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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(4)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(4)

 カイ・ハザードとのチェス勝負のあと、ニアはメキシコにいた。ワタリの操縦する自家用ジェット機で、メキシコ・シティ国際空港――ベニート・フアレス国際空港と呼ばれることもある――へ到着し、そのままジェバンニとリドナーを引き連れ、タクシーでメキシコシティにある国立銀行へ向かう。そこにある貸金庫のひとつに、カイ・ハザードたち超能力者が結託して盗んだ、ユーロ紙幣の原版が保管されているためだった。
 何故そこに原版が保管されているとわかったかと言えば、例のカイ・ハザードが残したクロスワード・パズルにそのヒントがあったためだ。キリル文字による語句をすべて埋めてみると――『リュウゼツランのヘソの中』ということになったわけだが、ニアにはすぐにその意味するところがわからなかった。もちろん、インターネットで調べればすぐにわかったには違いないが、ニアはその答えについて目の前にいる自分より知能が上の人間に、とりあえず聞いてみようと思った。
「<竜舌蘭の臍の中>ですか。それはたぶん、メキシコのことでしょうね。テキーラはメキシコ原産のお酒ですが、竜舌蘭という植物から製造される蒸留酒がテキーラなんですよ……つまり、メキシコにある銀行のどこかにユーロ紙幣の原版が眠っているんじゃないでしょうか。このヒントだけで安全な保管場所を連想しろということは、他に考えられないような気がします」
「そうですね」と、ニアは軽く溜息を着きながら答える。この人にはいつも負けてばかりだと、そう感じながら。「では、<L>の名前で国立銀行を洗っていただけますか?ドヌーヴの管轄はあくまでもヨーロッパが主ですから……メキシコ政府にはコイルか<L>の名前を通したほうがいいと思います」
「わかりました。では、<L>の名前で貸金庫を調べさせましょう。通常、貸金庫の中身についてはどんな上得意の客にもプライバシーの保全上教えられないことになっていますが――メキシコのペソ札の原版が盗まれて、フランスの銀行のどこかに眠っていることの逆バージョンと思ってもらえれば……大統領も速やかに動いてくれるでしょう」
「メキシコの大統領と連絡を取るつもりなんですか、L?」と、ニアはやや驚いた。
「仕方ありませんよ。警察機関や金融機関の人間を動かしたのでは、時間がかかりすぎます。それよりは鶴の一声とも言える大統領命令で隠密に各機関へ働きかけてもらったほうが、事は簡単です……ただし、欧州中央銀行の新総裁などはうるさく言ってくるかもしれませんがね。そのへんの対応は申し訳ありませんがドヌーヴにお願いします」
「……わかりました、L」
 これで、ある意味メキシコ政府はEUに恩を売った形となり、ユーロ圏における市場はペソに有利なように働く可能性が高い……メキシコの経済は不安定なことで知られるが、対米依存度からの脱却をこれではかることができたとしたら、世界におけるメキシコの地位は群を抜いて高いものになる可能性もある。GSの予想では、2050年頃のメキシコのGDPは第4位のブラジルに次いで第五位となっているが(ちなみに1位はアメリカで2位が中国、日本は8位である)――そうしたことも考え合わせると、今度の一件が世界経済に与える影響はかなり大きいと言わざるをえない。
「これは事件には直接関係のない個人的な質問ですが」と、ニアは巻き毛をくるりと巻き取りながら言った。ヴェネチアのホテルの一室でのことだった。「Lは自分のした選択が怖くなることはありませんか?今回のことのように、<L>がその選択をしたことで、未来の世界経済が塗り変わる可能性だってあるわけですから……メキシコ政府の金融機関の上層部は誰も、今回の一件について他言はしないでしょうが、いざとなったらユーロ圏の国々に救いの手を差し伸べてもらえる<切り札>を所有することになるわけです。これがあるのとないのでは、天と地ほども差があると言っていいでしょうね」
