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探偵N・ヴェネチア編(後編)~殺人チェス~
   探偵N・ヴェネチア編(後編)~殺人チェス~

          Act.3 エンド・ゲーム

「<家を建てる者たちの捨てた石。
  それが礎の石になった。
  これは主がなさったことである。
  私たちの目には不思議なことである>
 ……これが、うちのホームの入口に掲げてある聖句だよ。詩篇118編、22節と23節。賢い君のことだから、きっと意味は説明しなくてもわかると思うけど――要約すればつまりは、僕たち孤児は捨てられた役に立たない石ってことだ。その逆の言葉は、礎の石……これは建築物の基礎石として非常に重要な役割を果たす石だけど、神は役に立たない人間をむしろ用い、この世のバベルの塔を完成させようとする人間的努力を無にする――こうして神は神にしか出来ないやり方で世界を治めておられると、そういったわけだ」
「<この方以外によっては、誰によっても救いはありません。世界中でこの御名の他には、私たちが救われるべき名としては、どのような名も与えられていないからです>……これは、新約聖書の使徒言行録で、あなたが言った詩篇の引用があった後に書かれている言葉です。それで思いだしましたが、あなたが探偵のロジェ・ドヌーヴに送りつけてきた招待状、その名前のところに、キリル文字でχ・ハザードとあなたは記していたでしょう?そのことに何か意味はあるんですか?」
 e4、c6、Nc3、d5、Nf3、dxe4……と、またも電光石火の速さで、第7ゲームは進行していく。そして5番手、ニアがNxf6で早くもチェック。だが、カイはexf6でこれを防御。またニアは7手目と8手目でクイーンによってチェックをかけるも、カイは自分のクイーンを犠牲にしてさらにこれを防ぐ。
「君も、だんだん調子が上がってきたみたいだね。ますます面白くなってきた……今のところ、僕のほうが圧倒的に優勢のような気もするけど、万が一君が僕に勝った場合――ユーロ紙幣の原版を、君に返してあげよう。そうすれば探偵ロジェ・ドヌーヴの株も上がるだろうし、君も<L>に対して面目躍如といったところなんじゃないかな?χって自分の名前をキリル文字で書いたのは、一応理由がある……キリル文字が使われているのは現在、ロシアとギリシャだけっていうのは君も知ってるだろう?そこで、だ」
 そう言って、カイは楽しそうに笑うと、黒いスーツの内ポケットから小さな紙片を一枚とりだしている。
「これは、キリル文字を使ったちょっとしたクロスワード・パズルなんだけど、全部キリル文字を使って埋めると、ある暗号がヒントとして浮かぶ仕掛けになっている。僕に勝てるような人間が、そのヒントに気づかぬほど馬鹿だとは、僕も思いたくない……さっきも言ったけど、ユーロ紙幣の原版なんて、<殺し屋ギルド>には無用なものだ。偽札作りっていうのは原版を手に入れたくらいで簡単に出来るほど単純なことでもないしね……その上人手と手間を考えるとすればリスクが大きすぎる。そんなわけで、必要のないものは元の持ち主に返してもいいよ。僕は自分の力に見合う人間と戦えれば、それだけで良かったんだから」
「そうですか。あなたのその言葉で、わたしも俄然やる気が出てきましたよ」12手目でニアはクイーンサイドでキャスリングしながら言った。「それにしてもあなたは、本当に用意周到ですね。ユーロ紙幣の原版を盗んだ時といい、今のクロスワード・パズルのことといい……もしわたしがあなたくらいの力を有していたとすれば、自分が負ける時のことなど考えもしなかったと思います。ゆえに、そんなクロスワード・パズルを用意しようともしなかったでしょうね」
