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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第12章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

          第12章

 ホテルのレストランでメロがアラビア・コーヒーを飲んでいると、開け放しになっている入口のドアから、よく陽に焼けた背の高い女がどこか威厳を感じさせる貫禄ある歩きぶりで近づいてきた。軍の徽章のついた制服を着ているわけでも、迷彩服を身に着けているというわけでもなかったが、その堂々としたまるで無駄のない体の動きからは、彼女が軍の関係者であることが窺い知れた。メロはマギー・マクブライド大佐とレストランの片隅で初めて相対した時、彼女のことをメスのライオンだと第一印象で感じた。それも自分の子供が生まれたばかりで、何かと神経質になっている時のメスライオンといった印象だった。
「それで、<L>は一体何が目的で、おまえのような小僧っ子をイラクくんだりまで送りこんだりしたんだ?まずはそちらの用向きからお聞かせ願おうか」
 マギーはメロと同じくコーヒーを頼んでいたが、それが実際に運ばれてくるまで、メロは黙ったままでいた。小僧っ子呼ばわりされたのが癪に障ったというわけではない。一応先に経歴や写真といったものを見てある程度相手の人物像について知ったつもりでいたものの、実際に目の前に現れた人間がうまく同一人物として繋がらなかった。女だてらにという言葉は差別的な表現だったかもしれないが、メロはマクブライド大佐のことを何か、プロレスラーかレスリングの選手にでもなれそうなメスゴリラのように勘違いしていた自分に気づいて、なんとなくおかしくなった。
「無礼な奴だな。何がおかしい?」
 苦いコーヒーを砂糖も入れずに飲む大佐のことを見ながらメロは、まるでお手上げとでも言うように、両手を広げてみせる。
「べつに。一見は百聞に如かずだなと思っただけさ。あんだか思ったより女らしい人なんで、ちょっと今対応に困ってる……べつに口説こうってわけじゃないが、俺は滅多なことでは女に好感を抱かないんで、何か変な感じがしてな」
「なるほどな。話には一応聞いてるよ。おまえはあのメアリ・トゥールーズの誘いを断ったらしいじゃないか。それで頭にきたメアリがノックス中尉に適当なことを吹きこんで、おまえのことをリンチにかけたが、逆に返り討ちにしたらしいな……なかなかやるじゃないかと言いたいところだが、おまえがCIAの人間ならとっくに首になってるよ。そういう意味ではまるで使いものにならんし、まったく話にもならん」
「なんだかまるで、ここまで自分が直接きてやっただけでも有難く思えとでも言うような態度だな。軍の人間ってのは大佐クラスにもなると、態度まででかくなるのか?」
「口を慎め」マギーはぴしゃりとした口調で言った。「電話でも言ったが、今はわたしがおまえの軍における上官なんだ。さもなければあとで、わたしに対して女らしいなどと言ったことを、死ぬほど後悔させてやるぞ」
「軍の中では男も女もないってことか。べつに俺はそんなことはどうでもいいんだけどさ、とりあえずあんたに頼みは聞いてもらわないと困るんだよな……ってわけで、近いうちに俺のことをアブグレイブ刑務所の刑務官として人事移動させてくれないか?Lの用向きってのはようするにこういうことだ。捕虜として囚われている人間の中に――アブドゥル・ラシッドっていう名前なんだが、もしかしたら偽名かもしれない――Lが直接訊問したい囚人がいるんだ。顔のほうは俺が知ってるから、もしいればいくつか質問して本人であることを確かめたのち、イラクから亡命させたい」
「随分おかしな話だな」と、マギーは鼻でせせら笑った。基本的に話の筋は通っているものの、何かが腑に落ちない。どちらかというと表面的にそう理由を取り繕ったその裏で調べたいことでもあるように感じる。「だがまあ、どちらにせよそれはわたしの一存では決めかねることだ。ディキンスン少将にも話してみなければ事を決めることはできないし、明日か明後日にでもまた連絡をしよう。今日きたおまえからの電話は設定が非通知だったからな、もし何か用心でもしているというのなら、明日か明後日、適当な頃合いを見計って電話しろ。それでは、おまえのボスによろしく」
 ウェイターにドル紙幣を手渡すと、マクブライド大佐は早々にレストランから出ていこうとした。ところが、ホテルに宿泊中のアメリカの某新聞社の記者が、白いブラウスに茶色のスラックスという平服姿でいる大佐に気づいて、突然写真を撮りまくっている。
「マクブライド大佐、ファルージャ地区の戦局はどうなっていますか?今ここにあなたが普段着でいるということは、今日は休日ということなんですか?」
「そうだ。しかしそれも軍の指示があって本部に呼び戻されてのことだ。明日か明後日にはわたしは再び、現地でのパトロールや反デモの鎮圧、怪我人の救助といった仕事に戻ることになるだろう」
 手短に答え、大佐は日本製の中古車に乗りこむと、すぐに姿を消した。その後ろ姿を見送りながら、(なるほどな)とメロは思う。(あの容貌じゃあ、サングラスなんかかけていても、目立つものな。一発でバレバレだっていうのに、こんな場所へ呼びつけたりして悪かったのかもしれない……彼女も伊達に大佐になったというわけじゃないってことか)
