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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(8)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(8)

 メロとジョシュアのふたりが広い学食で、ハンバーガーやポテトなどを食べていると、隣の空いた席に「ハイ」と言ってアリスが座った。
「ルー……じゃない、アリス。こんにちは」
「こんにちは」
 メロも、ハンバーガーを食べながらふたりの親密さに気づかないほど馬鹿ではない。しかも、ジョシュアは最初に「ルー……」と彼女の本当の名前を言いかけたようだった。
(やれやれ。やっぱりアリスってのは偽名か。第一こいつと彼女はそれぞれ、違う国からやってきた転校生ってことになってる。他に共通点は一切ないにも関わらず、かたや学校の落ちこぼれ、かたや学校一の才媛……それで親しいなんて、絶対おかしいだろ)
 意外に今回の任務は簡単なものかもしれないと、この時メロは初めて思った。超能力者だなんて言うから、一体どんな奴らが相手かと思えば……その正体はなんていうこともない、どこにでもいる普通のティーンエイジャーだった。ラスティスもそうだったが、アリスにしてもジョシュアにしても、超能力を持っているというだけで、それ以外は本当に<普通>と何も変わりはないのだ。
「あんた、こいつと親しいのか?」
 食後にチョコレートを一枚食べながら、メロはサンドイッチを食べているアリスに聞いた。彼女は何故か一瞬、ドキリと警戒したように見える。
「え、ええ。ほら、転校してきた時期が一緒だったから……クラスは違っても、お互い印象に残ってるっていうか……」
(嘘ついてんのが見えみえだな)
 メロは最初、例のマトリックス野郎を監視するのが第一の優先事項だと思っていた。だが、他の超能力者と思しき人間と対面してみて、もしかしたらこちらから切り崩したほうが早いのかもしれないと、そう思い直す。
(しかし、ユリ・ゲラーについてどう思うか?なんて聞いたところで、むしろ警戒されるだけだろうしな。暫くの間はこのまま、様子を見ることにするか……)
 もちろん、彼らの能力がどんなものかを試そうと思えば出来ないことはない。だが、それではあまりに危険が大きすぎた。先ほど、ジョシュアが絡まれていた場面から察するに、彼にもし強い超能力が本当にあるなら、何がしかの反撃にでるか、あるいはふたりとも何日か以内に不慮の事故にでも遭っているに違いない……だが、ジョシュアが自分で「暴力は嫌いだ」と言ったとおり、彼は本当にそのように信じているようだった。
(瞬間移動能力があり、自分の足で移動する必要がないから太っていると考えるのは、流石にちょっと発想として突飛すぎるか?だがこいつのこの食いっぷりを見てると、普段から超能力を使ってるので、その反動として異常なほど食欲が旺盛なんじゃないかと思えるんだが……)
 ハンバーガーを二十個ほども平らげるジョシュアの隣にいても、アリスは別段、恥かしくもなんともないようだった。彼の食欲に比べると、アリスのは胃袋の小さいウサギのそれといった感じだが、メロはよもや彼女が、自分のことを意識するあまりちんまりとしか物を食べられないのだとは、思いもしない。
(どうしよう。今言わなきゃ……じゃないとメロのこと、他の女の子に取られちゃうかも……)
 アリスはクラスの女の子たちが、トイレで化粧直しをしながら話していたことを知っている。週末にバーバラの家であるパーティに彼を招待しようと相談していたことや、「彼って超イケてない!?」と、語尾上がりで話していたことを。また自分が手を洗おうとすると、不倶戴天の敵でも見るような目で彼女たちは睨みつけてきたし、モニカに至ってはつい先日までルークに熱を上げていたにも関わらず――「いい男を独り占めしないでよね。最低でもルークかメロ、どっちかにして。そしたらあんたもパーティに招待してあげなくもないわよ」と、ハッキリ言ってきた。
 もちろん、そんなくだらないパーティはこっちから願い下げだった。けれどもし、メロが週末にバーバラのパーティへ行くとしたら……何かがすべて変わってしまいそうだとアリスは思っていた。それで、大麻やコカインといった薬物使用についてメロがどう思っているか、さりげなく聞いてみたかったのだ。もしメロがドラッグ容認派だとすれば、その夜彼はバーバラかあるいは、他のパーティに招待された女の子のひとりと寝てしまうだろう。そんなのは絶対嫌だとアリスは思った。
「あ、あの、メロ……」
 微かに上ずった声でアリスが言いかけた時、すぐ隣でガチャリ、とトレイを置く大きな音がした――彼女の幼馴染みのルーク・フォスターだった。
(ミスター・マトリックスのお出ましか)
 チョコレートの最後の一欠片をぽいと口の中へ放りこみながら、メロは(どうしたもんかな)と思う。正直、ルークのむっつりした顔つきからして、自分の半径五メートル以内に近づくなと書いてあるのがよくわかる……だが、せっかく超能力者が三人も目の前に揃ったのだ。様子を見させてもらわない手はないと、メロはそう思った。
「おまえ、メシ食い終わったんなら、さっさとどっか行けよ」
 ルークはピザを口許へ持っていきながら、いかにも不機嫌そうに眉根を寄せている。それで、メロはやはり席を外すことにした。ルークとジョシュア、それにアリスの三人が食事をしているのをただ観察するのは不自然だったし、とにかくここまで近づいてさえしまえば……あとはもういくらでも、手の打ちようはある。
「あ、メロ。待って!!」
 アリスは、サンドイッチの乗ったトレイを片付けると、足早にメロの後を追った。実際には半分もまだ食事を終えてはいなかったが、ここで彼のことを逃したら、別の女の子が廊下のあたりで声をかけるのは必至だった。
「なんだ?おまえ、まだ半分もメシ食ってないだろ?」
「ちょっと食欲がなくて。そんなことより……」
 アリスが微かに上ずった声でそう言うと、メロは彼女の肩を軽く抱いてカフェテリアを出た。ちらりと肩越しに振り返ると、ルークが怒りの形相でもってこちらを睨みつけているのがわかる――メロはそんな彼と一度だけ視線を交わすと、わざと勝ち誇ったような表情を浮かべてやった。
「……あの野郎!!」
 急いでアリスとメロのあとを追おうとしたルークを、そばで様子を見ていたバスケ部の副主将が止める。ちなみに部のキャプテンはルークだった。
「やめとけよ、ルーク。アリスはどのみちおまえのものにはならないんだから、もっと身近なところで手を打っておけって」
「そんなこと、なんでおまえにわかる?」
 副主将のレイフ・ウィンクラーは軽く肩を竦めながら言う――「なんでもさ」
(というより、おまえ以外の連中は全員わかってるって)
 レイフは、カフェテリアにいた生徒がこちらに注目の視線を投げているのを見て、キャプテンの素行について甚だ疑問に感じる。言ってみればアリス・リードは理系の才媛だ。反してルークは学力の平均が3.5以下の、頭が筋肉で出来たスポーツ馬鹿タイプなのである……レイフは優秀なポイントガードである彼のことを尊敬してはいたが、普段冷静にゲームの組み立てを行える彼が、何故アリスのことになると目の色を変えるのか、皆目見当がつかなかった。
 そこへ、チアガール部のキャサリンとリンダが、レイフとルークの隣にやってくる。レイフはリンダと随分前からつきあっているが、彼女からはなんとかルークとキャサリンをくっつけるよう、耳にタコが出来そうなほど何度も言われている……デートの度に会話の半分以上がそのことで占められていると言ってもいい。
 チアリーダーのキャサリンが、どんなにルークのことを想っていても、彼は彼女には目もくれず、アリスのことばかりを追っている。そしてアリスは、例の転校生のことがどうやら気になる様子だった。
(まあ、もしアリスがあいつとくっついてくれれば、ルークも諦めるだろう。だが、女って奴はせっかちだからな……くれぐれもいじめみたいな真似だけはしないよう、リンダにはきつく言っておかないと。もしキャサリンがその件に関与しなかったにしても、リンダが影で動いたとわかっただけで、ルークはキャサリンに目もくれなくなるだろうから)
「ダーリン、午後の授業は講堂でセックスについてUCLAの教授がご教示くださるらしいわよ」
「それはそれは」
 もうとっくに体の関係を持って結ばれているふたりは、食事をしながら意味ありげに笑う。対して、ルークはむっつりと怒った顔をしたままであり、キャサリンはそんな彼をなだめるのに必死だった。
 そしてジョシュアはといえば――ただもくもくと三十個以上ものハンバーガーを食べ続け、最後には大きなげっぷをしていたのだった。

 メロがアリスの肩を抱いてカフェテリアを出たのは、当然ルーク・フォスターに嫉妬させるためだった。もし、彼の嫉妬が限界を越えて高まれば、自分は近いうちに超常現象を体験することが出来るだろう……そう思った。たとえば、なんでもないようなところで転び、人前で恥をかかされるとか、突然バイクのブレーキが利かなくなって事故るといったようなことだ。
 もちろん、そうしたことは危険な確認方法ではあるが、直感としてメロはルークとは絶対的にわかりあえないとわかっていた。彼の嫉妬に燃える眼差しを見て思うのは、メロにとってはニアのことだった。彼の目を見ていて、自分はこんなふうにニアのことを見返していたかもしれないと思い、メロとしてはいささか気分が悪くなる。
「で、用ってなんだ?」
「えっと、三限目の授業でやったシェイクスピアの『マクベス』のことなんだけど……これから図書館にいって、少しその話をしない?」
 カフェテリアから外へでると、メロはアリスの肩をすぐに離してしまった。彼のその動作があまりに自然だったので、アリスは彼にとってそれは本当に何気ないことなのだろうと思った。けれど、彼がもし他の女の子に同じことをしたらと思っただけで――胸が締めつけられるように苦しくなる。
