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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(3)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(3)

「何かあるとは思ったが、そういうことだったとはね」
 Lは、ラケルが病院へいく前に作り置きしていったアップルパイに手を伸ばしながら言った。いつもながら、ワタリが淹れてくれるアールグレイの紅茶は絶品だと、そう思う。
「ラケルさんが病院へ行ってる間なら、少しそういう話も出来るかと思いまして……おそらく、今頃彼女はエリスに会って、色々なことに気づいてしまっているでしょう。そもそも彼女はあなたの生い立ちについても、何も知らないわけですから。一緒に暮らしはじめて一年にもなるんです……そろそろ、彼女にも<知る権利>があるのではないかと、わたしはそんなふうに思います」
 リモージュのカップで、Lと同じく紅茶を飲みながらワタリは微笑する。正直、彼自身Lがひとりの人間と――それも女性と、こんなに長く生活できるとは思っていなかった。ロジャーの性格適合テストの数字は正しかったと、あらためてそう思う。
「だが、ロジャーは一生騙し通せるならそうしたほうがいいと言っていたような気がするが……それに、今さらある精神科医の『性格適合テスト』で数値が90%を越えたから、結婚してもうまくいくと思った……そんなことを彼女が知ってなんになる?下手をすればむしろ、そのことが原因でぎくしゃくするようになるかもしれない」
「怖いですか?」と、すべてを見通したような目つきで、眼鏡の奥から鋭い視線をワタリが投げる。
「ワタリ……」と、正直、Lは内心舌打ちしたくなった。勘弁してくれと、本当にそう思う。「じゃあ、わたしはラケルが帰ってきたら、こう言えばいいわけだ。実は、あなたと結婚したのは最初から仕組まれていたことです、ロジャー・ラヴィーという昔は精神医学博士だった男が、面白半分に嫁の来てのなさそうな男と『性格適合テスト』をしてみました、すると滅多にでない高い数値が観測されたので、見合いがてら一緒に暮らすよう仕向けてみたら、意外にも本当に一年も仲良く暮らしている、ということはそろそろ第二段階として厳しい現実のほうも知らせておいたほうがいい……ようするに、そういうことだろう?」
「そうですね」と、ワタリはゆっくり頷いている。いつもながら、Lの論理的思考は完璧だと、そうも感じる。「でも、彼女ならきっとわかってくれると思いますよ。男女の性格適合テストで数字が90%を越えることはまずありませんから……大切なのは、あなたがその数字と結婚したのではなく、確かにラケルさん自身と結婚したということです。その確信さえお互いにあれば、大丈夫でしょう」
「…………………」
 Lは沈黙した。面倒くさいことになったと、心底そう感じる。何より、エリスと会った彼女が、どんな顔をして帰ってくるかも心配だった。余計なことを吹きこまれてないといいのだが、こればっかりはLにも予測ができない。
「そういえば、エリザベス女王が<L>の報告書のことを大変褒めていらっしゃいました。これまでのどの活躍をとって見ても、サーの称号を得るに相応しいだろうとも……<L>にその気さえあるのなら、バッキンガム宮殿で一度お会いしたいとも申されておいででしたよ」
「冗談だろう」と、Lは苦笑する。サーなどという称号を与えられても、自分には糞の役にも立たない。それよりも、イギリスの情報機関のネットワークは意外に穴だらけだから、そっちをどうにかしろと言ってやりたい。「そんなことより、リヒテンシュタインの銀行が倒産したことを受けて、一部に個人情報が洩れているらしいな。スウェーデンやデンマークの王室からも詳しい内部事情を知りたいという連絡を受けた……エリザベス女王に報告したのと似たようなものを作成して、わたしの代わりに送っておいてくれ」
「わかりました、<L>」
 そう言って、ワタリが頷いていると、白に金の飾り縁のドアが突然開いた。もちろん、カードキィを使ってラケルは部屋に入ったのだが、そのままフラフラとキッチンへいくと、そこにケーキを置いて寝室へ直行してしまう。