 何故ミサイル攻撃などしたのかについてなど、彼女に聞いていないことは他にもあったが、メロは自分の直感を信じるとすれば、マクブライド大佐のことを信頼に足る人物だと見なすことができた。
(だとすれば問題は、ディキンスン少将のほうなのか?第一、作戦統合本部でバグダッドの特殊部隊の指揮をとっているのは将軍なわけだしな……ミサイル発射の許可をとってそれをクウェート砂漠にぶちこめそうなのは、彼のほうが位が高いだけに、ありえそうな感じではある。まあ、ふたりともLの密偵を邪魔に思って消そうとしただけともいえるが、あの大佐ははっきり言って俺のことなんかどうでもいいと思ってるのが態度に丸見えだった。なんにしても、アブグレイブ刑務所にさえもぐりこめれば、後のことはどうにでもなる。すぐに人事異動の許可が下りればいいが、もし難しいようならディキンスン少将はすでにそこで虐待の実態があるということを知っているということになるな……あとのことはまあ、向こうの出方次第で決めるしかない)
 マクブライド大佐がコーヒー代をメロの分まで支払ってくれたので、彼はポケットからドル紙幣をだす必要もなく、摂氏四十度の外の世界へと飛びだした。今メロが着ている黒いシャツにズボンという服は、バグダッドへ来てから商店で買ったものだったが、少しサイズが大きめだった。ちょうど体に合うものがなかったのだから仕方ないといえば仕方ないのだけれど、そのどこかやぼったい感じのするデザインは彼の趣味ではない。とはいえ、流石に軍の迷彩服を着て街中を出歩くほどメロも命知らずではなかった。
 バグダッドの街の、土産物屋や商店などが並ぶ一角で、メロはまたチョコレートを購入するためにイラク人の経営する店のひとつに入ることにした。どこかいかつい感じのする、体格のいい店主は小さなTVに見入っており、「マサウール・ハイル(こんにちは)」とも、「アイユ・ヒドマ(ご用ですか?)」とも言わない。それもそのはずで、店主はムクレッと呼ばれるある有名なコーランの朗誦者の美しい声の響きに耳を澄ませているところなのだった。
 狭い店の中には今、女性客がひとりいるだけで、彼女はアラビア土産のスカーフを選んでいるところだったが、その自分と同年代くらいの少女とふと目が合うなりメロは少し驚いた。少女はブルネットの髪を肩のあたりで切り揃えた白人であり、どこからどう見ても、現地人には見えなかった。
「アッデーシ・ハーザー(これ、いくら)?」
 スカーフを何枚か選び終え、カウンターの横にいくつもぶら下がっているスィルスィラ(ネックレス)のひとつを彼女は指さしている。
「ビアシャラト アーラ―フ・ディナール(一万ディナールです)」
 ちらと客のほうを見やり、店主は特に関心もなさそうにそう答えている。
「ガーリー・ジッダン!(随分高いな)」と、財布から大人しく金を取りだそうとしている少女に代わって、メロは思わず間に割って入っていた。そのまま相手の代わりに値引き交渉に入る。「もうちょっと安くてもいいだろう?彼女は外の国からこんな危険な土地まできて、あんたの店で物を買おうとしてるんだぜ」
「じゃあ、二千負けてやろう」
 立派な顎鬚を生やした中年の店主は、こっちだって生活が苦しいんだと訴えることもなく、意外にあっさり値引きしてくれた。メロは少女がカウンターの上に置いたスカーフに対しても、三枚も買うんだからまとめて値引きしろと迫っている。
「うーん。まあ、そっちはまとめて五千ってとこだ。それ以上は譲れないな」
「シュクラン(ありがとう)」と、少女はメロに対してではなく、店主に向かって言った。そしてメロが手にしていたチョコレートも一緒にお会計してくださいと頼んだのだった。
「かえって悪かったな」
 メロは早速とばかり板チョコの銀紙をはがしながら、店の前にでたあと、少女に向かって英語で言った。
「いいえ、こちらこそ」
 少女のほうでもどこか礼儀正しく頭を下げている。こうしてメロと十七、八歳くらいの少女は道を正反対の方向へと別れた。メロも彼女もこの時はお互いのことを異邦人のように感じ、もう二度と世界のどこかで会うこともあるまいと思っていたにも関わらず――その後、このふたりはまったく別の場所で再会を果たすということになる。
 そしてメロも彼女も、この時バグダッドで出会ったことが果たして<運命>と呼ぶべきものだったのかどうかと考えることになるのだが、今はそれぞれが自分の「特殊任務」のことしか頭にはない状態だった。互いに、仕事の合間のほんの休憩時間のようなものを利用して街角で偶然出会ったに過ぎないにも関わらず――その後もう一度出会ってからは、メロは何故あの時自分はわざわざ店主に対して値引き交渉してやろうなどと柄にもない親切心を起こしたのかと訝ったものだった。
 彼女はLにとっても二アにとっても手強いある組織に所属する人間であり、Lの敵はメロにとっても敵である、という観点からすれば弱味を握って倒さねばならない種類の人間だった。にも関わらずニアを殺してやりたいという殺意においては利害が一致しており、互いに敵とも味方ともいえない奇妙な関係を今後築いていくことになるのだった。
 なんにしてもとりあえず今は、彼女の特殊任務については多くを説明する必要はないだろう。それはいずれ物語が進めばわかることであり、ここバグダッドでは彼らの任務は紙一重のところで交差することはなかったのだから。


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【2008/02/20 11:24 】
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