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探偵N・ヴェネチア編(後編)~殺人チェス~
   探偵N・ヴェネチア編(後編)~殺人チェス~

          Act.3 エンド・ゲーム

「<家を建てる者たちの捨てた石。
  それが礎の石になった。
  これは主がなさったことである。
  私たちの目には不思議なことである>
 ……これが、うちのホームの入口に掲げてある聖句だよ。詩篇118編、22節と23節。賢い君のことだから、きっと意味は説明しなくてもわかると思うけど――要約すればつまりは、僕たち孤児は捨てられた役に立たない石ってことだ。その逆の言葉は、礎の石……これは建築物の基礎石として非常に重要な役割を果たす石だけど、神は役に立たない人間をむしろ用い、この世のバベルの塔を完成させようとする人間的努力を無にする――こうして神は神にしか出来ないやり方で世界を治めておられると、そういったわけだ」
「<この方以外によっては、誰によっても救いはありません。世界中でこの御名の他には、私たちが救われるべき名としては、どのような名も与えられていないからです>……これは、新約聖書の使徒言行録で、あなたが言った詩篇の引用があった後に書かれている言葉です。それで思いだしましたが、あなたが探偵のロジェ・ドヌーヴに送りつけてきた招待状、その名前のところに、キリル文字でχ・ハザードとあなたは記していたでしょう?そのことに何か意味はあるんですか?」
 e4、c6、Nc3、d5、Nf3、dxe4……と、またも電光石火の速さで、第7ゲームは進行していく。そして5番手、ニアがNxf6で早くもチェック。だが、カイはexf6でこれを防御。またニアは7手目と8手目でクイーンによってチェックをかけるも、カイは自分のクイーンを犠牲にしてさらにこれを防ぐ。
「君も、だんだん調子が上がってきたみたいだね。ますます面白くなってきた……今のところ、僕のほうが圧倒的に優勢のような気もするけど、万が一君が僕に勝った場合――ユーロ紙幣の原版を、君に返してあげよう。そうすれば探偵ロジェ・ドヌーヴの株も上がるだろうし、君も<L>に対して面目躍如といったところなんじゃないかな?χって自分の名前をキリル文字で書いたのは、一応理由がある……キリル文字が使われているのは現在、ロシアとギリシャだけっていうのは君も知ってるだろう?そこで、だ」
 そう言って、カイは楽しそうに笑うと、黒いスーツの内ポケットから小さな紙片を一枚とりだしている。
「これは、キリル文字を使ったちょっとしたクロスワード・パズルなんだけど、全部キリル文字を使って埋めると、ある暗号がヒントとして浮かぶ仕掛けになっている。僕に勝てるような人間が、そのヒントに気づかぬほど馬鹿だとは、僕も思いたくない……さっきも言ったけど、ユーロ紙幣の原版なんて、<殺し屋ギルド>には無用なものだ。偽札作りっていうのは原版を手に入れたくらいで簡単に出来るほど単純なことでもないしね……その上人手と手間を考えるとすればリスクが大きすぎる。そんなわけで、必要のないものは元の持ち主に返してもいいよ。僕は自分の力に見合う人間と戦えれば、それだけで良かったんだから」
「そうですか。あなたのその言葉で、わたしも俄然やる気が出てきましたよ」12手目でニアはクイーンサイドでキャスリングしながら言った。「それにしてもあなたは、本当に用意周到ですね。ユーロ紙幣の原版を盗んだ時といい、今のクロスワード・パズルのことといい……もしわたしがあなたくらいの力を有していたとすれば、自分が負ける時のことなど考えもしなかったと思います。ゆえに、そんなクロスワード・パズルを用意しようともしなかったでしょうね」
「物事にはなんでも、万が一ということがある……それを計算に入れない人間は愚か者だ」14手目――カイはニアのビショップをビショップによって取りながら笑う。何故か、自嘲するように。「それに、僕は昔から段取り魔だった。もう、生まれついての段取り魔といっていいだろうね。ある程度先々のことを予測して段取りをつけてからでないと行動できないんだ……これは、自閉症児によく見られる行動パターンのひとつなんだけどね。僕は小さい時、自分の予測できない事態が起きるとパニック状態になった。パニック状態になったところを人に見られるのは恥かしいことだし、僕もそんな自分が嫌で仕方なかった……ある人はまあ、そう自覚できる知能が自閉症児に備わっているなら、恥かしいと思う行動をやめられるだろうって言うけどね、僕たちの抱える問題っていうのは精神心理学的なものではなく、あくまでも生理学的なものなんだ。小さい時に神経器官が十分発達していないか、あるいはその部分に損傷を受けるかしたその代償として――未発達・損傷を受けた部位の働きを、他の器官などが補おうとして特殊な能力が現れる……“サヴァン”の持つ能力の原理はそんなところだろうと一般に言われているらしい。では、僕たちの持つ<超能力>はどうなのか?果たしてそれだけで説明のつくものなのかどうか……エッカート博士とヴェルディーユ博士は、超能力を発症する子供がすべて、特に側頭葉に損傷がある場合が多いということに注目している。ニア、君は「ゴッドスポット」という言葉を聞いたことがある?」
「確か、人が心霊現象やUFOを見たりする現象に関わっているらしいというアレですか……」
 ニアは、以前にオカルト好きの部下――ジェバンニが話してくれたことを思いだしながら言った。まさか、こんなところで彼のオカルト豆知識が役立とうとは、思いもしなかった。
「そう。実際に視覚的に幽霊がいて見える・UFOが見えるっていうのではなくて――脳自体が幽霊やUFOをリアルに体験してるとでも言えばいいのかな。まあ、いわゆる人間の第六感というのか、未来の出来事を予言したり、神々しい光に包まれて神が降臨するのを見たりといった、ちょっとうさんくさく思える出来事は、このゴッド・スポットとやらが関係しているらしい。そして、エッカート博士とヴェルディーユ博士も、<超能力>の発症にはこのゴッド・スポットが関係してるんじゃないかって最終的には考えていたみたいだね。でも自分の開発した薬が神経器官のどの部位に作用するから<超能力>が現れることになるのか、その因果関係についてはいまだによくわかってないんだ……僕たちの寿命が短いのは、力を使うと新陳代謝が爆発的に高まるかららしいけど」
「では、超能力を保有していても、その力をなるべく使わないようにすれば――長生きできるということですか?」
 ニアは、単純に個人的興味からそう聞いた。彼自身驚いたことには、どうやら自分はこのカイ・ハザードという青年に、好意に似た気持ちを持ちはじめているということだった。これだけ頭の切れる、知能の高い人間に出会ったのは――Lとメロを除けば、ニアはカイが初めてだった。<超能力>を発症したあとの子供の平均寿命は19.24歳……だとすれば、彼が言ったとおりカイは生きてあと2,3年といったところだろう。だが、できることなら彼にはこのまま生きていて欲しいような気が、ニアはしはじめていた。自分を殺そうとしている相手に同情は禁物だと、そう思いはしても……。
「超能力を使っても使わなくても、『薬』の投与が開始された時点で、僕たちに長生きは望めない。まあ、そのかわり自閉症児に特有の症状はかなりのところよくなるけどね……ようするに、僕の<上司>は世界の各国に僕たちの超能力を売り飛ばして、研究資金が欲しいというより――今の医学の最先端をいってる連中に、研究所を肩代わりしてもらいたいらしいんだ。彼女にはエッカート博士や父親のヴェルディーユ博士が持っていたような、研究に対する熱意や信念といったものはない。たまたま自分の娘が不幸にも自閉症児として生まれ、ピジョン・ブラッドの能力を有してしまったというそれだけだ……自分の娘が長生きするためには、世界中の超一流と呼ばれる科学者の力がどうしても必要だと考えているらしい。僕はそれよりも――エッカート博士の遺志を継いで、これからも僕たちは歴史の影の存在であるべきだと思ってるんだけどね」
 これで大体のところ、ニアにも<殺し屋ギルド>とカイ・ハザードのいる<ホーム>の内部事情のようなものが見えてきた。26手目で白が黒を再びチェック、カイはビショップを犠牲にしてこれを防衛する。だが、ニアにはこの時、具体的な勝利の構図がすでに見えはじめていた。
「……先ほどあなたは――自分の力はプラスにもマイナスにも作用すると言ってましたね。よく考えてみると、確かにそのとおりだということが、わたしにもわかります。毎日朝起きるたびに砂糖を鼻に入れたくなるのとは逆に、あなたは人の強迫神経症的こだわりを排除する力も持っているということでしょうから……その力を人を殺したりすることに使わず、精神科医としてでも生かせばいいのではありませんか?もちろん、正式な医師になれるまで、あなたは長生きしないかもしれない。それでも――悪いことのためではなく良いことのためにこそ、自分の力は存在しているのだと考えることはできませんか?」
「人間っていうのは本当に、難しくて複雑な生き物だよ」と、ナイトで白のルークを取りながら、カイは溜息を着く。「ひとつのこだわりを取り除いてやってもさ、今度は別に新しいこだわりを持ったりしだすんだからね――つまり、根本的に心の底から自分は愛されているっていう体験でもない限り、強迫的な不安や恐怖によるこだわりがなくなることはないんだよ。ようするに僕の力なんてのは、その程度のものでしかないというわけ……チェスを見てもそうだろ?クイーンやルークといった大駒は活躍にも幅があって派手だけど、キングなんて自分の周囲1桝しか動けないし、ナイトは絶対に自分が位置しているのとは逆の色の桝にしか動くことはない……つまり、どんな物事にもルール――掟というものがあって、僕はそのうちの捨て駒にしかすぎないんだ」
 チェスでは、駒の交換のことをサクリファイスという。これは直訳すると犠牲という意味だが、捨て駒という意味でも使われる。ニアはこの後ずっと――彼がこの時に言った言葉を忘れることが出来なかった。彼が自分を捨て駒として用い、代わりに何を得ようとしたかということを……。

