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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第22章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

          第22章

「じゃあメロ、わたしはちょっと出かけてきますが、ラケルのこと、よろしくお願いします」
「わかった。気をつけてな」
 メロはLが例の枢機卿に会いにいくのだと知っていたが、何も知らないラケルは珍しくLが外出するというので驚いていた。
「どこいくの?もしよかったらついでに、卵を一ケース買ってきてほしいんだけど……じゃないと今日の三時のおやつにクリームブリュレが作れないかも」
「今日のおやつはクリームブリュレですね。わかりました、間違いなく買ってきましょう」
(おいおい、これからLはアメリカの政治を裏で操ってきたかもしれない男と会いにいくってのに、呑気なもんだな)と、メロは呆れてしまう。
 ワシントンポストもニューヨークタイムズも他のアメリカの主要な新聞すべてが、例のアブグレイブ刑務所で起きた虐待の事実を第一面に掲載している――メロはその新聞を適当に読み流しながら、ラケルがLに「いってらっしゃい」と新婚の妻よろしく見送るのを眺める……彼女は何も知らないほうがいいとLが何故言ったのかは、メロにしてもわかっているつもりだった。そしてLと例の枢機卿――カルロ・ラウレンティスがこれから教会の告解室で行う会話はすべて、おそらくは歴史の闇に葬られて消え去るという運命を辿ることになるのだろう。
(知らないほうがいいっていうことがあるってのは、確かにそうなのかもな)
 メロはニューヨークタイムズの社説欄の横に、特別寄稿としてリロイの記事があるのを見て、そう思う。彼は今後も自分がジャーナリストとなるきっかけを作ってくれたのが実は<L>という人物だったと知ることはおそらくないだろう。だがそれは善的な意味合いにおけるいい意味での「知らなくても良いこと」なのであり、カルロ・ラウレンティス枢機卿が半世紀以上にも渡ってアメリカの政治に影で影響を与えてきたということは、<悪しき罪>に関わる「知らないほうがよいこと」なのである……その部分をLがどう料理するつもりでいるのか、メロは彼が帰ってきたあとに聞ける話が楽しみだと思っていた。
「メロちゃんはLとお出かけしなくてよかったの?なんか今映画館に面白い映画がきてるみたいだけど……前に携帯に電話がかかってきた女の子とデートしてみるとか。せっかくイラクから帰ってきたのに、ホテルにこもってばかりじゃハイティーンの青春がもったいないじゃない?」
「……ハイティーンの青春って、冗談なのか本気なのか、そこんところ、先にはっきりしといてもらいたいもんだな、ラケル」と、メロは呆れたように言い、ワシントンポスト紙をくしゃくしゃに折った。「大体、ホテルにこもりきりなのは、ラケルもLも一緒だろうが。Lはともかくとしても、あんたは毎日毎日甘いもの作りと掃除と裁縫の繰り返しで、飽きないのかよ?映画が見たいんだったら、買い物のついでにラケルが見てくればいいだろ?」
「あ、わかった?そうなのよねえ。Lを映画館に誘っても駄目なのよ。ブロードウェイだって、ここから近いのに……でもメロちゃんはそういう人生を送っちゃいけないと思うの。若者らしく恋をして、胸キュンどきどき体験を積み重ねるとか、色々道があると思うのよ」
「やれやれ。ラケルはそれで結局何が言いたいんだ?Lは仕事が忙しくてろくにデートにも誘ってくれないっていう愚痴を俺にこぼしたいのか?」
「まさか」と、ラケルはニアのパジャマを手縫いしながら笑う。「わたしはもともと内向的な性格だからこのままでもいいけど、メロちゃんはせっかくモテるのにもったいないなあって思ったっていう、それだけ。こんなおばさんの相手してるよりも、外でピチピチギャルとお茶でもしたほうが楽しいでしょう?」
「……ピチピチギャルとか言うあたりは、確かにおばさんかもな。ま、俺は俺で色々やることがあるからいいんだよ。Lの真似でもして隣で仕事してるから、何かあったら呼んでくれ」
「はーい」
(やれやれ、これじゃあ俺よりあんたのほうがよっぽど年下だろ)
