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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(3)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ち天使たち~(3)

(これは、もしかして盗聴器……?)
 一方ラスティスは、荒れ狂う感情に身を任せて泣き叫ぶ中で、突如として救いの船になるものを発見していた。電話を壁に叩きつけたその瞬間に気づいたというわけではなく――さんざん部屋中を破壊し、傷つけまわったあとに気づいたことだった。隣の住人にドンドン!と激しくドアを叩かれ、「どうしたんだね?(Qu’est-ce qu’il y a?)」と聞かれたのだ。ラスティスはようやくその時になって、我に返った。
「……すみません(Pardon.)、なんでもありません(Cen’est rien.)」
 涙を拭いながらラスティスは小声でそう答えた。時々感情的になると、前後の見境がつかなくなること――それが彼女の欠点だった。他の超能力を持つ仲間たちは、そのほとんどが物心つくかつかないかで<ホーム>に収容されているのに対して、彼女がドイツにある孤児院へ連れてこられたのは、十歳になってからのことだった。
 つまり、他の子供たちが幼い時より<薬>によって能力を誘発されたのに対し、ラスティスの超能力は天然のものだったということだ。ラクロス・ラスティスという少女は、ルーマニアの首都ブカレストで生まれ、十歳までそこで育った。母親はシングルマザーで、父親は「自由と革命の勇士」だったと彼女は聞かされて育つ。1989年に起きたルーマニア革命の立役者のひとりであった彼女の父親は、その後セクリタテアと呼ばれる秘密警察の人間によって殺され、愛人だった彼女の母親もまた……突然家に押し入ってきた男に銃殺された。不幸にも、その現場にいきあってしまったラスティスにもその男はサイレンサー点きの銃口を向けたが、その瞬間に彼女は<超能力>に目覚め、拳銃を暴発させた男の指が吹っ飛んだ。さらには能力の暴走で家中が炎に包まれ、消防隊に助けだされた時、ラスティスは瀕死の重傷を負っていた。
 その後、世界中で自閉症の子供たちを集める組織――<ベッテルハイム財団>に引き取られた彼女は、通称<ベッテルハイム・ホーム>と呼ばれる孤児院で育つ。他の自閉症の子供たちと同じく、ラスティスもまた自閉症だったわけだが、世界にまだ知られていない特殊な<新薬>の投与で、彼女は『外界と触れる』ということを知った。
 ラスティスは母親の話すことの意味は理解できても、自分から意思伝達をすることが難しいというタイプの自閉症児で、それがうまく出来ないために時々泣き叫んだり癇癪を起こしたりしていたものだった……それが突然、自分の周囲から透明なガラスの覆いが取り除かれたようになったのである。彼女は今でもその瞬間のこと――自分のまわりでガラスが粉々に砕けて、美しい粒子として雪のように舞った瞬間のことをよく覚えている。
『ぼくは・きみが・好きだ』
 孤児院で、誰とも口を聞かずにひとりぼっちだった彼女に、手話で初めてそう話しかけてくれたのがカイだった。孤児院の子供たちは、自閉症の後遺症のせいもあって、まだ自分の殻に閉じこもりがちだったけれど、彼はその中でリーダーのような役割を果たしていたといっていい。特に、他の子供たちとは<異質>な経緯を経て仲間となった彼女のことを、カイは優しく気にかけてくれたものだった。
<ピジョン・ブラッド>のカミーユは別としても、他の攻撃系の力を持つボー・グランティスや彼女は、能力使用後の反動として、罪悪感に悩まされることが多かった。つまり、たとえば炎を使って何かを燃やしてしまったような場合に、何故こんなことをしてしまったのだろうとか、こんなことをしてしまうだなんていけないことだ……というように、その後ずっと悩んでしまう。そこで、カイ・ハザードがラスティスのことを深い暗示にかけてその罪悪感から救ってくれたことが、何度となくあった。
「君はもう、大丈夫だよ」