 勝負はその後白熱し、最終的にふたりは、50試合以上ものチェスの対局をこなしていた。この部屋には時計がなく、時間の経過のほどははっきり定かではなかったものの――ニアもカイも、文字通り時間を忘れてチェスゲームに熱中していた。
 途中、戦局の風向きが明らかに変わったのは、ニアが困った時に<L>ならどうするか……と思考法を切り換えたことにあったかもしれない。こんな時、Lならどうするか、Lだったらどうするかとニアは突き詰めて考え、またLとチェスの勝負をした時のことを何度も繰り返し思いだして新しい戦術で攻めた。
 その結果として――最終的に勝敗が23勝23敗10ドローとタイで並び、次の勝負で確実に勝負が決まるという時のことだった。通常、チェスは大体、40手前後で指し終える場合が多いのだが、勝負が長引き、70手目にもなろうかというその瞬間、ニアの目の前からカイ・ハザードの姿が消えたのである。
 正確には、彼はビロード張りの玉座から倒れ、床に血を吐いていたのだった。
「……カイ・ハザード!!」
 ニアは3Dスコープを取り、透明な壁にまで駆け寄った。透明な壁は叩いてもびくともしなかったが、それでも部屋の隅に3Dスコープをつけていては決して見えない隠し戸があることがわかった。そのドアを通り抜け、まるで使用人が王に駆け寄るようにニアは彼の元へ走る。
「視覚的なトリックを、利用したつもりだったんだけど……」
 カイは、自分の胸元から例の紙片を取りだすと、自分の血で汚れないように注意しながら、それをニアに渡した。
「この勝負は、君の勝ちだ、ニア……」
「あなたは、最終的にこうなることがわかっていたということですか!?勝負はまだ終わっていません!しっかりしてください!!」
 ニアはカイの体を助け起こしたが、必死の形相のニアに対して、カイの顔の表情は穏やかなものだった。
「勝手を言うようで申し訳ないけど……これで、僕の計画は完成した。あとは君が、たぶん僕の仲間を助けてくれるだろう……僕が死んだら、仲間のうちのひとりが、君の元にいくことになってる……あとのことは、彼――に聞いてくれ」
 カイは確かに、誰かの名前を口にしたが、ニアにはその名前がはっきり聞きとれなかった。ユーロスターで人が死んだ時、ニアは善良な市民の命が奪われたと感じはしたが、そこに個人的な感情は一切なかった。だが、今は違う。彼のような人間が自分の目の前で死ぬということが耐えられなかった。Lともメロとも違う、もっと近い<友>と呼べそうな人間が、そのことも計算に入れた上で死のうとしている……それはニアにとって完膚なき敗北に等しい出来ごとだった。
「君とは、いい友達になれそうだったのに……残念だ……」
 カイ・ハザードは、最後にそう言い残して息を引き取った。
 ニアは、彼の名前を呼びながら、何度も体を揺すぶったが、相手からはなんの返事も応答もない。どうしたらいいのかと彼にしては珍しく混乱しかけた時――<王の間>の左右にある脇部屋それぞれから、リドナーとジェバンニが現れる。
「大丈夫ですか、ニア!?」
「これは、一体……」
 ふたりがそれぞれ、なんとか事態を飲みこもうとしている間に、ニアはいつもの彼に戻った。冷静な、なんの感情も読みとれないような普段の顔の表情に。
「遅いですよ、ふたりとも……カイ・ハザードとはチェスの勝負をして引き分けました。ですが、彼にとっては引き分け=敗北ということだったのかもしれません。ところで、あなたたちはそれぞれ監禁されているはずだと思いましたが」
「ええ……目が覚めたら、小さな牢獄のような場所にいたんです。ところが、突然鉄格子が天井に上がったんですよ。こう、ガーッと……」
 ジェバンニが、両手を使って、不思議そうな顔つきで持ち上げる仕種をしている。あとで彼には、ゴッドスポットのことをもっと詳しく聞かねばならないと思い、ニアは溜息を着いた。
「まあ、なんにせよ、今はここから脱出することが先決ですね。カイ・ハザードの遺体は、あとでエリス博士の研究所で検死してもらうことにします。そうすれば、超能力者が短命で死ぬ理由が突きとめられるかもしれませんから……」
 今になってニアは、カイ・ハザードの目的が最初からこのことにあったのだと気づく。ニアは彼に自分の欲しい情報を話させていると感じていたが、そうではなく逆に――完全にそのことも彼の中では計画のうちに入っていたのだ。
(本当に、あなたは……自分で言ったとおりの段取り魔ですね。ヴェルディーユ博士が自分のいる<ホーム>を世界の各国に売ろうとしていると知り、それなら出来るだけ「正しい良心」を持っている人間に、自分たちのことを預けようと考えた……それならそうと、最初から言ってくれれば……)
 そして、自分の目の前で人が死んだ以上、そのことに責任を感じてロジェ・ドヌーヴがその責務を最後まで果たすだろうことも、おそらく彼の中で計算に入っていたのだ。
(この勝負は、わたしの負けです……)
 ニアは、キリル文字で書かれたクロスワード・パズルをぎゅっと握りしめて、そう思った。
「ニア、この地下から地上に出る通路が見つかりました!どうやら古い教会跡らしいんですが、今は使われていない様子で……」
「そうですか」と、リドナーに対して、ニアは素っ気なく答えている。「では、ここから脱出するとしましょう」

 その後、朝の陽の光を浴びながら、ジェバンニの運転でニアたちはモーターボートに乗った。教会のすぐ隣が水路になっていて、そこにモーターボートが横づけされていただけでなく、その中からニアやジェバンニやリドナーの所持品まで出てくる。
「ニア、とりあえずはまず、<L>と連絡を取りあったほうがよくありませんか?あれからおそらく1日以上は経過しているはずですし……<L>もきっととても心配してると思うんです」
 リドナーの言葉は、善意から出たものとわかってはいたが、ニアはなんとなく子供扱いされたような気がしてムッとした。リドナーがダイヤルした携帯電話を受けとり、耳と肩の間に挟む。
「あ、Lですか?ご心配おかけしましたが、なんとかわたしも生きていて、元気です……ええ、リドナーもジェバンニもまあそれなりに元気な様子ですよ。そうですね、詳しいことはまたのちほど……それでは」
 あまりにあっさりした口調で用件のみを伝え、電話を切るニアに、リドナーは少しだけ呆れてしまう。もっと他にも話すことは色々あるだろうにと、そう思う……時々リドナーはニアが年相応に甘えてくれてもいいのにと思うことがあるが、この時は特に強くそう感じた。
「ニアがチェスで勝っても負けても、あの青年は死んでいたと思うんです。だから、あまりご自分を責めたりしないでください」
「いえ、わたしが考えているのはそんなことではありません。カイ・ハザードは言ってみれば犯罪者なんですから、そんな人間に屈するわけにはいかないんです……わたしにとっての<正義>とは、そういうことですから」
 ヴェネチア、サンタルチア駅の近くでモーターボートを降りると、ローマからヴェネチアへ向かっていたのとは逆のESスターにニアたちは乗車した。一等車のコンパートメントに座り、ニアはひたすらキリル文字によるクロスワードに挑戦している。
「あの、バッグの中から、僕たちのものではない所持品が出てきたんですが……」
 食堂車で食事をしてきたジェバンニが、鞄の中からルービックキューブを取りだしている。
「あら、懐かしいわね。昔は一時期流行ってたけど、今でもルービックキューブなんてやる子、いるのかしら?」
「いますよお」と、ふたりきりで食事ができたことを嬉しく思いつつ、ジェバンニが照れたように笑う。「ルービックキューブの世界大会だってあるくらいですからね。確か、今の最速記録が12秒台だったかなあ。はっきりとは覚えてませんけど……」
「そうですか」
 ニアはバラバラの色で構成されているルービックキューブをジェバンニから受けとり、それを十秒とかからず完璧に揃えた。
「す、すごい……!!ニア、ルービックキューブの世界大会できっと優勝できますよ!!」
 そう言ったジェバンニのことを、ニアは思わずギロリと睨みつける。『こんな簡単なヒントも解けないようなバカに自分が負けたとは思いたくない』とカイ・ハザードは言っていたが、なかなかどうして、ニアをして難易度の高いクロスワード・パズルだった。
 そしてルービックキューブをしているうちに、ひとつの単語が思い浮かんでまた一行桝目が埋まる……まさかとは思うが、カイ・ハザードはここまで計算していたのだろうか?と、ニアはまた少しだけ胸が痛んだ。
「そういえばジェバンニ、以前わたしに心霊現象やUFOの話に関連して、ゴッドスポットのことをしてくれたことがありましたよね?その話をまた、出来るだけ詳しくしてほしいんですが……」
 ニアが軽い気持ちでそう言ったのが失敗だったのかどうか――以後、列車内での会話はオカルトに的を絞ったものとなり、結局最後にはリドナーもニアも、聞いているのが嫌になってきた。ローマのテルミニ駅で降りる頃には、ふたりともうんざり顔をしていたが、ジェバンニはその空気が読めないのかどうか、なおも世界の七不思議について語り続けている。
「もういいですから、早く荷物のスーツケースを持ってきてください」と、ニアが溜息を着いたその時――人通りの多いテルミニ駅のプラットホームに、ぼさぼさの黒い髪、真っ白な長Tシャツ、淡い紺色のジーンズ……という姿の、極度に猫背な男をニアは発見した。
「よくやりましたね、ニア」
 その人物は、ゆっくり近づいてくると、ニアの頭の上にぽん、と手をのせている。リドナーとジェバンニは、自分の上司のことを年相応に扱った人物が誰なのか、もちろんすぐにはわからない。ただ、ニアが「あなたのお陰でチェスに勝てました」と話しているのを聞いて――もしかしたらと、驚きとともに推測しただけだった。
 その夜、カバリエリ・ヒルトンホテルで、ニアとLはほぼ徹夜でチェスゲームに興じた。最初は業務報告がてら駒を指していたふたりも、次第に本気でゲームに熱中するようになり……ラケルにとってニアというのは年相応以下の子供であったため、夜更かしはよくないと何度も主張したが、ふたりともラケルの言っていることなど、ほとんど聞いてなかったといっていい。
 そんな彼女も、Lとニアの粘着質な勝負を見守るのに飽きたのかどうか、時計が零時をまわる頃には欠伸をして眠ってしまっている。
「勝負は最初、わたしのほうが劣勢だったんです。でも、こんな時Lならどうするかと考えているうちに――勝てるようになってきたんですよ」
「うーむ。でも、それなのに何故わたしはニアに勝てないんでしょうね?」
 Lは待ったをかけるほど、往生際の悪い人間ではなかったが、それでも負けず嫌いな性分によって、何度も勝てるまでニアに勝負を挑んだ。そうなると、ニアも負けず嫌いなので、もう一局Lに勝負を挑むことになり……結局、最後には睡魔に負けたニアが降参する形となったのだった。
 ラケルは、深夜に起きた時、ソファで隣あって眠るLとニアに毛布をかけていたが――容姿は似ていないけど、まるで兄弟のようだと思い、ふたりの寝顔に思わず微笑みかけていた。


 終わり




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【2008/04/17 03:48 】
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探偵N・ヴェネチア編(後編)~殺人チェス~Act.2 ミドル・ゲーム~
   探偵N・ヴェネチア編(後編)~殺人チェス~