「そんなに難しいことは、わたしは考えてないんですよ、ニア」彼の尊敬するLは、ラケルが淹れてくれた紅茶を飲みながら言った。口許には、微かに笑みが読みとれる。「わたしも一時期マネーゲームを遊びとして楽しんだことがありますが、基本的に物事というのは、なるようにしかならないものです……市場経済というのは一刻一秒、凄まじいまでの速さで変化していくものですからね。この先の世界の経済がどうなるのかなんて、わたしにも予想は不可能です。ただ、自分が解決すべき事件の最善策を取り、そのことに伴う二次的な出来事については――神の御手に委ねるのみといったところなんですよ」
「Lがそんなに信心深いとは知りませんでした」
皮肉とも取れるようなニアの言い種に、Lはまた微かに笑みを洩らす。
「まあ、そのうちニアにもわかる時がきます。<L>はICPOの切り札などと言われていますが、トップに立つ人間というのは常に孤独なものですから……どんな難事件も解決して当たり前ということになると、その重圧は時にプレッシャーともなるかもしれません。ですが、わたしはマネーゲーム同様、これを楽しい・面白いと思うからやるんです。ゆえにわたしは、自分が興味を持った事件にしか絶対に手は出しません。わたしが事件の解決に乗りださなかったことで、無用な血が流れることになったとしても、またそのことで非難を受けたとしても――それは仕方のないことです。ひとりの人間が全世界のあらゆる事件に手を出して解決するなど、元から無理な話なんですから」
「……………」
 もぐもぐ、むしゃむしゃとケーキやシュークリームを食べるLを見ながら、ニアは考える。将来的にもし自分が<L>の跡を継いだとして、その重圧に耐えられるのか、ということを。
「ちなみに、わたしはとても卑怯でずるい人間ですからね。ただの正義心から世界中の色々な事件に首を突っこんでいるというわけではないんです……わたしが<興味ある事件>と呼ぶからには、そこにはそれなりの意味と動機があります。まずひとつ目が、遊びの延長であり趣味としての事件解決、そしてふたつ目は自分の命に関わることだから必死に捜査している事件と二種類あるんですよ。まあ、その中間に位置する、やむをえない事情により手を出すことになった事件も存在しますけどね……結局あとから見れば<L>のその後にプラスとして働く場合が多いことを思えば、わたしはそうした探偵としての「勘」により事件を選んでいるとも言えるかもしれませんね」
<L>の命に関わることと言うのは、とニアが聞きかけた時、ラケルがチョコレートフォンデュを銀のトレイに乗せてやってきた。マシュマロやイチゴやキュウイなどをチョコレートにつけて食べるというものらしく、チョコレートの甘ったるい芳香を嗅ぐとニアは、反射的にメロのことを思いだしてしまう。
『<L>の跡は、おまえが継ぎたければ継げばいいだろ』
 スクリーン越しにそう言われた時、ニアは奇妙な違和感を覚えた。<L>の地位というのはニアにとって、メロに完全に勝利してこそ得られるものだった。その過程でお互い死に物狂いで難事件を解決し、その件数や難易度を競う、そのことがニアにとっては面白いことなのだ。ゆえに、メロに完全に勝利せず<L>の地位を手に入れたとしても――なんだかまったく納得がいなかった。
『<L>の地位にまったく興味がなくなったっていうわけじゃない。少なくとももしおまえが<L>の跡を継いで、俺がおまえの下で働くっていうことになるんなら……そんなのは絶対にご免だね。ただし、Lが<L>であるうちは、いくらでも協力は惜しまないっていう今のところはそんな感じだな。俺は<L>にはなれないから、その座に着こうとは思わなくなった……が、Lは最終的に俺とおまえのどっちが<L>の跡を継ぐに相応しいのか、現段階ではわからないと言ったんだ。仮に俺がその権利を放棄するにしても、おまえよりも俺のほうが<L>の座に相応しければ俺のことを選ぶとさ』
「じゃあ、尻尾を巻いて逃げるというわけじゃないんですね?」
 ニアは、メロの闘争心を焚きつけるようなことをわざと口にしたが、その後彼からの通信は、『なんとでも言え』の一言で一方的に切れてしまった。
「わたしがいかに卑怯でずるい人間かというのは、ラケルが一番知っていることです」
 唇からだらだらチョコレートを流すLを見つめながら、「……………」とニアは思う。ラケルはそんな彼の横にいて、「ほらもう、食べるか喋るかのどっちかにして」などと言いながら、Lの口許をハンカチで拭っている。いつも思うことではあるが、まるで子供とその母親といったようにニアの目にはふたりのことが映っていた。
