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L家の人々、第三話
第Ⅲ話 母Rと息子M&N

 あのあと、最初の二三日はメロもニアもラケルに遠慮してか、色々罰則以外のこと――掃除、洗濯などに至るまで――手伝ってくれていたのだけれど、結局最後にはいつものとおりの喧嘩となり、一週間後には元の日常へと戻ってしまった。つまり、メロはマットいうどうも悪友としか思えない友人と度々無断外泊を繰り返し、ニアは相変わらずの引きこもりっぷり……Lはあの時、これからはなるべくこちらへ顔をだすようにする、などと言っていたにも関わらず、捜査が忙しいのかどうか、一度も姿を現すことなくその後三週間が過ぎていた。そしてそんなある日のこと、ニアが突然パジャマ以外の服――淡い色合いのブルージーンズにぶかぶかのシャツブラウス姿――をして外出するのを見て、ラケルはびっくりしてしまった。
「いってきます」
「……いってらっしゃい」
 ラケルはニアが着替えをした上に外へ出かけようとしているのを見て、何か間違った幻を見てしまったような、奇妙な錯覚に襲われていた。
(えっと、まずは落ち着くのよ、ラケル。あれは幻覚じゃなくて、本物のニアちゃんよ。いつもパジャマしか着てないから、それが普通みたいに思ってたけど、本来ならあっちが普通なのよ……なんだか似合わないなんて思っちゃ駄目なのよ)
 本当なら母親として、引きこもりの息子が外出したことを喜ぶべきはずのところなのに、なんだかラケルは内心がっかりしている自分に驚いていた。そうなのだ――彼はあのあと、時々は下へおりてきて一緒に食事をしてくれたし、トランプやボードゲームをしたりすることもあったのだ(大抵ラケルがすぐ負けるため、彼は退屈そうではあったけれど)。
(もしかして、これってようするに……こんなショボい女(の相手なんかしてられっかと二週間くらい前にメロに言われた)の相手なんかしていたら僕ももう終わりだとか思って出かけることにしたとか?ううん、そんなことないわよね。いや、でももしかしたらそうなのかも……)
 ラケルはしーんとした家の中にひとりとり残されると、親っていうのは寂しいものなんだなあ、などと結婚した経験もなければ出産した経験もないのに、そうぼんやり考えた。
(なんか今のあたしってようするに、例のアレ?もしかして空の巣症候群っていうのに近いんじゃ……子供も手がかからなくなって、旦那は自分に無関心で、特に情熱を傾けられるようなものも何もなくって、みたいな。まあLはわたしの旦那じゃないし、メロちゃんはどうしたらいいかわからない問題児だし、二アちゃんは……何考えてるのか全然わかんないし、第一本当はみんな家族でもなければ血も繋がってないし……)
 血も繋がってないといえば、とラケルはふとあることを思いだしておかしくなった。ついきのう、近所のおばさんに話しかけられた時、「旦那さんと息子さんはそっくりやね。あんたにはあんまり似とらんけど」と世間話のついでにそう言われたのだ。「あのおっきなリムジンに乗ってくる人、あんたの旦那さんかい?」と聞かれたあとで。
「え、ええ。わたしもそう思います」なんて適当に答えてしまったものの、ラケルはそのあと内心おかしくてたまらなかった。言われてみると、あの三人は本当によく似ている――本当は血が繋がってないのが嘘ではないかというくらいに。そしてラケルが(特に目のあたりがそっくりよねえ)なんて忍び笑いを洩らしていると、外からバイクのエンジン音とブレーキ音が聞こえてきた。
(メロちゃんが帰ってきたんだわ。今回は三日ぶりだから、まあ短いほうよね)
「帰ったぜ、ババア。なんでもいいから飯食わせろ」
 ラケルはおかえりなさいと言ったあとで、お昼ごはんの残り――サンドイッチを彼にだすことにした。コーヒーを入れると、「今日は晩飯何?」などと、普通の母と子が交わすような話を振ってくれる……最初の頃に比べたら彼も変わったものだとラケルは思う。