「物事にはなんでも、万が一ということがある……それを計算に入れない人間は愚か者だ」14手目――カイはニアのビショップをビショップによって取りながら笑う。何故か、自嘲するように。「それに、僕は昔から段取り魔だった。もう、生まれついての段取り魔といっていいだろうね。ある程度先々のことを予測して段取りをつけてからでないと行動できないんだ……これは、自閉症児によく見られる行動パターンのひとつなんだけどね。僕は小さい時、自分の予測できない事態が起きるとパニック状態になった。パニック状態になったところを人に見られるのは恥かしいことだし、僕もそんな自分が嫌で仕方なかった……ある人はまあ、そう自覚できる知能が自閉症児に備わっているなら、恥かしいと思う行動をやめられるだろうって言うけどね、僕たちの抱える問題っていうのは精神心理学的なものではなく、あくまでも生理学的なものなんだ。小さい時に神経器官が十分発達していないか、あるいはその部分に損傷を受けるかしたその代償として――未発達・損傷を受けた部位の働きを、他の器官などが補おうとして特殊な能力が現れる……“サヴァン”の持つ能力の原理はそんなところだろうと一般に言われているらしい。では、僕たちの持つ<超能力>はどうなのか?果たしてそれだけで説明のつくものなのかどうか……エッカート博士とヴェルディーユ博士は、超能力を発症する子供がすべて、特に側頭葉に損傷がある場合が多いということに注目している。ニア、君は「ゴッドスポット」という言葉を聞いたことがある?」
「確か、人が心霊現象やUFOを見たりする現象に関わっているらしいというアレですか……」
 ニアは、以前にオカルト好きの部下――ジェバンニが話してくれたことを思いだしながら言った。まさか、こんなところで彼のオカルト豆知識が役立とうとは、思いもしなかった。
「そう。実際に視覚的に幽霊がいて見える・UFOが見えるっていうのではなくて――脳自体が幽霊やUFOをリアルに体験してるとでも言えばいいのかな。まあ、いわゆる人間の第六感というのか、未来の出来事を予言したり、神々しい光に包まれて神が降臨するのを見たりといった、ちょっとうさんくさく思える出来事は、このゴッド・スポットとやらが関係しているらしい。そして、エッカート博士とヴェルディーユ博士も、<超能力>の発症にはこのゴッド・スポットが関係してるんじゃないかって最終的には考えていたみたいだね。でも自分の開発した薬が神経器官のどの部位に作用するから<超能力>が現れることになるのか、その因果関係についてはいまだによくわかってないんだ……僕たちの寿命が短いのは、力を使うと新陳代謝が爆発的に高まるかららしいけど」
「では、超能力を保有していても、その力をなるべく使わないようにすれば――長生きできるということですか?」
 ニアは、単純に個人的興味からそう聞いた。彼自身驚いたことには、どうやら自分はこのカイ・ハザードという青年に、好意に似た気持ちを持ちはじめているということだった。これだけ頭の切れる、知能の高い人間に出会ったのは――Lとメロを除けば、ニアはカイが初めてだった。<超能力>を発症したあとの子供の平均寿命は19.24歳……だとすれば、彼が言ったとおりカイは生きてあと2,3年といったところだろう。だが、できることなら彼にはこのまま生きていて欲しいような気が、ニアはしはじめていた。自分を殺そうとしている相手に同情は禁物だと、そう思いはしても……。
「超能力を使っても使わなくても、『薬』の投与が開始された時点で、僕たちに長生きは望めない。まあ、そのかわり自閉症児に特有の症状はかなりのところよくなるけどね……ようするに、僕の<上司>は世界の各国に僕たちの超能力を売り飛ばして、研究資金が欲しいというより――今の医学の最先端をいってる連中に、研究所を肩代わりしてもらいたいらしいんだ。彼女にはエッカート博士や父親のヴェルディーユ博士が持っていたような、研究に対する熱意や信念といったものはない。たまたま自分の娘が不幸にも自閉症児として生まれ、ピジョン・ブラッドの能力を有してしまったというそれだけだ……自分の娘が長生きするためには、世界中の超一流と呼ばれる科学者の力がどうしても必要だと考えているらしい。僕はそれよりも――エッカート博士の遺志を継いで、これからも僕たちは歴史の影の存在であるべきだと思ってるんだけどね」
 これで大体のところ、ニアにも<殺し屋ギルド>とカイ・ハザードのいる<ホーム>の内部事情のようなものが見えてきた。26手目で白が黒を再びチェック、カイはビショップを犠牲にしてこれを防衛する。だが、ニアにはこの時、具体的な勝利の構図がすでに見えはじめていた。
