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探偵N・ヴェネチア編(前編)~ユーロスター連続殺人事件~(5)
   探偵N・ヴェネチア編(前編)~ユーロスター連続殺人事件~(5)

          Side:N

 ESスターはその後、何事もなくフィレンツェ駅を通過した。そしてここで、11輌あった車輌は七輌編成となり、乗客も600名から約320名ほどに減ったのだった。
(カイ・ハザードが何かを仕掛けてくるとしたら、フィレンツェ-ヴェネチア間だ。車掌や乗務員の身元なども一応洗ってみたが、とりあえずおかしなところはない……もし仮にカイ・ハザードが車掌か運転士に催眠術をかけていたとしたら、この列車が暴走して事故を起こす可能性はもちろんある。だが、探偵のドヌーヴひとりを消すために、彼がそこまでする可能性は低い。何故なら本当のドヌーヴがどんな人間かを知っているのは、Lとワタリにメロ、それに今ここにいるジェバンニとリドナーくらいのものだからだ。つまり、間違いなく本人が乗っていると確認できない状況下で、そこまでの惨事を彼が起こすとは思えない)
 電車のハイジャックにしても、論理は同じことだった。もしドヌーヴのダミーがESスターに乗っていて、「自分がドヌーヴだ」と名乗りでたとしよう。そして彼がカイ・ハザードの部下に殺された場合、単にダミーが無駄死にしただけで、カイ・ハザードはその時点で組織内での面子を失うはずだった。となれば、<絶対にこの人間がロジェ・ドヌーヴだ>という間違いのない『確認』をとる必要があるというわけだ――そしてそのことを前提としてもっとも想定されうるのが<誘拐>だった。
(ということは、可能性としてこの列車内では何も起きないということも考えられないことではない……だが、面白いものを見せてやると言った以上、絶対に<何か>があるはず。それが一体なんなのか……)
 ニアは窓際に人形を何体も並べながらそう考え続けた。そしてその時、すぐそばで「キャ―――ッ!!」と女性の叫ぶ声がしたのだった。
「様子を見てきます!」そう言ってすぐにコンパートメントから飛びだすリドナーとジェバンニ……彼らが通路に出てみると、そこには苦しみながらもがく女性の姿があった。
「しっかりして!!」
 リドナーが二十七、八歳くらいの女性の体を抱えこむ。だが、彼女はすでに事切れていた。急いで心臓マッサージをするものの、彼女の呼吸は戻らず、瞳孔の開いた瞳を閉じるより他はなかった。
「リドナー、何が原因ですか?」
 ジェバンニが列車にアナウンスを流してもらうと、一等席に医師がいることがわかり、すぐに駆けつけてもらった。ニアこと探偵のドヌーヴは、隣のコンパートメントの乗客が死んだにも関わらず、顔色ひとつ変えるどころか、その場から動きもしない。
 だが、リドナーは窓際に並ぶ指人形のうちの一体が――首をもがれた状況で転がっているのを見た。無駄に人の命がひとつ奪われたことに対する義憤、それが二アにそんな行動をとらせたのだろうと、少なくともリドナーはそう感じていた。
「医師の話では、毒物を飲んだ可能性が高いのではないかということでした。それも状況から察するに即効性の……彼女が倒れる前に飲んでいたジュースは、もちろん鑑識にまわすために保存しましたし、他の座席に座っていた三人の乗客にはそれぞれ、別の座席に移動してもらって、今ジェバンニが詳しい話を聞いているところです」
 コンパートメント(個室)、というと仲のいい人間同士が予約してとる座席、というイメージが強いが、ESスターの車内では見ず知らずの者同士が和気あいあいと席を取りあっていてもそうおかしくはない。ニアとジェバンニとリドナーのいるコンパーメントの隣――座席番号は三号車の53~56――も、四人とも知らない者同士で、旅の目的など、ずっと仲良く世間話をしていたという。
「彼女、ヴェネチアへは観光で行くんだって言ってたわ。ロンドンから来たって言ってて、仕事は何をしているかとか、そんなことまでは聞かなかったけど……同じ座席にいた他の三人は生粋のローマっ子で、ヴェネチアへは仕事で行くところだってわけ」
