頭の中にはそれらがほとんどコピーしたようにすべて記憶されていたため、『風とともに去りぬ』の第二部、第三章をすべて暗誦せよと言われれば、それを一語のあやまりもなく繰り返せるだけでなく、ページ数や何ページ目の何行目から読めと指定された場合にも、ペラペラとまるでコンピューターのように滑らかに話すことが出来たのである(彼のこの朗誦の唯一の欠点は、感情がまったくこもっておらず、ほとんど棒読みしか出来ないということではあったけれど)。
 その部屋の中央、シャンデリアの下のソファや肘掛椅子に腰かけながら、Lとメロとニアは話をしていたのだが――上手の肘掛椅子にLが座し、その右手のソファにニアが、左手にメロが座っているというような具合だった。
「招待状って……ようするに、先ほどLが話してくれたリヴァイアサンというアイスランドに本拠地のある組織から、ということですか?」
「ええ……先日ヴェルディーユ親子が亡くなって数日したあと、正確にはまあ、大晦日から新年に日付の変わる0:00に、ということなんですけどね。『決着をつけよう。三か月以内に貴公が我が城へ来るのを待つ――<K>』っていう短いメールが届きまして……まあ、わたしにとってもKにとってもこれが臨界点だというのは、互いにわかっていることでした。今この城館にいる超能力者たちのおもなデータはすべて、すでに彼の手に渡っている。ようするに、これ以上の最良の手札はわたしに揃えられるはずがないと、そう思ったということでしょう……そしてKにはおそらくわかっているはずだと思うんです。わたしが超能力の開発に年月を費やして彼を倒そうとはしないということが。そもそもこれまでにも、Kがその気にさえなれば、彼がわたしの首を取ることなど実に容易いことでした。ただ、Kはわたしを試したかったんですよ……自分の父親が作りだした遺伝子工学の最高傑作が、果たしてどこまでやれるかをね」
「それで、勝算はあるのか?」
 メロがパキリ、とチョコレートを齧りながら言うと、Lがどこか物欲しそうな目つきで、彼の手元をじっと見やる。
「チョコ、欲しいです……」
「……わかったよ。最近ラケルの奴が他のガキの面倒ばっか見てるから、糖分が不足がちなんだろ?ったく、仕様がねえなあ。メシくらいそれぞれセルフサービスで、全員好き勝手に食えばいいだけだろうに」
「まあ、彼女の性格上、そうもいかないといったところでしょうね。正直、わたしは昔から、<エデン>に乗りこむ時には自分ひとり、あるいはいたとしてもワタリだけだろうと考えていましたが――それでも一応、彼らにも一緒に来てもらえるかどうか、聞いてはみるつもりです。もちろん強制はしませんし、その際のメリット・デメリットの説明もきちんとします。メリットはまあ、彼ら超能力者たちの延命を可能にするような技術が、おそらくKの元にはすでにあること、デメリットは――<エデン>に乗りこんでいった結果、その全員が死ぬ可能性は極めて高いということでしょうか」
「……………!!」
 ニアは、ガンダムのプラモデルをニッパーで切り離し、その切り離した部分にヤスリをかけているところだったが、手元が狂ってパーツが絨毯の上に飛んだ。べつにLの言葉に動揺したというわけではまったくなく、本当にたまたまだった。
「心配しなくてもいいですよ、ニア。あなたには別の場所に残ってもらって、他にしてもらいたいことがありますから……それに、万が一の保険のために、あなたたちふたりのうちのどちらかには、安全なところにいてもらわなければなりません」
「……ようするに、もしLが亡くなった場合、わたしかメロのどちらかが<L>の後を継がなければならない、つまりはそういうことですか?」
「まあ、そういうことなら、俺はLと一緒にKとかいう奴の牙城に乗りこむわけだし、残ったニアがLの後を継ぐってことになるわけだよな」
 板チョコレートの半分をLに手渡しながら、なんでもないことのようにケロリとした顔でメロが言う。「ありがとうございます」と、Lは愛弟子からチョコを受けとるなり、よほど糖分に飢えていたのか、バリボリと早速齧りついている。
