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探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(15)
   探偵L・ロサンジェルス編~墜ちた天使たち~(15)

 もしやロベルスキーかと思ったニアは、家の玄関口を映すカメラを見て、そこに全然別の人物が映っていることに気づく。年の頃は十六、七歳で、金髪に青い瞳をした、それはニアにとってはある人物を思いださずにはいられない容貌の青年だった。
(もしや……)と、ニアは思う。もちろん、何かのセールスである可能性もゼロではないが、まずはインターホン越しに話をしてみようと思った。
『どちらさまですか?』
「風といえば谷、といった具合に、君とカイの間では何か、暗号による取り決めでもしてあったのかな?」
『……………』
 今、この家の中にいるのは自分だけであることを思えば、多少危険といえないこともないが、ニアはオートロックの鍵を解くことにした。そして『用があるなら、どうぞお入りください』と無愛想な声で言う。
「ふう~ん。探偵のドヌーヴってのは、随分ショボいところに住んでるんだねえ」
 きょろきょろと不躾な視線でリビングを眺めまわしながら、その青年は言った。正直、彼の顔立ちや着ている服装からして、ニアは驚きを隠せない……この青年は瓜二つとまではいかないまでも、カイ・ハザードに顔がよく似ており、着ている服といえば、彼が死んだ時の黒いスーツを白くしたものを着用していたからだ。その上、マントとステッキまで手にしている。
「この季節、カリフォルニアはまだ暑いよねえ。カイにはマントを羽織って会いにいくようにって言われてたんだけどさ、流石に暑くて脱いじゃったよ……髪型もなるべく似せるようにして、びっくりさせてやれって言われてたんだけどさ」
「どういうことですか?」
 当惑を顔にはださず、ニアはタイタニック号に浮輪や警告板を接着しながら言った。1/125スケールで、大体2.5メートくらいあっただろうか……その船を乗せたマホガニーのテーブルを挟んで、彼と差し向かいに座って話をする。
「この船、僕知ってるよ。ディカプリオが乗ってた奴だよね?『Near,far,wherever you are……』って、セリーヌ・ディオンが歌ってたっけ。んで、ケイト・ウィンスレットが舳先でこんなふうになっててさ」
そう言って、彼は両腕を水平にして、しばしの間ニアのことを見つめていた。だが、ニアは「……………」といったような感じで、まったく無反応のままでいる。
「君、結構乗りが悪いんだね。そんなんじゃさ、きっと友達もいないんじゃない?」
「放っておいてください。そんなことより先に、わたしの質問に答えてくれませんか?」
 Near、と歌詞の中で歌ったことからして、彼は間違いなく自分が誰かを知っている、そのことを前提にして話を進めていいだろうと、ニアはそう思った。おそらくは彼こそが、カイ・ハザードが死に際に言い残した、『仲間のうちのひとりが、君の元に行くことになっている』と言った、その<彼>で間違いないだろう。
「ふーん。この家じゃあ客がやってきても、お茶ひとつ出ないってわけだ。この暑い中を僕は正装してやってきたっていうのにさ、随分な扱いだよね」
 どこか飄々として、ふざけた感じのするこの青年は、最初こそカイ・ハザードに似ているとニアは思ったものの、どうやら性格はまるで別人らしいと見てとった。それでもなんだかまだ、座り心地の悪い椅子に腰かけているような、奇妙な感覚は抜けきらないが……。
「まあ、君の言いたいことは大体わかるよ。自分がその死をみとった男と似たような奴がその後再び現れる……なんて、あまりいい趣向とは言えないだろうね。でもこれも、カイの中じゃあ計算のうちに入っていたことさ。君が直接手を下したというわけでもないのに、なんとな~く後味の悪い思いをするといけないからっていう、彼一流の配慮ってやつでね」
