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L家の人々、第五話
 第Ⅴ章 曇りのち雨、時々泥棒

 メロが無断外泊をし続けて二週間……(こんなに長いのは初めてだわ)と、流石にラケルも心配になってきていた。その時彼女はNHNのニュースを見ていて、強盗殺人だの、バラバラ死体遺棄事件だの、物騒な事件ばかりが清楚・高田清美(友情出演)アナウンサーによって読み上げられるのを聞いて、思わずぞっと身震いしてしまった。脳裏にメロがどざえもんとして川に浮かんでいたり、(ありえないことだけれど)山中で自殺していたり、都会の片隅でドブネズミのように死んでいく様が思い浮かんでは消えていったからである。
(どうしよう……もしかして捜索願いを警察にだすべき?でももしそんなことして、ひょっこり帰ってきたら、どうせ「だせーことしてんじゃねえ、このクソババア」とか言われるに決まってる……こんな時はドラマなんかだと、すぐに父親の会社に主婦は電話するって決まってるけど……Lはこの間ふらっと帰ってきた時には「適当に泳がせておくのが一番です」とかわけわかんないこと言ってたし……)
 ラケルは空模様が怪しくなってきたのを見て、まずは外に干してある洗濯物をとりこもうと思った。物干し竿にかかっているその大半が似たような形のパジャマばかり……言うまでもなくすべて次男ニアのものだった。彼はラケルが注意しないといつまでたってもなかなか着替えようとしなかったけれど、ようやく最近になって自主的に毎日着替えをするようになっていたのだ。
 だからこの時、ラケルは知らなかった。NHNのニュースで、竜崎家(もちろん仮名)の住所の近辺で空巣が頻繁に出没していると高田アナが言っていたことを……ラケルは洗濯物をとりこむ間も、メロが早く帰ってくるといいと思い、彼の心配ばかりをしていた。
(そうだわ。もしかしたらニアちゃんなら何か知ってるかも……メロちゃんがよくいくクラブがどこにあるか、教えてもらってそこにいってみるとか……でも変装してこっそりいったのがバレたら、あとで「ババアがこんなとこくんなっ!」とか言われそう……)
 十五歳のメロにとって二十三歳のラケルはババアといって差し支えない存在だったかもしれないけれど、竜崎家の塀の外で彼女の様子を窺っていた泥棒にとってはそうではなかった。空巣田豪東(四十七歳・前科百八犯)は、竜崎家が泥棒にとって非常に入りやすい門構え、家の造り等をしているのに目をつけ、監視カメラの死角を狙ってまずは庭の中へと侵入した。高い塀や庭の大きな樹木や生垣は、泥棒が姿を隠すのに実にもってこいであった。
(ここの家のことは何日も前から調査してある……暮らしているのは若い女がひとりに小学生くらいのガキがひとりだ。このガキはさっき出かけたようだったからな……チャンスを狙うとしたら今だ。何よりもまず雨が降ってこないうちにチャチャッと片付けちまうとするか)
 空巣田がガラスカッターで手早くラケルの寝室の窓を切り、鍵を開けると、ポツポツと小さな雨粒が曇り空から舞いおりてきた。ゴロゴロとどこかで雷の轟く音もしている。
(高い塀と入口にひとつある監視カメラでセキュリティは万全と考えるような中くらいの金持ちは多い……いわゆるこの種の中金持ちは、俺にとっては絶好のカモだ。そこそこ金目のものが置いてあることが多いからな……)