          Act.2 ミドル・ゲーム

 チェスというゲームは、三つの段階に分けられる。すなわち、オープニング(序盤)、ミドル・ゲーム(中盤)、エンド・ゲーム(終盤)である。
 オープニングではよほどのミスがない限りメイトはありえない。少なくとも上級者の実戦ではそういうことはほとんどないと言っていい。そしてオープニングで戦力の展開がなされ、ミドル・ゲームへ移行するのが普通である。ミドル・ゲームでの目的はメイトするか、あるいは圧倒的な優勢を作り上げてリザイン(投了)させるかのいずれかである……しかし、まだ盤上に駒が多く残っているミドル・ゲームでメイトに持ちこむことは難しい。多くの場合は交換の結果駒の数が減り、エンド・ゲームへと入る。エンド・ゲームではメイトするための駒数が不十分な場合が普通で、従ってここでの主たる目的はメイトよりもポーンのプロモーションである。そしてその後初めてメイトが可能となるのだ。
(さて、普通であればここは、ポーンをクイーンに変えるべきところだが……ナイトに変化させて、相手の意表をつく戦術をとろう)
 ポーン(歩兵)の動きと戦闘力は、明らかに他の駒に劣る。だが、ポーンには他の駒にはない独特の特長があり、それはキング以外のすべての駒に昇格できるということだ――ポーンが敵陣地に到達すると、クイーン・ルーク・ビショップ・ナイトのいずれかに成ることができる。これをポーンのプロモーション、あるいはクイニングと言う。その際、クイーンその他の駒が自軍にいくつ残っているかということは無関係で、プロモーションの結果、同種の駒がゲーム開始時より多くなるということもありうる……たとえばクイーンが数個盤上にあるという場合もありうるということだ。
 敵陣地にポーンが到達した場合、大抵クイーンに成るのは、クイーンがルークとビショップの性能を合わせ持つ、文字通り最強の駒だからだが――ニアはこの時、敵陣地に攻めこんだ駒を、ナイトに変えた。玉座に肘をかけて座り、どこか退屈そうにさえ見えたカイ・ハザードの顔色が、一瞬だけ変わる。
「なるほどね……なかなかいい手だ」と、彼は嬉しそうに顔を歪めて笑う。「君、知ってる?チェスを使ったパズルに、ナイトがひとつの桝に2度以上立ち寄ることなく全ての桝目を渡り歩くっていうのがあるだろ?僕は小さい頃からあれがとても好きでね」
「そうですか。奇遇ですね……わたしも小さい頃によくそれをやりました。数学者の話では、あのパズルを解くには3千万通りを越える解法があるらしいですよ。でもまあ、正確に何通りになるのかという問題は、数世紀の間に多くの人間が挑戦しつつも、いまだに解き明かされていないそうですが……まあ、それはそれとして、次はあなたの番です。いつもの早指しはどうしたんですか?」
「この勝負は、僕の負けだ」と、何故かカイ・ハザードはあっさりと自分の負けを認めている。「これで君の1勝2敗、1ドロー、それで依存ない?」
 ありません、と即座に答えたくはあるが、ニアの心中は複雑だった。確かに、次の次の次の一手くらいでチェックを狙ってはいたものの、相手に逃れる手がまったくないというわけではない。それにカイ・ハザードはキャスリングすべき時にわざとしなかったとも、ニアは思っていた。
「……実に不愉快ですね。あなたに手を抜かれて勝ったとしても、わたしは少しも面白くありません」
「ふうん、そう?」と、カイ・ハザードは愉快そうに笑っている。例によって『オペラ座の怪人』の歌を口ずさみつつ。「だって、最初からスコアに差があったんじゃあ、つまらないだろう?それに、僕は勝つか負けるかよりも――君の指す一手の先を読むのが面白いんだ……つまり、チェスっていうのは本質的に、勝負以前の問題なんだよ。もちろん相手に勝つっていうのは気分がいいことだし、次の自信にも繋がることではあるだろう。でもね、チェスには無限の可能性がある……どれひとつをとって見ても、同じゲームというのはないし、勝つにしろ負けるにしろ、その過程を楽しむことが重要なんだ」
「それがあなたのチェス理論ですか」と、もしこの盤上に駒が<目に見える形>であったとしたら、相手にそれを投げつけているだろうと思いながら、ニアは言った。「あなたは、たったそれだけのために、ESスターの中で三人もの人間を殺しました。もちろん、彼らは警察に<自殺>という扱いで処理されるでしょう……でも、わたしにとってあなたは、無慈悲な人殺し――それ以外の何者でもありません」
 一瞬、駒を並べようとするカイ・ハザードの手がピタリと止まった。彼が最初に言ったとおり、チェスというのは相手の裏の裏をかく心理戦である。相手からプレッシャーの大きい手を打たれて結局は自滅するということもありえるゲームだ。ニアはこの時、もしかしたら無意識のうちに、そのことを狙っていたのかもしれない。
「へえ……それが君にとっての<正義>の理論なんだ。びっくりだね。だとしたらニア、君は僕が想像していた以上の甘い坊やだっていうことになる。確かに自殺者のサイトに働きかけたのは事実だから、そのことは認めよう――でもさ、あの中のうちの何人かは、結局僕が何もしなくても死んでいた……そうは思わない?」
「思いませんね」と、ニアは、先攻の一手を指しながら断言する。「イタリア人というと、明るくて陽気という国民性のイメージが強いので、今回起きた事件はある意味意外といえば意外だったかもしれません。でも、中には明らかに鬱病と思われる人間がいたことを思えば――あなたは、自分のつまらない計画のために人の弱味につけこんだんです。そういう自分を恥かしいとは、思わないのですか?」
「僕の立てた計画が、つまらないだって?言ってくれるじゃないか、ニア……」
 d4、Nf6、c4、g6、Nc3、Bg7、Nf3……ここで黒がキャスリングする。ニアは、カイが今度は本気の力を出すつもりらしいと見て、ニヤリと笑った。
「実際、あの列車内での君の読みは、そう悪いものじゃなかったと思うよ。でも君が連絡をとったヴェネチア警察には当然、<殺し屋ギルド>の回し者が何人かいてね……それで、警官隊の到着が遅れたというわけだ。ほんの紙一重のタッチの差で――君とふたりの部下はヘリコプターで運ばれ、そのあとゴンドラに乗せられてここまで到着したというわけ」
(どおりで、体の節々が痛かったわけだ)と、ニアはあらためてそう思う。(だが、今ここで自分の居場所を特定するための質問をするのは、無意味でしかない……そんなことは、相手に勝ってからすべき質問だ。今はそれよりも……)
「あなたの推測によれば、わたしはここで、あなたにチェスで敗れて死ぬんですよね?」ニアは、9手目で自分もまたキング側でキャスリングしながら言った。「では、死ぬ前にわたしも、自分が知りたいと思うことをすべて知ってから死にたい……そう思うのは、あなたの目から見て贅沢なことですか?」
「べつに、いいんじゃないの?」と、カイはナイトをbd7に動かしながら微かに笑う。ニアの瞳の不気味な輝きを見て、彼は背筋がぞくぞくするのを感じた――あの目の色は、最終的には自分が勝つと信じている者の目だと、そう思った。彼はまだ本当には、人生において<絶望>というものを経験したことがないのだろうと、そうも思う。そしてその彼の、潔癖なまでの純粋さを汚してやりたい衝動にさえ駆られて、カイは心底嬉しくなった。
(ニア、君は確かに僕が見込んだだけの相手のことはある……まさに、僕が最後の勝負をするのに、相応しいだけの相手だ……)
 中盤戦において、ほぼ互角の戦いを繰り広げながら、カイはニアと対峙し、この勝負でも最終的には勝った。決め手は29番手のクイーン対ルーク、ビショップとナイトの交換にあった。カイはニアにクイーンを取るよう狙わせ、相手に隙を作らせたのである。
「これで、僕の3勝1敗1ドローだね。どうやら君の死はこのままいくと確定しそうだから、今のうちに聞きたいことがあるならなんでも聞いておくといい」
「そうですか。では……」ニアは特別、がっかりしたという風もなく、片膝を立てたままの姿勢で、新たに駒を並べている。「<殺し屋ギルド>という組織は、噂によると第二次世界大戦以降から活動が活発になったと聞いています。そしてその頃から強い力を持つピジョン・ブラッドという人間が組織のトップに立っていると信じられてきました……<L>の調べでは、ピジョン・ブラッドというのは能力名で、相手の目を見ただけで殺せる・意のままに操れるという能力らしいのですが、これは本当のことなんですか?」
「答えはイエスでもあり、ノーでもある」
 e4、c5、Nf3、Nc6、d4、cxd4、Nxd4、Nf6……と、互いに早指ししながら、ふたりは会話を続ける。
「今の君の言葉で、もしかして僕が組織のトップに立つと言われるピジョン・ブラッドだと思われたって想像してもいいのかな?まあ、可能性としてありえなくはないかもしれないけどね。ユーロ紙幣の原版を盗む計画を立てたのも僕なら、その後始末のために動いているのもこの僕……でも残念ながら、僕はピジョン・ブラッドではないよ。その能力を有しているのは現在――ヴェルディーユ博士の孫娘だ。名前はカミーユ・ヴェルディーユ。ブロンドの髪の、なかなか可愛い子なんだけど、僕もほんの数回しか会ったことはないな……博士の孫娘ということで、他の施設の子供たちとは隔絶された環境で育てられたからね、彼女は」
「なるほど。では、カイ・ハザード、あなたが所有している能力はどんなもので、他に何人仲間がいて、その仲間はどんな能力を持っているのか、教えていただけますか?」
「残念ながら、それは教えられないな」と、8番目の手でニアがキングサイドでキャスリングしたのを受けて、カイもまた同じくキング側でキャスリングする。「僕には、仲間のことに関して個人情報を売る趣味はない……でもまあ、自分に関することならなんでも教えてあげるよ。死人に口なしとはよく言ったもんだよね。君も、自分のことを殺す相手について、色々知っておきたいと思うだろうし」
「そうですね」
ニアは、チェスをするのとは別のところである推理の組み立てを行った――今のカイ・ハザードの発言には、明らかに矛盾がある。つまり、自分の仲間の情報は売れないと言いながら、ピジョン・ブラッドという能力を持つ人間の性別と名前は口にしたという点だ。ようするに、彼の中でカミーユ・ヴェルディーユという女性は、<仲間>ではないという認識なのだろうか?
「では、あなた自身の能力についてお聞きしたいと思います。カイ・ハザード、あなたがピジョン・ブラッドでないのなら、あなた自身の力はどういったものなんですか?確かに今のところ、分はわたしのほうが完全に悪い――ですが、わたしがあなたにチェスで勝つ可能性はゼロではない……とすれば、もし仮にわたしがあなたに勝ったにせよ、結局のところあなたは催眠術か何かによってわたしを殺せるということなんじゃないですか?違いますか?」
「ふむ。なかなかいい手だ」
 カイはニアがビショップを取らせて自分を罠にかけようとしていることを見抜き、一旦後退した。だがニアは、代わりに相手のポーンを得、さらに相手を罠にかけるべく動く。
「そうだね、まずは要点を整理しよう――そうじゃないと、話がややこしくなるから。僕の持っている能力は、ピジョン・ブラッドが持っているものと似ているけれど、少し異なるんだ。僕の持つ力は精神感応力とでも呼ぶべきもので、言ってみればまあ地味な力だよ。ピジョン・ブラッドみたいに、即座に相手にピストルの引き金を引かせるような、強力なものではないんだ。逆に、カミーユには力の微調整のようなことは出来ない……これは本人の性格によるところも大きいだろうが、彼女が動くのはもっぱら、邪魔な人間を大勢の人がいる前で事故死とわかる形で殺す場合に限られる。そして裏社会で稼いだ金が僕たちのいる研究所に流れこむというわけだ……何しろ、僕たちの能力っていうのはまだ開発途中で、そう完全なものではない上、力を使いすぎると廃人になる可能性もある、極めて危険なものだ。しかも薬の副作用によって長く生きられなくもある……これからの超能力開発の研究課題はね、出来るだけ長く能力者を延命させることなんだよ。そのためには金なんていくらあっても足りやしない……『薬』を投与された子供の平均寿命は約19.24歳といったところでね、僕もまあ後二、三年生きられればいいといったところかな」
「精神感応力というと、テレパシストということですか?わたしのSF小説の読みすぎによる勘違いでなければ、つまりあなたは人の心が読めるということに……」
 それなら、チェスに勝つのはあまりに容易い、とはニアは考えなかった。何故なら、彼は今確かに純粋にこの勝負を楽しんでいる――相手の心を読んで勝負に勝ったところで、彼にとって面白いことは何もないだろうと思うからだ。
「もしかしたら、また誤解を招く言い方をしてしまったかもしれないけど……残念ながら僕には人の心まで読むことはできないよ。僕の持ってる力っていうのは、相手の精神に呼びかける類のもので、相手の弱味を握って動けなくさせるというのか、ようするにそういうことだね。この力はプラスにもマイナスにも働くんだ。たとえば、馬鹿みたいな話に聞こえるだろうけど――君がもし毎朝起きるたびに、鼻に砂糖を入れたくなったらどうする?」
 カイ・ハザードの例え話があまりに突拍子もないものだったので、ニアは駒を動かす手を一瞬止めた。チェスでは、一度触れた駒は必ず動かさねばならないというルールがある。ニアはこの時、危うくミス・ポジションに駒を動かすところだった。
「……つまり、どういうことです?」
「つまりさ、毎朝、なんでかわからないけど、朝起きたらとにかく鼻の穴に砂糖を入れたくてたまらなくなるんだ。もちろん自分では、そんなことをするのは馬鹿げたことだとわかってる。でも、それをしなければならないっていう強迫観念に駆られるんだ。僕の力っていうのはようするに、そういうことだ。人間には誰しも、愚かで馬鹿な側面がある……その弱味に作用する強い暗示を送ることによって、相手をノイローゼや果ては死に追いこみ、社会的に抹殺するっていうのが、僕の持つ力といったところかな」
「ですが、あなたが数年前に殺したイギリスの上院議員やEU銀行総裁の死は、それでは説明がつきません。まさかとは思いますが、ふたりとも朝起きるたびに鼻に砂糖が入れたくなって死んだというわけではないでしょう?」
 ニアがあまりに真顔で答えために、カイは相手に冗談が通じなかったらしいと思い、軽く肩を竦めている。
「まあ、今のはあくまでも例え話なんだけどね……イギリスの上院議員のことは、確かに覚えてるよ。彼にはビッグ・ベンが午後三時の鐘を鳴らしたら――ビルの屋上から飛び下りるように暗示した。EU銀行総裁も、原理としては一緒だね。ただ、ふたりの死には僕の中で多少違いがある。まず、ロンドンの地下鉄の構内で彼に暗示をかけた時、僕はそれほど確かな善・悪についての判断が出来ていたわけじゃなかった。施設(ホーム)という特殊な環境下で育てられ、最初は力を使うのはいいことだと教えられた。それで人が死んだとしても、それは結局<仲間>や自分のためだと言われたしね。でも、そうやって何度も任務をこなしていくうちに――自分はどうやら悪というものに手を染めているらしいと気づくわけさ。EU銀行総裁の死は、確かに自覚的なものだ。僕は彼から暗証番号や指紋や網膜照合のデータを得るため、操ったのちに殺した……その罪については認めよう」
「わかりました。<L>の調べで、世界中の孤児院から自閉症の子供が誘拐・拉致されていることがわかってるんですが、あなたたちの超能力の開発のために、自閉症児に限って『薬』の投与が行われているのではないかという、わたしと<L>の推理は当たっていますか?」
「へえ……そこまではわかってるんだ」
