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L家の人々、第七話
 第Ⅶ章 竜崎家の家族会議

「それで、その賭けっていうのは一体なんなんですか?」
 Lは対策と方針が決定すると、行動に移すのが極めて敏速な人間だった。第一、この擬似家庭が――自分のことは抜きにしても――正常に機能していないのなら、これ以上続ける意味はないだろうと判断したのだ。
「ババアの奴、晩飯作るのも忘れてまだ寝てんのか?仕様がねえな。あいつ一度倒れると昏々と眠り続けるからな」
 メロは冷蔵庫からチョコレートを一枚とりだすと、まるで夕食のかわりにするように食べはじめた。自分にも少し分けてくれと言うようにLが手をさしだすけれど、メロは彼の手をぱちりと叩いて要求を拒否した。
「大体、もとはといえばLが悪いんだぜ?こんな狭い家にあの女と俺とニアのことを放りこんだりするから……結局暇になっていつものように競争することになったんだよ。『Lを継ぐ者がラケルのことも手に入れる』、それが今俺がニアとしてる賭けの内容だ。もちろん冗談半分で、だけどな。あのババアもそこそこ顔立ちは整ってるから、そのうち本当に母親ってやつになるだろうし、何も問題はねえよ」
「それで……ようするに昼間彼女が寝ている間にキスしたのも、冗談半分だったと……」
 Lが怒っているのか、それともそんなことは些細なことと思っているのかどうか、メロには計りかねた。とりあえず顔の表情からは何も読みとれなかったし、話がどの方向をさして進もうとしているのかが彼には皆目見当がつかなかった。ただ、昼間メロが義理の母にキスしたということに関しては、二アも面白くないものがあるらしく、二方向から挟まれたように、居心地の悪い思いを味わうことになった。
「べつに、そのことをラケルに言いつけようとは僕は思いませんけどね」と、ニアはパズルを組み立てながら言った。「自分が先に手をつけたからLの座が仮に僕のものになったとしてもラケルはメロのものというのでは困ると言っているだけです。一応誤解のないように言っておくと、べつに僕も彼女のことをどうこうしたいなんて考えているわけじゃありません。ただ余りにも暇なので、からかいやすい彼女を間に挟んでメロと遊んでいるという、それだけです」
(一応、それぞれ言い分は通っているが)とLは思った。(だがどちらかというとわたしの耳には、単なる照れ隠しに言い分けをしているというように聞こえる……ここはひとつ、彼女が起きてくる前に洗いざらい吐かせてやるか)
「じゃあもし仮に……ミス=ラベットの意志を100%無視して話を進めたとして、どちらか片方がLの座を継いだ場合――わたしの命令で、もうひとりにはラケルを与えると言ったとしたら、どうしますか?」
(そんな架空の話は無意味だ)とメロもニアも思ったらしく、互いに顔を見合わせている。
「Lの座とラケルっていうのは絶対にセットだ。そうじゃないと意味がない。俺とニアの間でもそう意見が一致してる。第一、あのババアの意志を無視して一生ずっと俺の飯だけ作って生きろって言うわけにもいかない。だから話は最初に戻るんだよ」
「そういうことです。僕たちにとってLの座というのは絶対で、ラケルというのはそれに付随するオプションみたいなものです。ようするにオマケなんです」
「そうだよ。ガキの間でなんかのゲームが流行るみたいに、今俺とニアの間ではラケルが流行ってるっていう、ただそれだけの話……」
 それでも、ラケルの寝室のドアが開いて、彼女が居間に姿を見せた時には、メロは一瞬ぎくりとした。彼ら三人が話をしているのは食堂でのことだったので、おそらく今の会話を彼女に聞かれてはいないだろう――そう思いはしても、これ以上まずい方向に話が流れないようにと、メロは口を閉ざすことにした。
「すみません、わたし……自分でも知らない間に眠りこけてしまったみたいで……晩ごはんの仕度がすっかり遅くなってしまいました。もしかしてL、こういう時にかぎって待ってたりしました?」
「いえ、大丈夫です。それよりミス=ラベット、晩ごはんは店屋物でも構いませんので、少々お時間を割いていただけますか?竜崎家の、最初で最後の家族会議のために……」
 Lはジーパンのポケットの中からマスクを一枚とりだすと、それに赤いマジックで×印を書き、ラケルに手渡しながらそう言った。
「家族会議、ですか?それにマスク……これは一体どうすれば?」
「まあとりあえず、いつものお母さん席に座って、そのマスクをして我々他の家族の話を聞いていてください。そのマスクは途中であなたが口をだしたくなるのを防止するためのものです。また、この話しあいが終われば、竜崎家はそのまま解散となりますので、どうかそのおつもりで聞いていてください」
(ようするに、日本で追っていた大きな事件が解決して、拠点を海外に移すっていうことなのかしら?)
 ラケルはそのことについて、ふたりの義理の息子たちがどう思っているのかを窺うために、目の前に座るメロとニアのことを交互に見たけれど、彼らは何故か視線を逸らすばかりだった。
「ふたりとも、これは次のLの座を継ぐのに、多少なりとも関係した質問になると思って、冗談半分にではなく真面目に答えてください。まずひとつ目、ラケル母さんの母親としての長所と短所を挙げてください。まずはメロからお願いします」
「……そうだな。長所はいつ俺が帰ってきても、何か飯作って食わしてくれること。短所のほうは俺をちゃんづけで呼ぶことだが、何回注意してもやめないから、もう諦めることにした」
「じゃあ、次はニアが答えてください」
(なんなのこれ?)と正直ラケルは内心困惑した。こんなものは家族会議などではまったくなく、ただ表立って吊るし上げられているような、そんなものではないか。
「そうですね……僕にとってラケルの長所は何よりその存在が邪魔にならないことです。空気のように大切だとでも言っておきましょうか。短所は僕が風呂に入っている時に「着替え置いておくわね」とか、「背中流してあげようか」って言ってくることです。はっきり言ってウザいです」
 Lが笑いをこらえるような顔の表情をしたので、ラケルは正直もう勘弁してほしいと思った。彼は一体これ以上自分の何を聞こうというのか、ラケルはだんだんに体の温度が上がっていくのを感じていた。
「まあ、メロとニアがラケル母さんのことを好いているらしいことは大体わかりました。でも結局のところミス=ラベットは赤の他人ですし……何年かして結婚しようと思えばできないこともない。つまり、本当に彼女と家族になりたいと思ったら他に方法はないわけですが、どうしますか?」
「俺は……これから十年くらいして、もしババアがその時もひとりもので生活苦に喘いでたら、結婚してやってもいいかなと思うよ。でもまあ、ひとりかふたりくらいちょうどいいのが現れて、そいつと結婚するんだろうな。正直そんな奴はブッ殺してやりたいが、まあ結局はババアの人生だ。ババアが自分で決めるしかない」
「僕は、ラケルが誰かと結婚してもしなくてもどっちでもいいです。でももし生活苦に喘いでメロと結婚するんなら、僕が引きとって生活の援助くらいはしてもいいです」
「だ、そうですよ?」
 Lがマスクをとってもいいという合図を手で示したので、ラケルは赤いばってんが大きく書かれたマスクを外した。恥かしさのあまり突っ伏すと、自然と涙がこぼれてきた。さっきLはこの家族会議が終わったら竜崎家は解散だと言った……ワイミーズハウスに戻ったら、自分はもう彼らの母親ではなく、ただの教員と生徒ということになる。ワイミーズハウスでは子供の世話をしたり授業を受け持ったりする教師は、特定の生徒とだけ親密にすることを禁じられている……だから、頭のいい彼らはそのことをよく承知した上で、自分とは必要最低限接触するのを断とうとしてくるだろう。ラケルは今のメロとニアの言葉を聞いて嬉しくもあったけれど、そのことを思うと逆に悲しくもあった。
「ババア、何泣いてんだよ。まさかこれで家族離散とか思ってんじゃねえだろうな。それだったら気にすることないぜ。たぶんLがなんとかしてくれる」
 メロの言葉を受けると、ラケルは顔を上げて縋るような眼差しでLのことを見つめた。彼はいつもの座り方でぼりぼりと膝の上をかくばかりで、彼女と目を合わせようとはしなかったけれど。
「まあ、なんにしても今は腹ごしらえが先ですね。ちょっと歩くことになりますが、寿司でも食べにいきますか?」
「寿司か。Lも気前がいいな。俺は日本食の中では一番それが好きだ。でもニアは生もの駄目なんだよな?」
「いいですよ、べつに……ここから歩いていける寿司屋といったらどうせ回転寿司でしょう。僕にも食べられるものはおそらく何かあると思います。それより歩くことのほうがわたしには面倒です」
「歩くったって、たったの七分くらいじゃん。もう何日かしたら日本にはいないんだから、最後に本場の回転寿司とやらを記念に食いにいこうぜ」
 ジーパンの両のポケットに手をつっこみ、Lが椅子を下りて歩いていくと、メロもニアもそれに続くようについていった。ラケルも戸棚から財布をだして慌てて家をでる。
(ひい、ふう、みい……四人分、足りるわよね。今日は樋口一葉さんも一枚あることだし……)
 Lのいつもどおりのジーパンと長Tシャツ姿を見ていると、ポケットにお金が入っているとは考えにくかった。ラケルはLがこんなに無防備に外出していいものなのか多少戸惑ったけれど、メロとニアが喧嘩するでもなくとりあえず普通に会話できているのを見て、まあいいかと三人のあとについていった。なんだか本当の家族みたいだな、と思いもした。

「ラケルさん、その金皿とってください」
