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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(18)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(18)

 今から約十年ほど前――ジェイムズ・クロンカイトを逮捕した時の捜査資料をあらためて見直しながら、Lは溜息を着く。クロンカイトの捜査が大詰めを迎え、彼が逮捕されるという時に――ワタリの妻であり、Lの義理の母といえるスーザンが亡くなった。その前から具合を悪くして臥せっているということは、ワタリから聞いて知っていた。それで自分が生まれ育ったロンドンの屋敷に電話して見舞いの言葉をかけると、「大袈裟ねえ。本当はそんなに大したことじゃないのに、キルシュは少しわたしの病気に過敏になってるみたいだから」と、元気そうな声で言っていたのに……直後、彼女は心臓発作に襲われて病院に運ばれていた。死因は慢性心不全の悪化だった。次に大きな発作がきたら、危ないので入院したほうがいいと医者からは言われていたらしいが、スーザンはどうせ死ぬなら、自分が愛した思い出のある屋敷で死にたいと、そう言っていたらしい。
 彼女はとてもあたたかみのある、優しい女性で――とても大らかな性格をした人だった。ワタリと出会う四十歳になるまで、十九年間ナニーとして働き続け、三十九歳の時に人工授精で娘のエリスを出産したのだが、そのあとにワタリことキルシュ・ワイミーと恋に落ちてしまったというわけだ。スーザンとしては、自分が子供を産めるのは三十九歳の今が限界と判断してのことだったらしいが、エリスが六歳になった時にその説明をしなければならなかった時……彼女の心中は苦しいものではなかったかとLは想像する。
「本当のお父さんはキルシュじゃないけれど、でも彼はあなたのことをとっても愛してくれているわ。そのことはわかるでしょ?わたしも、この世界で一番エリスのことが、自分の命よりも大切なのよ」
 そう言ってスーザンが泣きじゃくるエリスのことを抱きしめるのを見て――Lはこのふたりの間に自分の入りこむ余地はないし、何よりその間に入ってもいけないのだと、幼な心にそう認識した。その時Lはまだ五歳だったが、すでに数十カ国語が話せ、さらにはピアノやヴァイオリンといった楽器を巧みに弾いてみせるという特技まで持っており――そんなLと比較されたエリスが臍を曲げても、なんらおかしくはない話だった。
 エリスは幼稚園で友達が出来ず、さらには問題行動が多すぎるとして、幼稚園の先生から「家庭に問題があるのでは」という指摘をスーザンは受けたらしい。エリスの父親はキルシュではなく、IQ200のハンサムな数学者だと知らされて、しかも精子バンクからそうした<選別>を母親が行って誕生したのが自分だと知った時――エリスがどれほどのショックを受け、その後どんなふうに自分のアイデンティティといったものを確立していったのか、Lにはわからない。L自身はワタリに、「あなたのお父さまは、とても立派な科学者で、わたしの親友だった方なのです」と、そう聞かされて育った。実際のところ、それはまったく嘘ではない。<L>の生みの親ともいえるレオンハルト・ローライト博士は、確かに立派な科学者であり、ワタリの親友でもある男だった……親や教師といったものは大抵、子供が成長する過程で、いい意味・悪い意味両方を含めた嘘をつくものだ。赤ん坊はキャベツ畑で生まれるとか、コウノトリが運んでくるとか、そう言った種類の嘘を親や教師がついても、子供は成長後にその意味をきちんと理解する。だが、Lの場合はやはり<特殊>と言わざるをえなかっただろう。
 十三歳になった時、Lは<探偵>になることを自分の心に誓うが、その背景には『自分よりも不幸な人間』が必要だったという、哀しい秘密がある。まず、この話をするためには、Lが十歳の時に飼いはじめた犬の話からする必要があるだろうか……小さな頃からLはペットショップの常連客だったが、それはおもに昆虫やカエル、あるいは爬虫類系コーナーに長くたむろするという種類の常連だった。もちろん鳥や猫や犬といったコーナーを見るのも彼は大好きだったけれど、何分家にはスーザンの飼っている猫が三匹もいるのだ。彼はそのことを思うと、鳥や犬も飼いたいとは、とても言いだせなかった。ところがある日、可愛いアフガンハウンドの子犬に、Lは一目惚れしてしまう。Lはペットショップのその子犬に“ライラ”という名前を心の中でつけて、毎日会いにいった。彼女の様子があんまり可愛いので、今日こそは誰かにもらわれてしまったかもしれないと、ドキドキしながら……そしてその年のクリスマスに、ワタリがその犬をプレゼントしてくれたのだった。ペットショップの主人に、Lが最近夢中になっている生き物はないかと、彼はこっそりと聞いてそれでプレゼントしてくれたのだ。