18手目――Bxf7で白が黒にチェックをかける。チェスのルールでは、チェックの場合もメイトの場合も、相手にそう教える義務はないが、口頭で伝えるのが慣習となっている。もちろん、カイもそんなことをニアに宣言されるまでもなく、よくわかっていることである。そこで黒のキングはh8へ逃げ、次のニアの手はQc4――対する黒の手はBg5、ニア、Nxe4、そしてここでカイがBxe3でチェック。黒が白にやり返した形となるが、ニアのキングにもまだ逃げ場はあるし、これからの戦術次第によって勝つことは十分可能なはずだった。
「僕は、いわゆる“白痴のサヴァン”と呼ばれる存在だった――ロンドンの、とある孤児院においてね。ディケンズの書いた『オリバー・ツイスト』の時代ほどじゃないにせよ、孤児っていうのはもともと、そう社会に厚遇されるような存在じゃない……<自閉症>なんていう障害を持って生まれたとしたら、それはなおのことだ。でも、僕が六歳の時に偉大なる<ファーター>が迎えにきてくれて、僕の人生は激変した。これはホームにいる他の自閉症の子供たちも多少の事情の違いはあるにせよ、同じだったんじゃないかな……社会に見捨てられた子供の集まる場所でまで厄介者として扱われてたのに――ある日救世主がやってきて、こう言ったんだ。『わたしは君を必要とする、唯一の存在だ』とね。事実、それからの僕の日々は楽しいものだった。ファーターには自閉症の子供をどう扱えばいいのかがよくわかっていたし、僕も他の<仲間>の子供たちも、天国のような場所で快適に暮らしていた……その代償といえば、毎食後に飲む薬と、定期的な医学的検査だけ。ただ、ある一定の年齢になると、それまでいた年長の仲間がいなくなることには気づいていたよ。それと時々彼らが<任務>と呼ばれるものに就いているらしいということも、幼な心に知っていた。<仲間>がひとりいなくなるたびに、ファーターはこう言ったものだった……『彼は自分の任務をまっとうし、旅立っていった』とね。やがて、僕にある種の<能力>が顕現すると、僕も以前いた仲間たち同様、任務に就くことになり、そして現在に至るというわけさ」
「大体のところ、事情はわかってきましたが」と、カイの話す内容について分析しつつ、ニアは30手目で容赦なくまたチェックした。対して、カイはクイーンで防衛し、33手目でまた逆に白をチェック……ニアのキングはh2へ一旦逃げるが、勝負はまだまだここからだと、ふたりとも互角に戦いながら思っていた。
「自閉症患者に特に見られるという“サヴァン症候群”は、特異なカレンダー計算や桁外れの記憶術、美術や音楽の分野におけるずば抜けた才能のことなどを指すのだと思いますが……それでいくとあなたは小さな頃、どういった症状があったんですか?これは探偵ロジェ・ドヌーヴとしての質問ではなく、あくまでもわたし個人の好奇心を満たすための質問ですが」
「ふうーん。ひねくれた手ばかり使うと思ってたけど、ここは直球勝負できたか」ニアが35番手でQf4と指したのに対して、カイはクイーンをe1へ移動させる。「自閉症児には小さな頃からそれぞれ、自分だけの“こだわり”みたいなものがあってね……僕は1907年の10月3日は何曜日かとか、1808年の6月14日は何曜日かとか、そうした問題に瞬時に答えることができた。でもそのかわりに、機械的な正確さというものに、異常なまでにこだわった。それを邪魔されると邪魔した相手を殴ったり、物を壁に投げつけたり……まったく、施設の人間には手に余る問題児だったと思う。でもファーターが、僕にチェスを教えてくれてからというもの――僕の数字に対する異常なまでのこだわりは和らげられた。僕は小さな頃、とり憑かれたように数字の計算ばっかり頭の中で行っていてね、どうしてかわからないけど、そうしていないと安心できないっていう強迫観念にとり憑かれていたんだ。もちろん、そんな子供だったから、周囲の人間との関わりは当然シャットアウトされていて、それでいながらそういう自分が嫌でたまらないっていう罪悪感にさいなまれていた……もちろん、自閉症患者のすべてが、そう自覚的に自分のことを客観視できるというわけじゃない。ただ、『薬』の投与によって<能力>が発症するのは、そういう傾向にある子供たちだけなんだ。それが何故なのかはいまもよくわかってないらしいけどね……そんなわけで、ファーターやヴェルディーユ博士は、自閉症の子供たちをよく観察してから薬の投与を開始する。中には、『薬』の投与によって超能力を発症しないまでも、自閉症のみ治る患者がいるんだけど……そういう子たちもまた、ホームで研究の手伝いや子供の世話をしたりして、そこで一生を終えるんだ。その規則に反した人間がどうなるかは、言うまでもないことだと思うけど」
(……………!!何故、ここまでわたしにベラベラとものを喋る?まさか、自分や超能力を持つ<仲間>に同情してほしいというわけでもないだろう。死人に口なし、と彼は言ったが、これではまるで……)
 39手目――Qf8で、ニアが再びチェック。黒のキングはh7へ避難。だが、白にBd3でまたチェックをかけられる。そしてニアの41手目、Qf7でとうとうカイのキングは追い詰められた。
「お見事。これで君の1勝3敗1ドローだね。僕から一勝した褒美と言ってはなんだけど、他に何か聞きたいことはあるかな?」
「ええ、今のあなたの話で、かなりのことがわかってきました……まず第一に、あなたの言うファーター(お父さま)とヴェルディーユ博士はそれぞれ別の人間だということ、またこのヴェルディーユ博士の孫娘が現在のピジョン・ブラッドであり、人を意のままに操って殺せるということ、さらにこれは<L>から聞いた話ですが――このヴェルディーユ博士はお亡くなりになっているそうですね。ということは、現在あなたが<上司>と呼んでいる人間は一体誰なんですか?これはわたしの単なる推測ですが、おそらくあなたがファーターと呼んだ人は、すでにこの世にいない……違いますか?」
「流石だね、ロジェ・ドヌーヴ」と、この時カイはあえてニアのことを探偵の称号で呼んだ。「そのとおりだよ。僕たちの<ホーム>の創設者である、ミハエル・エッカート博士は、二年前に他界された。そして去年、ヴェルディーユ博士が亡くなって……現在僕の直接の上司といえるのは博士の娘、ソニア・ヴェルディーユだ。でも、彼女は自分の父親やエッカート博士とは考え方がまるで違ってね……僕たちの持つ能力を世界各国に売ろう思ってるんだ。そのことに僕は反発を覚え、ユーロ紙幣原版の盗難を企てた。このことは僕が上司に相談せず、独断で行った犯行だった。結局、ホームの他の仲間は全員、僕の言うことに従うということを、あの女に見せつけてやりたくてね……でも結果として、君や<L>に面を割られたということで、今度はその後始末に動いているというわけさ」
「なるほど、それでよくわかりました」と、ニアは駒をゆっくり並べながら言った。先ほどは、カイ・ハザードが手を抜いたとまでは言わないまでも――明らかに彼には後半戦で、集中力の欠如が見られた。もしかしたらそれがカイ・ハザードの弱点なのではないかと、ニアはそう感じる。彼の自閉症というものが、『薬』によってどの程度よくなったのか、ニアにはわからないが……自分の身の上話をしているうちに、確かにカイは一時的に感情が乱れて、ニアに対してチェックを許したという部分がある。そういう相手に勝っても、何故か素直に喜べないものを、ニアは次第に感じはじめていた。
(だが、今は相手の弱味につけこむ形になるにせよ、なんにせよ……とりあえずこの男に勝たなくては。ジェバンニやリドナー、そして自分の命が懸かっている以上……)
「これも、<L>から聞いた話なんですが――どうも、あなたたちはユーロ紙幣の原版を盗むなどという大罪を犯したにも関わらず、そのことを大したことだとは見ていない節があるそうですね。その謎が、今あなたの話を聞いていて、よくわかりました。わたしや<L>は、あなたたちが裏の犯罪の世界にいたのに何故、今この時になって表に出てこようとしているのか、とても不思議だったんです。これまで地道に研究してきた『超能力』というものがある程度完成された力となり、表に出てきてもいいようになった――そしてそのために莫大な資金がいる……というのが、わたしと<L>の推理でした。でも、そうではなかったんですね。よくよく考えてみれば、ユーロ紙幣の原版など盗まずとも、あなたたちの施設のバックには<殺し屋ギルド>という巨大な組織の力がある。そこから流れてくる金を使えば、超能力開発研究所の維持はこれからもそう難しくはないでしょう……あなたたちは、犯罪組織が必要とする時に手を貸し、逆に<殺し屋ギルド>はその見返りとして、多額の金を横流しする。ですが、唯一わからないのは、あなたたちの所属する施設と犯罪者組織のもともとの接点です。それと、エッカート博士とヴェルディーユ博士の娘とでは、どう考え方が違うんですか?」
「君は、論理的思考が得意なんだね」と、カイがどこか悲しげに溜息を洩らす。「僕は『薬』の投与でようやく、自閉症的発作もおさまり、一般にいう<まとも>な健常者と呼ばれる存在になった。それまでは人の気持ちに対して無関心というのか無感動というのか……いや、相手に対して想う気持ちはあっても、それをどう表出していいのかわからない子供だった。エッカート博士が<超能力>なんていう当時は今以上に馬鹿げた研究に熱を上げたのも、もともとは自分の子供が自閉症だったからなんだ。博士は自分の子供を治すための『薬』を開発研究する途上で――ある新薬を完成させて、自分の子供を実験台にした。そしてこの子供が自在に手を触れずに物を動かす力を持ったのを見て……それ以降<超能力>の研究に一生を捧げたというわけだ。エッカート博士には、奥さんとの間にふたりの兄弟がいてね、兄は自閉症児として、また弟は健常児として生まれた。ところが、この弟っていうのが、十代の半ばでグレて犯罪の世界に走るんだ。エッカート夫妻は、自閉症の自分の子供が示す類い稀なる才能に魅せられるあまり――弟のことを少し、放ったらかしにしちゃったんだね。しかも、この弟ってのが後で犯罪の世界で大物になって、何年かのちに家族の元へ帰ってくるんだ。もちろん、裏の世界でボスになったとか、そんな話は一切せずに……その頃にはもう、彼の兄は『薬』の副作用で亡くなったあとだったから、兄は弟になんでもっと良くしてやらなかったのかって悔やんじゃってさ、そこで父親であるエッカート博士に裏の世界の金を提供するようになったって、そんなわけ。意外かもしれないけど、ホームと<殺し屋ギルド>の繋がりの最初は、美しい家族愛にあったんだよ」
「でも、裏の犯罪にまみれた汚い金で、能力の開発研究が進んだとしても――それはお兄さんの喜ぶところではないと、そんなふうにわたしは思いますが?」
「本当に、君は甘い坊やだねえ」と、自分のほうがよほど、世間というものを知っている、というような口調でカイは言った。その間にもd4、Nf6、c4、b6、Nc3、bd7……と、よどみなく駒は進んでいく。「この世界にはさ、<必要悪>っていうものが絶対的にある……そうは思わない?その必要悪の部分を僕らが担っても、仕方のないことだ。そんなふうに運命づけられて生まれ、そして育ったんだからね。僕は今でも思うよ――もしファーターが僕を見出してくれなかったとしたら、一体どんな惨めな一生を送っていただろうって。あのまま自閉症児として長生きするよりは、短い生涯でも今の自分のほうがずっといい……僕の他の<仲間>もみんな、口を揃えて同じことを言うと思うよ」
「そうでしょうか。今は自閉症そのものに対する薬もいいものが開発されてきてると思いますし――何も寿命を縮め、犯罪に手を染めてまで、<超能力>というものがこの世界に必要だとは、わたしには思えません。それよりも、それぞれ自分の障害を個性として受けとめ、長く実りの多い人生を送ったほうがいいのでありませんか?」
「まあ、君の考えはそんなところだろうと思ってたよ」15手目でクイーンサイドにキャスリングしながらカイは苦笑する。同じ立場に立たされた人間でなければ、到底理解できない心境だろうと、そう思う。「建前上は確かに、君の言うことは正しいだろうね。でも――そんなことは僕もエッカート博士もヴェルデーユ博士も、考え抜いて選択したことさ。そもそも、この特異な能力はなんのために存在するのか、<能力>に目覚めた人間であれば、誰しも最初に考えることだ……それに対して、ファーターは確かに明確なひとつの理論というか、哲学を持っていた。ファーターはいつも言っていたよ……自分の息子が若くして亡くなったのは自分のせいだとね。だが、彼の死が無意味だなどということだけは決してない……<殺し屋ギルド>は確かに悪の組織かもしれないが、結局のところ『善なる意志を持つ者』が悪の世界の中枢にいてその力を操り、歴史を出来るだけ正しい方向性へ導く――それを調整するのが、僕たちの持つ<超能力>だと彼は考えていた。いいかい?どんな善人にも悪をなそうとする心はあるし、どんな悪人にも善をなそうとする心はある……第一、聖書を読んでみたまえ。神がいかに悪人に対して厳しく寛容であり、また同時に善人に対してもまったく同じ態度であるかということを……」
「<天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださる>……これはマタイの福音書、5章45節からの引用ですが、ようするにあなたはそう言いたいわけですね。でも、こうも書いてありますよ――『神が悪を行うなど、全能者が不正をするなど、絶対にそういうことはない。神は人の行ないをその身に報い、人にそれぞれ自分の道を見つけるようにされる』と……これは旧約聖書、ヨブ記34章10節と11節からの引用です。ヨブ記は、正しい人ヨブが、悪魔の企みにより悲惨な境遇へ陥れられるわけですが、その論争の過程に中心点が置かれています。正しい人間が正しいことを行っても報いがなく、悪人ばかりが栄えるように思えるのは何故なのか……それに対する神の答えは多少ずるいものであったようにわたしは思います。いえ、この書物は本当に奥が深いので、もちろん一概にそうとは言えませんが、とにかくヨブは神が直接姿を現してくださったことにより、納得するわけです……実際には神は、ヨブやその友人を駒にして悪魔とゲームを楽しんでいたというように、わたしには思えるんですけどね」
「君は、本当に面白いね」
カイのルークがd4の位置にあったニアのナイトを得る。そしてニアがe3の位置にあるキングでd4のルークを取る。次に黒の側のビショップがg7へ移動――これでチェックである。
「お見事。どうやらわたしは、あなたの早指しに惑わされるあまり、戦法を誤ったようです……これであなたの4勝1敗1ドローですね」
「いや、何度も言うように、チェスは勝敗がすべてではないんだ。君は本当に面白い話を聞かせてくれる……もし君が悪人を批判する聖書箇所だけを引用して僕に聞かせていたとしたら――もしかしたらこの次の勝負はなかったかもしれない。僕がいたホームではさ、孤児院じゃあよくあることだけど、聖書のある引用箇所が大きく引き伸ばされて、額に入れて飾ってあるんだ。それがどんな言葉か知りたい?」
「ええ、是非……」
 ニアは再び駒を並べながら、我知らず、笑みを洩らしていた。今ではもう、ジェバンニやリドナーの命が懸かっていることも半ば忘れ、このチェスゲームにのめりこんでいたと言っていい。確かに彼の言うとおり、ニアはこれまでもっぱら、コンピューターのみを相手にチェスをしてきた。だが、自分の能力に匹敵する生身の相手と戦うことが、こんなに楽しいことだとは……しかも、知能レベルも相手としてまったく遜色はない。
(こんな対局をするのは、L以外では、彼が初めてかもしれません)
 そう思いながらニアは、ふとあることに気づいた――もし<L>がこの場にいたとしたら、カイ・ハザードを相手にどんなふうに戦っただろうということを……そしてニアがこの時、(Lならばどうするか)と思考法を切り換えることによって、ここからの戦局は一気に加熱していくことになる。