 四人で店の真ん中あたりにある席につくと、Lが大きな中トロののった皿を指さした。カウンター席ではなくテーブル席なので、自然と内側の座席に座ったラケルとニアがLとメロの所望の品をとることになる。
「しかし、日本人ってのはすげえな。よくこんなもん開発したよ。ニア、次にトロまわってきたらとってくれ。生ものが駄目なおまえの分まで俺が食ってやるよ」
「……………」
 ニアは寿司ののった皿よりも回転する台のほうに興味深々といった様子で、じっとそちらのほうばかりを観察していた。それでも一応メロの好きな寿司ネタが回ってきた時には無言でとってやり、自分の食べられそうなもの――おもに玉子やフルーツ、お菓子類など――を時々食べたりもした。
 ラケルをのぞいた三人は食べることと回転する台に夢中で、特に会話らしいものはしなかったが、時々横を通りすぎる客が奇異の目でこちらを見るのがラケルはおかしくて仕方なかった。まあ無理もない。外人が座って寿司を食べているというだけでも物珍しいのだろうし、うちひとりは寿司を食べるのにあるまじき変な座り方、ひとりはパジャマ姿、もうひとりは黒いレザーの服を着ていて不良っぽかったりしたわけだから……。
 寿司屋に入って三十分もすると、ニアがLとメロ、ラケルの食べた寿司の皿を色別に並べはじめ、それは次第にタワーのようにみるみる積み上がっていった。
「ラケルさん、もう食べないんですか?」
 ラケルは十皿くらい食べたところでもうお腹がいっぱいだったけれど、Lとメロの食べる量はとにかく半端ではなかった。最後にはニアはテーブルの上に立ち上がりながら皿を積み上げていたのだけれど、客の何人かは聞こえよがしに「子供の躾がなってない」と言ったりした。「パジャマ姿のまま連れてくるだなんて、常識がない」とも……。
「やれやれ。日本人ってのは本当にみみっちい民族だな。一生コセイとやらを勉強してればいいんだ、このバーカ」
 メロはLとラケルのことをさして「若いお父さんとお母さんだから仕方ないのね」と言われた時に、大声でそう言った。そして今にも倒れそうなくらい積み上がった皿を数えに店員がやってきた時――Lもまた信じられないことを言いだした。
「もしこの皿が天井に届くまで寿司を食べたら、料金は全部ただということでどうでしょうか?それだったらまだ食べようと思うのですが……」
「えーっ!まだ食べるのかよ、L。信じられねえな」
 その若い男性の店員は(そんな厚かましい要求、信じられないのはこっちのほうだ)という顔をありありとしていたけれど、一応社会常識というものをきちんと認識しているのだろう、非常識な客に対して、引きつりつつもなんとかスマイルしていた。
「いえ、あの……そろそろ危険ですので、他のお客さまのこともお考えいただいてですね……」
「ようするにとっとと金払って出てけってことだよなあ。L、潔く諦めろよ。ババアも金、どうせあんまり持ってきてねえんだろ」
 図星をさされてラケルは、一瞬びくっと体を震わせた。財布の中のお金は一葉さんが一枚に野口英世が三枚……もし足りなかったら、近くのコンビにまで走っていってお金を下ろすしかない。
 ネームに松田と書かれたその店員は、そんなラケルの様子を見て一瞬無銭飲食を疑ったようだったけれど、幸いお金のほうは最後にLがカードで支払ってくれたので助かった。
「領収証はワイミーズハウスでお願いします」
 何故Lがそんなことを言ったのかラケルにはわからなかったが、とにかくこれ以上余計な恥をかかなくてよかったと思った――べつにラケルは自分の息子のパジャマ姿や子供じみたふるまいを恥かしいとは全然思わなかったけれど、それでも最後に支払うべきものを支払えないとなると、「ほら見たことか」という視線にさらされるのではないかと、そのことが少しだけ怖かったのだ。

 家に戻ってくると、メロはニアと二階の自分たちの部屋へすぐに上がっていった。それはLがラケルにだけ話があると言ったためで、ラケルは食後のコーヒーを入れると、居間のソファに彼と向かいあって座った。
「さっきの話、どう思いました?」
 流石に食べすぎたのだろう、Lはげっぷをひとつしながらラケルにそう聞いた。
「さっきのって……お寿司屋さんでまわりのお客さんが言っていたことですか?」
「いえ、そうではなくて、食事にいく前にメロとニアがあなたについて話していたことです。あの子たちはその前に、『Lの地位とラケルはセット』だと言った……つまり、わたしの後を継いだ者があなたをも手に入れるということです。それが母親としてということなのか、恋人としてということなのかはわたしにもわからない。ようするに、アレですね……RPGゲームでラスボスを倒すための必須のキィアイテムとしてあなたのことを位置づけているんでしょう。率直に聞きますが、ラケルさんは彼らのことをどう思っています?」
「どうって……」TVゲームをあまりしたことのないラケルには、Lの言っている言葉の意味があまりよくわからなかった。「ふたりとも、とてもいい子たちです。わたしの自慢の息子だと思ってます」
「まあ、そうでしょうね……そう答えると思いました。じゃあ少し話を変えましょうか。先ほどわたしはメロとニアにあなたのことをどう思っているのかと聞きました……そこで次に、わたしがあなたのことをどう思っているのかをお話しましょう」
 ラケルは話の妙な流れ具合に、漠然と不安が募るのを感じた。彼が自分に対して恋愛感情のようなものを一切持っていないことはわかっている。それでも、彼はメロとニアと同じく鋭い真実のみを口にのせるタイプの人間だとわかっていた。それで、あまりにも本当のことをズバリと指摘されて心が傷つかないように、ラケルは無意識のうちにも防備していた。
「『あまりにもいい人間すぎてうさんくさい』……それがわたしがあなたに対して感じた第一印象です。ロジャーがわたしにラケルさんの経歴等の書かれた簡単な報告書をくれたのですが、その経歴を見るかぎりでも、わたしはあなたのことを軽い偽善者的傾向にある人間と判断しました。もちろんこれは最初になんとなくそう思ったという程度のことですけどね。もし仮にあなたがわたしの想像したとおりの人間だとすれば、メロやニアの相手は到底務まらないだろうと思いました。根を上げてすぐにイギリスへ帰るだろうと……でも結果は違いましたね。そこで聞きたいのですが、あなたは何故こんな擬似的母親なんていう損な役どころを引き受けようと思ったんですか?」
「わたしの経歴をごらんになったのなら、ご存じと思いますが……」と、ラケルは真実の手から逃れようとする者のように、Lから視線を逸らした。べつに何か心にやましいところがあるわけでもないのに、彼にじっと見つめられていると何か耐え難いものがあった。「わたしは三歳の時に進藤という日本人の家庭に引きとられました。義父は日本の大使館に勤める、とても真面目な人物で、義母は……いわゆる内助の功といったものを大切にする、理想的な女性でした。わたしのことを引きとったのも、崇高なキリスト教精神のようなものからだったのだと思います……表面的には極めて理想的で裕福な家庭で育ちながら、わたしは決して幸福ではありませんでした。むしろ彼らの『理想の娘』を演じようとするあまり疲れきり、どこか二重人格的にいびつにさえなっていったと思います。そうですね……義母はわたしに『絢』という日本人の名前を与えてくれたのですが、進藤絢とラケル・ラベットという人間のふたりがわたしの内側には存在していたんだと思います。常に優等生でいい子でいようとする絢と、本当の自分はそんなんじゃないと暴れだしたいような衝動を抱えているラケル……L、あなたがわたしのことを『いい人間すぎてうさんくさい』と感じたのはある意味とても当たっています。それはわたしが幼い頃から進藤家で植えつけられたものです」
「なるほど。それで大体わかりましたよ。あなたはせっかく日本にいるのに、義理の御両親にはまだ一度も会いにいってませんよね?いこうと思えば、電車で一時間とかからないにも関わらず……そうした心の矛盾を抱えて育ったということは、当然ワイミーズハウスにいる子供たちの気持ちも自然とわかったでしょうね。偽善者などと失礼なことを言って申し訳なかったと思います。でも、あまりにも経歴が綺麗すぎて、表面的にそう思ったというだけのことですから」
 Lは小さな陶器の壺から角砂糖をいくつかとりだすと、コーヒーの中へぽちゃぽちゃと入れた。もうぬるくなっていると思われるが、彼は頓着せずに飲みほしている。
「べつに、なんとも思ってません。だから、わたしは……日本の家を離れ、イギリスの大学に単身留学していた時、生まれて初めて自分のことをとても自由だと感じたんです。わたしの本当の両親はウィンチェスターで雑貨店を営んでいたらしいのですが、そこで強盗の被害にあって亡くなったということを図書館の新聞の記事で知りました。その後ワイミーズハウスのほうにわたしが預けられたということも……」
「そのことは、わたしのほうでも調べました……」と、しばらく間をおいた後でLは言った。「両親とはべつの寝室で眠っていたあなただけが助かったんですよね?犯人はすぐに捕まりましたが、図書館で新聞の記事をあなたが調べている頃には――犯人は無事刑期を終えて釈放されていたでしょう。虚しいとは、感じませんでしたか?」
「よくわかりません。冷たい言い方をするようですが、自分の本当の親のことは全然記憶にないので、実感がわきませんでした。でも、初めてワイミーズハウスを訪れた時に、何故かわからないけれど、ここが自分の本当の故郷だと、そんなふうに感じたんです」
 Lは指先――正確には長くのびた爪の先――で、コツコツと白磁のコーヒーカップを叩いた。たくさん砂糖を入れすぎたせいで、底のほうに白い塊がどろりと残っている。
