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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第11章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

          第11章
 
 メロはバグダッドに到着後、パレスチナ・ホテルへソーントン中尉とともに宿泊していた。ここには多くの西側のジャーナリストが滞在しており、マクブライド大佐を呼びだすにはうってつけの場所だとメロは考えていた。とにかくもっとも大切なのは、彼女のこと
をなるべくならひとりでホテルまで呼びだすことだった。そうすれば事の真偽を確かめるのがより容易になる上、こちら側の身の安全も確保できる……そこまで考えがまとまると、メロはすぐに携帯電話に手を伸ばしてマクブライド大佐と連絡をとることにした。
「待っていたよ、メロ。君が無事であることがわかってわたしは嬉しく思う」
「まったくよく言うぜ。人をミサイルで殺そうとしておきながらな」
 大佐のハスキーヴォイスを聞きながらメロは、バグダッドの売店で買ったチョコレートをパキリと食べている。
「あんなの、税金の無駄遣いもいいとこだろうが。あれ、一発数十万ドルはするんだろ?一体どういうつもりなんだ?Lに軍の周辺を嗅ぎまわって欲しくないなら欲しくないで、最低限の礼儀ってものがあるだろう。せめて口で直接そう言うとかな」
「メロ、口の聞き方に気をつけたまえ。今君は陸軍中尉であって、わたしは大佐……それが上官に向かってきく口の聞き方かね?」
「だからさっきから言ってるだろう?」メロは苛立ったように、チョコレートに齧りついている。「人を殺そうとしておきながら、今さら礼儀もクソもあるか。だが今回のことはこっちも大目に見てやる。そのかわりあんたはこれから単身で、パレスチナ・ホテルまでやってこい。それで俺の言う条件通りのことをすべて飲むと約束するなら、例のミサイルのことは水に流してやる」
「そうかね。しかしLも随分しつけの悪い坊やを密偵として送りこんだものだな。わたしがおまえの部隊の上官なら、即刻その曲がった根性を叩き直してやるところだぞ」
「上官なら、俺のすぐ隣にいるさ。あんたも知ってのとおり、俺と一緒にミサイル攻撃を受けて、軍に不信感を持っちまったというわけだ。こういうのは敵前逃亡と見なされるのかどうか知らないが、とにかくソーントン中尉のことは大目に見て、処罰の対象になどしないでくれ。それだけは、よろしく頼む」
「……わかった。マクダーモット少佐にはわたしのほうからうまく話を通しておこう。ソーントン中尉にはすぐに部隊と合流するよう伝えてくれ。今第五師団はバグダッド近郊のドッグウッド基地にいる。そこで速やかに任務へ戻るようソーントン中尉には伝えてほしい」
「ふん。そっちも随分都合がいいな。だがまあ、いいだろう。俺にとって今大切なのは、あんたがひとりでパレスチナ・ホテルまでやってくることだ。あんただって曲がりなりにも大佐と呼ばれる身だ、色々忙しいだろうから、日時のほうはそっちに合わせてやるよ。いつがいい?」
「そうだな。今日にでも」と、マギーはおまえのせいでこっちは足止めを食っているんだぞ、と言いたくなるのを堪えて溜息を着く。「お昼のランチを一緒にとるっていうのはどうだ?今日の正午にホテルのレストランでデートするというのも悪くはあるまい?」
「わかった。それじゃあ、その時に」
 メロはブツリと無礼に通話を打ち切り、どこか心配そうな様子でマクブライド大佐との電話のやりとりを聞いていたソーントン中尉のことを振り返った。
「中尉にはドッグウッドへ行けっていう指令がでたが、どうする?」
「もちろん、いくさ」と、ソーントン中尉は大きな筋肉質の肩を竦めている。「他にどうしようもないだろう?本国にトンボ帰りしたいのは山々だが、いかなる理由があるにせよ、俺は軍に所属する人間なんだ。ここで逃げても結局何も変わらないし、今逃げだしたら、アメリカでも一生何かから逃げるように暮らしていかなきゃならないような気がするんだ。なんとなく、直感でな」
「あんた、腕っぷしが強いってだけじゃなく、本当に勇敢なんだな」メロは板チョコの最後の一欠片を口に放りこみながら、感心したように言った。「俺があんただったら、こんな意味のない戦争からはとっとと足を洗って、逃げだしてるよ。それでミサイル攻撃のこと
を逆手にとって、軍のことを訴えてるな。向こうがそれに応じないなら、強請ってやるまでだ」
「そうしたい気持ちがないってわけじゃないさ。でもな……いわゆるPTSDっていうのか?あれのもっともいい治療法が何か、メロは知ってるか?」
「いや」と、答えながら、メロはベッドの上に散らばる何枚かのチョコレートの中から一枚選びとり、銀紙を破いている。
 ソーントンは窓辺にある籐の椅子に腰かけ、バグダッド市内の様子を眺めていたが、なるべくなら窓には近づかないほうが賢明だと、彼ならば言われなくてもよく知っているはずだった。
「ようするに、自分が身を置いた恐怖にもう一度耐えるっていうのが、もっともいい治療法らしいんだよ。精神科医に言わせるとな。戦地においては、命の危険が伴うのが当たり前だ。つまり場合によっては極度の緊張感と恐怖感に身を晒してるってのが当たり前なわ
