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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(5)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(5)

 毎朝、この家――というか城館――に住む子供たちは、全員決まった時刻には起きてこない。まずモーヴは昼夜逆転した生活を送っているので例外としても、まず食事当番の子がひとり起きてきて、その次に必ずダイニング・キッチンに顔を見せるのがセスだった。セスが朝早く――大体六時頃――に起きてくるのには理由がある。彼は潔癖症ではないにしても、やや潔癖症気味のところがあって、誰か人が先に読んだ新聞は読みたくないのだという。そこで、他の誰かが『タイムス』や『ガーディアン』、『サン』、『デイリー・ミラー』といった新聞を新聞入れから取ってくる前に――彼はダイニング・キッチンの椅子に座ってラケルや当番の子供が食事の仕度をするのを眺めながら、まずはゆっくりと新聞を読みはじめるというわけだ。
 最初、このことを知らなかったニアが日曜日に『タイムス』の日曜版――『サンデー・タイムス』――を読んでいると、彼はその日一日むっつりとして、ニアと口を聞かなかったということがある。孤児院で彼と一緒だった他の子供たちはそのことを承知しているので、誰もセスより先には新聞に手を出さないのだが、メロとニアもそのことを知って以来、彼より先には新聞を読まないようにしているのだった。
 そんなわけで、この日はラケルと、食事当番のルー、それに新聞を読むセスが一階にあるダイニング・キッチンにいたというわけだ。他の部屋はすべてセントラルヒーティングによって暖房がまかなわれているが、唯一広いリビングだけ、暖炉で火を燃やさなくてはならないので、食事当番の人間が朝起きて真っ先にやるべき仕事――それが暖炉から灰をかきだして薪をくべるという作業だった。だが、これは大抵セスがやってくれるので、他の子供たちはその代わりに彼が食事当番を担当しなくても良いということで認めている。
「今日でクリスマスも終わりか……っていうことは、そろそろクリスマス・ツリーも片付けないといけないな。あれ、どこにしまえばいい?」
 ダイニング・キッチンと三十畳ほどあるリビングとは、アコーディオン・カーテンで仕切られていたけれど、暖炉の火で部屋がある程度暖まると、それは開けられることになっていた――セスは、その暖炉から少し離れた場所に飾られたモミの木のツリーを見て、そうラケルに聞いたのである。
「そうね。どこか空いた部屋に運んでもらえると助かるわ。豆電球や飾りつけの星や人形なんかは、きちんとしまっておいてね」
「ああ、ニアの奴がやたらゴチャゴチャ飾ってたけど、いっしょくたにまとめてあいつのおもちゃ箱の中に突っこんでおいてやるよ」
 新聞をめくりながら、セスはそう言った。今もリビングのふかふかの絨毯の上には、レゴブロックのジオラマや、3Dの球体パズル、プラモデル、怪獣・エイリアンのフィギュアセットなどが片付けられずに散らばったままだった。ニアの理論として、一度片付けてもまた明日には散らかる物を片付けるのは無意味、ということだったけれど――結局毎日部屋に掃除機をかけているラケルが、その時にまとめて部屋の隅によけるということになっている。
 イギリスでは、一月六日までがクリスマス・シーズンで、この日は十二夜(Twelfth Night)と呼ばれ、昔はクリスマス最後の日を祝って「トウェルフス・ナイト・ケーキ」と呼ばれるフルーツ・ケーキを家庭で作る風習があったらしい……そこでラケルは、今夜のデザートはフルーツ・ケーキにしようと思ったが、それよりも今は先に朝食を作ることに意識を集中させようと思った。
 通常のイングリッシュ・ブレックファストということでいけば、シリアルやパン、スクランブル・エッグやオムレツなどの卵料理、それにソーセージやベーコンなどの肉料理がついてくるといった感じだろうか。ただし、セスがやたら日本食に拘りがあるために――ラケルは自分の分と彼の分はごはんとお味噌汁を毎日作っていた。他に、肉ばかり食べる子のためにサラダを用意したり、フルーツを用意したりしているうちに、あっという間に七時という時間になる。実際のところラケルは、立ったまま食事をつくり、その味見を軽くするというのがほとんど朝ごはんになっている場合が多い。そして順番に起きてきた子供たちにベーコンつきの目玉焼きを焼いてあげたりする間に、今度はLのためのスイーツを作りはじめるのである。
「ねえ、ラケル。今日は何種類マフィンを作ればいいの?」
 おそらくきのうもまた夜遅くまで数学の難問に取り組んでいたらしいルーが、眠そうな目をこすってそう聞く。
「そうね、今日はチョコマフィンとバナナマフィンとブルーベリーマフィンを作りましょうか」
「わかったわ」
 ラケルが何かを言おうとする前に、ルーが真っ先にチョコレートマフィンを作ろうとするのを見て、ラケルは微かに胸が痛むものを感じた。ルーとラスは親友同士だが、ルーがメロのことを好きになる前に、ラスとメロは先に出会って両想いになっていたという経緯は、Lから聞いて知っていた――「あなたは鈍いので、何か善意で無神経なことをするといけませんから、先に言っておきます」と、Lは言った――そして、そのことをルーが知った時、彼女はラスとのわだかまりを解くためにこう話したという。「これからもわたしたち、友達よね?だって、結局長く生きられないのに、喧嘩して時間を無駄にするなんて、本当に馬鹿なことだもの」と……。
 でも、実際にはそんなに心の割り切りがルーの中でも出来ていないことは、ラケルの目から見てもはっきりわかることだった。彼女は食事の時以外はほとんど自分の部屋に篭もりっぱなしで、今も『ポアンカレ予想』の検証なるものに夢中になっているという。
「優れた数学者の生活というのは、そういうものですよ。大学で数学の教授職にある人や物理学や数学の研究所にいる職員なども――講義をしたりする以外は、真理の探究のためにひとり孤独に難問と向き合うものなんです。ですから、今は彼女のことは放っておくのが一番だとわたしは思いますよ」
 Lはそう言っていたけれど……正直、ラケルはルーのことがとても心配だった。もともと少食とかで、彼女は大してものを食べないし、代わりにビタミン剤などを例の免疫抑制剤と一緒に飲んでいることが多い。セスにも、「ルーは小さい頃からずっとそうだから」と言われはしたものの、もし彼女の想いがメロに届いていたら、もっと少女らしい優しい微笑みをルーが浮かべていたのではないかと、そんなふうに思えてならない。
(ルーは笑うと、えくぼが浮かんでとっても可愛いのだけど……)
 湯煎して溶かしたチョコレートに、ルーが薄力粉を混ぜあわせるのを隣で見ながら、ラケルは冷凍ブルーベリーを冷蔵庫から取りだしながら思う。
(何か、ルーを元気づけるいい方法はないかしらねえ……)
 ルーやセスに気づかれないようにラケルが内心で溜息を着いていると、ピアノの旋律が流れてきた。エルガーの『愛の挨拶』。エヴァは一応朝食の時刻となっている七時に必ずぴたりと起きてきて、リビングの隅でピアノを弾きはじめるのだった。そして大体次に起きてくるのがボーで、エヴァの音楽を口ずさみながら、食器などのセットを手伝ってくれる。
 この時点ですでに、セスは食事を終えており、読み終わった新聞をダイニング・テーブルに置いて部屋に戻っていく……彼は大体エヴァのピアノ演奏が一曲終わった頃に、彼女と少し他愛のない話をしてから、<殺し屋ギルド>の影のトップとしての仕事を開始するというわけである。ソニア・ヴェルディーユの死亡が確認されたことにより、ギルドの実権はセスのものにならざるを得なかったという事情があるにせよ、内心彼がその仕事を(面倒くさい)と思っていることは明らかだった。
 そして、セスと入れ違いになるようにメロが起きてきて――メロは昼過ぎまで寝ていることもあれば、朝早くに起きてくることもあった――ちょうどその時にルーの焼いたチョコレート・マフィンが焼きあがったために、ラケルは早速とばかり、彼の目の前にそれを置いたのだった。
「焼き立てだから、これを一番に食べてね、メロちゃん」
「……………」
(ちゃんづけはやめろ!)と思いつつ、メロは黙ってチョコ・マフィンをひとつ取って食べる。
「美味しい?」
「ああ、まあまあだな」
 ラケルの問いにメロがそう答えると、ルーは微かに嬉しそうに顔を輝かせていた。もちろん、ルーはメロに背中を見せる形で、今度はバナナ・マフィンを作っていたのだけれど――その少女らしい微笑みを見ていると、ラケルは彼女にはやはり数学などという孤独な真理の追究ではなく、もっと別の何かが必要ではないかという気がしてならない。
 けれど、ルーがはにかんだように頬を染めたのも束の間、ラスが起きてきてメロの隣に座ると(彼女は必ずセスと入れ違いになるよう、この時間を選んでいた)、ルーは今度はやはり暗く沈んだような顔つきに戻っている。
「じゃあ、これで大体食事の準備も終わったし、わたしは勉強があるから、部屋に戻るわ」
 ルーは、無理に思いきり笑ってラスに「おはよう」と言うと、焼き立てのパンやマフィン、オレンジジュースなどをトレイに乗せて、リビングを出ていく。今、ダイニング・キッチンの広いテーブルに座っているのはメロとラス、それにボーとエヴァの四人だけだった。
「ねえ、ラケル。今日のお昼はハンバーガーがいいな。それにフライドポテトをたっぷりつけるの」
「そうね。今日はボーくんのリクエストを聞く番だから、お昼はハンバーガーにしましょう。でも、パンとポテトの材料はあってもお肉がないから……まずは買いだしに行かなくちゃいけないわね。でも今日はシーツの交換日だから、午前中に洗濯してると間に合わないし……どうしようかしら」
「洗濯なら、わたしがやるわ」と、ラスがシリアルに牛乳をかけながら言う。「わたし、料理にはさっぱり向いてないみたいだから――せめて洗濯とアイロンがけくらいは代わりにしたいと思うの。その間にラケルはボーと買い物に行ってきたら?」
「じゃあ、わたしも手伝うわ。料理を手伝うよりも、そっちのほうがわたしも、少しは役に立てそうだから」
 エヴァは皿の上にポテトサラダやフルーツをラケルに取り分けてもらっている時にそう言った。彼女は目は見えなくても、ほとんど日常生活に支障はなかったけれど――それでも流石に、彼女の超感覚能力をもってしても、お菓子に入れるべき砂糖の分量をピタリと当てたり、卵の焼き加減を調節するのまでは難しかったのである。
 一方ラスは、包丁を手に握らせると必ず指を切ったり、パンを焼かせると火傷したりで、ラケルの仕事の量がむしろ増えるということがこれまでにわかっていた。そんなわけで実際のところ、<教育上必要>との名目から食事当番がおのおのに割り振られてはいたものの、むしろラケルがひとりで料理したほうが効率的とも言えたのである。
 子供たちは、自分の食事が終わると、皿の汚れなどを落として、食器洗い乾燥機にきちんと食器類をセットするということになっている。メロはソーセージにチョコ・マフィンを食べながら、セスが読み終わった新聞に軽く目を通していたが、食事が終わると食器洗浄機に自分の使った皿を入れて整理した。そして冷蔵庫の中から板チョコレートを箱ごと持って、別の部屋へいく。
 ここで、朝早くからランニングをして一汗かいたティグランが食卓に顔を見せる。彼はメロとも誰とも挨拶せずに席に着き、そこに並んだものを適当にとって食べはじめていた。ラケルは毎日のように「卵を焼きましょうか?」と彼に聞いたけれど、ティグランは「いえ、いいです」と素っ気なく答えるのみだった。
「ティグランも、いくら今の状況が気に入らないからって、挨拶くらいしなさいよ」