「……お茶は、何がいいですか?」
 こんな時に限って何故ジェバンニはいないのかと思いつつ、ニアは椅子から下りてキッチンへ向かった。とりあえず、コーヒーと紅茶のある場所くらいはわかる。
「ジャパニーズ・ティなんて淹れてもらえると有難いんだけど。最近ぼく、グリーンティとかウーロン茶とか、そういうのにハマってるんだ。兄貴にもウーロン茶には脂肪を吸収する作用があるって言って勧めたんだけど、一口飲んだだけで吹きだしてたよ。カラスのクソを煎じて煮詰めたような味がするって、そう言ってたっけ」
「あなたのお兄さんということは」と、ニアは冷蔵庫の中からウーロン茶を取りだしながら言った。ちょうどジェバンニが日本通だったために、家の中にはどくだみ茶だの、その手の健康飲料が結構ある。「やはり超能力者ということなんでしょうね?」
「まあね。じゃなかったら、同じ施設内にはまずいなかっただろうし……僕と兄さんは、前にあったユーゴ紛争の戦災孤児で、アルバニア系の住民だった。そこでセルビア人の民族浄化の犠牲になりそうだった時に――まあ、超能力に目覚めたという、そんなわけ」
 戦争という重い過去について、彼はなんでもないことのように、そう軽い調子で話した。ユーゴ紛争というのは、自治州内で90%を占めるアルバニア人住民が独立運動を行ったことにセルビア人住民及びユーゴ連邦・セルビア政府が反発したことに端を発するものである。1991年6月以降、スロベニア、クロアチア、マケドニア共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナが流血を伴いながらも次々に独立し――今では元のユーゴスラビアという国は、事実上どこにも存在しない。
「僕と兄さんも、確かに自閉症児で、特に兄さんのほうは症状が重かったんだ。コソボ自治区にある孤児院じゃあ、厄介者扱いだったけど、まあ変な話、戦争を機に人生が逆転したんだよ。あるNGOを通して、僕と兄さんは血の雨が降り注ぐ荒野みたいな場所から助けだされて、<ベッテルハイム孤児院>っていうところに身柄を移されることになった……だから、今いる超能力者たちの中では、僕と兄さんのボー・グランティスと、それに」と言って、彼はここで一度言葉を切る。ニアがウーロン茶を入れたグラスを、テーブルの上に置いたからだった。「ラクロス・ラスティスっていう東欧系の美少女が、<薬>の投与を受けずに超能力を発症したっていう、そういうことになるね。ところで、このことがどういう意味を持つかわかる?」
「その前にひとつ、聞いておきたいのですが」ニアはもう一度椅子に座り、グランティスと差し向かいになりながら言った。「最初、てっきりわたしはカイ・ハザードとあなたの間に血縁関係があるのかと思ったんです……顔のほうがよく似ていると思ったので。だがそうではない、一応そこのところを念のために聞いておきます」
「そのとおりだよ。僕とカイの間に血の繋がりはない……もしあるとすればそれは、魂の双子とでもいうような、血よりも濃い絆だろうけどね。僕の名前はセス・グランティスで、兄とは二卵性双生児なんだけど、これがびっくりするくらい似てないんだ。僕のこの金髪はさ、わざわざ君に会うために染めたのであって、元の色は黒髪なんだよ。<ホーム>で初めてカイに会った時、僕らは互いに奇妙な気持ちを持ちあった……実際にいる双子の兄よりも、偶然何かの星の巡りあわせで会った男のほうと容姿が似てるなんて、なんともおかしな話じゃないか。まあ、なんにせよ僕らは出会ったその日から互いにわかりあった。僕はその時まだ自閉症を治すための薬を飲んでなかったけどね、カイとはすでに<心>でわかりあってるような感じだった……彼は本当に素晴らしい青年で、組織内の汚れ役のその大半を買って出ていたといってもいいだろう。