「『マクベス』か……あれも陰気な話だよな。それより、少し外へ出ないか?中庭に座って話でもしたほうが、しーんと静まり返った図書館より話しやすいだろ?」
「う……うん」
 どうしてこんなにドキドキするんだろうと思いながら、アリスは魔法にかかったような気持ちでメロと並んで歩いていく。学校の中庭では、木陰の芝生に座ったカップルたちが、くすくす楽しそうに笑ったり、ネッキングしたり、軽く抱きあったりしている。
 アリスはこうした世界と自分とは、それまでまったく無関係なのだと思っていた。もっといえば、ベタベタ体を触りあってニタニタするなんて馬鹿みたい、とさえ思っていた。でも、今は……。
 メロが緑の葉の生い茂った木の下に腰かけると、アリスもその横に座った。本当は、シェイクスピアのマクベスなんてどうでもいい。それに、もうすぐ昼休みが終わってしまうとも思い、彼女は単刀直入にメロに聞くことにした。
「……ねえ、バーバラとモニカに、週末のパーティに誘われなかった?」
「週末のパーティ?」と、メロは欠伸をしながら聞き返す。外に出て、ぽかぽかした陽気にあてられてるうちに、なんだかやたらと眠くなってきた。
「いや、べつに誘われてないな」
「えっとね、ふたりがメロのことパーティに誘いたいって言ってたの。でもああいうパーティって、ちょっと退廃的なところがあるっていうか……メロは転校してきたばかりだから、もしかしたらそういうこと、わからないかもしれないと思って」
「ふーん。まあべつに、そんなパーティ興味もないな」
(俺が今興味があるのは、あんたら超能力者だ)、心の中でそう思いつつ、木の幹にメロは寄りかかる。
「そうなの?」と、アリスは少し驚いた。バーバラの母親はハリウッド女優で、父親は某映画配給会社の重役だった。彼女が開催するパーティへは当然、誰もが行けるというわけではないのだ。その少ない招待状を受け取れるのは、学校でもほんの一握りの生徒だけなのに……。
「ようするにあんたは、俺にこう言いたいんだろ?そういうパーティじゃあ、未成年が酒を飲んで大麻やるってのが普通らしいからな。それで飲めないとかドラッグはやらないとか言うような奴は、当然ダサい奴ってことで馬鹿にされる……そういうところへは無防備に出かけないほうが無難だって、そう言いたいんだろ?」
「うん、そうなの」と、ほっとしながらアリスは言った。メロは思ったよりずっとわかっていると、そう思った。「あたしも一度だけ、転校してきたばかりの頃に、彼女のパーティへいったことがあるんだけど、やたら男の子とくっつけられそうになってうんざりしちゃった。ようするに、ルークを招待するダシに使われたっていう、それだけなのよね」
「あんた、あいつのことが好きなのか?」
「えっ……!?」
 ドキリとするあまり、アリスは思わず、メロから目を背けた。彼はまるで、アリスが嘘をつくかどうか見定めるみたいに、彼女のことをじっと見つめている。
「あいつって、ルークのこと?あたしたちはただの幼馴染みっていうか、本当にそれだけの関係よ。ルークはスポーツ一本槍だったから、小さい頃から勉強を教えてたっていう、ただそれだけ……彼がわたしに対して持ってる感情っていうのは、恋とかそういうものじゃないの。ただ、自分が持ってないものをあたしが持ってるから、その部分を尊敬してるうちに崇拝に近い気持ちになったっていう、それだけのことなのよ」
「へえ……」
 後方、斜め後ろのほうから、殺気にも近い眼差しを感じて、メロはそちらのほうにちらと目をやる。アリスはまだ気づいていないが、その茂みの中にはルークが隠れていた――もっとも、ふたりが話している会話までは聞きとれない距離ではあったが。
(あれが恋をしてない男のとる行動なら、一体どう説明すればいいんだろうな)と、メロはそう思う。偏執的というよりは、もはや異常なものさえそこからは感じとれる気がする。
(くそっ!あの野郎、ルースからもっと離れやがれ!)
 当のルークはそう思いながら、敵地を視察する兵隊よろしく、茂みの中に身を隠したままでいる。彼にしてみればメロは、鳶が油揚げをさらうという、まさにそのトンビだった。しかもやたら目つきの悪い、性悪のトンビだ。
(だが、こちらにはいざとなれば、切り札がある……)
 そう思いながらルークは、ふたりがイチャイチャする姿を、我慢しながら覗き見し続けた(彼の穿った目にはそうとしか見えないらしい)。
 ちょうどその時チャイムが鳴り、アリスが先に立ち上がる。メロもまた彼女と並んで講堂へ向かおうとするが、その途中で「ちょっと用事がある」と言ってアリスとは別れることにした。保健体育の授業など、面倒くさい。彼はただ、放課後にルーク・フォスターに用があるだけなのだ……いや、用があるというより、今日はとりあえず様子見といったところか。
 そんなわけで、メロは裏庭に適当な木があるのを見つけると、その上で退屈な保健体育の時間が過ぎ去るまで、昼寝をするということにしたのだった。



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【2008/09/17 01:22 】
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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(7)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(7)

(どうしよう……あたし今、こんなにドキドキしてる)
 アリス・リードこと、ルースリア・リーデイルは、ハーレーの後部席で、メロの背中に抱きつきながらそう思った。朝起きたら突然、<母親役>の女性が――「ボーイフレンドが迎えに来てるわよ」と、そう言ったのだ。
(ボーイフレンド?)
 どうせまた、ティグラン……いいえ、今はルーク・フォスターだっけ……だろうと思って、窓を開けるなりアリスはこう叫んでいた――「早すぎるわよ、ルーク!それに迎えはいらないって何度も言ったじゃないの!」
 だが、白枠の窓から彼女が見下ろしたのは、いつも見るキャデラックに乗った幼馴染みの姿ではなく、金髪に黒づくめの格好をした、バイクに跨る青年の姿だった。
「……メロ!」
 ヘルメットを脱いだ彼が軽く片手を上げるのを見て――アリスはハッ!とした。髪もまたぐちゃぐちゃだったし、何よりダサいスモッグみたいなパジャマを着てる。こんな恥かしい姿を彼に見られるなんて!
 アリスは急いで身支度を整えると、バタバタと二階から一階へ下りていった。上に紺のブラウスを着て、下にはジーンズをはく……うん、無難な格好だわ。同じクラスの男のことしか頭にない連中とは違うって感じ。ただ、わたしの髪は癖毛だから、毎朝起きるたびに櫛のとおりが悪いったらない。えーん、どうしよう。こんなことしてる間に、メロは先に学校へ行ってしまうかもしれない。
「朝食くらい、きちんと取ったら?表の男の子にも、ちょっと上がってもらったらいいじゃないの」
「いいわ、ママ。それにルークとメロが鉢合わせたりしたら大変だから」
(あなたはそれが仕事なのよね)と、アリスは豪華な朝の食卓を見ながら、自分が今<ママ>と呼んだ女性に対して思う。彼女の母親は専業主婦で、父親は電気技術師という設定だった。本当はふたりとも、<殺し屋ギルド>という影の組織の上級幹部だったりするのだけれど……。
(まあ、今のあたしにとってはどうでもいいことだけどね)
そう思いながらアリスは、鞄を手にしていかにもアメリカ中産階級といった感じの家を出る。
「どうしたの!?きのうの今日でこんな……」
「なんだか、焦らせちまったみたいで、悪かったな」
 メロにそう言われて、アリスは少し前髪をいじる。わー、やだ。もしかしてまだ寝癖直ってなかったりして……。
「ほら、これやるよ」
 ヘルメットを渡されて、アリスはドキッとした。いつも、ティグランの助手席に乗る時には、一度だって感じたことのない感情だった。
「……後ろ、乗ってもいいの?」
「ああ。だって、そのために迎えに来たんだし」
 アリスはメロに「きちんと掴まっとけよ」と言われて、彼の腰に手を回した――ここから学校まで、歩いて五分とかかりはしない。それをバイクで走るのだから、アリスがメロの体に掴まっていたのもおそらく三分かそこらくらいだったろう。それなのに彼女には、校舎の脇にある駐車場までくるのが、とても長かったように感じられた。
「ほら、着いたぞ」
「……あ、うん」
 不自然なくらい、思わずぎゅっとメロに抱きついていたことに気づいて――アリスはどきまぎしながらバイクを降りた。
(どうしよう。もしかしてメロってメチャカッコイイかも……)
 そんなことを思ってる自分に気づいて、アリスはハッ!と我に返る。いつもは、クラスの女子たちが男子に対して「メチャカッコいい」だの「彼ってすごくイケてる」だの言ってるのを聞くたびに――(バッカみたい)と思ってきたこの自分が、心の中でとはいえ、同じ単語を呟いてしまうだなんて!
「どうかしたか?顔が赤いぞ」
「ううん、なんでも……」
 そう言った先から、アリスはブックバンドに挟んだノートや教科書を、バサバサと芝生に落とす。
「そういや、きのうのポアンカレ予想の検証はどうなった?」
 難しい数式の並んだノートを一瞬だけ目にして、メロは芝生の上から教科書類を拾い上げると、それを彼女に渡した。
「えっと、実はきのうは色々、忙しくて……」
 ――それ以上、アリスは言葉が続かない。まさか、きのうあなたに会ったせいで、全然数式に集中できなかっただなんて、そんな本当のことを言うことは出来ない。きのうの夜、彼女は机に向かいながら、ずっとひとつのことを悔やんでいた。せっかくメロが送ってくれると言ったのに、どうしてバイクに乗せてもらわなかったのだろう……そう後悔してばかりいた。それなのに今朝は、彼のほうから自分を迎えにきてくれるなんて!これはもう自分の思いが通じたとしか思えない!
