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L家の人々、第四話
第Ⅳ話 What is Love?

「ラケルさん、お話があるのですが、ちょっとお時間いただいてよろしいでしょうか?」
 擬似とはいえ、一応家族なのに、なんて礼儀正しい言い方……と思いながら、ラケルは三時のおやつにと作っていたホットケーキの粉を混ぜるのをやめ、ダイニングキッチンのテーブルに義理の次男と向かいあって座った。
 ニアはどこかあらたまった様子で、ウルトラマンにでてくる三面怪獣、ダダの人形をクネクネとくねらせている。
(それにしてもニアちゃん、本当にウルトラマンに詳しいのね……わたしの世代でさえ、再放送でやっと見たという感じなのに……この怪獣は確かやたらオカマっぽいってことくらいはわたしも知ってるわ……)
「どうかしたの?もしかして何か相談ごとかしら?お小遣いをもっと上げてほしいとか、そういうこと?」
「いえ、違います……そうではなくて、この間の話の続きが僕はしたいんです」
 ウルトラマン人形にダダは蹴りを入れられ、まるでカンイチとお宮のような状態になっている。「このわたしを足蹴にするだなんて、なんてひどい男なの、ウルトラマンっ!」、「えーい、おまえなんかキモいんじゃ、このオカマ怪獣!げしげし」……両者の間に言葉はまったくないが、何かそんな感じだった。
「この間って……いつのこと?」
 ラケルは記憶をつまぐったが、いつのことなのかまるで思いだせなかった。
「だから、ついきのうの……愛って何かの話の続きですよ。ラケルさんはそれがなんなのかわかってるような口ぶりだったから、教えてもらおうと思ったんです」
「ああ、そのこと……」
 ラケルは次男ニアの意外に可愛い一面を見たような気がして、とても嬉しくなった。考えてみれば、彼もメロも親の顔さえ知らずに孤児としてワイミーズハウスで育ってきたのだ。愛と呼ばれるものがなんなのかなんて、漠然とでも教えくれる人はいなかったのかもしれない……そう思うと、ラケルの胸は痛んだ。
「あのね、ニアちゃん。愛っていうのはね」ラケルは椅子から立ち上がると、ニアの前で少しだけ身を屈めた。「目には見えないものなの。だから、ニアちゃんが目を閉じた時にそれが見えるのよ」
「なんですか、それ?はっきり言って意味不明なんですが……」
「いいから、お母さんの言うとおりにしなさい。心配しなくても大丈夫。ニアちゃんが目を閉じれば必ず見えるから」
「?」
 ニアは義理の母に言われるままに、とりあえず目を閉じた。彼女の長い髪が自分の左右に落ちかかるのが気配でわかる。そのあと、額と左右の頬にそれぞれ一回ずつ、柔らかくて温かいものが触れる感触があった。
「ね?これが愛なのよ」
 正直いって、ニアは脱力するあまり、後ろにのけぞって椅子から落ちそうになった。ラケルは自分のお母さんらしさに酔っているのかどうか、鼻歌を歌いながらフライパンの上でホットケーキを焼いている。
「ババア、今日のおやつはホットケーキか」
 居間でチョコレートを食べながらTVを見ていた長男――メロがビーズののれんをくぐりながらそう聞いた。彼は弟の頭を意味もなくぐりぐりと拳骨で殴りつけている。
「……羨ましいと思うなら、自分もしてもらったらいいんじゃないですか、メロ」
「ガキじゃあるまいし、アホかおまえは。第一こんなババアにキスされたからって、嬉しくもない」
 ラケルはこんがり狐色に焼けたホットケーキを何枚か焼いて皿の上にのせると、息子たちふたりにそれを渡した。バターと蜂蜜をたっぷりかけてはおいたけれど、一応予備のバターとメイプルシロップ、ホイップクリームなどを別に置いておくことにする。彼女はルンルン気分といった調子でエプロンをとると、「じゃあ、ちょっと買物にいってくるわね」と言って出かけていった……「わたしがいなくても、喧嘩なんかしちゃ駄目よ」と最後に言い残して。