【2008/04/16 05:30 】
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探偵N・ヴェネチア編(後編)~殺人チェス~Act.1 オープニング
   探偵N・ヴェネチア編(後編)~殺人チェス~

          Act:1 オープニング

 ニアが次に目覚めた時、まだ意識がどこか朦朧としていた。気のせいか、体の節々が痛い……しかも、床がとても硬くて冷たいのだ。だが、体温はそう低いというわけでもない――その矛盾にハッ!として、ニアはがばりと身を起こしていた。
「やあ、こんばんは。お目覚めいかが?」
 絢爛豪華な石造りの室内は、百以上もの蝋燭の光で照らされていた。床も壁も、おそらく大理石で出来ているのだろう……そのどこか中世の宮殿を思わせる室内には窓がひとつもなかった。ただ白くて冷たい印象を与える大理石の床や壁が、揺らめく炎を映して輝いているだけだ。
 しかも、「お目覚めいかが?」と聞いた男の声は、ニアが片膝を立てて座る床よりも二メートルは高い壇の上から聞こえていた――そしてその声を発した主は、ヴェネチアのカーニバル(謝肉祭)の時のような仮面を顔につけ、マントを羽織り、王のような玉座に腰掛けているのだ。ニアは一瞬、自分がまだ夢を見ているのかと思ったが、間違いなくこれは現実だった。でなければ、体の節々がこんなに痛みを訴えるはずがない。
「もしかして、ここは天国?なんて聞くほど、君は幼稚な人間じゃないよね?もっとも僕も、こんな可愛い坊やが探偵のロジェ・ドヌーヴだとは思いもしなかったけどね――まあ、それは嬉しい誤算と言ったところかな」
「……何故、嬉しい誤算だなんて言えるんですか」
 ニアは、自分の発した声が、相手のものほど明瞭ではなく、掠れていることに気づいた。不本意ながらも二三度、咳をすることになる。
「あ、君の後ろの壁にさ、高性能の小型マイクがあるから、それつけてくんない?他に、3Dスコープも一緒に置いてあるから、それもつけてよ。そうしたほうが、話す手間が省けて僕も助かるし」
 ニアは、仮面の男の言うとおりにした。後ろを振り返ると、確かにピンマイクのようなものと3Dスコープが置いてある。マイクは白いパジャマの襟につけ、3Dスコープを装着し、ニアが目の前の白い空間を見つめると――そこは一瞬にしてチェスの駒が並ぶ盤上に切り換わった。
「なるほど、そういうことですか……」
「そういうこと」と男は言い、白い整った輪郭のマスクを剥ぎとった。その下に、同じように色白で美形といって差しつかえない顔が現れるのを見て、ニアは思わず酷薄な笑みを浮かべた。そして鏡で映したように、彼――カイ・ハザードもまた、気味の悪い薄ら笑いを浮かべていたのだった。

