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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第15章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

          第15章

 意外にすんなりアブグレイブ刑務所への異動許可が下りて、メロは多少驚いていた。翌日の夕刻、マクブライド大佐に電話してみると、すべて手配済みなので明日にでも刑務所へ勤めにでるがいいと、皮肉な言い方をされた。
「刑務所の所長にはすでに、人事異動のための書類をすべて渡してある。とりあえず捕虜や犯罪者のファイルの中に、おまえやLの言うアブドゥル・ラシッドなどという人間はいなかった。まあ、仮にそんな人間がいたとしても、おまえが直接顔を見て質問しない限りはわからんのだろうから、好きなだけ内部を調査してくるといい。そのおまえが選んだ人間はよほどの事情でもないかぎり<特赦>をだす用意がディキンスン将軍にはあるそうだからな」
「それは、どうも」と、メロは携帯電話から聞こえてくる大佐のハスキーヴォイスに相槌を打つ。「この度はマクブライド大佐には非常にお世話になり、小生はまったく感激の極みであります。小生がこうして生きて任務を果たせそうなのも、大佐殿の協力抜きには考えられないことであり、誠に感謝の念にたえません」
「……なんだそれは?何か悪いものでも食って、食中毒にでもなったのか?」
「べつに。ただ単にあんたが口の聞き方に気をつけろって言ったから、丁寧語でがんばってみただけ」
「馬鹿者」と、マギーは呆れたように言った。「そういうのは慇懃無礼というんだ。まあ、いい。とにかくおまえはさっさと自分の任務を終えて、死なないうちにこの国から出ていくことだな。親切ついでに教えてやるが、おまえには<リンクス>というCIAの内偵者がつけられている。もし以前部隊にいた人間と同じ顔を見たら、用心することだ。今度こそは本当に殺されるかもしれん」
 一方的にブツリと通信を切られたメロは、耳から携帯電話を離すと、それをベッドのシーツの上へごろりと転がした。あぐらをかいて座ったままチョコレートを齧り、(リンクスだと?随分わかりやすいコードネームだな)と、笑いたくなる。とはいえ、それが誰かということになると、あまり心当たりがない。
(CIAの内偵者ということになると、ノックスの馬鹿ということはありえない。その手下のうちの誰かというのはなくもないが……)
 そこまで考えてからメロは、キャンプ・ヴァージニアでノックスの手下から受けとった、これからは自分の味方をするという人間の名前が書かれた一覧表――それを即座に破って捨てたことを多少後悔した。自分がトイレで殴って気絶させたような野郎連中の顔も、メロは実際のところほとんど覚えていない。
(まあ、いっか。なんとかなるだろ)
 そう気軽に考えたメロではあったが、それでも今回のことでは、マクブライド大佐の言ったことにも一理あると、認めないわけにはいかなかった。確かに彼女の言うとおり、立場上自分より<上>の人間にはとりあえず礼節を重んじて接したほうが事が円滑に進むというのはまず間違いがない。それに、自分のほうではCIAの内偵者が誰なのか、今の時点でまるで見当がつかないというのも、ある意味でメロには敗北を意味することのように思われていた。何故なら、マクブライド大佐がほんの気まぐれから示したであろう親切心によって、メロは<リンクス>という人間の存在を知ることができたわけだが、そうでなければ最終的に自分の任務を引っくり返されることにもなりかねなかった可能性がある。
(この時計に仕込まれた超小型の隠しカメラで、虐待の実態などを撮影することに成功したとしても――問題はその後だ。そのリンクスとやらに首を切られるなり銃で撃たれるなりして殺された場合、捕虜か囚人のひとりに<特赦>などでたところで意味はない……まあ言ってみればディキンスン少将の狙いはそこってことか。あまりにすんなり異動許可が下りたんで、もしや軍の上層部はこのこととはまったく無関係かと思ったが……もしかしたらそうと限ったことでもないのかもしれない)
 とりあえずメロは腹が減ってもチョコレートがなくても戦はできぬと思い、ホテルの食堂へ食事をしにいった。特に味付けのないマカロニと、パサパサのチキンに煮込んだ牛肉……そういった夕食を口にしながら、(人間ってのは贅沢な生きものだな)とメロは思う。つい先日まで軍でMREを口にしていた時には、携帯食料なんかじゃなく、もうちょっとましなものが食べられればなんでもいいくらいに思っていたはずなのに――そうした食事にありつけたら今度は、このマカロニには味付けがないだの、チキンはパサパサしていて牛肉は硬いだのと文句をつけたくなってくる。もちろんそれよりもっといい食事を毎日のように摂取できる世界からやってきたのだから、当然といえばそれは当然の不満だったのかもしれない。それでもメロは何か感覚的に自分が間違っているような気がしてきて、腹に詰めこめるだけ詰めこんでからドル紙幣で支払いをすませ、食堂をでた。あとは売店でチョコレートを買い、早めに就寝するしかやることはない。TVやラジオ等でイラク関連の情報をチェックするということもしてはいたが、それはメロの今回の任務と直接結びつくような内容の報道ではなかった。一応チョコレート数枚と一緒に新聞を何紙か購入し、部屋へ戻ってから目を通してみるものの、左から右へとアラビア語を読むだけ徒労というものだった。ようするに、イラク国内では<戦後>(一応便宜上そう呼んでおくことにしよう)、依然として膠着状態が続いており、国民のマグマ溜りのような怒りがいつ爆発してもおかしくないような状態が続いていたというわけだった。それは今もあちこちで不満となって暴発してはいたものの、地震に例えるとしたらまだそう大規模というほどのものではなかった。だがもし今後いつまでもこの状態が続くとしたら――震度8強の、大地が底からひび割れるかのような国民の<怒り>という名の地震が起きるかもわからなかった。