 彼女は、客に挨拶も出来ないほど無礼な人間では決してない。だが、自分が想像していた以上にショックな出来ごとがあったらしいと、ワタリは見てとった。
「ワタリ……」
 だから言ったのに、という恨めしげな顔つきのLに向かって、彼の父親兼仕事上のパートナーは、軽く肩を竦めてみせる。
「まあ、がんばってください、L」

 結局Lは、ワタリが帰ったあとも、ラケルと正面から向き合おうとはしなかった。彼女がLの夕食にケーキを買ってきたのはおそらく、スイーツを作る元気もでない何かがあったからだろうとは、容易に察しがつく。エリスに電話をかけて、余計なことを言わなかったでしょうね、と聞くのはもちろん簡単だ。だが、Lはエリスと話をしたくなかった。もっと言うなら、彼女の声を聞くのも嫌だった。
 それに何よりも――彼にとっていつも、何よりも優先されるのが自分の<仕事>だった。例の爆弾魔から「自分がやった」との、警察の不手際や無能ぶりを嘲笑う犯行声明文が届いたのだ。そしてこれからも捜査機関の目をかいくぐって爆弾を仕掛け続けるつもりだと、そう犯人は宣言していたのである。
(次の犯行を食い止めるために、今わたしに出来ることは……)
 そう思いながら、Lはまた地下鉄駅構内の監視カメラの映像を見続けた。正直いって、37人の死亡者と700名もの負傷者を出した今回の事件に比べると――ラケルが思い煩っていることがなんであるにせよ、そんなことは<L>にとって小さなことでしかなかった。

 ぽてり、と寝室の枕に頭をつけると、ラケルは全身の力が抜けていくのを感じた。ひどい、騙した、信じられない……そう思う気持ちと同時に、これまで何も聞かなかった自分も悪いのだと思う気持ちも混在し、彼女は途方に暮れていた。
 日本で、自分がメロとニアの母親役、そしてLが父親役をすることになった時――つまり、初めてLと対面した時、ラケルは彼に対してとてもドキドキしたのを、今もよく覚えている。もっとも、それは異性として最初から意識していたとか、そういうことではまったくない。ただ、<L>という人間の醸しだす存在感そのものが、とても異様だったという、それだけのことだ。彼はただ「見る」というのではなく、「見抜く」眼差しで自分のことをじっと見つめてくるので、ラケルはLがいるといつも、なんとなく気詰まりなものを感じた。だから、ほんの時々しか彼が『竜崎』と表札のかかった家に帰ってこないので、心底ほっとしていた。そして時々思いだしたように帰ってこられると、(早く仕事のほうに戻ってくれないかしら)と強く思ったものだった。
 結局その後、家に強盗が押し入り、セキュリティが甘かったことに責任を感じたLが、竜崎邸にいつくようになると――毎日がドキドキと心臓の張りつめる連続だった。Lが仕事部屋からひょっこり顔を出しただけでドキリとし、Lが自分の作った甘いものに対する反応に一喜一憂し(彼が残した残骸から、ラケルはLが特に好むスイーツを推測しなければならなかった)、また「彼の目から見て」、自分は給料分の働きをきちんとしているだろうかと、とても気になった。つまり、ラケルがLと一緒に暮らすようになったのは、ある意味このドキドキの取り間違えだったともいえる。本当は<L>という特異な人間の異様さにいちいちドキドキしていたにも関わらず――ある日、「結婚してくれませんか?」と言われたことにより、彼女はその心臓が締めつけられるような感情がどこからくるのか、はっきり確かめたくなったのだ。
(どのタイミングでいつ、何を彼に聞けばよかったのかしら……)
 ラケルは自分が何についてこんなにショックを受けているのか、自分でもよくわかっていなかった。Lの誕生日については知っている、でも血液型は知らなかった、処方箋にアベル・ワイミーと書かれていたのも、彼の数多くある(らしい)偽名と思えばいいだけのことだ。なんだったら、さりげなく「どうしてアベル・ワイミーなの?」と聞けばいいという、ただそれだけのことなのに……。
 美味しそうなケーキ屋さんで、ホイールごとケーキを買ってきたのは正解だったと、ラケルはあらためてそう思った。とてもじゃないけれど、今日はスイーツ作りをする元気なんてわいてこない。