「まずは学生課に案内するわね」
 アリスは、メロが拾ってくれた教科書やノートを、祈祷師が護符を大事にするような按配でぎゅっと抱きしめている。そんな彼女に対して、メロはただ軽く頷くだけだった――そう、彼にとってはこれも大事な仕事のひとつ。アリス・リードはルーク・フォスター同様、超能力者である可能性が高い。その彼女に近づいて行動をチェックするには、この場合<友達>になるのがもっとも手っとり早いように彼には思われていた。
 メロはアリスに案内されるまでもなく、学生課のある場所については当然知っていたが、何も知らないような振りをして、彼女が校舎のどこに何があるか説明する言葉を、黙って聞いていた。学生課では生徒としての身分証――IDカードを受けとり、あとはまたアリスにロッカーのある場所や教室まで案内してもらった。彼女がいなければメロは、学生課の生徒にロッカーや教室まで案内してもらう予定でいた。だが、アリスとメロが同じクラスであることがそこで判明したために――「それなら同級生として、彼に色々教えてあげる義務があるわね」と、その学生課の生徒はどこか意味ありげに言った。
「ワオ!アリスとあなた、同じクラスよ!」
 そう言った時、歴史と伝統ある『ビバリーヒルズ・クロニクル』の新聞編集長、アニス・ベーカーの瞳は輝いた。彼女の心の中にあった思いはただひとつ、(<氷の女王>にもとうとう春が来た!)というものだった。普段からその観察眼の鋭さを生かして、学校内のことを記事にしている彼女には、一目見ただけですぐにわかってしまったからだ――アリスがとうとう学校の花形であるルークを振り、本物の恋に目覚めてしまったらしいことが!
 そこで、本当なら案内がてら、ミハエル・ケールという転校生について好奇心あふれる質問をしたいのをぐっとこらえ、アニスはイケてる美形転校生を案内するというオイシイ役を、アリスに譲ることにしたのだった。
「さっきの女、知りあいか?」
「え、ええ」と、ロッカーがずらりと並ぶ廊下を案内しながら、アリスは答える。「そのうち、あらためて取材したいって言ってたでしょ?彼女、この学校の名物新聞編集長なのよ。あたしが先月転校したばかりの時も、色々聞かれたもの。今、例の事件があって学校も暗い雰囲気だから……きっと、何かパッと明るくなるようなニュースを提供してくれって、メロに言ってくるに違いないわ」
「ふうん、そうか」
(面倒くせえな)と思いながら、ロッカーに荷物を放りこみ、一限目の授業の教科書だけメロはそこから取りだしている。
 教室の廊下側、一番後ろの席にひとつ席が増えているのを見て――アリスはおそらくそこがメロの座席だろうと思い、そこで少しの間彼と立ち話をした。
(だって、自分が転校してきた時もとても心細かったもの)
そう彼女は思うが、同じクラスのいわゆる「イケてる」女子たちはそんなふうには全然思わない。
(何よ、アリスったら。イケメン男子を独り占めにして……あんたには学校の花形のルークがいるでしょうが。それでもまだ足りないってわけ?)
 窓際で囁かれるひそひそ声に、アリスはまったく気づかなかった。と、そこへ、噂のもうひとりの<イケメン>男子――ルーク・フォスターがA組に姿を見せる。ちなみに彼はE組なので、クラスは別なのだが、彼はほとんどしょっちゅうA組に来ていたといっていい。
「アリス、心配したんだぞ。迎えに行ったらもう学校へ行ったって聞いたから……」
 ルークは、いかにもここまで走ってきたというように、肩で息をしている。まるで籠の中の可愛い小鳥が、泥棒猫に取られたらどうしようとでも思っているような、心配気な顔つきだった。
 そして彼は、メロとバチッ!と目が合うなり――
「誰だ、おまえ!?」
 と、敵愾心を剥きだしにして、メロのことを睨みつけてくる。
「人に名前を聞く時は、まず自分から名乗れよ」
(かかった!)、メロはこんなにも早く超能力者ふたりと接触できると思ってなかったので、勝利感に近い何かを内心では感じていた。だが思うに、このルークとやらはアリスにぞっこん惚れてるらしい。
(これは面白い)、とメロは思った。何故なら、その感情を極限まで煽りたてることが出来れば――こいつが例の<マトリックス>現象と同じ力を、自分に見せてくれるかもしれないではないか。
「おまえに名のる名前はないね」
 ルークは鼻でせせら笑うようにそう言った。彼の瞳はダーク・ブラウンで、髪は黒人特有の縮れ毛だったが、肌のほうは黒人というほど黒くはない――白人と黒人のハーフといったような印象を受ける。
 身長が195センチあるルークにしてみれば、自分よりも背が低くて体重も軽そう見えるメロのことをのすのは、実に簡単であるように思われた。むしろ、日頃からスポーツで体を鍛えている自分に立ち向かう勇気があるならやってみろ!――いかにもそう言いたげな自信過剰な眼差しで、彼はメロのことを見据えている。
「じゃあ、俺もおまえに名のる名前はないな。それでももし知りたければ、幼稚園で行儀作法についてやり直してこい。そしたら教えてやってもいい。それとも、地獄で悪魔にチップでも払って聞いてくるか?」
「こいつ……!」
 ルークがメロの胸ぐらを掴んだのを見て、アリスが慌てたようにふたりの間へ割って入る。
「やめてってば、もう!第一あんたの教室はここじゃないでしょ、ルーク!用がないなら、そんなにしょっちゅうここへ来たりしないで!」
「アリス、俺は……」
 まるで叱られた子犬のような顔をルークがしているを見て、メロは(ははーん。なるほどな)と、あらためて思う。つまり彼らふたりの関係というのはおそらく、万事において今のような感じなのだろう。ルークは手の中の小鳥を大切にしたいのに、アリスはそこから自由になりたいと思っている――メロの鋭い直感によれば、そんなところだった。
 もっとも、そんな彼が何故アリスの自分に対する恋心にはまったく気づかないのか、そこのところは謎ではある。なんにしても、その時鐘が鳴ったことにより、ルークはとりあえず一旦退散せざるをえなかった。
「おまえ、あとで覚えとけよ」
 アリスが前のほうにある座席へ戻っていくと、ルークは最後にそうメロに向かって言った。なんとも粘着質な波動を、その言葉からメロは感じる……まるで、一度いじめのターゲットにした奴は絶対に逃さないとでもいうような、暗い波動だ。
 だが実際には彼は、学校内でのいじめの取り締まりにかなりのところ積極的だった。休み時間や放課後など、ロッカーの前で冗談半分のスキンシップ――受けている側にしてみれば一方的な暴力――を見かけたりしただけで、ルークはそいつに同じような暴力を容赦なく加えてやるのだった。彼は校内においては<正義の味方>、そして先にあった銃乱射事件では<英雄マトリックス>、さらに部活動では花形のスターと、いくつもの顔を持っていて、ルークが廊下を歩いているだけでも、生徒の誰もが敬意に似た特殊な感情を持っていることがわかる。
 だが、そんなルークにも当然弱点はあった。それがアリス・リードこと、<ミス・インテリジェンス>、あるいは<氷の女王(アイス・クイーン)>と呼ばれる幼馴染みの存在である。ルークが彼女にぞっこん首ったけなのは、誰の目から見ても明らかだった。学校きってのスポーツマンに国際数学オリンピックの金メダル受賞者――これで、生徒たちが誰も注目しないわけがない。
 その日、軽い自己紹介のあと、メロは極めて退屈な授業を欠伸を噛み殺しながら受け続けた。休み時間のたびにチョコレートを齧っていたので、幸い禁断症状のようなものは出なかったものの、かわりにやたら眠かった。教師連中は、まるでメロにどの程度の知性があるのかテストするみたいに、やたら彼を当てたがったが、彼にしてみればどれも、寝ながらでも答えられるような質問ばかりだったと言っていい。エタノールの熱化学方程式を表せだの、微分方程式を解けだの、シェイクスピアのマクべスについてどう思うかだの――メロは死ぬほど眠くてたまらなかった。
 そんなこんなでやっとランチの時間になった時、メロは三十人ほども生徒のいる教室から解放されたくてたまらなかった。午後からはなんでも、保健体育の授業があり、生徒たちは講堂に集まってわざわざUCLAからおいでくださった医学博士の話を聞くのだそうだ。
(やってられないぜ、おい)
 そう思ったメロは、午後の授業はエスケープすることに決めた。何故なら彼が興味あるのは今のところ、アリス・リードにルーク・フォスター、それともうひとり……先月転校してきた名簿に名前のある、ジョシュア・サイズモアだけだったからだ。まずはこの三人の<超能力>について確認するのがメロの急務だといえた。
(ジョシュア・サイズモアは確か、F組だったな)
 パキッとチョコレートを齧りながら、メロはとりあえず相手の名前と顔を確認するためにF組へ向かった。その途中、廊下でハンプティ・ダンプティみたいに太ったひとりの男子生徒がカツアゲされている場面にメロは遭遇する。正直、これがもし他の生徒だったとしたら――メロは相手のことを助けなかったかもしれない。いや、弱い者いじめに賛成しているとか、そういうことではない。単に体力を消耗するのが面倒くさいという、それだけの理由だった。
「財布だせよ、このサスペンダー野郎!」
 まるで、ブタとイノシシが双子で生まれたといったような、体格のいい兄弟に、ハンプティ・ダンプティは絡まれている。ハンプティ・ダンプティから向かって右がブラザー・ピッグ、そして左がミスター・ワイルドボーといったところだった。
「や、やめてよ。僕は暴力は嫌いだよ……」
 ハンプティ・ダンプティは顔に似合わないボーイソプラノでそう言った。すかさず、弟のイノシシのほうが彼の声の真似をする。
「『や、やめてよ。僕は暴力は嫌いだよ』……ってか!だったら、俺たちの昼食代だせ。そしたら俺もアニキも平和主義者になってやる」
 兄貴のブタのほうが「ギャハハ!」と笑う声を聞いて、(どこにでもゴミってのはいるもんだな)と、メロは思わず感心してしまう。ジョシュア・サイズモアはサスペンダーやら、襟元の蝶ネクタイをいじられたあとで、最終的にポケットから財布を取りだし――「こ、これでいい?」と幼稚園児みたいに怯えた声で、そこから百ドル紙幣を抜き取っている。
(……ランチ代に百ドルも支払うなんて、こいつアホか?)
