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探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔~(1)
   探偵L・イギリス編~ロンドンの爆殺魔(1)~

 Lには、目が覚めるたび、いまだに信じられない……と思うことがある。自分の隣に女の人がいて、その上彼女が時々裸で横たわっているというのは、彼にとって随分長い間、その理解の範疇を越える出来ごとだった。
 もちろん、自分がその前の夜に何をしたのか、きちんと記憶はあるし、隣にいる女性の姿にも当然、身に覚えがある。それにも関わらず、罪悪感に近い気持ちを微かに覚えるのは、彼が禁欲主義者だからというわけではなく――自分がプロポーズをした女性に対して、いまだに隠しごとを抱えているからだった。
(結婚して、一年ですか……我ながらよく持ったものだとそう思います)
 Lがラケルの白い背中をそっと撫でると、彼女は微かに身じろぎした。「ん……」と声が洩れて、寝返りを打つ。だが、彼女が正面を向くと、その唇にはよだれが白い筋となって出来ており、Lは思わずくすりと笑った。
(起こしては可哀想ですね……それじゃなくても、わたしの普通ではない生活パターンにつきあわせているわけですから、そのことで彼女がこれまで文句を言わなかっただけでも、わたしは感謝すべきなのかもしれません)
 Lは、そっとベッドから下りると、ずるずるとジーンズをはいて、イギリスはロンドンにある某高級ホテル――そのスイートルームのリビングに腰を落ち着けた。自分で湯を沸かし、紅茶を淹れる……そして前日の夜にラケルが作っていたフルーツ・グラタンに少しだけ口をつけてみる。
(うっ……!!やっぱりわたしは、こっちのほうが……)
 ラケルはLが極端に甘いものしか食べないのを心配し、時々苺クリームスパゲッティとか、趣向を凝らしたものを作ってくれるけれど――Lの手は最終的にやはり、ドーナツのほうに伸びた。パウダー状の粉砂糖の食感に、なんともいえない喜びを感じる。
(ドーナッツは、シンプルイズベストなところが最高なんです)
 そんなふうに思いながら、残り三十個はあろうかというドーナツの乗った皿、それに紅茶のポットを手にしてLは自分の仕事部屋へ向かう。ほんの数時間眠っただけなのに、五百通を越えるメールが届いており、その中で自分が直接返事をしなければいけないもの――アメリカのCIAやFBIやNSA、それにイギリスのMI5やMI6、さらにはエリザベス女王陛下宛てに、適切な情報を記したものを、ワタリ宛てに送信する。
(自分が投資をしている銀行が倒産したからと言って、それを内部調査しろなどとは……女王陛下にも困ったものですね)
 Lはアイスランドで生まれ、そしてイギリスで育った。だが、実際にはエリザベス女王に対する忠誠心のようなものはない。それでも女王陛下をはじめ、ヨーロッパの王侯貴族からの事件解決依頼には、探偵として断れない理由がある。何故なら彼らの多くは金持ちであり、資産運用のアドヴァイスをしただけでも、かなりの高額の報酬が貰えるからだ。もちろんそれだけではなく、世界のトップクラスのセレブと通じていると、様々な有力情報を得られるせいでもある。
(さて、エリザベス女王から依頼のあった件から、今日ははじめることにしますか……リヒテンシュタインにある銀行が倒産したというのは、他のヨーロッパのセレブたちにとっても大きな事件でしたからね。税金逃れのためにこの銀行に多額の投資をしている資産家はあまりに多い。それにしても、七千六百億円近い金を使いこんだというトレーダーには舌を巻きますが……むしろ、よくぞここまで会社と鼻持ちならない金持ちどもを煙に巻いたと褒めてやりたいくらいです。まあ、犯罪は犯罪なので、彼は確かに罰せられるべきであるとは思いますけどね)