「話は元に戻りますが、ラケルさんは本当にうちの子たちのものになってくれるんでしょうか?Lの地位同様、まさかあなたのことを真っ二つに引き裂いて、メロとニアに与えるというわけにもいかない――あなたは、彼らがこの先本気であなたのことを奪いあうようになったらどうするつもりですか?正直、彼らがあんなにもあなたに心を開いたということは、わたしにとって賞賛に値することですが、こうなってみると余計に話がややこしくなっただけというように感じます。メロやニアがもう少し大きくなったら自分のことは昔お世話になったおばさんくらいにしか思わないだろう――なんていうのは、なしですよ?わたしはあなたよりも彼らとつきあいが長いので、よくわかっています。メロとニアは一度標的にしたものを絶対逃したりはしないんです」
「……………」
 ラケルは暫くの間、黙ったままでいた。なんて答えたらいいのかわからなかった。ラケルの中の人生の予定表によれば――自分は一生結婚などせず、ワイミーズハウスでの教員としての人生をまっとうし、裏の墓地にでも葬られる予定だった。彼らの言っていたとおり、十年後には生活苦に喘いでいる可能性もなくはないが、かといって「あの時そう言ったじゃない」なんて言うつもりはラケルには当然なかった……。
「あの、わたし……一生誰とも結婚しませんし、そのかわりメロちゃんとニアちゃんのいい母親のままでいたいと思います。あの子たちがこれから先施設をでても、いつでも戻ってこれるように……それじゃいけないんでしょうか?」
「いけなくはありませんが、あなたが結婚しないという根拠がわかりません。まあ、そうなったらそうなったで、彼らも諦めるだろう……ということなら、最初からそう言っておいたほうがいいですよ。当面は結婚するつもりはないけれど、いい人が現れたらするかもしれないと言ったほうがずっと正直です。嘘の約束をするよりはね」
「100%絶対とは言い切れなくても」と、ラケルは語気を強めて言った。「結婚しないということに関しては、かなりのところ自信があります。わたしは……たぶん、あなたが女性一般に興味がないように、93%くらい男の人に興味がありません。わたしもLにお聞きしますが、そうなるとあなたが結婚する可能性は大体何%くらいになりますか?」
「99.9%ありえないといっていいでしょう」と、Lはカップをソーサーに戻しながら言った。「それはわたしも自信があります。でも……今のあなたの話を聞いていて、少しその確信が揺らぎました。あなたがもし――わたしのものになってくれるなら、この問題が解決するかもしれないということを忘れていました」
「……?どういう意味ですか?」と、ラケルはありえない展開を想定して、顔の表情を曇らせた。
「わかりませんか?プロポーズしてるんです。メロとニアが言っていたように――物扱いするようで申し訳ありませんが――ラケルがもしLの地位とワンセットだというのなら、あなたはわたしのものだということです。もっともLの立場は人に譲れる性質のものですが、あなたのことをわたしは誰にも譲るつもりはありません。少しの間同じ屋根の下にいてわかったでしょうが、わたしの日常はあんなものです。厚かましいようですが、もしそれでもよければ結婚してください。色々と行動が制限されて不自由な部分もありますが、できるだけ便宜ははかります」
「……L、気は確かですか?」と、ラケルは目の前のどこか飄々とした人物に向かって、気が抜けたように言った。「愛してもいない人間と結婚してどうするんですか?それにわたし、あなたのせいでこの二十日間で四キロ痩せました。何故だかわかる?わたしだけが一方的に気を遣って、食事を作ったりその他色々――あんなふうにこれから先も扱われるのなら、死んだほうがまだましだと思います」
「だって、面白いじゃないですか」と、Lは悪びれた様子もなくそう言い切った――その目つきや顔つきは、何故かメロやニアにも共通する、ある種の<何か>だった。「わたしは本当に一秒くらい前まで、ラケルと結婚する気なんてありませんでした。でも、あなたがわたしと同じくらい異性というものに対して興味がないということに興味をそそられたんです。99.9%ありえない、残りの0.1%が埋まったんですよ?こんなに面白いことはこれから先絶対にないと思います」
「……………」
 こうした場合、もっとも妥当なのは「ちょっと考えてください」と言うことだが――それはラケルにもわかっているのだが――何故か逃げられないと彼女は感じていた。メロやニアが一度標的にしたものを決して逃がさないと彼が言ったように、L自身はそれ以上であるということが何故か感じられたからだった。
「まあ、急にこんなこと言われても困っちゃいますよね。返事は待ちますので、ゆっくり考えてから返答してください。そうですね……わたしが振られた場合は、メロやニアにもよく言って聞かせるとしましょう。Lの地位とワンセットになっているラケルにLは振られた――イコール、Lの後を継ぐ者はラケルを得られない……これなら彼らも納得するでしょう」
 もしかして、それが言いたくて……とラケルは思いもしたが、それならそれでなんだか癪に障った。なんだかとても卑怯でずるいやり方だ。直感的にそう思う。
「もし、仮にあなたがわたしに言っていることが」と、ラケルは椅子から立ち上がりかけたLに言った。「体のいい家政婦が欲しいということなら、わたしには無理だと思います。あなたは自分の存在が他者にどういう影響を与えるかを基本的にまるで考慮しないから……わたしはとても傷つくと思いますし、どうせなら愛のある結婚をしたいと思うから」
「愛がないなんて誰も言ってませんよ?」と、Lはもう一度すとん、と肱掛椅子に座っていた。「嘘くさいと思うから、口にだしては言わないだけです。第一、わたしがあなたを愛しているので結婚してくださいと仮に言ったとして、あなたは信用しないでしょう?短い間ですが、同じ屋根の下にいて、わたしたちはお互いの手札をもうほとんど見せあったといっていい間柄だと思います。わたしはラケルの第一印象を、『いい人間すぎてうさんくさい』と言いましたが、そういうのはね、一度一緒に暮らしてしまうと、すぐにボロがでるものなんです。わたしは最初のうちほとんど家にいませんでしたが、何もわたしが見張ってなくても、メロとニアがすぐに見破るだろうと思ってました。でもそうはならなかった……それがわたしの第一の敗因ですね。じゃあまあ、そういうことで」
 自分の言いたいことだけ言ってしまうと、Lはさっさと自分の部屋に閉じこもりきりになってしまった。ラケルはこてん、とソファの上へ真横に倒れ、内心(負けた……)と思った。『あなたと結婚することは99.9%以上ありえません』と即座に答えられなかったこと――それがラケルの敗因だったのかもしれない。

 ――その後、Lとラケルは結婚した……いや、結婚したなどと言っても、結婚式どころか入籍すらしていない状況ではあったのだけれど、本人の意志確認の元においては結婚したということになっていた。メロとニアは特別そのことについて不満はないらしく、メロ曰く『他の男にとられるよりは、Lのほうがまだましだし、納得できる』、ニア曰く『メロに同じ』ということらしかった。
そしてその後、メロはエラルド=コイルと名乗る探偵としてアメリカへ渡り、ニアは探偵ドヌーヴの称号を継いで、フランスはパリに本拠を置くことが決まった。ふたりはLの指揮下の元、捜査で協力しあうこともあり、裏の世界のトップシークレットとして、Lは三人いるということになっていた。
 ラケルは結婚して五年後に第一子を出産し、その子は男の子でシオンという名前をつけられた。残念ながら彼女は自分の子供が七歳になるかならないかで亡くなるが、Lの子のシオン――ワイミーズハウス内における通称はエス――は、十歳になった現在、施設内でも卓越した能力を見せており、真にLを継ぐ者としての頭角を徐々に現しつつあるようだった。
                                                                 終わり



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【2007/10/09 16:12 】
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L家の人々、第六話
 第Ⅵ話 エディプス・コンプレックス?

「お父さん、近日中にこちらへ本拠を移すんですって」
 次の日、食事の席にメロとニアが揃った時に、ラケルはどこか気の乗らない口調でそう言った。彼らは互いに顔を見合わせて、「嘘だろ?」というような表情をしている。それが何故なのかはラケルにもなんとなくわかるような気はした――最初の頃はともかくとしても、今はもうLの不在にふたりとも慣れきってしまっている。だから、今度は逆にLが一日の大半をこの家で過ごすとなると、何かと面倒なことになりそうだと想像しているのだろう。
 実をいうとそれはラケルにしても同じことで、『捜査の本拠を移す』というのが具体的にどういうことなのか、彼女は知らなかったけれど――それでも時にピリピリした空気が居間のほうにまで漂ってきたりするのだろうと予想していた。それに食事のことにせよその他のことにせよ、これからはLの意見を第一に重視しなくてはならないだろうと思うと……今の二倍くらい気疲れしてしまいそうなのは火を見るより明らかだった。
(まあ、Lが家長で実際には何もかも取り仕切っている以上、当然といえば当然のことではあるんだけど……定年退職した旦那が毎日家にいるのを鬱陶しがる主婦の気持ちがわかるような気がするのは何故?)