「いいんですか、メロ。この話の流れでいくとあなたは、アイスランドのKとかいう男のいる地下組織で犬死にする可能性が極めて高そうですが……」
「犬死にとかゆーな。第一Lがこれからも普通に生きてさえいたら、その補欠候補みたいな俺たちに、<Lを継ぐ>機会なんてそもそも回ってこないんだぜ?だったら、Lが死ぬかもしれないって場所に俺もついていくさ。俺はおまえみたいに、「これでLが死ねば自分がその後を継げる」なんて考えるほど、腹黒くないんでな」
「わたしは、自分がその後を継ぐために、Lに死んでほしいなどと思ったことは一度もありません」
 メロとニアがバチッ!と火花を散らしているのを見て、「まあまあ」と、Lが間に割って入る。
「なんにしても、今の段階でわたしの考えてるプランはいくつかあります。ただ問題なのは、こうした作戦を立てる時にわたしはいつも、最悪の事態というものを想定して、そうならないための対応をとることにしているわけですが……今回ばかりは少々、自分でも楽観的にすぎる計画案を取らざるを得ないというのが頭の痛いところです。なんにせよ、まあ与えられた時間はフルに活用すべきですから、近いうちに子供たち全員を集めてこのことの説明を行いたいと思います。そうですね……出来ればラケルのいない時間帯がいいですから、彼女とボーくんが買い物に行っている時にでも、話し合いの場を持つことにしましょう。そしてリヴァイアサンの本拠地である<エデン>に乗りこむのは、今の段階で三月の下旬、ということにします。それまでみんなには、おのおの悔いのないように好きなことをして欲しいと思うんですよ……なんといってもこれは、わたしにとっても<負けを覚悟の勝負>なわけですから」
 ニアはガリガリとガンプラのパーツにヤスリをかけ、メロはパキリ、とチョコレートを齧る。<負けを覚悟の勝負>――Lにそこまで言わせるとは、これは本気で命を懸けるしかないということだと、ふたりは心の中で互いに同じことを思っていた。
「ところで、ラケルにはなんて言うんだ?まさかとは思うが、これからラケルだけを置いて子供たちとピクニックに行ってきますというわけにもいかないだろう?未亡人になったら、遺産は使い放題で、他の誰かと幸せになるための資金にしてくれってLは説明するつもりなのか?」
「……嫌なことをいいますね」と、Lにしては珍しく、彼は一瞬本気で不機嫌になっている。「まあ、折りを見て、彼女にも本当のことをすべて話さなければなりません。何より、子供たち全員にこの作戦のことを話した段階で、みんなの雰囲気がいつもとは違うことに、ラケル自身も気づいてしまうでしょうから……いつまでも隠し立てするというわけにもいきませんしね。そのへんのことはわたしがなんとかしますが、今はそれよりもエリスから送られてきた報告書のほうが重要です。セスの許可を得て、エリスがカイ・ハザードの冷凍保存した遺体を解剖したところ、新薬を開発できる見通しが大体のところついたそうですから……それと彼女がこれまでしてきた免疫学の研究も合わせると同時に、まだ表に公表していない薬の開発ノウハウを応用すれば、早くて二~三年でその薬剤は創れるだろうということでした」
「早くて二~三年か。エヴァやルーにとっては時間としてなんとかギリギリっていうところだろうな。なんとか間に合ってくれるといいが……」
「そうですね。ところでL、ひとつ聞きたいのですが」と、ニアはガンダムのパーツを順番に組み立てながら言った。1/100スケールのフォースインパルスガンダムである。「その話の流れでいくと、彼らに命の危険まで犯せというのは、少し難しくありませんか?黙って待っていても、早ければ二年、遅くて三年で新薬が完成する見通しが立っているというのであれば……エリスがこれから創ろうしている薬よりも完成度の高いものが出来る可能性があるからといって、彼らの全員が協力してくれるとは限らないと思いますが」
「そのとおりです。そして正直なところ、わたしはメロも含めて、誰のことも命の危険にさらしたくないと考えていますから……個人的にわたしの考える最良のシナリオというのは、わたしがひとりでリヴァイアサンに乗りこみ、良くてKと相打ち、悪ければ――ちなみに、こちらの可能性のほうが高いわけですが――彼に負けてわたしひとりが死ぬというものです。どう考えても、これがもっとも犠牲の少ない、最良のやり方だと思いますから」