 流石にメロも、そこで切れた。下品なブタとイノシシの兄弟に気分が悪くなったというよりは、ジョシュア・サイズモアのいじめを金で解決する方法に腹が立ったというほうが、どちらかといえばこの場合正しい。
「おい、昼っ間から食事に百ドルも使って、どんな豪勢なサンドイッチを食おうってんだ?」
 ジョシュアのサスペンダーを、最後にまた長く伸ばしているブタの手を押さえながら、メロは言った。
「なんだ、おまえ。見かけない顔だな」
 ビシッ!と腹の贅肉のあたりを、メロはまるで家畜のブタにでもそうするように、思いきり手刀で打ってやる。その一撃だけで、双子の兄のほうはその場に蹲り、身動き出来なくなった。その上、無様なことには廊下の床に朝食のベーコンエッグを吐きだしてしまう。
「今日はこの調子でダイエットでもしとけ。ついでに、その醜い脂肪の塊が消えるまで、カツアゲなんていう真似はよすんだな……おい、そっちのイノシシ!」
 ギロリ、とメロに睨まれて、双子の弟のほうはビクッと体を震わせている。彼に向かってメロは、チョコレートを持っていないほうの右の手のひらを、ただ黙って差しだす。
「俺の言いたいことはわかるよな?」
 そして、チョコレートを口にくわえ、両手の指をボキボキと鳴らす。イノシシはまるで、牙を失ったように大人しくなり、ポケットから百ドル紙幣を取りだすと、ジョシュアにそれを返している。
「よし、それじゃあ行け!」
 双子の兄弟は突然、動物愛護の精神に目覚めたような善人の顔つきになると、そそくさとその場から走り去っていく。メロは(やれやれ)と思いつつ、ハンプティ・ダンプティ――いや、超能力者である可能性のあるジョシュア・サイズモアと向きあった。
「あ、ありがとう。助けてくれて……」
 髪型はきっちり七三分け、サスペンダーつきの半ズボンを着ている彼は、ちょっと押しただけで転がっていきそうなほどに太っていた。たぶん百キロはあるだろうが、身長のほうは大体メロと同じくらいなのだ……メロは毎日どれだけ食べたらこんなに太るんだろうと思い、本当に何気なくとても残酷な質問をした。
「おまえ、毎日一体何を食べてたらそんなデブになれるんだ?それともカロリー計算もできないくらい、頭がバカなのか?」
「ぼ、僕は……毎日最低五食は食べてるかな……今日の朝ごはんはマグロのグリルに、仔羊の煮込み、それに牛肉のタルタルとフレンチポテトをいっぱい食べた。それから学校へ来る車の中で、特大サイズのポテトチップスを一袋あけて……」
「あ~、もういい。聞いてるだけで胸が悪くなってくる」
 メロはジョシュアの肩を軽く叩くと、一緒に歩きはじめた。学食にでもいって、ハンバーガーか何かを食べようと思った。おそらくジョシュアが助けてやったお礼に、例の百ドル紙幣で奢ってくれるだろうと思いつつ。



【2008/09/17 01:15 】
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   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(6)

 ロサンゼルスの十月は暖かい――いや、暑いといってもいいくらいだろうと思いながら、メロはつい先日銃乱射事件があったというビバリーヒルズ高のキャンパスを歩いていた。
 事件が起きてまだ一週間も経っておらず、校門の鉄製門扉の前には、いまだマスコミが連日押しかけるような状態が続いている……十二名の生徒が亡くなった教室や講堂や実習室などには、いわゆる<関係者以外立入禁止(Keep out)>と書かれた黄色いテープが張り巡らされ、授業が再開されるのは明日以降のことだとメロは聞いていた。ちなみにメロは高校の十二年生として、この十月に編入してきたばかりという設定で、前はイギリスのイートン高にいたということになっている……誰かに何か事情を聞かれたとすれば、「親の都合で」とでも、無表情に答えておけばいいだけの話だった。
(そんなくだらないことはどうでもいいとして)と、メロはチョコレートを齧りながら、校内を歩きまわりつつ思う。彼は今、革素材の服を着用していたが、上はノースリーブだというのに、それでもまだ暑かった。廊下を歩く途中で、大きな寒暖計があるのを見て――それは化学室のある並びの廊下だった――(二十六度か。なるほどな……)と妙に彼は納得する。実際に学校がはじまったら、もう少し薄着でもいいくらいかもしれないと、メロはそう思った。
 そして、十二人の生徒が死亡したとされる場所を一通り見てまわったあと、(今日はこんなところでいいか)と、メロがチョコレートをパキッと食べていた時――人の気配がした。カッカッ、とチョークの先が黒板を叩くような音が聞こえ、メロは<第Ⅰ化学室>と書かれた実験室を、後ろのドアから覗きこむ。
 そこでは、赤褐色の長い髪の少女が、黒板に向かってある数式を解いているところで、メロは暫くの間黙って、彼女がその数式を解くのを見守っていた。事件について、もしかしたら何か知っているかもしれないし、またもし詳しいことは知らなくても、学校内部にいる人間にしかわからない校内の空気についてや、プラスになることを何か聞ける可能性があった。それで、暫くの間開けっ放しになっているドアに寄りかかって、メロは彼女の後ろ姿と、新しく書き込まれる数式とをじっと見つめていたのだった。
「……だれ?」
 黒板がアルファベットや数字でいっぱいになった頃、ようやく彼女はメロの存在に気づいて振り返る。
「あんた、頭いいんだな。ポアンカレ予想なんて、高校じゃ習ったりしないだろ?」
「ふーん。それがわかっただけでも、あなたも結構キレ者ね。実は今、グレゴリー・ペレルマンの論文に夢中になってるの」
 黒板消しでチョークの文字や数字をすべて消しながら、彼女はそう言った。グレゴリー・ペレルマンとは、百年に渡り未解決であったポアンカレ予想を解いたとして知られる、数学者の世界では非常に有名な人物だった。
「俺もこの式には一時期、少しの間ハマってたんだ。だが、ペレルマンの論文には確かに驚かされたと言っていい……俺もこの問題はてっきり、トポロジーを使って解かれるものだとばかり思っていたが、ペレルマンは微分幾何学と物理学の手法を使って解いたんだよな」
「それであたしも、その証明が正しいものかどうかって今やってみたんだけど……途中でよくわかんなくなってきちゃって。家に帰ってまた、彼の論文をもう一度検証してみることにするわ」
 もうひとつあった黒板消しで、メロは黒板の文字や数字を消すのを手伝いながら感嘆する。確かに途中まで、彼女の証明の仕方は間違いなく合っていた。まだ高校生であるにも関わらず、ここまでのことが出来る人間がいるとは……(世界ってのは広いもんだな)と、彼にしては珍しくそんなふうに感じる。
「あんた、家に帰るんなら、送っていってやろうか?」
 メロが何気なくそう聞くと、少女は軽く肩を竦めている。まるで、そうした誘いが多くて、普段から辟易しているといったような顔つきだった。
「悪いけど、結構よ。それにうちはここから凄く近いし、わざわざ送ってもらうまでもないわ……まさかとは思うけど、そのためだけにわたしのことを待ってたんじゃないわよね?」
「まさか」と、メロは笑いたくなる。「俺は今学期からの編入生でね、今日はちょっと学校の下見に来たってだけだ。そしたらあんたが偶然、おそろしい勢いで黒板に数字や文字を書きつけてたんで、ちょっとばかり驚いて立ち止まったっていうそれだけだ」
「そうなの……」窓から差す西日のせいか、少女の顔は微かに赤くなっているようだった。あるいは自惚れていたみたいで恥かしいと思ったのかもしれない。
「あたし、アリス・リード」
 少女はメロに向かって握手を求めながら言った。
「俺はミハエル・ケール……前にいた学校ではメロって呼ばれてた。あんたの名前は不思議の国のアリスってところか?」
「そうね。父がルイス・キャロルの大ファンで、この名前をつけてくれたらしいわ」
 メロが彼女と昇降口まで一緒に歩いていったのは、それなりに理由があってのことだった。第一に、流れとしてそれが自然であったこと、第二に、先日あった銃乱射事件について、彼女から何か聞けるかもしれないと思ったことがある……だが、アリスの口から「実はあたしも先月転校してきたばかりなのよ」という言葉を聞くなり、メロは態度に出さないまでも、顔の表情を一瞬変えた。
「本当に、送っていかなくていいのか?」
 学校の駐車場でハーレーに乗りながら、メロはあらためて彼女にそう聞く。黒のヘルメットを被り、エンジンをかけるメロに、ケイトは教科書やノートを胸に抱いたまま、手を振っている。
「いいのよ。本当に、家はここから近いから……」
 じゃあまた学校で、と、生徒同士がよく交わす挨拶をしてから、メロはビバリーヒルズの丘陵にある高級コンドミニアムまで、バイクを走らせていった。
(まさか、こんなに早く本物の超能力者とやらに行きあたるとはな)――その偶然に驚きながら、メロは少し遠出をしてからワタリ所有のコンドミニアムへ戻ることにした。
 稜線沿いにバイクを走らせ、ロサンゼルスの美しい景色を眺めたあと、メロが無事帰宅すると、ニアから直接Deneuveの名前でメールが届いていることに気づく。
 チッ、と舌打ちしたくなるのを堪えて、メロはその手紙を開封した。