 空巣田はまずはラケルの寝室を物色しはじめたが、そこは必要最低限のもの以外、何もないといっていい部屋だった。クローゼット(少ない服とエプロン以外何もなし)、ベッドの下(特に何もなし)、ドレッサー(使われている形跡なし)……。
(チッ。もしかしたらここは客用寝室とかってやつなのかもしれんな)
 そう考えた空巣田は、TVの音が聞こえてくる居間は無視して、まずは二階へ忍び足で上がっていこうとしたのだが、何故か階段の途中に画鋲がいくつか置いてあり、そのひとつを踏んづけてしまったのである。
「ンギャア!」
 ゴロゴロゴロ、ガッタン、というけたたましい音を聞きつけたラケルは、焼き菓子の生地をこねる手をとめて、廊下のほうの様子を窺った。
「ニアちゃん、帰ってきたの?なんか今、物凄い音が聞こえてきたけど……」
 そこでラケルが目にしたものは、屈強な体つきの中年男が、涙目になって足の裏の画鋲をとっている姿であった。驚愕のあまり金縛りにあったラケルは、即座に空巣田に捕えられ、出刃包丁を突きつけられてしまう。
「おっと、奥さん。声だすんじゃねえぜ。それより、金品のありかを教えるんだ……一番いいのはゲンナマだが、奥さん、あんた財布に今いくら入ってる?」
「さ、三千円くらい……」
 ラケルの返答に空巣田は逆上した。
「たったの三千円だとおっ!?おまえ、泥棒をなめてんのか!?」
 空巣田は出刃包丁をラケルに突きつけると、彼女のブラウスを破いて、鎖骨の下あたりの皮膚を軽く傷つけた。
「嘘つくとためにならねーぞ、コラァ!本当に三千円しか入ってないのかどうか、その財布持ってこいっ!」
 ラケルは空巣田に羽交い締めにされたまま、震える足で居間に向かった。そして戸棚の中から財布をだし、それを空巣田に手渡したのだった。
「チッ、本当に三千円しか入ってねえ……あんた、これしか金なくてどうやって暮らしてんだ?それとも何か?今日は旦那の給料日前ってやつか?」
「銀行にお金、いっぱい入ってます」と、ラケルは震える声で言った。「でもわたしは貧乏性なので、ちょこっとずつ下ろして使ってて……」
「しょうがねえな。じゃあ他に何か金目の物はねえか?例えば宝石とか貴金属。旦那が使ってるロレックスの時計とか、そんなんでもいいや」
「旦那も貧乏性なので、時計持ってません……」
 ラケルは恐怖のあまり、支離滅裂なことを口走っていたのだけれど、空巣田はますます逆上の度合いをヒートアップさせていた。
「ふざけんな、コラァ!とにかくなんでもいいからなんかあるだろ!俺はあんたに顔見られた以上、手ぶらじゃ帰れねえ!」
空巣田は居間の家具類や調度品などに八つあたりしはじめ、TVに蹴りを入れて倒したり、テーブルを引っくり返したり、包丁で壁にかかった『聖家族』の絵を傷つけたりしだした。サイドボードの上のリヤドロの人形まで破壊したところを見ると、空巣田にはもともと大した鑑識眼はなかったのだろう。
「お願いします!もうやめてください!本当はわたし、この家の人間じゃないんです!この家を荒らされたりしたら、責任とってやめなきゃならなくなります!そしたら……」
(もうメロちゃんやニアちゃんのお母さんじゃなくなっちゃう!)