 エヴァは彼女の好きなフルーツサラダを口に運びながら、自分と反対側の席についたティグランにそう言った。ラケルが見ているに、年齢ということは関係なく――エヴァは十六歳、そしてティグランは十七歳である――セスが子供たち全員のお兄さんで、エヴァがお姉さんといったような役どころなのだろうと思っていた。
「べつに。あいつのことを念動力で壁に叩きつけてやってないだけでも上出来だろ?第一、これ以上俺に何をどうしろっていうんだ」
「何かをどうしろなんて言わないけど……せめて必要最低限の礼儀を守る義務くらいあるでしょう?ティグランが今食べているものだって、あなたが作ったっていうわけじゃないんだし」
「朝っぱらから説教かよ」
 ティグランは思いきり顔をしかめると、手に持っていたマフィンを皿に置いて、そのままダイニング・キッチンから出ていってしまう。正直いってこういう時、ラケルにも何かをどうするということは出来ない。ただ、少し時間を置いてから彼の部屋に食事を届けようと、そう思うだけだった。
「わたしが悪いのよ。ティグランが怒るのも無理ない……」
「それとこれとは別のことじゃないの、ラス。ティグランはこれまでルーにべったりだったから、むしろ巣離れするいい機会くらいに思わなきゃ」
(そうかしら?)と、ラスは親友の言葉を疑問に感じる。自分だってカイがいた頃は、彼にべったりだった。けれどそのことを誰かに「そろそろ巣離れしたほうがいい」などと、言われたことは一度もない。
「いい?まず第一にあなたとカイは両想いだったっていうところからして、ルーとティグランとは違うのよ」と、ラスの心中を察したようにエヴァが言う。「もしティグランの気持ちがルーに伝わってふたりが恋人同士になれるならいいけど、ルーはティグランのことを友達以上には思ってない。だったら、仕方がないじゃないの。ティグランのルーに対する愛情っていうのは、言ってみればお母さんアヒルの後ろを追いかけるヒナの子供みたいなものなんだから――本当はそろそろわたしたちも大人にならなきゃいけないのよ」
「うん……」
(でも、大人っていえるほどの年齢までわたしたちは生きないじゃないの)とは、ラスには言えなかった。エヴァは親友としてルーからも色々彼女の本当の気持ちを聞いているはずだ。そして自分の口からメロとそういう関係になったと聞いても――「よかったじゃない。カイがいなくなって、ラスがどうなるかと思ったけど、そういう人が出来たなら、わたしも安心だもの」と彼女は言った。でも実際のところ、エヴァは表面的に見た以上に色々なことをわかっているのだと、ラスにはわかっていた。
『誰も言わないから、僕が代わりに言わせてもらうけど』と、ロンドンからウィンチェスターのこの城館へ移ってきた時にセスは、彼女に対してそう言った。『もともと、君のカイに感じていた感情っていうのは、恋愛感情なんかじゃないんだよ。カイもべつに、ひとりの女として君のことを見ていたっていうわけじゃないだろう……彼がラス、君に持っていた感情っていうのはね、妹に対するのと同じようなものなんだ。でも君がそれをねじ曲げて解釈してたから、折れやすくて傷つきやすい君につきあって、恋人同士の振りをしてくれてたんだよ。だから、メロとそういうことになったんなら、ここからが本当に一からのスタートだと思って、他者と関係を築くってことを君も学ぶんだね……最初に言っておくとすれば、僕はルーとティグランの味方だよ。いかにも居心地の悪そうな顔をしてる君のことを見ながら、楽しませてもらおうと思ってるから、そのつもりで』
 言い方は違っても、エヴァが今言ったことは、セスが言ったことと意味合いにおいては同じなのだとラスは思った。自分がカイに感じていた感情が恋愛感情じゃないとは、自分でも思わない。ただ、エヴァには――本当はわかっていたはずだと、ラスは思った。カイが本当の意味でひとりの女として自分のことを見ていたわけじゃないというより、一種の同情として優しくしてくれるのを自分が捉え違いをし、都合のいいように解釈していたということを、彼女はわかっていたはずだった。
「ねえ、何時頃にお出かけできそうかな?」
 Lのためのスイーツの数々をこしらえるラケルのエプロンを引っ張りながら、ボーはそう言った。彼はもともと空気があまり読めなかったので、自分のまわりが険悪な雰囲気になっても、自分にその火の粉が降りかからない限りは、平然とした顔をしていた。何よりも、今彼はラケルに夢中で、それこそエヴァが言ったとおり――お母さんアヒルについていく子供のヒナのように、彼女にくっついて歩くことが多かったのである。
「そうね。まずは今焼いてるアップルパイとメイプルバナナケーキと、それにレモンスフレが出来上がったら、出かける準備をしましょう」
「あ、じゃあ僕がまた持っていってあげるよ。Lおじさんに甘い食べもの」
「えっと、その前にまずティグランに朝食を持っていってあげなきゃ。あの子、ほとんど何も食べずに上に上がっちゃったでしょ?朝から十キロもランニングしてるから、きっとお腹がすいてるはずだと思うの」
「それはわたしが持っていくわ」と、目が見えないにも関わらず、器用に食器洗浄機に皿をしまいながら、エヴァが言った。「さっき、なんとなく感じの悪い態度をとっちゃったから、一応あやまっておこうと思うの。『人生は憎みあっていいほど、長くはない』……これがエッカート博士の口癖だったのよ。だから、ホームではみんな、喧嘩してもすぐに仲直りするようにしてるの」
「そう……じゃあエヴァ、お願いね」
 ラケルがトレイの上に色々乗せたものをエヴァに手渡すと、彼女はまるで目が見えているように、真っ直ぐ歩いてリビングから出ていった。エヴァの場合、歩数を数えたりしなくても、どこに何があるのかは大体のところ感覚のみで理解できるのだという。
「じゃあ、やっぱりLおじさんには僕がスイーツを持っていってあげるよ。そしたらラケルは楽ができて、僕はいい子……そうだよね?」
「うん、そうね」と、笑って言いながらも、ラケルはまたこれでLと話すきっかけがなくなると思ったりもした。きっかけも何も、何か話がしたかったら、彼の部屋まで入っていけばいいだけのことだけれど――(せっかく今日は、手抜きしないで色々作ったのに、残念だわ)と思わなくもない。でも、自分にはこれからまだ起きてこない子(ニア)と起きてるけどどっか行ってる子(ラファ)の面倒をみるという仕事も残っている。時間短縮のためにはやはり、ボーにLのいる部屋までスイーツを運んでもらう以外にないようだった。



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【2008/09/20 03:03 】
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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(4)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(4)

「いてててて!このクソジジイ!!いいかげん、離せよ!」
「いいえ、離しません」と、Lは城の地下室に向かいながら言った。地下へ続く扉の前に、コンソールテーブルがあり、そこに燭台と蝋燭とマッチが置いてある。Lはラファエルに火を点けさせると、その真鍮の燭台を彼に持たせることにしたのだった。
「……なんだよ、俺べつにモーヴの奴に用なんかねえよ」
「用があろうとなかろうと、関係ありません。あなたはまだ全然眠りたくないようですから、それなら彼の元にいるしかないということです。わたしはまだ仕事がありますし、他の人たちはみんな眠ってますから、あなたが誰にも迷惑をかけないためには、これしか方法がありません」
「ちぇっ。つまんないの……モーヴってこっちが話しかけない限り、何もしゃべらないから、面白くないんだよ。それくらいなら、自分の部屋に戻って寝るよ」
「いいえ、あなたの言葉は信用できません。この間もそう言って、こっそり寝室を抜けだしたでしょう?こんな広い城でかくれんぼをしていられるほど、わたしは暇じゃないんです……今夜は眠くなったらモーヴにベッドを借りて寝てください。そうしたら、彼は夜が明けた頃に、あなたを部屋から追いだすでしょうから」
「……………」
 ラファエルは黙りこむと、ムスッとした顔つきのまま、冷たい石の床を下りていった。Lはいつもどおり裸足だったが、彼は常人よりも足の裏の皮膚が厚いのかどうか、全然平気なのだという。ラファはニアのお下がりの白いパジャマを着ていたが、足にはきちんと運動靴をはいている。さもなければ、とても寒くてやっていられない。
「夜分すみませんがモーヴ、この子の面倒を見てもらってもいいですか?」
 コンコン、と厚い鉄製のドアをノックしたあとで、室内に入りながらLは、色素性乾皮症(XP)のために、昼間は外に出られない青年にそう聞いた。一般に紫外線(UV)には、細胞内の遺伝子であるDNAを損傷する作用があるのだが、普通の人であれば、すぐにその損傷を修復させる能力がある。だが、XP患者はDNA損傷部位を修復する機能が遺伝的に低下しているため、DNAレベルの損傷が固定化され、異常細胞、つまりがん細胞が増殖し、皮膚ガンが発生してしまうのである……このため彼は、昼間は日の光に当たらぬよう寝て過ごし、夜になると起きて活動するという生活パターンを繰り返しているのだった。
「それは、構いませんが……」と、モーヴ・カークランドはまるで吸血鬼のような蒼白い顔で言った。彼の細い手には絵筆が握られ、キャンバスには蘭の花が描かれている。それを見てすぐにLは、ジョージア・オキーフの絵を思いだしたが、見ようによっては女性器を連想させるとは、口に出しては言わなかった。
「でも、ラファにはきっと退屈だと思いますよ。僕は絵を描くしか能のない、つまらない人間ですからね」
「それだけ、才能があったら十分じゃないですか」
 モーヴが本物そっくりの贋作だけでなく、彼にしか描けない独自の芸術的手法を会得していることを、Lは知っていた。ちょうどピカソがそうであったように、モーヴはその気になれば気の遠くなるような細密画を描くこともできたのだが、彼が本当に心から望んで描くものは、彼自身が『ドリーミング』と呼ぶ世界だった。絵それ自体は、幼稚園児か小学生にでも描けそうな感じさえするのだが、同時に極限まで単純化されたその線や色使いには、見る者の魂を震わせる<何か>があった。モーヴの絵を見た人は大抵、これと同じ景色をいつだったか夢の中で見たような気がする……そんなうまく説明できない既視感を覚えるのだった。
「これは、ラケルさんにプレゼントしようと思って描いているものです。胡蝶蘭の花言葉、知ってますか?」
「『あなたを愛します』……でしたっけ?」
「いえ、『幸福が飛んでくる』です。確かに、『あなたを愛します』という意味もあるようですが……僕が彼女に絵をプレゼントするのは、単にいつも美味しい食事を用意してもらっているお礼のようなものなので、それ以上の深い意味はありません」
「そうですか。それでは、ラファのこと、よろしくお願いします。わたしは仕事があるので、これで……」
 そう言って、Lは中央にキリストの磔刑像、そして磔刑像を取り囲むように、ルオーの銅版画『ミセレーレ』の並ぶ部屋を後にした。ちなみにミセレーレというのは、ラテン語で「憐れみたまえ」という意味である。
「もしモーヴが、あのおばさんのこと好きになったら、そりゃ不倫だろー?」と、ラファがカウチの上に寝転びながら言う声が聞こえたが、Lは頓着せずに、再び暗い階段を上って自分の執務室へ戻った。先ほどジェバンニやリドナーと一緒に話をしていた応接間――そこにある本棚の前で、ゲーテの『ファウスト』を取りだすと、奥に続く隠し扉が開く。そこは、いかなる情報洩れもウィルス侵入もありえない、何重にもプロテクトが施されたコンピューターのある部屋だった。すぐ隣の応接室は、アールヌーヴォー様式が基調の、いかにもアンティークな雰囲気の室内だったが、ここにはそうした人間味を感じさせるような物は何ひとつ置かれていない。