「うーんと、実はまだ決めてないんだけど……メロちゃんは何がいい?」
「俺はステーキがいいな。それかこの間あんたの作った、カツ丼とかいうのでもいい。とにかく肉、絶対肉、死んでも肉」
(チョコ、肉、チョコ、肉、チョコ、肉、肉……)
 ラケルはメロが帰ってきた時にいつも食べているもののことを思うと、彼の食生活と健康がとても心配になってきた。最初の頃はいいお母さんになりたいあまり、つい彼の言うなりになってしまっていたけれど……最近はちょっとずつ色々発言できるようにもなってきたので、ここで少し注意してみるべきかとも思う。
「あ、あのね、メロちゃん……」
「ああ、あんたの言うことならわかってるぜ」と、メロはカツサンドを頬張りながら言った。「チョコレートと肉しか食ってなくて大丈夫なのかって言いたいんだろ?あんたこの間、『キレない子供を育てるための献立』とか、変な本読んでたもんな。キレない子供って俺のことかよって思ったもん」
「じゃあ、そこまでわかってるんだったら、野菜サンドも食べてよ」
「まあ、そのくらいならな。今腹へってるし」
 ラケルはメロのことをとても素直ないい子だと感じていた。彼とふたり、あるいはニアとラケルのふたりがそれぞれ別々に話をしたり食事をしたりする分にはまったく問題はない――にも関わらず、何故これがラケル、メロ、ニアの三人ということになると喧嘩になってしまうのか……ラケルはメロとニアをなんとか仲良くさせる方法はないものかと、日々頭を悩ませ続けていた。
「あんたさ、余計なこと考えんなよ」
 ラケルはメロの言わんとすることをつかみかねて、「?」と疑問符を浮かべている。
「だからつまりさ、俺とニアを仲良くさせようとか、余計なこと考えるなって言ってんの。俺はあいつが嫌いだし、これから先も努力して歩みよろうなんて全然思わないし、あいつと俺は死ぬまで敵同士でいいんだ。その邪魔をすんなっていうこと」
「でも……」ラケルはこの間、Lが言っていたことを言うべきかどうかと躊躇した。
「あいつ今、家にいないんだろ?駅前の喫茶店で女と話しこんでたみたいだからな。俺もあいつがいないと思って飯食いに帰ってきたんだ。これからはあいつがここらいたら俺は上にいき、隣の部屋にいたら出かけるようにすればそれでいいってことだもんな。こんな簡単なことに気づかないなんて、ほんと馬鹿だったよ」
「そんな……べつにふたり顔あわせてごはん食べろとは言わないけど、顔が見たくない時は別々の部屋にいればそれですむことじゃない」
「わかってねえな、あんたも。俺は壁を隔てた隣の部屋にあいつがいるってこと自体我慢できねえんだよ。そのくらい嫌いだってこと、見ててわかんねえの?」
「う、うん……」
 メロがコーヒーをおかわりしたので、ラケルはメロ専用のMelloと書かれたコーヒーマグにエスプレッソを注いだ。
「じゃあ、まあ晩飯になったら呼んでくれ。あいつが下におりて飯食うんなら、俺は上で食べる。これからはそういうことにしといてくれ」
「……………」
 これじゃあ、家族をやってる意味がない、そうラケルは思いはしたものの、これまでのメロとニアの喧嘩を見ていると、ふたりが顔を合わせないのが家庭の平和の持続する秘訣だったりもするわけで……ラケルはメロが部屋をでて二階へいこうとする後ろ姿を見送りながら、心中複雑なものを感じていた。
(こんなこと、Lに相談したって解決は無理よね。母親のあたしがしっかりしなきゃ、なんて言っても何かできるわけでもなし……)
 ラケルは冷蔵庫の中を見て、ステーキ用の肉やその他買いだしの品をメモすると、買物篭を手にして駅前の商店街まで出かけていった。そしてスーパーや肉屋などで買物を終えて、最後に某ケーキ屋の前でチョコレートを買おうと思っていると――その隣にある喫茶店からニアと、彼と同じくらいの背丈の女性がでてくるのを目撃してしまった!
『あいつ今いないんだろ?駅前の喫茶店で女と話しこんでるみたいだったからな』
(う、うそーっ!)