 ラケルが空巣田の足に縋りついて暴れるのをやめさせようとした時――突然玄関に人の気配がした。激しくなってきた雨音と、雷の音のせいで、誰かがやってくる物音がまるで聞こえなくなっていたのだ。その人物――二週間も自宅を留守にして義理の母を心配させた竜崎メロは、ずぶ濡れになったジャケットを脱ぎながら何気なく居間までやってきた。
「ババア、ずぶ濡れになったから風呂の用意……」とメロが言った時、彼は信じられない光景を目にして、一気にキレた。
「こおおんの野郎っ!!人んちで一体なにやってやがる!てめえは知らねえだろうが、ここは泣く子も黙るLの家だぞっ!しかも俺の母親まで傷つけやがって、ぜってえ許さねえっ!!」
 メロは空巣田が何かを言うのを許さず、速攻で奴の顔を連続して五、六発殴りつけた。空巣田の片目は潰れ、前歯は三本折れ、さらには腹に蹴りをくらって内臓破裂を起こした。
「やっやめてっ!メロちゃん!その人本当に死んじゃうっ!」
「知るかっ!こんなもの正当防衛だっ!」
 ここまでくるともうほとんど過剰防衛ではあったが、メロはラケルが泣いていることに気づくと、少しだけ冷静さをとり戻した。空巣田はすでにもう失神しているので、メロは自分の部屋からロープを持ってくると、念のために奴をぐるぐる巻きにして縛った。
「とりあえず、これでよし、と」
 メロは腰が抜けて動けずにいるラケルのことを引き寄せると、「いいからもう、泣くな」と言った。「それより、警察に電話する前にLと連絡をとる必要がある。あんた、Lとどうやって通信するのか知ってんだろ?俺はこいつを見張ってるから、そっちの部屋のパソコンで連絡とれよ」
「うん……」
 ラケルは居間の隣にある部屋で、まずはLと連絡をとる場合の仲介役――ワタリと話をした。彼も流石に緊急事態と思ったのか、すぐに回線をLに繋いでくれた。
『強盗だって?それでメロとニアは?あなたは無事なんですか?』
「わたしは……なんともありません。ニアちゃんは外出中でしたし……メロちゃんも元気です。ただ、強盗さんが半殺しに……」
 ラケルがそう事態の説明をすると、Lも大体のところ、どういうことが起きたのか想像できたのだろう。しばらく沈黙したのちに、『これからすぐにそちらへ向かいます』と言ってプツリと回線を切った。
「今、Lがすぐにこちらへくるって……」
 ラケルはそう言いかけて、ふらりとその場に倒れてしまった。空巣田の顔についたどろりとした血の痕を見て、気分が悪くなったらしい。


 次にラケルが目を覚ました時、居間の家具や電化製品などはすべて元の位置に戻っており、空巣田の姿もまたなかった。もし絨毯についた血痕がまだ残っていなかったら、ラケルはもしかしたら自分が強盗に襲われた夢を見ていたのだと錯覚していたかもしれない。
「気がつきましたか?」
 すぐ隣に突然人の気配を感じてラケルはどきりとした。そこにいたのはLだった。
「あ、あの……メロちゃんとニアちゃんは……」
 柱時計に目をやると、十一時をさしている。確か強盗の入ったのが午後の三時半ごろだったはず……そう考えると、随分長いこと自分は眠っていたことになる。
「ふたりとも少し前に上にいきました。晩ごはんは店屋物をとってすませたので、心配いりません。強盗はすぐに救急車を呼んで運ばせましたが、警察のほうにうまく事情を説明して被害届けはださないことにしました……TVや新聞に報道されると、何かと面倒なのでね。わたしの知っている警官にそこのところは話してありますので、何も問題はありません。それより……今回のことは完全にわたしのミスから起こったことですので、あなたには大変申し訳なく思っています」
「どうして、ですか。べつに強盗が入ったのは何も、Lのせいでは……」
「いえ、ようするにセキュリティに不備があったということです。わたしは監視カメラに死角があるということもわかっていましたし、ここは地形的に人通りが少ないということも知っていました。逆にいうとだからこそこの場所を選んだのですが……まさかそのことが裏目にでるとは思わなかったのです。可能性としては極めて低い確率ですが、あなたやメロやニアがLになんらかの形で連なるものとして誘拐されるといったことが起きるかもしれないと想定してこの家を借りました。でもそのかわり、強盗や殺人犯が立てこもるといったような偶発的な事故についてはあまり考慮していなかった。もし仮にそのような犯罪者がこの家に紛れこんだとしても――メロやニアがいればなんとかなるだろうと思った。まだまだ爪が甘いですね、わたしも」
「そんな……べつにわたしは……」
 Lはキッチンへいってコーヒーをふたつ入れてくると、片方をラケルに渡した。
「砂糖はいくつ入れますか?」
「えっと……ふたつくらいでいいです」
 Lは角砂糖をふたつ入れてスプーンでかきまぜてくれたが、自分のには五つも砂糖を入れて飲んでいた。
(めちゃめちゃ甘そう……。もしかしてLって、体質的にメロちゃんと一緒なのかしら。糖分のない世界は考えられないとか?)