「ところで、この演出には何か、意味があるんですか?」
 ニアは先手として、歩兵(ポーン)を動かしながらカイ・ハザードにそう聞いた。チェスでは常に、白い駒が先攻で、黒い駒が後攻となる。ニアは3Dスコープを装着した段階で、自分の側の駒が白とわかっても、そのことについて異議申し立てのようなものは行わなかった。ただチェスのルールにのっとって、先に駒を動かしたという、それだけだ。
「意味って?」と、中央に透明な壁の間仕切りがある部屋の隅――そのスピーカーから声がする。つまり、ニアとカイ・ハザードのいる広い宮殿のような室内には、ちょうど真ん中に見えない壁が立ちはだかっているのだ。ただし、3Dスコープをかけた段階でその壁は見えなくなり、立体映像の駒に手を伸ばせば、相手の陣地に攻めこむことは可能となっている。
「ですから、あなたが謝肉祭(カーニバル)でもないのに、そんな道化じみた格好をしていることの意味、また豪華絢爛な玉座に腰かけていることの意味、それにこのチェスというゲームをわたしとしていることの意味……そういうことです」
「ふーむ。君、ちょっと頭悪いね」
 ビロード張りの玉座に片肘をついて、カイ・ハザードはそう言った。とんとん、とどこか苛々したように、指を肘掛にのせて叩く。
「良い騎手というものは、常に二十手先を読むものだというけれど――この勝負はすでに僕の勝ちだ。それとももしかして、催眠ガスがまだ効いていて、頭の中が朦朧としているのかな?探偵のロジェ・ドヌーヴが解決できなかった事件はこれまでにないって言われてるから、僕はてっきり……そういう人間はチェスも強いものだとばかり思っていた。これはとても残念な誤算だな。それとも君、もしかして今すごく調子が悪い?喉が渇いてるとかお腹がすいてるとか、あるいは頭痛がするとか――もしそうなら、軽く食事をして薬を飲んだあとで、勝負を再開しようか」
「いえ、結構ですよ」
 ニアはあからさまにムッとして、そう答えた。軽く喉が渇いているような気もするけれど、そう大したことはない……食事はユーロスターでサンドイッチを食べたのが最後だが、普段どおり空腹感はそれほど感じない。最初、頭が少しだけぼんやりしていたが、今ではすっかりクリアーになっている。つまり、ニアは通常どおりの状態でカイ・ハザードと勝負をし、「頭が悪い」と言われたということだ。それも、チェスの最初の数手を打っただけにも関わらず。
「君、もしかしてこのままで、僕に勝てるとでも思ってる?」
 ニアは答えなかった。ただ、ポーンを守るために、ナイトを黙って動かした。相手も即座に答えて、ビショップを動かしている。確かに決断は相手のほうが0.数秒速い、それは認めざるを得なかった。
「確かに、この段階ではまだゲームもはじまったばかりだし――君が僕に勝てると信じる気持ちはわかる。まあ、時間はかかるけど、それでも最終的に僕の言ったことのほうが正しいって証明してみせるよ……ところで、君の優秀な部下ふたりだけど、こちらで安全に監禁させてもらっている。なんだったら、その映像も見れるけど、見る?」
「ええ、是非……」
 そう言って、ニアは序盤戦を制するために、センターを固めに入った。センターをポーンで支配すること、言い換えれば[ポーン・センター]を作ることは非常に重要である。というのも、ポーンの利いている桝へポーン以外の駒が入るわけにはいかないからである。
「ジオッコ・ピアノ(イタリア語で静かなゲームの意味)か。チェスって結構本人の性格でるよね。君もそう思わない?」
 ニアは答えず、部屋の中央の仕切りに映しだされた映像を、3Dスコープを取って見た。ジェバンニもリドナーも、狭くはあるが清潔そうな部屋で、それぞれ別々に監禁されている様子だった。なんにせよ、ふたりが無事で心底ほっとする――もっとも、顔の表情には決して出さなかったけれど。
「これで安心した?でもね、君が僕にチェスで勝たないと、ふたりとも死んじゃうんだよね……この理屈がわからないほど、君も馬鹿じゃないと思って言うんだけど」
「ええ、もちろん」
ニアは、カイ・ハザードが白の[ポーン・センター]を崩すために攻めてきたのを防ぎつつ、答えた。
「最初からあなたは、このことが目的だった……より強い相手とチェスをすることを求め、打ち勝つこと――自分の命と部下の命が懸かっている以上、相手は通常以上の本気と実力を出すに決まっている。カイ・ハザード、ようするにあなたは退屈だったんでしょうね。自分の能力に見合うだけの好敵手に、世界チェス大会へ出場してさえ出会うことができなかった……世界最高位のグランドマスター三人を6-0で打ち破るなんていうことは、わたしになど到底できない快挙だと思います」
「へえ、そうかな。君、謙遜しながらも心の中ではかなりの自信家っていうタイプじゃない?僕も同じタイプの人間だからわかる……そんなこと言って実は、誰よりも勝負への執着心が強いんだよね。君の手を見ていればわかるよ。チェスはある意味、相手の裏の裏をかく心理戦だから……君は手堅く攻め、一部の隙もなく駒を配備していると思ってる。でも、これはどうかな?」
 最初、ニアにはカイ・ハザードの言ってる言葉の意味がわからなかった。センター・ポーンに隙が生じたら、相手が攻めてくることがわかっているだけに――ニアは手堅く守りに入ってしまった。あとにしてみればおそらく、それが失敗だったのだろう。ニアはカイ・ハザードが仕掛けた罠に嵌まった。つまり、黒がポーンとナイトを犠牲にし、センターの支配権を取り返したのである。
 この勝負は最初のうち、確かにニアがほうが優勢だった。だが、途中からニアは後手後手にまわり、最終的にカイ・ハザードにチェックを許してしまった……チェックメイトというのは、キングに逃げ道がない、手詰まりの状態のことを言うわけだが、チェックというのは、追いこまれてもキングにまだ逃げ道がある状態のことを言う。だが、一手逃げてもまた追いこまれることが目に見えていることから――この勝負は終わったのである。
「リザイン!(投了)」と、相手に誇らしげに言われて、ニアはむっつりとした顔をしたままでいた。これでリドナーとジェバンニ、そして自分の命が奪われる……とは考えなかった。ここまで来るのにかなりの時間がかかったことを思えば、自分にはもう一勝負するくらいの値打ちがあるはずだと、ニアはそう思った。
「ところで、聞き忘れていましたが、このゲームのルールは一体どうなってるんですか?まさかとは思いますが、これでリドナーとジェバンニのうち、どちらかが死ぬ、などということは……」
「それはないよ」と、子供のように嬉しそうな顔をしながらカイ・ハザードは言った。「始末する場合は、三人一緒だからね。何しろ君やふたりの部下にはまだ、十分に利用価値がある……殺す前に僕は自分の上司とその点について話し合わなければならない。でも、そうだな。君があんまり僕の退屈を解消してくれない騎手であるとすれば――部下のうちのどちらかを、君の目の前で始末したほうがいいのかもしれないね。そうすれば君も死力を尽くして、このゲームに当たってくれるだろうから……」
 そう言って、カイ・ハザードは玉座の横にあるテーブルから、水の入ったグラスをとって飲んだ。そのテーブルの上には、『オペラ座の怪人』を思わせる仮面ものっている。
「……the Phantom of the Opera is there-inside my mind……♪」
 スピーカーから微かに歌声が聞こえ、ニアは笑った。目が覚めて彼を見た瞬間――確かに誰かに似ていると思ったのだ。それが誰だったのか、今初めてわかった。『オペラ座の怪人』、その人である。
「好きなんですか?『オペラ座の怪人』のミュージカル……」
 ニアは、立体映像の駒に手を伸ばして、再び盤上に並べはじめた。この機械が果たして、どのような仕組みになっているのか、正直ニアにはよくわからない。だが、何もないはずの空間の駒に手を伸ばせば――確かにビショップやルークなどを掴むことが出来、自分の望んだ所定の場所に置くことができるのである。
 チェスは将棋などとは違い、明らかに消耗戦となる。何故なら、相手から一度奪った駒を復活させるということが出来ないからだ。唯一、ポーン(歩兵)が相手の陣地に入った場合にだけ、他の駒に化けることができるのだが――この駒はほとんどの場合クイーンになる。そして終局が近づくにつれ、多くの場合は盤上に駒が少なくなっているのが通例である。
 カイ・ハザードはニアの問いかけを無視して、なおも『オペラ座の怪人』の歌を歌いながら、自分の陣地に駒を配していた。ふたりは互いに所定の位置に駒を置き終えると、無言で二戦目を開始する――もちろん、ルールに乗っとって、今回も白い駒を持つニアが先攻だった。
「ところで、ひとつあなたに聞きたいことがあるのですが……」
 ニアは今度は、強気の攻めを見せることに決めた。そこでダニッシュ・ギャンビットと呼ばれる古い定石を指す――先ほど、カイ・ハザードが定石でやり返そうとしたように見えて、後半戦でこちらの裏の裏をかいたように、今度は自分が定石で攻め、その裏をかいてやるつもりだった。
「ダニッシュ・ギャンビットね。もしかして君、ポール・モーフィが好きだったりする?だとしたら奇遇だね……僕も彼のことが大好きだから。彼はさ、チェスの天才だったにも関わらず、23歳の時にひどい神経症にやられて――以降、表舞台からは姿を消してしまった。モーフィは家に閉じこもって人に会うこともなく、もちろん結婚もせず、仕事も持たずに46歳の生涯を終えたんだ。彼は僕がもっとも尊敬するチェス・プレイヤーのひとりだよ……ところで、聞きたいことって何かな?」
「他でもない、あなたの所属する組織、<殺し屋ギルド>のことです」ニアは早いテンポで勝負を進めながらそう聞いた。「まず、あなたがユーロスターの列車内で起きた事件を計画したと、そう考えていいんですよね?」
「そうだね。5+5+3はいくつ?なんて、君にとっては馬鹿みたいに簡単なトリックだったろうね……まあ、自殺系のサイトから<殺し屋ギルド>に足がつくなんていうことはまずない。僕はただ、そういうサイトがあるのを知ってちょっと利用させてもらっただけなんだ。人間ってのは恐ろしいよね。ほんの少し金をだしただけで、指定した時間に死んでもいいっていう人間が、次から次へと現れるんだから……君のいう<催眠術>とやらを使うまでもなかったよ。あとは、いつも組織で利用してる『運び屋』の連中に君とふたりの部下をここ――ヴェネチアまで運んでもらったというわけさ」
「なるほど、ここまであなたは計画を立案しただけで、直接自分が動いてはいない、そういうことですね?」
「……何が言いたい?」
 明らかに相手がムッとした顔をするのを見て、ニアは喜んだ。チェスの常識として、オープニング(序盤戦)においては、すべての駒を出来るだけ早く動かすべきである。ニアは戦力の展開を早く済ませ、コンビネーションを実現させた――今のところ、黒は苦境に立たされる形となっている。ここで、果たして相手がどうでるのか……。
「単に、あなたがどの程度これまで[自分で動いて]、裏の世界で手を汚してきたのかを知りたいだけです。<L>の調べで、あなたが十三歳くらいの時にロンドンで上院議員をひとり殺していることがわかっています……同じ方法で、一体何人の人間を死に追いやり、また組織に都合の悪いことを隠蔽するために<催眠術>を利用したのか、その点がわたしのもっとも知りたいことです」
「なるほどね、それはなかなかいい質問だ」
 残念ながら、カイ・ハザードはニアの仕掛けた罠をかわして、さらに起死回生の一手を打った。そこでまた、前回と同じく勝負の流れが変わり、ニアはまたしても敗北を喫することになる。
(何故、勝てない……)
<定石>というものは常に研究し尽くされているものだ。だからニアはその裏の裏をかいて攻めたつもりだったのに――相手にその一枚上をいかれたのだ。カイ・ハザードは一度は不機嫌になった顔をまた元に戻し、「the Phantom of the Opera isthere-inside my mind……♪」と、『オペラ座の怪人』の歌を口ずさんでいる。
「さてと、これで僕の2勝0敗っていうことになるけど、君のさっきの手はモーフィの手を新たに改良した、なかなか悪くない手だったと思う……何故って、僕の背筋が一瞬ぞくっ!としたからね。君が僕の欲しいものを与えてくれた褒美として、ニア――君が先ほどした質問に答えるとしよう」
 三戦目を開始すべく、駒を並べながらカイ・ハザードはそう言った。「ニア」と、初めて名前を呼ばれて、ニア自身は何故かとても腹立たしいものを感じる――その言い方はまるで、王が下賎の者に対するような、見下した響きを持っていたからだ。
「そうだね、まず僕と君の間には認識としてひとつの誤解があるようだ」
 ニアがボブ・フィッシャーの手を真似て指したのを見て、カイ・ハザードは微笑んだ。定石にせよなんにせよ、誰かの手を真似ているうちは、絶対に彼は自分に勝てない――その自信がカイにはあった。つまり、ニア自身がもっと本気で[自分の頭で考え]るなら、この勝負はこの先もっと面白いことになるだろう……。
「君はユーロポールの上層部に、僕が<催眠術師>だと報告したらしいね。まあ、君のさっきの質問の仕方で、何故そう思ったのかも大体見当がつく。でも、それはあくまでも可能性の範疇にある選択のひとつである……そうは考えなかった?」
「どういうことです?」
 ニアは、相手にまたも自分の手を読まれていると感じ、なんとか先手を打ってカイ・ハザードを出し抜けないかと考えた。だが、そのためには相手が駒を動かすスピードがあまりにも速すぎる……チェスの国際試合などでは、一手平均4分の持ち時間が普通なのだが、カイ・ハザードの場合一手につき1分、いや、30秒とかかっていないことが多い。そこでニアも負けず嫌いな本分をあらわして、つい相手に合わせて早指ししてしまう。だが、ここで一度作戦を練り直して、相手のペースに合わせるのではなく――カイ・ハザードの実力を認めた上で、自分はゆっくりと時間をかけて一手一手を確実に攻めていこう、そうニアは心に決めた。もちろん、それは多少悔しい決断ではあるけれど……。
「つまりさ、昔偶然僕が撮られた、ひとつのビデオテープから君と<L>は、僕が催眠術師ではないかと考えたわけだよね?まあ、ナチスとか旧ソ連のKGBとかでその手の研究施設があったのは本当らしいけど――でも、催眠術なんてあまりにも馬鹿げてる。第一にその能力は不完全で、相手が自殺するかもしれないし、もしかしたらしないかもしれない……せいぜい言ってそのくらいの力しかないんじゃないかな。君はその点についてどう考えているの?」
「わたしは、ユーロポールの上層部に報告する時も、『催眠術』という断定した言い方はしませんでしたよ?通常、催眠術で人は殺せませんし、自殺させるということも不可能です。無意識にそのような無理のある刷りこみを行っても、本人の意志に反するそうした<乗り越え>まではさせられない……というのが専門家の意見でした。しかしながら、さらにそれを超える強い力、例えば『超能力』のようなものがあったとすればどうでしょう?実に不思議なことですが、ユーロポールのお偉方はわたしのその報告を一笑にふしたりはしませんでした。そのくらいユーロ紙幣の原版は厳重な管理の元に置かれていましたし――そもそもそのお金を刷っている刑務所の地下の在処まで悪党一派に知られているということは、これはもう誰かが催眠術でも使って内部の人間とコンタクトをとったとしか思えない……彼らもそう判断したんでしょうねえ」
 ニアは少しばかりの皮肉をこめて、そう言い終えた。そして喋りながら時間を稼ぎ、次の手堅い一手を指した。それに対して、カイ・ハザードは同じように話しながらもすぐに強い一手を決めてくる。そのことは確かにいちいちニアの癪に障りはしたが、勝つためには仕方のないこととして、ぐっとこらえた。
「ふうん、なるほどね……ドヌーヴも<L>も思った以上に馬鹿ではないらしい。君も気づいているとおり、ユーロポールの上層部には、<殺し屋ギルド>と繋がりのある人間が何人かいるんだ。そして今回の計画を立てたのは僕で、ロジェ・ドヌーヴに顔まで割られたっていうんで、うまく後始末しろって上司に言われたってわけ……組織っていうのは冷たいもんでね、必要な時に力を提供させる以外、用はないっていう態度をとられるからさ、僕も今回は自分の好きなように趣向を凝らさせてもらったって、そういうわけ」
「なるほど」
カイ・ハザードの話を咀嚼するような振りをしつつ、ニアは次の一手を指す――カイの話す内容もさることながら、この自分の命の懸かった<殺人チェス>が、ニアにも少しずつ面白くなってきていた。思わずニヤリと、笑みさえ洩れる。
「でも、その線でいくと、なんだかとても不思議ですね。あなたがもし2002年度にあった世界チェス大会に出場していなければ、わたしも<L>もあなたに行き着くことはなかった……そのことを後悔したことはありませんか?」
「どうかな。僕はただ、機械相手ではなく、生身の本当に強い相手と勝負をしてみたかっただけだ。ニア、君は何故自分が二回続けて負けたか、まだわかってないだろう……これは勘だけどね、君はたぶん、これまであまり生身の人間を相手にチェスを指したことがないんじゃないかな?指し方を見てるとわかるんだ……僕もコンピューターばかりを相手にしてこれまでゲームをしてきたからね。それは周囲に自分に見合うだけの好敵手がいなかったせいなんだけど、最後に、どうしても本当に強い生身の相手を前にして勝負したくなったっていう、そういうわけなのさ」
「……つまり、普段は影に潜んでいるべきあなたが、表に出てもいいと、あなたの<上司>が判断したということですか?」
「なかなかいいところを突いてくるねえ」
 そう言ってカイ・ハザードは、嬉しそうにクイーンを避難させた。ニアがエクスチェンジ・サクリファイス(見かけは損な交換)しようとしていることを見破り、防戦一方だった困難な状況をなんとか打開する――ニアは、自分の手の内をまたも読まれたことに対して、内心舌打ちした。
「この勝負の先は見えたね……おそらくパーペチュアル・チェックで引き分けになるだろう。時間の無駄と言えば無駄だけど、もし君が納得できないなら、最後まで指してもいいけど、どうする?」
 ニアは頭の中で、盤上の駒の計算をした――これまでの勝負で、ある程度相手の出方はわかっている。それで、確かにどちらか片方がとんでもないへまでもやらかさない限り、パーペチュアル・チェックで引き分けになることがわかったのである。
「いいでしょう……この回は引き分けということで。これまでのところ、あなたの2勝0敗1ドローっていうことで構いませんか?」
「依存ないね」と、どこか嫌味な調子で、カイ・ハザードは肩を竦めている。「僕に三回戦目で引き分けさせるなんて、君も少しずつ調子がでてきたと思っていいのかな?このチェス・ゲームはもちろん、早指し戦じゃないからね――時間は有効に使うべきだと思うよ。チェス・クロックもないから、なんだったら一手を指すのに何分かかっったっていい。何しろ、この勝負には君自身とふたりの優秀な部下の命がかかってるんだからね、よく考えて次の一手を決めることだよ」
「そうですね」と、ムッツリした顔のまま、ニアは言った。内心では、こんな屈辱は生まれて初めてだと、そう感じながら。
「ところで、さっきの話の続きだけど……」カイ・ハザードは、『オペラ座の怪人』の歌を口ずさむのをやめて、突然真顔になっている。
「君と<L>がどの程度、僕のことを知ってるのか知らないけどさ、僕が生まれ育った『ホーム』には偉大なファーター(お父さま)がいてね、生涯で一度だけ、なんでも好きな願いを叶えてくれるんだ……そこで僕は、世界チェス大会への出場権を願いでたっていう、そんな事情があったってわけ」
「そういえば、あなたは先ほど『最後にどうしても本当に強い生身の相手と勝負したかった』と言いましたね。でも、それは言葉の繋がりとしておかしくありませんか?あなたはその気になれば、来年も再来年も世界中で行われるあらゆるチェス大会に出場が可能だと思うのですが……それとも、偉大なファーターが願いごとを叶えてくれるのはただの一度きりで、後はまた裏の犯罪の世界に引っこんでろという、そういうことですか?」
 ニアは、駒を配置し終えると、センターの攻防戦を早速開始した――カイ・ハザードに聞きたいことは確かにたくさんある。また、この勝負が果たして何回戦目まで予定されているのかもわからない。だが、とにかく今は第一に勝負に集中することだと、そう自分に言い聞かせる。最低でも相手に対して一勝しないことには……先の展開が見えてこないし、何より自分の腹の虫がおさまらない。
「ああ、そっか。それじゃあ君はまだそんなに詳しく、僕たちのことを知らないっていうことか……」
 失望とも、悲しみともとれない表情をカイ・ハザードがしているのを見て、ニアは不思議な気持ちになる。それとは別に、彼の指してくる手は、相も変わらず無駄のない、おそるべき速さを示しているのだけれど。
「僕たちの<超能力>っていうのはさ、幼い頃から投与された『薬』によるものなんだ。『薬』によってある種の<能力>が開発されるかわりに――僕らはあまり長く生きられない……でも、その短い生涯を組織のために力を使って捧げたということで、ファーターは願いごとをひとつだけ叶えてくれるんだ」
「……何故、そんなことまでわたしに話すんです?」
 またも一旦、黒がセンターから後退したのを見て、(何かあるな)と思いながらニアは聞いた。
「そんなの、決まってるだろ。君はここで僕にチェスで負けて死ぬ運命にある――つまり、結局は死ぬ運命にある人間になら、いくら秘密をベラベラ喋っても差し障りは何もない、そういうことさ」
「大した自信ですね」と、ニアは相手の挑発にのらぬよう、一呼吸置いてから、間違いのない一手を指した。スラヴ・ディフェンス――このディフェンスでは、黒は一旦白にセンターを譲って、徐々に圧力を加えていく手法をとる……ニアは、勝負を開始してから、この時初めて溜息を着きたくなった。何故なら、相手の打つ手があまりに陰湿で、落とし穴や嵌め手が多すぎるからだ。
(まるで、蛇のような毒牙を持った男ですね……)
 最初、チェスには結構性格がでる、などと言ったのはカイ・ハザード本人だったが、(まったくそのとおりだ)と、ニアはこの時思っていた。そして同時に、彼の指す不思議な一手に魅了されている自分がいるのも本当のことだった。この勝負にもし、自分の命とリドナーやジェバンニの命が懸かってないとすれば、ニアは彼に対しておそらく降参していただろう……だが、カイ・ハザードが自分の優位に得意になっている間に知りたいことをすべて喋るよう誘導し、さらにはこのチェスという勝負にも勝つ――それがニアの描く理想のシナリオだった。
(さて、そのためにわたしに今できることは……)
 黒の固いポジションを崩すために、思案を巡らせながらニアは相手の陣地へ攻めこみ、ポーン(歩兵)をクイーン(女王)に変えた。