 今は亡き――というより、<K>の手によって処刑された――ヘルベルト・シュトラッセという建築家が編みだした建築手法により、壁がコンピューターの配線を『飲みこんでいる』のだ。シュトラッセはある時、特殊な『意志』を持つ細菌の培養に成功し、それを自身の建築術に応用したのである。その結果、<有害な電磁波をシャットアウトする>という強力な『意志』を持つ細菌を壁面に張りつかせ、情報の漏洩を防ぐ建物の建造を実現させたのだ。唯一の難点は、石や土壁などの素材が主でないと細菌が短時間で死滅するということだったが、この点についてはワタリがその後、セラミックスにも応用できるよう改良していた。この城館においては、その細菌にとって最適の温度や湿度が一定に保たれるよう徹底的に管理されているが、簡単にいうとすればまあ、外から盗聴器が持ちこまれても、中の会話が<細菌の力によって>聞かれることはないという、そういうことになるだろうか。
(ここまでくれば、わたしが他に打つべき手は……)
 Lは、セントラルヒーティングによって暖房のきいた床の上に座ると、一台のパソコンを前にして考えこんだ。先ほどLは、ジェバンニとリドナーに、自分の知っている<真実>のすべてを話しはしなかった。第一にまず、今のジェバンニにそのことを話すには、彼の心の準備が出来ていないように思われること、そして第二に、あまりに残酷すぎるその<真実>を知らせる権利が、果たして自分にあるのかと自身に問うた場合――Lにもその答えがわからないからだ。それでも、例の『リゲリアン・ムーブメント』の宗教秘儀において、ジェバンニは妊婦のみ三十人、UFOでさらわれる現場を目撃している……そう考えた場合、彼の妹もまたさらわれた当時、妊娠中だったことを思えば、ジェバンニが後で「彼女のお腹の赤ん坊はどうなったんですか?」と、Lに直接聞いてくる可能性は高い。その時にもしLが「わたしにもわかりません」と答えたとすれば、確かにジェバンニは一応納得はするだろう。だが、本当は……。
(人間がラットやウサギで動物実験するのと同じく、<K>の組織は赤ん坊も使って人体実験するのだと、教えていいものかどうか……)
 結局、Lの中では、そこまでのことは教える必要はないということで、答えがでた。それともうひとつ、ジェバンニの妹が特に手のこんだ手法によって地上に戻された理由についても、
(教える必要はないだろう……)
Lはそう判断していた。そしてパソコンのキィをパタパタと叩き、そこに一枚の写真――ブロンドの髪の、美しい女性の絵を映しだす。彼女の名前はイヴ・ローライトと言い、女優のエヴァ・ガードナーによく似た面差しの美人だった。それもそのはずと言うべきか、<K>の母親は女優のエヴァ・ガードナーのクローンで、髪と瞳の色だけローライト博士好みに変えられた女性だったのである。レオンハルト・ローライト博士率いる最先端の科学研究コロニー、<エデン>では、数百人いる科学者たちがみな、そのような手法で結婚することがよくあった。彼らは自分たちのことを『選ばれた、特別な人間』だと自負しており、地上から好みの女性をタイタロンでさらって来、記憶抹消後に結婚……といったようなことを繰り返していたのである。当時、女性の科学者というのは数が少なかったし、すでに結婚している者が、その後離婚するような場合――妻である女性の記憶が消されて地上へ戻されるということになった。ようするに、<エデン>という科学研究所はほんの一部の優秀な女性を除いては、完全に男性優位の社会を地下コロニー内で形成していたのである。
 だが、ローライト博士は自分の妻のイヴをとても愛しており、優生学の頂点にいるような彼が、実際にはもっとも軽蔑する方法によって、イヴは自然妊娠し息子のカインを生んだ。これが<K>である。カインは遺伝子など一切操作されず生まれたにも関わらず、他の遺伝子操作された科学者の息子――人為的な天才児――に比べても、ずば抜けて賢かったという。そして彼が十三歳の時、イヴは再び、今度は遺伝子操作された赤ん坊を妊娠する。それが<L>だった。
 ローライト博士は、長年人工子宮の開発に打ちこんでいたが――遺伝子操作については、すでに研究が完成していたので――女性の子宮なしに赤ん坊を誕生させるのは、やはり難しかった。そこで、自分の遺伝子工学の最高傑作である<L>を、最愛の妻であるイヴに妊娠させたというわけである。<A>であるアダムから数えて、<J>のヤコブまで、全員人工子宮によっては長く生きられなかった。というより、最後の<I>(イサク)や<J>(ヤコブ)は、きちんと人工子宮で十か月以上順調に育ったにも関わらず……保育器に移してから数日後に死亡してしまった。そこでローライト博士は、<K>は自分の肉の息子の頭文字であるとしてそのアルファベットは使わず、次は<L>と名づけた遺伝的にハイブリッドな受精卵を、イヴの子宮で育ませたというわけだ。
 だが、この<L>という赤ん坊が胎内にいる頃から、イヴは精神病の兆候が見られるようになる。幻覚や幻聴などを見たり聞いたりするようになり、自分は「悪魔の子供を身ごもっている」と、しきりに口にするようになった。もともと、クローン人間は、偽の記憶を植えこまれているせいもあって、そこにコンピューターでいうところの一種のバグが生じると、精神病などにかかりやすかったのである。カインは最初、弟が出来たと聞いて素直に喜んでいたのだが――優しくて美しい自分の母親が、お腹だけ膨らんだ栄養失調児のように衰えていくのを見て、大きなショックを受ける。そして<L>を出産後、ひとりの世界に閉じこもってブツブツと呟くことしかなくなった母親を、カインは自分のその手で殺害した。
 これが地球上でもっとも科学の進んだ、地下コロニー<エデン>の、悲劇のはじまりだった……カインの父親であるローライト博士は、自分の妻の頭がおかしくなったとわかるなり、以前にあった愛情はどこへやら、彼女のことを出産の道具としか見なさなくなったのである。
 カインがその後<エデン>の乗っとりを計画し、その手はじめに自分の父親を血祭りに上げたのは、このことが原因だっただろうと、ロジャーはLに言った。
「これはわたしとキルシュの推測の域を出ないことではあるが……彼は十三歳とは思えぬくらい賢い少年だったから、大人たちがしている汚いことを、どこかで知ってしまったのだろう。そこで、自分というひとりの人間を支えるアイデンティティのようなものが、一気に崩壊してしまったのかもしれん。なんにせよ、彼は人造人間を製造する過程で、不良品であるとして捨てられた初期のナンバーに手を加え、彼らをプログラムし直して、研究所の職員を全員――わたしとキルシュのふたりを残して殺害した……地獄絵図というのは、まさにあのことを言うのだろうと、わたしもキルシュもそう思ったよ」
 Lがワタリから<真実>を聞かされたのは、十三歳の時だったが、それでもワタリの言葉にはまだ何か隠している節があるとLは思っていた。それで、ワイミーズハウスで施設長をしているロジャーに「どんなに残酷でも構わない、本当のことが自分は知りたい」と詰め寄ったのだ。その時Lは十五歳だったが――ロジャーがLにすべてを話したことで、その後ワタリとロジャーは激しい口論になったという。だがそれでも、最終的にLは本当のことを知ってよかったと思った。
 そして、Lが何故ワタリとロジャーのふたりだけ、<K>は生かしておいたのか聞くと、彼はこう答えた。施設長としての部屋で、マホガニーの机の上に両手を組みながら。
「エデンにいる様々な分野の研究員で、唯一結婚していないのが、わたしとキルシュだけだったからじゃないかね。キルシュは戦争で婚約者を亡くして以来、二度と誰とも結婚したいと望んでいなかったし――わたしも、自分好みの花嫁を地上からさらってきて結婚したいなぞとは思わなかった。口に出して言うことはしなかったが、おぞましい異常なことだと内心では思っていた。おそらく、その点が<K>に評価されたのかもしれないな」
 Lは、ロジャーがワタリと同じく、魂に痛みを抱えた人間であることを知っていた。彼は第二次世界大戦で、おもに心理学的な分野でヒトラーに協力していた過去がある……彼の精神鑑定を受けると、誰が裏切り者となりうるかがはっきりしたし、どの人間をどの部署に配属するのがもっとも適切で効果的であるかについても、ヒトラーはロジャーの精神鑑定の結果を見て決めていたのである。だが、祖国愛から一時的な熱情にかられて、ナチスに協力したことを――彼は悔いて一度は自殺しようとしたことがあった。彼が<エデン>を率いているレオンハルト・ローライト博士に拾われたのは、ちょうどそんな時である。そして英国で発明家として名を馳せていたキルシュ・ワイミーも……彼の研究している事柄の中に、<エデン>の研究者たちが興味を引かれるものがあったために、アイスランドの地下施設へタイタロンでさらわれたというわけだ。
 ロジャーとワタリはその後、<エデン>へ来た時期がほとんど同じだったこともあり、大の親友になった。そして今も彼は、キルシュが婚約者を亡くして以来、もう一度心から誰かを愛するようになったことを――心から喜んでいた。
「ロジャーにも、そういう人を作ることが、その気になればできたんじゃないですか?」
 十五歳のLが、どこか大人びた口調でそう聞いた時、ロジャーはただ首を振っただけだった。ワタリをもし自分の父親であるとしたら、Lはロジャーのことは血の繋がった叔父のように感じていたといっていいかもしれない。
「わたしは、一度死んだ人間なんだよ。うまく説明できないが、エデンに行く前、確かにわたしの魂は一度死んだんだ……にも関わらず、命根性汚く、肉体だけ生きているような、そんな感じだね。我ながら、なんとも浅ましいことだと思うが」
「……………」
 この時、Lはロジャーの深い孤独と、贖罪の気持ちから幸福を拒んできたその生き方が、理解できるような気がしていた。ワタリから<真実>を聞かされて以来、Lも彼とまったく同じような種類の、他の誰にも救うことのできない心の闇を抱えていた。だが、誰か他人の心の闇が、別の人間にとっては光となりうることもあるのだと、Lはこの時初めて知った。それなら、いまはただ闇雲に<K>という見えない敵と戦っている自分の心の闇も、誰かにとっては光となりうるかもしれないと思ったのだ。
(あなたのことを、「お母さん」と呼ぶことは、わたしには出来ませんが……)
 Lは、ロジャーが描いてくれた、写真のように精緻に描かれたその絵――自分を出産することになったために、気が狂ったという代理母の絵を見ながら思う。遺伝子的に、多くの優秀な人間の掛け合わせである<L>は、特定の誰かを父と呼ぶことも母と呼ぶことも出来ない身の上だった。それでも、ただの偶然の一致であるにせよ、自分の今の妻と呼べる女性は、髪が彼女と同じ金髪だった。ワタリから真実を聞かされて以来、自分は一生誰とも結婚しないし、そんな小さなことは苦痛でもなんでもないと感じていたLではあったが――それでも(もし)と考えることがただの一度もなかったといえば、それは嘘になる。
(それでももし、誰か結婚するような女性がいたとしたら、黒い髪の女の人がいい)
 漠然とではあるけれど、小さな頃からそんなイメージがLの中にはあった。けれど、実際に結婚したのは金髪の女性で――なんとなく面差しがどこか、ロジャーの描いてくれた胎の母のイヴと、ラケルは似ていなくもないのだ。
(母を求める心が、無意識のうちにもわたしの中にはあったという、そういうことなんでしょうか……)
 育ての母親としては、Lにはスーザンという女性がいる。彼女は凄腕のナニーとしてその業界では有名な人物で、Lとひとつ違いのエリスを連れて、ワタリと結婚したのだった。けれど、スーザンは精子バンクからIQが200の優秀な男性と自分の卵子を受精させてエリスを生んでいたので――血の繋がった母と娘の関係は時に微妙で複雑なことがあった。Lとしては、彼女たちが紛れもなく血が繋がっている以上……そこには入りこめないし、ふたりの関係の邪魔をしてもいけないのだとずっと思っていた。そしてワタリは、そうしたLの気持ちも深く察してくれた上で――彼に対して血の繋がった父親とまったく同じ愛情を示してくれたのだった。