「……先ほどあなたは――自分の力はプラスにもマイナスにも作用すると言ってましたね。よく考えてみると、確かにそのとおりだということが、わたしにもわかります。毎日朝起きるたびに砂糖を鼻に入れたくなるのとは逆に、あなたは人の強迫神経症的こだわりを排除する力も持っているということでしょうから……その力を人を殺したりすることに使わず、精神科医としてでも生かせばいいのではありませんか?もちろん、正式な医師になれるまで、あなたは長生きしないかもしれない。それでも――悪いことのためではなく良いことのためにこそ、自分の力は存在しているのだと考えることはできませんか?」
「人間っていうのは本当に、難しくて複雑な生き物だよ」と、ナイトで白のルークを取りながら、カイは溜息を着く。「ひとつのこだわりを取り除いてやってもさ、今度は別に新しいこだわりを持ったりしだすんだからね――つまり、根本的に心の底から自分は愛されているっていう体験でもない限り、強迫的な不安や恐怖によるこだわりがなくなることはないんだよ。ようするに僕の力なんてのは、その程度のものでしかないというわけ……チェスを見てもそうだろ?クイーンやルークといった大駒は活躍にも幅があって派手だけど、キングなんて自分の周囲1桝しか動けないし、ナイトは絶対に自分が位置しているのとは逆の色の桝にしか動くことはない……つまり、どんな物事にもルール――掟というものがあって、僕はそのうちの捨て駒にしかすぎないんだ」
 チェスでは、駒の交換のことをサクリファイスという。これは直訳すると犠牲という意味だが、捨て駒という意味でも使われる。ニアはこの後ずっと――彼がこの時に言った言葉を忘れることが出来なかった。彼が自分を捨て駒として用い、代わりに何を得ようとしたかということを……。

 勝負はその後白熱し、最終的にふたりは、50試合以上ものチェスの対局をこなしていた。この部屋には時計がなく、時間の経過のほどははっきり定かではなかったものの――ニアもカイも、文字通り時間を忘れてチェスゲームに熱中していた。
 途中、戦局の風向きが明らかに変わったのは、ニアが困った時に<L>ならどうするか……と思考法を切り換えたことにあったかもしれない。こんな時、Lならどうするか、Lだったらどうするかとニアは突き詰めて考え、またLとチェスの勝負をした時のことを何度も繰り返し思いだして新しい戦術で攻めた。
 その結果として――最終的に勝敗が23勝23敗10ドローとタイで並び、次の勝負で確実に勝負が決まるという時のことだった。通常、チェスは大体、40手前後で指し終える場合が多いのだが、勝負が長引き、70手目にもなろうかというその瞬間、ニアの目の前からカイ・ハザードの姿が消えたのである。
 正確には、彼はビロード張りの玉座から倒れ、床に血を吐いていたのだった。
「……カイ・ハザード!!」
 ニアは3Dスコープを取り、透明な壁にまで駆け寄った。透明な壁は叩いてもびくともしなかったが、それでも部屋の隅に3Dスコープをつけていては決して見えない隠し戸があることがわかった。そのドアを通り抜け、まるで使用人が王に駆け寄るようにニアは彼の元へ走る。
「視覚的なトリックを、利用したつもりだったんだけど……」
 カイは、自分の胸元から例の紙片を取りだすと、自分の血で汚れないように注意しながら、それをニアに渡した。
「この勝負は、君の勝ちだ、ニア……」
「あなたは、最終的にこうなることがわかっていたということですか!?勝負はまだ終わっていません!しっかりしてください!!」
 ニアはカイの体を助け起こしたが、必死の形相のニアに対して、カイの顔の表情は穏やかなものだった。
「勝手を言うようで申し訳ないけど……これで、僕の計画は完成した。あとは君が、たぶん僕の仲間を助けてくれるだろう……僕が死んだら、仲間のうちのひとりが、君の元にいくことになってる……あとのことは、彼――に聞いてくれ」
 カイは確かに、誰かの名前を口にしたが、ニアにはその名前がはっきり聞きとれなかった。ユーロスターで人が死んだ時、ニアは善良な市民の命が奪われたと感じはしたが、そこに個人的な感情は一切なかった。だが、今は違う。彼のような人間が自分の目の前で死ぬということが耐えられなかった。Lともメロとも違う、もっと近い<友>と呼べそうな人間が、そのことも計算に入れた上で死のうとしている……それはニアにとって完膚なき敗北に等しい出来ごとだった。
「君とは、いい友達になれそうだったのに……残念だ……」
 カイ・ハザードは、最後にそう言い残して息を引き取った。