 Lは最初『近日中』と言っていたが、それは正確には二日後のことだった。しかも彼はたったの一日で家のセキュリティを万全なものとし、一体いつ寝ているのかわからないような生活をしはじめたのである。
 正直いってこれにはラケルも参った。彼女が朝起きる時にはすでに彼は何か仕事らしきものをしており――防音装置のついた部屋に閉じこもりきりとはいえ、起きているか寝ているかくらいは気配でわかる――その後二十日間、Lがラケルより先に就寝するのを見たことが、彼女は一度としてなかった。その上、食生活のほうも極めて不規則で、いくら彼が自分のことは気にしないでいいと何度も言ったとはいえ、自分だけが三食規則正しく好きなものを食べていることに、ラケルは徐々に罪悪感に近いものさえ覚えつつあった。
「べつに気にすることはないですよ。何故といってあれが『L』ということなんですから」と、ニアは言った。「そして彼の仕事を継ぐことが、僕たちの目標でもある」
「まあ、女にはわからないかもしれねえけどな」
 ニアだけでなくメロまでが、Lに気を遣ってか、最近は食事以外では滅多に下へおりてこないようになっていた。しかも彼はLが家にいるようになってからというもの、無断で外泊するのを控え、どんなに遅くとも夜の十二時前には帰宅するようにさえなっていたのである。
(あーあ、なんかつまんないの。Lがここにきてからというもの、ニアちゃんもキッチンでお遊びしなくなっちゃったし……まあ、なんでも協定を結んだとかで、Lの前では見苦しい兄弟喧嘩はしないなんて言ってたけど……こうなってみるとあのふたりが喧嘩してくれてた頃のほうがまだよかったというようにさえ思うわ)
 ところが――二十日間、何ごともなく平和が続いていたにも関わらず、それはなんの前触れもなく突然打ち破られた。Lが家にいるということの重圧感がだんだんにラケルの神経を参らせ、とうとう彼女は倒れてしまったのである。
 何せLは不規則な時間に部屋からでてきては冷蔵庫から甘いものを何かとって食べ――ラケルが話しかけても、「いやいいです」とか「今忙しいんで、放っておいてください」というような趣旨のことしか言わないのだ。最初から部屋には入らないようにと言われていたけれど、それでもドアが開くたびにいちいちドキッとしたり、どうせ食べないとわかっているのに「食事は……」と毎度話しかけたりするのは、彼女にとってはつらいことだった。ようするに、過度の神経疲れが祟った結果ということなのだろう。
 メロはラケルが居間で倒れているのを見た時、咄嗟に隣の通信制御室にいるLのことを呼びそうになったが、大声をだしかけたところでやめた。
(……どうせ、貧血か何かだろうしな。少し寝て、うまいものでも食えば治るだろ)
 メロはラケルのことを抱きあげると、(女ってやつは軽いな)と思った。そして彼女の寝室にラケルのことを運び、しばらくの間その寝顔をじっと見続けた――時々、板チョコレートをパキッと食べながら。
(まったく、Lの奴も何を考えているんだかな。少しはこいつの身になって考えてやれっての。もともと細いのに、これ以上こいつが痩せていったら、絶対にLのせいだぞ)
 メロはノースリーブの袖口から伸びる、ラケルの腕と自分のとを思わず見比べた。指で青く浮きでている血管をいくつかなぞってみるけれど、彼女に起きる気配は一向見られない。
(……キレイだな)
 ラケルの額にかかる髪を、メロはよけながらそう思った。そして次の瞬間には彼女の唇に自分のそれを重ねていた――もしかしたら起きるかとも思ったが、彼の設定上の義理の母親は少し身じろぎしただけだった。それでメロはほっとして、板チョコをかじり続けていたのだが、
「……メロ。今のはどういうことですか」
 寝室のドアの横に、いつの間にかパジャマ姿のニアが立っていた。内心ぎくりとしなかったといえば、もちろん嘘になる。だがメロは悪びれる様子もなく、開き直った態度のままでいた。
「べつに。ババアにチョコレート食わせてやっただけ。糖が脳のほうにでもまわれば、そのうち目を覚ますだろ……こいつ、俺たちと違ってLのことを知らなすぎるからな。放っておけばいいのに、毎日色々気を遣って疲れたんだろ。居間でぶっ倒れてたから、こっちまで運んでやったんだ。まあ、今のは運送料ってとこだな。こいつこう見えて、意外に結構重いし」
「僕が聞いてるのは……そういうことではありません」ニアは急に厳しい顔つきになると、義理の兄に挑むような目つきをした。「ラケルさんはメロが面白半分にどうにかしていいような人間じゃないって言ってるんです。もし今のようなことをもう一度したとしたら……」
「したらどうするんだよ?」メロはニアのことを挑発するようにチョコレートをぺろりとなめている。「どうせおまえだって同じことだろ?せいぜいいって、こいつはたくさんある玩具のひとつってとこだ。ただし、等身大の、な」
 久しぶりにふたりが睨みあっていると、居間のほうから何かがさごそと物を探すような音が聞こえてきた。メロとニアはハッとしたが、Lはゴミ箱の中に捨ててあった紙屑を拾いあげ、「あったあった、これこれ」などと呟いて、また自分の部屋に戻っていった。
「……今の、聞かれていたと思うか?」
 メロはラケルの寝室をでると、隣のニアにそう聞いた。
「さあ……もともとLは地獄耳だからなんとも……大体この家が狭すぎるんですよ。下にはキッチンと食堂の他に、居間を挟んでラケルの寝室とLが仕事部屋に使っている部屋しかない。二階は僕とメロの子供部屋だけだし……」
「まあいいさ。仮に聞かれていたとしてもな。俺はLに賭けのことがバレるより、ババアの耳にそれが入ることを阻止したい」
「当然です。僕たちに悪気はなかったとしても、彼女は傷つくかもしれませんから……この家で彼女のことを母親だなんて思っているのは、実際には自分ひとりだけだったなんて、寂しい思いをさせるのは可哀想です」
 ふたりはベッドの上で安らかな寝息をたてているラケルのことを振り返ると、とりあえず彼女の耳には今の自分たちの会話が間違いなく聞こえていなかったことを確認して、ほっとした。
「ここではなんですから、二階で話の続きをしましょう。賭けの条約の中には、今後一切ラケルには触れてはならないという項目を入れますよ。いいですね?」
「へいへい」
 メロは食べ終わった板チョコの紙屑を居間のゴミ箱へぽいっと捨てた。彼らはもちろんLが自分たちの話を聞いていたかもしれないと考慮してはいたけれど――あれだけ捜査で忙しいらしいLが、そんなつまらないことにいちいち気を留めるとは思わなかった。だがLにしてみれば、ふたりの設定上の息子の態度の変化、それを探るためにこそ本拠を一時的にこちらへ移したともいえるのだ。Lは居間のゴミ箱に重要な紙切れを間違って捨てたというような振りをしていたけれど、(なるほど。そういうことか)と、ようやく確証を得るに至った。そしてそうとわかったからには、さっさと家庭内の問題を片付けて、この家を畳み、メロとニア、そしてラケルには早々にイギリスのワイミーズハウスへ戻ってもらおうと考えていた。


【2007/10/08 18:57 】
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L家の人々、第五話
 第Ⅴ章 曇りのち雨、時々泥棒

 メロが無断外泊をし続けて二週間……(こんなに長いのは初めてだわ)と、流石にラケルも心配になってきていた。その時彼女はNHNのニュースを見ていて、強盗殺人だの、バラバラ死体遺棄事件だの、物騒な事件ばかりが清楚・高田清美(友情出演)アナウンサーによって読み上げられるのを聞いて、思わずぞっと身震いしてしまった。脳裏にメロがどざえもんとして川に浮かんでいたり、(ありえないことだけれど)山中で自殺していたり、都会の片隅でドブネズミのように死んでいく様が思い浮かんでは消えていったからである。
(どうしよう……もしかして捜索願いを警察にだすべき?でももしそんなことして、ひょっこり帰ってきたら、どうせ「だせーことしてんじゃねえ、このクソババア」とか言われるに決まってる……こんな時はドラマなんかだと、すぐに父親の会社に主婦は電話するって決まってるけど……Lはこの間ふらっと帰ってきた時には「適当に泳がせておくのが一番です」とかわけわかんないこと言ってたし……)
 ラケルは空模様が怪しくなってきたのを見て、まずは外に干してある洗濯物をとりこもうと思った。物干し竿にかかっているその大半が似たような形のパジャマばかり……言うまでもなくすべて次男ニアのものだった。彼はラケルが注意しないといつまでたってもなかなか着替えようとしなかったけれど、ようやく最近になって自主的に毎日着替えをするようになっていたのだ。
 だからこの時、ラケルは知らなかった。NHNのニュースで、竜崎家(もちろん仮名)の住所の近辺で空巣が頻繁に出没していると高田アナが言っていたことを……ラケルは洗濯物をとりこむ間も、メロが早く帰ってくるといいと思い、彼の心配ばかりをしていた。
(そうだわ。もしかしたらニアちゃんなら何か知ってるかも……メロちゃんがよくいくクラブがどこにあるか、教えてもらってそこにいってみるとか……でも変装してこっそりいったのがバレたら、あとで「ババアがこんなとこくんなっ!」とか言われそう……)
 十五歳のメロにとって二十三歳のラケルはババアといって差し支えない存在だったかもしれないけれど、竜崎家の塀の外で彼女の様子を窺っていた泥棒にとってはそうではなかった。空巣田豪東(四十七歳・前科百八犯)は、竜崎家が泥棒にとって非常に入りやすい門構え、家の造り等をしているのに目をつけ、監視カメラの死角を狙ってまずは庭の中へと侵入した。高い塀や庭の大きな樹木や生垣は、泥棒が姿を隠すのに実にもってこいであった。
(ここの家のことは何日も前から調査してある……暮らしているのは若い女がひとりに小学生くらいのガキがひとりだ。このガキはさっき出かけたようだったからな……チャンスを狙うとしたら今だ。何よりもまず雨が降ってこないうちにチャチャッと片付けちまうとするか)
 空巣田がガラスカッターで手早くラケルの寝室の窓を切り、鍵を開けると、ポツポツと小さな雨粒が曇り空から舞いおりてきた。ゴロゴロとどこかで雷の轟く音もしている。
(高い塀と入口にひとつある監視カメラでセキュリティは万全と考えるような中くらいの金持ちは多い……いわゆるこの種の中金持ちは、俺にとっては絶好のカモだ。そこそこ金目のものが置いてあることが多いからな……)
 空巣田はまずはラケルの寝室を物色しはじめたが、そこは必要最低限のもの以外、何もないといっていい部屋だった。クローゼット(少ない服とエプロン以外何もなし)、ベッドの下(特に何もなし)、ドレッサー(使われている形跡なし)……。
(チッ。もしかしたらここは客用寝室とかってやつなのかもしれんな)
 そう考えた空巣田は、TVの音が聞こえてくる居間は無視して、まずは二階へ忍び足で上がっていこうとしたのだが、何故か階段の途中に画鋲がいくつか置いてあり、そのひとつを踏んづけてしまったのである。
「ンギャア!」
 ゴロゴロゴロ、ガッタン、というけたたましい音を聞きつけたラケルは、焼き菓子の生地をこねる手をとめて、廊下のほうの様子を窺った。
「ニアちゃん、帰ってきたの?なんか今、物凄い音が聞こえてきたけど……」
 そこでラケルが目にしたものは、屈強な体つきの中年男が、涙目になって足の裏の画鋲をとっている姿であった。驚愕のあまり金縛りにあったラケルは、即座に空巣田に捕えられ、出刃包丁を突きつけられてしまう。
「おっと、奥さん。声だすんじゃねえぜ。それより、金品のありかを教えるんだ……一番いいのはゲンナマだが、奥さん、あんた財布に今いくら入ってる?」
「さ、三千円くらい……」
 ラケルの返答に空巣田は逆上した。
「たったの三千円だとおっ!?おまえ、泥棒をなめてんのか!?」
 空巣田は出刃包丁をラケルに突きつけると、彼女のブラウスを破いて、鎖骨の下あたりの皮膚を軽く傷つけた。
「嘘つくとためにならねーぞ、コラァ!本当に三千円しか入ってないのかどうか、その財布持ってこいっ!」
 ラケルは空巣田に羽交い締めにされたまま、震える足で居間に向かった。そして戸棚の中から財布をだし、それを空巣田に手渡したのだった。
「チッ、本当に三千円しか入ってねえ……あんた、これしか金なくてどうやって暮らしてんだ?それとも何か?今日は旦那の給料日前ってやつか?」
「銀行にお金、いっぱい入ってます」と、ラケルは震える声で言った。「でもわたしは貧乏性なので、ちょこっとずつ下ろして使ってて……」
「しょうがねえな。じゃあ他に何か金目の物はねえか?例えば宝石とか貴金属。旦那が使ってるロレックスの時計とか、そんなんでもいいや」
「旦那も貧乏性なので、時計持ってません……」
 ラケルは恐怖のあまり、支離滅裂なことを口走っていたのだけれど、空巣田はますます逆上の度合いをヒートアップさせていた。
「ふざけんな、コラァ!とにかくなんでもいいからなんかあるだろ!俺はあんたに顔見られた以上、手ぶらじゃ帰れねえ!」
空巣田は居間の家具類や調度品などに八つあたりしはじめ、TVに蹴りを入れて倒したり、テーブルを引っくり返したり、包丁で壁にかかった『聖家族』の絵を傷つけたりしだした。サイドボードの上のリヤドロの人形まで破壊したところを見ると、空巣田にはもともと大した鑑識眼はなかったのだろう。
「お願いします!もうやめてください!本当はわたし、この家の人間じゃないんです!この家を荒らされたりしたら、責任とってやめなきゃならなくなります!そしたら……」
(もうメロちゃんやニアちゃんのお母さんじゃなくなっちゃう!)