「あの、べつに気にしないでくださいね、L。強盗に入られて確かに怖い思いはしましたけど……いいことも、ひとつだけあったんです」
「いいことって?」
 Lはどこか疑わしそうな目つきでラケルのことを見ていた――観察していた、といったほうが正しかったかもしれない。
「メロちゃんがわたしのこと……お母さんって初めて認めてくれたんです。強盗さんに殴りかかろうとした時に、『俺の母親を傷つけやがって、絶対許さない』って……わたし今日のこと、絶対一生忘れません」
(おかしいな……)と、Lは殺人事件の容疑者を見るような目つきでラケルのことを一瞬見た。(そういえばニアも、彼女のことを『ラケル母さん』と呼んでいた。それに、自分がたまたま外出していたことを、随分気に病んでもいたようだ。そこへずっと無断外泊中だったメロがたまたま偶然帰ってきたというわけだ……ふたりの間には何か、彼女を巡って競うかのような空気さえ漂ってはいなかったか?二週間前にこの家へ一度戻った時には、特になんの変化も感じはしなかったが……何か直感的に、家庭の中の空気がおかしいような気がするのは、わたしの気のせいか?)
「なんにしても、ミス=ラベットが無事で何よりでした。もしあの時偶然メロが帰ってきていなかったら、あなたがどんなことになっていたか……想像しただけでもぞっとしますよ。そういえば、食費などの家計の経費は結構お渡ししてあったかと思うのですが、財布に三千円しか入ってなかったのはたまたまですか?」
「すみません。わたし、貧乏性なもので……いつもちょっとずつお金を下ろして使ってるんです。最初の頃にメロちゃんが『ババア、金よこせ』って言って財布から十万円くらい持っていったせいもあるんですけど、あんまり家にはお金って置いておかないほうがいいのかなと思って……」
「ふむ」と、Lは一考してから甘いコーヒーを全部飲みほし、そしてあることに気づくと、戸棚の中から救急箱をとりだしていた。
「これは、あの強盗がやったんですか?」
 Lはラケルの鎖骨の下あたりに小さな傷があるのを見つけて、彼女の隣に座りこむと、そこにぺたりと絆創膏を貼っている。
「べつにこのくらい、大したことないので大丈夫です」
「まあ、そう言わずに念のため」
 Lは絆創膏を貼り終えると、ラケルから離れて元の肱掛椅子に戻った。そして少しの間指をかじりながら考えごとをしたあとで、彼女と向き直った。
「わたしは近日中に、こちらへ現在の本拠を移したいと思っています。もともとここはそうしたことを想定して借りた場所でもあるんです。地形的に隠れ家として使用しやすいのでね……あとはセキュリティさえ万全にすれば、何も問題はないでしょう」
「ええ、でも……」
 メロとニアの三人で暮らすことにすっかり慣れつつあったラケルは、いまさらLに帰ってこられるのはちょっと憂鬱だなという気がした。『亭主元気で留守がいい』という感覚が抜けるには随分時間がかかるだろうなとも思った。色々な費用をすべて支払ってもらっているのに、申し訳ないなとは思うのだけれど。
「でも、なんですか?わたしがこの家にずっといては何か不都合なことでもミス=ラベットにはあるんでしょうか?それともあなたは何かメロやニアの弱味を握っているとか、あるいはわたしに言えない秘密を彼らと共有していたりするのですか?」
「そんなことはありません」ラケルは警察の取調官のようなLの口調にいささか憮然とした。「もともとここはあなたが家賃を支払っている家ですし、わたしは母親というよりも家政婦――下働きのメイドみたいなものです。あなたがこうしたいとかああしたいということに、わたしには逆らう権限などないと思っています」
「そうですか、では」と、Lは椅子から立ち上がり、玄関へ向かった。「これからはあのふたり同様、何かとお世話をおかけするでしょうが、よろしくお願いします」


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【2007/10/06 16:04 】
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