<わたしとリドナーとジェバンニは、今ビバリーヒルズホテルに宿泊していますが、明日にはあなたの在籍している高校の近くへ引っ越す予定でいます……似たような家の立ち並ぶ、中産階級の庶民が暮らす通りらしいですが、あなたにワタリの高級別荘を先に押さえられた以上は仕方のないことです。もしメロがわたしとリドナーとジェバンニをその別荘へ招待してくれるというなら話は別ですが、それは望み薄というものでしょうね……どうぞ、高級コンドミニアムをメロひとりで占領・満喫してください。

                              かしこ

 P.S.メロが嫌でもまた連絡します>

(まったく、メールにまで性格の悪さが滲みでてるな)
 そう思いながらメロは、ニアからの手紙を即刻ゴミ箱へ捨てる。ようするに、高校へ直接通う自分がその家で暮らすことにし、ニアとその部下にコンドミニアムを譲れと言いたいのだろう。
(誰がおまえなんかに譲るかっての)
 メロは冷蔵庫からチョコレートを一枚取り出すと、それをパキッと齧った。冷えていてとてもうまい――メロは寝椅子の上にごろりと横になってチョコを食べ終えると、ジャグジー付きの浴室でシャワーでも浴びることにしようと思った。
 このコンドミニアムには、ゲストルームが七つもあったから、メロにニア、それに彼のふたりの部下がここで暮らそうと思って暮らせないことはない。だがメロは部屋をニアに譲るよう、Lに直接言われでもしない限り――絶対にここから出ていくつもりはなかった。
(中産階級の庶民が暮らす家でも十分贅沢じゃねーか。なんにしても、Lとラケルがこの家へ来た時のために、俺はニアにここを譲る気はまったくない)
 恥かしくなるくらい広い浴室でメロはシャワーを浴びると、髪の毛をタオルで拭きながらリビングまでペタペタ歩いていった。1万㎡近くある敷地内に建つこの建物は、ゲストルームが七つある他に、ハイビジョンの巨大スクリーンで映画が楽しめる娯楽室がひとつ、さらに地下には電磁波を遮断できる設備まで備えたモニタールームが完備されている。他に広いリビングや食堂やキッチン、さらに書斎や小型の図書館まであることを思えば――メロひとりで暮らすには本当に勿体ないくらいだった。窓からは夜景の輝くロサンゼルスの街並みが見えたし、リビングを囲む大きな窓辺には、くつろぎやすいアームチェアや革張りのソファ、寝椅子などが配され、中央にはカウンターや飾り暖炉が置かれている……メロはそのうちのひとつ、リクライニングチェアへ横になると、居間のTVをつけた。黒のランニングシャツに同色のジーンズという格好で、足を組みながらリモコンを操作する。
 TVの画面では、彼が先ほど視察してきた学校の校門前、そこでPTAらしい婦人がひとり、取り囲む報道陣に向かって泣きながら食ってかかっているところだった。
『あなたたち、それでも人間なの!?まるで人の悲しみを食いものにするモンスターみたいに、いつまでもここに張りついて……いいかげん恥ってものを知ったらどう!?』
 彼女はカメラマンのひとりからカメラを奪い、それを煉瓦塀に叩きつけるが、無情にもその様子をまた、別の局のカメラマンが容赦なく撮影している。そしてその<真実の瞬間>の映像が今、ここで放映されているというわけだった。
「いいかげん、放っておいてやればいいものを……」
 メロは冷えたチョコレート・ドリンクをごくごく飲み干しながら、思わずそう呟いた。他のTV番組にチャンネルを変えても、どこも『ビバリーヒルズ校、銃乱射事件のその後』といった報道が多い。いや、他にもニュースはあることにはあったが、マフィア同士の抗争による撃ち合いだの、レイプ殺人だの、未来に明るい希望が持てるようなものは何ひとつない。
 ケーブルテレビでは、女が男の上に跨ってたり、金欲しさのために仲間を裏切った男が麻薬ディーラーの頭を撃ち抜いてたり、あるいは血も凍るようなホラー映画が放映になったりしている。メロは夜な夜な女を攫ってきては、儀式めいたやり方で殺害していくその場面を見て、思わず身を起こした。
 何も、ホラー映画に特に興味があるというわけではない。ただ、今回銃乱射事件を起こした生徒ふたりが、悪魔崇拝者(サタニスト)だったことから、関連する何かがそこから読み取れはしないかと考えたためだった。ふたりは『闇の髑髏結社(ダーク・スカルズ)』のメンバーで、毎週末の金曜日、悪魔を召喚するための儀式を行っていたという。各メディアでは<悪魔に取り憑かれての犯行>と分析する向きが多かったが、それと同時に犯人の生徒ふたりの複雑な家庭事情も明るみに出た結果、今回の一連の事件がさらに熱を帯びることとなったわけだ。ひとり目の犯人はミッチェル・ロビンスと言い、ハリウッドで子役時代から有名なマーティン・ロビンスを兄に持っているということだった。ふたりの年齢は一つ違いだが、ショー・ビジネスに首ったけの母親はミッチェルのことをほとんど放ったらかしにして、兄のマーティンばかりを気にかけていたという(ちなみに父親は某大物プロデューサーだが、ミッチェルが小さな時に離婚している)。そしてふたり目、ラッセル・フリーマンはロサンゼルスで不動産王として有名な男を父親に持っているらしいが、こちらは義理の母親が五秒おきに入れ替わるといったような按配だったという(五秒おきと言うのは、息子のラッセル本人の話によれば、ということだが)。
 つまり、ふたりとも金持ちのボンボンといっていい高貴な生まれだったわけだが、本物の愛情を金に換算したものを与えられて育ったという共通点があったということだ。ロビンスもフリーマンもBMWやコルベットといった高級車で登校してくる以外は、とても大人しくて目立たない生徒だったと、教師も同級生も語っている……そしてそんなふたりには、もうひとつの恐ろしい顔があった。<ダーク・スカルズ>というオカルト・クラブを結成し、そこで彼らは常にリーダーとして行動していたという。真夜中に小学校の廃屋跡地で五芒星を描き、その上で黒猫を殺す、それが<ダーク・スカルズ>へ入信するための儀式だったと元メンバーの生徒たちは語っている。
 そんな暗い集まりに一体どれほどの生徒が集まるのか不思議に思う大人は多いに違いないが、意外にも会のメンバーは百名近くもいたらしい。今回の事件によって初めて、自分の息子や娘が<ダーク・スカルズ>のメンバー、あるいは元メンバーであったことを知り、ショックを受けた親は多いという。メンバーの掟の中に、髑髏模様のアクセサリーを肌身離さず身に着けるという項目があり、もしやと思い自分の子供の部屋を調べたら、恐ろしいような言葉の並んだ『悪魔の交換日記』がそこからは出てきたというわけだ。
<ダーク・スカルズ>のメンバーは、会の中でひとりソウルメイトを選びだし、その人間と交換日記を行うことになっている。日記の中には親を殺してやりたいと思っていること、吸血鬼になるためにはどうしたらいいか、ゾンビを墓から甦らせるには……などなど、普通の親であれば卒倒したくなるような言葉が並んでいたらしい。実際に親に黒魔術をかけたら、突然腹が痛いと言いだし、午後いっぱい寝こんでいたということや、そうした実証例を金曜日の定例儀式の会で<ダーク・スカルズ>のメンバーたちは話し合うというわけだ。
 そしてある時、みんなで五芒星を囲んで降霊術を行っていたところ、悪魔からのこんな言葉が霊媒体質の生徒を通して語られたという。『10月の13日に、学校の生徒十三人を生贄として捧げよ』……と。その場にいた会のメンバーたちは全員総毛立ち、間違いなくその時悪霊のような何かが存在していたと口を揃えて証言している。それに対してTVのゲストコメンテーターは「集団ヒステリーでしょうな」と論証したが、元メンバーの生徒には実際怖くなって次の日に教会で清めの儀式を行った者もいるという、そんな話もある。
(まったく、馬鹿らしいな)
 さるぐつわを噛まされたブルネットの女性が、「お願いだから、殺さないで!」と目を剥いて必死に訴えかけるシーンで、メロはやはりチャンネルを変えた。その画像はおそらく、ハリウッドにある某スタジオで撮影されたもので、すぐに「ハーイ!カット!」と助監督か誰かが声をかけているに違いなかったからだ。だが人は偽りと知りながらも、その映像の魔術の虜になって感情移入したりする。
 ロビンスとフリーマンの部屋からは、大量のオカルト系の雑誌やDVD、ゲームソフトなどが発見され、その影響が彼らにどんな精神的役割を果たしたかということが、TVのワイドショーでは連日検証されているらしいが――メロにしてみれば、そうしたことはすべて馬鹿らしいことだった。
 彼らはおそらく、既成の価値観や伝統的なキリスト教保守主義といったもの、さらには親に反抗したかったという、それだけのことに過ぎないというのが、メロ自身の推論だった。つまり方向性は違うが、一昔前なら髪をリーゼントにして革のジャケットを着、悪い仲間とつるんでコカインをやったり退廃的な女と寝たりというのが、<非行>の王道だったかもしれない。だが、世の中が複雑になる過程で、「普通のいい子」がそれこそ<普通に>非行に走った結果のひとつの形態と見なしたほうがいいだろうと、メロはそう思っていた。<L>には、通信機越しに自分はそう分析していると言ったら、「興味深い意見ですね」などと面白がられてしまったが……。