 ニアは、彼の名前を呼びながら、何度も体を揺すぶったが、相手からはなんの返事も応答もない。どうしたらいいのかと彼にしては珍しく混乱しかけた時――<王の間>の左右にある脇部屋それぞれから、リドナーとジェバンニが現れる。
「大丈夫ですか、ニア!?」
「これは、一体……」
 ふたりがそれぞれ、なんとか事態を飲みこもうとしている間に、ニアはいつもの彼に戻った。冷静な、なんの感情も読みとれないような普段の顔の表情に。
「遅いですよ、ふたりとも……カイ・ハザードとはチェスの勝負をして引き分けました。ですが、彼にとっては引き分け=敗北ということだったのかもしれません。ところで、あなたたちはそれぞれ監禁されているはずだと思いましたが」
「ええ……目が覚めたら、小さな牢獄のような場所にいたんです。ところが、突然鉄格子が天井に上がったんですよ。こう、ガーッと……」
 ジェバンニが、両手を使って、不思議そうな顔つきで持ち上げる仕種をしている。あとで彼には、ゴッドスポットのことをもっと詳しく聞かねばならないと思い、ニアは溜息を着いた。
「まあ、なんにせよ、今はここから脱出することが先決ですね。カイ・ハザードの遺体は、あとでエリス博士の研究所で検死してもらうことにします。そうすれば、超能力者が短命で死ぬ理由が突きとめられるかもしれませんから……」
 今になってニアは、カイ・ハザードの目的が最初からこのことにあったのだと気づく。ニアは彼に自分の欲しい情報を話させていると感じていたが、そうではなく逆に――完全にそのことも彼の中では計画のうちに入っていたのだ。
(本当に、あなたは……自分で言ったとおりの段取り魔ですね。ヴェルディーユ博士が自分のいる<ホーム>を世界の各国に売ろうとしていると知り、それなら出来るだけ「正しい良心」を持っている人間に、自分たちのことを預けようと考えた……それならそうと、最初から言ってくれれば……)
 そして、自分の目の前で人が死んだ以上、そのことに責任を感じてロジェ・ドヌーヴがその責務を最後まで果たすだろうことも、おそらく彼の中で計算に入っていたのだ。
(この勝負は、わたしの負けです……)
 ニアは、キリル文字で書かれたクロスワード・パズルをぎゅっと握りしめて、そう思った。
「ニア、この地下から地上に出る通路が見つかりました!どうやら古い教会跡らしいんですが、今は使われていない様子で……」
「そうですか」と、リドナーに対して、ニアは素っ気なく答えている。「では、ここから脱出するとしましょう」

 その後、朝の陽の光を浴びながら、ジェバンニの運転でニアたちはモーターボートに乗った。教会のすぐ隣が水路になっていて、そこにモーターボートが横づけされていただけでなく、その中からニアやジェバンニやリドナーの所持品まで出てくる。
「ニア、とりあえずはまず、<L>と連絡を取りあったほうがよくありませんか?あれからおそらく1日以上は経過しているはずですし……<L>もきっととても心配してると思うんです」
 リドナーの言葉は、善意から出たものとわかってはいたが、ニアはなんとなく子供扱いされたような気がしてムッとした。リドナーがダイヤルした携帯電話を受けとり、耳と肩の間に挟む。
「あ、Lですか?ご心配おかけしましたが、なんとかわたしも生きていて、元気です……ええ、リドナーもジェバンニもまあそれなりに元気な様子ですよ。そうですね、詳しいことはまたのちほど……それでは」
 あまりにあっさりした口調で用件のみを伝え、電話を切るニアに、リドナーは少しだけ呆れてしまう。もっと他にも話すことは色々あるだろうにと、そう思う……時々リドナーはニアが年相応に甘えてくれてもいいのにと思うことがあるが、この時は特に強くそう感じた。
「ニアがチェスで勝っても負けても、あの青年は死んでいたと思うんです。だから、あまりご自分を責めたりしないでください」
「いえ、わたしが考えているのはそんなことではありません。カイ・ハザードは言ってみれば犯罪者なんですから、そんな人間に屈するわけにはいかないんです……わたしにとっての<正義>とは、そういうことですから」
 ヴェネチア、サンタルチア駅の近くでモーターボートを降りると、ローマからヴェネチアへ向かっていたのとは逆のESスターにニアたちは乗車した。一等車のコンパートメントに座り、ニアはひたすらキリル文字によるクロスワードに挑戦している。