 イラクへ出立する前、力や感情のコントロールが万全であることをテストしたあとで、カイはラスティスの額にキスしながらそう言った。言外に(僕がいなくても)という言葉を感じとって、彼女はとても寂しくなる――カイは施設にいるどの子にも優しくて、自分だけが特別ではないということは、彼女自身よくわかっていた。
(でもわたしは、他の子と一緒なんて絶対にいや。わたしはあなたに自分だけを見てほしいし、自分だけを特別に愛してほしいの)
 ラスティスは、イラクへ出発する前、自分のそうした気持ちのすべてをカイにぶつけていた……でも今は、彼が自分の気持ちに応えて抱いてくれたのは、ある種の責任感によるものではなかったかと、そんなふうに思えてならない。
 カイはおそらく、自分は近いうちに死ぬと、その死期を悟っていたに違いなかった。組織の人間が何をどう言おうとも、チェスでカイが負けるなどとは、絶対にありえないことだ。もし仮に負けたとしたら、それは「わざと負けた」としか彼女には思えない……。
(見てなさいよ、探偵のロジェ・ドヌーヴ。あんたのことは、このあたしが殺してやる……生きたまま焼かれて、苦しみ悶えながら惨めに死んでいくがいい……)
 ラスティスは電話機に仕掛けられていた盗聴器を握りつぶし、にやりと不気味に笑った。彼女は、カイ・ハザードと呼ばれる青年を失った哀しみを、怒りと憎しみに変えることで――なんとかこの先も生き続けることのできる理由、束の間の目標を見つけだしたのだ。

 翌日、メロは手に花束を持って、ラスティスのアパルトマンを訪ねた。彼女はすぐには出てこなかったが、メロにはラスティスが在宅であることはわかっていたので――暫く待ったのち、花束を玄関の前へ置いていくことにした。恋人の死がショックで、まだ塞ぎこんでいるのだろうと思ったからだった。
 しかしながら、メロの意に反して、彼が階段を下りる途中でラスティスの部屋のドアが開いた。振り返ると、彼女は百合とカスミ草のブーケを手にして、にっこりと微笑んでいる。
「あなただったの。急に花なんか持ってきて、どうしたわけ?」
 ラスティスのその反応に、メロは多少面食らった。いや、心の哀しみを見せまいとする演技なのだろうか――とにかくメロは、また階段を上がって彼女と少し話をしようと、そう思った。
「いや、べつに深い意味はないんだが」と、メロは言った。「花屋の前を通りかかったらなんとなく……あんたにそれをやりたくなって」
 一応注意しておくと、ラスティスとメロの間にはこの一か月、男女間における何かを匂わせるようなやりとりは一切ない。ラスティスに恋人がいるとわかってからは、もっぱらフレンドリーな隣人といった感じで、互いの部屋を行き来していた。<気のおけない友達同士>――それがふたりの関係のはずだった。
「なんにしても嬉しいわ。そのお礼と言ってはなんだけど、ちょっと上がってお茶でも飲んでいかない?」
(盗聴器の存在には、まだ気づかれていないか)と、メロはラスの反応から、少しばかりほっとしていた。何故といって、盗聴器の存在に気づかれた場合――まず真っ先に疑われそうなのは彼自身だったからである。
 昨晩はひどく荒れていたようなのに、部屋の中は意外にもきちんと片付いていた。というより、ほとんどの品が荷造りされて、もう今日明日にでも出ていけるというようになっている。それでメロは、友人らしくまずは驚いてみせることにした。
「……もしかして、引っ越すのか?」
「ええ、まあね。そろそろ引き上げ時かなって思ったから」
 そう言うなり、彼女は服の袖からナイフを二本取りだした。間髪入れず、それがメロに向かって放たれ、彼はその攻撃をすんでのところでよける――壁の柱にカッ!カカッ!と小気味よい音をさせてそれが突き刺さる。
「結構な反射神経ね……じゃあ、これはどう!?」
 メロはラスティスの回し蹴りをかわし、次々と繰りだされる蹴りや手刀もよけた。自分の攻撃が何度も空を切り、「チッ!」とラスティスは舌打ちする。メロは彼女の足払いをバク転でかわすが、その着地点に向かって彼女はさらに数本のナイフを放つ――だがそれは、一本だけ彼の頬を掠めた以外、床や壁に突き刺さって終わった。ラスティスがメロに負わせることができたのは、ほんのかすり傷でしかない。
「おい、よせ……!!俺はあんたとやりあうつもりはない!!」
「問答無用!!」
