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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(2)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(2)

 ラケルという女性はもともと、Lにとって極めて都合のいい、騙しやすい女性だった。彼女が「虫歯になったら大変よ!」と言って食後にキシリトールガムを勧めても――Lは自分の口の中は普通の人間と違い、アルカリ性だから虫歯にならないと言い張った(「そんなわけないでしょ!!」と彼女が気づいたのは、実にそれから半年も経った時のことである。TVの動物番組で、猫の口内は人間と違い、アルカリ性だから虫歯になりにくいと言っていたのを見たらしい)。さらには、カルロ・ラウレンティス枢機卿及び、カイ・ハザードという青年が催眠術師ではないかとの疑いが強いことから――Lは一度、研究がてら、ラケルのことを催眠術にかけたことがある。彼女はあっさり彼の暗示にかかり、鳥のように手をバタバタさせて室内を歩いたり、カエルになってぴょこぴょこソファを移動したりしたものだった。
 もちろん、そうしたことは「目が覚めたらあなたは何も覚えていません」と暗示してから催眠術を解いたので、ラケル自身は何も覚えていない。そしてこの時もLは、彼女の騙しやすくて暗示にかかりやすい性格を利用して、なんとか病院へいかなくてすむ方法はないものかと考えたのである。

「ラケル、ちょっと話があります」
 先手必勝とばかり、Lは自分のほうから動くことにした。ラケルは泡立て器でメレンゲを作り、頬に散ったクリームもそのままに、ケーキ作りに勤しんでいる。
「なあに?今、忙しいんだけど……」
 完成したスポンジ生地の間に、苺クリーム及び、ラズベリーを挟みながら、ラケルは迷惑そうに言う。Lは甘いもの作りしか頭にない彼女の様子に、思わず微笑んだ。ケーキを焼いた時の甘くて優しい香りが、彼の唾液腺を刺激する。
「ここ、ついてますよ」
 そう言ってLは、ラケルの頬についたクリームを指ですくい、ぺろりとなめる。ついでに、苺クリームも同じようにしようと思うが、今度はぴしゃりと手をはたかれる。
「これはお昼の分だから、今はダメ!!それに、朝から三十個もドーナツ食べてるんだから、とっくにカロリーオーバーでしょ。そういえばさっき、ワタリさんから電話がきて、健康診断へいくようにって言われたの。いい機会だから、糖尿病じゃないかどうか、調べてもらったら?」
「わたしは糖尿病じゃありませんよ」手をはたかれて、しゅんとしたようにLは彼女に背を向ける。「第一、前の定期検診でも健康体だって医者からは言われてるんです……わたしは遺伝的に他の人とは体の構造が違うんですよ。だから、いくら甘いものを食べてもストレス解消にはなるにせよ、少しも太らない……」
 なおもブツブツ何かつぶやいているLのことは放っておいて、ラケルは今度は桃のタルトを焼いた。彼が何をどう言おうと、とにかく病院へは引きずってでも連れていくつもりだった。
「そうそう、忘れてましたが、定期検診へはあなたが先に行ってください。わたしは仕事が忙しいので、暇なあなたとは時間が合いません……でも、あとから必ずいきますよ」
 これはもちろん嘘だった。二年ほど前、嫌々ながら受けた定期検診の検査データが、ワタリのパソコンのどこかに眠っているはずなのだ。その日付を改竄し、どこかへ出かけて帰ってきた振りさえすれば――おそらくラケルは納得するだろうと、Lはそう思っていた。
「そうねえ。よくわからないけど、結構時間がかかるみたいだから、時間がある時に、先に行ってくるわね。でも、Lも絶対あとから行ってね……ワタリさん、Lの健康状態についてとても心配なさってるみたいだったから」
「ワタリが?」と、Lは多少不思議に思い、少しだけ首を傾げた。
確かに、彼にとって父親といっていいワタリがLの肉体的・精神的健康を気遣うのは、今に始まったことではない。だが、ワタリは本当に今日という今日こそは病院へ行っていただきます……という時、もっと別の算段をとることをLは知っている。その意味で、多少奇妙なものを感じた。まさかとは思うが、愛しの妻がせがめばLも言うことを聞くだろうなどと彼が思ったとは思えない。
「そうですか。まあ、なんにしても、あなたが健康診断を受けることは、わたしも賛成です……早期発見・早期治療は、医学の基本ですからね」
 そう言ってLは、ラケルがオーブンを覗きこんでいるその隙に、苺のクリームをべろりと舐めて、仕事部屋に戻っていった――ラケルはLがいなくなった後で、指の形がくっきり残るボウルを見て呆れるが、「仕様がないわね、もう」といつものことと思って、最後には笑っていた。