「あの女……もしかして知能が足りないのかとは最初から思っていたが、まさかここまでとはな」
「まあ、そうですね……あれは天然だから仕方ないと思って諦めるしかないんでしょうね」
 ふたりは暫くの間無言で食事を続けた。ニアはウルトラQにでてくるお金が大好きな怪獣、カネゴンにたくさんの金貨をつかませながら、ぱくぱくホットケーキを食べている。一方メロは小型のクリーナーを持ってきて、その金貨を吸いこもうとする振りをした……「お願い、それだけはやめてっ!」と言うようにうろたえるカネゴン……。
「あのババア、間違いなく教師としては金八系だよな。そのうち俺に対しても、腐ったみかんのたとえ話とかしだしたらどうするかな」
「メロ、その髪型で武田鉄也の物真似はやめてください……第一、なんであなたがそんな、日本の昔のTVドラマのことを知ってるんですか」
「そう堅いことを言うな。再放送で見たっていうことにでもしとけ。それよりニア、おまえはこれからどうするんだ?」
 メロはカネゴンの頭をクリーナーで殴って気絶させると、義理の弟であり長年のライバルでもあるニアに、そう話を振った。自分の仮定が正しければおそらくは……ニアは自分に聞かせるつもりでわざと、ラケルに愛とは何か?なんていう話をしていたに違いなかった。
「流石はメロ、鋭いですね……僕はさっきちょっとからかってやるくらいのつもりで、ラケルにあんな話をしたんです。まさかあそこまでくさい科白をしれっと言われてしまうとは思いませんでしたが……正直いって僕は彼女のことが気に入っています。中途半端に頭がいい女よりは、かえってあそこまで馬鹿になれるほうが可愛いとさえ思っています」
「ふうん。で、何年かしたら自分のものにしようってことか?」
「一応、計画としてはそうです。Lの地位と同時に彼女のことも手に入れる……そうできればいいと考えています。もしメロにそれで異存がなければ、ということですが」
「俺はあの女とは何も関係ない」と、メロはフォークを口の先でブラブラさせながら言った。「大体、Lがおまえのことを自分の後継ぎに指名するまで、あと何年かかるかわからないだろう?それまであの女が恋人のひとりも持たないと言い切れるか?趣味が料理と洗濯と掃除みたいな女、今時世界の果てまで探したって見つかるとは俺には思えない……だから、おまえがLの座を継ぐ頃にはラケルはどっかの誰かと結婚してるよ。第一、あの女の目には俺もおまえもただの年の離れた弟か、息子にしか見えてないのは明らかだ」
「本当に、そう思いますか?」ニアはおもちゃ箱の中からガチャピンとムックの人形をとりだしながら言った。ふたり、手を携えて仲良くテーブルの上を歩いていく……。「メロは彼女とあまりまともな話をしたことがないからわからないかもしれませんが、いかなる理由によってか、彼女結婚する気など毛頭ないそうです。だから、僕やメロがワイミーズハウスから出ていったあとも、いつでもそこで待っていてくれるそうです……他にも色々、さりげなくちょっと探りを入れただけでボロをだしていましたから、もう何年かすれば、うまく口車に乗せることは簡単だろうと僕は思っています」
「へえ。それは面白いな。他人に興味なんてまるでないおまえが、よくそこまで思いこめたもんだと感心するよ。俺はあの女のことなんかはっきり言ってどうでもいい。それよりLの後を継ぐのが俺になるのかおまえになるのか……今のところ気になっているのはそれだけだ」
「その言葉を聞きたかったんです」ガチャピンとムックは気絶しているカネゴンのことを助け起こすと、三人で山のような金貨を分けはじめた。「メロの言うとおり、ラケルは今のところ僕のこともメロのことも、さらにはLのこともある意味どうとも思っていません。そんなことを聞いてもおそらくは『わたしたちは家族じゃないの』とか、そんな返答しか聞けないでしょう。僕も今のところは当分、それでいいと思っています。でもLのことは別にしても、メロの口から直接、ラケルのことに関しては一切手だししないと約束してほしかったんです。じゃないと今以上に話がややこしくなりますから」
