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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第21章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

          第21章

(やれやれ。超能力者集団だなんて、わたしにとっても想定外の勢力だといえる……もし仮に彼らがメロの言ったとおり組織内で内部抗争を起こしているにしても、世界制覇を目指しているにしても、ここまで顕著な力を見せつけつつある以上、<K>も黙ってはいないだろう。自分の秘密組織に吸収しようとするのか、それとも神を気どって彼らの存在を自然淘汰と称して抹殺するか……どちらが次にどう動くのか、わたしにはまったく推理することも読むこともできない。まさしくお手上げ状態というわけだ。まあ、その中でもこれまでどおり、できることを地道にコツコツ積み上げていくしかないことに変わりはないが……)
 Lがどこか内省的に考えごとに耽っていると、突然ピピピ、と通信音が入った。モニターのひとつに、『W』のイタリック文字が現れる。
「ワタリか。今日はありがとう、メロのことをイラクまで迎えにいってくれて」
『いえ、あのくらいのことはなんでもありませんが、そろそろメロも眠った頃かと思って連絡しました。それでL、彼にはどこまで話したんですか?』
「まだ、リヴァイアサンのことまでは話してないよ」と、Lは紅茶のカップの底に沈んだ、どろどろの砂糖の残りを飲みほしてから言った。彼に言わせると、紅茶の味のしみこんだ最後のこの砂糖こそがゴールデンドロップなのだった。「それより、わたしもまだワタリには詳しく聞きたいことがある。例のエッカート三兄弟の末の弟……ミハイル・エッカートが熱中していたのが超能力研究だという話だったが……」
『ええ、エッカート兄弟の上のふたりは、航空学の権威で、例の一般に未確認飛行物体と呼ばれている乗り物は彼らの発明によるものです。ただし、末の弟のミハイルはエリートの上の兄たちとは違い、超能力開発などという、当時としては今以上に馬鹿げているとしか思えない研究に熱を上げていたんです。ですがミハイルはヒットラーと仲が良くて、驚くことには彼が多額の資金を超能力研究所に拠出してくれたんですよ。第二次大戦後に我々はローライト博士の導きでアイスランドへ移住し、そこに住む科学者たちが<コロニー>と呼ぶ環境を作りだしました……ここまでは昔、わたしがLに話したとおりのことです。ですがまさか本当に今ごろになって、ミハイル・エッカートの超能力研究が実を結び、わたしたちの前に姿を現すとは想像もしていませんでした。これはおそらくはわたしやLにとってだけではなく、K――カインにとっても計算外のことだったでしょう』
「そうだろうな」Lはポットの中の冷めた紅茶をティーカップに注ぎ、そこにまたどぼどぼと角砂糖を七つ落とす。「とりあえず、メロには例の少女がイラクを出国したら尾行してもらうことにしたし、ニアには世界チェスチャンピオンのことを追わせている。彼らはおそらくわたしたちの敵にもなれば味方にもなりうる、なんとも不確定な存在だ。なるべくならば味方につけておいて、Kのことを倒す重要な足掛かりにしたいが……ワタリはどう思う?」
『さて。これはまあ、わたしの勘ですがね、カインはおそらく超能力などというものは邪魔な能力として消しにかかるでしょう。彼の遠大な世界征服計画の実現のためには、超能力者など生かしておいてもあまりプラスになると思えません。彼が欲しいのは新世界の<神>としての完全なる支配なのであって、神を脅かすことになるかもしれない超のつく能力者など、必要ないといえるでしょう……といっても、わたしもリヴァイアサンを離れてもう二十数年です。最後に会った時、カイン・ローライトはまだ十四歳の少年でした。そして今は普通に考えるとすれば、四十歳のはずですが、コロニーではすでに早く投与をはじめれば人間が二百歳くらいまで生きることが可能な延命のための薬剤が存在しました。それに加えてもし彼が<老い>を拒否したなら――この先八十歳になろうと、百歳になろうと、二十代の頃の容貌を保ったままでいるというのは、十分可能なことです』
「なんともグロテスクな話だな」と、Lは皮肉げに笑った。「その上、なんとも分が悪いことには、わたしは普通に年をとるつもりでいるし、Kが最後に情けをかけてわたしの命を助けようとしても断るつもりでいる……この先わたしがもし七十歳になっても奴の組織を壊滅できなかったら――人体実験された揚句にクローン人間として蘇生させられることになるだろう。見たくもない、嫌な夢だ」
『…………………』
 ワタリは沈黙し、Lの次の言葉を待った。彼にとってLというのは現代の科学技術の頂点に立つキリストであり、もしLにKが倒せないなら――この世界は滅びる以上に悪い方向へ向かうだろう、というのがワタリの推測だった。そして彼は今七十六歳という高齢だったが、自分の目の黒いうちになんとしてでもかつて自分が所属していた科学技術研究所を壊滅させたいと切望していた。そうでなければ、なんの罪もない<L>という幼な子を過酷な戦いに巻きこんだ意味がなくなってしまう……いや、自分が死んだあとにでもLがその目的を成し遂げるためにこそ、彼は慈善家を装って孤児院を数多く建設し、そこで英才教育を施した子供たちにLの助手を務めさせようと考えたのだ。