 メロはその夜、眠る前に地下の通信室でLと軽く業務連絡を取りあった。メールでも済むような話ではあったが、なんとなく彼と少し話がしたくなったせいだった。そして今日学校で見聞きしたこと、また「アリス・リード」というポアンカレ予想の検証をしていた生徒が超能力者ではないかと思うことをLに話した。
『なるほど……ポアンカレ予想とは尋常ではありませんね。彼女は経歴によるとポアンカレ予想を解いたと言われるペレルマンと同じく、十六歳で国際数学オリンピックに出場し、金メダルを取っているそうですが――相当に才能豊かな女性のようですね』
「だからこそ、怪しいんだろ」と、パキッとチョコレートを食べながらメロは言う。「カイ・ハザードに異常なくらいチェスの才能があったみたいに、元自閉症児の超能力者には何かの分野に関して飛び抜けた才能があるらしいからな……とにかく俺は「アリス・リード」って女と例のマトリックス野郎をこれから張ることにする。他に、近頃転校してきた生徒を全員チェックするのも大事かもしれないな」
『マトリックスですか。もしかしてそれは例の……?』
「ああ。例の一件以来、奴はそう呼ばれてるらしいぜ。銃乱射事件の犯人が発砲した弾はことごとく、<マトリックス>みたいに奴をよけていったってことでな」
『なるほど。面白いですね……これでもし彼がPKであることが判明し、さらにアリス・リードなる女性の能力も判明したとしたら――例の美術館の絵画すりかえ事件は解決に一歩近づくかもしれません』
「あ~、そのことなんだが、L」と、メロはどこか言いにくそうに言葉を濁している。「今日ニアの奴から連絡があってさ、メールの文面を読むにどうも、このコンドミニアムを譲れって言ってるような気がするんだよな……まあ、向こうはニアの子守りにふたり部下がいるわけだから、ここを基地として使いたい気持ちはわかる。だが、俺はあいつと一緒に暮らすと考えただけでも虫唾が走るし、それならどこか別のところに部屋でも借りようかと思ってさ……」
『そんなことは気にしなくていいですよ、メロ』Lがよもやスクリーンの向こうで笑いそうになっているとは、メロは思いもしない。『それに、わたしもロンドンでの事件が解決次第、あなたたちと合流する予定ですから、そのコンドミニアムはメロひとりで占領していてください。ニアが住む高校近くの物件も、そんなに悪くはないはずですよ……パステルカラーの似たような一軒家の立ち並ぶ、庭にパームツリーが生えた素敵な住宅です。その通りには、メロが先ほどいったアリス・リード、彼女も住んでいることですし、言ってみればこれも仕事の一部ということです』
「っていうことは、Lは最初からそのこと知ってたのか」
 せっかく手柄を取ったと思ったのに、そう思いながらメロは、二枚目の板チョコレートの銀紙を剥がす。
『ビバリーヒルズ高校の在校生徒のデータをワタリにハッキングしてもらったんですよ。ちょうどその資料に目を通してメロに送ろうと思ってたら、あなたから連絡が来たものですから……』
「そっか。じゃあ、早速その資料、こっちにも送ってくれ」
 最後にメロは、ラケルが元気かどうか、今何してるかと聞いてから、Lとの通信を終えた。彼女は今眠っているが、とても元気だという話だった。ロンドンとロスの時差は約三時間ほど――今が深夜の二時であることを思えば、彼女はまだ眠っていてなんらおかしくはない時刻だった。
(っていうか、Lまたほとんど徹夜じゃんか)
 まったく、一体いつ眠っているのやらと思いつつ、メロは欠伸とともに伸びをする。明日から学校で授業があるので、そろそろ寝なければならないと、彼は思う。そして最後にLが送ってくれたビバヒル校在校生の個人データを受け取り、その中の転校生を何人かチェックした。
(もしかしたら偽名なのかもしれんが、結構バレバレだな)
 もっとも、相手が本当に超能力者かどうか、それとも本当にただの転校生なのかには、見極めが必要なことではある。それでもこれだけマークすればいい人間が絞られているなら――相手に揺さぶりをかけるのは、そう難しいことではないかもしれなかった。何しろ相手は<マトリックス>なのだから、もしかしたら自分の能力をひけらかしたい気持ちを持っているかも知れないではないか。
(ま、なんにしても明日のことは明日考えるさ)
 そう思いながらメロは、馬鹿でかい主寝室のダブルベッドで眠りに落ちていった。あまりにベッドが広いせいで、思わずラスティスのことが脳裏をよぎる……メロはあのあと<殺し屋ギルド>のフランス・パリ支部まで彼女のことを尾けていたが、ロスに超能力者たちが集められるという情報を得、すぐにアメリカへ飛んできたというわけだ。
 どのみち、アリス・リードやマトリックス野郎を追う過程で、ラスティスとはまた会うことになるだろう――メロはそう判断していた。Lにはまだラスと寝たことは伏せていたが、彼にしてみればラスの体の火傷の痕が何故こんなにも気にかかるのか、その謎が解けないことには……Lにもまだそのことを話す気には、とてもなれなかったのだった。



【2008/09/17 01:03 】
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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(5)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(5)

 ドイツのフランクフルトにある、欧州中央銀行へは、ジェバンニとリドナーが無事ユーロ紙幣の原版を返しにいった。自殺した初代総裁のウィレム・ダウゼンベルヒの次に総裁として名前が挙がっていた、ジャン=クロード・ノワイユが新総裁として着任していたわけだが――彼にはひとつの黒い噂があった。そしてそのことにより、ニアもLも彼のことをまったく信用していなかったわけだが、ノワイユ自身はドヌーヴの探偵としての腕を非常に高く買っていたと言われている。
 ゆえに、ジェバンニもリドナーも彼が下にも置かぬ対応で色々もてなしてくれるのは有難い反面、多少面倒だと感じないこともなかった。業務報告がてら話をしているとどうも、ノワイユはジェバンニのことをドヌーヴだと勘違いしている節があり(一応最初に、彼はドヌーヴの部下に過ぎないという説明はしてあったのだが)、リドナーはその秘書といった立場であるように、ノワイユは勝手に解釈したようだった。
「どうも、あやしい感じですね」
 オカルト探偵、ロジェ・ドヌーヴが本拠としているパリまで戻ってくると、ジェバンニはニアにそう報告した。メキシコからそのままドイツへ向かったわけではなく、三人はワタリとともに一度、フランスへ戻ってきていた――何より、ニアが二人とともにメキシコへ向かったのは、一刻も早くユーロ紙幣の原版が本物であるかどうかを確かめたかったからに他ならない。ゆえに、その確認が済んだ以上は、ドイツまでわざわざ自分が足を向ける必要はないと判断していたのである。
「一体どのへんが怪しいんですか?」と、線路のジオラマを作成しながら、ニアは言った。トンネルが通る山を発泡スチロールで作り、そこに緑色のスプレーで着色していく……さらに本物そっくりの樹木を一本一本植樹していくのは、なんとも気が遠くなる作業であるようにしか見えない。
「いえ、その……確かに我々は歓待されましたし、ノワイユ総裁はドヌーヴに絶大の信頼を置いているような口振りでした。フランスのシラク大統領が、エリゼ宮にドヌーヴを招待して、一度話をしてみたいと言っていたとも聞きましたし……」
「馬鹿らしいことですね」ニアはのどかな田舎の野山にレールを敷設しながら言う。「探偵というのは、面が割れてしまえばおしまいです。何しろ、今はシャーロック・ホームズが生きていた古き良き時代とは違うんですから……シラク大統領にしても、自分のちょっとした好奇心を満たしたくて、ドヌーヴに会いたいに過ぎないんですよ。まあ、そんなくだらないことはどうでもいいですが、ノワイユの腹が黒いことなど、わたしやLはとっくに看破していることです。わたしとLは最初、カイ・ハザードがダウゼンベルヒのことを操って殺したのは、原版を盗むために指紋や網膜照合、さらに電子ロックのパスワードが必要だったからと考えました。ですが、どうもそれでは話の辻褄が合わないと思ってはいたんです……推理というのは、仮説と修正の繰り返しみたいなものですが、わたしはヴェネチアでカイ・ハザード本人に会って確信しました。彼は人殺しについては、おそらく嫌々ながらやっていたのでしょうね。ダウゼンベルヒが死に、新総裁の候補として名前が挙がっていたのが、ノワイユの他にもうひとりいました。オランダ銀行総裁のアルノート・ファン・ニステルローイです。彼は初代総裁のダウゼンベルヒと以前からこう約束していたそうですよ……自分の次は必ずニステルローイを総裁にすると。ですがニステルローイは、スイスのルツェルンにある別荘で溺死しています。時期が時期だったということもあり、当然陰謀説が囁かれましたが、検死の結果はプールで心臓麻痺を起こしたことによる溺死と判断されました……このことを、どう思います?」
「どうって、言われても……」と、ジェバンニはちょっとの間口ごもる。ちらとリドナーに視線を向けるが、彼女は今パソコンに向かい、探偵のドヌーヴ宛てにきたメールをまとめている最中だった。