 次から次にアクロバティックに繰り広げられる攻撃をかわしながら、メロは最後にとうとう――ラスティスの両手首を封じこめるように握りしめた。そのままの姿勢で、彼女のことを強く壁に叩きつける。そして……自分から彼女の唇にキスした。
「一体どういうつもりよ!?」
 即座にバシッ!と横面を張り倒されるが、メロはその部分を腕で軽くこするのみだった。
「あんたの頭を冷やさせてやったんだろ?なんだかよく知らないが、一方的に頭に血が上ってるみたいだったからな」
「はん!よく言うわ!人の部屋に盗聴器を仕掛ける変態のくせして!」
「……………」
(俺が変態なわけねえだろ!)と、メロは一瞬反論したくなるが、ぐっとこらえる。それよりもここは、もう賭けだと思った。盗聴器を仕掛けたのは自分ではない、などと今さらシラを切ってみたところで仕方がない。
「変態でもなんでもいいが、一応これも仕事なんでね。確かに俺は、あんたに近づいてわざといい友達になろうとした……だが、100%何もかもすべてが嘘ってわけでもないんだ。あんたとルーヴル美術館へ行ったり、古本屋巡りをしたりするのは確かに楽しい部分もあったさ。その時に共有した感情のすべてが嘘じゃないってことだけは信じてほしい」
「あんた、一体どこの誰よ!?もしあんたが探偵ロジェ・ドヌーヴの手下だっていうんなら……!!」
 ラスティスはバイクスーツの襟の後ろから、小型のナイフをまた取りだしている。そしてメロはもう一度、そんな彼女の手首を即座に掴んだ。
「これ以上、物騒なことはよすんだな。これでも俺は、あんたが一応女だから手を抜いてやってるんだ……だが、次に何かしてみろ。今度こそ絶対に容赦はしない」
「……………!!」
 メロの青い瞳が不気味に輝いたのを見て、確かに彼は本気なのだとラスティスは思った。しかも、自分の全力の攻撃を、この男はことごとくかわした……傭兵のマジードから直に鍛えてもらった、この自分の攻撃を……。
「いや、あんたの技は実際、大したものだった。超能力なんか使わなくてもここまで出来るなら、並の人間はとてもあんたに適わないはずだ。それはそれとして、さっき探偵のロジェ・ドヌーヴがどうとか言ったな?言っておくが、俺はあいつの手下なんかじゃない。むしろ逆に――敵対関係にあると言ってもいいだろう」
「どういうこと?」
 探るような疑いの眼差しで見つめられ、メロは胸元のポケットから、まずはチョコレートを取りだす。まるで、成年の男がポケットから煙草を取りだすみたいに。
「あんた、本当に変わってるわ。しょっちゅうチョコレートを食べてるところもそうだけど……それでなに?ドヌーヴの手下じゃないって言うんなら、あんたは一体何者なの?」
「そうだな。話をすれば長くなるが……そもそも俺とドヌーヴは出身が一緒だ。ワイミーズハウスってところで一緒に育って、<L>っていう探偵の後を継ぐべく養育されたんだ。そしてその施設で奴はナンバーワンで、俺はナンバーツーだったというわけだ。このことの意味がわかるか?」
 わかる、というように頷きながら、ラスティスはソファの背もたれの部分に、後ろからよりかかる。
「あんたの今までの言い種からして、ドヌーヴにいい感情を持ってないことはよくわかったわ。でも、それだってもしかしたら、あたしを騙すための演技かもしれないでしょ?もっと奴について具体的な話でもしてくれない限り、あたしはあんたを信用する気にはなれない」
 もっともだ、というように、メロもまた頷き、ソファの背もたれの部分に腰かける。パキリ、と板チョコレートを齧りながら。
「ようするに、簡単に結論をまとめるとすれば、俺はドヌーヴの首を取らない限り、目標とする<L>の後を継ぐことは出来ないってことだ……そしてあんたは、恋人を殺されて、あいつのことを憎んでいる。どうだ?互いに利害が一致すると思わないか?」
「……………」
 ラスティスは考え深そうに目蓋を伏せ、親指の爪を噛んでいる。それは小さな頃からの彼女の癖だったが、その姿を見てメロは、思わずLのことを思いだす。
(Lのことは何があっても裏切れないが……ニアが相手の場合、俺はあいつが炎に焼かれて死のうがどうしようが、知ったことじゃないんだ)
 だが、心のどこかで必死にそう言い聞かせようとしている部分があることを、メロ本人は気づいてもいなかった。