 ワタリは、いつまで待ってもLの言葉がないので、自分のほうから声をかけることにした。
『メロとニアはどうですか?使えそうですか?』と、あえて物を扱うかのような冷たい言い方をする。かつて自分も<L>のことを、そのような対象としてしか見なかった、罰として。
「思った以上によくやってくれているよ。でももしかしたらまだ、わたしが思っている以上に子供なのかもしれない……今日、ラケルがメロがイラクから帰ってきたお祝いにクリスマスのような御馳走を作ったんだが、一生懸命それを食べているあの子の顔は、年相応以上に幼く見えた。彼やニアがラケルに対してある種の執着といってもいい感情を見せはじめた時、正直いってわたしは驚いたよ。刷りこみ現象(インプリンティング)というのは、こんなに強く人に作用するものなのかと思ってね」
『そうですか……でもLはスーザンに対しては、特に母親として慕う素振りを見せなかったじゃないですか』
 スーザンというのは、ワタリの妻の名前であり、Lの乳母ともいえる女性だった。けれどLは彼女に対して心を開いたことは一度もなかった。とても優しく素晴らしい女性だと感じてはいても。
「だからたぶん――そこがあの子たちとわたしの違いなんだ。わたしのそばには物心ついた時から擬似的な意味での父母であるワタリとスーザンがいた。メロやニアがもし小さい時に同じ環境下へ置かれたとしたら、今本人が考える以上に里親というものに懐いたかもしれない。まあ、ラケルが特殊な人間だということもあるとは思うけれど」
『……ご結婚なさって、良かったと思いますか?』
「さあ」と、Lはスプーンでカチャカチャとティーカップの中をかきまぜながら苦笑する。「ワタリにも本当はわかっているはずだろう?今わたしが彼女と一緒にいるのは、自然な成りゆきによるものではなくて、極めて<不自然>なものだというのは……大体、小学校の時から大学に至るまでの成績表を調べ尽くしたり、どういう両親に育てられたかとか、交友関係などもすべて洗った上で<お見合い>させられたなんて知ったら――相手の男が仮にどんないい男でも、わたしが女性ならご免こうむるだろうね」
『でもそれはわたしとロジャーが仕組んだことであって、Lもラケルさんも何も知らなかったことを思えば、それは<自然な>成りゆきだったのではありませんか?』
「そんなくだらないことを話すのなら、もう通信を切るよ。<無知とは罪>……十年も前にそう言ったのはワタリ、おまえのほうだったじゃないか」
 Lは一方的にワタリとの回線を閉じると、紅茶のカップの中に映る、自分の歪んだ顔を見つめた。角砂糖を中にどんどん詰めていき、その自分の歪んだ顔を消す……いつもなら、どんな時でも冷静でいられる自信がLにはあったけれど、珍しくその日の夜は感情が乱れていた。本当はまだ、しなくてはいけないことがたくさんある……メロは十分よくやってくれたし、例の資料の整理も彼に明日やらせるのではなくて、自分が代わりにしておいてもいいくらいなはずだった。この十年というもの、<リヴァイアサン>と呼ばれる秘密結社の尻尾をつかむために、Lは寝る間も惜しんであらゆる事件の資料を調べ尽くしてきた。未確認飛行物体がメキシコに現れたと聞けばそれが本物か偽物かを調べ、南米に拠点を置く謎のオカルト集団が北米に勢力を伸ばしつつあると知れば、彼らの宗教秘儀を暴いて大量殺戮事件の全容を明らかにしたり……K・ローライトが関わっているかもしれない可能性のある事件について、Lはこれまで徹底的に追求してきた。そして今、ようやく彼の足のかかとに届くかどうかというところまで、やってくることができたのだ。
(ここまでくるのに十年かかった……逆にいえば十年かかって、たったこれだけの成果しか上げられなかったともいえる。だが必ず奴の足のかかとをつかんで、今いる場所から引きずり下ろしてやる)
 Lは今夜はもう――といってもすでに、夜は明けかかっていたけれど――明日にそなえて眠ったほうがいいだろうと判断し、寝室へいった。ラケルは今日もまたよだれを垂らして幸せそうに眠っている……Lはその寝顔を眺め、いつものようによだれをすくってぺろりとなめた。
(あなただけはどうかいつまでも、罪を知らないままでいてください)
 そんなふうに思い、Lは彼女に背中を向けて眠ったが、不意に背中を殴られて振り返る。
「ゴキブリころり……みなコロリ……」
 なんとも謎の寝言ではあるけれど、Lはラケルが眠っていることをもう一度確認すると、くすりと笑った。寝顔から察するにどうも、彼女は百万のゴキブリ軍団に対して勇ましく勝利を収めたようだと感じる。
(彼女も無意識下で何か闇の軍勢と戦っているようですから、わたしもがんばるとしますか)
 Lはラケルの手をとると、その親指を自分の指の代わりに軽くかじった。もしそれで彼女が目を覚ましたとしたら――狸寝入りを決めこめばいいだけだと思っていた。ラケルは朝起きた時に時々、自分の指が濡れていることに気づいていたけれど、寝ている間に自分のよだれを無意識にぬぐったのかもしれないとしか思っていなかった。まさか指フェチの夫が知らない間におしゃぶりのかわりにしていたということを彼女が知るのは――もっと後になってからのことである。



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【2008/03/01 19:12 】
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