 そう思いながらメロは、一応Lに留守を預かったということもあり、チョコレートをパキリと食べながら、暇つぶしにニアが探しあてたというカイ・ハザードという男の資料をもう一度見た。もっとも経歴はすべて捏造されたもので、戸籍業者からある人間の戸籍を買った上、その人間の履歴で都合の悪いところに多少手を加えてあるといった代物だった。
(死んだ人間に成り代わって存在するっていうのは、どんな気持ちのするものなんだろうな……ま、なんにしても、こいつもそんな形で表へでずに、ずっと影の存在でい続けさえすれば尻尾をつかまれることもなかったんだろうに。たまたまチェスが強かったばっかりに、どうしても外の世界で自分の力を試したかったっていう、そういうことなのかもしれないが……)
 ピピピ、と通信音が鳴り、モニターのひとつに<N>のイタリック文字が表れるなり、メロは顔をしかめた。とりあえず画面に奴の顔が映らないだけでも、この場合はよしとしなければ。
『L、緊急事態です』
「あー、Lなら出かけてるぜ。そんで俺が今留守を預かってるとこ。緊急事態ってなんだ?Lも今緊急事態並みの事件に当たってるところだから、携帯で呼びだすことはできないし、伝言でいいなら伝えておいてやるが……」
 ニアのほうでもまさかLが留守で、代わりにメロが通信にでるとは思わなかったのだろう。少しの間、沈黙が続いた。
『……まあ、この際メロでもいいとしましょう』
「なんかその言い方にはムカつくものがあるが、この際仕方ない。急いでるんだろ。早く用件を言え」
『例のカイ・ハザードという青年から、わたし宛てに招待状が届きました。どこでどう探りあてたのかはわかりませんが、探偵のロジェ・ドヌーヴがユーロ紙幣の原版盗難事件を担当していることくらいは向こうも知っていたのかもしれません。わたしはこれから彼が招待状で指定してきたとおり――急いでユーロスターに乗ってヴェネチアへいきます。用向きの建前は「見せたいものがある」ということでしたが、彼らの所属する組織の情報が少ないことを思えば、これは事件解決の糸口をつかむチャンスだと思っています。それではメロ、どちらが先に<殺し屋ギルド>とやらの十二番目の首領に辿り着くことになるのか、競争ですね……』
 プツリ、と回線が途絶えると、メロはパキッと小気味のいい音をさせてチョコレートをかじった。とりあえず、これで先手を打つのはニアということになる……だが、殺りにいこうとして逆に殺られるというのは、暗黒街ではよくある話だ。ジェバンニとリドナーという優秀な部下がふたりいるとはいえ、ニアは滅多に自分の足で歩かず事件を解決するタイプでもある。その彼を<急がせている>上、自分の意図どおりの方法でヴェネチアという水の街まで案内しようというあたり……敵もなかなか大したものだと褒めざるをえない、メロはそう思った。
(こうなってくると、俺も高見の見物とばかりも言ってられないな。ラクロス・ラスティスという女が仮にもしイラク戦争が終わるまでそこに留まるとしたら――何か他の方法で、奴らと接触をはかる必要がある)
 また通信音が入ると、今度は『W』の文字がモニターに表れた。Lのいない時を狙って何故こう忙しいのかとメロは机の上に乗せていた足を下ろした。
「ワタリ、知ってるだろうけど、Lは今いない。俺が相手ですむ用事ならいいが、なんだ?」
『マクブライド大佐より連絡が入り、例の少女が今日の午後20時頃、アメリカのフロリダにある空軍基地へ一時帰省するそうです。メアリ・トゥールーズ中尉が彼女をニューヨークにあるホテルまで送るそうなので、そのあとのことはメロに任せるという話でした」
「わかった。Lが戻ってきたら――報告した上で、たぶん俺が動くことになると思う」
 メロは時計に目をやり、あとそれまで八時間もあるのかと、待ちきれないような焦れったい気持ちになった。隣から「メロちゃーん。お昼ごはんですよー」などと呑気な声がかかるのさえ腹立たしい……が、メロはダイニングキッチンのテーブルにハンバーグステーキが用意されているのを見るなり、(何も知らないってのは、幸せなことだな)と考えを変えた。そこではラケルが尻尾を振る犬のような笑顔で、にこにこと微笑んでいたからだった。



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【2008/03/03 17:36 】
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