(アメリカってのは、なんでこう馬鹿なんだろうな)と、『ザマーン』や『サバーハ』、『サーア』といった新聞に目を通しながらメロは思う。何故なら、アメリカはいかにもあやしげながらも、一応の<大義名分>としては「イラクの民主化」という看板を大きく掲げてきたからだった。それなのに今イラクでアメリカのCPA(暫定統治委員会)の行っている政策ときたら――それとはまったく逆のことなのだ。戦後、あるいはまだ戦争行為の終わっていない段階からすでに、イラク全土を激しい略奪行為が猛威を振るったのは周知のとおりであるが、イラクの地方社会の間では早くからそれに対して自警団を結成するなどの措置がとられていた。さらには自分たちの間で<民主的>な選挙まで行い、地域住民が選んだ新知事が生まれたり、職業組合でも新しい幹部を選ぶのに公平な選挙という手法で新しい人事が行われたりしたのである。にも関わらず、アメリカはこうしたイラクの民主主義の萌芽といったものを次から次へと摘みとるような政策を展開していった。結局のところ、自分たちが選んだ人間ではなく、アメリカにとって都合のいい人選が数多く行われた結果として、イラクの人たちは「これが貴様らの言う<民主主義>なのか!」と怒りを覚えていたというわけなのである。
 簡単にいうとすればそれは、共産主義にも似た<コントロールされた民主主義>のようにイラク国民に見えたとしてもなんら不思議はなかっただろう。もちろんアメリカにはアメリカなりの事情があることくらいは察することはできる。ある程度はイラク側にも譲歩は必要なのかもしれない。それでは、石油の利権問題についてはどうだろう?いや、石油分野だけでなく、相変わらず復興事業の根幹に関わる部分を、アメリカは独占的に監督しているのではないか?しかも電力や石油分野の復興事業はすべて米軍がアメリカ企業に発注する形をとっており、イラク企業が参画できる事業はごく小規模なものしかない。その上失業率は七割という状態が続いており、ガソリン不足、電力不足に加えて、インフラの整備もろくにおぼつかないというだけでなく、治安状態まで悪いときては、イラクの国民たちにデモや暴動を起こす以外に一体何をしろというのだろうか?
(まあ、はっきりいって俺には関係のないことだけどな)と、メロはチョコレートをぺろりとなめる。(イラクの人たちには気の毒とは思うが、アメリカもこれで出っ張った鼻と顎が削ぎ落とされて、暫くの間は形成手術の痛みに耐える日々が続くだろう。唯一この新聞の情報の中で救いがあるとすれば、国民の世論調査で今後の生活に明るい見通しを持っているイラク人が80%を越えることかもしれないが……アメリカの「善意」を信じるか否かについての議論には相当手厳しいものがあるな。その上アメリカはイラクを<解放>しにきたのではなく、<混乱>させにきたのだという記事まである。まあ、イラクで早い段階で公式に<民主的な選挙>とやらが行われるのはアメリカにとっては極めて都合が悪いらしいから、無理もない。今の段階で民主的な選挙を行ってしまうと、アメリカ側が選んでほしい人間はほとんどひとりも選ばれず、結果として誕生した民主主義政権ではイラクで甘い汁をすすり続けるのは難しいということになるかもわからない)
 ゆえに、民衆の声はかき消され、アメリカにとって都合のいい人選ばかりがなされていくという問題が背景としてある。『われわれは、イラクの市民、イラクの偉大な文明、イラク人の宗教上の信仰を尊敬しつつ、イラクへ向かっています。われわれは、脅威を除去し、同国の支配を同国の人民自身へと復帰させること以外に、イラクになんの野心も持っておりません』……これは開戦当時のアメリカ大統領のテレビ演説の一節であるが、この段階ですでにもう、アメリカ側には「善意」ではなく「偽善」があるのみだということが見え隠れしていただろう。さらに同年五月一日に行われた戦争終結宣言のあと、大統領による<イラク国民へのメッセージ>が流されたにも関わらず、皮肉なことにはその時、<解放>されたはずのイラク人たちは彼の話を聞こうにも停電でほとんどの家庭ではTVが視聴できない状態だったらしい。ようするに簡単にいうとすれば――その時も今も、米軍をはじめとするアメリカ側とイラク国民との間では互いに互いの話を十分に聞くという場など設けられてはこなかったのだ。しかもアメリカ側は傲慢にも一方的な主張ばかりを繰り返し、「お願いだから一言話を聞いてくれ!」とどんなに必死にイラクの人たちが叫んでもほとんど耳など傾けないというような政策ばかりをとってきた。そうか、我々の言うことなど聞くにも値しないというのなら、いやでも聞く耳を持たせてやろう……そうした形でのデモや暴動の数が増えていく一方だったとしても、なんら不思議なことではなかっただろう。さらに言うなら、アメリカの都合の悪いことは一切聞こえない耳、そのまるで役に立たない耳に手痛い外科手術を施して、是非とも犬なみの精度をもたせてやりたいと考える過激派勢力が存在するのも、無理からぬ話だったのかもしれない。
 メロは新聞を一渡り読み終わると、あくびをひとつして、ベッドの上にごろりと横たわった。明日からの<人事異動>に関しては、マクブライド大佐のほうからLに連絡がいくことになっている。一応最後にメールのチェックをすると、一通だけ届いていることがわ
かった。電源はずっと入れっぱなしだったのだが、おそらく電波の都合で一度メールサーバーに留め置かれたものが今届く形となったのだろう。