「……………」
 ――このあとLは「とりあえずこのことは、超能力を持った他の子供たちにも意見を聞いてみなければ、最終的な決定は下せません。現在わたしが頭の中で立てている計画も、それいかんによって左右されますから、詳しいことはまたその後に作戦会議を開くということにしましょう」と言って、ニアのバロック様式の部屋を出ていった。
 確かに、Lにはすでに死ぬ覚悟があるのだと、ニアはそう思う。おそらく得体の知れないその組織と否も応もなく戦いはじめたその時から、最終的には自分が<死ぬ>ことで幕が下りることになるだろうと、Lはそう予感しながら、世界一の探偵であり続けたのだ……この時点ですでに、Lの言った<頼みたいこと>というのがなんなのか、ニアには聞かなくてもわかっていたし、超能力者たちもその大体がLに協力すると答えるだろうと予想してもいた。
 何故なら――カイ・ハザードが死んだのは、より崇高な目的の達成と超能力という特殊な能力を持つ子供たちの未来のためであるからだ。彼が自分の命を犠牲にしてまで成し遂げたかったこと、それは単にエヴァやルーやラファが長生きするためというだけでなく……その次世代の子供たちのことも考えた上で、彼は命を投げだしたのだ。そのカイにこれまで彼らが護られてきた以上、彼らもまたおそらくカイの見ていた目的の達成に向けて、行動をともにしようとするに違いない。
 ニアが炉辺で寝そべりながらプラモ遊びをしているうちに、キッチンからは美味しそうな夕餉の香りが漂ってきており――どうやら今夜のメニューはローストチキンらしい――ラケルとラスが時々笑い声を上げながらその支度をしていることがわかる。そしてピアノの前にはエヴァが座ってオペラの楽曲を弾き、そのかたわらでボーが美しいテノールを聴かせている。
(カイ・ハザード……あなたが命を捨てても守りたかったものはきっと、こうした他愛もない普通の光景だったんでしょうね)
 ラファがLの物真似をしながらラケルに「スイーツ……」とねだっても、彼女は「晩ごはん前だから」という理由によって却下している。すると、彼は元の悪戯小僧に戻って、「クソババア!」と舌をだしながら大股にリビングを出ていった。ラケルにしても何かと気苦労の多い生活に見えるが、それでも――彼女がLの出生について<真実>をまだ知らない今、この何気ない生活がやはりラケルにとっても<幸福>ということになるだろうかと、ニアは考える。
 あのあと、ニアはLから、エリスがこれから創ろうとしている<新薬>の資料を貸してもらっていたが、「もしかしたらこの薬の作用で超能力は持続できなくなり、消える可能性がある」と彼女が記しているのを読んでいた……<超能力>か、それとも<延命>かという問題になるが、この選択はおそらく、彼らひとりひとりにしてもらう以外はおそらくないだろう。
(そうすると、今後の<殺し屋ギルド>の動向にも変化が出ざるをえないということになるが……まあ、仕方ない。裏のコードはほとんど牛耳ったも同然の今、<L>がこれからもそれを利用して世界のバランスを保っていけばいいだけのことともいえる……)
 そしてニアが、リヴァイアサンを壊滅させることが本当に人類にとって有益なのかどうかと思案していた時――「ごはんよ~!」という、ラケルの暢気な声が響いた。今この場所にいない子供たちひとりひとりに彼女は、携帯電話をかけたり、メールを入れたりして、夕ごはんの準備が出来たことを知らせている。
(わたしがもしLなら……)と、一瞬考えたことに、ニアは自分自身で驚いてしまった。そう、今のような生活を彼女と続けることが出来るなら、特に欲しいものが彼には見当たらなかった。失うことの痛みを感じるためには、まず愛されるという経験を持つ必要があるが、彼女はニアにとってもそこに繋がる何かを持つ女性らしかったのである。



【2008/09/24 07:03 】
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