「仮に利害が一致するとして」と、慎重に言葉を選びながらラスは続ける。「それであんたがあたしに求めることは何?組織の情報?言っておくけど、あたしは仲間を裏切るつもりはないわ……<殺し屋ギルド>の壊滅とか、研究所の破壊工作なら手伝ってもいいけどね」
「どういうことだ?<殺し屋ギルド>の莫大な資金が超能力研究所へ流れ、そこで能力者たちが延命するための薬が作られてるんだろ?そこがなくなったら一番困るのは、あんたたち超能力を持った人間なんじゃないのか?」
「そうね。わたしのほうも話すと長くなるけど……研究所の創設者であるエッカート博士、そして彼の片腕だったヴェルディーユ博士が死んで以来、組織の内部はガタガタなのよ。まず、実権がヴェルディーユ博士の娘に移ったわけだけど、彼女は娘のカミーユのことしか考えてない。つまり、彼女にとってわたしたちはただの都合のいい使い捨ての道具みたいなものなのよ。娘がこの先人並に長生きするためなら、わたしやカイや他の子供たちが何人犠牲として死ぬことになろうと、ヴェルディーユ博士はまったく気にしないでしょうね」
 カイ、と彼の名前を口にしただけで、ラスの心はずきりと痛む。不思議と、この時メロには彼女のその気持ちがわかるような気がしていた――もちろん、自分にとって大切な人間を失うという経験をしたことがあるというわけではない。それでも、カイ・ハザードという男は彼女のような人間が本当に心から愛する相手であり、さらにはニアに屈辱的な敗北を経験させたような男でもあるのだ。
(チェスでは引き分けたが、実質的には自分の負けだったと、ニアも認めていた)
そのことも考えあわせたとすれば――ラスが心の底に抱える喪失感というものがどんなものか、メロにはある程度想像できるような気がした。
「それで、一体あんたは何が望みなの?ニアの首を取るためだったら、あたしはどんな犠牲も厭わないけど……どこぞの誰かをロジェ・ドヌーヴに仕立てて、「はい殺してきました」っていうんじゃ、全然納得いかないわ。第一、<殺し屋ギルド>って組織はそんな生易しいところじゃないっていうのはあんたにもわかってるでしょ?死んだはずのドヌーヴが、そのあとでまた裏の世界で活動していたとしたら――その情報はわたしの元にも入るわ。だから、あんたが殺したあとにこいつが絶対に探偵のロジェ・ドヌーヴだっていう証拠が欲しい。そのへんのことは、どうするつもりなの?」
「そうだな……確かに、探偵のドヌーヴをこいつが間違いなくロジェ・ドヌーヴだと証明するのは難しいかもしれんな」銀紙をめくってチョコレートを食べながら、メロは続ける。「だが、俺が殺すってことで本当にいいのか?てっきり、俺があんたの元にドヌーヴを連れていき、あんたがあいつのことを焼き殺すもんだとばかり思っていたが……それなら、ラス――あんたの恋人の最期がどんなだったかをあいつが話すことで、それが他でもないロジェ・ドヌーヴ本人だという証拠になると思ったからな。だが、単に俺があいつに会って殺せばいいだけだっていうんなら、事は実に簡単になる。だが、そいつを間違いなくドヌーヴだと証明するのは、かなり難しいかもしれん」
「じゃあまず、いくつか先に聞いておくわ。そいつの本名や容姿はどういった感じなの?」
 ラスはメロが嘘をつくかどうかをチェックするために、隣の彼の顔をじっと覗きこんでいる。それで、メロは軽く肩を竦めながら答えた。
「目は灰色で、髪はプラチナ・ブロンド。年齢はあんたよりふたつ下だな」
「……嘘でしょう?まさか今、十六歳だっていうの!?」
 信じられない、ラスはそう思った。しかもそんな年下の子供にカイが負けただなんて……彼女は唇から血が流れるのではないかというくらい、ぎり、と下唇を噛みしめている。
「まあ、あんたが信じるか信じないかは、俺には関係ない。とにかくあいつは実際の年齢以上に年下っぽく見えるってのは確かだがな。あんたがあいつに直接会ったとしたらこう思うだろうよ――こんな十三歳か四歳くらいの小僧が探偵のドヌーヴだなんて……ってね。一応俺もそうだが、俺たちのいた孤児院ではそういう特殊な英才教育ってのをやってるんだ。それで、クラスでもトップの子供ってのは大体、十歳くらいで大卒くらいの知識は身に着ける。そしてそれが院の中では普通なんだ」
「そうなの。あんたの話があんまり具体的なんで、嘘はついてないだろうって判断するわ。で、そいつ、本名はなんて言うの?」