<マクブライド大佐から連絡があり、明日から早速調査に当たれるとは聞きましたが、何やら<リンクス>とかいう物騒な人がいるという話ですね……あまり無理せず任務の遂行にはあたってください。それと大佐はディキンスン少将には以前から不審の念を持っていたということで、今後はわたしたちの側に二重スパイとして情報を流してくれるそうです。お互いもちつもたれつのいい関係を築くことができるといいですね。それでは、メロの一日も早い帰還を、ラケルがチョコレートをお供えしながら待っているようです。     L >

(チョコレートをお供え?)とメロは訝しく思ったが、どうせまた何か無意味なことをしているんだろうとある程度の想像はついた。そんなことよりも、とメロは考える。(マクブライド大佐はLの側に寝返ったということか……そのわりには俺に肝心なことはひとつも教えなかったな。せいぜいいってリンクスとかいう内偵者の存在くらいか。まあ、いいさ。俺は自分の任務をなるべくさっさと終えてアメリカへ戻るまでだ)
 メロはアイアイサーというような短いメールを一通打つと、そのまま目を閉じて眠りに落ちた。彼の足元にはアラビア語の新聞紙が散らばっていたが、その開かれたページのひとつに、<ファルージャ地区で、相次ぐ謎の火災>という記事があった。メロはそのあまり大きくはない記事を、そう重要視しなかったが――それがディキンスン少将のいうファイアー・スターター作戦の一旦を担うものであるとは、思いもしなかった。もちろん相次ぐ火災に米軍の陰謀説といったものが囁かれてはいたが、実際に消火活動を行って地域住民に感謝されつつあるのもまたアメリカ軍なのである。第一、ほとんどの家庭で起きた火事の原因は自然発火的なものであり、どう考えても米軍が陰謀をめぐらす余地のあるものではなかった。しかしながら、実際にはアメリカ軍は――ある生物兵器を使うことにより自然な火事に見せかけ、さらには十分な消火活動を行うことのできる準備を怠りなく行った上で、<人為的>に火事を起こしていたのだ。そしてここに、アメリカ軍が火災の起きた家から女性や子供を救いだすという感動的な名場面まで、のちには誕生することになるのだが……よもやそのあまりに人工的な<英雄づくり>の実相にマクブライド大佐が耐えかねてLに協力を申しでたのだとは、ディキンスン少将には想像もつかぬことだったのである。



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【2008/02/23 11:46 】
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