その上、ラスや兄さんが仕事をする上で罪悪感に苦しむ時には、催眠術で彼らの心を癒し……その彼を失うということは、僕らには精神的な支柱がなくなるにも等しいことだった。だが、僕はニア、君を恨むつもりはない。何より、カイには力を使いすぎたことによる皺寄せがきていたんだ……そのことを知ったらみんなはショックを受けるだろうけれど、彼が平均年齢よりも二歳ほど若くして亡くなったのは、そのことが原因だったといえる。その上、最後にきちんと僕らがこれからどうすべきか、計画を立てた上で死んだんだ」
「失礼かもしれませんが、わたしの名前はどこで……?」
 まるでウィスキーでもあおるみたいに、ウーロン茶を飲むセスに、ニアはそう聞いた。彼らの組織内のことよりも、自分の保身のほうが大切であるように思われるかもしれないが、やはりニアにしてみれば重要なことだった。
「君も意外に小心なんだな。まあ、べつに構わないけど……君とニアが勝負している最中の会話は、僕はすべて聞いていたんだ。それと<殺し屋ギルド>のほうには、カイ・ハザードが探偵のロジェ・ドヌーヴの抹殺に失敗したこと、またヴェネチア行きのユーロスターに乗っていたのは結局、ドヌーヴの替え玉だったらしいという情報を流した。何分、カイの人生のモットーは、『念には念を入れろ』、それに……」
「『物事にはなんにでも、万が一ということがある』――でしたね?」
 わかっているじゃないか、というように、セスはウーロン茶をぐいと飲み干している。
「そういうことだ。僕は万が一という事態に備えて、あの時ヴェネチアにいたんだ。そして、君たちの手の者がカイの遺体を運ぶのを見届けてから、そこを離れた……あとはカイに言われたとおり、僕は君に会うための機会がやってくるのを待っていたという、そんなわけさ」
「なるほど。そこでもうひとつ聞きたいのですが、何故わたしがこの場所にいるとわかりました?」
 セスは、グラスの中の氷をからからと鳴らし、ニアにおかわりを催促している。(仕方ないな)と、ニアは溜息を着き、冷蔵庫の中からウーロン茶の入ったポットを持ってくると、彼の目の前に置いた。
「和菓子とかないの?もっとこう、客をもてなす時には、気前よくしなきゃ駄目だよ。美味しそうなごちそうをテーブルいっぱいに並べて、もっと僕が色々しゃべるように仕向けるとかさ。残念ながら僕は、顔は似ててもカイとは違ってあまり禁欲的なほうじゃないんだ……食べたい時に食べ、寝たい時に寝て、遊びたい時に遊び、しゃべりたい時にしゃべる。基本的にそういう浮わついた人間なんでね、僕が君のことをもし気に入ったとしたら、「これ話すとホントはマズイんだけど~」みたいなことでも、うっかり話しちゃうかもしれないじゃないか」
「なるほど。確かにあなたは顔は似ていますが、カイ・ハザートとは性格がまるで違うようですね」と、ニアは言った。動くのが面倒なので、これ以上キッチンとリビングの間を往復する気は、彼にはまったくない。「わたしの部下が、今スーパーマーケットに買いだしにいっています。なので、彼が戻ってくれば、たぶん何かご馳走してくれるでしょう……ところで、わたしもカイ・ハザードという青年について、それほど多くを知っているわけではありませんが、わたしには彼の遺言を引き継ぐ用意があります。セス、あなたが今日ここへ来たのも、そのことがあってなんでしょう?彼がわたしにある種の遺言を残したように、あなたにも同じような<役割>を託して彼は亡くなったんです。これからわたしとあなたは、仮にあなたがわたしを気に入らないにせよ、協力しあわなければならない……違いますか?」