 それから約二年の間――Lはライラに夢中になった。アフガンハウンドというのは、その優美な容姿と反比例するように知能が低い犬として知られているが、Lはライラにそうしたことは何も求めなかった。ただ彼にはその時、心の底から愛せる存在が必要だったという、それだけだ。
 学校では友達ができず、家の中ではエリスとスーザンの関係にどこか遠慮しなければいけないLにとっては、ライラだけが本当に心を開ける真の友といって良かっただろう……だが、ライラはLが十二歳の時に交通事故で死んでしまった。散歩中、彼がリードを離したちょっとした隙に、車に轢かれてしまったのだ。
 Lはショックのあまり、十日もの間、スイーツが喉を通らなかった。それでも、彼は滅多に見ない夢の中にライラが現れたことで、どうにか立ち直ることが出来た。その夢の中でライラは何故か、二足歩行で人間のように歩いていたのを、Lは今も覚えている。『悲しまないで、アベル。二年の間、わたしは本当に幸せだったの。いつかまた、きっと会いましょうね』……そう言ってライラがLのことをまるで人間のように抱きしめると、彼女のふわりとした毛からは、天国の匂いがした。Lにもうまく説明できないけれど、それはとにかく“天国の匂い”としか表現できない、そういう種類の優しい香りだった。そして目が覚めた時、Lは思った。ライラはすでに、<この世>よりも次元の高い、もっと素晴らしい世界にいるのだと……自分がまたいつ彼女に会えるのかはわからないけれど、それまでしっかりと生きなければいけない。そのために今、自分ができることはなんなのか……。
 その日の朝、新聞に犬の迷子の広告がでているのを見て、Lはすぐに(これだ)と思った。学校にはすでに行っていなかったし、家庭教師を雇ってもLの知識に追いつけるような教師はひとりもいない――彼の勉強はそれでも、ワタリとロジャーが見ていたのだが、この時ふたりはLが好きなことをしたいようにさせるべきという点で、実に意見が一致していた。そこで、Lは迷い犬のヨークシャーテリア(名前をヴィルヘルムⅢ世という)を推理能力のすべてを駆使して半日で探しだしたのだった。ヴィルヘルムⅢ世をケンジントンに住むドイツ人の夫婦の元に無事返してあげた時――Lは報酬としてのお金の受けとりを拒否している。それは500ポンドというなかなかの高額だったが、Lはそんなことよりもっと欲しいものが手に入ったと思っていた。心の中に、微かな光が差しこんでくるような手ごたえを、その時はっきりと感じたのだ。
 Lが探偵になるルーツを遡ったとしたら、まさにそこが終着点となる。その翌日、Lはまた新聞で、今度は犬ではなく人が行方不明になっているという記事を発見して――早速捜索を開始した。そうして数百件もの事件をLがひとりで解決するのを見て、ワタリは(とうとうこの子に真実を話すべき時がきた)と、そう悟ったのである。
 告げられた真実は残酷なもので、Lはその後、その過酷な事実を忘れようとするかのように、ひたすら事件の捜査に没頭した。正直いって、最初に感じた感情は(裏切られた)というものであったことは、Lにも否めない。その時期、彼は自分を慈しみ育ててくれたワタリにさえ心を閉ざしていたと言ってもいい……Lは暗くて孤独な心を、今の自分よりもっと悲惨な境遇にある人間を救うことで、なんとか癒そうとしていたのかもしれない。そして彼がその筋の世界で<L>と呼ばれるようになった頃――スーザンが亡くなった。Lは捜査に没頭するあまり、二、三年もの間、彼女と一度も会わなかった。仕事が忙しいということを理由に、その葬儀にも出席していない……だが当時のLにとって、それは本当に仕方のないことだった。自分の心の闇と孤独に向きあうことだけで精一杯で、他のことは何も考えられなかったのだ。そうして、Lが心の中であらゆるものを犠牲にして走り続け、十年以上が過ぎた時――彼は<世界一の探偵>、<世界の切り札>と呼ばれる存在になっていた。心の闇とか孤独とか、そんなものは日常的にあるのが当たり前という状況に彼はすでに慣れきってしまい、もうどうとも思わなくなっていた。けれどそんな時に……Lはラケルに出会った。