 会話を録音しても構わないと三人が言ったので、ジェバンニは職務質問や事情聴取などをした後、そのICレコーダーをニアに渡した。一通り聞いたあと、PCを開いてローマの官公庁にある裏データバンクにアクセスする。もちろんこれは探偵ドヌーヴ独自の裏技ともいうべきもので、暗証番号などのパスワードやコードを持っていればこそ出来ることだった。二アは三人の言っていることに嘘はないか、また犯罪歴はないか、勤務先に偽りがないか等、詳しく調べてみたが、特に不審なところは見当たらないように思った。死んだロンドン出身のイギリス人、メラニー・デイヴィスは二十六歳の既婚女性で、夫とは別居中であることまではわかっている……だが、ニアの目から見ても、他の誰の目から見ても、彼女は<普通の人>のように見えた。なんの変哲もない観光目的の一時的な異邦人、そんなところだろう。
 ちなみに、彼女がトイレなどで席を立ったことが二度ほどあったという。一応科学捜査の初歩として、リドナーが女子トイレを調べてみたが、特に不審な物などは見つからなかった。それと、重要な証拠品として、メラニー・デイヴィスのバッグなどの所持品を調べ、また携帯の履歴も洗ってみた。番号から察するに、そのうちのほとんどがロンドン市内かイギリス国内のものばかりだ。彼女が殺されたとすれば、誰に・どんな方法で……ということに当然なるが、死因等については検死の結果を待たなければ、今の段階で正確なことは何もわからない。
「デイヴィスさんの死体は、隣のコンパートメントに一時的に安置させてもらうことにしました。ヴェネチアに到着次第、鉄道警察のほうが乗りこんでくる形になるでしょう……そちらへは、車掌のほうから連絡をとってもらうことにしました」
「そうですか」と、リドナーの報告に対して答え、ニアはPCを閉じた。もちろんこのこと――いわば探偵ドヌーヴの失態――について、彼には<L>に対して報告義務があった。だが、今の段階ではこれといった物証もなく、高速列車という密閉された空間にいる以上、警察機関の詳しい捜査を待つ以外にはない身の上である。ニアは窓際に並ぶ指人形の首を、もう一体もぎとった。
「これは、偶然ではありませんよね?」と、ジェバンニが憂鬱顔のニアに対して声をかける。「あの招待状に書かれていた<見せたいもの>っていうのは、つまりこういうことだったんでしょうか?もしそうなら……」
「また死人がでる、ということに……」
 ジェバンニの後を引き取って、リドナーがそう言った。ふたりとも、今後のことについてニアの指示を待っているのが窺える。彼らは確かに優秀で行動力もあったが、少しばかり独創性に欠けるところがある、そうニアは上司として認識していた。リドナーもジェバンニも、ともにIQは150以上もあるのだが……普通の人の平均IQが90~110くらいであることを思えば、これは間違いなく高い数値だろう。リドナーはハーバード大学を卒業する時にCIAへスカウトされ、ジェバンニはポリス・アカデミーへ通ったのち、FBIへ抜擢されたという、いわばエリートといっていいふたりではある。だが<エリート>としてある意味真っ直ぐな道を進んできただけに――ニアは彼らには何かが欠けていると感じていた。もちろん、自分より『上』の人間に対して示すリドナーとジェバンニの忠誠心には満足していたけれど。
「おそらく、またなんらかの形で殺人が行われ、死者がでる可能性が高いと思われます……手をこまねいてまた殺人が行われるのを黙って見過ごすわけにもいきませんが、相手はおそらくこのゲームを楽しんでいるのでしょう。メラニー・デイヴィスが催眠術にかけられており、ある一定の時間に自ら毒物を飲んで死んだという可能性もないわけではありません。もちろん彼女は、<殺し屋ギルド>などという組織となんの関係もない一般人である可能性が高い。ですが、向こうが列車内で起きる殺人を『ゲーム』として楽しんでいるとすれば……何か手がかりとなるヒントを残しているはずなんです。少なくとも、わたしがカイ・ハザードの立場ならそうします。あとで、推理となるヒントを残してやったにも関わらず、それを見つけだせなかったことを嘲笑うために……」
「それはまた、随分陰湿ですね」と、ジェバンニ。
「ええ、陰湿です。そして陰湿な人間のことは、同じタイプの人間が一番よくわかる……」