「ああ、そうだよ」と、面白くないようにセスが言う。ポットからウーロン茶を自分で注ぎ足しながら。「僕が今日ここへ来たのはさ、君のお向かいさんのリード夫妻が『ニア・ジェバンニという自閉症児がそばの家に住んでいる』って報告書に書いてきたからなんだ。まあ、これは同時に、僕たちの仲間のモーヴの超能力……未来予知が当たったことの裏付けでもあるけどね。もしニア、君がカイの残したクロスワードパズルを解けなくて、ソノラ砂漠をショベルカーで掘り返してるような場合にも――僕は「チッチッチッ、それは違うんだな」ってことを教えるために、おそらく今日ここへ来ていただろうね」
「何故わたしがソノラ砂漠をショベルカーで掘り返したりするんです?」
探偵のロジェ・ドヌーヴも見くびられたものだと思い、ニアはいささかムッとする。未来予知の能力については、あとで他の超能力者たちのことと合わせて聞けばいいことだと思っていた。
「だって、クロスワード・パズルの答えが『リュウゼツランのヘソの中』だからねえ。竜舌蘭といえば、砂漠に生えてる植物だから……君が何か勘違いをして、そんなことをする可能性がないとは言い切れないだろう?」
「つまり、そうすることであなたやカイ・ハザードは、わたしにどの程度の力があるかを試した――そういうことですね?」
「まあ、そうだね」
 リビングの隅にある柱時計がボーンと二度鳴ると、セスは慌てたようになんの断りもなく、TVの電源を入れている。先ほどから思うに、どうやらこのセス・グランティスという青年は、話を脱線させるのが好きなようだった。おそらくは自閉症だった頃から、この性向は彼の中に強く根付づいているものなのだろう――そう思い、諦めてただ彼のしたいようにさせてみることにしようと、ニアは軽く溜息を着いた。
「僕らの仲間のひとりがさ、今日TVでエリザベート国際コンクールに出場するんだ……って言ってもこれ、録画なんで、賞自体はもう終わってるんだけどね。優勝者の名前はエヴァンジェリカ・エヴァーラスティンって言って、今話題の盲目の少女なんだけど、君も名前くらい知ってるかもしれないな」
「……………」
 生憎、ニアはそのことを知らなかった。もしこの場にジェバンニかリドナーがいたとすれば、「新聞で見た」とか「TVで今話題の……」などと口を挟んだかもしれない。だが、音楽コンクールの受賞者の名前まで、ニアはいちいちチェックなどしてはいなかった(何かの事件がそのコンクールに絡んでいたとすれば、話はまったく別だっただろうが)。
 ニアは、TV前のソファに席を移したセスのことを後ろから眺めつつ、32型の液晶画面に見入った。するとそこでは、第一次審査を勝ち抜いたプラチナ・ブロンドの髪の少女が、ショパンの大曲を優雅に弾きこなしているところで――彼女の目が見えないなどとは、ニアには到底思えないくらいだった。
 最終選考に名前が残り、そこでもまたラフマニノフのピアノ協奏曲第三番という難曲を、彼女はプロのオーケストラをバックに堂々とミスタッチなく弾ききっていた。そのピアノの演奏技術、曲の解釈、どれひとつ取ってみても、この盲目の少女はパーフェクトだった。最後に、TVのインタビューで審査員たちが次々と「百年に一度の逸材!」とか「今のピ
アニストたちは目が見えることこそむしろハンディ」などと、彼女に対して褒めちぎってよこす。そして最後にエヴァンジェリカは、この賞をショパンの生まれ故郷であり自分の祖国でもあるポーランドに捧げたいと、そう言葉を結んでいた。
「彼女の出身は、<本当に>ポーランドなんですか?」
 いささか意地の悪い質問かもしれないが、ニアとしては、一応そう聞かずにはいられない。確かカイ・ハザードも、世界チェス大会へ出場する際には、偽造した戸籍などを用意していたはずだ。サヴァン症候群を示す自閉症児のうちには、早くからピアノなどの楽器に卓越した才能を持つ子供たちが少なくない……おそらくは彼女、エヴァンジェリカ・エヴァーラスティンも、そういった意味で卓越した技能を有していたに違いなかった。