「さあな。そこまでは俺も知らないが、ドヌーヴは通称ニアって呼ばれてる。俺はあいつの本名については本当に知らないし、ニアも俺の本名のことは知らないんじゃないかと思うな。ワイミーズハウスでは、将来誰が<L>のことを継ぐことになるかわからないから、お互いの素性については本当に何も知らない場合が多いんだ」
「ふうん。でも、そのニアって奴の似顔絵くらいはあんたにも描けるでしょ?伊達にテアトル広場で毎週絵を売ってたわけじゃないし?」
 自分が前についた嘘の部分を突つかれて、メロは軽く溜息を洩らす。そうなのだ――彼は元配管工の芸術家くずれ、みたいなことになっているのだった。
「わかったよ。テアトル広場で毎週絵を売ってるってのは確かに嘘だ。だが幸い、絵を描くのは得意なんでね……紙とサインペンでもあれば、実物そっくりに描いてやってもいい」
「オーケー」と言って、ラスはダンボールのひとつを開けると、そこから画用紙と鉛筆を取りだしている。「これでいい?」
「ああ、書けるもんならなんでもいい」
 メロは板張りの床にあぐらをかいて座ると、ダンボールの上でニアの絵を描きはじめた。完成するのにおそらく、十分もかかっていないが、細部までリアルに描き込まれていることに、ラスは感嘆するとともに満足する。
「写真みたいにそっくりじゃないの。ここまでわかれば、あんたに頼まなくても<殺し屋ギルド>の全部署に通達を出してもいいくらいだわ。でも、本当にメロ――あんたがこいつを殺してくれるんでしょうね?」
「ああ、間違いなく殺ってやるよ。だが、その見返りとして、あんたは俺に何をしてくれる?」
「あんたが望むことならなんでも」と言って、ラスは肩を竦めている。「ただし、契約のオプションとして一回やらせろとか、そういうのはナシよ。あんたはそういうタイプの男じゃないってわかってるけど――第一、あたしの体は女として使い物にならないことでもあるしね」
「どういう意味だ?」メロは疑問符を顔に浮かべて、ラスのことを見返す。
「つまり、十歳で能力に目覚めた時――力のコントロールがまだ全然利かなくてね、自分が住んでた家まで燃やしちゃったの。その時あたしのことを助けてくれた救急隊員は、あたしが助かったのは奇跡だって言ったわ。それから、首から下は火傷の痕がひどいのに、顔だけ無傷で良かったねって、医者にもそう言われた。もちろん、ヴェルディーユ博士に頼めば皮膚移植のためのいい医者を紹介してくれるでしょうけどね、組織に恩を売ってもらったら百倍くらい取り立てられるのは、目に見えてる。第一、エッカート博士も他の仲間もカイも、ありのままのあたしを愛してくれたんだもの。この先あまり長く生きないことを思えば、そんなに気にするようなことでもないわ」
「よくわからないな」と、メロはポケットからもう一枚、チョコレートを取りだしながら言う。「あんたの能力は、幼い頃からの薬の投与によるものではないんだろう?にも関わらず、他の超能力者同様、長生きできないのか?」
「わたしみたいなケースは珍しいらしいけど」チョコレートを食べるメロのことを、やや呆れ顔で見つめながら彼女は笑う。「それでも原理として、能力を使った時の代償は一緒よ。免疫系の細胞がおかしくなって、正常な細胞まで攻撃するようになるらしいから、それを抑える薬をいつも飲んでなきゃいけないわけ。一応言っておくけど、あたしが早死にするからって、それまでドヌーヴの殺害を延期しようったって無駄よ。でもそのかわり、本当にあんたがニアのことを殺してくれるなら――あたしと同じ能力者以外の情報なら、いくらでもあんたに売ってあげるわ」
「……………」
 正直、メロはここで少し、思案せざるをえない。メロにしてみれば今一番<L>に渡す情報として欲しいのは、彼女以外の超能力者の情報である。彼らの個々の名前や能力、性格など、そうした情報が出来る限り欲しい……だが、カイ・ハザードは死んだ時、ニアにこう言い残したという。自分が死んだら、代わりの者が君の元へいくだろう、と。つまり、もっとはっきり言えば組織の中に誰かひとり裏切り者が出るということだ。果たして、このことを彼女は承知しているのだろうか?……
「ニアから聞いた話では」メロはパキリと、チョコレートを齧りながら言う。「あんたの恋人のカイ・ハザードって男は、死ぬ時に遺言めいたことを言い残したらしい。つまり、自分に代わって組織内の情報を洩らす人間がニアに連絡するようになるだろう、と……このことの意味が、あんたにはわかるか?」