 けれど、残酷な真実を知らされた当時、Lは結局のところワタリが自分を愛してくれたように思ったのは、ただの贖罪の気持ちからだったのではないかと、一時期ひどい人間不信と孤独に陥ったことがある。もっともその後、ワタリのLを想う気持ちが、血を分けた息子を思うにも等しい、あるいはそれ以上のものだと、Lはより強い絆をワタリに感じるようになるのだけれど――今、自分が他の誰かに「真実を話すべきか否か、また話すとしたらどこまで話すべきか」という立場に立たされてみると、ワタリの苦悩というものがいかに深いものであったかを、Lは思い知っていた。
 そしてLが、イヴ・ローライトの絵を閉じ、<K>に関する別のファイルを出そうとしていると、何もない白い壁に映像が表示された。すぐ隣の応接間に、ラケルが現れたのだった。部屋に侵入者があった場合は、こんなふうに自動で映像が表示されるようになっているのだが――彼女の手に、スイーツらしきものが何もないのを見て、Lはがっかりした。時刻は今、午前五時である……(ラケル母さんの、忙しい一日がはじまった。まあ、そんなところですかね)、Lはそう思い、軽く溜息を着いた。何しろ、今この城館には、メロとニアを含めて、色々と複雑な事情を持った子供たちが、全部で十人もいるのだ。近ごろどんどん彼女のスイーツの量と質が落ちていっているように感じるのは、ある意味仕方のないことかもしれなかった。
(それでも、なんだかわたしに対する愛情まで十分の一になったように感じるのは、甚だ遺憾です……)
 そう思ったLは、床から立ち上がると、本棚でカムフラージュされたドアを開いて、隣の部屋へ戻ることにした。
「わたしのスイーツ、まだですか?」
 いくら、子供たちも手伝ってくれるとはいえ、十人分の朝食をこれから用意するラケルに向かって、スイーツの催促をするのは無理があると、L自身もよくわかっている――それでも、スイーツの量と質は落ちても、自分に対する愛情は変わっていないと確認するために、あえてそう聞いた。
「えっと今、ルーが食事の仕度を手伝ってくれてるから……そうね。あと一時間か二時間もすれば、誰かがまたここまで運んでくれると思うわ」
「そうですか。忙しいのはわかってますが、最近どうもスイーツが量的にも質的にも、味が落ちてきてると思うんです。しかも、この部屋まで運んでくるのも、子供たちのうちの誰か……きのうなんて、一度もあなたの顔を見てないような気がしますが、その点についてラケルはどう思っているんでしょう?」
「どう思うって言われても……顔が見たかったら、Lが中央にある広間とかリビングに来たらいいんじゃない?きのうだって、わたしがお夜食用のスイーツを運ぼうとしたら、ボーくんが持っていってくれるって言うんだもの。みんな、お互いに気を使いあったり、協力しあったりして暮らしてるんだから、Lも少しは妥協してくれないと、あたしだって困るわ」
「なるほど」
 そう言って、Lは空腹を紛らわすのに、シュガーポットの中から角砂糖をひとつ摘んで食べた。ラケルは、先ほどジェバンニやリドナーがいた時にLが食べ散らかしたものを片付け、食器類などをすべてワゴンに乗せている。
「ところで、わたしちょっと今傷ついてるんです……慰めてくれませんか?」
「今じゃないと、どうしても駄目なの?」ちらっと、部屋の隅の柱時計に目をやりながら、ラケルは言った。朝食の用意をすべて任せられるほど、ルーはまだ料理をあまり覚えていない。
「駄目なんです……十分でいいので、ちょっとそこのソファに座ってください」
 しようがないわね、というように軽く溜息を着いているラケルを見て、Lはほっとする。そして彼女がロイヤルブルーのビロード張りのソファに座ると、自分は残りの空いたスペースにころりと横になった。
「十分たったら、教えてください」
 ラケルの膝の上に頭をのせると、Lは眠ったふりをするように目を閉じながらそう言った。そして彼女が髪の毛を梳いてくれるのを気持ちよく感じながら、日向ぼっこしている猫が体を丸めるように、ラケルの太腿に顔をすりよせる。
「♪」
 L自身は、これまで誰かにはっきりと「自分のことを愛してほしい」という意思表示を行ったことが一度もなかった。ワタリに対してでさえ、愛情がほしいという積極的な行動をとったことはほとんどない。ただなんとなく相手の顔を見て、無意識のうちにも「それが欲しい」という態度をとること――愛情面において、一番積極的な態度といえるものが、Lにとってはそれだった。しかもこうした態度をLは、ワタリにしかとったことがなかったし、その上それは幼少期の極短い期間のみにしか現れたことはなかった。ワタリはそのLの微妙な心理をミリ単位で理解して愛してくれたといってよかったけれど――唯一Lはラケルに対してだけは「なんだか、甘えたい気分になってきたので、そこに座ってください」と言って、膝枕を楽しんだり、「わたしの傷ついた心を癒してください」と言っては、彼女の手をとってベッドに連れだすことができた。
 ラケルにしてみれば、Lが単にふざけているのか、それとも本気でそう言っているのかが、その度によくわからなかったけれど――いつも結局彼の言うなりになってしまうのには、やはりそれなりに理由がある。その内容について詳しいことはわからなくても、彼が人の命に関わる大切な仕事をしているといったこと以上に、根源的な問題として、<深く傷ついている>ことが彼女にはわかっていた。それも、何か一時的にショックな出来事があって心が傷ついているのではなく、随分前から絶えずそこに痛みがあって、それを紛らわすために時間を忘れるくらい仕事をしているといった種類の……言葉ではうまく言い表すことの出来ない、<魂の痛み>とでも言えばいいだろうか。
 それは<L>がLであればこそ耐えうる痛みなのだけれど、誰か他の人間がその十分の一でも肩代わりしようとしただけで――その重みに普通は押し潰されてしまうだろうことが、ラケルにはよくわかっていた。そしてそんな彼がもっとスイーツが欲しいと言い、最近その量と質が落ちていると言っている……ようするに、さっきLが言った「その点についてラケルはどう思っているんでしょう?」というのは、言い換えるとすれば愛情不足についてどう思っているのかということになる。
 ラケルは、そろそろ十分という時間が経過しても、Lになんて言ったらいいのかがわからなかった。今日からスイーツは必ず自分が運ぶようにするというのも、これからはその質と量の向上に努めるよう誓うというのも、なんだかおかしい……というより、それは事実上、物理的に実現不可能な口約束だった。
「ねえ、L。もう十分よ」
「そうですか……もうそんなになりますか」
 仕方がないと思ったLは、パチリと目を見開くと、ソファの上に起き上がった。そしてぼりぼりと頭をかき、ちょっとの間拗ねたように両膝を抱えたままでいる。
「L、ちょっとこっち向いて」
 はい?といったように、彼が首だけまわすと、ラケルはLの唇にそっとキスした。
「うちには今、問題のある子たちが十人もいるの。問題があるって言っても、決して悪い意味でっていうわけじゃないけど……スイーツの量と質が落ちたことについては素直にあやまるわ。でもわたし、本当に腕が十本あっても足りないくらいなの。そのこと、わかってくれるわよね?」
「ええ、もちろん……」と、少しはにかんだように、Lは急に目を逸らしている。いつもなら、彼はこちらが気詰まりなくらい凝視してくるにも関わらず。
「ところでラケルは気づいてますか?あなたのほうからわたしにキスしてくれるのは、わたしからするよりもずっと少ないんですよ」
「そうかしら?」
ラケルはワゴンの上に食器類を乗せ終わると、テーブルの上を拭いている。
「そうです。これまでにわたしが7319回あなたにキスしてるにも関わらず、あなたのほうからわたしにキスしてくれたのは、たったの1021回だけです」
 ラケルはLの言った数字を適当なでまかせだろうと思ったけれど――実際、Lはその回数を数えていたのだった。だが、ラケルはそれを冗談として受けとめ「じゃあ今ので1022回ってこと?」と、笑って言った。
「ええ、そういうことです……」
 Lはシュガーポットから角砂糖をまたもうひとつ摘むと、それを口の中に放りこみ、部屋から出ていこうとするラケルのエプロンをつかむ。
「自分からするのと、あなたのほうからキスしてくれるのでは、全然意味が違うんです。この違いが何故か、わかりますか?」
「L、お願いだから離して。もう本当にいかないと」
 それでもLは強い指力で、ラケルのエプロンを離さなかった。ソファから立ち上がると、今度は自分のほうから彼女に何度もキスする。
「……………っ!!」
 そして、ラケルの口の中にとけた角砂糖の味が入りこんできた時――突然バーン!!と応接間のドアが開いたのだった。
「こら、ババア!!仕事さぼってないで、さっさとメシ作りやがれ!」
 ラファエルは一言だけそう言い、また廊下をパタパタ走って戻っていった。十歳の子供に少しだけ恥かしいところを見られたような気もしたけれど、確かにそのとおりだとラケルは思い、急いでワゴンを運んでいこうとする。
「あの子は少し問題があるようですから、甘やかさずにビシビシしつけたほうがいいですよ。あなたは優しいですが、あんまり優しすぎると子供になめられて教育上よくありませんから」
「そ、そうよね。今度悪いことしたら、うんと叱ってやらなくちゃ……」
 ラケルがそう言いながらも、まともにラファエルに対して怒ったことがないのを、Lは知っていた。彼女の三つ編みに編んだ髪を無造作に引っ張ったり、片方の靴をどこかへ隠したり……また、ラファが何故そんなことをするのかも、Lにはわかっていた。彼自身が気づいているかどうかは別としても、メロやニアやその他自分も入れた十人の子供たちに対するラケルの愛情が、博愛主義的に平等であることが彼には面白くないのだろう。それで、特別にラケルが自分にだけ関心を向けてくれるよう、あれやこれや悪戯の手口を新たに開発しているというわけだ。
(確かに、自分だけに向けてくれるはずの愛情が、十分の一に薄まっていたのでは面白くないですからね……その気持ちはわからなくもありませんが)
 ワゴンを押しながらラケルが応接間を出ていくと、もうひとつ角砂糖を口の中へ放りこみながら、Lはまたゲーテの『ファウスト』の本を引き、普段は誰も入れない奥の仕事部屋に戻っていった。誘拐犯の手からラケルが戻ってきたのを喜ぶのも束の間、今度はなかなかふたりきりになれないとは――<神>というのはどこまでも、自分を毛嫌いしているらしいと、そう思いながら……。



【2008/09/20 02:55 】
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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(3)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(3)

「レスリー・マクティアナンは、99.999%の確率で、ジェバンニの妹さんであることが判明しました」
 ウィンチェスターの、百室近くも部屋がある城館の一室で、Lはそう言った。DNAの解析結果の記された紙を、右の親指と人差し指でつまみ、ピラリとジェバンニに対して渡す。
「やっぱり……ですが、一体何故こんなことが……」
 ジェバンニは鑑定書に目を落としながら、愕然とした。そこに記されたデータ的なことは一切頭に入ってこなかったが、それでも早くこの証拠を自分の両親にも見せてやりたくて仕方なかった。