「ああ、エヴァは本当にポーランド出身で、名前のほうも間違いなく本名だよ。ポーランドっていう国はさ、歴史的に引き裂かれてきたっていう経緯を持ってるから、今も別の国の侵略戦争についてとか、そういうことには結構敏感な国柄だよね……一般に裏の世界で流通してる噂として、<殺し屋ギルド>には十二人の頭目がいるっていう噂があるんだけど、その中のうちのふたりはいつも、能力者じゃないんだよ。まず、僕たち超能力者を動かす窓口にひとり、それから資金面を管理する人間が必ずもうひとり存在するんだ。アンドレ・マジードのことはおそらく君も知ってると思うけど、彼はそういう意味で高い理念を持った男だ。ヴェルディーユ博士のことは信用できないが、僕も彼のことは信頼してる。それからもうひとり、資金面を管理している人間にアイザック・アイゼンシュタットという男がいるんだが……彼はユダヤ系のポーランド人でね。表の世界でもとんでもない大富豪だけど、彼は金儲けが目的で<殺し屋ギルド>に協力してるってわけじゃないんだ。言ってみればまあ、民族的な理念とでも言うのかな。彼の祖父や親戚の多くがアウシュビッツの収容所でガス室送りにされているから……悲惨な歴史を繰り返さないためには、金や欲望に目を眩まされず、裏の世界で動ける人間こそが必要なのだと、アイザックは信じているんだ。まあ、そんなわけで、<殺し屋ギルド>っていう組織と僕らのいる超能力研究所はこれまでうまくやってきたわけだけど、エッカート博士とソニアの父親のヴェルディーユ博士が亡くなって、内部は今かなりのところガタガタしてる。そしてそんな中でカイは、もう組織自体に見切りをつけたんだ。むしろ、第二次世界大戦以降、これだけ長く体制を維持できただけでも、奇跡にさえ近かったのかもしれないけどね……僕は彼ほど先を見通す目を持ってるってわけじゃないけど、それでもまあ僕は自分の次くらいに施設の中で彼のことが好きだったから、カイが言い残したことならなんでもその通りに、彼の望みどおりにしてあげたいと思って、今日君に会いに来たというわけだ。ニア、せいぜい君はカイに感謝するんだね。そんなことでもなければ、僕は身内の情報を売ったりするような真似は、絶対しなかったと思うから」
「わかりました」と、ニアは無表情に言った。セスがソファの背もたれに片手をかけて、もう一方の手ではケーブルTVのチャンネルを操作するのを見つめながら。「ところで、ここまで話を聞いた時点で、わたしはあなたにいくつか質問したいことがあるんですが、構いませんか?」
「ああ、構わんよ。だって、僕はそのために今日という日を選んで、君に会いにきたわけだから……まあ、なんでも聞いてくれたまえ」
 動物のドキュメンタリー映画のところでチャンネルを止めると、肩ごしに軽く振り返りながらセスは言った。
「ところで、君ってほんとに気が利かないね。僕はこれでも一応貴重な客なんだから、まずはウーロン茶をこっちに持ってきてよ。あとさ、和菓子とは言わないけど、なんでもいいからお菓子とかないの?この際ポテトチップスでもプリングルスでもなんでもいいからさ……あ、でもその場合はマウンテンデューが一緒に飲みたいかなあ」
「……………」
(やれやれ、仕方ない)と思い、ニアは椅子から下りると冷蔵庫やキッチンの棚をあさって、お菓子やジュースを彼にだしてやることにした。誰か人から顎で使われるなど、ニアにとっては生まれて初めてといっていい体験ではあったが――確かにセスの言うとおり、そのくらいのことをしてもいいだけの価値が、彼のもたらす情報の内にはあったと言っていい。
「これでいいですか?」
「悪くないね」と、セスはお菓子とチョコレートの山、それにコカコーラの注がれたグラスを見て、両手を擦りあわせている。「なんだったら、君もこっちに来て一緒に食べながら話をしないか?」
「いえ、結構ですよ。べつにお腹も空いてませんし」