(エリス・ワイミーと、アベル・ワイミー……)
 ラケルは、声にはださず、心の中でそう呟いた。(やっぱり、ただの偽名なんかじゃない)と、直感的にそう感じる。そして、もっと色々エリスさんに聞いておけばよかったと、後悔してもいた。ワタリがLの父親がわりをしていたという話は、以前に少しだけ聞いたことがあったけれど……他に義理の娘がいるなんていうことは、初耳だった。いや、もしエリスとアベルことLの間に、何も繋がりはないということさえわかれば、ラケルもほっとするだろう。でも彼がワイミーという名を名乗る理由は、彼女としてはひとつしか考えられなかった。
(つまり、形だけにしてもなんにしても、一度は養子だったっていうこと……?そしてエリスさんは養女……ということは、ふたりは小さな頃から知りあいで、彼女はそういう彼を知っている、極めて数少ない人間のひとりっていうことに……)
 ラケルは、さらに気分が落ちこむ答えを導きだして、心がずっしりと重くなるのを感じた。もっと悪いことには、エリス・ワイミーは美人だった。ラケルは彼女の理知的な青い瞳を思いだし、ドレッサーの上にある手鏡で、自分のそれと比較してしまう。
(わたしも、目の色は青いけど……彼女のはもっとこう、なんの曇りもなく輝いている感じだった。額も形がよくて、とても頭が良さそうな感じだし……肌なんてしみひとつなく真っ白で……)
 そこまで考えて、ラケルは思わずハッ!とした。頬の一角に、うっすらとしみらしきものが発生しているのを発見したのだ。
「どうしよう。一度できたしみって、なかなか消えないのに……」
 いつも使っている安物の化粧品の中から、ラケルは化粧水を取りだすと、それを微かなしみの部分にピタピタと塗りつける。さらに、コットンにローションをしみこませたものを貼ろうとして――その時にようやく彼女は、自分が何について一番ショックを受けたかに気づいた。今までLからは一度だって、女性の影のようなものを感じたことはなかったのに――さらにはこれからも一生、そんなことで思い悩むことはないだろうと彼女は決めつけていた――今回初めて、そういう事態が起きてしまったのだ。ということは、もしかしたらLは自分が知らないというだけで、他にも何人か「わたしの知らないL」を知る女性が存在するということに……。
(もう、ダメ……)と、ラケルは頬に貼ったコットンのことも忘れて、羽根枕の上に突っ伏した。(だって、もしエリスさんがLの義理のお姉さんだったりしたら――少なくとも、何年かは一緒に暮らしたことがあるはずだもの。たぶん彼女は、小さい時とても可愛らしかったに違いないわ。それに、明らかにLとは髪の色も瞳の色も、人種が違うんだもの。あんなに綺麗な子が隣にいて、子供心にも惹かれないことなんてあるかしら……もしかしたら、彼女はLにとって初恋の人か何かだったのかも……)
 そこまで思いついて、ラケルの心はさらにずしん、と落ちこんだ。何故なら、Lにも初恋の人くらいいただろうし、もし彼女がその相手だとしたら――自分に勝ち目はない。おそらく自分がエリス・ワイミーという女性の存在を知らない以前から、ふたりは仕事上のつきあいがあって、電話やメールでやりとりしていただろう。それなのに、自分は何も知らず、能天気に甘いものばかり作っていたのだ。
 エリス・ワイミーという女性は、確かにラケルのコンプレックスを刺激する存在だった。甘いもの以上にLが欲しい、仕事上の情報を与えてくれる、しかも対等な相手、とでも言えばいいだろうか。その上、エリスはラケルに対してとてもつっけんどんな態度だった。まるで、昔つきあっていた男の今の恋人――その健康診断を何故自分がやらねばならないのかというような……。
 もちろん、こうしたことはすべて、ラケルの勘違いによる妄想にしかすぎない。けれど、彼女は生まれて初めてといっていい<嫉妬>という強い感情に支配されている自分に気づいて――深く絶望していたのだった。



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【2008/05/20 07:57 】
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