 ラケルの心の中はもうほとんど「うちの子にかぎって」という感じだった。だからメロが『駅前の喫茶店……』と言った時も、人違いくらいにしか思っていなかったのだ。
「ニ、ニニニ、ニアちゃんっ!!」
 ラケルは転びそうな勢いで彼のことを追おうとしたが、その時には女性のほうは立ち去ったあとだったので、顔のほうはよく確認できなかった。
「……ラケルさん。何してるんですか、こんなところで」
「か、カカカ、買物よ、もちろん。それより今の女の人は……」
「ああ、つきあってるんです、僕たち」
(ガーン!今つきあってるって言った。つきあってるって……しかもいとも事もなげに)
「おかしいですか?僕が誰かとつきあったりしたら?」
(チッ。メロといいこの女といい、どうしてこう見られたくないところで出くわすんだ。彼女はただの僕の手駒にすぎないのに……家ではメール以外の通信手段は使えないから、こんなところまでいちいち僕が出向くしかない……ここはまあ、僕も十三歳ということで、そろそろ色気づいてきたということにでもしておこう。おそらくメロの目はごまかせないだろうが……)
「で、でも、いつどこで知りあったりしたの?ニアちゃんは大体ほとんど家にいるし……あの女の人もちらっと見たかぎり、近所で見かけたような人でもないし……」
「なんであなたがそんなにうろたえているんですか。知りあったのはメールでです。いわゆる出会い系サイトというやつ」
(で、出会い系サイト!)
 さらにショックを受けたラケルは、もはや言葉もなかった。それでも家に帰り着くなり、ニアがダイングキッチンのテーブルで遊びはじめたのを見て、(ああ、よかった。やっぱり子供じゃないの)などと妙にほっとしたり……奇妙なものである。ついきのうまでは(この子は頭はいいけど、こんなことで本当に大丈夫なのかしら)と疑問に思っていたはずなのに。
「ねえ、ニアちゃん。ニアちゃんはどういう女の人がタイプなの?」
 ラケルは食事の準備にとりかかりながら、軽い気持ちでそう聞いた。出会い系サイトなどといっても、そういかがわしいものではないに違いないと、自分を納得させたかったのかもしれない。
「さっきの女の人のことですか?彼女とつきあうことにしたのは――ただ単に顔(フェイス)と体(ボディ)が気に入ったからです。それ以外に理由はありません」
 ラケルはサーロインステーキに塩胡椒を振りかけていたのだけれど、思わず手からぼとりと肉が落ちた。くるりと後ろを振り返る。
「ニ、ニアちゃん。それだけじゃないでしょ?もっと他にこう……」
「他に?そうですね。知性(インテリジェンス)のほうもまあまあだと思います。少なくともどうして僕がこんな馬鹿女の寝言を聞かなきゃならないんだとか、そんなふうには思いませんでした」
「ニアちゃん……」
 ラケルは軽く手を洗ってエプロンで拭くと、急に真剣な顔つきになって椅子に座った。
「ねえ、ちょっとこっちにきて隣に座って。これはとても大切なことなのよ。誰か女の人を見てあの人の顔が綺麗だなとか、スタイルがいいなとか、そういうことは誰でも思うものなの。知性のある人を素敵だなって思うのもわかる。だけど、誰かを好きになるっていうのはもっとこう……」
「ラケルさんは誰か好きになったことがあるんですか?でもべつに今もLとは何も関係ありませんよね?第一、僕やメロとここでこうして暮らしているあたりからして、誰かとつきあっているとも思えない。だからそういうことについて僕に対して説教ができる立場の人とは思えないんですが」
(図星だわ……ニアちゃんは自分の立場がまずくなると、いつもこっちの痛いところついてくるのよね。でも今はちょっとクサいけど、これだけは言っておかなきゃ)
「ねえ、ニアちゃん。愛ってなんだかわかる?」
「愛って……」
 突然背後でブーッと吹きだす声がしたかと思うと、メロがさもおかしくて仕方ないといったようにくつくつ笑っていた。
「おいババア、愛なんかどうでもいいから、早く飯作れよ。こいつはただ単に俺がよくいくクラブに女を送って調べてたっていう、それだけだ。何も心配はいらない」
「クラブって……メロちゃん、そんなところによくいくの!?」
「そんなところって言ったって……べつに普通だろ?なんならLにチクったって、俺は全然かまわないけど」
 メロは冷蔵庫からチョコレートを一枚とりだしていたけれど、あることに気づくなり「チッ」と舌打ちしていた。
「ババア、あと一枚でチョコレートがなくなる。絶対に明日買いたしとけ」
「う、うん……」