 そう言ってニアは、元の椅子に戻ると、セスのことを後ろから観察するように話を続ける。とりあえず、タイタニック号の模型も完成したことだし、次はなんのおもちゃを作ろうかと考えつつ……。
「ふう~ん。もしかして君さ、パーソナル・スペースが大切って人?」
「パーソナル・スペース?」ニアは一向に肝心な話のほうが進まないと思いながら、溜息混じりにそう聞き返す。
「そう、パーソナル・スペース。簡単に言うとさ、人とコミュニケーションする時に相手と取る物理的距離のことなんだけど。心理的な縄張り意識っていうのかな……僕は小さい頃、それが異常に強くてね、最低でも相手との距離が一メートルはないとコミュニケーションをとれない子供だったんだ。まあ、薬の投与で今は治ったけどね。かわりに発症した能力っていうのが……」
 セスが後ろを一瞬だけちらと振り返ると、ニアは体が金縛りに合ったように、突然動けなくなった。
「……………!!」
「いちいち言葉で説明するより、こっちのほうが早いかと思ってさ。あ、もちろん僕、君に害を加えるつもりはないよ。むしろこの力で君のことを守ってあげるために来たって言ってもいいくらいなんだから……僕の言ってる意味、わかるかな?」
「いえ、よくわかりませんね」
 体が再び自由になると、ニアは深呼吸しながら言った。これでは彼は、カイ・ハザード同様、自分のことを殺そうと思えば殺せる立場に今、いるということになる……そう思うとなんだか屈辱的だった。
「つまりさ、僕の能力っていうのは、自分の半径一メートル以内に人が入ってきてほしくない・近づいてほしくないっていう一種の強迫観念が元なんだよね。他の僕の仲間も大体、何かそういうきっかけが元で、超能力の傾向が決まってたりするんだ……でも、僕は最後までカイの遺言を守るつもりでいるからさ、もし仲間のうちの誰かが君に歯向かうような場合には、この力を使って君のことを守ってあげられると思うよ。ラスはライターとかマッチとか、何かそういう火を連想させるものがないと力を発動させることが出来ないし、エヴァの力は聖書や十字架、教会がある場所でのほうがより強くきく傾向にある……そういう細かいことを色々知ってる僕は、おそらくこれから君の役に立つことができるだろう」
「……………」
 ニアはまた黙りこんだ。焦ってこちらから色々聞きだそうとしなくても、彼には自分に多くのことを話す用意があるのだろうとそう思った。むしろ自分と彼の立場とを置き換えた場合――色々なことを急いで詮索されるのは、疎ましいに違いなかった。少なくとも、もし仮にLかメロが死ぬなりして、自分がその遺志を継いだとしたら……そう想像すると、ニアはセス自身が話したい時を待つべきなのだろうと判断し、彼が気まぐれ的に話題を変えるのにつきあうことにしようと、そう決めた。
 セスは絶滅動物たちが何故次々と姿を消していったのか、その理由を述べるナレーションを聞きながら、どこか思慮深い顔つきをしている……時々ぽりぽりとポテチを齧りつつ、コーラを飲んではいるが、それ以上に彼は目の前の映像を魅入られたかのように凝視している。
「絶滅動物ってのはさ、人間にとって邪魔だから消されたって場合があるよね。あとは毛皮なんかを売れば金になるからとかさ、人間側のすごい身勝手な理由で根絶やしにされてたり……僕らも結局は存在が表沙汰になれば、同じ扱いを受けるだろうってエッカート博士にはわかってたんだ。もちろん、トマシュ・ヴェルディーユ博士やカイにもわかってた。超能力は金になる……そして生物兵器として仮にビジネス化が進んだとすれば、当然超能力者の人権なんてものはないに等しい扱いを最初のうちは受けることになるだろう。まず能力開発の段階で、ストレスやトラウマが能力発症におおいに役立つからね。そうなれば狭くて暗い個室を与えられ、時々部屋を出されたかと思えば、電気ショックを受けさせられたりさ……人間ってのは、人種差別の廃止だのなんだの、そんなことを実現できたのもつい最近のことにしか過ぎないだろ?しかもそれだってまだ全然十分とは言えないんだ。そんなところに超能力を持つ人間なんてのが現れたら……ろくなことになるわけがないのは、目に見えてると思うんだよな」