「それは本当ですか、ラケル?」とニアが聞くと、彼女はにっこりと笑って自信ありげに答える。
「ええ、とっても」
(何故そこで笑顔になるのかが、わたしには理解できません……)
 その翌日には、ニアはローマからメキシコへ発ち、Lはロンドンへ向かった。メキシコ政府の大統領命令で、ユーロ紙幣の原版が保管された銀行がわかると、ニアはタクシーでそこまで向かいはしたが、直接の取引にはジェバンニを向かわせた。ひとりの人間がなんの警護もなくEUの威信を揺るがすものを取りにきたことに、銀行の頭取は驚いたらしいが――他の客に対するのと同じうやうやしい態度で、貸金庫の鍵を渡してくれたという。
 ジェバンニは目当てのものをアタッシェケースに入れて鍵をかけると、「グラシアス!」と頭取に挨拶して国立銀行を出た。彼は後部座席のニアの隣に腰かけ――ちなみに、ニアを真ん中に挟む形でリドナーがもう一方の窓際に座っている――どこか誇らしげな顔をして、自分の上司にアタッシェケースを差しだした。
「こんなもののために、我々も随分苦労したものですね……」
 リドナーが空港へ戻るようタクシーの運転手にスペイン語で伝えると、「Muy bien」(かしこまりました)と彼は答え、バックミラーにちらと視線をやった。普通に見たとすれば、真ん中に子供が座っており、その両端を守るように両親がいるの図、といったところなのだろうが、どうも奇妙な物々しさがある。しかも、父親と母親はダークスーツに身を包んでいるというのに、真ん中の子供は真っ白なパジャマを着ているのだ……(まあ、金にさえなれば俺はなんでもいいが)と、クチャクチャガムを噛みながら、彼は思う。そしてラジオから聴こえるレゲエのリズムを口ずさみ、安全運転で道を進んでいった。
「とりあえず、尾行などは着いていないようですね」ジェバンニがサングラスを外しながら、安心したように言う。
「それはそうでしょうね。<L>がメキシコの大統領とそういう約束を取りつけたんですから、当たり前です」
「そうでしょうか」と、混雑している道路の後方をなおも注意深く見つめながら、リドナーは気が抜けないような顔をする。「メキシコ政府はこの原版を<切り札>として使おうと思えば使えたはずです……最低でもわたしなら、どこのなんていう人間がその<切り札>となる品物を取りに来たのか、情報機関の人間に張らせただろうと思いますから」
「まあ、リドナーの言っていることは正論ですが、この中身はおそらく本物でしょう。確認は空港についてから飛行機の中で行いますが、今のメキシコ政府が欲しいのはユーロ圏の国々からの経済市場に対する援助なんです……この千載一遇とも言える機会を大統領が逃すはずがありません。もし尾行がついていたとしたら、それはむしろ警護のためでしょうね。何しろこの原版が無事ドイツのフランクフルトへ届かないことには」と言って、ニアはコツコツとジェラルミン製のアタッシェケースを叩く。「その援助はパアになってしまうわけですから」
「まあなんにしても、ニアとリドナーのことは僕が命に代えても守ってみせます」
 頼もしげに胸を叩くジェバンニのことを、リドナーもニアも「……………」と思って見つめる。彼が正義と善を純粋なまでに守りたいと考える気持ちはわかるのだが、やはりそれだけでは人は救えないと、ふたりにはわかっていた。だが、むしろそこにこそジェバンニをドヌーヴの片腕に選んだ<L>の真意があると、そう読みとってニアは思わず溜息を着く。
(計算と打算と狡猾さ……それ以外にもわたしが探偵業から学ぶことはあると、<L>はそう思ったんでしょうね)
 プラス、子供の情操教育には、ジェバンニのような人間が欠かせないと、Lが思ったかどうかまではニアにもわからない。ただ今思うのは、行きの飛行機に引き続き、帰りの飛行機の中でも――古代インカ帝国の謎がどうの、空中都市マチュピチュの遺跡がどうのというオカルトに関連した話を聞かされると思っただけで……リドナー同様(少しは空気を読め)と、自分の部下に対して感じるニアなのだった。



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【2008/09/02 19:33 】
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