けだ。だが精神がそれに耐えられなくなって逃げだした場合、もう一度同じ状況を経験して克服しない限り、過去の亡霊に一生悩まされる可能性があるってことさ。俺には現役士官として、また予備役としての従軍義務がまだ残ってる……これをまっとうせず逃げたとなれば、当然軍のほうから召喚状が届いて俺は出廷を余儀なくされるだろう。他の下士官たちだって、軍との契約をまっとうせずに逃げれば、当然ブタ箱へぶちこまれるってわけだ。まあ、俺の友人の中にはアメリカ軍の手の届かない第三国に逃げた奴もいるが、誰もがそうするってわけにもいかないからな……で、袋小路に追いこまれた哀れなネズミは、敵に銃をぶっ放すかわりに、自分のこめかみにそれを当てるってわけだ。意外に思われるかもしれないが、俺も時々フラっとそんな気分になることがあるんだぜ。たとえば、このクソッタレな戦争が終わって、何十年か後に軍の同窓会かなんかでさ、ビール片手に酔ってる自分を想像しただけでもぞっとする。『イラク戦争のときゃ砂漠がすごかった。家に帰って猫のしょんべん場所見るのも嫌だった』だの、そんなふうに語ってる自分には、とても耐えられそうにない」
「だが、人間死んじまったらなんにもならないぜ」
 メロは早くも軟らかくなって溶けだしているチョコレートを片手に、ソーントン中尉と同じく、窓辺に立った。そこからはバグダッドの街の要所要所をアメリカ軍の装甲車が守っているのが見える。戦車に乗り、胸から上だけをだした格好の米兵はまるで、かたつむりか何かのようだ。彼らはいつなんどき、自分や自分の同僚が狙撃されるかわからないという恐怖と緊張感に耐えながら警備に当たっている。最初の楽観的な予想によれば、<解放>にきたアメリカ軍はイラク国民に歓迎されるはずであった。ところが彼らは「解放してくれと頼んだ覚えはない!」と、彼らがどこかとても高いところから差し伸べた手をはねつけたのだった。もちろん、イラク市民の誰もがアメリカ軍を憎んでいるわけではないにしても、今街で起こっているゲリラ戦などを見るかぎりでは、そう簡単に説明したくもなるというものだった。
「ああやって街角に立ってさ、いつどこから敵が撃ってくるかもわからない恐怖に耐えて、一体何になるんだ?そんな意味のない恐怖や緊張に耐えた揚句に死ぬなんて、俺だったら絶対にごめんだね」
「そうかもしれない。でも人生なんて戦地にいてもいなくても、どこかにそういう部分があるものさ。たとえば、平和な世界で週に四十時間働いたとするよな?そこにもおそろしいような精神の恐怖や緊張の浪費ってものは存在するさ。俺はそういう種類の物事に自分が適応できないとわかって、軍に入ったんだ。正直いって軍をやめたら自分に何が残るのか、不安でもある。もしかしたら酒浸りになって、この先の人生で結婚することになる女房のことを殴っているかもしれない」
「あんたはそんな人間じゃないよ」と、メロは気安く請け合った。「間違っても女を殴ったりはできないはずさ。野郎のことは別としても――モップで殴られたのはたぶん、あんたのが一番きいたよ。効果覿面っていうのは、ちょっとおかしな言い方だが」
「悪かったよ」中尉はいかにもおかしそうに笑うと、籐の椅子から立ち上がっている。「そろそろ俺は基地へ戻ることにするが、メロも気をつけろ。おまえの<特殊任務>ってのがなんなのかは知らんし、聞く気もないが、味方の軍にミサイルを飛ばされるようじゃあ、それがとてもいい仕事だとは俺には思えん。だが、おまえに会えて楽しかったし、何年かしてイラク戦争のことを思いだした時には、俺は必ずメロのことも思いだすだろう。で、軍の同窓会かなんかで、あの時会った金髪のかわい子ちゃんはどうしてるだろうなんて、バードやファインズを相手に話してるのさ」
「はは。金髪のかわい子ちゃんはもうやめろって」
 メロはソーントン中尉が差しだした手と一度だけ固く握手した。彼はその時別れしなに「Good Luck」と言ったけれど、実際にその言葉が必要だったのは彼のほうだった。中尉はハンビーでバグダッド近郊にあるドッグウッド基地へと向かう途中、何者かに狙撃されて息絶えた。メロがそのことを知ったのは自分の任務を終えてアメリカへ戻ってからのことだったが、軍の報告書によれば、彼を襲ったのはイスラム過激派勢力との結論がなされていた。果たして本当にそうだったのだろうか?メロには彼が何故、誰の手によってなんのために死ななければならなかったのか、その後手がかりを掴むことはできなかった。ただ、もし彼が自分と関わりあいにさえならず、あの時部隊を離脱してさえいなければと思うと、後悔で胸が苦しくなった。
 もっとも、「それが戦争というものだ」と言われてしまえばそれまでだったかもしれない。だが、メロはアーリントン墓地で無数の戦死者の墓に取り囲まれた時、ソーントン中尉の墓の前でこう思った。仮に神がいて、終末の時に死者のひとりひとりを甦らせたにしても――その魂の労をねぎらう優しい言葉をかけてくれたとしても――これは決して癒されない痛みだと。そして中尉の言った言葉のいくつかを思いだしてメロは、微かに笑った。中尉の言っていたアメリカ軍の同窓会というのはおそらく、今ごろ天国で開かれているのかもしれないと、何故だか不思議とそんなふうに思ったせいだった。


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【2008/02/02 23:35 】
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