【2008/04/14 05:59 】
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探偵N・ヴェネチア編(前編)~ユーロスター連続殺人事件~(7)
   探偵N・ヴェネチア編(前編)~ユーロスター連続殺人事件~(7)

          side:N

「え?ええ??でもどうして、7号車の15番、24番、33番、42番、51番の座席に座る人間だってわかるんです?もし何かトリックがあるなら、先にそれを教えてもらえないでしょうか?」
「すみませんがジェバンニ、時間がないんです。説明はまたのちほど……」
 くるくると銀色の髪を巻きとっているニアは、どこか不気味に嬉しそうな顔をしている。
「そうよ。第一、これまでニアの推理が外れたことなんて、一度もなかったでしょ」
 リドナーはジェバンニの背中を押すようにしてコンパーメントを出ると、7号車の、ニアが言った座席にいる乗客を探した。15番、アナスタシア・フィオレンティーノ(22歳)、24番、ミネルヴァ・ムーティ(37歳)、33番、パトリッツィア・ペルゴリーニ(45歳)、42番、マウリッツィオ・レッジャーニ(28歳)、そして51番の座席に座る、マウロ・デルフィーノ(55歳)という乗客である。アナスタシアとミネルヴァ、パトリッツィアの女性三人は、リドナーがユーロ警察の身分証を見せるなり、怯えたような、ほっと安堵するような相反する態度をそれぞれ示していた。リドナーはそのことを若干不思議に思いはしたが、なんにせよ自分の今の任務は彼女たちに職務質問等をし、所持品の中身を確かめさせてもらうことだった。果たして、彼女たちが催眠術にかかっていて、ある時間になるとタイマーが鳴るように毒物をふくむのかどうか、またその行為を邪魔した場合どうなるのか、一抹の不安を覚えつつ……。
 そしてジェバンニが42番の座席に座るマウリツィオ・レッジャーニを捕えると、彼は「今、死のうと思っていました」と、震え声で言った。「でも、あなたがわたしに質問したことで――生きることが運命なのだと気づいたんです」……ありがとう、ありがとう、と何度も礼を言われ、ジェバンニはやや面食らった。様子から察するに、精神病の病歴がありそうな雰囲気の男性で、情緒不安定なのが見てとれる。とりあえず、今すぐに死ぬ気がなくなったというのなら、少しの間目を離しても大丈夫だろう――そう判断したジェバンニは、彼のこともまたリドナーに任せることにした。自分は51番の座席にいるはずの、マウロ・デルフィーノという男を探す。
「そういや、トイレへ行くって言ってたが……もう十分ばかりも戻ってこねえな」
 コリエーレ・デラ・セラ紙(イタリアの新聞)を読んでいた52番の乗客がそう言った。そこでまずジェバンニは男子トイレを探したのだが――ノックをしても返事がないため、強制的に鍵を外して開けた――なんとこの男は、天井からロープを吊るして死のうとしているところだったのである!
「や、やめてくれ!助けようとしないでくれ!お願いだ、死なせてくれ……じゃないと金が家族の元に届かねえ!」
 白髭をたくわえた、中肉中背の男をなんとかジェバンニが助けようとしていると、デッキを通りかかった乗務員や乗客が彼に加勢した。やがて騒ぎを聞きつけて人が集まって来、「死ぬなんて馬鹿なことを考えるんじゃないよ!」だの「もう観念しろ!」だの「生きて
ればいいことだってあるさ!」だのという野次のような励ましの言葉が飛びかう。結局男はほとんど力づくといったような形で、天井のロープから引きずり下ろされた……デッキでは拍手がわき起こり、ジェバンニや他の彼を助けようとした男たちは尻餅をつきながら、苦笑いしつつ互いの肩を叩きあっている。そしてマウロ・デルフィーノといえば――薄汚れた色のジャンパーに顔をうずめて、泣くばかりだったのである。