「その、こうは考えられないでしょうか?カイ・ハザードがダウゼンベルヒ同様、ニステルローイのことも殺したんです。相手に強い暗示をかけられるなら……プールで溺れて死なせるなんて、簡単なことですよ」
「そうですね。わたしもその点については考えました。確かにその可能性はゼロではないにしても……彼と似た力を持つ人間がもうひとりいるとカイ・ハザードに聞いて、ちょっと推理し直すことにしたんです。ニステルローイはスイスの別荘でひとりの婦人と若い娘に会っていたそうですからね。ただし、名前や素性がまったくわからない。マスコミ向けとしては、ニステルローイはそこで、一足先に家族が来るのを待っていたということになってはいます。しかし、わたしやLが調べても相手の女性の名前がわからないというのは……これは余程のことです。そこで、Lにカイ・ハザードから得た情報を元にこう報告しました。おそらく若い娘の名前はカミーユ・ヴェルディーユ、そして婦人のほうは母親のソニアだったのではないかと。カミーユが超能力を使ってニステルローイを溺れさせ、結果として彼は心臓麻痺により死亡した、こう考えれば話の辻褄は合います」
「なるほど。流石はニアですね!」
 ふむふむと、いかにも考え深げに、ジェバンニは何度も頷いている。そんな彼に対してニアは、「……………」と思うのみだった。ジェバンニはオカルトに造詣が深いだけあって、こうした話について「そんな馬鹿な!」といった反論をすることは少ない。だが、リドナーのように時々反対意見を言われたほうが、ニアは不思議と納得のいくものを感じる。
「ニア、我々の留守中に届いたメール及び、<表>のサイトの書きこみなど、情報分析終了しました」
「どうせまた、くだらない書きこみやメールばかりだったんでしょうね」と、ニアは溜息を着く。「UFOを見かけたとか、あるいは超常現象についてとか……どこかで聞いたような話を繰り返されるのはたくさんですから、その報告書の分析はジェバンニに回してください。中でこれだけは信憑性がありそうだっていうものだけ、わたしにファイルとして渡してくれれば、あとは<L>にそれを送っておきます」
「わかりました、ニア」と、リドナーは答えて、報告書としてまとめたものを印刷している。最初のこうした<絞りこみ>は彼女が行わないと――ジェバンニは愚にもつかない情報を時々鵜呑みにしてしまうことがあるのだ。そんなわけで、リドナーは溜息を着きながら印刷の終わったものをファイルし、ジェバンニに渡した。
「ところでニア、今の話を聞いていて思ったんですが、つまりヴェルディーユ博士……いえ、<殺し屋ギルド>にとってニステルローイは邪魔な存在だったということですね?<殺し屋ギルド>にとっては、自分たちがより扱いやすいノワイユに欧州銀行の総裁に就いてほしかった……そう考えればダウゼンベルヒが何故死んだのかがわかります。単に指紋や網膜照合、電子ロックのパスワードといった情報が欲しいだけなら、殺す必要まではない。何故なら、カイ・ハザードには人を深い催眠状態に陥れる能力があるわけですから、彼にすべてを話すよう仕向け、指紋や網膜照合といった必要なデータを取得後、すべてを忘れるよう再び暗示をかければいいだけの話だからです。わたしの言ってること、間違ってるでしょうか?」
「いいえ、リドナーはいつも話が早くて助かります」
(もうひとりのオカルトマニアとは違って)という言葉を、ニアはとりあえず飲みこんでおく。ジェバンニはリドナーからファイルを渡されるなり、「おお!」とか「これは……!」とひとりでブツブツ呟いてばかりいる。そんな彼のことは一切無視して、ニアはリドナーと話を続けた。
「ここからはわたしの推測の域を出ないことも多少混じりますが、カイ・ハザードは彼の尊敬するファーター……エッカート博士やその片腕のソニア・ヴェルディーユの父親を亡くして以来、自分の所属する超能力施設や<殺し屋ギルド>のやり方といったものに疑問を持ったんでしょうね。そんな彼の元にノワイユを殺すよう命令が下り、カイ・ハザードは一計を案じた……裏の世界で色々な仕事をさせられた彼は、<L>やドヌーヴといった探偵の噂については前から知っていたのでしょう。ソニア・ヴェルディーユが娘のカミーユの延命のことしか考えていないとすれば、これから超能力を持つ子供たちが人工的に次々と誕生させられ、影の組織で実験台とされることは目に見えています。カイ・ハザードは超能力を所有する今の施設の子供たちと、次世代の超能力者たちのことを守りたかった……そこで、ダウゼンベルヒ殺害の命令の裏をかいてむしろそのことを利用した、そう考えるのが可能性として一番高いことです」
「なるほど。これで色々なことの辻褄が合うとわたしも思います。原版を盗んだ時のあのやり口は、超能力を使ったとしか言いようがないという部分が確かにありました。そして、まだいくつか解明されない疑問点も残されています。ニアの話では、カイ・ハザードは他の能力者たちがどういった種類の超能力を持っているかは教えなかったということですよね?ですが、あの犯行のやり口から見て、ある程度それがどういった力によるものなのか、推測できるようにも思います」
「そうですね」と、ニアは軽く溜息を洩らす。ジオラマ作りに飽きた、というわけではない。超能力など、実際にこの目で見るまでは信じるまいとこれまで思ってきただけに――自分の話す言葉がやけに現実離れして感じられるせいだった。「まず、監視カメラがめちゃくちゃに潰されていたことから、能力者のひとりに念動力、PK(サイコキネシス)の力を持つ者がいると見ていいでしょう。あとは電磁波を操れる人間、さらにはテレポーターがいるかもしれません……わたしの超能力に乏しい知識でわかるのは、そんなところでしょうか」
「ニアの意見に同意します。それならば色々なことの辻褄が合いますから……もともと、カイ・ハザードには指紋や網膜照合、電子ロックのパスワードといったものは必要がなかった可能性さえあります。ただ、そうなるとまた新たに疑問な点が浮かんできますね。瞬間移動できる能力者がいれば、その者ひとりだけでも十分可能な犯行だったとも言えるからです。むしろ、カイ・ハザードが欲しかったのは赤外線探知機など、セキュリティ・システムについてや、原版のある金庫室の見取り図といったものだったのではないでしょうか?」
「流石はリドナー、鋭いですね」ニアは敷設したレールにSLを走らせながら言った。機関車はホームを出発すると、紅葉した野山のトンネルを抜け、のどかな農家の傍らを通りすぎてゆく……彼はジオラマにさらなるドラマ性を与えるために、今度は農場に柵囲いを作って、そこに牛や馬を配することにした。「カイ・ハザードは自分のことを、生まれながらの段取り魔だと言っていました。そして、物事にはなんでも万が一ということがあると……つまり、彼はユーロ紙幣の原版を盗むなどという大罪を犯す以上は――また、そのことに大切な仲間の能力者たちを巻きこむ以上は、相当念入りにこの計画を立てたものと思われます。テレポートの能力を持つ人間が建物内に入りこんだ場合、不用意にセキュリティ・システムに触ってしまう可能性がありますから、まずそのシステムをダウンさせるために電磁波を操る能力者、あるいはサイコメトラーといった能力の保持者がいると考えられるでしょうね。あとは監視カメラのある場所を事前にチェックしておいて、PKを持つ能力者にそれをすべて破壊させる……いいですか?彼らはこのおそるべき犯行を行うのに、五分とかかっていないんです。そして、あなたたちふたりがドイツへ行っている間に、<L>からまた新たな依頼がありました」
 これです、と言って、ニアは百以上あるモニターのひとつ――中央の一際大きい画面に、あるひとつの映像を映しだす。
「これは……!」と、思わず息を飲んだのは、リドナーだけではなく、ジェバンニも同様だった。一応彼もまた、オカルト・ファイルに目を通しつつ、ふたりの話を聞いていたのである。
「すみません、ニア。今のもう一回お願いできませんか?」
 もっとよく見たい、というようにジェバンニはスクリーンの近くまで椅子を運んでいる。確かにオカルトマニアにはたまらない映像だろうと、ニアはそう思いながら、テープを巻き戻す。
「この映像が捉えられたのは、ルーヴル美術館内でのことです。ほんの瞬きするかしないかの間に、白い幽霊のような人影が映って、そして消えています……時間は深夜の二時過ぎということを思えば、いっそのこと幽霊の衝撃映像ということにでもしたいくらいですが、おそらくこれがテレポーターの正体ではないかと、<L>はそう思ったみたいですね」
「つまり、どういうことですか?」と、リドナーがニアに話の先を促す。
「美術館へ行くと、時々監視カメラと目が合うでしょう?ですが、それらの多くのものはフェイクである場合が多いんですよ。実際のところ、数多くの監視カメラの映像をチェックするのは、コストがかかり過ぎますからね……大抵の監視カメラは心理的な威圧のために美術館では仕掛けられていることが多いんです。大体、真っ昼間から絵をすりかえて盗むだなんて、捕まる可能性があまりに高すぎますから、そんな大胆な犯行を行う者はいないでしょうし……そんなわけで、夜間も美術館の警備は絵画などを動かそうとしたらアラームが鳴る、その瞬間にその区画の出口を塞ぐべく柵が下りてくるといった囲いこみを行っている場合が多いんです。これは偶然運良くというべきか――おそらく、位置からしてテレポーター本人は監視カメラの位置に気づかなかったんでしょうね。たまたま映像として保管することの出来た、非常に貴重な証拠品です」