 ラケルが空巣田の足に縋りついて暴れるのをやめさせようとした時――突然玄関に人の気配がした。激しくなってきた雨音と、雷の音のせいで、誰かがやってくる物音がまるで聞こえなくなっていたのだ。その人物――二週間も自宅を留守にして義理の母を心配させた竜崎メロは、ずぶ濡れになったジャケットを脱ぎながら何気なく居間までやってきた。
「ババア、ずぶ濡れになったから風呂の用意……」とメロが言った時、彼は信じられない光景を目にして、一気にキレた。
「こおおんの野郎っ!!人んちで一体なにやってやがる!てめえは知らねえだろうが、ここは泣く子も黙るLの家だぞっ!しかも俺の母親まで傷つけやがって、ぜってえ許さねえっ!!」
 メロは空巣田が何かを言うのを許さず、速攻で奴の顔を連続して五、六発殴りつけた。空巣田の片目は潰れ、前歯は三本折れ、さらには腹に蹴りをくらって内臓破裂を起こした。
「やっやめてっ!メロちゃん!その人本当に死んじゃうっ!」
「知るかっ!こんなもの正当防衛だっ!」
 ここまでくるともうほとんど過剰防衛ではあったが、メロはラケルが泣いていることに気づくと、少しだけ冷静さをとり戻した。空巣田はすでにもう失神しているので、メロは自分の部屋からロープを持ってくると、念のために奴をぐるぐる巻きにして縛った。
「とりあえず、これでよし、と」
 メロは腰が抜けて動けずにいるラケルのことを引き寄せると、「いいからもう、泣くな」と言った。「それより、警察に電話する前にLと連絡をとる必要がある。あんた、Lとどうやって通信するのか知ってんだろ?俺はこいつを見張ってるから、そっちの部屋のパソコンで連絡とれよ」
「うん……」
 ラケルは居間の隣にある部屋で、まずはLと連絡をとる場合の仲介役――ワタリと話をした。彼も流石に緊急事態と思ったのか、すぐに回線をLに繋いでくれた。
『強盗だって?それでメロとニアは?あなたは無事なんですか?』
「わたしは……なんともありません。ニアちゃんは外出中でしたし……メロちゃんも元気です。ただ、強盗さんが半殺しに……」
 ラケルがそう事態の説明をすると、Lも大体のところ、どういうことが起きたのか想像できたのだろう。しばらく沈黙したのちに、『これからすぐにそちらへ向かいます』と言ってプツリと回線を切った。
「今、Lがすぐにこちらへくるって……」
 ラケルはそう言いかけて、ふらりとその場に倒れてしまった。空巣田の顔についたどろりとした血の痕を見て、気分が悪くなったらしい。


 次にラケルが目を覚ました時、居間の家具や電化製品などはすべて元の位置に戻っており、空巣田の姿もまたなかった。もし絨毯についた血痕がまだ残っていなかったら、ラケルはもしかしたら自分が強盗に襲われた夢を見ていたのだと錯覚していたかもしれない。
「気がつきましたか?」
 すぐ隣に突然人の気配を感じてラケルはどきりとした。そこにいたのはLだった。
「あ、あの……メロちゃんとニアちゃんは……」
 柱時計に目をやると、十一時をさしている。確か強盗の入ったのが午後の三時半ごろだったはず……そう考えると、随分長いこと自分は眠っていたことになる。
「ふたりとも少し前に上にいきました。晩ごはんは店屋物をとってすませたので、心配いりません。強盗はすぐに救急車を呼んで運ばせましたが、警察のほうにうまく事情を説明して被害届けはださないことにしました……TVや新聞に報道されると、何かと面倒なのでね。わたしの知っている警官にそこのところは話してありますので、何も問題はありません。それより……今回のことは完全にわたしのミスから起こったことですので、あなたには大変申し訳なく思っています」
「どうして、ですか。べつに強盗が入ったのは何も、Lのせいでは……」
「いえ、ようするにセキュリティに不備があったということです。わたしは監視カメラに死角があるということもわかっていましたし、ここは地形的に人通りが少ないということも知っていました。逆にいうとだからこそこの場所を選んだのですが……まさかそのことが裏目にでるとは思わなかったのです。可能性としては極めて低い確率ですが、あなたやメロやニアがLになんらかの形で連なるものとして誘拐されるといったことが起きるかもしれないと想定してこの家を借りました。でもそのかわり、強盗や殺人犯が立てこもるといったような偶発的な事故についてはあまり考慮していなかった。もし仮にそのような犯罪者がこの家に紛れこんだとしても――メロやニアがいればなんとかなるだろうと思った。まだまだ爪が甘いですね、わたしも」
「そんな……べつにわたしは……」
 Lはキッチンへいってコーヒーをふたつ入れてくると、片方をラケルに渡した。
「砂糖はいくつ入れますか?」
「えっと……ふたつくらいでいいです」
 Lは角砂糖をふたつ入れてスプーンでかきまぜてくれたが、自分のには五つも砂糖を入れて飲んでいた。
(めちゃめちゃ甘そう……。もしかしてLって、体質的にメロちゃんと一緒なのかしら。糖分のない世界は考えられないとか?)
「あの、べつに気にしないでくださいね、L。強盗に入られて確かに怖い思いはしましたけど……いいことも、ひとつだけあったんです」
「いいことって?」
 Lはどこか疑わしそうな目つきでラケルのことを見ていた――観察していた、といったほうが正しかったかもしれない。
「メロちゃんがわたしのこと……お母さんって初めて認めてくれたんです。強盗さんに殴りかかろうとした時に、『俺の母親を傷つけやがって、絶対許さない』って……わたし今日のこと、絶対一生忘れません」
(おかしいな……)と、Lは殺人事件の容疑者を見るような目つきでラケルのことを一瞬見た。(そういえばニアも、彼女のことを『ラケル母さん』と呼んでいた。それに、自分がたまたま外出していたことを、随分気に病んでもいたようだ。そこへずっと無断外泊中だったメロがたまたま偶然帰ってきたというわけだ……ふたりの間には何か、彼女を巡って競うかのような空気さえ漂ってはいなかったか?二週間前にこの家へ一度戻った時には、特になんの変化も感じはしなかったが……何か直感的に、家庭の中の空気がおかしいような気がするのは、わたしの気のせいか?)
「なんにしても、ミス=ラベットが無事で何よりでした。もしあの時偶然メロが帰ってきていなかったら、あなたがどんなことになっていたか……想像しただけでもぞっとしますよ。そういえば、食費などの家計の経費は結構お渡ししてあったかと思うのですが、財布に三千円しか入ってなかったのはたまたまですか?」
「すみません。わたし、貧乏性なもので……いつもちょっとずつお金を下ろして使ってるんです。最初の頃にメロちゃんが『ババア、金よこせ』って言って財布から十万円くらい持っていったせいもあるんですけど、あんまり家にはお金って置いておかないほうがいいのかなと思って……」
「ふむ」と、Lは一考してから甘いコーヒーを全部飲みほし、そしてあることに気づくと、戸棚の中から救急箱をとりだしていた。
「これは、あの強盗がやったんですか?」
 Lはラケルの鎖骨の下あたりに小さな傷があるのを見つけて、彼女の隣に座りこむと、そこにぺたりと絆創膏を貼っている。
「べつにこのくらい、大したことないので大丈夫です」
「まあ、そう言わずに念のため」
 Lは絆創膏を貼り終えると、ラケルから離れて元の肱掛椅子に戻った。そして少しの間指をかじりながら考えごとをしたあとで、彼女と向き直った。
「わたしは近日中に、こちらへ現在の本拠を移したいと思っています。もともとここはそうしたことを想定して借りた場所でもあるんです。地形的に隠れ家として使用しやすいのでね……あとはセキュリティさえ万全にすれば、何も問題はないでしょう」
「ええ、でも……」
 メロとニアの三人で暮らすことにすっかり慣れつつあったラケルは、いまさらLに帰ってこられるのはちょっと憂鬱だなという気がした。『亭主元気で留守がいい』という感覚が抜けるには随分時間がかかるだろうなとも思った。色々な費用をすべて支払ってもらっているのに、申し訳ないなとは思うのだけれど。
「でも、なんですか?わたしがこの家にずっといては何か不都合なことでもミス=ラベットにはあるんでしょうか?それともあなたは何かメロやニアの弱味を握っているとか、あるいはわたしに言えない秘密を彼らと共有していたりするのですか?」
「そんなことはありません」ラケルは警察の取調官のようなLの口調にいささか憮然とした。「もともとここはあなたが家賃を支払っている家ですし、わたしは母親というよりも家政婦――下働きのメイドみたいなものです。あなたがこうしたいとかああしたいということに、わたしには逆らう権限などないと思っています」
「そうですか、では」と、Lは椅子から立ち上がり、玄関へ向かった。「これからはあのふたり同様、何かとお世話をおかけするでしょうが、よろしくお願いします」


【2007/10/06 16:04 】
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L家の人々、第四話
第Ⅳ話 What is Love?