「父さんや母さんにも、早く知らせないと……あの事件があってから、ふたりともすっかり老けこんでしまっていたんです。孫が生まれてくることも、とても楽しみにしていて……でも、レスリーが無事に生きていると知っただけで、どんなに喜ぶか……」
「それは、やめておいたほうがいいでしょうね」
無常な言葉とわかっていながら、Lはあえて無感情な声、そして無感情な顔つきで言った。
「これはまだわたしの推測の域をでないことではありますが――おそらくレスリーさんは、<K>の気まぐれで生きて地上に戻されたに過ぎません。スコットランドに住む御両親も昔かたぎの立派な方ですし、弟さんもエディンバラ大学で医学を専攻している優秀な学生さんのようです……彼らもまたレスリーさんを自分たちの娘であり、大切な姉であると認識している以上、彼女の第二の家族の幸福を壊す権利は、あなたにもあなたの御両親にもないのではないかと思います」
「そんな……ジェバンニはこれまで、妹の生存を信じて、あなたのためにも働いてきたんですよ?それなのに、そんな言い方って……」
 言葉もなくうつむいているジェバンニに代わって、リドナーはLに向かってそう言った。ふたりは今、外観が石造りの城館とはとても思えないアールヌーヴォー調の家具が揃った部屋で、Lと差し向かいになってソファに座っていた。チッペンデール様式のテーブルの上には、ケーキやシュークリームなどのスイーツが並び、Lはほとんど無神経といった仕種で、むしゃむしゃとそれを口許に運んでいる。
「つまり、リドナーの優秀なCIA局員の友人が調べてくれたとおり――レスリー・マクティアナンの経歴自体におかしなところはほとんど見当たらないんです。小さな頃、重症複合免疫不全症(SCID)という病気にかかり、遺伝子治療のために両親や弟とは長く離れて暮らしていますが、18歳の時に日常生活を送れるくらい回復し、二十歳の時にロンドンのモデルエージェンシーに声をかけられ、それ以来モデルとして活躍している……『自分のように絶望的な病気にかかっている小さな子供に、夢を与えたい』。先月、コスモポリタンのインタビューに答えた彼女の切り抜きがありますが、読みますか?」
「妹は、UFOにさらわれた後、一体何をされたんですか!?レスリーがさらわれて、今年で四年目になります……でも、今彼女の実際の年齢は本来の二十四歳ではなく、二十二歳ということになってるんですよ。いや、会った瞬間に僕だって思った。まるで、結婚式を挙げた時の若さと美しさそのままで妹が戻ってきたみたいだって……L、あなたはこのことについて色々詳しく知ってるんでしょう!?教えてください。<K>って一体誰なんですか!?」
「そうですね。<K>というのは……」と、高い位置からドボドボと紅茶をカップに注ぎながら、Lは言った。「一番簡単に説明するとすれば、『リヴァイアサン』と呼ばれる組織の総帥といったところですか。この『リヴァイアサン』という秘密結社には、世界中のそうそうたる面々が名前を連ねています。アメリカ政府を影で動かす実力者やら、ヨーロッパの由緒ある貴族の家系のスーパーセレブ、アラブの石油富豪にノーベル賞を受賞した科学者などなど……彼らはある時は永遠の生命や若さを保つために、またある時は交通事故で死んだ息子のクローン人間を作ってもらうために、さらには自分の子供を生まれながらの天才児として誕生させるために――この秘密結社と繋がっているんです」
「そんなことって……まさか、ありえるんですか。96年に、クローン羊のドリーが生まれた時には、とても騒がれましたが……そのドリーがほんの六歳で亡くなると、今度はクローン技術は危険だと言われ、人間への応用などはとんでもないという見方が一般的になったばかりじゃないですか。それなのに、すでに人間のクローンが誕生してるって、あなたはそう言うんですか!?」
「落ち着いてください、ジェバンニ」と、Lは青いバラの描かれた白磁のティーカップを、口許に運びながら言った。「ようするに、わたしが長年戦っている敵の正体はそういうことなんです。科学の進歩を止めることが誰にもできないように、わたしにも彼――<K>に勝てる見込みは現在のところほんの1%といったところです。しかしながら、原爆を製造した人間のことを必ずしも悪と呼べないように……<K>には<K>の存在意義があるのも確かなんです。たとえば、彼はあなたの妹のことは生かしておいた。このことはおそらく世界の『神』を気どる<K>の、ほんのちょっとした思いつきのようなものだったと考えられますが、以前にもレスリーさんのように美しい女性が一度はUFOにさらわれながらも、記憶のみ末梢されて戻ってきたということがあります。彼女はすぐに警察の行方不明者リストと照合されて、家族の元へ無事帰ってくることが出来たわけですが――今も断片的にしか記憶は戻らず、自分の両親のことも他人のようにしか感じられないといいます。もっとも、現在はすでに結婚されて、幸福な家庭を築かれているのが救いですが」
「じゃあ、レスリーだって、僕や父さんや母さん、家族に会う権利があるはずだっ!!それに、自分の生まれ育った場所や、かつての友人たちの顔を見たりすれば、何か思いだすかもしれないし……そうすれば、偽りの記憶は消え去って、本当の、元のレスリー・ジェバンニに戻れるはずだっ!!」
「今お話した女性と、レスリーさんとでは、事情が違います」と、Lは冷たく突き放すように言った。虚空のような黒い瞳が、ジェバンニのことを正面から見据えている。「彼女の場合は、記憶を失っただけで、記憶のすり替えまでは行われなかったんですよ。だから、運良くすぐに自分の家族の元へ戻ることができた……戻された場所もちょうど、さらわれた場所と同じでしたから、保護されるのも早かったんです。彼女に催眠術をかけて記憶を遡らせてみたところ、突然蒼白い光に包まれて、UFOのようなものに乗せられたと言っていましたが――この光というのはようするにホログラムです。その光があまりに立体的でオーロラのように美しいものですから、大抵の人間は一発でそれにやられてしまうんですね。どういうことかというと、どんなに頑固で超現実主義の、およそUFOや宇宙人の存在なぞ信じそうにない人でも……それを見て、UFOの機内で『汝、選ばれし者』などと言われた途端に、なんでも言うことを聞くようになってしまうということです。もしかしたら、何か特殊な催眠プログラムによって洗脳されている可能性もありますが、基本的に<K>は相手の自由意志を尊重するようにしているようですから、相手の忠誠度が低いように思った場合にはクローン人間とすり替えることにしているようです」
「そんな……じゃあ、可能性として、レスリーがクローン人間だということもありえるっていうことなんですか!?」
「あくまでも、その可能性はゼロではないとしか、わたしには言えませんが……近いうちに、レスリーさんにはかかりつけの精神科医によって催眠治療を受けてもらう予定でいます。やはり、人間の心というのはデリケートなものですからね……ちょうど、健康になってなんとか日常生活を営めるようになって以来、断片的な記憶のフラッシュ・バックが起きて、彼女は長く病院の精神科でカウンセリングを受けているんですよ。そうした複雑な心の過程があることを思えば、やはりレスリーさんはクローンでもなんでもない、ジェバンニの妹さんである可能性が高いわけです。これは、遺伝的に99.9%そうだというのと同じくらいの確率だとわたしは見ていますが、残りの0.1%についてはやはり、<わからない>と答えざるをえません」
「可哀想なレスリー……それじゃあ僕は一体、どうすれば……」
 ジェバンニは頭を抱えこんだ。元の記憶が戻ることが、自分の妹にとってもっとも最善な幸福へと続く道なのかどうかが、彼にはわからなかった。下手に記憶を揺さぶろうとすれば、余計に彼女を苦しめることになるかもわからない……だが、行方不明となってほとんど死んだように思われていた妹が生きていたのだ。どうしたって諦めきれない。けれど、レスリー自身の<本当の幸福>というものを考えた場合、ここは涙を飲んで耐えるしかないのだろうか?
「すみませんが、L。ここまで話を聞いて、わたしにはいくつか不審に思われる点と、わからないことがあるので、質問してもよろしいでしょうか?」
 リドナーは、隣に座る自分の恋人の背中を、慰めるように何度か撫でた後でそう言った。彼女の顔つきは、私情といったものをまったく抜きにした、いつもの仕事をする時の表情に戻っている。
「どうぞ、なんでも聞いてください。と、言っても――<K>についてはわたし自身、よくわからないことが多いんですけどね。彼がどんな人間で、何を考えているのか、情報としてまったくないわけではありませんが、それでもやはりよくわかりません。それでよければ、わたしに答えられる範囲内で答えさせていただきたいと思いますが……」
「まず一点目」と、リドナーはすっかり冷めてしまった紅茶を、一口飲んでから続けた。「Lは先ほど、<K>には<K>の存在意義があると言っていましたが、わたしにはとてもそうは思えません。こんなふうに、ある日突然『気まぐれ』である家族の幸福を壊し、さらに混乱を招くやり方でその人間を元の場所へ戻したり……人道的にとても許せないことですし、言うまでもなく相手が誰であれこんなことをする人間は犯罪者以外の何者でもありません。それとLは原爆の製造者を必ずしも<悪>とは呼べないと言っていましたが、日本の広島や長崎で起きたようなことは、ひとりの人間としてとても許せないことだと思っています」
「わたしの言い方が悪かったようですね。誤解を招くような言い方をしてしまってすみません」と、Lはぼりぼりと頭をかいた。「ただ、わたしが言いたかったのは……原爆が作られる過程を遡ると、最初にそのことに着手した科学者たちには、悪意はなかったと言いたかったんです。もしも彼らに、広島や長崎でどんなことが起きるか最初からわかっていたとしたら、誰も研究を続けようとはしなかったでしょう。ただ、科学の力というのはもともとそういう性質を持っていると、わたしはそう言いたかっただけなんです。今も、クローン技術や遺伝子操作など、倫理的に難しい研究に携わっている科学者の中には、よくこう言う人がいます……『自分の研究が<善>か<悪>かということは興味がないし関係がない。ただ自分は己の学問としての研究を極みまで突き詰めたいだけだ』と。ですが、そうした科学者たちの手から研究の成果が離れた時に、原爆のような悲劇が起こるんじゃないでしょうか。<K>というのはようするに、そういう種類の人間なんですよ。わたしの目から見ても彼のしていることは犯罪以外の何ものでもありませんが、<K>自身がこの世のバランスのようなものを考えているのも本当のことです。たとえば、彼には全世界の戦争を今すぐやめさせるほどの力がある……そして理想の平和な世界をこの世に実現することも、<K>の力を持ってすれば可能なんです。では、何故彼はそれをしないのか?人間には<K>がそこまでしなくてはいけないほどの値打ちが見出せないからなのかどうか、そこのところはわたしにもよくわかりません。ただひとつだけわかっているのは、彼は基本的に人間の『自由意志』というものを尊重していて、自分の邪魔にならない限りは好きなようにさせておき、最悪、この世界で核戦争のようなものが起きた場合――自分が人類全体に救いの手を差し伸べる、救世主として乗りだすつもりでいるのだろうということくらいでしょうかね。まあこれも、過去のデータを元にした分析ですので、現在の<K>自身が何をどう考えているのかは、わたしにもさっぱりですが」
「Lが、<K>には<K>の存在意義があると言ったのは、そういう意味ですか……」
 そんな人間を相手に、Lは何をどうやって戦うつもりなのだろうと、リドナーは不安になる。たとえば、その<K>という男が本気になれば、明日にでも自分やジェバンニはクローン人間と入れ替えられ、L自身のことを殺害する可能性もゼロではないという、そういうことではないのか?