「そうでしょうね」
 ニアは椅子から下りると、セスが座るソファの横にある、肘掛に腰掛けた。確かにセスが言ったとおり、ニアにもパーソナル・スペースを意識する部分はある……少なくとも、彼の座るソファのすぐ隣に座りたいと思えないし、それは相手が誰であれ同じことだった。
「ところで、ここにはいつまでいるんです?あなたがカイ・ハザードの遺志を継ぎ、わたしの味方をしてくれるのは嬉しいですが、助けとなる情報をまだあまり聞いていません……いえ、急かせるつもりはありませんが、今わたしの仲間がビバリーヒルズ高に潜入して、あなたの仲間のことを探ってるんですよ。でもあなたがわたしに協力してくれるなら、もうその必要性もなくなりますし、出来れば今後の対策を立ててからセス――あなたには研究所のほうに戻ってほしいんです」
「ああ、そういえば言い忘れてたけど」と、ぼりぼりクッキーを食べながらセスは言った。「僕、もう研究所のほうには戻りたくないんだよね。だから、暫くここに置いてくれないかな?」
「……それは、構いませんが」ニアは軽く驚いて、セスのことを見返した。「でも、それではあなたにとって都合が悪くありませんか?何しろ、ここから目と鼻の先のところにあなたの仲間のアリス・リードが住んでいるわけですし、<殺し屋ギルド>の幹部もふたりいます。その条件はあなたにとって何かまずい事態をもたらさないんですか?」
「さあ、どうかな。ただ僕は、近いうちにある大統領や政府の高官を前にしたデモンストレーションとやらに参加なんぞしたくないと思ってるんでね。ちょっと雲隠れしてソニアのババアを困らせてやりたいっていう気持ちもあるし……なんにしても、僕をここに置いてもらえるなら、君が欲しい情報を僕はいつでも与えられると思うけど、それじゃあ居候の代金として安すぎるかな?」
「いいえ、むしろこんな安宿で申し訳ないくらいですね」と、ニアは彼が家へ上がってくるなり「ショボい」と言っていたことを思いだし、軽く笑った。「まあ、こんなところでいいなら、好きなだけ滞在してください。ところでロベルスキーやゴードンといったアメリカ支部の幹部は、あなたが超能力者であることを知っているんですか?」
「いや、知らないはずだよ。何故といって、組織にとって影のトップである僕らは、顔も名前も部下には知らせないことになってるからね……ただ、世界各国のギルドの支部が本当に困った時だけ僕たちのうちの誰かが力を貸すっていうことになってるんだ。あとは<表>の世界との力関係を維持するために、邪魔な大統領や首相の首のすげかえを行って、ギルドに都合のいい人選をしたりとか、そういう時に僕たちは動くというわけ」
「では、例の美術館の絵のかけ替えは何が目的だったんですか?」
「ああ、あれはただのお遊びだよ」と、事もなげにセスは答える。「カイが、原版を盗んだだけではドヌーヴや<L>が動くのに不十分かもしれないから、絵も盗んでおいたほうがいいだろうって僕に言ったのさ。もっとも、実行したルースやティグランは自分たちがなんのためにそんなことをしなくてはいけなかったのか、まだ知らないけどね……ただ僕たちの結束は固いんで、カイや僕が自分たちの将来のためだというその言葉を、彼らは信じてそのことを行ったにすぎない」
「なるほど。では、斜め向かいの家に住むアリス・リードという女性がテレポーターと見ていいということですか?」
「いい勘だね。でも、これ以上のことは、コーラをもう一杯もらわないことには、僕はあまり話す気になれないな」
「……………」