「あの、バッグの中から、僕たちのものではない所持品が出てきたんですが……」
 食堂車で食事をしてきたジェバンニが、鞄の中からルービックキューブを取りだしている。
「あら、懐かしいわね。昔は一時期流行ってたけど、今でもルービックキューブなんてやる子、いるのかしら?」
「いますよお」と、ふたりきりで食事ができたことを嬉しく思いつつ、ジェバンニが照れたように笑う。「ルービックキューブの世界大会だってあるくらいですからね。確か、今の最速記録が12秒台だったかなあ。はっきりとは覚えてませんけど……」
「そうですか」
 ニアはバラバラの色で構成されているルービックキューブをジェバンニから受けとり、それを十秒とかからず完璧に揃えた。
「す、すごい……!!ニア、ルービックキューブの世界大会できっと優勝できますよ!!」
 そう言ったジェバンニのことを、ニアは思わずギロリと睨みつける。『こんな簡単なヒントも解けないようなバカに自分が負けたとは思いたくない』とカイ・ハザードは言っていたが、なかなかどうして、ニアをして難易度の高いクロスワード・パズルだった。
 そしてルービックキューブをしているうちに、ひとつの単語が思い浮かんでまた一行桝目が埋まる……まさかとは思うが、カイ・ハザードはここまで計算していたのだろうか?と、ニアはまた少しだけ胸が痛んだ。
「そういえばジェバンニ、以前わたしに心霊現象やUFOの話に関連して、ゴッドスポットのことをしてくれたことがありましたよね?その話をまた、出来るだけ詳しくしてほしいんですが……」
 ニアが軽い気持ちでそう言ったのが失敗だったのかどうか――以後、列車内での会話はオカルトに的を絞ったものとなり、結局最後にはリドナーもニアも、聞いているのが嫌になってきた。ローマのテルミニ駅で降りる頃には、ふたりともうんざり顔をしていたが、ジェバンニはその空気が読めないのかどうか、なおも世界の七不思議について語り続けている。
「もういいですから、早く荷物のスーツケースを持ってきてください」と、ニアが溜息を着いたその時――人通りの多いテルミニ駅のプラットホームに、ぼさぼさの黒い髪、真っ白な長Tシャツ、淡い紺色のジーンズ……という姿の、極度に猫背な男をニアは発見した。
「よくやりましたね、ニア」
 その人物は、ゆっくり近づいてくると、ニアの頭の上にぽん、と手をのせている。リドナーとジェバンニは、自分の上司のことを年相応に扱った人物が誰なのか、もちろんすぐにはわからない。ただ、ニアが「あなたのお陰でチェスに勝てました」と話しているのを聞いて――もしかしたらと、驚きとともに推測しただけだった。
 その夜、カバリエリ・ヒルトンホテルで、ニアとLはほぼ徹夜でチェスゲームに興じた。最初は業務報告がてら駒を指していたふたりも、次第に本気でゲームに熱中するようになり……ラケルにとってニアというのは年相応以下の子供であったため、夜更かしはよくないと何度も主張したが、ふたりともラケルの言っていることなど、ほとんど聞いてなかったといっていい。
 そんな彼女も、Lとニアの粘着質な勝負を見守るのに飽きたのかどうか、時計が零時をまわる頃には欠伸をして眠ってしまっている。
「勝負は最初、わたしのほうが劣勢だったんです。でも、こんな時Lならどうするかと考えているうちに――勝てるようになってきたんですよ」
「うーむ。でも、それなのに何故わたしはニアに勝てないんでしょうね?」
 Lは待ったをかけるほど、往生際の悪い人間ではなかったが、それでも負けず嫌いな性分によって、何度も勝てるまでニアに勝負を挑んだ。そうなると、ニアも負けず嫌いなので、もう一局Lに勝負を挑むことになり……結局、最後には睡魔に負けたニアが降参する形となったのだった。
 ラケルは、深夜に起きた時、ソファで隣あって眠るLとニアに毛布をかけていたが――容姿は似ていないけど、まるで兄弟のようだと思い、ふたりの寝顔に思わず微笑みかけていた。


 終わり




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【2008/04/17 03:48 】
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