「ラケルさん、お話があるのですが、ちょっとお時間いただいてよろしいでしょうか?」
 擬似とはいえ、一応家族なのに、なんて礼儀正しい言い方……と思いながら、ラケルは三時のおやつにと作っていたホットケーキの粉を混ぜるのをやめ、ダイニングキッチンのテーブルに義理の次男と向かいあって座った。
 ニアはどこかあらたまった様子で、ウルトラマンにでてくる三面怪獣、ダダの人形をクネクネとくねらせている。
(それにしてもニアちゃん、本当にウルトラマンに詳しいのね……わたしの世代でさえ、再放送でやっと見たという感じなのに……この怪獣は確かやたらオカマっぽいってことくらいはわたしも知ってるわ……)
「どうかしたの?もしかして何か相談ごとかしら?お小遣いをもっと上げてほしいとか、そういうこと?」
「いえ、違います……そうではなくて、この間の話の続きが僕はしたいんです」
 ウルトラマン人形にダダは蹴りを入れられ、まるでカンイチとお宮のような状態になっている。「このわたしを足蹴にするだなんて、なんてひどい男なの、ウルトラマンっ!」、「えーい、おまえなんかキモいんじゃ、このオカマ怪獣!げしげし」……両者の間に言葉はまったくないが、何かそんな感じだった。
「この間って……いつのこと?」
 ラケルは記憶をつまぐったが、いつのことなのかまるで思いだせなかった。
「だから、ついきのうの……愛って何かの話の続きですよ。ラケルさんはそれがなんなのかわかってるような口ぶりだったから、教えてもらおうと思ったんです」
「ああ、そのこと……」
 ラケルは次男ニアの意外に可愛い一面を見たような気がして、とても嬉しくなった。考えてみれば、彼もメロも親の顔さえ知らずに孤児としてワイミーズハウスで育ってきたのだ。愛と呼ばれるものがなんなのかなんて、漠然とでも教えくれる人はいなかったのかもしれない……そう思うと、ラケルの胸は痛んだ。
「あのね、ニアちゃん。愛っていうのはね」ラケルは椅子から立ち上がると、ニアの前で少しだけ身を屈めた。「目には見えないものなの。だから、ニアちゃんが目を閉じた時にそれが見えるのよ」
「なんですか、それ?はっきり言って意味不明なんですが……」
「いいから、お母さんの言うとおりにしなさい。心配しなくても大丈夫。ニアちゃんが目を閉じれば必ず見えるから」
「?」
 ニアは義理の母に言われるままに、とりあえず目を閉じた。彼女の長い髪が自分の左右に落ちかかるのが気配でわかる。そのあと、額と左右の頬にそれぞれ一回ずつ、柔らかくて温かいものが触れる感触があった。
「ね?これが愛なのよ」
 正直いって、ニアは脱力するあまり、後ろにのけぞって椅子から落ちそうになった。ラケルは自分のお母さんらしさに酔っているのかどうか、鼻歌を歌いながらフライパンの上でホットケーキを焼いている。
「ババア、今日のおやつはホットケーキか」
 居間でチョコレートを食べながらTVを見ていた長男――メロがビーズののれんをくぐりながらそう聞いた。彼は弟の頭を意味もなくぐりぐりと拳骨で殴りつけている。
「……羨ましいと思うなら、自分もしてもらったらいいんじゃないですか、メロ」
「ガキじゃあるまいし、アホかおまえは。第一こんなババアにキスされたからって、嬉しくもない」
 ラケルはこんがり狐色に焼けたホットケーキを何枚か焼いて皿の上にのせると、息子たちふたりにそれを渡した。バターと蜂蜜をたっぷりかけてはおいたけれど、一応予備のバターとメイプルシロップ、ホイップクリームなどを別に置いておくことにする。彼女はルンルン気分といった調子でエプロンをとると、「じゃあ、ちょっと買物にいってくるわね」と言って出かけていった……「わたしがいなくても、喧嘩なんかしちゃ駄目よ」と最後に言い残して。
「あの女……もしかして知能が足りないのかとは最初から思っていたが、まさかここまでとはな」
「まあ、そうですね……あれは天然だから仕方ないと思って諦めるしかないんでしょうね」
 ふたりは暫くの間無言で食事を続けた。ニアはウルトラQにでてくるお金が大好きな怪獣、カネゴンにたくさんの金貨をつかませながら、ぱくぱくホットケーキを食べている。一方メロは小型のクリーナーを持ってきて、その金貨を吸いこもうとする振りをした……「お願い、それだけはやめてっ!」と言うようにうろたえるカネゴン……。
「あのババア、間違いなく教師としては金八系だよな。そのうち俺に対しても、腐ったみかんのたとえ話とかしだしたらどうするかな」
「メロ、その髪型で武田鉄也の物真似はやめてください……第一、なんであなたがそんな、日本の昔のTVドラマのことを知ってるんですか」
「そう堅いことを言うな。再放送で見たっていうことにでもしとけ。それよりニア、おまえはこれからどうするんだ?」
 メロはカネゴンの頭をクリーナーで殴って気絶させると、義理の弟であり長年のライバルでもあるニアに、そう話を振った。自分の仮定が正しければおそらくは……ニアは自分に聞かせるつもりでわざと、ラケルに愛とは何か?なんていう話をしていたに違いなかった。
「流石はメロ、鋭いですね……僕はさっきちょっとからかってやるくらいのつもりで、ラケルにあんな話をしたんです。まさかあそこまでくさい科白をしれっと言われてしまうとは思いませんでしたが……正直いって僕は彼女のことが気に入っています。中途半端に頭がいい女よりは、かえってあそこまで馬鹿になれるほうが可愛いとさえ思っています」
「ふうん。で、何年かしたら自分のものにしようってことか?」
「一応、計画としてはそうです。Lの地位と同時に彼女のことも手に入れる……そうできればいいと考えています。もしメロにそれで異存がなければ、ということですが」
「俺はあの女とは何も関係ない」と、メロはフォークを口の先でブラブラさせながら言った。「大体、Lがおまえのことを自分の後継ぎに指名するまで、あと何年かかるかわからないだろう?それまであの女が恋人のひとりも持たないと言い切れるか?趣味が料理と洗濯と掃除みたいな女、今時世界の果てまで探したって見つかるとは俺には思えない……だから、おまえがLの座を継ぐ頃にはラケルはどっかの誰かと結婚してるよ。第一、あの女の目には俺もおまえもただの年の離れた弟か、息子にしか見えてないのは明らかだ」
「本当に、そう思いますか?」ニアはおもちゃ箱の中からガチャピンとムックの人形をとりだしながら言った。ふたり、手を携えて仲良くテーブルの上を歩いていく……。「メロは彼女とあまりまともな話をしたことがないからわからないかもしれませんが、いかなる理由によってか、彼女結婚する気など毛頭ないそうです。だから、僕やメロがワイミーズハウスから出ていったあとも、いつでもそこで待っていてくれるそうです……他にも色々、さりげなくちょっと探りを入れただけでボロをだしていましたから、もう何年かすれば、うまく口車に乗せることは簡単だろうと僕は思っています」
「へえ。それは面白いな。他人に興味なんてまるでないおまえが、よくそこまで思いこめたもんだと感心するよ。俺はあの女のことなんかはっきり言ってどうでもいい。それよりLの後を継ぐのが俺になるのかおまえになるのか……今のところ気になっているのはそれだけだ」
「その言葉を聞きたかったんです」ガチャピンとムックは気絶しているカネゴンのことを助け起こすと、三人で山のような金貨を分けはじめた。「メロの言うとおり、ラケルは今のところ僕のこともメロのことも、さらにはLのこともある意味どうとも思っていません。そんなことを聞いてもおそらくは『わたしたちは家族じゃないの』とか、そんな返答しか聞けないでしょう。僕も今のところは当分、それでいいと思っています。でもLのことは別にしても、メロの口から直接、ラケルのことに関しては一切手だししないと約束してほしかったんです。じゃないと今以上に話がややこしくなりますから」
「わかった」
 メロはさくらんぼの砂糖づけを最後にいくつか食べて、種をぺっと皿の上に吐きだした。最初から先のことを見越して釘を刺してくるあたり、いかにもニアらしい……そう思った。結局、お金大好きカネゴンは、ガチャピンとムックに助けてもらった恩も忘れて、彼らのことを釘バットで殴って殺害し、一度は三等分にした金貨を、すべて自分のものにしてしまった。
(まったく、こういうところは俺に劣らず歪んでるよな、こいつも)
 メロは冷蔵庫の中から板チョコを一枚とりだすと、そこに冷やしてあるチョコレートムースとババロアがあることに気づいた。チョコレートムースのほうには『メロちゃんの☆』というカードが刺さっており、ババロアのほうには『ニアちゃんの☆』と書かれたイギリス国旗が掲げられている……それを見た瞬間、メロもまた先ほどのニア同様、一気に脱力した。
「どうしたんですか、メロ。もしかして冷蔵庫に板チョコがなくて絶望したんですか?」
「いや、違う……」メロはがくりとその場に座りこんでいたのだが、立ち上がるとひとり金貨をせしめているカネゴンをおもちゃ箱の中へ戻した。「ニア、悪いがさっきの話はなしにしてくれ。あの女……ラケルのことを手に入れるのはLの座を継ぐ者がそうするっていうことにしても結局は同じことだろう?」
「そうですか、わかりました」ニアは金貨をモアイ像の貯金箱の中へ片付けながら言った。「そのほうが僕としても助かります。第一、随分あとになってから約束を反古にされるよりはずっといい……じゃあまあ、ここはどちらがLの座を継いでも恨みっこなしということでよろしくお願いします」
「……………」