 その翌日――通称ドクター・ストリートと呼ばれる病院の立ち並ぶ外れに、ラケルは立っていた。とても近代的な建築物で、一見すると病院らしくないのだが、看板に『Wammy’s Hospital』とある以上はやはり病院なのだろう。
 ラケルはその美術館のような大病院の建物の裏手――『Wammy’s pharmaceutical company』と書かれた研究所に、厳重なセキュリティを通り抜けたあとで入っていった。
(ただ、健康診断を受けにきただけなのに……)と、指の静脈認証やら網膜認証やらの機械を通り抜けながら、彼女は溜息を着く。そしてラケルは、MRIやPET検査、脳や体のCTを撮影したあとで、ひとりの女性医師と面会した。白衣を着た、医師なのか看護師なのかよくわからない感じの人間に、検査前に色々問診されてはいたが――その時には口内を見られたり、聴診器を胸に当てられたりすることはなかった。全体として、自分ひとりしか患者がいないように思われる施設で検査を受けるというのは、とても奇妙な感じがすることだった。廊下で擦れ違う人間も極めて数が少なく、その上誰もが医師というよりは科学者か薬剤師といった雰囲気なのだ。
「あなた、もしかして貧血気味なんじゃない?」
 血液検査のデータ結果を見ながら、その女性医師は言った。
「あいつが甘いものばっかり食べてるから、それに合わせてるうちに、きっと鉄分が不足がちな食生活になったのね。それとも、前から血が薄いほうなのかしら?これまで、運動している最中に倒れたりしたことはある?」
「え、えーと……」と、ラケルはワンピースのファスナーを上げながら、口ごもった。「その、もともと貧血気味の体質なんです。これまで、具合が悪くなったり突然倒れたりしたことは何度かあって……でも、Lに合わせて甘いものばかり食べてるっていうことはないと思います。その、もしかしてお知りあいなんですか?Lと……」
 プラチナ・ブロンドの髪の美女は、それまでパソコンのデータと向き合っていて、ラケルのほうをちらとも見はしなかった。聴診器で心音を聴いている間も、ひとりの人間を相手にしているというよりは、何かの実験対象と向きあっているような、そんな感じで――ラケルは彼女のことが苦手だと、何故か直感的に感じた。本当は、ここがどういう施設なのかとか、詳しく聞いてみたい気がしたけれど、氷のように冷たい壁を相手から感じるので、うまく言葉を口にすることができない。
「あなた、何も聞いてないのね」と、キィと椅子を回転させて、彼女――エリス・ワイミーは長い髪をかきあげている。「ここはわたしの義理の父、キルシュ・ワイミーが創設した、<L>のための研究施設みたいな場所よ。もっとも、研究員は全員、Lのためだなんて知りもしないし、思ってもいないけど……あいつは遺伝子学上、とても面白い研究対象でね、普通の人間とは免疫系統とか色々、おかしなところがあるの。その部分を研究することで、新しい未来の医療が開けるかもしれないし、そのことが結局、あいつにとってもプラスになる可能性があるというわけ。あいつ、絶対に自分ではここに来ないと思うけど、あなたが一応奥さんだって言うなら、無理やりにでもここに来させてくれない?血液銀行にストックしてある血液は、確かに優先的にまわしてもらえるけど、本当はあいつ自身が自分で定期的に血をためておいたほうがいいんだから」
「あの……もしかしてLは病気なんですか?血液か何かの……」
 丸椅子にちんまりと座って、いかにも心配気な顔のラケルに、エリスははーっと溜息を洩らしている。
「まず、そこから説明しなくちゃいけないわけ?まあ、簡単に言うとすれば、100万人にひとりの珍しい血液型だから、何かあった時のために自分で血液をためておいたほうがいいっていうことね。他に、質問は?」
「ええと、その……」
 ラケルは驚くあまり、言葉がそれ以上続かなかった。キルシュ・ワイミー=ワタリ=その義理の娘ということは、もしかして彼女はLにとって姉に近い存在なのだろうか?それに彼女がLを呼ぶ「あいつ」という言葉には、どこか侮蔑的な響きがある……裏を返すとすれば、彼女はLと相当親しい間柄ということだった。
「何よ。聞きたいことがあったら、はっきり言えば?」
 あの、だの、ええと、だのと言って縮こまっているラケルにエリスは内心イライラした。正直いって、彼女はこういうタイプの人間が嫌いだった。はっきり意見を述べることなく、なんとなく雰囲気で<察して>欲しいと甘えるタイプの女は、美人であれば大抵男にモテるだろう。だが、そのモテ女の部類に入る人間が、あんなIQが高いだけの野猿といると想像しただけで――エリスは正直吐き気を覚える。
「まあ、他に聞きたいことがあったら、<L>に直接聞くのね。悪いけど、わたしは忙しいから、あなたの相手をしてる暇はないの。Lにはサプリメント、あなたにも増血薬を処方しておいたから、表の病院で受けとって帰ってちょうだい」
 はい、と、言葉にしようとして、ラケルは出来なかった。無言で立ち去ろうとして、扉にゴン、と思いきり頭をぶつける。
「ねえ、あなた大丈夫?」
 最後にエリスはそう聞いたが、ラケルは日本人式にちょっとお辞儀をして、<L>のための研究施設をでた。最後にまた厳しいチェックを受けたのち、表の病院のほうで薬を受けとり、ホテルへ戻ろうとする……だが、彼女はぼーっとするあまり、うまく歩けなかった。貧血の症状がでているというわけではなく、数種類のサプリメント――おそらく、甘いものだけでは補えない栄養分を摂取するためのもの――の入った紙袋、そこに「アベル・ワイミー」と書かれていたのが、トドメだったのかもしれない。
(わたし、そういえばLの血液型も知らないし、そもそも<L>っていうのが本名なのかどうかも知らないんだっけ……)
 彼女は病院の敷地内にあるベンチに腰掛けると、そこで固まったように動けなくなった。正直、そのあと自分がどこをどう歩いて帰ってきたのか、ラケルはよく覚えていない。ただ、帰宅途中で美味しそうなケーキ屋さんを見かけ、そこでケーキをホイールごとふたつ購入した。後は自分がどこにいるかよくわからなくなって、タクシーでホテルに戻ってきたと、そんなわけだった。



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【2008/05/19 10:01 】
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