 カラカラとグラスの中の氷を鳴らすセスを見て、ニアは軽く溜息を着く。まあ、仕方がないといえば仕方ない。相手が自分の欲しい情報のすべてを握っている以上は――コーラの五杯や六杯、安いものだと思って、彼に注いでやるしかないだろう。
 ニアがそう思って面倒くさいと感じつつ、肘掛椅子から下りようとしていると、ちょうどジェバンニが帰ってきた。当然彼はセスの存在に驚いていたが、ニアがセスに飲み物を用意するように言うと、ジェバンニはよく冷えたジンジャーエールを持ってきてくれたのだった。
「ニア、君の部下は素晴らしいね。こんな子供の言うことにも黙って聞き従ってくれてさ――ジェバンニさんとやらも毎日大変でしょうね。こんな我が儘で性格の悪そうな上司に、顎でこき使われるなんて」
「えっと、そうですね~……なんちゃって」
 ジロリ、とニアが軽く睨みつけると、途端にジェバンニは「すみません」と小声になっている。
「まあ、なんでもいいですが、とにかくあなたの部屋は二階に用意させますので、そこで寝泊りしてください。あとは不自由なことがあればなんでも、ジェバンニに言ってくれれば、彼がなんとかしますので」
「ふう~ん。それじゃあ、これからどうぞよろしく、ミスター=ジェバンニ。僕、こう見えて人の気持ちを察することが出来るタイプだからさ、優しい人には優しく、曲がった人には曲がった対応をしちゃうんだよね……ジェバンニさんはいい人だと思うから、どっかの誰かさんと違って、僕は困らせたりすることはないと思うよ。そんなわけでまあ、これからどうぞよろしく」
「いえ、こちらこそよろしく」
 ニアは、ジェバンニとセスが握手をかわすのを、なんとはなし複雑な視線で眺める。確かに自分が疑り深くてお世辞にも真っ直ぐな性格でないことは認めよう……だが、曲がった人間には曲がった対応を、などと言われると、顔の表情には出さないまでも、いささか面白くないものを感じる。ウーロン茶やコーラなどのおかわりを要求したのも、おそらくはそのせいなのだろうから。
「ジェバンニ、彼はわたしにとって非常に有力な情報源を持つ、大切な<お客さま>ですから、くれぐれも失礼のないようにお願いします」
「はい、もちろん」
 ジェバンニは、このセス=グランティスという青年とはなんとなく気が合いそうだと思いながら、そう返事をした。二階の寝室へ案内した時にも、年下の上司を持つ自分のことを、色々ねぎらうような言葉をかけてくれたり……ただ、ひとつだけジェバンニにとって気になるのは、彼が<本当に味方なのか>ということだった。いくら自分がお人好しであるとはいえ、彼に対するそうした疑いの気持ちをすべて捨て去ることは出来ない……おそらくニアにしても同じ気持ちだろう。さもなければ、リドナーのようにロベルスキーを同僚として、また親友として信じてしまったがゆえの、悲劇がこれから起きるに違いなかったのだから。



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【2008/09/18 05:11 】
探偵L・ロサンジェルス編 | コメント(2) | トラックバック(0)
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コメント
やっぱり、ストックだったんですね。

じゃないと、こんな長作書けませんもん。

俺なんか、挫折しかけてる・・・
【2008/09/18 20:40】
| URL | ヤマケン #-[ 編集] |
 そうなんですよ~。ストックです(^^)

 さすがに記事画面で一発書きっていうのは難しいかな、と(^^;)

 やまケンさんもがんばって~!!
【2008/09/19 05:31】
| URL | 村上 まゆみ #VWFaYlLU[ 編集] |
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