 メロはこれでよかったのかどうかわからないまま、板チョコをパキッとかじって居間を後にした。家の門の前でバイクに跨り、エンジンをかけたところで、向こうからサザエさんが持っているような買物篭を下げた女がやってくるのが見える……(いい年して、スキップなんかするな。見てるこっちのほうが恥かしい)、そう思いはしたものの、メロは結局ラケルが家に帰り着くまで、その場で待ってしまった。籐を編んだ籠の中からは牛フィレ肉がちらと見えており、今日の晩ごはんのことを思うと、彼はこれから出かけることに何故かためらいを覚えている自分に気づいた。
「あら、メロちゃん。これからお出かけ?今日の晩ごはんはウッシッシーの美味しいフィレ肉よ?だからなるべく早く帰ってきてね」
「……ああ、わかった」
 内心(何がウッシッシーだ、どこまで馬鹿になれば気がすむ、この女)と思っているにも関わらず、もはや慣れてきつつある自分に、メロは哀しいものさえ覚えた。それならば、突っこむだけ労力の無駄というものだ。
 そしてこの日、結局メロは竜崎の自宅には戻らなかった。あんな、病院で一度脳波を調べてもらったほうがいいような女に自分が好意を抱いているなどとは認めたくなかった。第一、チョコレート+美味しい食事に目を眩まされている可能性のほうがずっと高いに違いないと思っていた。だから麻薬中毒患者がしばらく麻薬を断つような気持ちで、少しの間家には戻らずにいようと決めた。それでももし……あの馬鹿女に会いたいとしたら、自分もおそらく病院で脳波の検査でも受けたほうがいいのだ……メロはそんなふうに思いながら、首都高に向けてバイクを走らせていった。




【2007/10/04 11:45 】
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L家の人々、第三話
第Ⅲ話 母Rと息子M&N

 あのあと、最初の二三日はメロもニアもラケルに遠慮してか、色々罰則以外のこと――掃除、洗濯などに至るまで――手伝ってくれていたのだけれど、結局最後にはいつものとおりの喧嘩となり、一週間後には元の日常へと戻ってしまった。つまり、メロはマットいうどうも悪友としか思えない友人と度々無断外泊を繰り返し、ニアは相変わらずの引きこもりっぷり……Lはあの時、これからはなるべくこちらへ顔をだすようにする、などと言っていたにも関わらず、捜査が忙しいのかどうか、一度も姿を現すことなくその後三週間が過ぎていた。そしてそんなある日のこと、ニアが突然パジャマ以外の服――淡い色合いのブルージーンズにぶかぶかのシャツブラウス姿――をして外出するのを見て、ラケルはびっくりしてしまった。
「いってきます」
「……いってらっしゃい」
 ラケルはニアが着替えをした上に外へ出かけようとしているのを見て、何か間違った幻を見てしまったような、奇妙な錯覚に襲われていた。
(えっと、まずは落ち着くのよ、ラケル。あれは幻覚じゃなくて、本物のニアちゃんよ。いつもパジャマしか着てないから、それが普通みたいに思ってたけど、本来ならあっちが普通なのよ……なんだか似合わないなんて思っちゃ駄目なのよ)
 本当なら母親として、引きこもりの息子が外出したことを喜ぶべきはずのところなのに、なんだかラケルは内心がっかりしている自分に驚いていた。そうなのだ――彼はあのあと、時々は下へおりてきて一緒に食事をしてくれたし、トランプやボードゲームをしたりすることもあったのだ(大抵ラケルがすぐ負けるため、彼は退屈そうではあったけれど)。
(もしかして、これってようするに……こんなショボい女(の相手なんかしてられっかと二週間くらい前にメロに言われた)の相手なんかしていたら僕ももう終わりだとか思って出かけることにしたとか?ううん、そんなことないわよね。いや、でももしかしたらそうなのかも……)
 ラケルはしーんとした家の中にひとりとり残されると、親っていうのは寂しいものなんだなあ、などと結婚した経験もなければ出産した経験もないのに、そうぼんやり考えた。
(なんか今のあたしってようするに、例のアレ?もしかして空の巣症候群っていうのに近いんじゃ……子供も手がかからなくなって、旦那は自分に無関心で、特に情熱を傾けられるようなものも何もなくって、みたいな。まあLはわたしの旦那じゃないし、メロちゃんはどうしたらいいかわからない問題児だし、二アちゃんは……何考えてるのか全然わかんないし、第一本当はみんな家族でもなければ血も繋がってないし……)
 血も繋がってないといえば、とラケルはふとあることを思いだしておかしくなった。ついきのう、近所のおばさんに話しかけられた時、「旦那さんと息子さんはそっくりやね。あんたにはあんまり似とらんけど」と世間話のついでにそう言われたのだ。「あのおっきなリムジンに乗ってくる人、あんたの旦那さんかい?」と聞かれたあとで。
「え、ええ。わたしもそう思います」なんて適当に答えてしまったものの、ラケルはそのあと内心おかしくてたまらなかった。言われてみると、あの三人は本当によく似ている――本当は血が繋がってないのが嘘ではないかというくらいに。そしてラケルが(特に目のあたりがそっくりよねえ)なんて忍び笑いを洩らしていると、外からバイクのエンジン音とブレーキ音が聞こえてきた。
(メロちゃんが帰ってきたんだわ。今回は三日ぶりだから、まあ短いほうよね)
「帰ったぜ、ババア。なんでもいいから飯食わせろ」
 ラケルはおかえりなさいと言ったあとで、お昼ごはんの残り――サンドイッチを彼にだすことにした。コーヒーを入れると、「今日は晩飯何?」などと、普通の母と子が交わすような話を振ってくれる……最初の頃に比べたら彼も変わったものだとラケルは思う。
「うーんと、実はまだ決めてないんだけど……メロちゃんは何がいい?」
「俺はステーキがいいな。それかこの間あんたの作った、カツ丼とかいうのでもいい。とにかく肉、絶対肉、死んでも肉」
(チョコ、肉、チョコ、肉、チョコ、肉、肉……)
 ラケルはメロが帰ってきた時にいつも食べているもののことを思うと、彼の食生活と健康がとても心配になってきた。最初の頃はいいお母さんになりたいあまり、つい彼の言うなりになってしまっていたけれど……最近はちょっとずつ色々発言できるようにもなってきたので、ここで少し注意してみるべきかとも思う。
「あ、あのね、メロちゃん……」
「ああ、あんたの言うことならわかってるぜ」と、メロはカツサンドを頬張りながら言った。「チョコレートと肉しか食ってなくて大丈夫なのかって言いたいんだろ?あんたこの間、『キレない子供を育てるための献立』とか、変な本読んでたもんな。キレない子供って俺のことかよって思ったもん」
「じゃあ、そこまでわかってるんだったら、野菜サンドも食べてよ」
「まあ、そのくらいならな。今腹へってるし」
 ラケルはメロのことをとても素直ないい子だと感じていた。彼とふたり、あるいはニアとラケルのふたりがそれぞれ別々に話をしたり食事をしたりする分にはまったく問題はない――にも関わらず、何故これがラケル、メロ、ニアの三人ということになると喧嘩になってしまうのか……ラケルはメロとニアをなんとか仲良くさせる方法はないものかと、日々頭を悩ませ続けていた。
「あんたさ、余計なこと考えんなよ」
 ラケルはメロの言わんとすることをつかみかねて、「?」と疑問符を浮かべている。
「だからつまりさ、俺とニアを仲良くさせようとか、余計なこと考えるなって言ってんの。俺はあいつが嫌いだし、これから先も努力して歩みよろうなんて全然思わないし、あいつと俺は死ぬまで敵同士でいいんだ。その邪魔をすんなっていうこと」
「でも……」ラケルはこの間、Lが言っていたことを言うべきかどうかと躊躇した。
「あいつ今、家にいないんだろ?駅前の喫茶店で女と話しこんでたみたいだからな。俺もあいつがいないと思って飯食いに帰ってきたんだ。これからはあいつがここらいたら俺は上にいき、隣の部屋にいたら出かけるようにすればそれでいいってことだもんな。こんな簡単なことに気づかないなんて、ほんと馬鹿だったよ」
「そんな……べつにふたり顔あわせてごはん食べろとは言わないけど、顔が見たくない時は別々の部屋にいればそれですむことじゃない」
「わかってねえな、あんたも。俺は壁を隔てた隣の部屋にあいつがいるってこと自体我慢できねえんだよ。そのくらい嫌いだってこと、見ててわかんねえの?」
「う、うん……」
 メロがコーヒーをおかわりしたので、ラケルはメロ専用のMelloと書かれたコーヒーマグにエスプレッソを注いだ。
「じゃあ、まあ晩飯になったら呼んでくれ。あいつが下におりて飯食うんなら、俺は上で食べる。これからはそういうことにしといてくれ」
「……………」
 これじゃあ、家族をやってる意味がない、そうラケルは思いはしたものの、これまでのメロとニアの喧嘩を見ていると、ふたりが顔を合わせないのが家庭の平和の持続する秘訣だったりもするわけで……ラケルはメロが部屋をでて二階へいこうとする後ろ姿を見送りながら、心中複雑なものを感じていた。
(こんなこと、Lに相談したって解決は無理よね。母親のあたしがしっかりしなきゃ、なんて言っても何かできるわけでもなし……)
 ラケルは冷蔵庫の中を見て、ステーキ用の肉やその他買いだしの品をメモすると、買物篭を手にして駅前の商店街まで出かけていった。そしてスーパーや肉屋などで買物を終えて、最後に某ケーキ屋の前でチョコレートを買おうと思っていると――その隣にある喫茶店からニアと、彼と同じくらいの背丈の女性がでてくるのを目撃してしまった!