『俺には借金が1億リラもあって……もう首でも括って死ぬしかねえと思った時に、インターネットのサイトで偶然、<死者求ム>っていう広告を目にしたんだ。向こうの指定した時間に指定したとおりのやり方で死んでくれるなら、一億リラ支払うって。最初は半信半疑だったけど、何しろ家族に迷惑をかけるわけにもいえねえ……俺が死ぬことで借金がチャラになって家族に迷惑かけずに済むならってそう思ったんだ。ところが、送られてきた肝心の薬のほうを、飲む直前にトイレの中に落としちまった……だが、とにかく俺には死ぬしか道はねえ。だから、だから……』

「実につまらないトリックでしたね」
 リドナーとジェバンニが事情聴取をしたICレコーダーを聞いてニアは、面白くなさそうにそう言った。さっきまでの不気味な顔の輝きはどこへやら、彼はふてくされたような不機嫌顔になっている。
「でも、何故次は7号車の15番、24番、33番、42番、51番に座る人間だってわかったんですか?他の人はみんな、インターネットのサイトでそれぞれ自殺者を集うような裏サイトを通じ、薬を送ってもらったそうですが……そのサイトは現在どこも閉じられていて追跡が不能になっています。ですが、調べようによってはあるいは……」
「まあ、もしかしたら<小物>は捕まるかもしれませんね。『殺し屋ギルド』の下っ端とも呼べないような雑魚が網にかかって終わりといったところでしょう……トリックの種明かしですが、実に簡単なことです。このユーロスターには1号車と2号車と4号車に13番という座席がありません。そして3号車の55番に座る女性が最初に亡くなり、次が6号車の16番と43番に座る男性……ここまで言ってもまだわかりませんか?」
「……わかりません」と、ジェバンニはしゅんとしたように答えている。これでも彼はFBIでかつては若手のホープとして期待された人物だったのだけれど。
「5+5+3=13、1+6+6=13、4+3+6=13……つまり、そういうことです」
「あ、なーるほど」ジェバンニはその時になってようやく、合点がいったようにぽん、と手の平を叩いている。「でも、それでいくとおかしくないですか?その計算方法だと3号車でもうひとり、46番に座る人間、また6号車では他に25番と34番、52番、61番の座席に座る人間が死ななければならない……これは一体どういうことなんでしょうか?」
「つまり、薬を送ってもらって死亡時刻まで指定されたものの――いざとなったら怖くなったということなんでしょうね。特に通路で苦しみ悶える人間を見てしまったら、突然死ぬのが恐ろしくなってもおかしくはない……そういうことだったんじゃないですか?その座席に座っていた人間のことはよく調べるよう、ヴェネチア警察の人間に言っておいてください」
 二アは自分の部下の無能ぶりに少し呆れたようだったが、とりあえずそれ以上のことは何も言わなかった。自分が表に出て直接行動を起こすことができない以上、彼のように優秀な手足となる人物はどうしても必要だった。そういう意味でジェバンニのことを評価していたせいかもしれない。
「ところで、遺体のほうはどうにか保管しましたし、今回の件に絡んでいる人間は全員、ヴェネチア警察に身柄を委ねるにしても……列車がヴェネチアに到着するまであと約30分あります。これ以上は何も事件は起こらないと見ていいものでしょうか?」
「いえ、もしわたしがカイ・ハザードなら――まさに今この瞬間こそを狙います」と、ニアがどこか不安げな顔のリドナーに答える。「事件が解決したように思え、ほっと安堵したこの時をこそ狙うでしょうね。ジェバンニもリドナーもくれぐれも用心してください。この列車の中にカイ・ハザードがいる可能性は限りなくゼロに近いですが、彼に列車内の情報を知らせている人間が必ずひとりはいます。それはもう、限りなく100%に近い数字といっていいでしょうね」
「ということは、じゃあ……」
 ジェバンニがそう言いかけた時、列車のどこかで火災警報装置が鳴り響いた。ジリリリリリリリリン……!!とどこか身内を震わすような音が何度も繰り返されるうち、乗客は全員、パニック状態に陥っていた。「キャー!!」とか「ワー!!」という叫び声とともに、乗務員が一生懸命乗客を落ち着かせようと、声を張り上げ誘導しているのがわかる。
「お客さま、どうか落ち着いてください!そして後部車輌のほうへゆっくり移動してください……そこがこの列車の中でもっとも安全な場所ですから……!!」
 やがて車掌によるアナウンスが流れ、ユーロスターは一時停止するということになった。
「停まりましたね」と、ニアは落ち着き払ったように言い、車窓の外の闇と遠くに見えるヴェネチアの街の明かりを見つめた。すると、ドアが開き、車掌が帽子をとって挨拶する姿が窓に映る。
「あなたがたはここから、動かないでいただきたい」
 髭の剃り後が青く残る、見るからにいかつい感じのする車掌が、後ろに銃を持った乗務員をふたり、従えていた。
「やはり、あなただったんですね。先ほどヴェネチア警察へ問い合わせたところ、こちらからはなんの連絡も受けていないという返答がありました。そして、わたしがそのことを知って彼らをヴェネチア駅で手配することも計算のうちに入っているはずです。ですが、わたしもそんなに馬鹿じゃありませんので、この列車がこのあたりで停まるだろうことを予測して、警察に張りこませました。彼らは今、こちらへ向かっているはずです……わたしたちを殺したところであなたも捕まるのでは、割に合わないのではありませんか?」
「娘が……誘拐されている。わたしに選択の余地はない。ただ、わたしは娘をさらった連中の言うなりになるだけだ……他に方法はない以上、今はそれしか……」
 ニアは、車掌の苦渋の面持ちと、後ろに従っている乗務員の顔色から、彼らは<白>なのだと見てとった。車掌や運転士、乗務員の全員についてはすべて、身元を洗ってある……つまり、脅されてやむなくといったことなのだろう。
 ジェバンニとリドナーもまた、相手が素人と見てとって、なんとか出来ないものかと間合いを計るが、ほんの少し体を動かしただけで、「動くな!」と銃口を突きつけられる。
「動くんじゃない……何もしなければ殺しはしない」
 そう言って車掌はガスマスクを被った。後ろの乗務員ふたりもまた、同じタイプのガスマスクを被って銃を突きつけたままでいる。誰も微動だに出来ないその姿勢まま、五分が経過しただろうか……ニアは警官隊がやってきて列車をとり囲むのを期待して待ったが、ここはまさに時間との勝負だった。ヴェネチア警察がここへ来るのが早いか、それともカイ・ハザードの部下が動くのが早いのか……。
 だが結局、その勝敗を二アがこの時、列車の中で知ることはなかった。何故なら、3号車の中には催眠ガスが立ちこめてきており、リドナーもジェバンニもすぐ、眠気をこらえきれなくなってその場に倒れたからだ。
(くそっ!!催眠術ではなく、催眠ガスとは……!!)
 二アがドサリ、と座席にくず折れた時、車掌と乗務員ふたりの後ろから、ガスマスクを被った数人のビジネスマン風の男たちがあらわれた。
『おい、このガキとふたりの手下を運べ』
 そうくぐもった声がするのを、ニアは聞いたような気がしたが、それはすでに意識が遠くなり、体の自由が利かなくなってからのことだった。



『探偵N・ヴェネチア編(前編)~ユーロスター連続殺人事件~』終わり、『探偵N・ヴェネチア編(後編)~殺人チェス~』に続く





【2008/04/12 16:53 】
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探偵N・ヴェネチア編(前編)~ユーロスター連続殺人事件~(6)
   探偵N・ヴェネチア編(前編)~ユーロスター連続殺人事件~(6)

          Side:M

「どう?すぐに直りそう?」
 メロはコンシェルジュ(管理人)のギエム老人から水道の蛇口を直すのに必要な道具を借りると、ラスティスの部屋へ通してもらっていた。
「そうだな。中のゴムパッキンを交換すれば水漏れは止まるだろうが――生憎そのゴムパッキンが今手許にないんだ。明日、水まわり専門店にいって買ってくるけど、それまで水漏れは我慢してもらうしかないな。まあ、急ぐんだったら今すぐ買いにいってもいいが……」
「いえ、べつに明日でいいわ。それより、お礼に何をしたらいいかしら?夕食でも食べていく?大したものは何もないけど」
 メロが浴室のシャワーや蛇口の修理をしている間――ラスティスはずっとキッチンで料理をしていた。チェックの安っぽい柄のテーブルクロスの上に、バゲットやクロワッサンなどのパンが並び、他にはアントルコート(肋骨の間の肉)のステーキ、ポム・フリット(フライド・ポテト)、タルトにサラダ、そしてワイン……といったメニューだった。
 チョコレートがないのは残念だけれど、そのかわり、とても美味しそうな肉がある。メロは一瞬ギラリとした視線でステーキを眺めたあと、「是非ごちそうになります」と答えていた。
 メロにとって何よりも不思議だったのは、ラクロス・ラスティスがイラクで五百万ドルもの金を稼いでいながら――任務終了後に、こんなちっぽけなアパートでひとり暮らしをしているということだった。まあ、稼いだ金のほとんどが組織の懐に入るにしても、もう少しましな住居に住んでいてよさそうなものだと思う。そこで、気のいい紳士的若者の振りを装いながら、メロは食事中、彼女にさり気なく探りを入れていった……自分は配管工その他のバイトをしながら独学で絵を学んでいるということにしておく。
「日曜日にはテアトル広場で絵を描いたり売ったりして小銭を稼いでるんだ。俺の住んでるB棟にはどうやら、そんなような芸術家崩れが多いらしいって、コンシェルジュのギエム老人が言っていたが……パリほど芸術家に優しい街はないからね」
「そうかしら?わたしはパリほど芸術家に残酷な街はないと思うけど……それはそれとして、あなたフランス語だけじゃなくドイツ語までうまいんだから、語学講師にでもなったらいいんじゃない?」
「生憎、人にものを教えるのは苦手でね」
 メロはそう軽くかわして、ラスティスの注いだワインを一口飲んだ。1989年産のブルゴーニュワイン。ラベルの名前を見るに、普通に買えば結構な値段のする代物だった。
 フランスでは、世間話をする時でも相手の職業を聞いたりすることはあまりないらしい。つまり、持っている金や職業が当人の人格を表すわけではないという文化的意識に基づくもので、むしろそうした話をすることは失礼にさえ当たるということだった……そのせいかどうか、メロはラスティスとこの夜、そう大した話は出来ずに終わった。ルーヴル美術館の絵の中ではフェルメールの『レースを編む女』が特に好きだとか、『モナ・リザ』は確かに名画なのだろうが何故か好きにはなれない……といったような、なんとも他愛のない会話だ。
 だがその中で、ただひとつだけ――確かにラスティスが<真実>を言ったと思った瞬間がメロにはあった。彼が恋人はいるのかと聞いた瞬間、ラスティスは確かにはっきりと目の色を変えた。そして、長い間を置いたあとで「いるわ」と答えたのだった。
「今、彼は仕事でヴェネチアにいるの。その仕事が無事終わりさえすれば――もう一度会える。お互いのホーム・スイートホームでね」
「へえ……」
 普通に考えたとすれば、メロの役どころは<アテが外れた男>というものだったろう。そこでメロは少しがっかりしたという風に演技をして、席を外すことにした。ほんの僅かではあるけれど、確かに収穫はあった。メロは色恋沙汰というものにまったく興味はなかったが、それでもこの時ひとつのことをはっきり確信したのだ――カイ・ハザードという男はおそらく、ラスティスの恋人なのだろうと。





【2008/04/11 14:25 】
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