 リドナーは、最初に<L>と接触した時、彼が何故そんなにも素性を隠すのかがわからなかった。いや、もちろん理屈としては理解していたが、それでも互いの間に『信頼関係』のようなものが芽生えた時、せめて非人間的なコンピューターボイスで話すのはやめてほしいと感じた記憶がある。だが、どんなに用心したとしても、そんな<神>にも等しい人間が相手なのでは……リドナーは、<L>という青年の深い孤独を初めて感じ、胸が締めつけられるように苦しくなった。
「他に、何か質問はありませんか?」
 対するLは、どこか飄々した態度で、ドーナツをひとつ口にくわえている。ぽろぽろと粉砂糖が藍色の絨毯の上に落ちるが、彼はそんなことにはまったく頓着せず、ムシャムシャと無造作に次から次へとドーナツを頬張っていた。
「それでは、二点目についてですが……」リドナーもまた、Lに合わせて、あくまでもビジネスライクな口調で言った。「ジェバンニの妹のレスリー個人の記憶の入れ替えについては、それなりに理屈で納得できる部分がありますが、彼女の今の家族については、まったく筋が通らないように思います。第一、そこまでまわりくどいことをして一体その<K>という男に、どんなメリットがあるんですか?レスリーは新婚旅行中にさらわれたわけですが、言ってみればこれから平凡な主婦として幸せになろうとしていた彼女をUFOと呼ばれる乗り物でさらい、その夫のことは血を抜いて遺体だけを捨てている……さらに彼女の記憶をすり替えた上で、偽の家族の元へ戻し――マクティアナン一家の記憶まで洗脳している。いえ、もしかしたら彼らもまたクローン人間なんでしょうか?だとしたら、元のマクティアナンさんたちは……」
「すでに、亡くなられている可能性が高いでしょうね」と、Lは溜息を着く。ぽちゃり、とシュガーポットから角砂糖をティーカップに落としながら。「ジョージ・マクティアナンとその妻のローズ・マクティアナン、そして息子のトム・マクティアナンは、クローン人間である可能性が高い……レスリーさんの場合を見てもわかるように、人間の精神というのは、とてもデリケートなものなんですよ。確かに記憶を一部分だけすり替えるのも、<K>の組織の科学力をもってすれば、可能ではあります……ですが、それでは今後、事態がややこしくなるかもわからない。たとえば、父親と母親とその息子のうちの誰かがある日突然、『うちには娘なんかいないはずなのに』とか、『あんたなんか僕の姉さんじゃない』と言わないとも限らないでしょう?それでは都合が悪いから、最初から完全に記憶処理のされたクローン人間を<家族ごと>すり替えたのだと思いますよ。親戚や友人、近所の人など、都合の悪いことをうまく処理するために、戸籍を変えたり遠い場所に引っ越させたり、彼らの手際はほとんど完璧ですね。マクティアナンさんたちは、誰かにレスリーのことを聞かれた場合、こう答えるでしょう……生まれつきの難病を持った娘のことを、人に知られたくなかった、医者からも到底長く生き延びられないと宣告されていた、とね。第一、マクティアナン夫妻には実際、生後間もなく死亡した女のお子さんがいるんです。ですから、その時期にローズさんは間違いなく妊娠していますし、それでもさらに残る微妙なところは――人間の記憶力など、そもそもそう大したことはないことを思えば、なんとか出来る範囲内ということになるでしょうね。そして、もっとも大きな疑問ですが、<K>はこれに似たようなことを、世界各地で行っています。何故こんなまだるっこしいやり方が必要なのか?それは一言でいうとすれば、すべては保険のため、といったところなんだと思います。たとえば、<K>自身がもっともおそれているのは、アイスランドにあるエデンと呼ばれる自分の地下コロニーを破壊されることですし、そこから離発着するUFO――彼らはタイタロンと呼んでいるらしいですが――の存在を世間一般に知られることなんですよ。そのためにはアメリカやヨーロッパ諸国の、特に国防関係の人間をクローンとすり替えて、情報を操作してもらうのが一番手っとり早い……UFOでさらったオリジナルのほうの国防長官が、必ずしもその次の日から国家の機密事項を操作しようとするとは限りませんからね。そうなると日頃からそのための根回しが必要ということになります。その点、元のオリジナルと記憶だけ入れ替えたクローン人間なら、彼らの思うがままに操作できるというわけですよ」
「そんなことが本当に、可能なんですか……?」信じがたい思いで、リドナーはLのことを見つめ返した。そしてジェバンニも、まだ何か腑に落ちないといった顔つきをしている。
「ですが、レスリーは本当にただの普通の娘だったんですよ?彼女も彼女の夫も、国防省とか何か、国家事業に関係するような仕事に携わっていたわけではありませんし……それなのに何故、僕の妹がこんな目に遭わなくちゃいけないんですか?」
 ぎゅっ、と膝の上でこぶしを握りしめるジェバンニの手が、やりきれないというように、震えている。そのことに気づいたLは、どこまで彼に<真実>を話したらいいだろうと、逡巡した。
「たとえば……そうですね。レスリーさんには現在、とても頭のいい弟さんがいます。お姉さんが小さい頃から重い病気だったために、将来は遺伝子治療の専門チームに入ることが夢なのだそうですが……仮にもし彼が将来的に、<K>の駒として使えそうな医学者に成長したとしたら、そこを彼は利用するつもりなんでしょうね。ようするに、そんなふうにして<K>は国防関係の人間だけでなく、あらゆる分野の科学研究所にも、自分の『伏兵』とも呼ぶべき者を配置させるべく、日頃からこの地上を見張っているわけです。ジェバンニの妹のレスリーさんについては……わたしはこう推測しています。もともとイギリスは、UFOの目撃例がとても多い。何故かといえば、アイスランドからとても近いですからね。先ごろ、英情報機関は、UFOについての興味深い見解を発表しました……そのうちのほとんどは見間違いによるものだという公式の調査書をわざわざ発表したんですよ。なんともご苦労なことですが、これも言ってみればまあ、<K>のやり口のひとつです。そして肝心のレスリーさんのことですが、<K>の組織は日頃から、本物のタイタロンではなく、いかにもUFOらしい物体を世界各地に飛ばしては回収しています……ようするに、これも情報の撹乱のためですが。そんなわけで、世界各地でよくUFO騒ぎが起きるんですよ。ですが、レスリーさんと夫のマイケルさんはおそらく――アイルランドの古城を夜に訪ねて、偶然見てしまったんでしょうね。彼らが隠したがっている本物のタイタロンを……そこで、目撃者がいることに気づいた彼らは、レスリーさんとマイケルさんを捕縛したのではないかというのが、わたしの推測です」
「そんな……じゃあ、ようするに妹は運が悪かったということですか」
「運が悪かったとも、良かったともいえません」Lは複雑な思いで、ティーカップの中身をスプーンでかき混ぜている。「レスリーさんについては、少々手のこんだやり方を<K>はしている……こういうことをするのは、特に<K>が気に入った人間だけです。彼らはまず、捕縛した人間の頭の中身を調べるそうですから――それで、<K>や彼の仲間が値打ちがあると判断した人間については、生きて地上に戻されるチャンスが与えられるようですよ。ただし、彼らの鑑識眼に叶わない者は、ゴミ屑同然に捨てられることになるんです。遺体が見つかるのがまずい人間については、骨ひとつ残らないよう処理する技術が彼らにはありますから……正直、そういう意味でレスリーさんのご主人となった方は、<K>にとってはまったく値打ちがないと判断されたのだろうと思います」
「……………」
 ジェバンニは黙りこんだ。正直、彼も彼の両親も、自動車工場で整備士をしているマイケル・コートニーという男があまり気に入らなかった。週末はクラブでDJをしているという彼は、女性にももてるようだったし(レスリーともそこで知り合った)、ようするによくいる軽薄そうな若者に見えたのだ。けれど、レスリーが妊娠していることがわかっていたので、結婚に強く反対することまでは両親にも兄であるジェバンニにも出来なかったのである。
「最後にもうひとつ聞いてもいいですか、L?」と、リドナーはまだ心の整理がついていないであろうジェバンニの心中を慮って、そう聞いた。本当はまだ、疑問に思うことのすべてに答えてもらってはいなかったが――その質問の中には、今のジェバンニが聞くには残酷なものも含まれていたために、リドナーはあえてこれを最後の質問にしようと思っていた。とりあえず、今の段階においては。
「ここまでのことを、我々に……それも顔と顔を合わせて話してしまってよかったのですか?今までに聞いたLの話でいくと、わたしやジェバンニもまた、ある日突然クローン人間とすり替えられる可能性があるのに……それ以前の問題としても、わたしはCIA、そしてジェバンニはFBIという組織と繋がりのある人間です。もし今聞いた話を、わたしや彼が元いた自分の組織に売ったとしたら……」
「こんな馬鹿げた話、一体誰が信じるんですか?」と、Lはくすりと笑った。その、微かに口角の上がった笑顔を見て、リドナーは彼が笑ったところを、初めて見たと思った。「せいぜい、精神病の初期症状を疑われて、病院へ行くよう勧められるのが関の山ですよ。それか、<リヴァイアサン>という組織の名前を実際に知っている上層部の人間が、あなたたちを消そうとするかのいずれかでしょう。わたしは自分の保身のためだけでなく、あなたたち自身の身の安全のためにも、今聞いたことは誰にも言わないことをお勧めしますけどね」
「……わかりました」
 複雑な顔をして、互いの顔を見合うと、リドナーとジェバンニはLがお菓子を貪り食べているのを尻目に、応接室となっているその部屋から出た。今はもう、真夜中の三時だった。ちょうど午前零時頃に「DNAの鑑定結果が出ました」とLから連絡が入り、いてもたってもいられなかったジェバンニは、すぐにウィンチェスターのホテルからリドナーとともに駆けつけたというわけだ。
「泊まっていってもいいって言われたけど、どうする?」
 重厚な樫材の扉を閉めると、そこはひんやりとした、剥きだしの石壁の廊下だった。応接室は、白い漆喰で塗られていたが、一歩部屋から外に出ると、ここが古い城館だということを、ふたりは思いだす。そして、まずはなんでもいいから暖かい部屋へ移動しようということになり、左右に大理石やブロンズのトルソ像が並ぶ廊下を、居住区の中心となっているリビングに向けて歩くことにした。
 あたりはとてもしんとしていて、なんとも不気味な感じで――いかにも幽霊が出没しそうな雰囲気だった。リドナーは思わず、ジェバンニの腕に自分のそれを絡めていたが、ジェバンニも大体似たようなことを思っていたらしく、微かに苦笑いのようなものを浮かべて、懐中電灯の光をあたりに向けている。
「やれやれ。なんだか本当に中世にタイムスリップしたような気分だな。例の超能力を持つ子供たちは全員、自分の好きな部屋を選んで暮らしてるっていうけど――少なくとも僕は、すぐ隣の部屋に誰かいないと、こんな広い城では眠る気になれないよ」
「あ、もしかしてあなたって、幽霊話とかそういうの、弱い口?」
「まあね。そのわりにオカルト話は好きなんだ。怖いものみたさの心理っていうのかなあ。ようするに、そういうことなんだと思うけど……」
 ジェバンニがそう言った瞬間、大理石のトルソ像から、ちらりと何かが闇の中で蠢いているように見えた。一瞬、目の錯覚かとふたりは思ったが、顔を見合わせると、互いに言いたいことが言葉にしなくてもわかる。
「……ねえ、今の見た?」と、小声でリドナー。
「ああ、見たよ」と、同じくジェバンニ。
 次の瞬間――ふたりの前には、黒のローブに白い仮面をつけた人間が突如として現れていた。そしてその手にはギラリと光る包丁が握られている。
「キャーーーーーっッ!!」
 リドナーの叫び声は、まるでお化け屋敷でのように、廊下の奥へと吸いこまれていった。叫び声を聞きつけたLが、すぐに部屋から出てきたが、それでも廊下を走って一分は時間が経過していただろう。
「ラファエル!またそんな悪ふざけをして……」相手の顔が見えなくても、こんなことをしそうな人間が誰か、Lにはわかっているようだった。
 それでも、ラファエルと呼ばれた子供は、仮面をとろうとはしない。そして包丁を振りかざして、Lに襲いかかる真似をしたのだが、足払いを食らわせられて、石の廊下にズデッ!と転がっている。
「いてててて。何するんだよ、このクソジジイ!!児童虐待で裁判所に訴えてやるぞ!」
「何言ってるんですか。あなたが裁判所に訴えても、わたしは間違いなく勝ちますよ……それより、こんな真夜中に遊んでないで、早く寝たらどうなんですか」
「ふん。DVDできのう『スクリーム』見たからさ、ちょっと真似して驚かしてやろうと思っただけじゃんか。第一、こんな夜中にこの人たちこそ、何コソコソしてんのさ」
 ジェバンニとリドナーは顔を見合わせると、強張った顔がみるみる緩んで、笑いたくなるのを感じた。相手は身長、ほんの140センチ足らずの、小さな子供だったというのに――衣服が闇に溶けこんでいたせいもあって、自分たちはそれを本物の殺人鬼だと、一瞬思いこんでしまっていたのだ。
「いいから、早くこっちに来なさい!」
 Lはパジャマの襟のあたりをむんずと掴むと、ラファエルを引きずるようにして、廊下の闇に消えていった。明かりがなくても彼はまったく平気なんだろうかと思い、ジェバンニとリドナーはまた、互いに顔を見合わせる。そして、手を握りしめあいながらそのまま歩いていくと、城館の中央広間に辿り着く前に、空いているちょうどいい部屋を見つけたので――その夜はそこで一緒に眠ることにしたのだった。