 Lは、それまでに各方面で集めた情報を元に、一時間足らずでエリザベス女王に渡す報告書を作成した。ようするに事は、内部監査の甘さに端を発するもので、さらに逮捕されたトレーダー自身に魔術師のような才覚があったこと、また彼にも最初は騙そうという意図があったわけではなく、内部監査をくぐり抜けるたびに、扱う金が巨額に膨らんでいったこと、そこには人間として同じ立場にあったとすれば、<魔がさす>という心理的ドラマがあってなんらおかしくないことなど……Lはこの事件を多角的に論じて、おそらくはエリザベス女王も納得するに違いない報告書を、これもまたワタリ宛てにファイルとして送信した。
(やれやれ。イギリス王室には、1兆円を軽く越える総資産があるっていうのに……そのうちの僅か40万ポンドを失っただけで、こんなにご立腹されるとは。まあ、この件に関しては他のヨーロッパの金持ち貴族から、同じ問い合わせが殺到するだろうから、調べておいて損はないというものの……)
 Lはもぐもぐとドーナツを食べ、紅茶を飲み、今度は自分が今ロンドンにいるもともとの原因となっている事件――その捜査を再び開始した。依頼人はMI6のロバート・カニンガム長官で、彼とは古いつきあいになる……10月7日にロンドン中心部にある地下鉄車輌やバスでテロと思われる爆発事件が発生し、英首相は緊急記者会見を開き、卑劣なテロリストたちを激しく非難する声明を発表した。ところが、捜査が進むにつれて、テロの路線が薄れてくると、カニンガム長官は<L>に捜査協力を求めてきたというわけだ。
(これは、アラブ系テロリストたちに罪を被せた、爆弾魔の犯行である可能性が極めて高い……しかもこの手口は、限りなく奴のものに酷似している)
 Lは、かつて自分が捕まえ、終身刑にしたある犯人のことを思いだす。彼の名前はイアン・カーライル。イギリスの田舎町にある大学で、数学を教える教授職にあった男だ。爆弾魔カーライルは、1990年代に地下鉄やバス会社、航空会社などに百通を越える脅迫声明文を送りつけ、さらに一度は危うく現場で怪我をしそうになったことがある。つまり、警察を嘲笑う文書をスコットランドヤードへ何度も送りつけた揚句、「自分は絶対に捕まらない」という自信を裏付けるためにそうした行動へでたわけだが――結局、それが彼の命とりとなった。
 Lは事故が起きたキングスクロス駅の防犯用監視カメラを繰り返し見ているうちに、カーライルこそがこの事件の犯人であると確信したのである。そうなると、あとのことは実に簡単だった。爆弾事件が起きるたびに、彼が「いつ・どこで・何をしていたか」という行動を調査し、本人に気づかれぬよう警察にも張りこませた。監視・盗聴はもちろんのこと、一日に誰に何度電話したか、昼食には何を食べたか、好きな煙草の銘柄は何か、特定のピザ屋にお気に入りの注文品があるか、果てはつきあっている人間との週に行うセックスの回数まで――何もかも綿密に調べあげた。
 よくサスペンス・ドラマや推理小説では、犯人は犯行現場へ戻るという。多くの場合、それはストーリーの都合なのかどうか、殺人犯は自分の犯行に手落ちがなかったことを確認するために、よく殺害現場へ戻ったりする。だが、現実にはそうではなく、犯人たちは人を殺した時・爆弾を仕掛けた時のスリルや興奮を繰り返し味わうために現場へ戻ることが多いのだ……Lは、今回テロのあったリバプール・ストリート駅~オルドゲート・イースト駅間の地下鉄構内の様子やラッセル・スクエア駅~キングスクロス駅の構内の様子、またダブルデッカーバスを映した映像などを、いくつものスクリーンに同時に映しだして何度も見ている。
(テロリストたちの予告声明文、また「我々がやった」というような犯行声明文の発表がない上、警察当局がわかりやすく罪を被せようとしたテロリストグループからは「やってない」という犯行を否認するビデオテープまで届いている……これはおそらく、今爆弾事件を起こせばアラブ系テロリストたちが真っ先に疑われると計算した人間の犯行だろう)
 イギリスは、世界で一番監視カメラの多い国と言われている。それだけに、今回あらゆる場所や方面から監視カメラの映像が届けられたことは、Lにとって有難いことだった。爆弾魔と呼ばれる人間の中には<アドレナリン中毒者>がいて、自分の命が失われるスレスレの経験をしないと生きている実感を得られない者がいるという……もしそうした人間の犯行だとすれば、監視カメラのどこかに犯人の姿が映っていてもおかしくはない。