『あいつ今いないんだろ?駅前の喫茶店で女と話しこんでるみたいだったからな』
(う、うそーっ!)
 ラケルの心の中はもうほとんど「うちの子にかぎって」という感じだった。だからメロが『駅前の喫茶店……』と言った時も、人違いくらいにしか思っていなかったのだ。
「ニ、ニニニ、ニアちゃんっ!!」
 ラケルは転びそうな勢いで彼のことを追おうとしたが、その時には女性のほうは立ち去ったあとだったので、顔のほうはよく確認できなかった。
「……ラケルさん。何してるんですか、こんなところで」
「か、カカカ、買物よ、もちろん。それより今の女の人は……」
「ああ、つきあってるんです、僕たち」
(ガーン!今つきあってるって言った。つきあってるって……しかもいとも事もなげに)
「おかしいですか?僕が誰かとつきあったりしたら?」
(チッ。メロといいこの女といい、どうしてこう見られたくないところで出くわすんだ。彼女はただの僕の手駒にすぎないのに……家ではメール以外の通信手段は使えないから、こんなところまでいちいち僕が出向くしかない……ここはまあ、僕も十三歳ということで、そろそろ色気づいてきたということにでもしておこう。おそらくメロの目はごまかせないだろうが……)
「で、でも、いつどこで知りあったりしたの?ニアちゃんは大体ほとんど家にいるし……あの女の人もちらっと見たかぎり、近所で見かけたような人でもないし……」
「なんであなたがそんなにうろたえているんですか。知りあったのはメールでです。いわゆる出会い系サイトというやつ」
(で、出会い系サイト!)
 さらにショックを受けたラケルは、もはや言葉もなかった。それでも家に帰り着くなり、ニアがダイングキッチンのテーブルで遊びはじめたのを見て、(ああ、よかった。やっぱり子供じゃないの)などと妙にほっとしたり……奇妙なものである。ついきのうまでは(この子は頭はいいけど、こんなことで本当に大丈夫なのかしら)と疑問に思っていたはずなのに。
「ねえ、ニアちゃん。ニアちゃんはどういう女の人がタイプなの?」
 ラケルは食事の準備にとりかかりながら、軽い気持ちでそう聞いた。出会い系サイトなどといっても、そういかがわしいものではないに違いないと、自分を納得させたかったのかもしれない。
「さっきの女の人のことですか?彼女とつきあうことにしたのは――ただ単に顔(フェイス)と体(ボディ)が気に入ったからです。それ以外に理由はありません」
 ラケルはサーロインステーキに塩胡椒を振りかけていたのだけれど、思わず手からぼとりと肉が落ちた。くるりと後ろを振り返る。
「ニ、ニアちゃん。それだけじゃないでしょ?もっと他にこう……」
「他に?そうですね。知性(インテリジェンス)のほうもまあまあだと思います。少なくともどうして僕がこんな馬鹿女の寝言を聞かなきゃならないんだとか、そんなふうには思いませんでした」
「ニアちゃん……」
 ラケルは軽く手を洗ってエプロンで拭くと、急に真剣な顔つきになって椅子に座った。
「ねえ、ちょっとこっちにきて隣に座って。これはとても大切なことなのよ。誰か女の人を見てあの人の顔が綺麗だなとか、スタイルがいいなとか、そういうことは誰でも思うものなの。知性のある人を素敵だなって思うのもわかる。だけど、誰かを好きになるっていうのはもっとこう……」
「ラケルさんは誰か好きになったことがあるんですか?でもべつに今もLとは何も関係ありませんよね?第一、僕やメロとここでこうして暮らしているあたりからして、誰かとつきあっているとも思えない。だからそういうことについて僕に対して説教ができる立場の人とは思えないんですが」
(図星だわ……ニアちゃんは自分の立場がまずくなると、いつもこっちの痛いところついてくるのよね。でも今はちょっとクサいけど、これだけは言っておかなきゃ)
「ねえ、ニアちゃん。愛ってなんだかわかる?」
「愛って……」
 突然背後でブーッと吹きだす声がしたかと思うと、メロがさもおかしくて仕方ないといったようにくつくつ笑っていた。
「おいババア、愛なんかどうでもいいから、早く飯作れよ。こいつはただ単に俺がよくいくクラブに女を送って調べてたっていう、それだけだ。何も心配はいらない」
「クラブって……メロちゃん、そんなところによくいくの!?」
「そんなところって言ったって……べつに普通だろ?なんならLにチクったって、俺は全然かまわないけど」
 メロは冷蔵庫からチョコレートを一枚とりだしていたけれど、あることに気づくなり「チッ」と舌打ちしていた。
「ババア、あと一枚でチョコレートがなくなる。絶対に明日買いたしとけ」
「う、うん……」
 ラケルは今日、買物の一番最後にケーキ屋に寄ってチョコレートを買おうと思っていたのだけれど、義理の次男の不純異性交遊(死語・しかも全然違うし)の現場にいきあってしまい、ショックを受けるあまりすっかりチョコを買うのを忘れていた。メロはいいことでもあったのか、鼻歌を歌いながらニアの隣の席にどっかと腰かけている。ニアはロゴブロックで中世ヨーロッパの塔を作っていたが、デストロイヤーの兄に何か悪戯されることを警戒して、一旦それを床の上に置いた。かわりに、いつもの定番である白パズルで遊ぶことにする。
(メロちゃん、ニアちゃんが下にいる時には上でごはん食べるって言ってたのに……また何か喧嘩がはじまらなければいいけれど……)
 ラケルはボールにてんこもりの野菜やフルーツサラダ、肉汁のしたたるステーキ、焼きたてのパンなどを食卓に並べると、ワイミーズハウスの習慣として、食前の祈りを捧げてから夕食をはじめることにした。メロはその間、フォークやナイフでグラスや皿の縁をカチカチ鳴らしてばかりいたけれど、ラケルが短い祈りを唱え終わるまで待っていてくれた。
(どうしよう……いつものとおり会話がないわ。とりあえずTVでもつけてごまかそうかしら)
『去年の四月一日、△△山中で惨殺死体で発見された検事の魅上照(特別出演)さんは株式会社ヨツバグループ幹部の殺人事件を暴こうとして殺されたということがわかりました。繰り返します。緊急ニュースです。去年の四月一日……』
「これってさ、今Lが日本で追ってる事件のひとつだろ。もしこれが解決したら、次は別の犯罪捜査のために活動拠点を移すんじゃねえか?エラルド・コイル名義で追ってる事件はニューヨークだし、ドヌーヴ名義のものはロンドンとパリ……もしLがドヌーヴの事件を解決するのを最優先させたとしたら、イギリスにいくかもしれない。そしたら俺たちもさ、こんな家族ごっこなんかやめて、さっさとホームに帰れるぜ」
(メロの奴、やはり僕と同じようにLの動向をある程度把握している……!)
(ふん、どうせこの程度のことはニアもおそらく先刻承知ずみ……勝負はまだまだこれからだ)
 メロとニアが目も合わせることなく水面下で火花を散らしていると、ラケルがナイフをがちゃりと床の上に落とした。それでふたりともハッとして顔を上げる。
「メロちゃん、何いってるのっ!あなたたちの今のホームはここなのよ!それなのにどうしてそんな悲しいこというのっ!」
「悲しいって……なあ?」
 メロにしては珍しく、隣の席のニアに同意を求めた。生まれながらの『ナガラ族』で彼は、この時もパズルを組み立てながら食事をしていたけれど、静かに義理の兄の考えを否定した。
「僕は……ラケルさんの言うとおりだと思います。最初は確かにごっこだったかもしれないけど、最近は僕も今のこの状況にある意味感謝していますから。メロ兄さんも、さっさと施設に帰りたいなどと言わず、家族として温かい交流を持とうじゃありませんか」
「てってめ……っ!今なんつった!?俺のこと兄さんだって!?き、気持ち悪……マジで鳥肌立ってきた……っ!」
 メロはじん麻疹にでも冒されたかのように全身の皮膚をぼりぼりかくと、彼の大好きなステーキさえ残して食堂からでていった……かと思うと、物凄いスピードで戻ってきて、冷蔵庫の中の最後のチョコレートを一枚がめてから慌しく家をでていった。バイクのけたたましいエンジン音が、外から響いてくる。
「……ニアちゃん。メロちゃんのこと、あんまりいぢめちゃ駄目よ?」
「わかってますよ、ラケル母さん」
 ――何故かはわからないけれど、ニアはこの日を境にラケルのことを『ラケル母さん』と呼ぶようになった。メロのことはその後滅多に兄さんなどとは呼ばなかったが、嫌がらせのためにたまにそうぼそりと呟いては、キレやすいメロのことを怒り狂わせていた……そしてニアにとってLとは、冗談でも父などと呼びたくない存在であった。同じ屋根の下で時々顔を合わせるようになってから、さらにはっきりと確信したといってもいい。ニアにとってLとは――いずれ倒さねばならない敵のようなものであった。そしてその敵にもっとも奪われてはならないのが、ラケルである。ニアの頭の中には『Lの後継者になること+ラケルをオプションとして手に入れる』という図式が徐々に成り立ちつつあった。もっともそれは恋愛感情などではまったくなく、擬似的マザーコンプレックスに近いものではあったのだけれど。



【2007/10/03 12:04 】
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