【2008/09/20 02:46 】
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探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(2)
 探偵L・アイスランド編~秘密結社リヴァイアサン~(2)

 ステファン・ジェバンニはその時、ロンドンのオックスフォード・ストリートにある喫茶店で、恋人のハル・リドナーと待ち合わせをしていた。恋人……そう。「僕たちって恋人同士だよね?」などと、言葉で明確に確認し合ったわけではないにしても、ジェバンニはそう呼んで差しつかえない関係を彼女と持っていると信じていた。
『あなたがあの時止めてくれて――とても嬉しかった』
 ヴィクトリア朝時代の家具類や小物類が並ぶ、アンティークな雰囲気の喫茶店内で、ジェバンニは回想に耽っていた。ロサンジェルスで、アリス・リード(ルースリア・リーデイル)の家を監視していた時、彼女の義理の母親役をしていた女性が偶然、かつてリドナーを裏切った元同僚だったのだ。そして、ヒュー・ブレットという自分の恋人を殺されたリドナーは、彼女にいつか必ず復讐することを胸に誓いながらこれまで生きてきたのだという。
『寂しい人生よね』ロスの夜景をバルコニーから見下ろしながら、リドナーはそう言った。ワタリ所有のコンドミニアムに移ってきてからのことだった。『わたし、これまでずっと信じてたの。自分がブリジットに復讐するのは、正当な理由のある正しいことなんだって……でも間違ってたんだわ。あなたが撃たれた時と、その後は、まだ頭に血がのぼっててわからなかったけど……彼女が逮捕されてロス警察のパトカーに乗せられるところを見た瞬間に――こう思ったの。わたし、こんなことのために随分時間を無駄にしてきたんだなって。ねえ、あなたは誰かを殺したいほど憎んだことって、これまでに一度でもある?』
 いや、ないよと、ジェバンニは答えた。ただ職業柄、自分の家族や恋人など、大切な人を亡くした経験のある人のことは、数多く見てきたけれど、と。
『そうよね……あなたはそういう人だと思った。でもわたしはね、あなたとは違うの。一度裏切った人間のことは絶対許さないし、いつまでも執念深く覚えていて忘れないの。だから、ヒューがブリジットと寝たって聞いた時も怒り狂ったわ。ヒューはほんの一時的な出来心だった、許してほしいって言ったけど――わたしは彼に婚約指輪を投げつけてやったのよ。「何故よりにもよってブリジットなの!」って、怒鳴りつけながらね……以来、わたしの人生はあの瞬間から狂ってしまったんだって、ずっとそう思ってた。寝る前には、毎日ブリジットの首をかっさばいてやったり、彼女のことを銃弾で蜂の巣にしてやったところを想像するの。そうすると、とても心が安らかになってぐっすり眠れるのよ……ねえ、こんな醜い女の、あなたはどこが好きだっていうの?』
<クリスタル>という銘柄のシャンパンを飲みながら、軽く酔ったような口調で、リドナーはそう言った。もうグラスに七杯は注いで飲んでいる。
『誰か人を殺したいと思ったことは、僕には一度もないけれど』と、ジェバンニもまた黄金色の芳醇なシャンパンを手にして、バルコニーにもたれながら言った。『でも、捜査で不本意ながらも人を撃ったことは何度もあるし、その家族から恨まれたこともあるよ。どんな犯罪者にだって家族がいたり、親しい友人がいたりするのが普通だからね。自分では正義の捜査をしているつもりでも、割を食うことなんてしょっちゅうだし、そういう時には「なんて惨めで可哀想な人生を送る自分だろう」って、自己憐憫に浸ったり……でも、そんな時にはいつも妹のことを思うんだ。妹のレスリーは、二十歳の時に結婚したんだけど、新婚旅行でいった先のアイルランドでUFOにさらわれてね……みんな、この話をすると僕のことを馬鹿にするけど、妹は今もきっとどこかで生きてるって、僕はそう信じてるんだ。だから、妹が戻ってきた時のためにも、彼女をがっかりさせるような生き方だけはしちゃいけないって、今もそう思ってる』
『妹さんの旦那さんになった人は、全身の血を抜かれた遺体で、アイルランドの古城で発見されたのよね?』
 リドナーはにわかに、仕事をしている時の顔つきになると、ジェバンニの言った言葉を真面目に考えはじめた。これまでは、本当の意味では彼の話すUFO話を真剣に検討したことが、リドナーは一度もない。それに、以前仕事で自分が<吸血鬼>の末裔であると信じる男を取り調べたことがあったので――この犯人は、処女の生き血を集めており、生娘かそうでないかは、血を一口飲めばわかると信じている変質者だった――そういう種類の連続殺人犯に、不幸にもジェバンニの妹は狙われ、その夫となった男性は血だけを抜かれて捨てられたのだろうと思っていた。だが、もう一度最初から、あらゆる見地からこの事件を調べ直してみる必要性があるのではないだろうか?
『一般的な俗説として、宇宙人が地球人の血を抜くっていう話は結構あるんだよ。だから僕は、ブラジルで宇宙人の存在を信じる宗教団体が動物や人間の血を抜いて捧げる儀式を行っていると聞いた時――もしかしたら妹のレスリーも、この宗教団体にさらわれたんじゃないかと思ったんだ。僕はなんとしてでもその捜査にあたりたかったけど、馬鹿正直に話をしたのが悪かったのか、上司はそんな話、最初から取りあってくれなかった。でも、その直後に<L>がその仕事をするのに僕がもっとも適任だって、上司の奴を説得してくれたんだよ……Lは最初から最後まで、誰もが鼻で笑う僕の自説をじっくり聞いてくれてね。そんなこと、本当に初めてのことだった。大抵の人は話の途中で聞くに堪えないって顔をするのに、Lはあくまで真面目に僕の論説の可能性を検証してくれたんだよ。ところでリドナーは、キャトル・ミューティレーションって知ってるかな?』
 リドナーはふう、と溜息を着きながら、首を振った。ここからジェバンニのいつもの長いオカルト話がはじまると思ったからだ。
『キャトル・ミューティレーションって、ようするに動物虐殺ってこと?』
『1970年代にね、家畜の目や性器などが切り取られて死亡しているという報告が相次いだんだよ。事件が起きる前後に未確認飛行物体の目撃報告が多数あることや、死体にレーザーを使ったような鋭利な切断面や、血液がすべて抜きとられているといった異常性があることから――宇宙人の仕業なんじゃないかって騒がれたんだ。そしてブラジルの例のカルト教団のある建物の近くでも、まったく似たようなことが起こっていて、僕もLもまずその点に着目したんだよ。僕は、Lの<盾>として行動し、そのカルト集団――リゲリアン・ムーブメントの信者になり、早速内部調査に取りかかった。そしてわかったのは……血も凍るような真実だった。彼らは生き血をすすることで長生きできると信じてたんだよ。また、人間や動物の体を生贄として捧げることで――UFOが迎えにくるという教義を信奉していたというわけだ。確かに、こんな話を聞いて即座にその教えを受け入れ、信者になろうとする人は少ないだろう。だが、リゲリアン・ムーブメントの信者の数は、当時で世界84カ国に約5万5千人もいた。この謎がどうしてか、リドナーにはわかるかい?』
『わからないわね』
 余計な言葉を差し挟めると、論議が長引いて肝心な話のほうがちっとも進まない――これまでジェバンニとこの手の話をした経験から、リドナーはそのことがよくわかっていた。それで、言葉少なに返事を返したのだった。
『まず、リゲリアン・ムーブメントには、教祖が宇宙人(リゲリアン)から授かったという聖典があった。君は笑うだろうけど、彼らは本気でイエス・キリストが宇宙人だと信じてたんだよ。確かに、旧約聖書のエゼキエル書には、UFOについての記述として読めないこともない箇所があるにしても――僕に言わせればというか、およそまともな脳を持つ人間には、受け入れがたい教えであることには間違いない。なんともおそろしくこじつけられているにせよ、彼らは聖書と、その聖書を正しく解釈したリゲリアンから授かったという<真実の書>のふたつを聖典として信じてたんだ。そして、僕も実際に見たんだよ。妊婦が三十人ほど、UFOに吸いこまれて消える姿をね』
『ねえ、幻覚剤か何かを打たれていたっていう可能性はないの?』
『百%ないとは言い切れないにしても、可能性として低いとみていいだろう……この点については、Lも同意してる。その後僕は、君も知ってのとおり、このカルト教団を撲滅するために――生贄として殺された人間の証拠写真などをアメリカの裁判所に提出した。アメリカには約5千5百人もの信者がいたわけだけど、彼らのうちの何人もの人間がブラジルへ行ったあと行方不明になっていたからね……そしてLが全世界のマスコミに向けて、カルト教団リゲリアン・ムーブメントのおそるべき実態を暴いてみせたというわけさ。もっとも、この事件にLが関与していたと知るマスコミの人間はひとりもいないだろうけどね』
『それで、妹さんのことはどうなったの?教団の過去の記録から、彼女がさらわれたという事実は発見できたの?』
『いや、それは発見できなかったけど……ただひとつ、Lは僕にとても重要な真実を教えてくれた。彼は長年、そのUFOを操っている組織を追っていて、もしかしたらレスリーがどうなったかをいつか知ることができるかもしれないと言ったんだ。その組織――一般にリヴァイアサンと呼ばれているらしい――を壊滅に追いこむことが、自分の使命なのだとも言ってた。だから僕は、その時からFBIの任務を投げだして、Lにどこまでもついていく覚悟を決めたんだよ』
 そのあと、ジェバンニはリドナーと見つめあい、そしてキスを交わした。シャンパンの泡の音が聞こえそうなほどの静寂が、あたりを包みこんでいる。
『君は、ちっとも醜い女なんかじゃないよ。とても聡明で優しくて、僕にとっては可愛い人だ』
『……わたし、いくらあなたでも、あんな修羅場を見せられたあとじゃ、内心どん引きしてると思ってたわ。ねえ、本当にあたしでいいの?いつも仕事をしている時のあたしと、プライヴェートの時では、実際全然違うのよ――冷静な振りをするのも、本心を隠すのも職業上得意だけど、本当のあたしはとても嫉妬深くて、あなたをうんざりさせるかもしれないわ』
『リドナーこそ、こんな気がついたら無意識のうちにもオカルト話ばかりするような奴で本当にいいのかい?きっと友達に紹介したら、ハルは男の趣味が悪くなったって、そう言われることになるんじゃないかな』
 ジェバンニとリドナーは、お互いの瞳の中に互いの真実の姿を見出すと――もう一度キスしあった。微かにシャンパンの味がするのは、自分のせいなのか、相手のせいなのかわからないくらい、深く。そして、それから……。
 ジェバンニの白昼夢は、残念ながらそこで覚めた。赤毛のウェイトレスの女性が、彼の頼んだコーヒーを持ってきたからだった。
 イギリスでは、コーヒーよりも紅茶が美味しいとされているが、彼はついいつもの癖でコーヒーを頼んでしまっていた。味のほうはイマイチではあったが、値段も安いことだし、文句は言えない。
(そろそろ十一時か。待ち合わせは十一時半だけど、まあいいや。僕はもうすでに、人生で一番手に入れたかったもののひとつを、この手の中に抱きしめたんだから……)
 そして窓際の席から、コート姿の道ゆくロンドンっ子を眺めつつ、ジェバンニは最愛の恋人がやってくるのを待っていた。クリスマスの終わった十二月二十七日――メロとニア、そして今では彼らの協力者となった超能力を持つ子供たちは、エリス博士のいる研究所で健康状態などの基礎データを取るために、ロンドンへ移動してきていた。それが終わると今度は、全員ウィンチェスターにあるLの住む城館に移ってきたわけだが、ここでリドナーとジェバンニはニアから休暇をとるよう言い渡される。Lと合流できた以上、仕事の量も減るし、何より今は年末年始だというのがその理由だった。
『最初は交代でと考えていましたが――あなたたちの今の状況を考えると、ふたり一緒に休暇を取らせてあげたほうが、より気の利いた上司ということになるんでしょうね』
 自分よりも一回りも年下の上司にそう言われると、流石にジェバンニも照れるものを隠せなかった。もっともニアは、いつもどおりの無表情で、紙ヒコーキを飛ばしているだけだったけれど……。
 なんにしても、リドナーもジェバンニも、この一か月もの冬期休暇を無駄にするつもりはなかった。その時間を一秒も無駄にすることなく、愛を育もうといったようなことではなく――いや、それもあるにはあるが――せっかくイギリスにいることだし、レスリーの事件をもう一度最初から洗い直してみようということになったのだ。
 まず、新婚旅行中だったレスリーと彼女の夫のマイケルが行方不明となり、またマイケルのみが後日遺体として発見された古城を訪ねる予定だった。今日はこれから、リドナーとふたりでその計画について細かなことをジェバンニは打ち合わせる予定でいたのだ。
 ところが、人もまばらな喫茶店に、常連らしい女性が入ってきた瞬間に――そのジェバンニの予定は大幅に狂うことになる。何故といって、カウンターに腰かけて紅茶を頼んだその若い女性が、彼がずっと探し続けている、妹のレスリー・ジェバンニに瓜二つだったからだ。

 カランカラン、と客の来店を告げるベルが鳴った時、ジェバンニはなんとはなし、そちらへ視線を向けた。そして、手に持っていたコーヒーカップから、黒い液体をこぼしてしまう。
(レスリー!?)