(カーライルも、爆発物が置かれた隣の車輌にいた。自分の設計した爆弾がどの程度の威力を発揮するのかわかっており、自分に火の粉が降りかからない範囲内にいて、乗客がパニックに陥るのを楽しんでいたというわけだ……そして捕まった時、犯行の動機を聞かれて、彼はこう言った。「自分を受け容れない世の中に対する復讐だ。この世界が変えられないなら、自分を変えろと世間は言うが、俺は自分ではなく、世界を変えたんだ」と。この犯行がもし模倣犯の仕業だとすれば、そうしたカーライルの思想に共感したということではないのか……)
 もっとも、イアン・カーライルの調書には、矛盾点や支離滅裂なところも多い。彼は安定した大学の教授職にあり、つきあっているガールフレンドもいた……こうしたことは、ロンドン警視庁で作成されたプロファイルの人物像からことごとく外れている。当たっていたことといえば、彼が痩せ型で知能が高く、年齢はおそらく35歳前後と予想したことだったろうか(ちなみに、イアン・カーライルは逮捕された当時37歳である)。
 そしてLは、イアン・カーライルの性格とまったく似た、ひとりの連続殺人犯のことを思いだす。彼の名前はジェームズ・クロンカイト。イギリス史上最多の大量殺人犯と呼ばれる男で、殺した人間はわかっているだけで、55名にものぼる。彼もまたカーライルと同じく、最初のプロファイリングでは<無職で性的な問題を抱えている可能性が高い>とされていたが――実際に捕まってみると、タイヤ会社の社長で妻にも子供にも恵まれ、地元では有名な名士であることがわかったのである。
 これは何も、それだけプロファイリングというものがアテにならないということではなく、多くの場合プロファイリングというものは役立つが、時に例外も存在するという実証例のようなものである。Lは、クロンカイトを捕まえた時、彼がIQ175の極めて知能の高い人間であることに、特に注目した。彼は良き夫であり父であり、上司であり、隣人であった……だが、週末になると決まって自分で食事を作り、その中に睡眠薬を混ぜて家族を寝かせたのちに――別の場所で、恐ろしい殺害行為に及んでいたのである。そのやり口は実に巧妙なもので、頭のいい人間が犯罪というものにその知能を使った場合、いかにずる賢く周囲を欺くかという好例とさえ言えただろう。
(ジェームズ・クロンカイトは全部で1295年という量刑で終身刑を言い渡されました。彼は無実を主張し、彼の家族も会社の人間も、また地域住民も、いまだに無実を信じていると言いますが……わたしの推理に間違いがなかったことだけは、自信があります)
 Lが大量に砂糖を入れた紅茶をすすっていると、リビングのほうでホテルの電話が鳴った。ドタドタと、どこか慌ただしい足音が聞こえたのち、「ハロー?」と言うラケルの声が聞こえる。
「あ、ワタリさん。おはようございます……えーと、健康診断ですか?このホテルの近くにあるワイミーズ・ホスピタル……ええ、場所はわかると思いますけど。そうですね、Lも甘いものばかり食べてるので、一度お医者さんに診てもらったほうがいいと思うんです。ちょうどいい機会ですから、是非……」
 そんな会話が耳に届くなり、Lは思いきり顔をしかめた。椅子から立ち上がり、ブラインドを指先で少しあけると、遠い視界の先に――『Wammy’s Hospital』と書かれた看板が見える……実はそこには、エリス・ワイミーという彼の義理の姉がおり、医師として働いているのだった。
(ワタリ、一体どういうつもりで……)
 Lは、絶対にエリスに会いたくなかった。小さい頃から十代の半ばまで一緒に育ったとはいえ――Lにとって彼女は鬼門といっていい存在だった。確かに前から、定期検診を受けるようにとしつこく言われてはいる。だが、会いたくないものは会いたくないのだ。Lはこれからラケルが自分に何をどう言うかがわかっているだけに……どうやって彼女のことを騙せばいいものかと、思案を巡らせた。



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【2008/05/17 10:13 】
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