 ラケルは今日、買物の一番最後にケーキ屋に寄ってチョコレートを買おうと思っていたのだけれど、義理の次男の不純異性交遊(死語・しかも全然違うし)の現場にいきあってしまい、ショックを受けるあまりすっかりチョコを買うのを忘れていた。メロはいいことでもあったのか、鼻歌を歌いながらニアの隣の席にどっかと腰かけている。ニアはロゴブロックで中世ヨーロッパの塔を作っていたが、デストロイヤーの兄に何か悪戯されることを警戒して、一旦それを床の上に置いた。かわりに、いつもの定番である白パズルで遊ぶことにする。
(メロちゃん、ニアちゃんが下にいる時には上でごはん食べるって言ってたのに……また何か喧嘩がはじまらなければいいけれど……)
 ラケルはボールにてんこもりの野菜やフルーツサラダ、肉汁のしたたるステーキ、焼きたてのパンなどを食卓に並べると、ワイミーズハウスの習慣として、食前の祈りを捧げてから夕食をはじめることにした。メロはその間、フォークやナイフでグラスや皿の縁をカチカチ鳴らしてばかりいたけれど、ラケルが短い祈りを唱え終わるまで待っていてくれた。
(どうしよう……いつものとおり会話がないわ。とりあえずTVでもつけてごまかそうかしら)
『去年の四月一日、△△山中で惨殺死体で発見された検事の魅上照(特別出演)さんは株式会社ヨツバグループ幹部の殺人事件を暴こうとして殺されたということがわかりました。繰り返します。緊急ニュースです。去年の四月一日……』
「これってさ、今Lが日本で追ってる事件のひとつだろ。もしこれが解決したら、次は別の犯罪捜査のために活動拠点を移すんじゃねえか?エラルド・コイル名義で追ってる事件はニューヨークだし、ドヌーヴ名義のものはロンドンとパリ……もしLがドヌーヴの事件を解決するのを最優先させたとしたら、イギリスにいくかもしれない。そしたら俺たちもさ、こんな家族ごっこなんかやめて、さっさとホームに帰れるぜ」
(メロの奴、やはり僕と同じようにLの動向をある程度把握している……!)
(ふん、どうせこの程度のことはニアもおそらく先刻承知ずみ……勝負はまだまだこれからだ)
 メロとニアが目も合わせることなく水面下で火花を散らしていると、ラケルがナイフをがちゃりと床の上に落とした。それでふたりともハッとして顔を上げる。
「メロちゃん、何いってるのっ!あなたたちの今のホームはここなのよ!それなのにどうしてそんな悲しいこというのっ!」
「悲しいって……なあ?」
 メロにしては珍しく、隣の席のニアに同意を求めた。生まれながらの『ナガラ族』で彼は、この時もパズルを組み立てながら食事をしていたけれど、静かに義理の兄の考えを否定した。
「僕は……ラケルさんの言うとおりだと思います。最初は確かにごっこだったかもしれないけど、最近は僕も今のこの状況にある意味感謝していますから。メロ兄さんも、さっさと施設に帰りたいなどと言わず、家族として温かい交流を持とうじゃありませんか」
「てってめ……っ!今なんつった!?俺のこと兄さんだって!?き、気持ち悪……マジで鳥肌立ってきた……っ!」
 メロはじん麻疹にでも冒されたかのように全身の皮膚をぼりぼりかくと、彼の大好きなステーキさえ残して食堂からでていった……かと思うと、物凄いスピードで戻ってきて、冷蔵庫の中の最後のチョコレートを一枚がめてから慌しく家をでていった。バイクのけたたましいエンジン音が、外から響いてくる。
「……ニアちゃん。メロちゃんのこと、あんまりいぢめちゃ駄目よ?」
「わかってますよ、ラケル母さん」
 ――何故かはわからないけれど、ニアはこの日を境にラケルのことを『ラケル母さん』と呼ぶようになった。メロのことはその後滅多に兄さんなどとは呼ばなかったが、嫌がらせのためにたまにそうぼそりと呟いては、キレやすいメロのことを怒り狂わせていた……そしてニアにとってLとは、冗談でも父などと呼びたくない存在であった。同じ屋根の下で時々顔を合わせるようになってから、さらにはっきりと確信したといってもいい。ニアにとってLとは――いずれ倒さねばならない敵のようなものであった。そしてその敵にもっとも奪われてはならないのが、ラケルである。ニアの頭の中には『Lの後継者になること+ラケルをオプションとして手に入れる』という図式が徐々に成り立ちつつあった。もっともそれは恋愛感情などではまったくなく、擬似的マザーコンプレックスに近いものではあったのだけれど。



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【2007/10/03 12:04 】
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