「えっと、僕はその、ニアのことを陰湿と言ったわけでは……」ジェバンニは髪の毛をかきながら笑ってみせたが、ニアに拗ねたような目で睨まれて、思わず席を立った。
「えーと、僕その、列車内の見回りをしてきます。車掌さんや乗務員の方にも不審な人物や不審物を見かけたらすぐ連絡するよう言ってはあるんですが……当然彼らは銃を携帯してるわけじゃありませんし、何かあった場合すぐ動けるのは、こういう時、訓練された人間だけだと思うので……」
「そうですね。よろしくお願いします」と、ニアは形式的に言った。殺人事件の起きた列車内に警察機関の身分証を持つ人間がふたりも乗りこんでいて、ろくに見回りもしなかったというのでは、対面が悪すぎる。だが、ニアはジェバンニがいくら車内を見回ったところで――くだらないオチのサスペンス・ドラマよろしく、彼が殺人現場に居合わせたりすることはないだろうと思っていた。せいぜい言って、死体を見つけることはあったにしても……もし、カイ・ハザードの催眠術にかかっている人間が乗車していて、自ら死を選ぶなり、殺人を犯すなりしているのであれば――それは止めようがないということだ。
(それとも、<催眠術>にそう拘る必要はないのだろうか……誰かに怨恨を持つ人間を乗車させて、その相手を殺させたりといったことは、可能性としてありえなくはない。カイ・ハザードがああした<招待状>まで送ってきた以上、第二の殺人が起きる可能性は極めて高いと言えるだろう。ヴェネチアへ到着するまであと約二時間……何も起きなければいいとは思うが、このまま済むとも思えない。なんとか、相手の裏をかいて、出し抜くことはできないか……)
「こんなことをする相手の目的は一体なんなんでしょう?死んだメラニー・デイヴィスは、こう言っては語弊があるかもしれませんが、夫と別居中の普通の一般人です。ただ、娘の親権を夫に奪われそうなので、これから会えるのは月に一度か二度だと洩らしていたそうですが……」
「そうですか。まあ、わたしの考えでは、彼女はなんの罪もない一般人であればこそ殺されたということですね。そしてわたしがコンパートメントの一等席に必ず座席を取るということも当然予測していたでしょう。そのためにこそ、コンパートメントの一等席はひとつだけ空いていたんです。そしてすぐ隣のコンパーメントで死者がでる――探偵のロジェ・ドヌーヴは自分の目と鼻の先で死人がでるのを防げなかったとなる……ここまではおそらくカイ・ハザードのシナリオどおりに事が進んでいると見ていいでしょう。医者の話では、何か強い毒物を口に含んだのではないかということでした。もちろんまだ断定はできませんが、メラニー・デイヴィスの病歴等をカルテで調べたかぎりにおいて、彼女は心臓病といった持病は何も持ち合わせていない……ということは……」
「まさか……」と、リドナーが言いかけた時、コンパートメントのドアをジェバンニが乱暴に開けて飛びこんできた。
「二ア、今度は6号車でふたり、また死者がでました!メラニー・デイヴィスと同じく、突然苦しみだして通路に倒れたそうです!」
「……で、それは何番の座席に座っている人ですか?」
「え、えーと、16番と43番の座席に座る人間ですが……今度はふたりともイタリア人で男性です。名前がアレッサンドロ・フランチェスキーニ、年齢は45歳、職業は靴職人。そしてもうひとりが……」
「わかりました!次に死人がでるとしたら、7号車の15番と24番、33番、42番、51番の座席に座る人間です!」ニアの瞳は何故か、いつもと違って輝いていた。「ジェバンニ、リドナー、その座席に座る人間を念入りに調べてください。それと必ずバッグや所持品を調べて、中に毒性のある薬物がないかどうかを確認するんです」
「は、はい……」
 ジェバンニはニアのいつもとは様子の違う、生き生きとした顔つきにやや面食らっていた。だがリドナーは軽く肩を竦めて微笑むだけである――推理のパズルが解ける瞬間しか、このお子さまは人生が楽しくないということを、彼女は部下としてよく知っていた。





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【2008/04/10 12:02 】
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