「……!!まさか、嘘よ、そんなのっ!!」
 この一か月、普通に友達づきあいしている分にはわからなかったが、ラクロス・ラスティスという少女はどうも、感情の揺れの幅が大きいらしいとメロは見てとった。特に話がカイ・ハザードのことになると、顔に感情が剥きだしになるのだ。
「いいか、冷静になって聞けよ。カイ・ハザードはニアに負けた……それが仮に本当に負けたものでも、わざと負けたものであるにせよ、俺にはどっちでもいい。だが……」
「カイが負けるなんてありえないわっ!!ニアは自分が負けたことを隠したくて、嘘をついてるのよっ!!」
(冷静になって聞けって言ってるだろうが)とメロは思うものの、ラスの黒い瞳の中に涙が盛り上がっているのを見ると、何も言えなくなる。
「あのな、ニア本人は自分の負けだと言ってるんだ。チェス自体の勝負は結局引き分けで終わったらしいが、彼が超能力の副作用としての病いに苦しみながら勝負をしていたことを思えば――ベストコンディションの時のカイに勝つことは自分には出来なかっただろうってそう認めてる。まあ、俺にしてみればそんなことはどうでもいい。つまり、今あんたが俺に他の能力者について何も話さなくても、間違いなく近いうちに内通者があんたたちのことをニアに教えるだろう。正直、俺は最初あいつのことを出し抜いてやって、あんたから他の超能力者の情報を引きだそうと考えた……だが、あんたはその点については話せないから、それ以外のことならなんでも教えてやると言った、そうだな?」
 ラスは、両手で顔を覆ってすすり泣きながら、何度も頷いている。おそらく、彼女自身気づいてしまったのだろう――カイ・ハザードがなんのために自分の命と引き換えにニアとチェスの勝負をしたのか、その意味について……。
「では聞くが、近いうちに<殺し屋ギルド>から裏切り者がでる可能性があるとしたら、そいつが誰なのか、心当たりはあるか?俺が思うにそいつはおそらくあんたと同じ能力者だ。あるいはカイ・ハザードと一緒に仕事をしたことがある腹心の部下か、どちらかだろう……その点についてまず、答えてもらいたい」
 メロにしてみれば、ラスティスにはまだ十分、利用価値があった。他の能力者についての情報は、悔しいがニアに譲ってやろう。だが、これからは<殺し屋ギルド>や超能力研究所についての情報は、彼女を通して流してもらえる……ただし、ニアのことを間違いなく殺すという交換条件付きではあるが。
「わかんないわよっ!!それに知っていたとしても、今は答えたくないっ……!!」
 ラスティス本人の感情がガタガタらしいのを見て、メロは軽く溜息を着く。いつもなら、(これだから女ってやつは……)とでも思っていただろう。だが、自分の恋人が何も知らせずに<ある計画>を実行したことがその死後にわかったら――ショックだろうとは、容易に想像できる。
「じゃあ、いつだ?」と、メロは冷酷に冷めた口調で促す。「あんたの感情が落ち着いて、冷静に話せるのは二時間後か、それとも明日か?だが、明日の朝に俺がここへ来たら、部屋はもぬけの殻だったっていうんじゃ困る……さっきも言ったが、俺はどうしてもニアの奴に勝ちたいんだ。言ってみればあんたはそのための重要にして唯一なる人間だってことだ。俺にしてみればな」
「ギブ&テイクってことね?」ラスは、ティッシュで目尻や頬の涙を拭いながら言った。こんな時には、安い同情で肩を抱いたりとか、そんなことは絶対にされたくない……むしろ、メロの突き放すような冷たさのほうが、彼女にとっては有難かった。
「そうだ。ギブ&テイクってことだ」
 メロはラスに近づくと、先ほど壁に彼女を叩きつけた時と同じことをした――不思議だったのは、今度はラスが横面を張り倒してこなかったことだろうか。
「あんたの口は、チョコの味がするわね」
 くすり、とラスが笑うのを見て、メロは一瞬本気になる。
「ちょっと……!!やめてったら!!これ以上はあたしには……」
(無理よ)と言いかけて、ラスは口を噤んだ。彼女はバイクスーツの下には何も着ていなかったので、チャックを下ろしたその下は裸だった。だが、ケロイド状になった薄紫の火傷の痕を見ても、メロは何も言わない。それでラスは心ならずも――彼の言うなりになってしまった。