「わかった」
 メロはさくらんぼの砂糖づけを最後にいくつか食べて、種をぺっと皿の上に吐きだした。最初から先のことを見越して釘を刺してくるあたり、いかにもニアらしい……そう思った。結局、お金大好きカネゴンは、ガチャピンとムックに助けてもらった恩も忘れて、彼らのことを釘バットで殴って殺害し、一度は三等分にした金貨を、すべて自分のものにしてしまった。
(まったく、こういうところは俺に劣らず歪んでるよな、こいつも)
 メロは冷蔵庫の中から板チョコを一枚とりだすと、そこに冷やしてあるチョコレートムースとババロアがあることに気づいた。チョコレートムースのほうには『メロちゃんの☆』というカードが刺さっており、ババロアのほうには『ニアちゃんの☆』と書かれたイギリス国旗が掲げられている……それを見た瞬間、メロもまた先ほどのニア同様、一気に脱力した。
「どうしたんですか、メロ。もしかして冷蔵庫に板チョコがなくて絶望したんですか?」
「いや、違う……」メロはがくりとその場に座りこんでいたのだが、立ち上がるとひとり金貨をせしめているカネゴンをおもちゃ箱の中へ戻した。「ニア、悪いがさっきの話はなしにしてくれ。あの女……ラケルのことを手に入れるのはLの座を継ぐ者がそうするっていうことにしても結局は同じことだろう?」
「そうですか、わかりました」ニアは金貨をモアイ像の貯金箱の中へ片付けながら言った。「そのほうが僕としても助かります。第一、随分あとになってから約束を反古にされるよりはずっといい……じゃあまあ、ここはどちらがLの座を継いでも恨みっこなしということでよろしくお願いします」
「……………」
 メロはこれでよかったのかどうかわからないまま、板チョコをパキッとかじって居間を後にした。家の門の前でバイクに跨り、エンジンをかけたところで、向こうからサザエさんが持っているような買物篭を下げた女がやってくるのが見える……(いい年して、スキップなんかするな。見てるこっちのほうが恥かしい)、そう思いはしたものの、メロは結局ラケルが家に帰り着くまで、その場で待ってしまった。籐を編んだ籠の中からは牛フィレ肉がちらと見えており、今日の晩ごはんのことを思うと、彼はこれから出かけることに何故かためらいを覚えている自分に気づいた。
「あら、メロちゃん。これからお出かけ?今日の晩ごはんはウッシッシーの美味しいフィレ肉よ?だからなるべく早く帰ってきてね」
「……ああ、わかった」
 内心(何がウッシッシーだ、どこまで馬鹿になれば気がすむ、この女)と思っているにも関わらず、もはや慣れてきつつある自分に、メロは哀しいものさえ覚えた。それならば、突っこむだけ労力の無駄というものだ。
 そしてこの日、結局メロは竜崎の自宅には戻らなかった。あんな、病院で一度脳波を調べてもらったほうがいいような女に自分が好意を抱いているなどとは認めたくなかった。第一、チョコレート+美味しい食事に目を眩まされている可能性のほうがずっと高いに違いないと思っていた。だから麻薬中毒患者がしばらく麻薬を断つような気持ちで、少しの間家には戻らずにいようと決めた。それでももし……あの馬鹿女に会いたいとしたら、自分もおそらく病院で脳波の検査でも受けたほうがいいのだ……メロはそんなふうに思いながら、首都高に向けてバイクを走らせていった。




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【2007/10/04 11:45 】
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