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探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』~第Ⅵ章~
探偵L・アメリカ編『マンハッタンの枢機卿』

          第Ⅵ章

 だがその後、事態はメロが思っていたよりも好転した。メロが自分の部屋へ戻ってみると、そこにはソーントンとギャラガー、そしてファインズがベッドの縁に腰かけたり横たわったりして、何か愉快そうに笑い声を上げているところだった。
「よお、便所掃除は終わったのか、色男」と、二階のベッドの上で、片方の腕で頭を支えた格好のエリック・ソーントンが、そう聞いた。
「そこに置いてある湿布は、俺たちからのせめてもの詫びの品だと思って受けとってくれ」
 くっくっくっ、と独特の笑い方で喉を鳴らしながらダン・ギャラガーが言う。彼はそのやや太目の体格にも関わらず、他の隊員たちから“バード”と呼ばれていたが、メロはそのバードという仇名はギャラガーの奇妙な笑い方に由来するものなのだろうと見当をつけていた。
「ほら、早くシャツを脱ぎたまえよ。僕たんがやさしーく、背中に湿布を貼ってあげまちゅからね~」
 ファインズがしなを作って色目を使うと、メロは何故かぞっとした。その様子を見ていたソーントンとギャラガーが、げらげらと笑いだす。
「それにしてもおまえ、本当にメアリとやってないのか?いや、やってないにしても、ちょっとはなんかあったんだろ?じゃなかったら、色っぽい手紙を受けとって、わざわざ違反行動まで起こすはずがあるまい?」
 シャツを脱ぐと、ファインズに湿布を貼ってもらいながら、メロは二階のベッドにいるソーントンのほうは見ずに、彼の質問に答えることにした。冷たい湿布を背中に貼られ、一瞬飛び上がりそうになる。
「……俺は、あの手紙が本当にあの女からきたものだとは思っていなかった。たぶんノックスの差し金で、その場所へいったら奴らの手下どもが待ち伏せてるって寸法なんだろうと思った。あいつの顔は、一度目をつけた者のことは絶対許さないっていう、どこか狂信的な感じだったから、早めに締めておかないと、あとで何をされるかわからないと思った。正直、本当にあの女がいたんで、内心拍子抜けしたくらいだ」
「ふうーん」と、ソーントンはどこか納得できないような、つまらなそうな顔をして鼻くそをほじり、それを下のベッドにいたギャラガーに飛ばしている。
「きたねえなっ!俺に鼻くそ飛ばすんじゃないっ!」
「ハハハ。見えないのに、よく鼻くそだってわかったな」と、ソーントンは快活に笑っている。「おまえがこの部屋からメアリのいる部屋までいって戻ってくるのに十五分くらいだったことを思えば、まあ今の言い分は信頼に足る発言だといえる……もっとも、一発やるのに時間は十分もいらないとも言えるが、それはきのう今日知りあった仲じゃない男と女の間でのことだ。わかった。俺は上官として、部下のおまえの言うことを信用しよう」
「一発やるのに十分もいらないのは、エリックが早漏野郎だからだ」
 くっくっくっ、とバードが笑いながらやり返す。ソーントンも「ちげえねえ」と言って一緒に大笑いしている。ファインズも笑っていたが、メロはどこかしかめつらしい顔をしたままだった。さっき無理をしたのがたたったのか、今ごろ全身が総出で痛みを訴えはじめている。
「おい、大丈夫か、ケール。なんだったら、医務官に言って、鎮痛剤でも貰ってこようか?」
「いや、いいよ」と言って、メロはファインズの有難い申し入れを断り、ベッドの上にごろりと横になった。「寝てればたぶん治るだろ……」
「ところで、ケール少尉殿」ソーントンがどこか慇懃な口調で言った。「おまえさん、仇名かなんかないのかい?ケールにしてもミハエルにしても、なんかこういまひとつしっくりこねえからな。俺はエリックで、ファインズはボブ、そして下の飛べない鳥がバードだ。おまえさんのことはなんて呼べばいい?」
「メロ。昔からそう呼ばれてるから、メロでいいよ」
 メロは壁際に顔を向けると、目を閉じたままでそう答えた。だが、痛みに加えてまだ神経が昂ぶっていたので、なかなか寝つけそうにない。
「ふうん、メロね」と、ソーントンはどこか納得したような顔をし、仇名の由来などは一切聞いてこなかった。「それじゃあ、メロ。この空母がクウェートの基地に着くまで、ぐっすりおやすみ。到着したら意地悪しないで必ず起こしてやるよ」
 メロが眠ったふりをしたあとも、ファインズはメロのベッドの縁に腰かけて、ソーントンやギャラガーとよもやま話を続けていた。この間の休暇に、ドライブインでウェイトレスをしているブロンドの美人と知りあったが、陸軍の補給部隊の隊員ではなく空軍のパイロットだと嘘をついた、これから俺は一体どうすべきなのか?とか、イラク戦争へいっているというので、やたら近所の人間から聖人扱いされるようになったけれど、その前まで奴らは自分のことをただの能なしのデブとしか見てなかったとか、もし神がいるのなら、この戦争をどう見ているのか、アメリカが勝ってもそれはキリストのいう勝利とはまるでべつのものだと思う……といったようなことについてなど、三人は同じ部隊で長く一緒に働いているらしく、話声や笑い声が途絶えることは一度もなかった。