(これは、決して同情なんかじゃない……)
 ラスにはそのことがわかっていた。この時、彼女にとって何よりもショックだったのは、カイが自分を裏切ったというそのことだった。最後に会った時、微笑みながら自分の額にキスした彼の心にはすでに――死への覚悟があった。そしてそのことを見抜けなかった自分に対しても、どうしようもなく腹が立つ。
 メロとラスの間ではその夜、好きだとか愛してるとか、そういう浮わついた言葉は一切交わされなかった。お互いに、そんなことを口にすれば嘘になるとわかっていた。ラスはその気になれば――もし本当にメロのことが嫌だったとすれば――彼のことを超能力で焼き殺すことが出来たし、メロにしてもそのことは十分よくわかっているはずだった。
 ラスは、ベッドの中でメロに対して背中を向けた時、ぽつりとこう聞いた。
「あんた、あたしが怖くないの……?もし、あたしがその気になったとしたら、あんたは……」
「べつに、その時はその時だ」
 その一言で、ラスには直感でわかった。メロは死ぬことを怖がってない、ということが。正直いって、彼女は死ぬのが怖かった。超能力者の平均年齢を聞かされたその時から、いつか来るその瞬間のことをずっと怖れていたといってもいい。だから、彼女にはわかる……どんな形にせよ、<死>に直面することになった人間の恐怖が、それこそ誰よりも。
 もとはといえば、自分のカイに対する依存度も、死への恐怖に比例するものではなかったかと、彼以外の男に抱かれてみて、ラスはわかったような気がした。今なら、カイが時々、自分にあまりにも求められすぎて、困ったような顔をしていたことがわかる……いつまでも一緒にいて欲しい、死ぬ時も一緒であって欲しい……言葉にはしなくても、その気持ちが痛いほど伝わって、カイもつらかったかもしれない。彼が信じていたのは、人間は生まれてくる時もひとりなら、死ぬ時もひとりだという、真理だったのだから……。
 その夜、ラスは声を押し殺して泣いた。自分はもしかして、<死>という根源的な恐怖を一時的に排除するために、カイの代わりにメロに抱かれたのだろうか?そう思うと惨めだった。彼が死んだと聞いてすぐに他の男に抱かれたことも惨めなら、その相手がこれから先、決して自分を愛することはないということも惨めだった。メロに対しては、カイの時のように、自分をさらけだして泣き叫ぶということも出来ない。そんなことをすれば、ただ弱味につけこまれて、彼が知りたいと思っている情報を一方的に提供するような形になってしまう……そのことだけはどうしても、避けなくては。
(さようなら、メロ……)
 ラスは、メロが眠るのを待って、そっと部屋を出た。本当の意味で自分を愛さない人間のそばにいるのは危険なことだ。アパルトマンにある荷物は、そのほとんどが処分されてもまったく問題のない物ばかりなので、誰か組織の人間にでも命じて、適当に片付けさせればいいだけのことだ。
 そしてラスは、カイへの依存心をメロへ転換させるのを怖れたために、アパルトマンを出、<殺し屋ギルド>のフランス・パリ支部へとりあえず身を寄せることにした。彼女がバイクにエンジンをかけて走り去るその音を、メロはもちろん聞いていた――これは彼にとっても予想外・計算外の出来ごとだったといえる。ラスが部屋を出ていったことが、ではなく、彼女に本気になりかけていることが……。
「っていうか俺、また二番かよ……」
 くそっ!と枕に拳を叩きつけながら、メロは溜息を着く。幸い、ラスのバイクには超小型の発信機がついている。もしこれから彼女と話をしたければ、その後を追えばいいだけのことだ。だがそのあとラスと自分がどうなるのかなんて――メロにはわからなかった。それこそ、「その時はその時」としか、彼には答えようがない。ただひとつわかっているのは、ラスの体の火傷の痕、それが自分のものだと感じるのは何故なのか、その謎をもう一度彼女に会って確かめたいと思う、そのことだけだった。



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【2008/09/01 16:59 】
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