「このことからも、超能力者について、新たな推測が生まれますね」と、ジェバンニが何故か嬉しそうに言う。「ルーヴル美術館はとても広い……その中で彼女が何を盗んだのかまではわかりませんが、一度に<飛べる>力にはおそらく限界があるんですよ。館内で何かを盗み、無事安全な場所まで一息に飛べるほどの力はおそらくないんでしょう。絵か何かを盗んで、一度瞬間移動し、この監視カメラの映像が捉えた地点で一瞬姿を現し、それから外へ出た……そう考えるのが自然だと思います」
「なるほど。あなたにしてはなかなか鋭い推理です。ところで、よく『彼女』が絵を盗んだとわかりましたね?」
「だって、白っぽいフードを被った装束を着てるみたいですけど、どう見たってこの後ろ姿は女性っぽいですよ。ただ、大きな絵を手にしてるとしたら、体からはみでるでしょうから……そう考えると、盗んだのはわりと小さめの絵だったんじゃないでしょうか?それとも、これは絵を盗む前の映像だったとも考えられますが」
「そのとおりです」こういう時だけジェバンニの推理が冴えるのは何故だろうと思いつつ、ニアは無表情のまま答える。「さっきも言ったとおり、ルーヴルでは絵画を外そうとすると警報が鳴って柵囲いが下りてきます。そして警備員が駆けつけるまでの時間が約十五分ほどですか……何分、広いですからね、ルーヴルは。相手がテレポーターなら、そんな柵囲いは意味ないですから、当然警備員が駆けつけた時、そこには誰もいなかったんです。そして何かが盗まれた形跡もなかったために――警報の誤作動ではないかと、美術館の警備員は館長に報告したようです。しかし、なんとなく不審に思ったファリエール館長は、その区間を一時的に閉鎖して調べることにしたというわけですね。そしてわかったのが……フェルメールの『レースを編む女』という絵が本物そっくりの贋作にすりかえられていたということでした」
「えーっ!!それって世紀の大事件じゃないですか!!」
 白い幽霊のような映像が映ったその瞬間で画面を停め、ジェバンニはそう叫ぶ。ズームであちこち引き伸ばして見るが、彼女が何か大きな物を手にしているとは思えない。フェルメールの『レースを編む女』なら、彼も一度ルーヴル美術館で本物を見たことがある……確か、縦24cm、横21cmくらいのそんなに大きくはない絵だった。
「時間的には、この人物が監視カメラの映像に映ったのは絵を盗んだ犯行後のことです。何しろ、ほんの一瞬映ったか映らないかくらいのことですからね……警備室の人間が見落としても、まったく無理のない話ですよ。実をいうとこの手の事件が数か月前から世界各地の美術館で起きていて、ニューヨークのメトロポリタン美術館ではサージェントの『マダムX(ゴートロー夫人)』が、フィレンツェのウフィツィ美術館ではボッティチェリの『ザクロの聖母』が、パリのオルセー美術館ではミレーの『落穂拾い』が、ロシアのエルミタージュ美術館からはゴッホの『夜の白い家』が盗まれているといった具合ですね……他にもマドリードのプラド美術館やロンドンのナショナル・ギャラリーなどからも絵画が盗まれているようですが、まあやり口は基本的にどこも一緒です。中にはいくら瞬間移動の能力があるとはいえ、ひとりで運ぶには大きすぎるサイズのものがあることを思えば……他にもうひとりテレポーターがいるか、仲間と一緒に瞬間移動を繰り返して盗んだかのいずかでしょうね」
「ですが、それでは今盗まれた絵の代わりはどうなっているんですか?」と、リドナーが彼女らしく分析的な質問をする。「一部の展示室を一時的に閉鎖することは、美術館ではよくあることです。しかしながら、いつまでも隠しておけるようなことではないでしょう?にも関わらず、わたしの記憶する限り、どこの新聞でもニュースでも、世界の大美術館所蔵の絵が盗まれたなんていう話、報道してませんから……まさかとは思いますが……」
「そのまさかですよ」ニアはさもおかしいことを聞いたというように、ニヤリと笑っている。くるくると髪の毛を指で巻き取りながら。「犯人は、絵画を盗む際に必ず本物そっくりの絵を代わりにかけていくんだそうですよ。それこそ、よほど鑑識眼のある美術鑑定家がルーペを使ってじっくり眺めまわさないことには、気づかないほどの素晴らしい贋作をね……こんな面白い事件に、<L>が飛びつかないわけがない。ですが、彼も色々と忙しい身の上ですから、この事件はわたしに譲ってくれるそうです。今はどこの美術館の館長も、いつ贋作であることがバレるかと毎日冷や冷やしながら胃薬と仲良くしてるそうですから、早く本物を取り返して彼らの心の重荷を取り去ってあげること、それが我々の急務というわけです」
「そうは言っても」と、ジェバンニがぽりぽりと黒髪をかきながら言う。「ニアには何か策があるんですか?なんといっても相手は超能力者ですからね、普通に真正面から当たっても我々に勝ち目はありません……具体的にどうするつもりなんですか?」
「幸い、アメリカの美術館からも何作か作品が盗まれてますので、ここはエラルド・コイルことメロと協力することにしました」
「メロと……!?」
 リドナーとジェバンニは顔を見合わせて驚く。ふたりとも、メロとは直接会ったことはない――だが、時々ある事務的な業務連絡というのか、互いの間の情報交換というのか、そうしたものを通しただけでも、自分たちの上司と彼は不倶戴天の敵なのだとわかっていた。ニアからも、彼とは<L>の座を競い合うライバル同士なのだと聞いている。
「ではその場合、事件解決の手柄はニアの手に渡るのか、それともメロの手に渡るのか、わからないということになるのでは……?」
「その点は心配無用ですよ、リドナー」ニアはSLがジオラマを一周して、ホームへ戻ってきたところで停めた。あとは風景のディテールを完成させて、次はタイタニック号の模型でも作ることにしようと彼は思う。
「そもそもこの事件は――というのは、超能力者が絡んだ事件全般において、ということですけどね――わたしとLとメロが協力しない限り、解決が難しいだろうと思うんです。それはメロも一緒でしょう。ですから、渋々といった体ではありましたが、きのう彼から連絡がありましたよ……なんでも、L経由でわたしに伝えるなら伝えろってメロは言ってたそうですが、そういうことなら直接わたしに連絡するようにLが言ったんだそうです。それで、超能力者たちがロサンジェルスにいるらしいことを彼が突きとめたと聞きました」
「では……!!」
 先を越された、という顔をジェバンニとリドナーがしているのを見て、ニアは内心おかしくなる。そんなに焦らなくても――自分たちにはまだ<切り札>があるということを、彼らは忘れているのだろうか?
「まあ、そんなわけで明日、ロサンジェルスへ移動することにしましょう。切符の手配などはすべて、リドナーにお任せします」
「……はい」と、リドナーは答えた後で、ふときのう飛行機の機内で見た新聞の見出しのことを思いだす。
「あの、ニア……もしかしたらまったく関係ないかもしれませんが、ビバリーヒルズの高校で起きた銃の乱射事件、あれは超能力者と何か関係があるんでしょうか?」
「鋭いですね」ニアはタイタニック号を作る模型の材料は、ロスで購入しようと考えながら言った。「あの事件には少し、おかしな点があるんですよ……まず、犯人の生徒ふたりは銃を乱射して無関係の人間十二人を殺害しています。そして十三人目――ルーク・フォスターという十七歳の青年がふたりを止めるために仲介役として説得工作をしたというんです。そしてほどなくして、ふたりは泣きながら警察に投降してきたらしいですよ……その青年が撃たれるところを、何人もの生徒が『見た』と証言しています。ですが、銃弾は<不自然なくらい彼を避けて>いたように見えたと、そう犯人も目撃者も言っているんです。おかしいと思いませんか?」
「なるほど。きっとそいつがPKなんじゃないですか?」とジェバンニが興奮したように口を挟む。「サイコキネシスの能力を使えば、弾道を逸らすことなんて、簡単でしょうから……いえ、僕もそんなこと、漫画かSFの世界にしかありえないって思ってましたけど、超能力っていうものがこれほど現実味を帯びていることを思えば、ありえなくない話じゃないですか」
「そうですね」と、ニアは溜息を着く。「まあ、なんにしても、メロはすでにもうその高校へ生徒として潜入する手続きを取ったそうですから、我々もなるべく早くロスへ向かいましょう」
「はい!!」
 リドナーとジェバンニは、それぞれ分担作業で自分のなすべき仕事を終えると、それぞれの部屋へ戻っていった。ニアは自分のおもちゃ部屋で、お気に入りのロボットを選別すると、ジェバンニにトランクへ入れるよう明日命じるつもりでいた。後のことは――ロサンジェルスへ到着してから考えればいいことだと、そう思いながら、ニアはその夜、天使のような寝顔で眠りに落ちていった。



【2008/09/17 00:45 】
探偵L・ロサンジェルス編 | コメント(1) | トラックバック(0)
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