(やれやれ。女みたいに、随分ベラベラしゃべる連中だな)と、メロはそう思いながら三人の会話を黙って聞いていた。
「おまえが敬虔なクリスチャンなのは知ってるが、そう真面目に考えるものじゃないさ」と、ソーントンが気楽な調子でファインズに答えている。「信仰ってものは、マザー・テレサもおっしゃっているとおり、とてもシンプルなものだ。たとえば、俺の下にいる能なしのデブの頭の中ではこうなってる……神は居心地のいい超高級ホテルの室内にいて、サッカーの試合を見ているんだ。一方のチームはイスラム教徒だけで構成されたメンバーが十一人、もう一方のチームはキリスト教徒だけで構成されたメンバーが十一人、互いにしのぎを削って相手ゴールにシュートを決めようとしている。ある時はイスラム教チームがヘディングでゴールを決めることもあり、またある時はキリスト教チームがコーナーサイドからキックを決めることもある……」
「で、結局どっちが勝つんだ?」と、ギャラガーが話の先を急かした。
「さあな。ある時はイスラム連中が勝つこともあり、またある時はキリスト軍が勝つこともある。試合はいつどうなるかわからない、神はそのスリルを楽しんでおられるのさ。しかもつまらない試合の時には、時々TVのリモコンでチャンネルを変えることさえある。で、腹が減ったら自分の召使いである天使に、ピザやコーラを持ってくるように頼むんだ。そして時々ゲップをしながらTVを見続けるわけだ」
「ひでー神だな。おまえの考えるその神に比べたら、まだしも俺のほうが信仰心ってもんがあらあ」
 くっくっくっと笑いながらバードが言う。ファインズもげらげらと笑っていた。そしてメロもまた微かに笑って身じろぎしていると、ボブがそのことに気づいて話かけてきた。
「メロはもしかしてカトリック?」と、彼は聞いた。
「ああ、一応そうらしい。べつに信仰心なぞ持った覚えはないが、最初にいた施設がカトリック系の孤児院だったから、物心も着かないうちに洗礼ってやつを受けさせられた」
「へえ……じゃあ、施設をでたあとはろくに就職先が見つからなくて仕方なく軍にってところか」
「まあ、そんなところだ」と、ファインズに答えながら、メロは体を起こした。少し横になったら、大分体が楽になってきた。
「俺とバードは、頭の悪い体力馬鹿だったから軍に入隊を希望したのさ。ボブは従軍牧師……いわゆるチャプレンってやつになりたくて、今ここにいるんだ。そのわりには牧師らしからぬ振るまいも目立つがな」
「そんなのはみんなおまえらのせいだ」と、将来は牧師志望の目なし男は笑っている。
「きのうだって俺は、本当は気がすすまなかったんだぜ。でもエリックが、規律違反と姦淫の罪を犯した奴に懲罰を加えるのは当然のことだとか、上官の言うことは間違っていても黙って従えとか、変なことを言うからだろう」
「たとえどんな理由があろうとも」ちちち、とソーントンは人差し指を振っている。「無抵抗の人間を傷つけるってのはいけねえなあ。いくらおまえがヴァージン・メアリに惚れてるとはいえな」
「えっ、そうなのか!?」メロは単純に驚いて、目なし男の顔をまじまじと見つめてしまう。心なしか彼は頬を赤く染めているようだった。「悪いことは言わない。あの女だけはやめておいたほうがいい……彼女は聖母マリアというより、マグダラのほうのマリアだ」
「わかってるさ、そんなこと」
 ファインズは自分の座っている場所が突然居心地悪くなったのだろう。逃げるように急いで階段を上っていった。
「それに言っておくけど、聖書にはマグダラのマリアが娼婦だったという記述はどこにもないんだぜ。あんなのはみんなカトリックのでっちあげだ。マリアがイエスの足に香油を塗るシーンがエロティックだっていうんで、彼女が淫らな女だったに違いないって、勝手に決めつけたのさ」
「ついでに言うと、マリアはイエスと結婚してたって説もあるらしいじゃないか」と、ソーントンはからかうように言った。「で、イエスが十字架の上で死んだあと、子供まで生んだって話だぜ」
「うるさい!そんなものは全部異端の教えだ!」
 ファインズが枕を耳栓にするように頭からかぶると、流石に毒舌家のソーントンも黙ることにしたようだった。ギャラガーもくつくつ笑ったりせず、ただ肩を竦めている。
(あんな女のどこがいいんだ……)というのがメロの率直な感想だったが、たで食う虫も好きずきというのはこういうことを言うのかもしれないと思ったりもした。
(まあ、人口比的にいって、数としては女のほうが少ないわけだから、こんな野郎どもばかりに囲まれた環境では、あんなビッチでも彼の想像上の世界では清らかな処女になれるのかもしれないな)
 メロはソーントンがまたしても鼻くそ爆弾を落下させ、バードが怒っている様子を眺めながら、やれやれともう一度枕に頭をつけた。あと三十分ほどで彼らを乗せた航空母艦はクウェート沖に到着する予定だった。


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【2008/01/17 10:58 】
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