 正直いって、Lはワタリやロジャーの思惑がなんであれ、彼女が自分に何か特別な感情を持つようになるとはまったく思っていなかった。彼がメロやニアの様子を聞きに『竜崎家』へいくと、ラケルは決まって顔の表情を微妙に曇らせていたものだ――そのことがわからないほど、Lは空気の読めない人間ではない。それでも一応、給料をもらっているという立場から、Lが顔を見せればスイーツをご馳走してくれたり、上司に接するような態度で事務的な連絡についてのみ話はしてくれた。
 Lが女性という存在に対して、なんの望みも持たなくなったのには、いくつか理由があっただろう。中でも一番大きなものとして、自分の命の懸かった戦いに恋人や友人といった存在が不必要だったこと、他にはエリスとスーザンの存在が上げられただろうか。エリスという天敵ともいえる姉が身近にいたお陰で――Lは自分が女性に生理的に嫌われるタイプらしいと、小さな頃に思いこんでしまった。これは決してそうとは言い切れなかったとしても、幼い時の刷りこみは今もLの中で生き続けているといっていい。そしてスーザン……彼女はとてもいい人間で、素晴らしい女性だとLは思っていたけれど、それにも関わらずLは彼女に対して心を開いたことは一度もない。何より、血の繋がったエリス以上の存在には絶対になれないとわかったあの日から――Lはスーザンに対して、透明な壁一枚を隔てて話すような態度をとるようになった。そしてそのことは今も、Lが他の女性と間接的であれ、話をする時にまったく同じように感じる現象だった。自分で無意識のうちに作った透明な壁の向こう側へいくにはどうしたらいいのか、Lにはわからなかったし、そんなくだらないことを哲学的・心理学的に考察する暇も余裕もなかった。
 けれど、ラケルと話をしている時不意に、(あ、ドアが開いてる)ということに、Lは気づいてしまった。もし、今のうちに飛びこまなければ、知らない間にまたその扉は閉じてしまうだろう……そう思ったら、そこへ入っていくことはそんなに怖いことではなかった。Lがラケルに「わたしがあなたを愛しているので結婚してくださいと仮に言ったとして、あなたは信用しないでしょう?」と言ったのは、いってみればそういう意味だった。その時点ではお互いの間に<愛>と呼べるほどの強い感情があったわけでないことは、彼女にもわかりきっていたはず。でもLは、彼女の心の見えない壁が開いているのを見逃さなかったのだ。
 そうして一緒に暮らしはじめた時も、Lはラケルが二三か月で「もういやっ!!」と一言いってある日突然出ていくかもしれないと思っていた……だから、暫くの間指一本彼女に触れもしなかった。ところが『未完成結婚』などという本を彼女が読んでいたので――正直、(そんなふうに思われたのだろうか)と彼はおかしくてたまらなくなった。
 初めてラケルの体に触れた日の翌朝……Lはなんとも言えない気持ちだった。彼の頭の中の予想では、自分が誰かと恋愛した場合、まずは精神的な絆のあとに、肉体的なものがくるだろうと想像していたのに――実際はまるで逆のことが彼の中では起きていた。100%ラケルのことを支配し、自分のものにしたいという独占欲が、体の関係を持ったことで病的なまでに抑えきれなくなった。精神的にただ彼女のことを「可愛い」とか「好ましい」と思っている間には、それほど強くはない感情だったのに……Lはラケルを支配することで、実は逆に自分が支配されているのだということに気づいてしまった。
 その日の朝のことをLは今も忘れられない。たとえようもなく美味しい紅茶と、愛されているという充足感――ラケルがベッドルームから出てきた時、Lは一生消えることはないと思っていた透明な壁が、なくなっていることを驚きとともに知った。
「おはようございます」と、ラケルが言ったので、同じように丁寧語でLも答える。
「おはようございます」
 Lはそうした種類の幸福に不慣れだったので、その場からすぐに逃げだしたくなった。まともに彼女の顔さえ見られない……このまま黙ってそこにいたら、何か子供じみた真似をしてしまいそうな、そんな気がして。
 けれど、Lは仕事部屋に篭もってもラケルのことが頭から離れなかった。首筋は青りんご、胸の谷間は桃の味……そんなことを思い返していると、なんだか捜査に集中できない。それでまたすぐにリビングへ戻ろうとしたのだけれど、ドアを開けて、不自然にまた閉める。
「どうかしたの?」
「いえ、どうもしません」
 Lは、ラケルが自分の飲み残したティーカップに口をつけているのを見て――それもとても幸せそうに――もう何も言えなくなった。
(わたしらしくもない……)