 ガタリ、と彼が立ち上がった瞬間、彼女のほうでもジェバンニのことを見た。けれど、彼のことを<兄>として認識することはまったくなく、首のマフラーをほどいて、カウンターのスツールのひとつに腰かけると、他の常連たちに仕事のことなどを訊ねている。
「……レスリー。どうして………」
(こんなところに)、というジェバンニの心の呟きは声にならなかった。ふらりと、自分の妹のいるほうへ吸い寄せられるように近づき、そして彼女のことを後ろから抱きしめる。
「会いたかったよ、レスリー……」
 この時、またカランカランとベルが鳴って、今度はリドナーが現れた。彼女にしてみれば、つい最近恋人になったばかりの、心から信頼できると思った男が――自分よりも明らかに若いブルネットの美人に抱きついているのを見て、心中穏やかではとてもいられない。
(一体どういうことなのよ!?)
 そう怒鳴りつけてやりたい衝動を、すんでのところでリドナーはぐっとこらえた。何故といって、ジェバンニがスツールに座る女性を抱きしめながら、涙を流していたからだ。
「リドナー……旅行はとりやめだ。何故って、この子が僕の妹だからだよ。彼女を探すための旅をしようと思ったその矢先に、こんなことが起きるなんて……リドナー、これはまさに奇跡だよ。十億分の一くらいの確率の、信じられないような奇跡だ!!」
 この時、リドナー自身はジェバンニよりも冷静に、今のこの状況を飲みこんでいた。まず第一に、当の女性が困惑しきっている表情からして、他人の空似である可能性が一番高いように思われた。それでリドナーは「すみません、お名前をお聞かせ願いますか?」と、ジェバンニが自分の妹であると主張する女性に対して聞いたのだった。
「レスリー・マクティアナンと言います」
「……………!!」
 姓はともかくとしても、名前は一緒……ここまでくると、これがただの偶然だとは、リドナーにもとても思えなかった。
「だって、リドナー」と、店のマスターをはじめ、他の客に変人のような目で見られることも構わず、ジェバンニは震える指でレスリーの首筋を指差している。「僕の妹には、首の、ちょうどここのところに――僕と対になるような感じで、ほくろがあるんだよ。いいかい、見てくれ」
 ジェバンニは突然その場で藍色のセーターを脱ぐと、レスリーの首筋、脊椎よりやや右よりにあるほくろと逆側、ちょうど左よりにあるほくろを、一生懸命首をよじりながら指さした。
「鏡に映さないと、僕の目には見ることが出来ないけど――僕は小さい時、ビニールプールで妹と遊んでいる時に、このほくろを見てね、自分たちは間違いなく血の繋がった唯一の兄妹なんだって、そう思ったんだよ」
「わたしには兄はいませんが、弟ならいます」と、レスリーは戸惑いながらも、そう言った。彼女自身、どう考えても目の前で涙ぐむ男が兄などではありえないと思うのに――奇妙な既視感に襲われているせいだった。「弟は今エディンバラ大学に通ってるんですが、わたしの両親はスコットランドでウィスキーの蒸留所を経営していますし……ですから、あなたがわたしの兄であるはずがないんです」
「そんな、馬鹿な……」
 ランニングシャツを一枚着たままの格好で、その場にへなへなと屑折れるジェバンニを見て、レスリーは何故だかとても気の毒に感じた。最初は、何かの悪徳商法的なヤラセではないかと疑った彼女も、今では生き別れた妹を探す、目の前のeggy guy(イケメン男)に、何か無償で優しくしてあげたいようにさえ思ったのだ。
「その、失礼かもしれませんが、血液型は?」
「B型です」
 レスリーがそう答えるなり、またも力を得たというように、ジェバンニは即座に立ち上がっている。
「僕の妹もB型なんだ!!やっぱり間違いないよ、リドナー。この子はレスリーなんだ。きっと、例のUFOにさらわれてから、記憶を操作されるか何かしたんだ……ああ、でもそうなると赤ん坊はどうしたんだろう?レスリーとマイケルは出来ちゃった婚だったから、新婚旅行してる時にはもう三か月目だったんだ。それでお腹が目立たないうちに急いで式を挙げることになって……」
「すみません、この人ちょっと取り乱してるんですよ」
 リドナーは引きつり笑いを浮かべると、床の上のセーターを取りあげて、「早くこれを着て!」と、ジェバンニに小声で言った。
「わたしたちは、決してあやしい者ではないんです。ふたりとも、警察関係の職員ですし……」リドナーは、いつも携帯しているICPOの身分証をレスリーに見せながら言った。「その、もし差しつかえなければ、ご自宅の住所や電話番号などをお聞かせ願えないでしょうか?この人、きっとあなたが自分の妹じゃないってわかるまで、こんなふうに頭おかしいままでしょうから……出来れば、DNA鑑定をさせていただきたいと思うんです。この場で、毛球つきの髪の毛を一本いただくだけで結構なんですけど……」
「そんなことくらいでいいなら」と、レスリーは快く応じてくれた。そして気を利かせた喫茶店のマスターが、チャック付きの小さなビニール袋をリドナーに渡してくれる。
「ありがとう。この結果については、またあらためてご連絡します」
 リドナーは、レスリーから名刺を一枚受けとると、軽く会釈して、ほとんどジェバンニを引きずるような形で喫茶店から出た。
「レスリー……」
(一体どこまでシスコンなのよ!?)と、そう言いたくないわけではないけれど、やはり事情が事情である。リドナーは彼に革のコートを着せ、さらに首にマフラーを巻いてあげながら、まだ涙目のままのジェバンニに、優しくこう言った。
「とりあえず、レスリーさんのこの毛髪は、すぐにワイミーズ製薬のラボで、エリスさんに鑑定してもらいましょう。これはわたしの推測だけど、おそらく彼女はかなりの高い確率で、あなたの妹さんなんだと思うわ……でも、それなら何故彼女の記憶がないのか、また別の家族のことを自分の家族と思いこまされていることに何かトリックがあるのか、その点をなんとか究明しないと」
「ああ、そうだな」泣いたことで、鼻水の出てきたジェバンニは、ティッシュで鼻をかみながら言った。「それに、このことをLに報告する必要もあると思うんだ。こう言ってはなんだけど、彼は僕以上の変態オカルトマニアだからね……きっと何かいい助言を与えてくれると思う」
「そうと決まったら、早速急ぎましょう」
 リドナーは片手を上げてタクシーを拾うと、ジェバンニとふたりで後部席に乗りこみ、ハーレーストリートのワイミーズ・ホスピタルまで行ってくれるよう頼んだ。ロンドンのブラックキャブと呼ばれるタクシーは、プライバシーを保護するために、運転席側と後部席とはガラス窓で仕切られている……つまり、UFOだの宇宙人だのという話をもししたとしても、運転手が眉をひそめてバックミラーを見たりする心配はまるでないということだった。
「まずは、レスリー・マクティアナンの経歴を調べることからはじめましょう。学校の卒業アルバムに彼女の写真が載っているかどうかとか、細かいところまで調べてみるわ……ちょうど、CIAのロンドン支局に、昔の友人がひとりいるから、彼女に頼めばすぐにわかると思うのよ」
「ありがとう、リドナー。なんだか、君に出会ってから僕の人生は、すべて変わってしまったみたいだ。もちろん、いい方向にっていう意味だけど……でも、申し訳ないね。本当はふたりで旅行がてら、アイルランドの古城を見てまわるっていう予定だったのに」
「何言ってるのよ」と、リドナーはジェバンニの太腿の上に手を置きながら言った。「もしわたしにUFOにさらわれた弟がいて、あなたがそんなことはどうでもいいから、ふたりで楽しく旅行しようなんて言ったら――即刻別れてるわよ。最初はあなたのオカルト好きについてはわたし、欠点だとしか思ってなかったけど……今はもう、そういうところも含めて、あなたを愛してるんだわ」
「本当に?」信じられない、というようにジェバンニは隣のリドナーを振り返る。今までつきあった女性の中で、そんな言葉を言ってくれたのは、彼女が初めてだった。
「ええ、神にかけて本当よ」
 ブラックキャブの運転手は、真っ昼間から後部席のふたりがキスしあっていても、首を振ったりはしなかった。夜の客には、もっとすごいことをはじめる乗客もいるので――それに比べたら、全然大したことはないとしか思っていなかったのである。



【2008/09/20 02:38 】
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