 そう思って、髪の毛をかきむしる。Lはどうしても捜査に集中できないので(そんなことは生まれて初めてだった)、結局今自分が一番興味のある対象――ラケル――について色々調べ、考察することにした。
 実際のところ、Lは彼女についてそんなに多くを知ってはいなかった。もちろん、両親を強盗に殺されたことや、そのあと日本人の養父に引きとられたことなどは知っていたけれど、過去につきあった男性の数、どういったタイプの男が好みかなど、そうしたことはあえてロジャーの報告書に目を通さなかった。でも今は気になって仕方ないので、ロジャーが以前くれた分厚いファイルのすべてに目を通すことにする。そしてLは、ある一点のところで、急に腑に落ちるものを感じて満足した。彼女は義理の母親に、黒い髪・黒い瞳の子供が欲しかったと言われて育ったと書いてある箇所で――Lは、「本当に彼女は自分でいいのか」ということに対する答えを得たのだ。
つまり、Lは黒い髪や黒い瞳をしているが、ラケルにとってLを受け容れるということは……自分のコンプレックスを受け容れるということなのかもしれないと、そう彼は結論づけた。以来、Lの中で彼女のことを自分の我が儘で危険にさらしてもいいのかという疑問は急速に薄れていったといっていい。
『溺れる者は藁をも掴む』――絶望的な暗い海に投げだされた人間が、そうしてはいけないなんていうことが果たしてあるだろうか?断じて否、とLは思う。ラケルは自分が手に入れた唯一のものだ、だから誰にも奪わせたりはしない……そう思っていたのに、こんなにもあっさりと容易く幸福な日常が壊されてしまうなんて。
 Lは、もう見ても仕方のないビデオテープを、それでも何度もしつこく繰り返し見た。Lにはほんの数秒景色を見ただけで、そのすべてを記憶できるという特殊能力がある。たとえば、ロンドンの街並みを一瞥しただけで、その時視界に映った窓が何枚あったか、彼は即座に答えられるし、ほんの五秒見ただけの景色を――その細部に至るまで忠実に模写するということも可能だった。その彼が、ラケル誘拐に関するビデオを何百本も見たあとで、捜査に関係するものを何も見出せなかったのだ。
 もちろん、違法営業のタクシーであることはすでにわかっているので、PCO(公共車輌管理局)に登録されていない車輌ナンバーのタクシーはすべてチェックしてある。だがそこからは、ラケルを誘拐したと思しき人物は誰も浮かんでこない。正式なタクシー・ドライバーになるには試験が難しいので、それにまだ合格していない者・また単に運転に自信があるというだけで個人営業している者もいるが――いずれにせよ、PCOに登録しなければ違法営業ということになる。出来ればその線で犯人を逮捕したいとも思うのだが……。
(犬を乗せた車の聞きこみ捜査も行ってはいるが、有力な情報はあまり得られていない。となると、この犯人は女を誘拐する際、ナンバーは必ず代える・一度流した場所では二度と同じ行為を繰り返さないという用心深さを持っているということか……おそらく捕まったとすれば、これが初犯という可能性は低いだろう。だがそうだとすれば今ごろラケルは……)
 そう思い、Lは立てた膝の間に顔をうずめ、頭をかきむしる。こんなことなら、彼女に最初から事情をすべて話して、出かける時には必ず発信機を付けるようにするべきだった。だがLは、幸福や自由というものには代償が不可欠だと考えていたし、特に<K>のような男を相手にした場合――奴の気まぐれだけを怖れて戦々恐々とするのだけは嫌だったのだ。むしろ、毎日出かけるたびにボディガードなどついていたのでは、彼女は遠からず自分から離れていくだろうとも思った。
(ライラ……力を貸してくれ……)
 Lはラケルやワタリの次くらいに愛していたといっていい、犬に心の中でそう呼びかけた。これは随分あとになって彼が気づいたことだけれど、ラケルはどことなく顔立ちがライラに似ていた。容姿は優美なのに、性格は単純であまり難しいことを覚えられない素直さも、拗ねてもすぐに機嫌を直すところも、よく考えれば似ていると、Lはそう思った。
 ライラを失ってから、二度と犬は飼うまいと心に決めていたLなのに、結局同じものに手を伸ばしてしまったのだなと、彼は自嘲する。そして夢の中で感じたあの匂い――天国の匂いを思いだして、Lは悲しくなる。そんな遠いところに今ラケルがいるのだとは、どうしても考えたくはなかった。



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【2008/07/16 19:54 】
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